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ぺーパーシャッフル⑦ 〜全ては大空の下で〜
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ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ 作:コーラを愛する弁当屋さん
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投稿遅れたので、今回もかなり長めです!
ぺーパーシャッフル⑦ 〜全ては大空の下で〜
—— 期末試験、1日目 ——
……ついに今日から期末試験が始まる。
昨日のホームルームで発表があったが、ペーパーシャッフルのペア2人で取るべき総合点は692点に決定された。
去年よりは低く設定されたようだが、油断は禁物だろう。
ちなみに期末テスト初日は現代文、英語、日本史、数学の4科目の試験が行われる。
つまり、今日の4時限目に俺と堀北対櫛田の勝負が行われるのだ。
「……」
「……」
すでに自分の席に着いていた堀北は、1つのノートに記載された内容を真剣な眼差しで確認している。
その表情には不安は浮かんでいない。綱吉に言われた、〝不安な時こそ、根拠のない自信で強がれ〟という言葉を実践しているのか……いや、本当に不安などないのだろう。
ここ2日間で俺達やった最後の足掻きは、堀北の自信となってくれたようだ。
「……堀北、今はどんな気分だ」
「……2日前の不安が嘘だったかのようね。今は自信しかないわ」
「そうか。そりゃあなによりだ」
「ええ。あなたも手伝ってくれたおかげよ。感謝しているわ」
「……その言葉は、結果が出るまで取っておけよ」
「ふふ……そうね」
そう言って笑うと、堀北はノートを鞄の中にしまい、代わりに一冊の本を取り出した。
挟んであるしおりを取り外し、続きを読み始める堀北。
こいつの事だ。きっと小説だな。
(え〜と、タイトルは……!)
「……アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』か。……不吉だな」
「誰もいなくならないわ。クラスメイトも。そして私とあなたもね。……綱吉君にそう宣言したでしょう?」
「……そうだったな」
2日前に屋上に続く階段で、綱吉と交わした会話が思い出される。
『君達、俺の前からいなくなろうとしたり……してないよね?』
『…俺達を信じて、お前は大人しく待機してろ』
『そうね。Dクラスのリーダーならリーダーらしく、教室の後ろの席でどーんと構えておけばいいのよ』
「……だけど、最後まで勉強はした方がいいんじゃないか?」
「安心しなさい。さっきしていたのは、全てが頭に入ってるかの最後の確認よ」
「そうか。……で、結果は?」
「きちんと頭に入っていたわ」
「……万端だな」
そんな会話を終えると、堀北は読書の世界へと沈んでいった。
「……!」
ふと窓の外へ目を向けると……登校中の綱吉の姿が見えた。横には女子が2人並んでいる。
(軽井沢と……佐藤か)
「ツっ君、今日はがんばろーね!」
「うん!」
「あ〜、私自信ないなぁ……」
「大丈夫だって! 麻耶ちゃんも勉強頑張ってたじゃない。本番も頑張ろうよ!」
「えへへ、うん! 頑張るね!」
楽しそうに歩いているに3人。勉強会が始まって以降、軽井沢と佐藤は綱吉に絡みに行くことが多くなっているようだな。
「……」
その時、ふいに視界の隅に誰かの姿が見えた。……平田だ。
平田は俺の視線に気が付くと、ニコッと笑いかけてきた。俺は席から立ち上がり、平田に方へ近寄った。
「……お前も綱吉を見ていたのか?」
「まあね。最近、軽井沢さんは沢田君と一緒にいる事が増えてきたなと思ってさ」
「……さびしいのか?」
まさかとは思うが。平田と軽井沢は偽装カップルとはいえ、ずっと一緒にいれば愛情が芽生えていてもおかしくはない。
その質問に、平田は小声で答える。
「はは、違うよ。軽井沢さんが真っ当な男女関係を築くなら、僕はいつだって退くつもりだよ。沢田君なら軽井沢さんを守ってくれるだろうしね」
「……綱吉と軽井沢が付き合えばいいと思ってるのか? ……だが綱吉には」
「分かってるよ。ライバルが沢山いるもんね。今一緒に歩いていた佐藤さんや、他にも数名」
「! 気づいてるのか」
「そりゃあね。あれで気付かない沢田君の方が変だと思うよ?」
「……確かにな」
綱吉の女子からの好意に対する鈍感さは凄まじいからな。
「おはよう」
「おはよ〜」
「おはよっ」
平田と会話している内に、綱吉達が教室に入ってきた。そしてそれと同時に、俺達も自分の席へと戻ったのだった。
—— テスト開始時間 ——
ホームルームが終わり、ついにテスト開始時間となった。
教卓に立った茶柱先生が口を開く。
「これより期末テストを行う。1時間目に行うのは現代文だ。開始の合図まで用紙を表にひっくり返すことは禁止されているからな、各自注意するように」
いつもとは違い、茶柱先生が1人1人の机に試験用紙を置いていくようだ。
問題用紙を配り終わると、茶柱先生は再び教卓に戻った。
「試験時間は50分。どうしてもトイレを我慢できない場合を除き、途中退室は一切認められないからな」
それから程なくして1時間目のチャイムが鳴った。
「では……始めろ」
茶柱先生の開始宣言を受け、俺達は試験用紙を一斉にひっくり返した。
(さて……どれほどの難易度だろうか)
問題をざーっと見回し、Cクラスの設定した試験問題の難易度を確認する。
(……これなら、いけそうだな)
最初から難しい問題が並んでいるが、それでも解けない問題じゃない。
勉強会で取り扱っていた問題が結構ドンピシャだったらしく、ローグループでも落ち着けば解ける問題も少なくないだろう。
とりあえず、全員がボーダーラインを超える事は不可能ではない事が分かって安心した。
ペアである佐藤も勉強会には熱心に参加していたようだし、俺も40点以上を取れていれば総合のボーダーラインも超えられるだろう。
「……」
(ちらっ))
「……」
——カツ、カツ。
隣である堀北の席からは黙々とペンを走らせる音が聞こえてくる。 堀北は勿論心配ないだろう。きっとこの後の勝負に向けてエンジンを温めているのだろうな。
「……」
再度試験用紙に目を落とし、机の上に置いてあったシャーペンを手に取る。
(……よし、俺もやるか。目標は67点にしよう)
それから半日の間、緊迫の期末試験が続いていった……
—— 4時間目終了後 ——
「……よし。これで今日の試験は全て終了だ。残りの4教科はまた明日行われる。今日はこれで解散とするので、せいぜい試験勉強に励むんだな」
今日最後である数学の試験用紙を回収した茶柱先生は、いつものような激励とは思えない激励を飛ばすと教室から出て行った。
『……終わった〜!』
「おい、数学どうだった!?」
「私自信ある! 70点以上は取ったよ!」
茶柱先生がいなくなると、栓が抜けたかのようにクラス中が騒がしくなった。
——ガサゴソ。
「あれ? ツナ君もう帰るの?」
「ううん、今日は生徒会の仕事があるんだ」
「そっか〜、大変だね。頑張ってね?」
「ありがとう。行ってくるね」
前の席の綱吉と王の会話だ。
というか、綱吉はテスト期間でも生徒会の仕事があるんだな。
「……(ニコッ)」
『! ……』
鞄を持って机を離れようとする綱吉が、一瞬俺と堀北の顔を見た。
そしてニコッと笑った。
……まるで『よくやったね』と言ってくれてるような、そんな優しげな笑顔だった。
「……ふぅ」
綱吉がいなくなり、さらにクラス内が騒がしくなる中。
堀北はため息を1つ吐いて、椅子にもたれ掛かるようにして教室の天井を見上げた。
「……やりきったようだな」
「ええ。今までの勉強、そしてここ2日間の努力。その全てを発揮できたと思う」
「……数学の自己採点は?」
「もちろん100点よ」
堀北は迷うことなく自己採点の結果は満点だったと言い切った。
「……書き間違いや記入漏れの可能性は?」
「無いわね。私はそう言い切れるだけの自信を持ってテストを乗り切ったもの」
「それは頼もしいな……」
「これで確実に引き分けには出来たはずよ」
「そうだな」
今回のペーパーシャッフルを自らの気力と根性で乗り切った。俺はそんな堀北を素直に尊敬した。
「すまねぇ鈴音! 今日のテスト、全教科40点届いたか微妙なラインだ!」
ここで、いきなり須藤が堀北に話しかけてきた。
ペアとして今日の結果を報告しにきたのだろう。
「問題ないわ。私は今日のテスト全教科で90点以上は取っているはずだから」
「まじかよ! さすがは鈴音だなぁ!」
「あなたも今日のテスト内容でそれなら上出来よ」
「本当か!? サンキュー、明日も頑張るぜ!」
「ええ、お願いするわ」
堀北からお褒めの言葉をもらい、須藤は嬉しそうに上機嫌で自席へと帰っていった。
すると今度は、櫛田が俺達の元にやってきた。
櫛田はいつも通りのニコニコ笑顔だ。
「堀北さん、ちょっといい?」
「……ええ、何かしら?」
「もう数学の自己採点は済んでる?」
「済んでいるわ」
「そっか♪ じゃあさ、一緒に屋上にきてくれない?」
「……自己採点の報告会かしら?」
「うふふ、そう言うこと♪」
「……分かったわ。行きましょう」
「ありがとう! あ、勿論綾小路君もね?」
「……分かってる」
それから、俺達は一緒に屋上へと向かった……
—— 屋上 ——
ギィィ……。
屋上に繋がる扉を開き、外に出る。
すると、屋上にはすでに先客がいた。
……龍園だ。
「……どうしてここにいるのかな?」
「俺がどこにいようと自由だろ? それに屋上は誰でも入れる場所のはずだぜ」
「……まぁそうだね」
本性を隠す気などさらさらないかのように龍園の事を嫌悪の目で見ている櫛田は、龍園から離れた場所に行こうと俺達に言ってきた。
「少し離れた場所で話そうか」
「おいおい。俺は仲間外れか? せっかくだからお仲間に入れてくれよ。全くの無関係じゃないんだからよ」
「……何が目的?」
「別に? ただ結末が知りたいだけだ」
「……まぁいいや。あんたにも私の勝利を見せつけてやりたいしね」
「……ククク」
何を考えているのか分からないが、龍園もこれからする会話に加わる事となった。
櫛田は再びいつものニコニコ笑顔に戻った。
「じゃあ早速始めようか! 私は数学の自己採点は100点! あはははっ♪」
堂々と自己採点の結果を発表した櫛田は高笑いをする。
絶対に勝っているという自信があるのだろう。
だが残念だな。堀北にも絶対に負けていないという自信があるんでな。
堀北は高笑いする櫛田を見据え、ゆっくりと口を開く。
「……私も100点よ」
「あはははっ♪ ……は?」
堀北の冷静な言葉を聞いて、櫛田の顔から笑顔が消える。
そして、顔が動揺の表情で埋め尽くされる。
「……嘘。なんであんたに100点が取れんの? 今回の数学の試験問題は超高難易度だったのよ?」
「ええ、今までで1番の難しさだったわ」
「そうよ! だから100点って言うのは嘘でしょ! 取れてて90点くらいのはずよ!」
確かに。今回の数学の試験は特に高難易度だった。クラスでもトップ5に入る頭脳を持つ啓誠でも90点を超えられているかわからない。……何の準備もなければ、な。
「いいえ、私は100点を取れているはずよ」
「はぁ!?」
自信満々の堀北が理解できないのか、櫛田は何とも言えない表情になっている。
その時、龍園が会話に加わってきた。
「おい鈴音ぇ。今回の数学の試験は、うちの金田が練りに練って何度も作り直した今回の試験で出せる最高難易度の問題だぜ?」
「そうね。金田君の力作だったんだもの、相当難しかったわ。……まぁでも、そこが突破口だったのだけどね」
「……あ?」
怪訝な顔をする龍園に、堀北は説明を始める。
「金田君は自分の頭脳に絶対の自信を持っているタイプ。そして自分が優秀だとも信じているでしょう」
「……それがなんだ?」
「そういうタイプはね。往々にして自分の型を確立しているものなのよ」
「……型だと?」
「ええ。簡単に言えば、自分の理想像ね。その理想に沿った自分になるように、行動や言動が無意識に修正されてしまうものなのよ」
堀北はさらに詳しい説明をし始める。
「金田君の中に理想の型があるのなら、きっと作成する問題文にも理想の型があるはず。だから私達は、その型を探し出す事にしたのよ」
「……ふざけないで。そんな型なんてどうやって探し出すって言うのよ」
「あなたと同じよ。櫛田さん」
「は?」
「あなたと同じ様に、Cクラスの生徒の協力を得たのよ」
「はぁ!? 誰の協力を得たのよ!?」
「龍園君と……あと1人いるけどその人は秘密にしておくわ」
木下の事を話せば龍園が何かするかもしれないからな。秘密にして正解だろう。
堀北の協力者の正体を聞いて、櫛田は龍園を睨みつけた。
「ちょっと! あんた私を裏切ったわけ!?」
「何を言いやがる。俺達は利用し利用しあうだけの関係だろ? それに、最初にした契約は鈴音のせいで無効になっているんだぜ。しかもお前はそうなる事を予見していたくせに俺に言わなかっただろうが。……そんなお前に対する少しばかりの報復ってやつさ」
「くっ……」
冷ややかに笑う龍園と、睨みつける櫛田。その姿からは協力関係とはとても思えない。龍園の言う通り、この2人はお互いに相手を利用する事しか考えていないのだろう。
睨み続けている櫛田から視線を外し、龍園は堀北にさらに問いかける。
「で? それでどうやって金田の型を見抜いたんだよ、鈴音」
「それは……」
堀北は、どうやって金田の型を見抜いたのかを説明し始める。
「私達はまず、櫛田さんも手に入れているCクラスの試験問題の一部を手に入れたわ」
「一部?」
「ええ。1人から最初の5問を。そして龍園君から最後の5問をね」
「!」
「ほぉ。どうして最後の5問だけを要求してくるのかと思ったが、最初の5問はすでに手に入れていたわけか」
「ええ。それに、見返りとしてあなたに渡すこちらの問題を最小限に抑えられるもの」
「なるほどな……よく考えられた作戦だ」
感心したように頷く龍園だが、櫛田は納得がいかないのか堀北に噛み付いて来る。
「で、でも! 最初と最後の5問が分かったとしても、それだけで金田君の型を見つけることなんてできないでしょ!」
「もちろんそれだけではね。……だから私達はもう一つ、Cクラスのある物を提供してもらったのよ」
「は? もう一つ?」
「ええ。それは……〝金田君がCクラスの為に作っているという試験対策の問題集〟よ」
「!?」
「……はっ、そう言うことかよ」
龍園は、今の堀北の言葉で俺達が何をしたのかを理解したらしい。
無人島試験での1人での潜伏を考えると、龍園は勝利への執念が凄まじいはずだ。だからこそ、今回俺達が取った根気のいる作業にたどり着いたのだろう。
「はっきり言いなさいよ!」
「わかったわ。金田君が試験前に自作の問題集をクラスメイトに配っている噂があるのは知ってるわね?」
「……知ってるよ」
「そう。……確かに櫛田さんの言う通り、試験問題が10問だけ分かったところで金田君の型を理解する事はできないわ。……でも。〝今まで作ってきた問題集という、金田君がこれまでに作成してきた数学問題文のデータ〟があればどう?」
堀北の説明を受けて、櫛田は俯いて少し考えこむ。
やがて答えに辿り着いた櫛田は、驚愕の表情で堀北に視線を戻した。
「……! ま、まさか……」
「分かったようね。そうよ、私達は金田君が今までに作成してきた問題集と、今回の期末試験問題10問分というデータを元に、金田君が出題しそうな問題の型を見つけ出したのよ」
「ありえない! いくら出題されそうな問題文を見つけ出せても、完璧に同じものを準備することなんてできないはず!」
「もちろんそうね。だからこそ私達は、金田君が出しそうな問題の型を数パターン準備しておいたのよ」
「はぁ!?」
「ちょうど2日前から、勉強会はあなたと平田君に任せきりにしていたでしょう? あれは使える時間を全て金田君の型を見つけ出すのに使う為なのよ」
「最後の2日間をそれだけに費やしたって言うの!? 他の教科を捨てて!?」
「最後の2日間よ? それまでに他教科の勉強なんて済ませているに決まっているわ」
「くっ……」
悔しそうに顔を歪める櫛田。
……そう。俺達は最後の2日間を、金田の作成しそうな問題文予想に費やしたんだ。
—— 2日前、図書館 ——
「……とりあえず。問題集を見て金田君の出題傾向を見つけましょう」
「そうだな。金田のような奴は自分なりの美学とかを持っているはずだ」
「Cクラスだし、捻くれた問題も多いでしょうね。……そこはあなたの出番だわ」
「は? なんで俺?」
「あなたも捻くれた問題を作りそうだもの」
「……それはお前もだろう」
「ふふ、そうね。でもだからこそ、私達なら金田君の型を見つけ出せると思うのよ」
「……じゃあ、まぁ……やるか」
「ええ」
その日1日を使って、俺達は金田の作成する数学問題の傾向を調べ上げた。
そして翌日は、その傾向と手に入れた最初と最後の問題を元に、今回出題されると予想される試験問題を完成させたんだ。
「そんなバカな……予想はあくまで予想でしょう? それがドンピシャだったわけ?」
種明かしをしても、櫛田の歪んだ顔は戻っていない。
「いいえ。さすがにドンピシャとはいかないわよ。複数準備しておいた予想の試験問題を全て覚えてないと100点は取れなかったわね」
「じ、じゃあ。あんたはその予想しておいた複数の試験問題を全て覚えたというの? たった1日で?」
櫛田が信じられないのも仕方がない。実際俺達は、予想される試験問題の準備でほとんどの時間を使い切っていた。
だから堀北が暗記に使えたのは、正味夜から試験問題の直前までだ。
普通なら厳しいだろう。
だが、綱吉の事を間近で見てきた堀北だからこそできる事がある。
「ええ。その通りよ。根気のいる作業だったけど……死ぬ気でなんとか覚えたわ」
「……し、死ぬ気? 何をツナ君みたいな事を!」
「負けたら退学になるんだもの。それぐらいの気概でやり切ったわ」
「くぅ……!」
ちなみに、昨日の夕方に平田を通じてクラスメイト達にも予想試験問題を送っているので、少なからず30点を下回った奴はいないはずだ。
平田には櫛田だけすでに渡してあると伝えているから、櫛田だけには送られていないけどな。
「っ……」
「くくく……」
恨みがましい目で堀北を睨む櫛田と、面白そうにその姿を見ている龍園。
「……そんな。必ず勝てると思ったのに! あんた達より先を見て立ち回ったと思ったのに!」
「……そうね。確かに私達は完全に櫛田さんより後手に回っていたわ」
「そうよ! 私はあんた達よりも上を行っていたはず!」
「ええ。……だから私達は、勝つ事を諦めたのよ」
「は?」
「完全に櫛田さんの掌の上だった。私達があなたの策略に気付けたのは偶然……いえ、綱吉君のおかげかしらね」
「! ツナ君の……おかげ?」
「ええ、私達が櫛田さんが本当の試験問題を手に入れたと知れたのは、綱吉君に呼び出せされた場所に行ったからなの。あの時は考えなかったけど、きっとあの場に行かないと気付けないから遠回しにサポートしてくれたんだと思う」
確かにな。綱吉に呼び出された先で木下に会った。偶然にしては出来すぎている。きっと俺達を直接サポートはできないから、できる範囲でサポートしてくれたんだろう。
……俺達なら、櫛田の策略に気付けば対策できると信じて。
「……ツナ君のおかげってことね」
「ええ。綱吉君は私達の勝負に気づき、遠回しにサポートしてくれのでしょうね」
「……ツナ君ならそうするだろうね」
「ええ。私達が退学しないで済むように、そして櫛田さんがその報いを受けない様に」
「……ツナ君」
櫛田の怒りが綱吉の優しさに気づく事によって和らいでいく。
(よし。このまま、どうにかこの勝負の上手い落とし所を探って……)
「……おいおいお前ら。何で話をまとめようとしてんだよ」
『!』
せっかく櫛田の怒りが治まってきたのに、龍園が茶々を入れてきた。
「何? 文句でもあるのかしら?」
「ああ、あるねぇ。まだ今回の勝負において隠している秘密があんだろ? なぁ……綾小路?」
「……」
「え? 綾小路君?」
「……綾小路君、何かあるの?」
堀北と櫛田が俺に注目している。
(はぁ……。このまま隠し通して後でこっそり回収しようと思ったんだけどな)
あんな事を言ったって事は、龍園は俺が仕込んでおいた万が一の為の切り札に気付いているって事か。
「……綾小路君、何を隠してるの? 言ってよ」
「……」
どう説明しようか悩んでいると、先に龍園が口を開いてしまった。
「綾小路が教えねぇなら俺が教えてやるよ。桔梗、ブレザーの内ポケットを調べてみろよ」
「は? ブレザーの内ポケットに何が……あれ?」
龍園に言われて櫛田がブレザーの内ポケットを調べると、一枚の折り畳まれた紙が出てきた。
「ちょっと、何よこの紙。私こんな紙知らないんだけど!」
「ククク、開いてみろよ桔梗。きっと面白いもんが書いてあるぜ」
——ガサガサ。
紙を開いた櫛田は、目を見開いて驚愕する。
「……! な、何これ。数学の試験用紙?」
「ククク。それはきっとカンニングペーパーだなぁ」
「はぁ!? 私カンニングなんてしようとしてないわよ!」
「そりゃそうだろう。そのカンニングペーパーはお前を潰す為に用意されたものだろうしな」
「わ、私を潰す?」
「そうだ。いや、そうだろ? 綾小路」
『!』
「……」
またも櫛田と堀北が俺の方に視線を移した。
(これはもう、ごまかせないよな)
もう誤魔化しはきかないだろうと判断し、俺は事実を述べる事にした。
「……そうだ。俺が準備して、とある女子に頼んで櫛田の内ポケットに仕込んでもらった」
「あ、あんた! 私を退学させるつもりだったの!?」
「……ああ。最悪の場合はな。テスト終了後にその事を茶柱先生に密告して、カンニング扱いでの強制退学に追い込むつもりだった」
「くそっ! このクソ野郎が!」
「ククク……」
怒りを露わにして俺を睨む櫛田。その姿を見て、龍園は満足そうに笑う。
なるほど、これが龍園の狙いか。なんでこの話に参加するのかと思ったが、俺達の間の溝を埋めさせずにもっと深くする為だったんだな。
(……だが、どうしてそんな事をする必要がある? こいつの狙いは綱吉潰しの筈だが)
……そして、まだ龍園の話は終わってはいなかった。
「落ち着け桔梗。まだこの話には続きがあるんだからよ」
「まだ何かあんの!?」
「よく考えろよ。さっき鈴音は、沢田がお前達の勝負に気付いて、両方が傷つかない方法で決着させようとこっそりと動いていたんだと言ったな?」
「それがなに?」
「……そんなお優しい沢田がよぉ。桔梗を退学させようとする綾小路の仕掛けを見逃すと思うか? それのどこがどちらも傷つかない方法なんだ?」
「っ!」
櫛田は完全に動揺してしまっている。絶対に自分を裏切らないと信じていた相手に、裏切られていたかもしれないと。
(……これが真の狙いか。櫛田の綱吉に対する盲信的な愛情を利用して、逆に激しい恨みに変えてやろうとしているわけだ。後に自分が綱吉を潰す時に利用する為に)
しかし、綱吉に対する櫛田の思いも半端ではない。そう簡単に綱吉に恨みなんて持てないだろう。
……だが、今の櫛田は俺達を退学に出来なかった事で心が不安定になっているはずだ。
俺もそこを突いて櫛田を味方に引き入れられないかと考えてたわけだが、もしも龍園も同じ様な事を考えているのだとしたら……まずい事になりそうだ。
「……で、でも! ツナ君は知らなかっただけかもしれないし!」
「お前達の考えだと、沢田は勘が鋭いんだろう? 気づかないとはとても思えねぇなぁ」
「……じ、じゃあ、何か事情があったとか!」
「その事情ってのは何だ? 大切なお仲間を犠牲にするかもしれないのに、それよりも大事な事情ってもんが沢田にはあるのか?」
「うぅ……」
櫛田の顔に冷や汗が浮かんでいる。完全に龍園の術中に嵌っているようだ。
そしてその矛先は、綱吉から堀北に移り変わる。
「……沢田だけじゃない。鈴音だって綾小路の仕掛けを知っていて見逃したはずだ。つまり、鈴音もお前を退学させるつもりだったって事だぜ」
「! あんたっ!」
(……堀北のことは元々嫌っていたからな。あっさりと龍園の言葉を信じてしまっている)
驚きのあまりしばらく口を閉ざしていた堀北も、櫛田に睨まれて慌てて弁明を始める。
「ち、違うわ。私は今回の勝負でお互いのわだかまりを解消しようと……」
「信じられるわけないでしょ!?」
「く、櫛田さん……」
堀北を睨む櫛田の表情は、純粋な怒りに満ち溢れている。
しかし……絶対の存在として信じていた綱吉から見捨てられたかもという言葉だけで、ここまで荒れてしまうとはな……
「ハァ……ハァ……」
息も荒くなってきた櫛田の肩に、ポンっと手を置いた龍園。
(……トドメを刺す気か?)
「まぁそうは言っても、今回の勝負は引き分け。勝負自体が無効になったわけだ。なぁ桔梗。こいつらを退学させることも出来ず、信じていた沢田に裏切られた気持ちはどうだ?」
「っ!」
今までは明言はしなかったのに、今度は明確に裏切られたと発言した。
これにより、櫛田の脳内では沢田綱吉に裏切られたという事実があったと認識してしまっただろう。
(……龍園の奴、人身掌握術でもかじっているのか? いや、恐怖や不安で人を操る事でCクラスをまとめ上げているこいつだ。元々そういう素養があったんだろう)
龍園によって植え付けられた不安の種が、今の言葉で一気に花を咲かせたようだ。
「……ま、まだ私が勝っている可能性もある! 試験結果が出るまで勝負は決まらない!」
「そうだな。だが、その可能性はほぼないんじゃないか?」
「! ……う、うるさい!」
——ダダダダっ……ギィィ、バタン。
櫛田は肩に置かれた龍園の手を払い除け、走って屋上から出て行ってしまった。
「……堀北、追いかけるぞ」
「……え?」
「櫛田を追いかける。ほら、行くぞ」
「え、ええ」
櫛田を放置しておけない。
俺と堀北も櫛田を追って走り出した。
「ククク……」
後ろからは怪しげに笑う龍園の声が聞こえるが、無視して屋上を出た。
—— 1年生フロア・廊下 ——
「……教室に入ったな」
「ええ。あれは……Dクラスの教室ね」
櫛田を追いかけていると、Dクラスの教室に入っていく姿が見えた。
俺達も近づいて、廊下から中の様子を確認してみると……中には櫛田と綱吉が立っていた。
「あ、綱吉君」
「……廊下で声だけでも聞いておくか」
俺達は廊下に隠れながら、教室内での会話に耳を傾ける。
「……ツナ君、ちょっとついてきてくれるかな?」
「うん、もちろん」
『!』
2人がどこかに行くようなので、俺達は物陰に隠れてやり過ごす事にした。
やがて2人は教室から出てきて、どこかに向かった。
「……この方向は」
「……特別棟ね」
どうやら、特別棟に向かったようだ。
「……追いかける?」
「……いや、もう大丈夫だろう」
「え? どうして? 櫛田さんは綱吉君にも怒りを持っているかもしれないわよ」
「綱吉なら大丈夫だ。きっと自分で誤解を解くだろう」
「……そうかもしれないけど、一応見ておいた方が」
「いや、やめておこう。俺達が行って櫛田が気付けば、もっと怒りが溜まるだろうからな。ここは綱吉に任せよう」
「……分かったわ」
堀北を説得し、俺達は誰もいない教室から鞄を取ってマンションへと帰った。
……綱吉なら櫛田の誤解を解ける。実はそう思ったのには根拠がある。
俺がカンニングペーパーを仕込んでる事に気づいてるのに、対処をしなかったのには綱吉なりの理由があるはずだからだ。
—— 特別棟最上階。桔梗side ——
「……」
教室にいたツナ君を連れて、私は特別棟の最上階にやってきた。
「……」
「……」
立ち止まって向き合っても、ツナ君は一言も話さない。
私の言葉を待っているのかもしれない。
そして、私を見つめるツナ君はいつもの優しい表情だ。
「……っ」
いつもなら好きなその表情も、今の私には怒りを増長させるものでしかない。
怒りが最大限に溜まった私は、思わずツナ君の胸ぐらを掴んでしまう。
——ガシッ!
「……」
「……」
私がこんな事をしているのに、ツナ君は何も言わずに優しい表情で私を見つめるだけ。
「……っ!」
——パシーン!
怒りを堪えきれず、私はツナ君の頬を思いっきりはたいた。
「……」
それでもツナ君は表情を変えず、無言で私を見つめるだけだ。
「……なんで何も言わないのよ」
「……」
「……ふざけないでよ!」
——パシーン!
——パシーン!
——パシン、パシーン!
——パシーン!
私は何度も何度もツナ君の頬をはたいた。時には反対側もはたきつつ、何度も何度もツナ君の頬をはたく。
「……」
それでもツナ君は何を言わない。変わらずに優しい表情で私を見つめるだけだ。
全然治らない怒りに、無意識で自分の思いの丈をツナ君にぶちまけていた。
——パシーン!
「……信じてたのに!」
——パシーン!
「ぐすっ……ツナ君だったら大丈夫だって思ったのに!」
いつのまにか、ツナ君を頬を叩いている私の頬には涙が流れていた。
——パシーン!
「……やっと出会えたと思ったのに!」
——パシーン!
「……私の全てを受け入れてくれるって信じたのに!」
——パシーン!
「……なんで裏切ったのよ!」
——パシーン!
最後に今までで最大の強さで頬をはたいた私。
さすがに疲れて、上げていた手と頭を下げて息を整える。
「はぁ……はぁ……」
「……」
今だに何も言わないツナ君。それにまた怒りが湧き上がり、何か言うまではたき続けてやろうと顔と腕を上げると……
「っ……!」
「……」
目の前には、さっきまでと違って悲しそうに微笑んでいるツナ君が立っていた。
「……」
「……やっと」
「!」
「やっと……聞かせてくれたね」
「……え?」
ツナ君の言っている意味が分からず、首を傾げる。すると、ツナ君は上げている私の手を優しく両手で包みこんだ。
「あっ……」
そして自分の胸元に下ろすと、ツナ君はゆっくりと語り始めた。
「ごめんね桔梗ちゃん。辛い、悲しい思いをさせたよね」
「……うん。辛かったし、悲しかったよ」
「……そうだよね。君にそんな思いをさせるのは嫌だったんだけど、そうでもしないと君の本当の悩みを理解する事は出来ないと思ったんだ」
「……本当の悩み?」
「うん……」
ツナ君は片手を離し、私の頬に流れている涙を拭った。
「今までの俺は、桔梗ちゃんの悩みとか抱えているものを解消してあげたいと思っていても、行動ができていなかった。助けたいと口では言っていても、実際の行動には移れずじまいだった。それはきっと、その悩みは素の君に踏み込まないと知ることができないと思っていたからだ」
「……」
「でもそうなると、その過程で他の人に君の秘密にしたい事がバレてしまう可能性がある。そう思うと、なかなか踏み込んでいけなかった」
話しながら、ツナ君は申し訳なさそうにしている。
「……でも今回、クラスの事を鈴音さんと清隆君に任せて自分はクラス全体のサポートに回った事で分かった事があるんだ」
「……何?」
「桔梗ちゃんと鈴音さん達の勝負に気付いた時、こう思ったんだ。清隆君と鈴音さんには、桔梗ちゃんは素の自分を曝け出してるんじゃないかってね」
「!」
「きっと鈴音さん達の退学を賭けた勝負なんだろうと思った。でもよく考えたら、そんな勝負はお互いの本心を曝け出してないと起こりえない。だから桔梗ちゃんは、俺よりも鈴音さんや清隆君の方が素の自分を見せやすいんだって気付いたんだ」
言われてハッとする。確かに、あいつらに対しては素の自分を出す事に全く抵抗がなくなっている。
「それで分かったんだ。きっと桔梗ちゃんが素の自分を曝け出せるのは、素の自分を受け入れてくれる相手だけなんだって」
「……」
「そして、今の俺はまだ桔梗ちゃんにそう思ってもらえる男じゃなかったって事だ」
「そ、そんな事は」
私はむしろ、ツナ君だけが私の全てを受け入れてくれるって信じていた。
でも実際は、私はツナ君よりもあいつらにこそ自分を曝け出していた?
……もしかしたら私の中に「ツナ君に嫌われたくない」、「見捨てられたくない」って思いがあったのかもしれない。
中学時代のあの事件が、実は呪縛のように私に取り憑いていたから……
そんな不安を無くしたくて、無意識にツナ君の事を盲信的に信じるようになったんだ。
「だから俺、桔梗ちゃんに自分の全てを受け入れてくれる男だって思ってもらうって決めたんだ」
「……うん」
「その為に何が必要か。……それは、今回の勝負で鈴音さんと清隆君が教えてくれた」
「えっ?」
「2人はきっと、桔梗ちゃんとのわだかまりを解消したくて今回の勝負を考えたんだと思う。勝って自分達の退学を諦めさせられたとしても、逆にわだかまりが大きくなって更に仲が悪くなる可能性だってあるのに」
「……」
「でも、2人はそのリスクを取ってでも桔梗ちゃんとの勝負を望んだ。その2人の姿を見て、俺に足りないものは〝嫌われる勇気〟なんじゃないかって思ったんだ」
「嫌われる……勇気?」
「うん。嫌われるのを恐れてずっと悩みを解決してあげれないよりも、嫌われたとしてもその人が幸せになれる方がずっといい」
「私が……ツナ君を嫌ってもいいってこと?」
「……ううん。本当は嫌だよ。でも桔梗ちゃんが俺に全てを打ち明けられるようになって、今後の学校生活を楽しめるようになった方がいいに決まってる。もちろん、また好かれるように死ぬ気で努力するつもりだったよ」
「……」
「1番大事なのは桔梗ちゃんの悩みが解決する事だ。だから今回俺は、清隆君がカンニングペーパーを桔梗ちゃんの内ポケットに仕込んだ事を知ってたけど放置した。仕込みはしたけど、あの2人なら絶対に使う事なく引き分けに持ち込めると信じていたからね」
あの2人に対する絶対的な信頼。それがあるからツナ君も今回の行動ができたんだ。
……ものすごく悔しいな。私はあの2人に最初から負けていたって事だ。
「そして、勝負が決まった後。君はカンニングペーパーの存在と、その事を俺が知っていながら放置した事に怒ってしまうだろう。その時に桔梗ちゃんの本音が聞けると思った」
「……その通りになったんだね」
「うん。……でも、桔梗ちゃんを傷つけてしまった事には変わりない。だから、その償いがしたいんだ」
「え? 償い? 別にいいよそんなの」
別にツナ君が償うことなんてない。結局は今回の事も私の事を思ってしてくれていた事だもん。むしろ何度もはたいてしまった私の方が償うべきだと思う。
でも、ツナ君は償う気が満々のようだ。
「ううん。もう二度と桔梗ちゃんが不安になったり、怖くなったりしなくて済むように。ここで俺は宣言するよ」
「え? 何を?」
そう私が聞くと、ツナ君はいつもとは違う真剣で凛々しい表情でこう言ってくれた。
「君の望みは……自分の全てを受け入れてくれて、そして絶対に裏切らない人を見つける事だった。だったら俺が桔梗ちゃんにとってのその人になる」
「……うん」
言ってもらえた……。
私がずっと言って欲しかった言葉を……
「俺は桔梗ちゃんのどんな部分でも受け入れる。そして絶対に裏切らない。もしも君を傷つけようとする奴がいるなら、俺が必ず守る。たとえこの学校の俺以外の全員が君を責めることがあったとしても、俺だけは君を信じ続ける。例え君に非があったとしても一緒にやり直す道を探す。ずっと一緒にいるよ」
「……ぐすっ、うん!」
この時、私の目から大量の涙が溢れ出してきていた。
心の底から嬉しかった。やっぱりツナ君は、私の全てを受け入れてくれて、絶対に裏切らない人だった。
ツナ君の大事な友達を退学させる為にまたクラスを裏切って、そのうえ裏切られたと勘違いして何度も頬をはたいたこんな私でも受け入れてくれた。
ずっと一緒にいるって言ってくれた。
絶対に守ると言ってくれた。
(私はやっぱり、ツナ君の事が大好き。いや、愛してる)
ツナ君はまた私の顔に流れている涙を拭うと、強く私の手を包み込んだ。
ツナ君の手はあったかくて大きくて……とても安心する手だ。
「だから桔梗ちゃん。俺と一緒に、Aクラスで卒業しよう?」
「うん……うん、うん! 私、ツナ君についていくよぉ!」
そう言った私はツナ君から手を離した。
そして、その代わりにツナ君に思いっきり抱きついた。
「うわあぁぁっ! ツナ君ありがとう。そして本当にごめんね! わあああん!」
「ううん。いいんだよ」
涙をぼろぼろと溢しながら胸に擦り寄る私を、ツナ君は優しく抱きしめ返してくれた。
そして私が泣き止むまで、頭を優しく撫でてくれたんだ……
—— 数日後。清隆side ——
試験の結果発表があった日の昼休み。俺と堀北は櫛田と共に昼食を持って屋上にやってきていた。
「……勝負の結果だが」
「……引き分けだったわね」
「うん。お互いに100点だったしね」
勝負の結果は、やはり2人とも満点で引き分けとなった。
Dクラスはペアでも総合点でも赤点を取ったものはいなかった。
そして、ペーパーシャッフルの結果もDクラスの勝利で無事に終わった。
櫛田は俺達を退学に出来なかったのに、どこか晴々とした表情をしている。
そして、そんな櫛田に堀北は問いかけた。
「勝負は無効って事になるけど……私達の事は」
「ああ、安心していいよ。もうあなた達を退学させようなんてしないから♪」
『え?』
そんなあっさりと言うとは……。数日前の綱吉との会話で心変わりでもしたのか?
「そう……じゃあこれからは、お互いに信じ合うことから始めていきましょう」
堀北は片手を櫛田に向かって差し出した。握手を求めているようだ。
「……ふふ♪」
——パシン。
櫛田は笑って握手に応じる……かと思ったが、櫛田は軽く掌を堀北の掌に当てただけで手を引っ込めてしまった。
「勘違いしないでね? あなた達を退学させる事はもうしないけど、私があなた達を嫌いな事は変わらないから♪」
「……そう。まぁそれでも好かれるように努力をするつもりよ」
「それはご自由にどうぞ〜♪」
堀北が手を引っ込めたところで、今度は俺が櫛田に話しかける。
「なぁ。まだ俺達が嫌いなのに、どうして退学させるのを諦めるんだ? 勝負は無効になったんだぞ?」
「簡単だよ! 堀北さんも綾小路君も、ツナ君にとっては大事な仲間だからってだけ♪」
「……じゃあ。俺達のボジションを奪いたかった事は?」
「それももういいや。よく考えれば、2人のポジションってツナ君の後ろって感じじゃない?」
まぁ、両翼だとするなら後ろだよな。
「そこはもう君達に譲るよ! 私にはツナ君の隣こそ相応しいから♪」
「……隣?」
「彼女だよっ! か・の・じょっ♪」
……それはつまり。本気で綱吉の彼女に立候補するってことか。
「……でも綱吉は」
「ライバルが多いって言いたいんでしょ? 大丈夫、私が勝つから」
「……お前まさか、標的が俺達から他の女子に移っただけなんじゃ……」
櫛田の場合、ライバルを退学させようとしてくる可能性はあるからな。
しかし、その心配は必要ないようだ。
「大丈夫だよ! ライバルの妨害とかしないで、正々堂々ツナ君を手に入れて見せるから♪」
「……信用ならないな」
「あははっ♪ 別に綾小路君に信じられてなくてもいいよっ!」
舌をぺろっと出して戯ける櫛田。
俺はその姿を見て……隣に立っているもう1人の恋する乙女を焚きつける事にした。
「……強力なライバル出現だな」
「なっ! わ、私は別に……」
顔を赤くしている時点で説得力はない。
そんな素直じゃない乙女は、乙女代表みたいな奴から煽られる。
「ふふふ〜♪ 堀北さんなんて最初からライバルだと思ってないよ〜♪」
「……は?」
櫛田の放った言葉で、堀北がカチンときたようだ。額に青筋が浮かんでいる。
「言ってくれるじゃない。……私の方があなたよりも綱吉君にはふさわしいと思うけど?」
「はい? 何言ってんのブラコンさん?」
「私はブラコンじゃないわ」
「ブラコンでしょ? お兄さん大好きのくせに、ツナ君まで狙うとか最低だよ?」
「私と兄さんはそんな関係じゃない!」
「へ〜、まぁそう言う事にしといてあげる♪」
「絶対分かってないわ……」
今のやりとりだと気のおけた友達同士って感じだ。
……数日目のやりとりが嘘かのような変わり様だ。
(……きっとこれも、綱吉の力だな)
そんな事を考えていると、屋上の扉が開かれた。
——ギィィ。
そして、扉から出てきたのは……綱吉だった。
「あ、3人はもう来てたんだね」
「! 綱吉君」
「あっ! ツナく〜ん、待ってたよぉ〜♪」
「桔梗ちゃんに言われた通り、皆も呼んできたよ」
『……皆?』
すると、綱吉の後ろからDクラスの生徒達がどんどんと屋上に出てきた。
「屋上でご飯食べるのって初めてだね〜」
「櫛田さん、お誘いありがとう」
「ううん! 試験もクリアした事だし、たまには皆でお昼食べたいな〜って思ったんだ♪」
どうやら、元々櫛田がDクラスの全員を屋上に呼んでいたようだ。先に俺達だけを連れてきたのは、他の奴らがくる前に話を済ませたかったからか。
「なるほどね。だから昼食を持って来させたわけね」
「だな。知らない内にランチイベントが開催されていたようだ」
堀北がため息を吐いた。
表情からは嫌そうには思えないけどな。
「じゃあ皆、テストお疲れ&全員赤点回避おめでとうランチ会を始めるよ〜♪」
『お〜!』
櫛田の合図で、Dクラスのランチ会がスタートする。
それぞれがワイワイとランチを食べながら談笑している。
綱吉は数名のクラスメイト(ほぼ女子)に囲まれながらランチを食べている。
一方俺は、沢田グループの奴らとフェンス近くで食べていた。
全員が食べ終わる頃、堀北が少し離れたフェンスに寄りかかりながらクラスメイト達の様子を見ている事に気がついた。
(……何してんだ?)
気になった俺は、グループメンバーに少し離れると伝えて堀北の元に向かった。
「……何見てるんだ?」
「……クラスメイト達よ」
「それは分かるんだが……お前がそんな事をするのは珍しいからな」
「……まぁそうね。本当にこのクラスは見違えた、そう思いながら見てたのよ」
「……本当にな」
俺もフェンスに寄りかかり、堀北と一緒にクラスメイト達を観察し始める。
すると、平田も近寄ってきた。
「2人とも。何を見ているんだい?」
「クラスが変わったな、そう考えながらクラスメイト達を見てたんだ」
今度は俺が平田に端的に説明しておいた。
「本当だよね。1学期と比べれば全くの別物だよ」
「そうね」
「……高円寺も参加しているしな」
チラッと高円寺の方を見ると、高円寺は食後の運動か綱吉と共に腕立て伏せをしている。
……いや、なんでお前もしてんだよ綱吉。
高円寺の方を見ている俺に、平田が説明をしてくれた。
「高円寺君が筋トレに付き合うなら行くって言ったんだって」
「なるほど。交換条件だったか」
綱吉、お疲れ様だな。
「……でも、これで僕達も一つになったって言うか。これからはもっといい成績を残していけそうだよね」
「……だな」
「……いえ。私はやっとスタートラインに立ったって気がするわ」
「え? どういう事だい?」
堀北は平田の疑問に答えた。
「……坂柳さんと葛城君率いるAクラス。一之瀬さん率いるBクラス。龍園君率いるCクラス。他のクラスには全員が認識するリーダがいたけど、Dクラスにはまだそんな存在はいなかったわ」
「そうだね。僕と堀北さんは仮のリーダーって感じだったし」
「でもついに、Dクラスにも全員が認識するリーダーが現れた」
「……なるほど、やっと他クラスに並べたってわけか」
「ええ。私達はもうただのDクラスじゃない。綱吉君率いるDクラスよ」
「……そうだな」
堀北の意見に賛同した俺は、顔を上げて大空を見つめるのであった……
〜おまけ〜
—— 同時刻。体育倉庫にて ——
昼休みの体育倉庫。そこには、十数名の1年生が集まっていた。
その内の1人が、10段の跳び箱に腰掛けている男に声をかけた。
その男は……龍園だった。
横にはアルベルト・伊吹・石崎の3名が待機している。
「龍園さん。Dクラスは今まで以上のまとまりを見せているそうです」
「……ふん。桔梗からの内部崩壊を狙ったんだが、そう簡単にはいかないか」
「はい……どうなさいますか?」
「……元々の作戦に戻すだけだ」
龍園はそう言うと飛び箱から飛び降りた。
そして、話しかけてきた男子にホワイトボードを準備させる。
ホワイトボードが準備されると、龍園はブレザーから〝10枚〟の写真を取り出した。
そして、その写真達をホワイトボードに貼り付けていった。
10枚の写真を貼り終えると、龍園は写真を1つ1つマーカーで指していく。
「……堀北鈴音」
——カツン。
「……櫛田桔梗」
——カツン。
「……佐倉愛里」
——カツン。
「……長谷部波瑠加」
——カツン。
「……王美雨」
——カツン。
「……佐藤麻耶」
……カツン。
「……軽井沢恵」
——カツン。
「……一之瀬帆波」
——カツン。
「……木下美野里」
——カツン。
「……椎名ひより」
——カツン。
指し終えた龍園は、この場にいる全員を見回した。
「お前達には、2人チームでこいつらを拐ってもらう」
「え!? 拐うんですか!?」
「そうだ。こいつらは全員沢田を潰す為の餌だ」
「しかし、椎名さんや木下さんはどうして……」
「こいつらに関しては協力してもらうだけだ。別に危害を加えるつもりはない」
「Bクラスの一之瀬は?」
「こいつも最近沢田とよく生徒会で一緒にいるからな。餌としてはちょうどいい」
「さすがに10人は多いんじゃ?」
「念には念を入れねぇとな。沢田を確実に潰す為、そして頭数が多い方が沢田の感じる絶望も大きいはずだ」
「女子だけなのは?」
「男子だとお前達が失敗する可能性があるからな。まぁ女子でも鈴音は伊吹並みに腕は立つようだが、アルベルトと石崎のコンビなら問題ないだろう」
龍園の言葉を受けて、石崎はニヤリと笑った。
「決行日まではまだ数日はある。その間は、この写真の奴ら以外のDクラス生徒にちょっかいをかけていく」
「え? ターゲットが決まったならもういいのでは?」
「その方が誰を狙ってるのか分かりにくいからな。沢田には誰が狙われるか分からない状況を楽しんでもらうのさ」
龍園の考えを聞いた生徒達は、『なるほど』と盛り上がり始めるが、龍園はそんな生徒達を解散させて体育倉庫から追い出した。
……しかし、1人だけ出て行かない生徒がいた。その生徒は、龍園を恐れもせずに話しかける。
「……おい。美雨は俺に任せてくれるんだろうな?」
「ああ。王美雨はお前にやらせてやるよ……王小狼」
「ククク……ありがとうよ」
それだけ確認すると、1人残った男……Aクラスの王小狼は不気味な笑いを浮かべながら体育倉庫から出て行った……。
—— 同時刻。ツナの部屋では ——
一方その頃、ツナの部屋ではリボーンが一通のメールを確認していた。
「……ほう。ペット解禁ねぇ」
〜インフォメーション〜
明日より、マンション内でのペット飼育が許可されます。
ペットの購入は、ケヤキモールに新設されたペットショップで出来ます。
「……生徒会による校則改編か。これはツナにとってもいい改編だけどな」
リボーンはメールを閉じると、自分のスペースに保管してあった一つのジュラルミンケースを取り出した。
そして中を開き、1つのジュエリーを取り出した。
どうやら、チェーンで繋がれた2つのリングのようだ。
「ようやくお前も外に出れるな。ナッツ」
リボーンがそう言うと、手にしているリングの一つがキラリと輝きを放った。
(ガゥゥ♪)
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