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ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ

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龍園VSツナ②



 

 —— 特別棟屋上、軽井沢side  ——

 

「俺の仲間や自分の仲間達を傷つけた事を……死ぬほど後悔させてやるよ」

「……死ぬほど? いいねぇ、面白い事言うじゃねぇか」

(……ツっ君)

 

 特別棟の屋上で睨み合うツっ君と龍園。

 

 龍園を見るツっ君の表情は、今までに見たことがないものだった。

 

 余程怒っているのだろう。

 

「……り、龍園さん。さすがにここでやめておきません?」

「あ?」

 

 ここで、石崎が龍園にやめようと提案をしてきた。

 

 ここまでやっておいて、今更何が変わると言うんだろう。

 

「私もそれがいいと思う。アルベルトが簡単にのされたみたいだし、さすがのアンタでも勝ち目はないよ」

 

 ……と、龍園を止めようとする石崎に伊吹も賛同する。

 

「……」

 

 地面に倒れ伏すアルベルトを見て、龍園は鼻で笑った。

 

「ふっ、勝ち目のあるなしなんてどうでもいい。俺は今この瞬間を楽しんでるんだからな」

「……楽しむ?」

 

 龍園のその発言に、ツっ君が眉をしかめた。

 

「そうさ。俺にとっては全てがゲームだ。Aクラスに上がる事も、他クラスのリーダーを潰すのも、今回沢田の仲間を人質に取ったのも。全てはその延長だ。だから今負けようが関係ない。後に俺が勝っていればそれでいい。再戦までの過程すら楽しむのさ」

「……お前にとってはこの学校は遊び場と同じ。そして、暴力行為はその遊びに使う道具だと言いたいのか」

「その通り。理解が早くて助かるぜ」

「……」

 

 どんどんツっ君の表情は険しくなるが、龍園は逆に上機嫌になっていく。

 

「だから嬉しいぜ、沢田ぁ。敵が簡単に潰れちゃ面白くねぇからな」

「……」

「暴力はこの世で最も強い力だ。この世における真の実力者は、振り切れた暴力を躊躇いなく振るえる奴の事を言うんだよ。故に俺は暴力でここまでのし上がってきた」

「……自分が実力者だとでも言いたげだな」

「事実だからな。この楽しいイベントも、暴力を使って攻略させてもらうぜ? ……石崎」

「! は、はい!」

 

 急に龍園に呼びかけられ、慌てて返事をする石崎。

 

 その体は震えていて、この後何を命令されるのかを理解しているようだ。

 

「お前が沢田を潰せ」

「……で、でも!」

「いいからやれ。もしかしたらボコボコにされるかもと思ってるんだろうが、断っても相手が変わるだけで未来は変わらないぞ」

 

 龍園の鋭い目つきと、恐怖を与える言い回しが石崎の事を飲み込んでいく。

 

「は、はい……」

 

 そして恐怖に飲み込まれた人間は、その命令がどれだけ無茶でも逆らう事ができなくなる。

 

 石崎はツっ君に近づいて行く。

 

「……沢田。今からお前を潰してやるよ」

「……止めておけ石崎。お前では相手にもならない」

「……ははは、須藤の事件の時は俺にタコ殴りにされたのにか?」

 

 石崎が笑い声を上げるけど、どこか機械的で感情がそこには感じれなかった。

 

「あれは須藤を救うためにわざと殴られたんだ。……だが、今戦うなら一瞬で勝負はつくぞ」

「……だろうな。お前の敗北でなぁ!」

「……」

 

 石崎がツっ君に殴りかかろうと走り出す。

 

 しかしツっ君は避けようともせず真っ直ぐに石崎の元に歩き始めた。

 

「沢田ぁぁぁ!」

「……」

 

 そして、石崎の拳がツっ君目掛けて振り下ろされた瞬間。

 

「うらあっ!」

 

 ——シュっ……バコン!

 

 ツっ君は素早く拳を避けた。そしてそのまま石崎の後ろに回り、振り向きもせずに石崎の背中に裏拳を叩き込んだ。

 

「っ。ぐあぁぁっ!」

『!』

 

 裏拳を背中に受けた石崎は、数メートルふっ飛んだ上で地面に倒れた。

 

「……い、石崎!」

「……」

 

 伊吹が慌てて石崎の元に駆け寄るが、石崎は動かない。どうやら気絶したみたいだ。

 

「……だから言っただろ。一瞬で勝負は着くと」

「くぅ……」

 

 ——ムクリ。

 

  伊吹がツっ君を睨みつけると、屋上の入り口の方で何かが起き上がる気配がした。

 

「……never give up」

 

 どうやらアルベルトが目を覚まして起き上がったようだ。

 

 ……だけど、今にも倒れそうなほどフラフラしている。

 

「! アルベルト!」

「……寝ておいた方がいい。加減したとはいえ、神経を麻痺させてるんだからな」

 

 起き上がったアルベルトを見て伊吹が安堵の表情を浮かべるが、ツっ君はアルベルトに気がつくとあいつが立っている場所に歩き始めた。

 

「……BAD BOY」

 

 ツっ君が目の前に来ると、アルベルトはふらふらしながらも拳を上に振り上げた。

 

「……おい、無理に動くと危ないぞ?」

「……shut up」

「……忠告を聞かないなら、今度は完全に寝てもらおう」

 

 ツっ君はそう言うとアルベルトの肩に手を置いて飛び上がり、そのまま背中側に回り込む。

 

 そして、首の後ろ側に素早く手刀を叩き込んだ。

 

 ——シュタッ!

 

「Ugh!」

「……大人しく眠ってろ」

 

 手刀を受けたアルベルトは、短いうめき声を上げて地面に倒れ伏した。

 

 そして、ツっ君は倒れたアルベルトから伊吹へと視線を移す。

 

「……次はお前か? 伊吹」

「……」

 

 ツっ君に見据えられて、苦悶の表情で固まっている伊吹。

 

 そんな伊吹に、ツっ君は救いの糸を垂らそうとする。

 

「無理して戦うことはない。大人しくしてくれれば……」

「おい伊吹」

『!』

 

 ……だけど、ツっ君が言葉を言い切る前に龍園が大声で伊吹の事を呼んで遮ってしまった。

 

「もうお前だけになったなぁ? ……それで? どうする?」

「……」

 

 石崎の時同様に、龍園は伊吹の事を冷たい目で睨みつける。

 

 石崎は恐怖で逆らえなくなっていたが、伊吹にはまだ自分の意思が残っているようだ。

 

「……何なのよあんた! 龍園相手にここまで応戦するなんて! おかげで私達が辛い目に合うんだ! それを分かってんの!?」

 

 ため込んだ鬱憤が爆発したのか、伊吹はツっ君に飛び蹴りを仕掛ける。

 

 ツっ君は後に下がってあっさりとその蹴りを避けた。

 

 伊吹は何度かツっ君に向けて蹴り技を仕掛けるが、その全てが避けられてしまう。

 

「……くそっ! くそっ!」

「そうだな。お前達の境遇には同情する。だが、お前達が作戦に参加してるのも事実だからな。相応の罰は受けてもらう」

「ううう!」

「……でも安心しろ。後でお前達の事も俺が助けるから」

「……は?」

 

 思いも寄らない言葉をかけられた事で、伊吹の動きが止まる。

 

 その瞬間。ツっ君は伊吹に素早く近寄り、アルベルトの時よりも弱めの手刀を伊吹の首に打ち込んだ。

 

 ——シュっ。

 

「うっ……」

 

 伊吹は眠るように意識を失ったけど、ツっ君が伊吹の体を支えた事で倒れずに済んだ。

 

 いくら敵でも女子を地面に倒れさせることは出来なかったのかな。

 

(……さすがツっ君。優しいな)

 

 気絶した伊吹を地面に寝かせると、ツっ君は龍園の方に向き直った。

 

「……後はお前だけだな。龍園」

「……ああ。そうみたいだな」

「覚悟しろよ。ここからは戦いじゃない。一方的な断罪だ」

 

 龍園を睨みながらツっ君がそう言うと、龍園は余裕そうに笑った。

 

「……ククク。まさかお前が暴力にも長けているとは思わ……!?」

 

 ……だが。その余裕が消え去るのに5秒もかからなかった。

 

 なぜなら龍園が話始めるよりも早く、ツっ君が龍園に向けて高速で突進していたから。

 

 そして、龍園の顔面に強烈なパンチを繰り出す。

 

「ぐおっ!」

 

 ——ドーン!

 

 モロにツっ君のパンチを受けた龍園はふっ飛ばされ、屋上を囲んでいるフェンスに激突した。

 

「……ぐぅぅ。く、くそが……」

 

 フェンスから地面に倒れた龍園は、うめき声を上げながら立ち上がろうとする。

 

(そんな……あれほどのダメージを受けながら、すぐに立ち上がれるなんて)

 

 龍園は他の3人よりも相当タフなのかと思ったが、次のツっ君の言葉でそうじゃないことが分かった。

 

「お前は他の奴らのようにすぐに気絶なんてさせないぞ。お前には自分の犯した罪の重さを実感してもわないといけないからな」

「……へ、へへへ。そ、それは楽しみだぜ……」

 

 強烈な一撃をくらったにもかかわらず、龍園は今だに現状を楽しもうとする発言をした。

 

「……」

「へへへ……ぐぼっ!」

 

 そんな龍園に、ツっ君は今度は強烈な蹴りを繰り出した。

 

 さっきの伊吹の飛び蹴りよりも高速で威力も高そうな回し蹴りだ。

 

 それをまた顔面にモロに受けて、龍園は吹っ飛んだ。

 

 ——ドーン!

 

 だが今度も気絶する事はなくて、またも龍園は立ち上がる。

 

「へっ、へへへ……いいなぁ、もっと遊ぼうぜ沢田ぁ!」

「……」

(こ、こいつ。……狂ってる)

 

 龍園の顔面はすでにボロボロだ。それなのにまだ遊びを楽しんでいるかのような振る舞い。

 

 私は龍園が心底恐ろしくなり、思わず腕の間に入りこんでいるナッツちゃんを抱きしめる。

 

「? がうぅ?」

「……大丈夫。大丈夫だよ」

 

 ナッツちゃんが心配そうな鳴き声をあげるので、私は大丈夫だよと口にして心配しないように振る舞った。

 

 ……それからしばらくツっ君は龍園の顔面を攻撃し続けた。 

 

 ——殴る。

 

 ——殴る。

 

 ——蹴る。

 

 ——蹴り飛ばす。

 

 先ほどまでこの場を支配していたはずの龍園が、圧倒的な力量差で打ちのめされる。

 

 

 普通なら意気消沈しそうなものだけど、龍園の笑みが崩れる事はなかった。

 

「ってぇ〜。ぺっ! ……ククク」

「……」

 

 地面に倒れ伏した龍園は、血の混じった唾を吐き捨てた。

 

 そして、ボロボロの顔で不気味な笑みを浮かべ続けている。

 

「ク、ククク……」

 

 ボロボロの顔で笑う龍園に、ツっ君は攻撃を止めて話しかけた。

 

「……これだけボコボコにすれば、心が折れて反省すると思ったんだがな」

「……は、ははっ。そんなわけねぇだろ? それに俺は反省なんてしねぇよ」

「……何?」

 

 龍園は血で汚れた歯をわざと見せつけてくる。

 

「……見ろよ、確かに今はお前にボコボコにされてるな。だが……明日や明後日にもう一度戦ったらどうなる? 俺が勝つ可能性だってあるだろ?」

「……お前、勝つまで俺を狙うつもりなのか」

「当然だろ? お前に完全に勝つまでは、いつでもどこからでも狙ってやる」

「……痛い思いをすることは怖くないのか?」

「けっ、恐怖なんてものは俺にはないのさ。生まれてから一度も感じたことがないしな」

 

 ……恐怖を感じたことがない?

 

 だからボコボコにされる事も怖くないし、他人の苦しみが分からずに暴力で周りを支配しようとするってこと?

 

「恐怖がない……だから何度でも挑戦できると」

「そうだ。だから敗北に恐怖する奴は、いずれは必ず俺に平伏する事になるんだ。お前だってそうだぜ、沢田綱吉。せいぜい今のうちに勝利の愉悦に浸ってろよ」

「……はぁ」

 

 その時。ツっ君が突然ため息を吐いた。

 

「……なるほどな。全てはお前が恐怖を知らないから、ということか」

「へへっ。そうさ」

「……なら暴力での制裁は辞めだ。肉体じゃなく、精神に攻撃対象を移す」

「……あ?」

「これ以上本気でやれば、お前は死んでしまうからな」

「……は?」

 

 急にやる気がなくなったかのようにそう言ったツっ君。

 

 一体どうしたのかと思ったら、ツっ君は龍園の首根っこを掴んで地面に叩きつけた。

 

 ——ドゴン!

 

「ぐはっ!」

「……」

 

 そして、ツっ君は龍園に馬乗りになる。

 

「……おい龍園」

「かはっ……ククク、なんだよ」

 

 今だに笑ってる龍園に、ツっ君はゆっくりと語りかける。

 

「……俺と勝負しよう」

「……あ?」

 

 ……勝負?

 

 勝負なら今もしてるはずなのに、いきなりツっ君はどうしたんだろう。

 

 そんな私の心配を他所にツっ君は龍園に語りかけ続ける。

 

「ただ、もう二度と俺以外の人間を狙うな。その代わりに俺の事はいくらでも狙っていい」

「……ああ? 意味が分からねぇな」

「そのままだ。俺以外の人間を狙わないと誓うなら、俺はお前からどんな攻撃を受けても文句を言わない」

「……は?」

 

 ツっ君の言ってる意味が理解できないのか、龍園は「は?」としか言えないようだ。

 

「さっきお前が言っただろう。いつでも、どこからでも狙ってやるとな。それで構わない。いつでもどこでも俺を狙ってこい。たとえマンションの部屋に無理やりに侵入されても、夜に寝てる時に襲われても一切文句は言わない。そして、もしそれで俺が〝死ぬ〟ことになってもお前に責任は求めない。必要なら誓約書だって書いてやる」

「なっ!」

 

 死ぬ……という言葉で、笑っていた龍園が一瞬で真顔に変わった。

 

「……お前。い、一体何を言ってるんだ?」

 

 そう言った龍園の表情からは、今まで見せたことのない感情が見て取れる気がした。

 

「俺を潰すまで諦めないんだろ? 絶対反省なんてしないんだろ?」

「……」

「つまり、どちらかが潰れるまで俺達の争いは終わらないってことだ」

「……そ、それがなんだ」

 

 少し震えた声で問いかけられたツっ君だけど、変わらず冷静に淡々と言葉を続けていく。

 

「俺は死ぬ気で仲間を守る為にここに来てるんだ。つまり、命を賭けて軽井沢を助けに来てるんだよ」

「……」

「俺は仲間を守る為なら死ぬ気で戦う。そういう覚悟を持ってる」

「……か、覚悟」

 

 龍園の声は、絞り出すような微かな声だ。

 

「そうだ。そしてお前は、何度倒れても俺を潰すまで諦めない。その為になら自分の仲間すら犠牲にする。そんな覚悟を持ってるんだろ?」

「……」

 

 どんどんと龍園の表情が変わって行く。その姿はまるでさっきまでの、ツっ君に助けを求める前の私とそっくりだ。

 

「覚悟と覚悟の勝負なら、勝敗は心の強さで決まる。つまりこの勝負は……『命を賭けてでも仲間を守りたい』という俺の覚悟と、『誰を犠牲にしてでも敵を潰す』という覚悟を持ったお前による、心の強さ勝負だ」

「……」

「俺はいつでもどこでも死ぬ気でお前の相手をしてやる。お前が諦めるまで、何度でもお前を迎え討ってやるよ」

「……な、何を言ってやがる」

 

 今の龍園の表情は、普通の人間なら見ただけで理解できるくらいに明解だ。

 

 そう……恐怖の表情をしているのだ。

 

「だからな。お前も俺を潰したいと思うなら……〝死ぬ気〟で俺を潰しに来るか、確実に殺す気で襲って来ないと勝てないぞ。お前が何度負けても諦めないように、俺も死なない限り負けを認めないからな」

「……こ、殺すとか死ぬとか、何言ってんだよ」

 

 「冗談だよな?」とでも言いたげな龍園を、ツッ君はこれまでより一層鋭い視線で睨みつける。

 

「あ? お前こそ何を言ってる? この前坂柳を殺すぞと脅していただろう。普段から人を殺す気があるんだろう?」

「……ひ」

「……だったらこの勝負を受けろよ! 俺がお前に殺されるか! お前が負けを認めるかの勝負だ!」

「……ヒィ……」

「さぁ、どうするんだ! 受けるのか!? 受けないのか!? 答えろ龍園翔!」

「……ヒィィ……」

 

 どんどん強くなるツっ君の声量で、ついに龍園は小さい悲鳴を上げた。

 

 ……これもまた、龍園に捕まったときの私にそっくりだ。

 

 もしかしたら、ツっ君は私の味わった恐怖を龍園にも追体験させてくれたのかもしれない。

 

 ……でもなんでだろう。 私にはツっ君のことが全く怖いとは思えない。

 

 ただひたすらに、見ているだけで暖かくなって安心するだけだ。

 

(ナッツちゃんを抱いてるおかげかな?)

 

「ヒ……ヒィ……」

「……はぁ」

 

 完全に自分に恐怖している龍園の姿を見て、ツっ君はまた一つため息を吐いた。

 

 そして、ゆっくりと拳を振り上げる。

 

「……龍園。今お前が感じてるもの、それが恐怖だ。そしてもう一つ教えてやる。本当の実力者ってのはな、恐怖を与えられる奴じゃない。〝恐怖に立ち向かえる奴〟なんだよ。お前に屈しなかった、軽井沢のようにな」

「……」

 

 もはや小さい悲鳴も上げなくなった龍園。

 

 そんな龍園に、ツっ君が最後の言葉をかける。

 

「……これで終わりじゃないぞ。今回お前達のしでかした事については、きっちりと制裁を受けさせるからな」

「……」

「……その制裁が決まるまで、眠りながら反省してろ」

 

 ——バコン!

 

 振り上げていたツっ君の拳が龍園の顔面に振り下ろされた。

 

 そして、龍園はその一撃で気絶してしまったようだ。

 

 

「……」

 

 気絶した龍園から離れたツッ君は、龍園のブレザーのポケットから何かを取ると、真っ直ぐに私の元に歩いてくる。

 

 そして私の前でしゃがみ込むと、腕を縛っているロープを解いてくれた。

 

「……ツっ君」

「……待たせたな。起きれそうか?」

「う、うん。ちょっと寒すぎて感覚はなくなってきてるけど……」

 

 そう答えると、ツっ君はずぶ濡れの私を支えて起き上がるのを手伝ってくれた。

 

「あ、ありがとう」

「……」

 

 そしてなぜか、私はちゃんと起き上がれたのにツっ君はなぜか無言になった。

 

「ツっ君? ……えっ」

「……」

 

 どうかしたのかと顔を覗き込むと、ツっ君の目からは涙がこぼれていた……。

 

「ツっ君? 私は大丈夫だよ?」

「……っ、すまない」

「なんで謝るの……あっ」

 

 突然、ツっ君は片手で私の手を握った。

 

 その手は思ったよりも大きくて、暖かくて。触れてるだけで安心するような手だ。

 

 そして私の手を握ったまま、ツっ君はゆっくりと話し始めた。

 

「……君に名前を呼ばれたら、すぐに駆けつけるって約束してあったのに。……すぐに駆けつけられなかった。……そのせいで君はこんな辛い目に……」

 

 そう言いながら、ツっ君はもう片方の手を私のほっぺに当てる。

 

「……こんなに冷たくなって。すまない。本当にすまない」

「……ツっ君」

 

 

 ……泣かないで欲しい。

 

 ツっ君が謝ることなんて何もないんだから。

 

 だって、ちゃんと助けてくれたじゃない。

 

 助けを求めたら駆けつけてくれたじゃない。

 

 私は平気だから大丈夫だよ?

 

 ……そう言いたかったんだけど、私の口から出るのは小さい嗚咽だけだった。

 

「……ひっぐ」

「……」

 

 そして、嗚咽と共に私の目からは大粒の涙が溢れ出した。

 

「……軽井沢」

「ひっぐ……ひっぐ」

 

 ツっ君が涙を流しながら私のほっぺを伝う涙を拭ってくれた。

 

 だけど、拭いても拭いても涙が溢れ出してくるんだ。

 

 涙が心に溜まっていた物を洗い流しているのか、私の口からは嗚咽と共に言葉が紡がれていく。

 

「……こ、怖かったんだよ? ……ひっぐ」

「……ああ」

「ほ、本当に……ひっぐ。……本当に本当に、怖かったんだよ?」

「……ああ!」

「……怖かった。ひっぐ……本当に本当に本当に……怖かったよぉ〜!」

 

 栓が抜けたように感情を爆発させた私は、その勢いでツッ君の胸元へ抱きついた。

 

「……すまない。今度こそ、今度こそもう二度とこんな思いはさせないと誓うよ」

「ひっぐ、……ゔん! うわあああん!」

 

 私はツっ君の胸元でしばらく泣き続けた。

 

 涙と鼻水と服に染みている水で、ツっ君の制服もビチョビチョになっているだろう。

 

 それでもツッ君は私を拒否しなかった。私を抱きしめ返し、頭を撫で続けてくれたんだ。

 

 ツっ君に包み込まれている間、私は今までで一番幸せな気持ちになっていた事は間違いない。

 

 

 —— その後、特別棟入り口付近 ——

 

「本当に大丈夫?」

「うん。歩けるよ」

 

 しばらく泣き続けた後、私達は一緒に屋上から降りてきた。

 

 そして外に出ると、そこには誰かが待っていた。

 

「! 綱吉、無事に終わったか」

「うん。サポートありがとうね清隆君」

 

「……私が軽井沢を病院に連れて行こう」

「あ、そうですね。俺はまだやることがあるので」

「ああ、任せておけ」

 

「……沢田。もしもの時の証言は任せろ。完璧に証言してやる」

「はい! 堀北先輩、ありがとうございました」

 

 待っていたのは綾小路君と茶柱先生。そして元生徒会長だった。

 

(ツっ君が手助けをお願いしてたのかな……)

 

 そんな事を考えていたら、茶柱先生が私の元にやってきた。

 

「さぁ軽井沢。病院に行くぞ。他の人質も病院にいるからな」

「あ……は、はい」

 

 

 そして、私はツっ君と別れて病院に向かう事になった。

 

 もうちょっとツっ君と一緒にいたかったけど、ナッツちゃんをお共に連れて行っていいって言ってもらえたから、それくらい我慢しないとね。

 

 

 

  —— 特別棟入口付近、ツナside ——

 

 

 軽井沢さんを見送った後、俺は清隆君と話をしていた。

 

「……ここからはどうする?」

「俺は今から職員室に行ってくるよ」

「職員室に?」

「うん。坂上先生に話があるんだ」

「! なるほどな。一人で大丈夫か?」

「うん。証拠ならこれがある」

 

 そう言って、俺はポケットから学生証端末を取り出した。

 

 学生証端末といっても俺の物じゃない。……龍園君のだ。

 

 さっき屋上を出る前に回収しておいたんだ。

 

「そうか。……なら俺達はどうすればいい?」

 

 堀北先輩もまだ手伝いをしてくれるようだ。

 

 俺はその厚意に甘える事にした。

 

「清隆君と堀北先輩は、屋上で倒れてるCクラスの奴らの介抱をお願いします。全員気絶してるだけだから命に別状はないです」

「分かった」

「……了解だ」

 

 清隆君と堀北先輩が屋上に向かったのを確認すると、俺は職員室に向けて駆け出したのだった。

 

 

 ……覚悟しておけ、坂上先生。

 

 これから行われるのは、1年Dクラス沢田綱吉による犯罪告発じゃないぞ。

 

 ……ボンゴレⅩ世による、アンタの断罪だ!

 

 

 

 —— 職員室 ——

 

 

 職員室に入り、一年生担当のフロアに行く。すると、予想通り茶柱先生以外の先生方が勢揃いだった。

 

 ——ガラガラ。

 

「……失礼します」

「あ、沢田君〜。どうしたの? 」

「沢田か。何か用か?」

「! ……はっ、何だ? さっきの審議に文句でもあるのか? 一之瀬帆波は無実だって事になっただろうが」

『……?』

 

 坂上先生は俺を見て一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに平静を装って横柄な言葉をかけてくる。

 

 そんな坂上先生を見て、事情を知らない真嶋先生と星乃宮先生は困惑した表情になる。

 

 なので、俺から簡単に今回の事件を説明した。

 

「……へ〜。うちのクラスの一之瀬さんをひどい目に合わせたわけね〜」

「……Aクラスの王も、加害者側に加担しているのか……」

 

 そう言いながら、先生達は坂上先生を睨みつけていた。

 

(やっぱり今回の事は真嶋先生も星乃宮先生も怒りを覚えたようだ。これなら上手くいきそうだな)

 

 俺の思い通りに事が進みそうな事が分かり、さっそくCクラスによる事件の後始末に入る事にする。

 

(坂上先生、あんただって今回の加害者だ。その事をしっかり突きつけてやる。

 

「坂上先生、さっきあなたがおっしゃった通りです。審議に文句があってきました」

「は? 冗談で言ったんだが、本当にそうなのか?」

「はい。本当です」

「……」

 

 俺の態度が気に食わないのか、坂上先生は心底嫌そうに俺の事を睨んでくる。

 

 今は審議の場じゃない。遠慮なく言いたい事は言わせてもらおう。

 

「坂上先生、あなたは今回の審議をCクラスの為に意図的に操作しましたね?」

「は? 何を言ってるんだ?」

「今日行われた審議は、CクラスによるDクラスの集団暴行をスムーズに行うための前準備です。あなたはそれをわかった上で、審議が遅延するように働きかけたんです」

「……。はっ、下らん妄想だな」

「否定するんですか?」

「当然だ。そんな事をするわけがないだろう」

 

 まぁ否定するよな。……だが、それもすぐにできなくなる。

 

「そこまで言うなら証拠でもあるのか? ん?」

「……」

 

 絶対にバレる事はないと思っているのか、はたまた龍園君に絶対の信頼を持っているのか。

 

 ……だが残念。その信頼が計画の甘さに繋がっている。もちろん証拠はあるんだ。

 

 計画に加担するくせに、龍園に任せきりにしたあんたの失態だ。

 

「証拠、ですか?」

「そうだ。あるのか?」

「……ありますよ」

「……は?」

 

 俺は龍園君の学生証端末を取り出し、メッセージ画面を開いて先生方に見せる。

 

「……!」

 

 表示されたメッセージを見た坂上先生は顔を歪ませる。

 

 真嶋先生と星乃宮先生もメッセージを読んだ。真嶋先生はため息を吐き、星乃宮先生はさらに強く坂上先生を睨みつける。

 

「これはあなたと龍園君による、今日の集団暴行計画のすり合わせをしているやりとりです。これを見れば、あなたが龍園君の計画を知っていた事は明白だ。それに、念の為に審議を遅延させるとあなたの方から龍園君に進言してます。これはもう逃げられませんよ」

「ぐっ、うう……」

 

 完璧な証拠と、他の先生による視線。いくら坂上先生と言えど、ここで屁理屈をこねて逃げようとはしないだろう。……いや、させてたまるか。

 

「ぐぅ……はぁ」

 

 思ったよりもあっさりと陥落したようで、坂上先生は椅子の上で崩れ落ちた。

 

 そして、坂上先生は俯きながら俺に問いかけてきた。

 

「……何が望みだ」

「……はい?」

「……何が望みなんだと聞いたんだ」

「……その言い方、反省していないようですね。警察に突き出して欲しいんですか?」

 

 なおも強きな言い方をしてくる坂上先生を軽く睨むと、坂上先生は慌てて否定する。

 

「い、いや。そうじゃないんだ。ただ……」

「……ただ?

「私を告発するなら、私のいない場面で告発するべきだろう。なのにわざわざ他クラスの担任達の前で証拠を突きつけたんだ、何か目的があるんだろう?」

「……理解が早くて助かります」

 

 そうだ。俺は坂上先生を断罪するが、学校側に報告する気はない。その代わりに、俺の提示する条件を飲ませるつもりでいるのだ。

 

「……で、何が望みなんだ?」

「Dクラスから要求したい事は2つ。そして、俺が個人的に要求したい事が1つあります。もしもその3つの条件をのむのなら。今回の件は手打ちにさせてもらいます」

「……3つも、か」

「はい。そしてその条件は……」

 

 俺は要求したい3つの条件を坂上先生に掲示した。

 

「……バカな。そんなの横暴が過ぎる」

「2つ目はともかく、1つ目と3つ目は学校側のルール的にも問題ないはずです」

「し、しかし……」

 

 坂上先生は苦虫を噛み潰したような表情になっている。

 

 まぁ仕方ないな。俺の条件をのめば、Cクラスは大打撃をくらうだろう。

 

 だが、俺的にもかなり譲歩したつもりだ。文句を言わせるつもりはない。

 

「……な、何か別の条件に……」

「ありえないです。これ以外は認めない」

「……ぐぅ」

 

 条件変更を求める坂上先生だが、俺は即座に拒絶する。そんな事を求める権利はCクラスにはない。

 

 それほど今回の事件は悪質だ。だって完全に犯罪なんだからな。

 

 いくらこの学校でも犯罪行為を揉み消しはしないだろう。……多分だが。

 

「……」

 

 この条件を断れば、坂上先生は学校側から厳しい処分を受けるだろう。

 

 受け持った生徒の犯罪行為を止めることもなく、むしろ支援して助長したんだから当然だ。逮捕される可能性もある。

 

 それよりは条件をのんだ方が未来は明るいと思うのだが……それでも条件が厳しいのか迷っているようだ。

 

(……仕方ない。なら俺が決断を手伝うしかないか)

 

 本当は龍園君みたいなこのやり口は嫌だけど、仲間を守る為には力を誇示しないといけないこともあるんだ。

 

 ……いや、仲間の為に力を示す事は、決して龍園君のやり方と同じではないはずだ。

 

 むしろ、そうしないと仲間達を守る事はできないのだろう。

 

 俺は今回の事件でそう学んだよ。

 

 俺が龍園君にもっと自分の力量を誇示していれば、こんな事件は起こらなかったはずだ。

 

 龍園君が10人も人質を取ったのは、俺が受けるダメージを最大化する為だ。

 

 おそらく龍園君の計画では、どこにいるか分からない人質を探し回った俺が最初の一人を見つけた時点で、全員に暴行を開始する予定だったはずだ。

 

 それで、もし俺が1人を助け出したとしてもその時点で他の9人は手遅れ。

 

 見つけられたとしてもすでに潰された後ってわけだ。

 

 みすみす仲間達を潰された俺は意気消沈し、仲間からの信頼も失って龍園君に跪く事になる。

 

 今回は俺が仲間達に緊急連絡先の登録をしてもらってたから、軽井沢さん以外はほぼ無傷で済んだだけだ。

 

 だから……俺はこれからはもっと、クラスのリーダーとして存在感を出して行こうと思う。

 

 ある程度は俺の実力を分かるようにして、さらに仲間を傷つける奴は許さないという俺の考え方を周りに周知させておく。

 

 そうすればまた別の誰かに狙われたとしても、そう簡単に周りを巻き込もうとは思われないだろうから。

 

 ……ボンゴレは、弱き者や大切な人を守るための組織だ。

 

 そのトップに立つ俺が、自分のせいで周りを危険に晒してたら意味ないもんな。

 

 ——ねぇ。そうですよね、エレナさん。

 

 ——そうだろ? Dスペード。

 

 ——そしてⅠ世。あなたが自警団を作った時も、市民を守る為に戦ったんですよね。

 

 ——市民を守るという大義の元に、自警団やボンゴレファミリーの存在を周囲に知らしめたんですよね。

 

 なら俺も……ボンゴレを正式に継ぐ前に、あなたのようにやってみせますよ。

 

 大事なクラスメイト達を守る為に、俺というリーダーの存在を学校内に知らしめるんだ。

 

 俺が目指す〝最高〟のボンゴレは、きっとこの考え方の先にある。

 

 そこへ向かう一歩目が……今だと思うんだ。

 

「坂上先生。もし断るというのなら……俺の仲間達の怒りを買うかもしれませんよ」

「……は? 仲間?」

「そうです。仲間とは言っても、この学校外にいる仲間の事ですけどね」

「? ……はっ!」

 

 俺の言いたい事が分かったのか、坂上先生は急に顔を青ざめさせた。

 

「学校のルールに則っているなら仲間は何もしないと思うんですけどね〜。今回のは確実にルールの範疇を超えてますよね?」

「……わ、私を脅す気なのか?」

「まさか。ただ可能性の話をしているんです。もしも先生が俺の条件をのまなかったら、Dクラスとしてはマイナスの方が大きくなってしまう。罰則で龍園君や先生が罰を受けてもこっちには何もプラスがないですからね」

「……」

「……そうなったら、俺の事を思ってくれてる仲間達は怒ってしまうかもしれませんね。そうなったら先生も大変ですよ? なんたって俺の仲間達はマフィアなんですから」

「……うぅ」

「俺に仇なす存在としてマークされるかもしれませんね〜。行動を監視されて、何か別の弱みを見つけて脅してくるかも知れませんよ?」

「……うぅぅ」

 

 すでに坂上先生の顔は真っ青を通り越して真っ白だ。

 

 ……そろそろいいかな。

 

「……それで? どうします? 俺の条件をのみますか? それとも拒みます?」

「……」

 

 ——ガタタッ。

 

 恐怖でいっぱいになったのか、坂上先生は床に崩れ落ちた。

 

「……分かりました。その条件をのみます」

「……そうですか。ありがとうございます」

「……」

「この話は真嶋先生も星乃宮先生も聞いてますから、ごまかそうとか思わないでくださいね?」

「……もちろんです」

「……それならよかった」

 

 ——ガタッ。

 

 その後。坂上先生は椅子を掴んで立ち上がると、廊下の方にふらふらと歩いて行った。

 

「……どこに行くんです?」

「……龍園達に、さっきの条件の事を伝えないといけないですから」

 

 そう返すと、坂上先生はふらふらしたまま1年生担当のフロアから出て行った。

 

「……」

 

 坂上先生が見えなくなると、俺は真嶋先生と星乃宮先生に頭を下げた。

 

「すみません、あんな脅しに巻き込んでしまって」

「あははっ♪ いいのいいの。Bクラスも一之瀬さんが関係してるんだし。それにスカッとしたから。あの親父の去り際の反応最高だったもん!」

 

 星乃宮先生は嬉しそうに笑いながらそう言ってくれた。

 

「Aクラスも王小狼が加害者側で関係してるからな。気にしなくていいぞ。それに、俺もスカッとしたしな」

「お? ノリいいねぇ真嶋君〜」

 

 真嶋先生も迷惑がってはいないようで安心した。

 

 あ、でも一応言っておかないといけない事があるな。

 

「あの……さっきのは坂上先生が犯罪行為に加担したから脅したのであって、学校のルールに関して異論を唱える気とかはないので……あんまり恐れないでいただけると」

「大丈夫大丈夫! それも分かってるよ♪」

「安心しろ。君がそんな人間でない事は分かっている」

「ほっ、そうですか〜」

 

 先生達の返答にホッと胸を撫で下ろした。

 

 変に怖がられたりして今後の教師と生徒という関係性が崩れるんじゃないかと心配だったけど、その心配はなさそうだね。

 

「……あ。で、今回の事件の落とし前はさっきの条件で問題ないですかね? Bクラスにも一之瀬さんが狙われた分の賠償が入りますけど、Aクラスは小狼君の関与だけでCPを減らされる事になりますが……」

「うん。Bクラスはそれで問題ないわ」

「Aクラスもだ。元々この学校は個人の問題もクラスで連帯責任だからな」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 俺が再び頭を下げると、星乃宮先生も真嶋先生も椅子から立ち上がった。

 

「じゃあ病院に行くか」

「そうだね〜。お見舞いに行かないと」

「あ、そうですね。では一緒にいきましょう」

 

 先生方もお見舞いに行きたいとのことだったので、俺も一緒に病院に行く事になった。

 

 

 —— 病院、軽井沢side ——

 

 

「……ほっ。あったまるわね」

 

 茶柱先生と病院に向かった私。

 

 診察してもらった結果、体温が異常に低下しているだけで、怪我や病気はしていないとのことだった。

 

 着替えがないので入院服を借り、今は暖かい部屋で毛布にくるまりながら暖かい飲み物を飲ましてもらっている。

 

 そして、私の周りには私の他に人質にされていた子達が集まっていた。

 

 堀北さん、櫛田さん、みーちゃん。佐藤さん、佐倉さん、長谷部さん。Bクラスの一之瀬さん。そしてCクラスの木下さんと椎名さん。

 

 この9人と私が今回の事件の被害者のようだ。

 

「本当に無事で良かったよ、軽井沢さん」

「ありがとう、櫛田さん。あなたも無事で良かった」

 

 櫛田さんが心配そうに私に話しかけてくれた。

 

 どうやら私以外にも怪我や病気をした子はいないらしい。他の子達もツっ君が全員を助け出していたそうだ。

 

「ツナ君の番号を緊急連絡先にしておいて良かったよね〜」

「そうね。おかげですぐ助けに来てもらえたし」

「うんうん♪ それで私、これからもツナ君の番号は緊急連絡先に設定したままでいようと思うんだっ」

「あ、うん。私もそう思ってた」

「わぁ、奇遇だね〜♪」

 

 櫛田さんとそんな会話をしていると、病室の扉が開いた。

 そして、大人が2人病室に入ってきた。

 

「あ、星乃宮せんせ〜!」

「一之瀬さん。よかった〜、大丈夫だった? 怪我してない?」

「にゃはは、はい! ピンピンしてますよ〜」

「……おいチエ。そんなに揺らすんじゃない。怪我でもしてたら痛むだろ」

「あはは、大丈夫ですよ真嶋先生! 私は元気ですから!」

 

 

 入ってきたのはBクラスの担任教師の星乃宮先生とAクラスの真嶋先生だった。

 

 2人は一之瀬さんとの会話を終えると、部屋の中央に移動をした。そこからなら全員の顔が見えるからだろう。

 

 そして、真嶋先生はここに来た理由を説明し始める。

 

「俺達がここにきたのは、君達の無事を確認する為と君達に今日の事件の顛末を伝える為だ」

 

 ……顛末? もうCクラスの処分が決まったってこと?

 

 私だけじゃなく、ここにいる皆がそう思った事だろう。

 

 その皆の疑問に答えるかのように、真嶋先生はゆっくりと説明を始める。

 

「まず、今回の事件は学校では問題にしない。1年生の中だけで解決する事に決まった。ちなみに、これは君達を助けた沢田がCクラス担任の坂上先生と話し合って決めた事だ」

 

 1年の中だけで解決する? どういう事だろう。

 

 皆が疑問に思っただろうが、ツっ君が決めた事だからという共通認識があるのか誰も質問はしなかった。

 

 

「そして今回の事件の終わりとする為に、Cクラスには沢田からの条件を〝2つ〟のんでもらう事になった」

『……』

 

 その条件とは何なのか。全員が黙って話の続きを待っている。

 

「条件の1つ目は、今回の加害者であるCクラスの生徒22名と、Aクラスの生徒1名は所持しているPPを全没収することだ。そして、没収したPPは慰謝料として被害者10名に均等に分配される」

「ま、まじ!?」

「え、どれだけもらえるんだろう」

 

 慰謝料がもらえると分かり、誰かが喜びの声を上げた。まぁ気持ちは分かるわ。

 

「さらに被害者1人に付き、加害者クラスから30CPの支払いも行われる。つまり、CクラスからはDクラスに210CP、Bクラスに30CPが移動する事になる。また、AクラスからはDクラスに30CPの支払いが行われる」

「えっ!? えっ!? それってすごくない!?」

 

 私達は合計240CPを得る事になるんだ。

 

 ……それじゃあ、3学期からは私達はCクラスに上がれるってこと?

 

「やったぁ〜」

「ラッキーだね!」

『……』

 

 大量のCP獲得にDクラスの子達は湧き立つが、Cクラスの2人の表情は暗い。

 

 それはそうか。クラスメイトにターゲットにされた上に、Dクラスに落ちちゃったんだから。

 

(Cクラスの奴らは許せないけど、この2人は可哀想だよね……)

 

 そんな事を考えていると、堀北さんが立ち上がって真嶋先生に質問をした。

 

「真嶋先生、さっきの説明では木下さんと椎名さんへの慰謝料が入ってませんでした。2人への慰謝料はどうなるのですか?」

(あ、そういえば確かに……CクラスからCクラスにCPの移動とかできないよね)

 

 堀北さんの質問に、真嶋先生は笑みを浮かべて返答する。

 

「安心しろ。椎名と木下もちゃんと慰謝料を手にする。2つ目の条件がそれを可能にするんだ」

 

 そして、なぜか星乃宮先生が2つ目の条件を説明し始める。

 

「え〜、沢田君が認めさせた2つ目の条件は〜。うふふ♪ 木下さんと椎名さん。2人が望むなら、無条件で沢田君のクラスへの移動を認める……というものよ」

『……え?』

 

 星乃宮先生の言葉に、木下さんも椎名さんも目を見開いて驚いている。

 

「……ほ、本当に移動できるんですか?」

「……ポイントを支払わなくてもいいのでしょうか?」

「もちろん! 2人のクラス移動にかかる費用は、坂上先生の給料から天引きしていく事になってま〜す♡」

 

 すごく嬉しそうにそう言った星乃宮先生。

 

 それを聞いた2人だが、なぜか木下さんだけ下を向いてしまっている。

 

「……で、でも私は。体育祭で龍園君の指示で堀北さんを怪我させちゃったから……。移動する権利なんてないと思います」

「……木下さん」

 

 俯く木下さんの隣で、堀北さんが悲しそうな顔になる。

 

 すると、星乃宮先生はこんな事を言い出した。

 

「あ、悩んじゃうなら〜。沢田君から木下さんと椎名さんへの伝言を聞いてみない?」

「え? で、伝言ですか?」

 

 急に顔を上げ、星乃宮先生の顔を見る木下さん。

 

 椎名さんも同様に星乃宮先生の言葉を待っている。

 

「じゃあ伝えるよ? 『2人さえよければ、これからはクラスメイトとして一緒に学校生活を送ってほしいと思います。悩んじゃうかもしれないけど、俺は君達に来て欲しいと思ってるからね」……だそうです♪」

「……沢田君」

 

 木下さんが目をウルウルさせながらツっ君の名前を呼んだ。

 

「……くすっ」

 

 椎名さんはどこか嬉しそうに微笑んでいる。

 

 そして、椎名さんが木下さんの肩に手を置いた。

 

「……木下さん」

「! 椎名さん……」

「私、ツナ君と同じクラスでやっていきたいって思っちゃいました。なので……一緒に移動してくれると嬉しいんですけど、どうでしょうか?」

 

 椎名さんは微笑みながらそう言った。

 

 きっと迷ってる木下さんの背中を押してあげたかったのだろう。

 

「……椎名さん。い、いいのかな……」

「はい、ツナ君がいいって言ってるんです。それに、ここにいる皆さんも歓迎してくれるみたいですよ?」

「え?」

 

 木下さんが周囲を見回し始める。

 

 その視線の先には、微笑んでいるDクラスの子達の顔がある。もちろん私もそうだ。

 

 一之瀬さんも微笑んでいるけど、彼女も賛成してくれているということかしら。

 

 それに2人は私達と同じ被害者で、リーダーであるツっ君がクラスに引き入れたいと思っている子達だ。

 

 ここにいる面々なら、拒むなんてことありえないわ。

 

「……」

 

 ——ゴシゴシ。

 

 全員の顔を見回した木下さんは、ブレザーの袖で目を拭うと椎名さんの手を取った。

 

「椎名さん。私も一緒に移るよ。ううん、移りたい!」

「ふふふ、はい。私も移りたいです」

 

 ——パチパチパチ!

 

 2人がそう言うと、櫛田さんが拍手をしながら立ち上がった。

 

 そして2人の前に行った櫛田さんは、それぞれに片手を差し出した。

 

「2人とも……ようこそっ! ツナ君クラスへ♪」

「っ……うんっ!」

「ふふっ、はい、よろしくお願いします」

 

 ——ガシッ。

 

『いえ〜い♪』

 

 2人が櫛田さんの手を取ると、Dクラスの子達は拍手で歓迎をした。

 

 堀北さんも微笑みながら拍手を送っている。

 もちろん一之瀬さんもだ。

 

 私含め、皆が喜んでいるんだ。

 

 ……事件の終幕と、新しいクラスメイトの誕生をね!

 

 

 

 ——軽井沢達が木下とひよりのクラス加入を喜んでいる時。真嶋と星乃宮はこんな会話をしていた。

 

「……ねぇ、どうして条件が2つだけって言ったの?」

「今の彼女達には聞かせないほうがいいだろう?」

「どうして? いずれ分かるのよ?」

「ああ。だが、このムードを壊すのは可哀想だろうが」

「……ん〜、それもそうか!」

「だろ? どうせ3学期が始まれば分かることだ」

「……でも私も少し驚いたなぁ。まさか3つ目の条件が、『今年度内は、龍園翔の退学を認めるな』だなんて思わないし〜」

「……だなぁ」

 

 そんな2人の会話は、生徒達の賑やかな会話にかき消されていくのだった……。

 



読んでいただきありがとうございます♪

次回は、軽井沢以外の9名がどうやって救い出されたのか。そして龍園はこの後どうするのか。この2つについてのお話です!
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