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ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ

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冬のある日、動き出す運命。

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ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ   作:コーラを愛する弁当屋さん

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投稿遅くなりすいません!
今話も長文プラス新展開モリモリです!

冬のある日、動き出す運命。

 

 —— 龍園翔の独白 ——

 

 ……あれは小学校に上がった直後のことだ。  

 

 遠足中に1匹の大きな蛇が現れたんだ。

 

 クラスメイトの1人が見つけると、すぐにクラスは大騒ぎになった。

 

 生徒が泣き叫び、教師達が応援を呼ぼうとしている中。

 俺は手近にあった大きな石を掴み、迷う事なく蛇の頭に振り下ろした。  

 

 別にヒーローになりたかったわけじゃない、単純に怖くもなんともないから殺した。

 

 蟻を踏み潰すのと何ら変わらない、ただの作業でしかない。

 

 教師は危ない事をするなと俺を説教してきたが、そんな事はどうでもよかった。

 

 あの時の俺は、勝利という快感に酔いしれていたからだ。

 

 力尽きた蛇の死骸を見て、俺は愉悦を感じていた。

 相手が自分に屈するその瞬間、脳内には大量のアドレナリンが分泌されてくる。

 

 ……そして気づいたんだ。 

 

 〝恐怖〟と〝愉悦〟は表裏一体。

 この世界は暴力によって支配されている。

 この世で最も強い力は、振り切れた暴力なのだと。 

 

  ……だが俺みたいな異質の存在は、多方面から敵意を向けられる。  

 

 実際その時以来、内外に敵が大勢出来た。  

 

 時に集団に囲まれてひたすら暴力を受け続けたこともあった。  

 圧倒的な力の差に崩れ落ちたことも何度もある。  

 

 だが、それでもオレは恐怖しなかった。  

 

 どうやって復讐し、逆転するかだけを考え続けたんだ。

 

 それを繰り返す内に最終的には……周りの全てが俺の前にひれ伏していた。  

 

 本当の実力のある者とは、圧倒的な暴力を振える人間、そして〝恐怖〟を克服した人間のことを言うんだ。  

 

 ……だが。実力者になるにしたがって、問題が起き始める。

 

 俺に勝てる奴がいなくなっていき、日々が退屈になっていったんだ。

 

 

 もしもこの退屈をぶち壊してくれる奴がいるとすれば、俺の持論を根本から否定して覆すような……そんな存在だけだろうな。  

 

 まぁそれは難しいだろうと正直諦めている。なぜなら……俺を倒せるものがいるとすれば、俺に恐怖を与えられる人間だけだからだ。

 

 そして、この世で俺に恐怖を与えられる可能性があるのは……〝死〟だけだろう。

 

 

 —— 敷地内のどこか ——

 

 

「……この情報。沢田を潰すのには使えねぇが。作戦をスムーズに遂行するのには役に立ちそうだな」

 

 ある日の放課後。龍園は一通のメールを何度も読み返していた。そのメールの送信相手は、綾小路清隆だ。

 

 

 TO 龍園

 

 試験前にした取引で約束していた、とある情報を教える。

 

 Bクラスの一之瀬帆波は、200万以上という大量のポイントを所持している。

 

 ……以上だ。

 

 このメールを見た龍園はとある事を思いつき、さっそく取り巻き達に連絡して準備を始めさせたのだった。

 

 

 

 

 —— ケヤキモール、ツナside ——

 

「いや〜、すっかり寒くなったねぇ」

「もう12月も半ばだしな」

 

 期末試験から数日が経ち、俺はグループメンバーとお茶をしていた。

 

 試験対策の勉強会で一緒になった事で発足したグループだけど、今でも週2〜3回不定期に集まってお茶やおしゃべりをしたりして過ごしている。

 

 基本一人行動が好きな人達が多いから、このくらいの交流具合がちょうどいいみたいだ。

 

 今日もいつものようにお茶をしていると、最近よく聞くようになった会話が聞こえてきた。

 

『わぁ! その子可愛いね!』

『でしょ!? ショップに入って一目惚れして飼う事にしたの!』

「え〜、いいなぁ。私もペット飼おうかな〜」

「飼いなよ〜! 一緒にお散歩しよ〜」

 

 結構大きめの声量でされているその会話に、俺達は自然と意識が向いてしまう。

 

「……結構増えてるみたいだねぇ〜」

「ペットを飼っている人か?」

「うん。数日前に解禁されたばっかなのに、新設されたドッグランも大賑わいらしいよ」

「ふ〜ん。まぁほとんどが女子だろ?」

「ううん、そう思って女子とお近づきになる為にペットを飼う男子だっているみたい」

「……全然分からんな、そんな神経」

 

 当然グループの会話の話題もペット関連に移り変わった。

 

 数日前にいきなり解禁されたマンションでのペット飼育。

 これは南雲生徒会長が行う校則改編の第一弾だ。

 

 ペットの排泄物などで敷地内をマンションの自室以外を汚したり等のペットによる迷惑被害があれば一定のポイントが没収されたりとか、この学校らしく色々と規制はあるけれど、それでもペットを飼い始める人は後を絶たない。

 

 まぁほとんどがポイントに余裕のある、上級生のAかBクラスの人らしいけどね。

 

 学校内や敷地内のペット関連のお店以外にはペットの連れ込みは禁止だが、敷地内を散歩する分には問題ないから散歩している生徒は多い。なのでペットを見る機会は結構頻繁にあるんだ。

 

 俺もこの校則改編をいいことに、ナッツをアニマルリングから出してあげられるようになった。

 

 ペットについての会話が終わると、波瑠加ちゃんがこんな事を聞いてきた。

 

「この中にペットを飼ってる人いる?」

 

 その質問に対し、俺以外の全員が首を振る。

 

「飼ってないぞ」

「俺もだ」

「俺もだな」

「私も飼ってないよ。き、興味はあるけど……」

「だよね〜。私もだよ」

「俺は飼ってるよ」

『え?』

 

 全員の視線が俺に向けられる。そんなに意外だったかな。

 

「ツナぴょん、ペット飼ってるの?」

「うん」

「へ〜、綱吉は動物好きなんだな」

「世話とか大変じゃないか?」

「そうでもないよ」

 

 ナッツの餌は死ぬ気の炎だから餌代はタダなのだ。

 

 その時、目を輝かせた愛里ちゃんがさらに質問してきた。

 

「な、何を飼ってるの?」

「ライオンだよ」

『ライオン!?』

 

 質問に答えただけなのに、どうして皆驚いてるの?

 

「え? どうかした?」

「いや……ライオンって飼えるの?」

「日本で飼ってる人なんていないんじゃないの?」

「確か……特別な許可がいるはずだぞ?」

「猛獣飼育許可ってのが必要だな」

「えっ!? そうなの?」

 

 そんな法律があったとは……まぁナッツは本物のライオンじゃないから問題ないだろうけど。

 

 ここはごまかした方がいいかな?

 

「あ……あはは、大丈夫だよ。正確にはライオンみたいな猫だから!」

「なんだ……驚かすなよな」

「だ、だよね。ライオンなんて飼えるわけないもんね」

「そうそう! あはは〜……」

 

 なんとかごまかすと、突然波瑠加ちゃんが手を上げた。

 

「はいはーい。この後ツナぴょんの部屋でペット観覧ツアーしたいでーす」

「わ、私も行きたい!」

 

 

 どうやら愛里ちゃんもナッツを見にきたいらしい。

 だが、男子3人は興味ないようだ。

 

「俺は遠慮しとく。猫は少し苦手だからな」

「俺もいいわ。今日は部活も休みだったし、自分の部屋で惰眠を貪りたい」

「……俺も図書館で借りた本を今日中に読み切らんといけないんだよな」

「え〜、ノリ悪いなぁ〜」

「ま、まぁまぁ波瑠加ちゃん。無理強いは良くないよ」

「ん〜、まぁそうだね。じゃあ今日はここで解散しようか」

 

 暴走しがちな波瑠加ちゃんを愛里ちゃんが抑える。これも最近よく見るようになった。

 

(グループ外でもよく一緒にいるみたいだし、愛里ちゃんに女子の友達が増えたのはよかったよな)

 

 結局俺の部屋にいく組と解散組に別れることになり、俺は波瑠加ちゃんと愛里ちゃんと共に自分の部屋へと向かった。

 

 

 —— ツナの部屋 ——

 

 ガチャ……。

 

「ただいま〜」

『おじゃましまーす』

 

 玄関のドアを開いて中に入ると、リビングの方からトタトタと可愛らしい足音が聞こえてくる。

 

「ガウ〜♪」

「お。ナッツ、ただいま〜」

 

 ナッツは俺を出迎えに玄関まで走ってきてくれたようだ。

 

 そして、ナッツの姿を見た女子2名は……歓喜に沸き立った。

 

「きゃ〜♪ 何この子、ちょー可愛いじゃん!」

「か、可愛いね〜。綱吉君の言ってた通り、ライオンっぽい猫ちゃんだね」

「名前はなに?」

「ナッツだよ」

「へ〜、いい名前だね〜ナッツちゃん♪」

「ガウ?」

 

 ナッツが足元に来ると、2人は屈んでナッツを見つめた。

 初めて会う人に見つめられて、ナッツは小首をかしげている。

 

 そして、その仕草がたまらないのか2人はさらに歓喜する。

 

「きゃ〜♪ その仕草可愛い〜♡」

「ナッツちゃん、おいで〜」

 

 愛里ちゃんが手を広げると、ナッツは素直に愛里ちゃんの方へ寄って行った。そして、愛里ちゃんはナッツを抱き抱える。

 

(ゴロゴロ〜)

「わ、ゴロゴロ言ってる♡」

「可愛い〜♪ 猫ってこんなに可愛いかったっけ!?」

 

 それから数十分、ナッツは波瑠加ちゃんと愛里ちゃんに遊んでもらえて嬉しそうだった。

 

「また遊びに来るね〜」

「つ、綱吉君、また明日」

「うん、また明日〜」

「ガウ〜♪」

 

 2人が帰ると、俺は制服からトレーニングウェアに着替えた。

 

「よし、ナッツ。散歩行こう」

「ガウガウっ!」

 

 ナッツを部屋に置いておけるようになってから、俺はトレーニングついでにナッツの散歩もするようになっていた。

 

 

 —— 敷地内道路 ——

 

 

 外に出た俺は、いつものランニングコースをナッツと共に走り出す。

 

「はっ、はっ」

「ガウ、ガウ!」

「はっ、はっ」

「ガウ、ガウ!」

「ナッツ、息遣いに合わせて鳴かなくていいんだよ?」

「ガウ〜♪」

 

 ケヤキモールの近くを通り過ぎる頃、すぐ近くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「あ! ツナ君♪」

「え? あ、ツっ君!」

「本当だ、ツナ君だ!」

「皆そんなに大声で呼ばなくても……」

 

 走るのをやめて声のした方を見ると、そこには4名のDクラスの女子がいた。

 

「あ、桔梗ちゃんと軽井沢さん。それに麻耶ちゃんとみーちゃん」

「ツナ君はトレーニングの途中?」

 

 返事をしてから、足元のナッツを皆に紹介する。

 

 

「うん。ついでにこいつの散歩」

『散歩……!?』

「ガウ〜」

 

 ナッツを見た途端、4人は目を見開いた。

 そして、ナッツの前にしゃがみこむ。

 

「きゃ〜♡ 何この子、ちょーかわいいじゃん!」

「本当! 猫……だよね?」

「目がくりくりで可愛い♪」

「なんとなくツナ君に似てるね!」

 

 4人に撫で回されるも、ナッツは気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いている。

 

 ナッツが人懐っこいタイプでよかった。

 

(ゴロゴロ〜)

「ゴロゴロ言ってる〜♡」

「毛並みもフワフワだ〜♪」

「人懐っこい子だね〜」

「お腹だして可愛いね♪」

 

 さっきの2人もそうだが、女子には猫が好きな子が多いんだな。

 

「この子の名前は?」

「ナッツだよ」

「ナッツ? あ、ツナとナッツなんだね♪」

「いいお名前だね〜、ナッツちゃん」

 

 ここで、桔梗ちゃんがナッツを撫で回しながら質問をしてきた。

 

「ツナ君、ペットを遊ばせられる施設はもう行った?」

 

 そういえば、最近追加で作られたドックランみたいな施設があったはずだ。

 

「あ、ううん。まだ行ったことないな」

「いろんな遊具があって楽しいらしいよ。あ、そうだ♪ 今度一緒に行かない?」

『!』

 

 ……なんでだろう。

 

 桔梗ちゃん以外の3人の表情が固まった気がする。

 

 

「うん、いいね。行こうか」

「やった〜♪ じゃあ今度の日……」

『ちょっと待ったぁ〜!』

 

 何かを言いかけた桔梗ちゃんの言葉を、他の3人が遮ってしまった。

 

「私も一緒に行きたいんですけど!」

「ウチもウチも!」

「私も行きたいな」

 

 ふむ。せっかくなら大人数の方が楽しいよな。

 

「もちろんいいよ。他にも数人誘って皆で行こうか。ね、桔梗ちゃん」

「うん! そうだね〜♪ (……ちっ!)」

「痛っ!」

 

 顔は笑顔なのに、桔梗ちゃんにスネを蹴られてしまった。

 

 何か怒らせるような事をしてしまったのか?

 

「じゃあいつにする?」

「今度の日曜は?」

「いいね! そうしようよ、ツナ君」

「うん。わかった!」

 

 麻耶ちゃんの提案で、日曜日にその施設に行ってみる事になった。

 

(……当日はお弁当を作らないと)

(どうしよう……料理の練習した方がいい?)

(まずは胃袋からだよね)

(ツナ君にまたお弁当作ってあげよう。体育祭の時も喜んでくれたし)

 

 4人が何かを頭の中で考え込んでいるのと、さっきから感じる視線がやっかいなので、今日のところはここで解散する事にしよう。

 

「じゃあ俺はトレーニングに戻るから。また明日ね」

「うん、頑張ってね♪」

「ツっ君、また明日」

「また明日〜」

「ツナ君、気をつけてね」

 

 またねと手を振りながら、俺はナッツと共に再び走り出した。

 

「……ガウ」

 

 4人と離れると、ナッツが俺の顔を見ながら鳴いた。

 

「……ああ、分かってるよ。俺をマークしてるんだろうな」

「ガウガウ!」

「いや、あの子達にはついてはいなかったな」

「ガルルル〜」

「慢心はしてないって、明日からはクラスメイト達が行きそうな場所をランニングして回ろう」

「ガウっ!」

 

 気を引き締め直し、俺はトレーニングに戻るのであった。

 

 

 —— 翌日の朝。清隆side  ——

 

「あーくそっ! なんなんだよあいつら!」

「……朝から騒がしいわね」

 

 ほぼ全てのクラスメイトが登校している頃。須藤は何やらイライラした様子で教室に入ってきた。

 

 堀北がその理由を聞くと、須藤は堀北の席に飛んできた。

 

「聞いてくれよ鈴音! Cクラスの連中……いや龍園だな。朝から俺にイチャモンつけてきやがったんだぜ? まじムカつくよな!」

 

 ……Cクラスか。昨日グループで集まっている時もCクラスらしき奴に監視されてたが……あれは綱吉を監視してたとみて間違い無いだろう。

 

 だが、今日は須藤の方にイチャモンをつけてきたのか。

 

 ……綱吉の弱みでも握ろうとしてるのかと思ったが、そうじゃないのか?

 

 いや、主目的はそれで間違いはないだろう。

 

「まさか……暴言を吐いたり手を出したりはしていないでしょうね?」  

「してねーよ。ガン無視して来たっつ〜の!」

「あらそう。私の言いつけを守っているようで安心だわ」

 

 軽く睨むように問いただす堀北に即座に反論した須藤。  

 

 問題を起こしてないようでなによりだ。

 だが、言いつけってなんだ? 

 

(本当に忠犬じみてきてるぞ。それでいいのか須藤……)

 

 まぁ本人がいいなら、外野がとやかく言う事じゃ無いか。

 

 須藤が席に戻ると、堀北は本を開いて読書を始めた。

 ……かと思えば、堀北は本に目を向けたまま俺に話しかけてきた。

 

 

「最近、龍園君は随分と活発に動くわね」

「ああ」

「ペーパーシャッフルで私達に負けて、多額のポイントを奪われているから当然かもしれないけど……」

「今度の狙いは何なんだろうな」

「……気づいていないの?」

「いや、気づいてはいるさ」

 

 分かるに決まっている。綱吉を潰す為、それ以外ない。

 

「……どうする?」

「……どうするって?」

「綱吉君の為に、何かできる事はないかと思わないの?」

 

 堀北は綱吉の為に何かしたいようだ。

 

 まぁそれもそうか。俺達は綱吉に付いていくと決めたわけだしな。

 

 この前の櫛田との勝負では、見事に綱吉の片翼としてのプライドを守りきった。

 その事が自信となってもっと綱吉の助けになりたいと思っているのかもしれない。

 

「……できるとすれば、Cクラスの動きに目を光らせておく。それくらいか?」

「……そうね。どうやって潰そうとしているのかが分からないと、どうしようもないわね」

「焦って動こうとするなよ。無理に動いてお前がCクラスに目をつけられたりしたら、逆に綱吉に心配かけてしまうからな」

「分かってるわ」

 

 そう言うと、堀北はパタリと本を閉じた。

 

(話しながら読み進めたのか? 器用なやつだな)

 

 そして本を持ったまま立ち上がり、俺の机上に読んでいた本を置いた。

 

 本の表紙には『さらば愛しき女よ』と書かれている。  

 

 レイモンド・チャンドラーの書いた名作か。

 

 俺も何度かこの本を求めて図書館に行っていたが、人気があるのかいつも借りられているので、時の運に委ねるしか無いかと思ってたところだ。

 

「あなた先週、私が読んでいたこれを読みたいと言ってなかった?」  

「ああ。お前もよく借りれたよな。あ、もしかして貸してくれるのか?」

「ええ、そのつもりよ。でも一つ問題があって、その本は今日が返却日なの。だから放課後に図書館で返却手続きを行って、そのままあなたが借り直してもらえないかしら」

「……それ、ただ単に返すのが面倒だけなんじゃないか?」

 

 単純な親切心には思えない。

 綱吉なら「一緒に図書館に行って、俺が返した後に借りなよ」とか言っただろうな。

 

 まぁ、こればかりは日頃の行いだな……。

 

「それが何? 効率的な正しい判断だと思うけれど」

「潔いな……」

 

 面倒事を避けたい気持ちを隠そうともしない。

 良くも悪くも素直な奴だな。

 

「あなたに断られたなら、私が図書館に出向き自分で返却するだけね。人気かつ品薄のこの本が次にあなたの手元に来るのがいつかはわからないけれど、際限なく時間を浪費して図書館に通いたいならそれでもいいわ」  

「わかったわかった。ありがたく引き受ける」

「そう? ならお願いするわね。……ふふふ」

 

 プレッシャーをかけるというか、もはや脅しに近いぞ。

 

 これが堀北なりの優しさなんだとしたら、やっぱり不器用なのかもしれないな。

 

 というか、最後の『勝った……』みたいな笑いはなんだよ。

 

「……これからも俺に返却させようとか、考えてないよな」

「まさか。今日は放課後に大事な用があるのよ」

「大事な用?」

「ええ。兄さんから呼び出しを受けているの」

「へぇ……」

 

 

 —— その日の放課後 ——

 

 

「どうせなら、何か他の本も借りていくか……」  

 

 放課後になり図書館に向かった俺は、返却手続きを終わらせる前にミステリーコーナーに向かっていた。

 

(どうせなら他にも読みたいミステリー物を一緒に借りていこう)

 

「……ん?」

 

 ミステリーコーナーにたどり着くと、一人の女子生徒がいた。  

 

「ん〜、ん〜」

「……」

 

 腕を伸ばして自分の背より高い本棚にある本を取ろうとしている。

 

(このままじゃいつまでも手を伸ばしそうだな)

 

「余計なことかも知れないけど」

 

 俺はその女子の隣に行き、代わりにその本を取ってやった。

 

「……この本でいいか?」

「あ、ありがとうございます」

「……いや、気にしないでくれ」

 

 ほとんど顔を見ずに本を手渡して離れようとすると、その女子から話しかけられてしまった。

 

「……確か、綾小路君……でしたか?」

「ああ……! あんたは確か、Cクラスの」

「はい、椎名ひよりです」

 

 見知らぬ女子生徒だと思っていたが、実際は見知った相手だった。

 

 Cクラスの椎名ひより。 パレットでの勉強会の最中に姿を見せた生徒だ。

 

 せっかく話しかけられたんだし、ここは少し対話を試みてみるか。

 

「……好きなのか? エミリー・ブロンテ」

「いえ……ただジャンルの違う本が置かれていたので、正しい位置に戻そうと思ったんです」

「なるほど……」

 

 まずいな。椎名も俺と同じで交友が苦手なのかもしれない。

 

 もう会話を切り上げようかと思ったが、椎名は俺が小脇に抱えた本を見て目を輝かせた。

 

「あ! それは『さらば愛しき女よ』ですね? 名作ですよね〜」

「ああ。俺は友人から次に借りさしてもらう約束をしてたんだ」

「それは賢い手ですね。人気作ですから中々借りれませんし」

「だよな。ラッキーだったよ」

「2年生の間でレイモンド・チャンドラーのブームがあったらしくて、それで争奪戦が続いているみたいです」

「そうなのか……」

 

 なんだそのブーム……。 

 

「あ、そうだ」

 

 会話が一度終わると、椎名はミステリーコーナーから一冊の本を取り出した。

 

「あのドロシー・L・セイヤーズはもう読まれましたか?」

「……いや。ドロシーは手をつけてない」

「それでしたら、是非この『誰の死体?』をオススメします」

 

 椎名は取り出した本を俺に差し出してきた。

 

「ピーター卿シリーズの一作目で、一度読めばシリーズ全作を読みたくなることでしょう」

「えっと……」  

 

 いきなりのオススメに戸惑ってしまい本を受け取れずにいると、椎名は申し訳なさそうな顔になってしまった。

 

「あの……勝手にオススメしたりして、ご迷惑だったでしょうか?」  

「……いや。折角だから借りてみる」

「……ふふっ、それがよろしいかと」

 

 ミステリー自体は好きなので、ありがたく読ませてもらおうと思って受け取った。

 

 本を渡すと、椎名は優しく微笑んだ。

 

「ミステリー好きがいてくれて嬉しいです。Cクラスには小説好きの子はいないので」

「そうか……でも綱吉とはそういう話はしないのか? あいつと仲いいだろ?」

「ふふふ。ツナ君は今必死にミステリー物を読み漁っているみたいですよ。私とミステリー物の話をしたいからって」

「……綱吉らしいな」

 

 おそらく、椎名の好きな小説の話に付き合う為だろうな。さすがは綱吉だ。

 

「そうですね。……でも、私はあなたとも仲良くなりたいと思っていましたよ」

「え? 俺と?」

 

 椎名ひよりは珍しい奴のようだ。

 

「ええ。〝ツナ君の正体を知っている者同士〟として」

「!」

「ふふふ」

 

 綱吉の正体を知っている者同士?

 こいつはCクラスの人間だぞ。まさかその事を龍園に話してるとかないだろうな?

 

 そんな心配をしてしまったが、椎名はそれが杞憂だと教えてくれた。

 

「心配はいりません。龍園君に話したりはしませんから」

「! そうか……」

「信用してください、裏社会の事を一般人に話したりはしませんから」

「……綱吉は俺という一般人に話したけどな」

「ツナ君が話したのなら、あなたはきっとツナ君の事を知るべき人間という事でしょう」

 

 椎名も綱吉の事を相当信頼しているらしいな。

 というか、こいつも俺と同じなのか?

 

「お前も綱吉に正体を聞いたのか?」

「いえ。私はツナ君と面識を持つ前から知っていましたから」

「! という事は……お前もマフィアなのか?」

 

 小声でそう聞くと、椎名も小声で答えた。

 

「いいえ。私はマフィアではありません」

「……じゃあなんで綱吉の事を知っていた?」

「……私も将来、ツナ君の生きる世界で生きていく人間だから。とでも言っておきます」

 

 なんだそれは。綱吉の生きる世界はマフィアの世界じゃ無いのか?

 

 まぁ裏社会の事は一般人の俺には分からないか。

 

 俺が無理やり納得しようとしたその時。後ろから声をかけられた。

 

「ここにいたか。綾小路」

「! ……茶柱先生」

 

 後ろを振り向くと、そこには茶柱先生が立っていた。

 

「……何か用ですか」

「私についてこい。話がある」

「それは難しい相談ですね。今から椎名と約束があるんですよ」

「?」

 

 適当な嘘をついて断ろうと思った。

 椎名も俺の嘘に乗っかってくれて助かる。

 

 だが、俺にそんな選択肢はないようだ。

 

「残念だが断る権利はない。非常に大事な話だ」  

「……わかりました。じゃあな、椎名」

「はい。また……」

 

 この学校で教師の指示に従わないわけにはいかないので、結局茶柱先生についていく事になった。

 

「……何の話ですか?」

「……行けば分かる」

「……」

 

 何の情報も与えられず、茶柱先生に付いていく。

 そしてやってきたのは……応接室だった。

 

 扉の前に立つと、茶柱先生は俺の方に振り向いた。

 

「この中にお前の客人がいる」

「……客人?」

「そうだ」

 

 ——コンコン……ガチャ。

 

 ノックをしてから扉を開くと、茶柱先生は中に向かって頭を下げた。

 

「失礼します……御子息をお連れしました」

「!」

 

 御子息。その言葉で中に誰がいるのかが分かってしまった。

 

「……綾小路、入れ」

「……」

 

 茶柱先生に促されて中に入る。すると、中では40代の男がソファーに腰掛けていた。

 

「……」

 

 ソファーに腰掛けている男を見て、俺はなんでここに呼ばれたのかを理解した。

 

 「……それでは私はここで」 

 

 俺が中には入ったところで、再度一礼して茶柱先生は扉を閉めた。

 

 ——バタン。

 

 扉が完全に閉まると、男は静かに口を開いた。

 

「……まずは座ったらどうだ? 清隆」  

「……座るほど長話する予定はないんだけどな」

「予定? どうせ孤独で暇な生活を送っているんだろう?」

「……そうでもない。友人だっている」

「はっ! 笑わせるな。お前に友人が作れるはずが無い」

 

 この声を聞くのも1年半ぶりだが、以前と何も変わっていない。

 

 自分が絶対だと確信しているからか、現場を見てもいないのに決めつけてくる。

 

「こちらも忙しい合間を縫って来ているんだ。早速本題に移ろう」

 

 男はそう言うと、鞄の中から一枚の紙を取り出した。

 

「退学届だ。さっさとサインしろ清隆」

「……退学する理由はどこにもない」

「黙れ。お前の意見は必要としていない。これは命令だ」

 

 鋭い眼光で俺を睨む男。

 だが、怯むわけにはいかない。

 

「……子供の希望を、親の一方的な都合で捻じ曲げるのか?」

「ふん。お前は俺に対し、親だという認識を一度でも持ったことはあるのか?」

「……」  

 

 そう。こいつは俺の父親で、ホワイトルームの運営者だ。

 とはいえ、お互いに書類上の親子という認識でしかないが。

 

「私の命令は絶対だ」

「……あんたの命令が絶対だったのはホワイトルームの中での話だろ。そこを出た今、命令を聞く必要もない」

「黙れ。お前は最も優秀な、私の所有物だ。所有物の全ての権利は所有者のものだぞ」

 

 この法治国家において本気でそう言っているのだから、この男は性質が悪い。

 

 「何を言われても、俺は退学するつもりはない」  

 

 このまま意見の言い合いをしてもずっと平行線のままだ。  

 そしてこの男は無駄を嫌うから、すぐに次の手のアプローチ打ってきた。

 

「……お前のせいで一人死んだぞ?」

「……何?」

「執事の松尾を覚えているだろう? あいつには稼働休止間のお前の管理を任せていたが、有ろうことか私の事を裏切り、お前にこの学校の存在を教えた。当然の処罰だ」

「……そうか」

「……恩人が死んだと言うのに、悲しみもしないのか?」

 

 俺の執事をしていた松雄は、60歳近い男性だった。  

 

 非常に面倒見がよくて俺にもよくしてくれたのを覚えている。

 ……確か松雄にも子供が一人いたはずだ。

 

「あいつは雇用主に逆らった罰として、懲戒解雇になった。そして、あいつは人生に絶望して焼身自殺を図った」

「何が自殺だ。どうせあんたが手を回したんだろう」

「自殺は自殺だ。私は少し手を回しただけさ」

「……松尾には息子もいた。息子はどうしてる?」

「どこの高校にも入れず、中卒で働いている」

 

 やはり子供にも手を回していたか。

 

「松尾の最後は悲惨だったぞ? これ以上息子の邪魔をしないでくれと私に土下座で頼み、そのすぐ後に焼身自殺している。命を持って償ったわけだな」  

 

 ……お前の勝手な行動が他人の命を奪ったと言いたいらしいな。

 

「どうした? まるで興味がなさそうだな?」

「……お前の話が本当だと言う証拠はないからな」

「証明してほしいなら、死亡診断書を取り寄せてやろうか?」

 

 ……この男、冷酷さに拍車がかかってるな。

 

「……もし本当に死んだのだとしたら、尚更学校を去る気にはなれんな。俺をこの学校に導いてくれた松雄の為にも」

「……随分と変わったものだな清隆」  

 

 変わった、か。まぁそうだな。ここ1年で俺は様々な価値観を知ったからな。

 

 もうホワイトルームしか知らない俺では無い。

 

「……一体何が、お前にこの学校に入る決意をさせた」

「あんたは確かに、俺達に最高の教育を施して来たのかもしれない。でもだからこそ、あんたがくだらないと切り捨てた俗世間ってヤツを学びたくなったんだよ」

 

 これは本心だ。俺は16歳だが、すでに常人が一生をかけて会得する学習量を遥に超えた知識量を持っている。

 

 それ故に、人の探究心は無限に湧き出て来るものなのだと気づいたのだ。

 

「くだらんな。私の用意した道以上の道など、この世界にありはしない」

「そうでもないさ。それに、自分の道は自分で決める」

「……それ以上無駄口を叩くな。いいから退学届けにサインしろ」

 

 苛立っているのだろう、語気を強めて机に置かれた退学届けをトントンと指で叩いた。

 

「断る」

「これは命令だ」

「さっきも言ったが、ここであんたの命令を聞く必要はない。あんたの望むままに動かせる人物はここにはいないからな」

「……この学校では私に力がないとでも?」

「そうだ」

「根拠はあるのか?」

「……あんたが常に連れ歩いていたボディーガードの姿がない。あちこちから恨みを買ってるあんたは、いつだってボディーガードを手放せないはずだろ。トイレにまで連れ歩く程だったのに、この部屋にも廊下にもボディーガードらしき人物はいなかった。つまり、この学校の敷地内にはボディーガードを入れる事ができなかったって事だろう?」  

「……」

 

 どうやら図星のようだ。いくらこの男でも、政府の息がかかったこの学校で無理はできないのだろう。

 

 俺が退学を受け入れないと察すると、男はまた別のアプローチを打ってきた。

 

「……退学は、お前の身の安全の為でもあるんだ」

「……は?」

「このままこの学校にいれば、お前は奴らに拉致されて、地獄のような日々を送る事になるぞ?」

「……意味がわからんな」

 

 急に俺の安全を気にしたりして、一体なんの真似だ。

 

 それに、政府の息がかかったこの学校で、部外者に拉致されるとは思えない。

 

「……」

 

 男はソファーから立ち上がり、窓に近づいた。

 そして、外の景色を眺めながら話を続ける。

 

「つい最近、この国のどこかに新しい教育機関が作られた」

「……」

「そしてそこは、ホワイトルームと同じで政府非公認の教育機関だ」

「一体、何の話だ?」

「さっき言った、お前を拉致しかねん奴らの話だ」

「は? どこかの教育機関が俺を拉致するとでも?」

「そうだ」

 

 意味がわからない。この法治国家で、それも政府の関与するこの学校でそんな事をする輩がいるか?

 

「どんな教育機関なんだ?」

 

 俺がそう尋ねると、男は重々しい口調で答えた。

 

「……〝ブラックルーム〟だ」

「……それは何の冗談だ?」

「冗談では無い」

 

 冗談だろ。ホワイトルームの真似事かなんかの機関としか思えないな。

 

 というか、そうとしか思えないネーミングだ。

 

「私の力で調べ上げた情報によると……ブラックルームとは、戦争における有用な人間兵器を作り出す事を目的とした機関だ」

「……人間兵器だと?」

「そうだ。その機関に入ると、多種多様な戦闘訓練、重火器や銃器の取り扱いと戦術理論学習を毎日毎日何時間もやらされるそうだ」

 

 ……受けさせられる物が違うだけで、ホワイトルームと同じようなもんか。

 

 

「……ホワイトルームに似たようなシステムだな」

「ああ。だからこそ気に食わないし、恐ろしい」

「恐ろしい?」

 

 驚いた。この男の口から恐ろしいと言う言葉が出るとは。

 

「……どうせ、あんたと敵対する誰かの真似事だろ? ネーミング的にもあんたへの嫌がらせだと思うが」

「ふん。そうだとしたら恐れなどしない」

「……ならヤクザか?」

「ヤクザなら上手くやれば対処は可能だ。だが、ブラックルームの運営に対処する事などできはしない」

「……」

 

 この男に対処不能とまで言わしめるとは……。

 

 ブラックルームの運営者は相当な権力者だな。

 

「……一体、どんな連中が運営してるんだ?」

「やめろ。連中などと気安く呼ぶな」

「! ……」

 

 この反応。本当に恐れてるようだな。

 

「……とにかく教えろよ」

「……マフィアだ」

「! マフィア?」

「そうだ。それも、世界で最も凶悪とされるイタリアンマフィアだ」

「……イタリアンマフィア」

 

 イタリアンマフィア……。

 確か綱吉のボンゴレファミリーもイタリアンマフィアだったよな。

 

「……あんたが恐るほどの存在なのか? イタリアンマフィアってのは」

 

 俺のその質問に、男は失笑する。

 

「ふっ、当然だ。日本のヤクザが可愛く見えるほどの存在だぞ、イタリアンマフィアは」

「……そうか」

「もし目をつけられれば、日本の組織などあっという間に潰されてしまうだろうな」

 

 ……綱吉は、そんなマフィアのボスになろうとしてるのか?

 

 というか、まさかブラックルームの運営者はボンゴレファミリーとか言わないよな。

 

「……その、ブラックルームは、なんてマフィアが運営してるんだ?」

「……なぜ知りたい?」

「……俺の身を狙ってるかもしれないんだろ。知りたくて当然だ」

「……そうだな。そのマフィアは……ジョーコファミリーと呼ばれている」

「ジョーコ……」

 

 内心ホッとした。綱吉の組織じゃなくて良かった。

 

「ジョーコファミリーは、最近全世界に影響を広げつつある中堅マフィアだ。殺人を楽しむ事を信条としていて、ゲームを楽しむかのように殺戮を繰り返しているそうだ」

「……そんな集団が、今日本にいると?」

「そうだ。居所は分からないが、ジョーコが優秀な子供をブラックルームにスカウトしようとしているという情報を得た」

「スカウト?」

「ああ。実際には誘拐だろうがな」

 

 そりゃそうか。人間兵器に育てられたい者などそうそういない。

 

「それで? そのジョーコファミリーが俺の事を狙っていると?」

「別にお前だけでは無い。この学校の中でも優秀な生徒達を狙っているらしい」

 

 なるほど。俺の事をだけを狙っているわけではないのか。

 

「……ホワイトルームの存在も知られているのか?」

「もちろんだ。だからこそブラックルームという名前を付けたのだろう」

「……それで俺に目をつけたと」

「だろうな。お前はホワイトルームの最高傑作だ。是非とも欲しい人材だろう」

 

 ……だとすると、この男の言ってる事は矛盾している。

 

「……ホワイトルームの事を知られているのなら、俺を連れ戻すのは悪手だろ。誘拐しやすくなるだけだ」

「……そうだな。だが、この目立つ学校で自由に過ごしているよりも、ホワイトルームの方が保護はしやすい」

「……へぇ。俺を保護する気なのか?」

「当然だ。お前は私の所有物だぞ」

「……嘘でも親子だから、という言葉を言えないのか?」

「くだらんな。そんなつまらん嘘を言ったところで、心に響くわけもないだろう」

「……そりゃそうだ」

 

 本当に、この男にとっては血の繋がりがあろうとなかろうと関係ないんだろうな。

 

「……さぁ、いい加減わかっただろう。ホワイトルームに戻れ」

「……断る」

「……人間兵器にされてもいいのか?」

「ここにいた方が安全だ。なぜなら……」

 

 ——コンコン。

 

 その時。応接室にノックが響き渡った。

 

「失礼します」  

 

 そう声が聞こえると、ゆっくりと扉が開いて一人の男が姿を現した。  

 

 その男は中に入ると、窓辺に立つ男に会釈をした。

 

「お久しぶりです。綾小路先生」

「……坂柳。随分と懐かしい顔だな。7、8年ぶりか?」

「父から理事長の座を引き継いで以来ですからね。そのくらいでしょう」  

(坂柳?) 

 

 Aクラスの坂柳有栖と同じ苗字だ。これは偶然……いやそうじゃなさそうだ。

 

 坂柳理事長は、今度は俺に声をかけてきた。

 

「……確か清隆くん、だったね。初めまして」

「どうも」

 

 俺も軽く会釈を返しておく。

 

 坂柳理事長は俺に頷くと、再び男に向き直る。

 

「校長から話は伺いました。彼を退学させたいとの意向でしたね」  

「そうだ。親がそれを希望している以上、学校側は直ちに遂行する必要がある」  

 

 ……坂柳理事長はどう返すだろう。

 

 もしもこの男の言いなりにでもなるとしたら…… 。

 

 俺のそんな心配を他所に、坂柳理事長はこう言いきった。

 

「それは違います。少なくともこの学校では生徒の自主性が最優先されます」

「……お前も変わったな。以前は俺に賛同していたのにな」

「いえ、今でも綾小路先生を僕は尊敬していますよ? ただ僕は、僕の父が作ったこの学校の考えに賛同したからこそ跡を継いだのです。その証拠に父の時から方針は何も変わっていません」

「お前のやり方を否定するつもりはない。父親の意志を継ぐのもいい。だが、そうであるならば、何故清隆をこの学校に入学させた」  

「面接と試験の結果、合格に値すると判断したからですよ」

「ふん、この学校では面接や試験がお飾りであることは知っている」  

「……一線を退いたとは言えさすが綾小路先生。よくご存知ですね」

「この学校への推薦は秘密裏に行われる。つまり裏を返せば、推薦がなされていない清隆は如不合格にならなければおかしい。違うか?」  

「そうですね。元々彼の存在は入学予定のリストにはありませんでした。しかし僕の独断で判断し入学を許可したのです。この学校の生徒となった今、僕には彼を守る義務がある」

 

 

 そんな秘密があったとは……。

 

 つまり、入学できた時点で何か秀でたものがあるという事なのだろうか。

 

「詭弁だな……。いくらこの学校といえど、奴らからは守りきれはしない」

「ブラックルームの事ですか?」

「! 知っていたのか」

「ええ。先生、そのことなら安心してください。この学校は、ジョーコファミリーよりも位の高いファミリーに保護されていますから」

「……何? どこのファミリーだ」

「ボンゴレファミリーです」

「! ……なぜお前が、ボンゴレという巨大ファミリーの事を知っている」

「現在のボンゴレのボスと私は友人なんです」

「……なるほどな。それで保護を頼んでいるのか」

「ええ。ですから、この日本において息子さんを守る為の場所としては、この学校が最適です」

「……」

「それに、もし無理に清隆君を退学させようとすれば、彼のお友達である次期ボンゴレのボスの怒りを買うかもしれません」

「なに? 次期ボス?」

「ええ。この学校の……それも清隆君と同じクラスに、次期ボンゴレボスであるボンゴレⅩ世が在籍しています」

「……」

 

 男の額に汗が滲んでいくのが見える。

 

 この男のこんな姿を見るのは初めてだな。

 

「……なので、あまり手荒な真似をされますと……」

「分かっている。そんなつもりは毛頭ない」

「そうですか。それは安心しました」

 

 先ほどまで水掛け論の言い合いが続いていたのに、理事長の話を聞いたら男があっさりと引いた。

 

 この男でも、学校やマフィア関係者には手を出せないと言うわけか。

 

「今日はこれで失礼する。……清隆」

 

 窓辺から扉に移動していくと、男はドアノブに手をかけながら俺の方に振り返った。

 

「……なんだ」

「お前のクラスにいるという、ボンゴレⅩ世ともっと親密になっておけ」

 

 無駄を嫌うこの男が、俺に交友を勧めるとは思わなかった。

 

 だがしかし、もちろん何か裏があるのだろうがな。

 

「……何が目的だ?」

「ふん。私の為に決まっているだろう」

 

 そういい残し、男は応接室から立ち去って行った。

 

 

『……』

 

 2人だけになると、理事長はため息をひとつ吐いた。

 

「ふー。先生がいると場がピリピリするなぁ。君も苦労しているんだろうね?」

「……いえ別に」  

 

(昔からずっと、ああだしな)

 

「僕はね、君のことを昔から知ってるんだよ」

「ホワイトルームをご存知なんですね」

「まあね」

「先ほど話に出ましたが、綱吉の事も理解なされているんですか?」

「もちろんさ。僕は綱吉君が次期ボンゴレのボス、ボンゴレⅩ世デーチモだと知っていて入学を許可した。現在のボス、ボンゴレⅨ世ノーノに頼まれてね」

 

 ボンゴレⅨ世ノーノ……。

 綱吉が10代目だから、現在のボスは9代目ってわけか。

 

 ……理事長がホワイトルームとボンゴレファミリーのことを理解しているのなら、同じく理解していたあいつはやはり……。

 

「理事長。確認したいのですが、Aクラスに在籍しているのは……」

「有栖のことかな? 僕の娘だよ」

「やっぱりそうですか」

 

 予想通りだった。坂柳はこの理事長からホワイトルームとボンゴレファミリーについて聞いていたのだろう。

 

「あ、娘だからってAクラスにしたわけじゃないからね? 審査は公平にしているよ」

「そこは疑ってません。綱吉がDクラスの時点でわかります」

「ああ。もちろん綱吉君も同様さ。いや……むしろ綱吉君には特別試験の度に別枠で特別課題を課しているから、普通の生徒よりも厳しくあたってるかもしれないね」

「え? 特別課題?」

「そうだ。ボスとして生きていく力を身につけさせる為に、ボンゴレから課題を与えられているようだよ」

「……そんなことしていたのか」

 

 まさかだ。普通ならクリアするだけで厳しいであろう特別試験中に、別枠で課題まで出されていたとは……

 

「そういう事だから。安心してこの学校で綱吉君と共に学んでいって欲しい。この学校の方針やシステムについて疑問に思うこともあるだろうけど、僕らが目指す育成方針がどんなものなのかは、この先きっと分かってくるよ」

 

 そう言う坂柳理事長からは自信が溢れていた。

 

「……つい喋りすぎてしまったね。でもこれ以上は教えられない。君はこの学校に入学した生徒で、僕はそれを監督する身だから」  

「はい。ではこれで失礼します」

「あ、少し待ってくれ」  

「……?」

 

 立ち去ろうとする俺を呼び止める理事長。

 

 理事長はスーツの内ポケットから長方形の小さな宝石箱を取り出した。

 

 そして、理事長はそれを俺に手渡してきた。

 

「これを君に渡したかったんだ」

「俺にですか?」

「ああ。それは君が入学する前に僕が預かっていたものだ。……松尾さんからね」

「!」

 

 ……松尾からの預かり物?

 

「あ、正確には松尾さんが預かっていたものを、僕が預かったんだけどね」

「? じゃあ松尾は誰から……」

「君のお母さんさ」

「!」

 

 ……母からの贈り物ってことか? 

 

 松尾から母の話など一度も聞いたことがない。それに、なぜ松尾は俺に直接渡さずに理事長に預けたんだろうか。

 

 疑問は尽きないが、それを解決する事はもうできない。

 

 母親には会ったことすらないし、松尾はもう死んでいるのだから。

 

「それを預かる時、お母さんからの伝言も預かっているんだ」

「……伝言?」

「ああ」

 

 理事長は一呼吸おくと、その伝言を話始めた。

 

 ——清隆へ。

 

 いきなりの贈り物に驚いているでしょう。

 

 今まで顔を見せていなかったのに、いきなりなんだ……とか思ってるかな。

 

 そうだよね。

 

 私はあなたのそばにはいられなかった。

 

 ……そういう契約だったから。

 

 今更出てきて、私の事をお母さんと思えとは言わない。

 ただ、私の家に伝わる宝石箱をあなたに渡したかっただけ。

 

 その宝石箱はね? 先祖から代々受け継がれてきた物なのに、今まで誰も開くことができていないの。

 

 もちろん私も開けなかった。

 

 つまり、中身が何なのかは誰も知らない。

 今生きている血筋も、遠い御先祖様もね。

 

  ……でもなぜか、清隆なら開ける。そんな気がするの。

 

 だから、この伝言を聞いたら開いて見て欲しい。

 きっと開くことができるはずだから。

 

 そして、その宝石箱にはこんな言い伝えがある。

 

 ——この箱を開きし者。2つの内、完全な形を自らに。

 ——そして片割れの形は、自らが最も信頼する者に手渡せ。

 

 ……これがその言い伝え。

 

 箱を開けられなかった私には理解できなかったけど、きっと清隆なら理解できるはず。

 

 そして、この箱の中身が清隆に取って良い物だと信じてます。

 

 伝えたいことは以上です。でも最後に、これだけ言わせてください。

 

 これからも会う事はできないけれど、私はいつだって清隆の事を思っています。

 

 ……幸せになってください。

 

 ——美香より。

 

 

「……以上だ」

「……そうですか」

 

 美香……それが俺の母親の名前なのか?

 

 急に母親からの伝言と言われても、そう簡単には受け入れられない。

 正直、本当の母からの言葉とも思えないぐらいだ。

 

 ……だが、宝石箱を手に持っていると、なんとなく胸のあたりが暖かくなるような感覚を覚えていた。

 

「……」

「……部屋に帰って、宝石箱を開いてみてはどうかね?」

「え? あぁ、そうですね……」

 

 俺が立ち尽くしていると、理事長はそう言ってきた。

 

 もしかしたら、俺が一人で母への思いを馳せられるように気を使ってくれたのかもしれない。

 

 そして、俺は応接室を後にした……。

 

 

 —— 清隆の部屋 ——

 

「……」

 

 部屋に帰った俺は、机の上に置かれた宝石箱を見つめている。

 

「……開けてみるか」

 

 会ったこともないし、今まで気にしたこともなかったが……母からの願い事は息子として聞いてやるのが正しいらしいからな。

 

 宝石箱の蓋部分に手をかけ、上方向に引っ張る。……が、蓋は開かない。

 

「……開かないみたいだな。さて、どこかに飾る……!」

 

 ——キュイーン。

 

 宝石箱から手を離そうとしたその時。宝石箱全体が光を放った。

 

 そして、その光はゆっくりと弱くなり、そして消えた。

 

「……まさかな」

 

 さっきの光を見て、もしかしたら開くようになったかもしれないと思った俺は、再び宝石箱の蓋部分に手をかけた。

 

「……」

 

 そして、ゆっくりと上方向に力を込めると……

 

 ——ガチャ。

 

「! ……開いたな」

 

 今度はいとも簡単に蓋が開いたのだ。

 

「……何が起きた?」

 

 

 どのような仕組みになっているのかは分からないが、とにかく開いた事に変わりはないから今度は宝石箱の中身を見てみる事にした。

 

 宝石箱はベルベット張りになっており、ベルベットには2つの窪みが作られている。そして、窪みには錆びた円形の何かと指輪のようなものが入っていた。

 

「……何だこれ」

 

 2つを手に取ってみると、それが何なのかが分かった。

 

 円形の何かは錆びていて、型番も古いであろう懐中時計だった。

 

 指輪はそのまま指輪であったが、上部分についている宝石がおかしい。

 

「……これ、明らかに欠けてるよな」

 

 そう。どう見ても不自然な形なのだ。言うなれば、宝石を真っ二つに割り、宝石の半分だけを指輪にくっつけているかのような見た目だった。

 

 その時、俺は理事長から聞いた伝言の一節を思い出した。

 

 ——この箱を開きし者。2つの内、完全な形を自らに。

 ——そして片割れの形は、自らが最も信頼する者に手渡せ。

 

「……完全な形は懐中時計で、片割れの形はこの指輪ってことか? ……だが、自らが最も信頼する者に渡せと言われてもな……」

 

 そう言いながらも、頭の中にはとある人物の顔が浮かび上がっている。

 

「……綱吉しかいないよなぁ。でも、こんな指輪渡されても困るだけじゃないか?」

 

 会ったこともない母からの願いと、友達に変なものを渡したくないという気持ちに揺られ、俺は気分がモヤモヤしてしまった。

 

「……また今度考えるか」

 

 そして、結局後回しにする事に決めた俺は、懐中時計と指輪をベルベットに嵌め込み、宝石箱の蓋を閉じたのだった。

 

 

 —— 同時刻。鈴音side ——

 

「……来たか」

「はい。……兄さん」

 

 今私は、特別棟の裏で兄さんと向き合っている。

 

 今朝早くに兄さんから連絡があり、放課後に特別棟の来るように呼び出しを受けていたのだ。

 

「……あの、兄さん。お話とはなんでしょうか」

「……ふん。それはな」

「?……!」

 

 私が恐る恐るそう聞くと、兄さんは私に近寄ってきて、そのまま腕を頭上に上げた。

 

 叩かれるかもしれない、そう身構えた私だったが、実際には兄さんの手は私の肩に乗せられていた。

 

「……あの、兄さん?」

「……よくやった」

「え?」

「今回のペーパーシャッフル。お前主導で勝利を掴んだらしいな」

「え? は、はい」

「沢田から聞いたんだ」

「! そ、そうでしたか」

 

 驚いた。まさかよくやったと言ってもらえるなんて……。

 

「1学期に、お前に言ったあの発言は取り消そう」

「え? ……あ、あの時の」

 

 きっと私が綱吉君に救われた、あの夜に言われた言葉だろう。

 

「そうだ。あの時に俺は『お前には上を目指す力も資格もない』と言った。だが、それは間違いだ。今のお前には間違いなく上を目指す力もあるし、その資格もあるだろう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 こ、これは。少しは兄さんに認めてもらえたと言うことかしら……。

 

「これまで孤独で独りよがりに歩んできたお前が、仲間と共に動いて仲間の為に行動するようになった。それはとても大きな成長だ。誇って良い」

「……ありがとうございます。兄さん」

「だが、やっと一歩目を踏み出した程度だ。ここで慢心するんじゃないぞ」

「はい。分かっています」

 

 分かっている。この程度で満足するようでは、兄さんの後を追いかける資格をまた失ってしまう。

 

「それならいい。お前を立ち上がらせた沢田の力になってやれ」

「はい。そのつもりです」

 

 すると、兄さんはブレザーの内ポケットから2つの物を取り出した。

 

「鈴音。これをお前に渡そう」

「……宝石箱と手紙ですか?」

 

 兄さんから渡されたのは、長方形の宝石箱と一枚の便箋だった。

 

「そうだ。俺がこの学校に入学する前、お前を一人前の人間だと認めた時にこの2つを渡すように頼まれていたんだ」

「……一体、誰からですか?」

「俺達の母さんからだ」

「!」

 

 母さんからの贈り物? 

 というか、母さんはどうしてわざわざ兄さんに頼んだのだろう。

 

 尽きない疑問が頭の中を埋め尽くしている中、兄さんは背を向けて立ち去ろうとし始める。

 

「! に、兄さん」

「呼び出したのはそれを渡す為だ。用件は終わったので失礼する」

「……」

 

 ——カツカツ。

 

 用件が終わると、兄さんはさっさと立ち去ってしまった。

 

(……私はまだ、長話をするほどの人間じゃないって事なんでしょうね)

 

 少しの悲しさと、兄さんに少しは認めてもらえたという喜びに包まれながら、私は自分の部屋へと帰った。

 

 

 —— 鈴音の部屋 ——

 

 

「……まずは手紙からね」

 

 自室に帰って机に向かった私は、まずは便箋を開けてみる事にした。

 

 開いてみると、それは母さんからの手紙だった。

 

 

 —— 鈴音へ。

 

 あなたがこの手紙を読んでいるということは、ついに学から認めてもらえたということね。

 

 よく頑張ったわね、鈴音。母さんは嬉しいです。

 

 今まで学の背中しか見ず、周囲を蔑ろにしてきたあなたも、ついに周囲を見る事ができるようになったのね。

 

 それはとても大事な事だから、これからも忘れないで下さい。

 

 ……さて、ここからは本題に入ります。この手紙と一緒に宝石箱を受け取ったと思います。

 

 その宝石箱は、母さんの家系が先祖代々受け継いできた物よ。

 

 私も昔に母から受け継ぎました。

 

 つまりは長年受け継がれてきた我が家の家宝ですが、実はその宝石箱は今まで誰も開くことができていません。

 

 今生きている血筋も、遠い御先祖様も中身が何なのかは誰も知らないの。

 

 もちろん私も開けなかったけど……でもなぜかな。鈴音なら開けると確信しています。

 

 これは女の感ね。あなたが生まれた時、この子は特別な子だ。

 

 ……そう思ったのを今でも覚えているわ。

 

 だから、この手紙を読み終えたら開いてみて欲しいの。

 鈴音ならきっと開くことができるわ。

 

 あ、実はその宝石箱には言い伝えがあってね。宝石箱と共に代々受け継がれてきたの。

 

 だから私も鈴音に受け継ぎます。

 

 ——この箱を開きし者。2つの内、完全な形を自らに。

 ——そして片割れの形は……いつ何時も寄り添い、支えたいと思う者に手渡せ。

 

 これがその言い伝えです。

 

 いつ何時も寄り添い、支えたいと思う者。

 

 私にはそれが誰かはわからないけど、今の鈴音ならすぐに分かるんじゃないかしら?

 

 最後になるけど……私もお父さんもあなたが高校を卒業して、立派になって家に帰ってくるのを楽しみに待っています。

 

 体に気をつけて、頑張ってください。

 

 —— 母より。

 

 

「……母さん」

 

 今まで母さんは普通の人だと思っていたけど、この手紙を見るに2年前から私がこの学校に入学し、そして考え方を改める事を予見していた事になる。

 

(……恐ろしい先見の明ね)

 

 手紙を便箋に戻し、大切に机の引き出しにしまう。

 

 そして今度は宝石箱を掴み、片手を箱の蓋部分にかける。

 

「……誰も開けられないのに、私に開けられるわけが……!」

 

 開けられないと思いながら、宝石箱の蓋を持ち上げてみると……。

 

 ——ガチャ。

 

 なんと、あっさりと開くことができた。

 

 拍子抜けすぎて、思わずため息が漏れる。

 

「はぁ……。これが開けられないなんて、絶対嘘でしょう」

 

 母さんに嘘をつかれた事に腹を立てながら、私は宝石箱の中身を確認する。

 

 宝石箱はベルベット張りになっており、ベルベットには2つの窪みが作られている。

 

 そして、窪みには錆びた花が付いた何かと指輪のようなものが入っていた。

 

「……何かしら」

 

 2つを手に取ってみると、それが何なのかを理解できた。

 

 花が付いた何かは錆びていてるが、おそらく白い花が付いた髪飾りだろう。

 

 指輪はそのまま指輪だけど、上部分についている宝石の形がおかしい。

 

「……これ、明らかに欠けてるわね」

 

 どう見ても不自然な形だった。

 

 宝石を真っ二つに割り、割れた宝石の半分だけを指輪にくっつけているかのような見た目をしている。

 

 その時、私は手紙に書かれていた言い伝えの一節を思い出した。

 

 ——この箱を開きし者。2つの内、完全な形を自らに。

 ——そして片割れの形は……いつ何時も寄り添い、支えたいと思う者に手渡せ。

 

「……完全な形は髪飾りで、片割れの形はこの指輪ってことかしら? ……でもいつも寄り添って支えたい人なんて」

 

 頭の中に兄さんの顔が浮かび上がってきたが、私はそれを振り払った。

 

 なんとなく、兄さんである可能性を低いと感じたからだ。

 

(ふふ、私にも母さんみたいな女の感が芽生えたのかもしれないわね)

 

 でもそうなると、別の人物になるわけだが……。

 

「……///」

 

 頭の中にパートナーの顔が浮かび上がってきて、思わず顔が赤くなる。

 

「……可能性があるのは綱吉君だけど。……女から指輪を渡すのはどうなのかしら」

 

 渡した時の事を考えて、私はまた顔がさらに赤くなる。

 

「……か、考えるのはやめましょう。すぐに見つけないといけないわけじゃないわよ」

 

 無理やりに考える事をやめる理由を見つけだし、私は髪飾りと指輪を宝石箱に戻した。

 

 そして、便箋と同様に大事に机の中にしまったのだった……。

 

 

 

 —— その頃、リボーンside  ——

 

 

 鈴音や清隆が宝石箱を受け取っている頃。リボーンはツナの実家に帰ってきていた。

 

 家の中に入ると、ビアンキが待っていた。

 

 ランボやイーピンはママンと出かけているらしい。

 

 

「リボーン、お帰りなさい」

「ああ、ビアンキ。……で、見せたい物とはなんだ?」

「……こっちに来て?」

 

 ビアンキに連れられて、ダイニングルームへと向かう。

 

 ダイニングテーブルに着くと、ビアンキは一冊の厚い冊子をテーブルに置いた。

 

「これは?」

「山本武のパパンが置いていったの。ツナに渡してくれって」

「……山本のパパンが?」

「ええ」

 

 ……なぜそれで自分が呼ばれたのか。

 

「俺からツナに渡して欲しいって事か?」

「そう。……でもその前に、リボーンにも見て欲しいのよ」

「? なぜだ?」

「とにかく見てみて」

 

 そう言うと、ビアンキは冊子の1ページ目を開いた。

 

「……これはアルバムか?」

「そうでしょうね」

 

 1ページ目には、ど真ん中に1枚の写真が貼られており、その下に何かが書かれている。

 

(写真を見るに、昔の日本風景のようだが……)

 

「ねぇ、この写真に写っている人達をよく見て」

「? ……こいつが何……!」

 

 ビアンキが指差した人物の顔をよく見てみると、俺は驚いてしまった。

 

「……ボンゴレⅠ世プリーモと、……朝利雨月?」

「ええ。間違いないと思うわ」

「……なぜそう言い切れる?」

 

 山本のパパンがⅠ世や朝利雨月の写真を持っているはずがないと思うが……。

 

 俺の質問に、ビアンキは写真の下に書かれた文字を指差して答える。

 

「この文字を見てみて」

「……!」

 

 写真の下の文字には、『朝利邸にて、ジョットの日本名取得記念。家康と雨月」と書かれている。

 

「……家康と雨月。つまりこれは、Ⅰ世が日本に亡命した後に撮られた写真って事か?」

「……多分そうね」

「……Ⅰ世の亡命後については、沢田家康として生きていったと言う情報しかボンゴレも掴めてなかった。なのに、まさか日本にアルバムがあったとはな」

 

 これはボンゴレにとっても大発見だな。

 

「……まだ続きがあるわ。次のページも見てみて」

「ああ。……!」

 

 次のページを開くと、またも真ん中に写真が貼られていた。

 

 その写真には、3人の人物が写されている。

 

 真ん中にはⅠ世。

 

 そしてⅠ世の右側には短い黒髪に髪飾りを付けた着物姿の女性。

 

 左側には覇気のない目で懐中時計を気にしている洋装の男が写っているようだ。

 

「……こいつらは」

「この2人が誰かは分からないけど、下の文字が気になるのよね」

 

 ビアンキに言われて写真の下に書かれた文字を見る。

 

 

『自治組織「あさり會」、創設記念』

 

 

「自治組織って何かしら?」

「……」

「……リボーン?」

 

 ビアンキの言葉に返事もせず、俺は次のページをめくる。

 

 次もまた写真が貼られているようだ。

 

 その写真には前ページの3人に加え、数名の男女が加わっている。

 

 そして、下にはまた文字が書かれていた。

 

『高度教育私塾「あさり家」、開業記念』

 

「……私塾?」

「いわゆる、今の初等教育の前身だな」

 

 俺はまたも次のページをめくる。

 

 また写真が貼られているが、そこには2名の人物しか写っておらず、背景には道場のような家屋が見える。

 

「あ、また朝利雨月とⅠ世ね」

「ああ」

 

 写真に写っている雨月は木刀を持っており、Ⅰ世は〝あさり組〟と書かれた掛け軸を持っている。

 

 そして、写真の下の文字には……

 

『あさり會直営剣術修練道場「あさり組」、開場記念』と書かれていた。

 



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