最期の祈り(Fate/Zero)
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嘆きは、空に消えていく
高度2000フィート。IS学園の鑑識から完全に逃れきった場所に何かが浮いていた。最近開発された、超高性能鑑識レンズ。遥か遠方でも、自律して対象の監視が行えるだけでなく、口の開きから喋る内容まで読唇出来るという代物だった。
今、レンズには2の男が写っている。1人はタンクトップのような格好に刀を構える青年。もう片方は、草臥れきったサラリマーンのように黒いロングコートを身に纏った人物。一見、彼らの間は僅か10数メートルのように見えた。しかし実際は、もう触れ合う事すら出来ない、そんな距離(溝)があった。
――――――――――――――――――――――――
「……どういう事だよ、切嗣?」
今にも泣き出しそうな顔で問いかける一夏。
「……何でセシリアを撃ったんだよ……?」
織斑一夏は、僅か数日、衛宮切嗣と過ごしただけだ。それだけで、彼の人となりを理解したと豪語する気は毛頭ない。
だが、信じていた。切嗣は絶対に自分から人を……仲間を傷付けるような奴ではないと。そう思わせる位、彼は優しかった。
……優しかっただけに、その反動は大きい。
「何とか言ってくれよ、切嗣!?」
彼の声は、怒鳴るというより、嘆きに近い。
切嗣は依然と何かを考えているようだったが、表情を消すと
「……それを、言うことは出来ない」
淡々と、でもどこか噛み締めるように言った。
――魔術は秘匿されるべきモノ。たしかに、今ここで全てを喋ってしまえば誤解は溶けるだろう。魔術師では無く、魔術使いである自分の力量ではこうする以外、セシリアを救うことは出来なかったと。
だが、その代償として、新たな争いの火種を産むことになる。この世界にISを超える兵器は事実上存在しない。しかし、魔術はどうだ?確かに戦闘に関しては、それと比べるべくもない。だが、部分的にせよ超えている部分もある。例えば、彼の時間操作……
いずれにせよ、魔術という神秘性、ひいては新たな可能性に魅惑させられる者は必ずいるだろう。そして、そこに身を落としていく……
魔術は残酷なモノだ。魔術師としての幸せは、人としての幸福と対局に位置する。ただ、己の路のため……
それは、人としての本来の醜さを象徴するものだ。
そんな醜さに絶望し、例えどれ程さげずまれようとも、どこかで人並みの幸福を願い、魔術師達を葬って来た衛宮切嗣からすれば、そのような可能性を産み出すこと自体論外だ。
例え、周りから理解されなくても……何処かで助かる人が居るなら。
故に、切嗣はその口を閉ざす。
切嗣の考えはひどく合理的で正しくある。恐らく、正義と言っても差し支えは無い。だが、裏を知らない人物からすれば、それは唯の裏切りになる。
「何で言えないんだよ!?俺達は、親友じゃ……」
一夏の叫びは、いっそ悲壮さを漂わせていた。それでもなお、切嗣は揺るがない。
「……オルコットを救う為だった、と言えば信じたか?」
「だから、その理由を……」
「それは言えない。言えるわけがない」
宜もなく切り捨てられる一夏。
「……お前は」
不意に、一夏の声音が変わった。それは聞いたものが恐怖を感じる程の怒り。
「お前は、親友にも話せないような理由で仲間を殺そうとしたのか!?答えろ、衛宮切嗣!!」
もうそこには、嘗て笑いあった2人いなかった。
片や刀を構え、目を怒りに燃やす一夏。
片や、相変わらずの瞳に、表情を表さない切嗣。
こうなる事を選択したのは切嗣だ。例え、大切な友人を失おうとも多数を救う。其が、衛宮切嗣が歩んできた道の1部だ。
……結局、彼は進めて無いのか?恐らく、『仲間を信じる』というのが最良の一手だったであろう。後で事情を話すなど幾らでもやりようはあった。そうすれば、天秤に載っかった2つを溢すこと無く掴む事が出来ただろう。だが、しなかった。そこには、様々な理由があったのだろう。情報がリークする可能性、一夏が危険に合う可能性。だが、本当に彼が仲間を『信じ』無かったのはそんな理由では無い。単純に、怖かっただけだ。2つを取ろうとする、その恐ろしさ。幼き頃、初恋の女に殺すよう乞われたことがった。幼き切嗣は、彼女の生と島での生活、その2つを取ろうとし、失敗した。
故に、彼は天秤の計り手としての運命から逃れられない。
だから、そこに溝が産まれたのは必然だった。
ブレイドを両手持ちに変え、切嗣に突撃する一夏。切嗣は構えない。まるで、お前は話にならないというように。
其が、一夏の怒りに油を注いだ。何の躊躇いもなく、峰打ちとは言えIS専用の武器を振りかざす。
……遅い。
それが、一夏が切嗣に抱いた感想だ。セシリアとの戦闘により、相手の行動に敏感になっている一夏には切嗣の動きは遅すぎた。彼我のさは30cm、刀は振り上げられている。もう彼には避ける手段は無い。この時点で、一夏は自分の勝利を疑わなかった。
しかし、待って欲しい。切嗣に対し、大振りの攻撃が通用するのか。
「なっ!?」
切嗣は徐に手を上げた。それだけで彼の手はつっかえ棒になり、攻撃の勢いを肩の根から殺した。
何も難しい事はない。直線的な攻撃しか無いと分かっているなら、この程度造作もない。
そのまま一夏の背後に回り込み手刀を叩き込み、彼を気絶させる。
「衛宮……切嗣……」
気絶する間際、一夏は初めて怨みをこめ、親しき仲だった彼の名を呼んだ。
地に倒れ伏す一夏。時間にして僅か2分にも及ばないやり取りだった。だがそれは、もう戻らない2分間、2人の中を分けた2分間である。
結局、その場は千冬の手によって一旦収まった。駆けつけた彼女は、セシリアと一夏を救護室に運ぶよう指示をだすと、その場にいた全員を観客席から追い出した。
そして最後に
「衛宮、後で話がある。職員室に来い」
それだけ言うと、彼女はその場を後にした。
――――――――――――――――――――――――
「で、お前はオルコットを撃った理由を喋るつもりはないと?」
「……」
「無言は、了解の意と考えるぞ」
「……」
職員室にて、千冬は切嗣に尋問を行なっていた。千冬としては、何とか切嗣を助けたい、その一身故の行動だった。これより彼を襲うのは一夏の刀では無い。イギリス政府からの追撃だ。セシリア・オルコットという、イギリスきっての有望株を殺されかけたのだ。そう安々と黙っている訳にはいかない。
そうならない為にも、千冬は切嗣の行為の正当性を探していた。だが、当の本人がこれでは動くに動けない。
一つ大きなため息をつくと、彼女は感情と正反対の言葉を紡いだ。
「なら後日、お前はイギリス政府に召喚されるだろう。拒否権はない。いいな?」
「……構いません」
一言、何の感情も交えず声を出す。
千冬自身は何か重大な事情が有るのではと疑っていた。千冬が切嗣と関わった時間は一夏より短い。だが、それでも一夏と同じように、切嗣の優しさには気付いていた。
彼が優しくない、その前提に立つと、どうしても不可解なあった。切嗣がセシリアを撃ったとき、切嗣の表情は無かった。喜ぶでもなく、悲しむでもなく、あくまで無表情。つまり、そこに彼の感情は無く、ただ義務に従っただけだった。言い換えると、彼にはセシリアを撃つ何らかの理由が有ったに違いない。故に、千冬は切嗣を信じる。衛宮切嗣は信用に値する、優しい人物であると。
だが、これはあくまで個人の感想。イギリス政府を黙らせるには、力不足依然の話だ。彼女に出来ることは何もない。だから
「最後に、やるべきことはあるか?」
切嗣の願いを叶えてやる、それだけが千冬に出来る手向けだ。
――――――――――――――――――――――――
コンコン
ドアを叩く音に、セシリア・オルコットは目を覚ました。
セシリアが気を失ってから7時間。知るよしも無いが、切嗣がかけた治癒魔法により体の傷は殆ど癒えていた。
「ここは?」
最後に見たのは、アリーナだったので、自分が何処にいるか解らなくなった。
「救護室だ」
答えは扉をノックした人物から返ってきた。
「衛宮さん……」
そこに居たのはよれっとした人物、衛宮切嗣だった。
切嗣が千冬に頼んだのは、セシリアとの面会だった。
(僕らしくも無い……かな)
自嘲気味に心の中で自分を嘲笑うと、目の前の人物に意識を集中させる。
「具合は……どうだい?」
彼女から返事が返って来ることは期待せず、一番訊きたかった事を尋ねた。
「……あの泥を被った時よりは、幾分かは良くなりました」
切嗣の予想外に反して、セシリアは目を会わせることは無いものの、返事を返した。「……そうか。でも驚いたな。返事を返してくれるなんて」
おどけるように、少し笑いながら思ったことを言ってみた。
「夢を見ました……」
しかしそれには乗らず、彼女は独白を始めた。
「小さな子供が、幸せそうに遊んでいる夢を」
「その子の側には、優しい人達と、愛すべき父親と、初恋の人がいました」
「その子は、この幸せはいつまでも続くと信じていました」
……待て、その話は、
「お、オルコット……」
「ある日、少年の初恋の人が、父親の何らかの実験の薬を服用してしまい見るもおぞましい姿に身をやつしていました」
切嗣には、その話に聞き覚えがあった。いや、むしろその話を誰よりも良く知っている。
「少年は、殺すように乞う少女に背を向け助けを呼びに行き、結果として島ひとつを壊滅させてしまいました」
「その後、彼はこのような実験をしていた父を殺し、自分を助けてくれた女性と一緒に行く。そんな夢を見ました」
「……」
切嗣は何も喋らない。いや、喋らない。
恐らく、魔術治療を行った際に、体に残った切嗣の魔力が切嗣の過去を夢として見せたのだろう。
「ここで、夢は終わってしまいました。……衛宮さん、一つ聞かせて下さい。」
そこでセシリアは、初めて切嗣と真正面から向き合った。
「あの少年が貴方だとは思えません。ですが、
貴方は何で、そんな悲しそうな瞳をしているのですか?」
後書き
すいません。推敲を重ねていたら、随分時間が経ってしまいました。次の更新は……また少し日があくかもです。
ps 眠い目を擦りながら書いたので、文章表現が更に悪化していたかもしれませんが……見逃して下さい。
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