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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  奪還作戦 その1

 
前書き
 特殊任務といえばデルタフォース 

 
 ここは地中海。
キプロス島の洋上50キロメートルに展開している戦艦「ニュージャージ」
第二次大戦前に起工(きこう)された同艦は、本来ならば静かな余生を送るはずだった。
 BETAの襲来を受け、姉妹艦と共に16発のハープーン対艦ミサイルや32発のトマホーク巡航ミサイルなどで近代化改修され、大西洋に戻ってきたのだ。
 その後ろから続く、駆逐艦「ジョン・ロジャース」を始めとする駆逐艦や巡洋艦数隻。
少し距離を離れて追いかけてくる、海兵隊の揚陸艦艇1隻。

 その揚陸艦艇の一室に、響き渡る男の声。
「おはよう、デルタフォースの諸君!」
極彩色の部隊章が縫い付けられた深緑色のOG107作業服(ファティーグ)を着た男が敬礼をする。
襟に輝く銀色の星型階級章。男が少将である事を示している。
レイバンの金縁のサングラスを取り、周囲を見渡す。
 居並ぶ男達が来ている服は、俗に虎縞模様(タイガーストライプ)と称される迷彩被服。
顔は黒・緑・茶の三色のドーランで塗りたくられ、目だけが恐ろしいほど輝いていた。
最新式のイングラムM10機関銃や西ドイツ製のMP5短機関銃を抱えて、直立不動の姿勢を取る。

「これより、氷室美久女史の救出作戦と、木原マサキ博士の支援作戦を実施する。
イスラエルの暫定首都テルアビブよりCH-47で発進し、ベイルートで氷室女史(ミスひむろ)を確保後、ソ連の基地を爆破して撤退する」
隊員の誰かが口を開いた。
「もし、敵が戦術機を用いる場合は、如何しますか……」

「海兵隊より戦術機の航空支援をさせる。彼等に格闘戦(ドッグファイト)させる。
もし、航空支援が間に合わなくて駄目なら、通信機器を取り除いた後、爆破して撤退しろ」

「Sir, yes sir!」
男達は力強く返した。


 (ほの)かに東の空が(しら)みがかってきた頃、大型輸送ヘリはレバノン南部にいた。
航続距離2,252キロメートルを持つCH-47。
回転翼の爆音が響く中、一人の兵士は今回の作戦について隊長に尋ねた。

「隊長……、なんだって日本軍の衛士を救うのに、我々がやるしかないんですか……。
連中、南ベトナムやカンボジアと違って立派な軍隊持ってるじゃないですか」
隊員の誰の心にも、そう言った疑問がわくのには不思議はなかった。
「これはな、国防総省(ペンタゴン)の命令じゃなくて中央情報局(ラングレー)からの依頼なのだよ」
「カンパニー(CIAの別称)案件ですか……」
隊長は、不安げに彼を見つめる隊員たちを、振り返った後
「露助は、越南人(グック)共とは違うぞ……。心してかかれ」
隊員たちの力強い返事が、機内に木霊した。
了解(イエッサー)







 さて、マサキたちといえば、ヨルダン王国の首都、アンマンに来ていた。
この国はシリア、レバノンと陸路でつながるこの中東の小国。
 かつては反イスラエル、反英運動の拠点であったが、1970年に事情が変わる。
時の国王が、傍若無人の振る舞いをする過激派集団、PLOの存在を疎ましく思い、イスラエルとの対話姿勢を打ち出し始める。
 同年9月6日にPLOの過激派PFLPによる連続ハイジャック事件が発生した際、王は怒髪天を衝く。
即座に、パレスチナ難民ともども国外退去を命じた際、件の過激派は黙ってなかった。
市中の銀行や商家を襲い、金銀を略奪し、首都を焼き払い、政府転覆をはかった。
 
 ヨルダン王は、近衛兵を中心とした政府軍の部隊を送り、鎮圧したが話はそれで済まなかった。
1970年当時、PLO支援に積極的だったシリアは、陸軍部隊をヨルダンに侵入させ、PLOに加勢した。
 戦争の危機を危ぶんだエジプトの仲介もあって、停戦合意はなされたが、その恨みは骨髄に達するほどであった。
 だから、マサキたちが美久の誘拐事件でレバノンに乗り込むと聞いた際、国王は即座に協力を申し出たのだ。
 

 この世界で、一下士官であるマサキの立場では、おいそれと一国の王と会える身分ではない。
国王との謁見は、同行してきた御剣という形で行われた。

 鷹揚に挨拶をした後、御剣は国王に対して、今回の誘拐事件の協力に関し、尋ねた。
「では、氷室君の奪還作戦に協力していただけると……」
国王は、御剣の目を見ながら、
「72時間だけ、我が国の領土、領空の自由通行権は保障いたしましょう」
そして、脇の護衛官から紙を受け取ると、
「あと、レバノンに潜り込ませているわが情報部の報告によれば、氷室さんはおそらくベイルート市内にいると考えられます」
 それまでマサキは、端の方で静かに座っていたが、その情報を聞くや、立ち上がった。
「王よ。貴様の話、信じさせてもらうぞ」
そう言い残すと、周囲の喧騒をよそに、マサキは部屋を後にした。







 深緑の野戦服に、両肩から掛けた二本の弾帯、七連の弾薬納には20連マガジンが隙間なく詰められている。
腰のベルトには満杯になった弾薬納のほかに、ピストルと銃剣が二本づつ吊り下げられていた
鉄帽を片手に持ち、M16を担い、完全装備を付けたマサキを見た白銀は、
「先生、どこに行こうっていうんだね」
M16の最終確認をしていたマサキは、顔を上げて、
「今から、ベイルートのテロリストどもを抹殺(まっさつ)してくる」
「道案内は……」
「問題ない」

 この時代、人工衛星によるGPSシステムは未完成だった。
しかし、マサキは慌てなかった。
次元連結ステムがあれば、美久の場所は即座にわかる。
そして、最悪の場合、美久だけをゼオライマーに呼び出すことができる。
 だが、鉄甲龍に美久が捕まった際、アンドロイドと露見したように、KGBにも知られる可能性がある。
万に一つのことを考えて、マサキはKGB、いやベイルートにいるテロリストもろともソ連の関係者を抹殺することにしたのだ。

「なあ、先生。この俺じゃあ、役不足かい」
「フフフ、俺は貴様のことを知らぬからなあ」

「鎧衣の旦那には、負けない自信はあるぜ。
それと、イスラエルに頼んで、陽動作戦用の武装ヘリと戦術機隊を用意しましょうか」

「その必要はない。天のゼオライマー、それ一台があれば、すむ。
それにユダヤの連中は法外な値段で吹っ掛けてくるだろう。
人手を借りるにしても、金を借りるにしても、高くつきすぎる。
分解整備中のゼオライマーも何時でも稼働可能なように、準備してくれ」
マサキの発言に、白銀は信じられない顔をして、問い返す。
「ここから、一万キロ以上離れた、シアトル郊外のタコマ基地に連絡するのかい」
「ああ、それさえ準備すれば、最高のダンスパーティができる。ハハハハハ」


 ヨルダン訪問の翌日。
 マサキたち一行は、ソ連の意表を突くため、陸路でレバノンに乗り込むことにしたのだ。
日章旗を着け、機関銃で武装したランドクルーザー55型の車列は、ダマスカス経由でベイルートへ向かった。
 ダマスカス郊外に、近づいた時である。 
すると、轟音一声、たちまち上空から黒い影が車列の上に現れた。
なお街道の附近にある丘の上には、象牙色と深緑の砂漠迷彩を施した数台の戦術機が地ひびきして降ってきた。
 その様を見て居た御剣は、即座に指示を出す。
「戦うな。わが備えはすでに破れた。ただ損害を極力少なくとどめて退却せよ」

 車列の後ろにも、赤、白、黒の円形章(コカルデ)を着けたMIG-21が一台下りてきて、ふさぐ様に立ちすくんでいた。
 万事休すか。
誰しもが、そう考えた時である。
砂地に着陸した戦術機の管制ユニットが開き、ソ連製の機密兜に強化装備をつけた男たちが下りてきた。

 ソ連製の強化装備の左腕につけられた国家識別章は赤、白、黒の三色旗に、緑の星が二つ。
アラブ連合共和国の国旗を起源とするシリア国旗だった。
白旗を持った衛士の後から、強化装備姿の偉丈夫が近づいてくると、ゆっくりと機密兜を脱いだ。
 男はマサキのほうを向くと、手招きしてきた。

 男の正体は、シリアの大統領だった。
彼は、空軍パイロット出身であったので、戦術機に乗って陣頭指揮を執ることがあったのだ。
 マサキは、その話を聞いてあきれるばかりであった。
古代より陣頭指揮は、士気を鼓舞できるが、常に戦死や捕虜の危険性がある諸刃(もろは)の剣。
 電子戦の発達した現代で、国家元首が最前線に立つのはどれだけ危険か。
約100年前の普仏戦争のとき、皇帝ナポレオン三世はプロイセン軍に捕縛されてしまい、戦争自体が継続できなくなってしまった。
 たしかにBETA戦争は、重金属の雲で電子装置や無線通信を制限したが、それでも国家元首の戦死というリスクは避けられない。
暗殺のリスクを押してまで、自分に会いに来たのか。
そう考えて、話し合いに応じることにした。
 

 話し合いが始まるまで、中東の政治事情に疎いマサキは、シリアとソ連の関係が蜜月とばかり思っていた。
 
大統領の話によると、ソ連を信用していない様子だった。
 ソ連からの約束された武器支援は滞っており、戦術機も100機以上納入されるはずが20機程度しか送ってよこさなかった。
 マシュハドハイヴ建設の際は、政権崩壊の懸念から再三にわたって支援を要請するも、逆に、翌年には軍事支援を停止してしまった。
 ミンスクハイヴ攻略がすんでから、軍事援助の再開を決定し、ソ連軍顧問の派遣を含む、新しい武器協定が結ばれた。
追加のMIG21バラライカ25機と、技術要員の新規派遣。
 しかし、ソ連は、BETAの脅威が軽減したことを理由に、より高度な戦術機の納入を拒否し続けた。
そのことに、シリア側は、強く不満を感じていたのだ。

 一通り、話を聞いた後、マサキは懐中より、タバコを取り出し、
「それにしても社会主義国のシリアが、この俺を手助けしようなどとは聞いたこともないな。
破天荒(はてんこう)だぜ」
紫煙を燻らせながら、半ばあきれ顔で、笑う事しかできなかった。
「俺のことを助けて、日本政府から円借款を引き出す。
まったく、うまい算段を考え出したものだ。ハハハハハ」 
 

 
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