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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  奪還作戦 その2

 
前書き
 日本政府のがばがば対応。 

 
 さて、日本政府の反応は、どうであったろう。
米軍特殊部隊による救援活動を知らない日本政府は、美久誘拐事件でも米国やマサキたちの意図とは違った反応を見せる。
 ニューヨークの総領事を通じて、誘拐事件の連絡を受けた日本政府は、対策本部を設置した。
西ベルリンの時と違って、今回の様な複数の国家間を跨ぐ誘拐事件の対応は混乱を極めた。

 ここは、日本帝国の首都、京都。
官衙(かんが)の中心に立つ、首相官邸の、最上階にある総理執務室。

 次官会議の取りまとめを務める、内閣書記官長(今日の事務担当の内閣官房副長官)の発議で始まった会議は紛糾していた。
 執務室の中では、閣僚や事務次官たちの喧々(けんけん)諤々(がくがく)の議論が飛び交う。
内務省警保局長(今日の国家公安委員長に相当)が、
「総理、こんな難題を帝国政府が負う必要はない。安保を理由に米国に処理させよう」 
 総理の脇にいた警視総監は、うなづいた後、
「とにかく、早急に具体的な案を考えねば……」
と、発言すると、今度は商務次官(今日の経産次官)が、
「ゼオライマーは帝国陸軍の管理下にある事になっている。責任転嫁は許されますまい」

官房長官が、 勢いよく机をたたきつけ、
「パレスチナ解放人民戦線などという、テロ集団と交渉などできるものか!」
と、右往左往する官僚たちを一喝する。
 その場に、衝撃が走った。
その場にいた、内閣書記官長はじめ、次官や官僚たちはみな凍り付いた表情である。


 室中、氷のようにしんとなったところで、外相は立ち上がり、
「パレスチナ解放人民戦線は、帝国政府のみとの交渉を望んでいる。
日本の、いや世界の安全のためには、応じるしか有るまい」とその場をなだめた

その時である。
執務室にある電話が鳴り響いた。
誰もが、血走った眼を机の上の黒電話に向ける。
 応対した総理秘書官の男は、受話器を右の耳からゆっくり遠ざけ、
「総理、パレスチナ解放人民戦線の首領と名乗る男から電話が……」
と、総理の方に、悲壮感の漂った表情を向ける。
「こちらに、回線をつなぎたまえ」
警察と情報省の逆探知班が、脇でレコーダーを静かに捜査していた。

 電話会談は、外務省の英語通訳を挟んで、行われた。
すでに、この時代には、米国AT&Tにより商業化されたテレビ電話があった。
米国の例を採れば、30分の無料通話つきで月額160ドル(当時のレートで3万2千円。現在の9万3千円)というかなり高価なものであったが、相手の表情が見れるというのは新鮮であった。
また書類や写真などを、即座に画像で送れるのは、企業に喜ばれた。

 だが、相手は匪賊(ひぞく)頭目(とうもく)なので、そのような高価なものは持っておらず、通常回線による電話だった。
 逆を言えば、通常回線なので、情報省や警察当局による逆探知が可能でもあった。
首相は、電話に応じる姿勢を見せながら、相手の本部がどこにあるか、情報収集の時間を稼ぐことにした。

「先ほど、ご紹介いただいた件ですが、人民戦線の議長さん、会談はどちらで……」
「レバノンのベイルートで……」
 首相は静かに、男からの返事を待つ。
「では客人としておかずかりしている衛士返還についてだが……
その前に、飲んでほしい条件がある」
「はい」
「日本政府に捕らえられている社会主義を信じる革命戦士。
いわゆる、赤軍派とか革命軍といわれる活動家の100名と交換ということでどうだね。
両者の会談を行う前提条件として、これらの人物の全員の即時釈放を要求する」
 
 首領を名乗る男の声に、一斉に執務室の中が色めき立つ。
「犯罪者の釈放だって……」
「爆弾魔どもを野に解き放てと!」

 苦虫を嚙み潰したような表情をした総理は、しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「数分の猶予をいただきたい」
そういって、保留音のボタンを操作すると、静かに受話器を脇に置いた。

 憤る官房長官は、
「よくも、ぬけぬけとそんな事を」
瞋恚をあらわにし、紫煙を燻らせた後、
「このまま、テロリストと会談を持てば、日本は法治国家ではないと全世界に表明することになる」
と、心にある不安を打ち明けた。

 奥より、老人が声を上げる。
「鎧衣を呼び出せ」
(おきな)、真ですか。
あの木原という小僧の子守りをしておきながら、事件を未然に防げなかった奴をですか」
「あ奴は、カンボジア戦線で敵地奥深く侵入し、無事国外に脱出した実績の持ち主。
今度もうまくいく」

 翁と呼ばれ、閣議や次官会議に出入り御免の謎の老人。
この人物のことをお忘れの読者もいよう。
彼は、帝都城出入り御免の人物で、『影の大御所』と呼ばれる人物。
マサキをミンスクハイヴ攻略に向かわせた人物で、斑鳩の元当主でもあった。
 
 閣議に参加していた、国防政務次官の(さかき)是親(これちか)のほうを向くと、
「榊君、すまぬが人柱になってくれぬかね」
「翁がそうおっしゃるのなら……」
榊は、静かにうなづいた。

首相は、背もたれに寄りかかりながら、落ち着いた声で、賊徒の首領に返答した。
「こちらからは榊国防政務次官を特命全権大使として会談に向かわせましょう」
「ああ。分かった」
首領は、そう満足げに答えて、受話器を置いた。




 そのころ、マサキたちといえば。
彼らは御剣の許しを得たうえで、日本政府の指示を待たずに行動に走った。
武装した車で、暮夜ひそかに、ベイルートに入る。

 その夜の、マサキのいでたちといえば。
深緑の布カバーを着けた鉄帽を被り、深緑の野戦服上下に、赤い布きれを両方の二の腕に縛り付け、磨き上げた茶革の軍靴。
 白銀は、虎縞模様の鍔広帽子(ブーニハット)に迷彩服を着こみ、黒色のドーランを顔中に塗りたくって、熱帯用軍靴(ジャングルブーツ)を履いていた。
ウィリスM38のコピー車両である三菱重工の「ジープ」に、これまたM2機関銃のコピーモデルを載せて。
 鎧衣は、相変わらずのホンブルグ帽に、トレンチコートを羽織り、背広姿であった。
ただ黒革のD-3A手袋をし、M2機関銃のハンドルを握りながら、周囲に目を光らせていた。

「なあ、鎧衣。そんなひらひらとしたオーバーコートなどを着ていて、引火したらどうするんだ」
「木原君。これは私の戦闘服、バトルドレスなのだよ。
諜報活動や破壊工作では、如何に市井の人間に化けるかが重要だ。
故に、ホンブルグ帽にドブネズミ色の背広上下が、サラリーマンにふさわしい装いなのだよ」
ハンドルを握る白銀は、大声で尋ねてきた。
「ドレスといえば、先生。例のかわいこちゃんにドレスの一つでも買ってやらないのかい」
「アイリスにドレスを作ってやる話。今の件は、考えておこう」
マサキは、じろりと横目でハンドルを握る白銀の表情をうかがう。
恐ろしいくらいリラックスした表情であった。
 不思議に思ったマサキは、めずらしく白銀の過去について、尋ねてみることにした。
「だが白銀よ。今からドンパチに行こうというのにそんな話ができるな……
やはり、お前も鎧衣と同じで死線をくぐってきたのか」
白銀は、うなりを立てるエンジンの音に顔をしかめるマサキのことを横目で見た後、
「ラオスにいたときはヘリに乗りながら最前線に向かう際は、こんな話ばかりしてたのさ」
「お前も鎧衣と同じで、南方にいたのか……」
白銀は、どこか、遠くを見つめるような表情になりながら、答えた。
「ああ、俺はラオス王国軍を指導する軍事顧問団に、参加していた。
ソ連の軍事介入がなければ、あのメコン流域の静かな王国は今も健在だった……」

 ラオスもまた、ソ連の対外政策によって国を乱された地域だった。
傀儡の王族を立てて、親ソ容共の左派が全土を支配した。

 マサキは、憤る白銀の表情を見ながら、安堵した顔色になり、
「まあ、俺もお前も、ソ連には恨み骨髄というわけか」
白銀はハンドルを握りながら、静かにうなづくばかりであった。

 車は、やがてベイルート港の倉庫街に近づく。
しばしの沈黙の後、白銀は、覚悟したかのようにマサキに尋ねた。
「博士は何で、BETA退治に……」
左の胸ポケットから使い捨てライターとホープの箱を取り出す。
「たまたま、俺好みの人間がいたからさ。
好きになった人間を俺の奴隷として、飼ってみたくなった。
いい男がいて、いい女がいる。それだけだ」
フィルムを破り、銀紙の包装を切り取り、タバコを抜き取る。
「そんなことで……BETA戦争に参加されたんですか」
口に煙草をくわえると、静かに火をつけ、紫煙を燻らせる。
 
 白銀の言葉に、マサキは白く整った歯を剥いて、大きくうなづく。
白皙(はくせき)美丈夫(びじょうふ)ユルゲンや、明眸(めいぼう)皓歯(こうし)な妻ベアトリクス。
そして、思いを寄せる可憐な乙女、アイリスディーナのことを、しみじみと思い浮かべて。
「俺は、やりたいようにやる。ただそれだけの事だよ。フハハハハ」
マサキは、わが意を得たりとばかりに、哄笑して見せた。 
 

 
後書き
ご意見、ご感想よろしくお願いします。

今年に入って公私ともに忙しく、今までの作品内容を維持できないので、投稿ペースを落とそうか、思案しております。
(たとえば、毎週土曜5時更新から、毎週土日どちらかの更新、あるいは第二、第四土曜日五時更新など……)
更新ペースを変えずに、内容を現状の3000時前後から2000字前後にするか……。

書き漏らしたヴェリスクハイヴの件など……

ご意見いただければ幸いです。 
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