DQ11長編+短編集
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分かち合う痛み
前書き
異変後の世界、神の乗り物を呼び出せるようになってからの話。主人公、セーニャ。
勇者の剣を作成する為に奔走しながらも、とあるキャンプ地で皆思い思いに休息をとっている時の事だった。
「⋯⋯ジュイネ様、少し宜しいでしょうか?」
「え⋯⋯何かな、セーニャ」
「皆様からは少々離れた場所へ⋯⋯お話があるのです。他の皆様にはそう伝えてありますから」
「そう⋯⋯分かったよ」
「───ここからは月がよく見えて、とても明るいですわね」
「そうだね⋯⋯」
「ジュイネ様、私に⋯⋯私達に、何か隠している事がありませんか」
「そんなこと、無いけど」
「私、ジュイネ様と再会してすぐ皆様と聖地ラムダへ向かい、お姉様の事もあって⋯⋯ジュイネ様の微かな異変に気付けていなかったのです。⋯⋯断髪し、お姉様の魔力を受け継いだ後に、ジュイネ様の様子に違和感を覚えました」
「⋯⋯⋯⋯」
「特に、翌日ジュイネ様と二人で勇者の峰へ向かった時⋯⋯息切れが激しかったのが気にかかったのです」
「セーニャは、山育ちだから山道が得意だって言ってたよね。僕はそうじゃないだけで⋯⋯気のせい、じゃないかな」
「⋯⋯誤魔化さないで下さい」
「────」
セーニャが真っ直ぐに真剣な眼差しを向けて来る為、気後れしてしまうジュイネ。
「魔王が誕生し命の大樹が落下したあの日から、ずっと体調が優れない⋯⋯胸元が、疼くのではないですか」
「大丈夫だよ、だって僕は運良く⋯⋯いや、違う。───ベロニカが魔王の目を欺く為に、海底王国のある近海に僕を飛ばしてくれたんだと思うけど、そのお陰で女王セレン様に手厚く介抱してもらって回復したから、問題ないよ」
「それは、どれくらいの期間ですか?」
「えっと⋯⋯半月、くらいかな」
「違いますね。───ウルノーガからあれだけの瀕死のダメージを受けて、半月で回復するとは思えません。例えそれが、海底王国の女王セレン様のお力だとしても」
「───⋯⋯」
「正直に、お答え下さい」
ジュイネはこれ以上セーニャに誤魔化しは効かないと思い、本当の事を話す。
「数ヶ月⋯⋯眠り続けてたって、言われたよ。長く苦しんでたとも、言われた。海底王国で介抱されているのを魔王に勘づかれないように、魚の姿に変えられてたみたいだけど」
「やはりそうでしたか⋯⋯。そして、完全には回復しなかったのですね」
「うん⋯⋯。セレン様は手を尽くしてくれたそうだけど、胸の部分⋯⋯勇者の力を奪われる際に、闇の呪いをもたらされたらしくて、それがどうしても解けなくてずっと渦巻いてるって。魚の姿の時はあまり感じなかったんだけど、人間の姿に戻ってからずっと⋯⋯胸の疼きは続いてる」
「───普通なら、あのように胸元を貫かれ、激しい闇の力を直接注ぎ込まれれば⋯⋯即死です。けれどジュイネ様は、その直後でもぎりぎり意識を保っていた⋯⋯何故だか、分かりますか」
「勇者の力を⋯⋯完全には奪われてなかったから、でしょう。おかしいとは思ってたんだ、あの時⋯⋯確かに左手の甲のアザは消えたはずなのに、海底王国で介抱された後海から釣り上げられて魚から人間に戻った時には、アザもうっすらと戻ってたんだ。単に僕が多少回復したからってだけじゃ、説明がつかないと思う」
「そうですわね⋯⋯勇者の力は、ジュイネ様の中で根強く残っていた。ウルノーガもそれを分かっていたからこそ、自身が魔王になり世界崩壊の後も執拗にジュイネ様を探していた⋯⋯」
「ユグノア城跡の地下で、亡くなった本当の両親の魂に逢って勇者の力が復活したみたいなんだ。それでも⋯⋯胸の疼きは無くならなかったけど、少なくとも海底王国から人間の姿に戻って以降よりは、和らいでいたんだ。だけど───」
「お姉様の事で、再び胸を痛めてらっしゃるのですね。その症状も強まるわけですわ」
「ごめん⋯⋯セーニャはちゃんと前を向いてるのに、僕は」
ジュイネは胸元を片手で掴み、苦しげな表情を浮かべる。
「貴方はとても優しい方だから⋯⋯全てを背負い込んでしまう。多くの人々の命も、ベロニカお姉様の命も、奪ってしまったのは全て自分のせいだとお思いなのですね」
「優しいのは、仲間のみんなの方だよ。僕が特別なわけじゃない。みんなだって⋯⋯あの時のことは、自分の責任でもあるって感じてることぐらい分かる。胸の疼きのことも、はっきりとは伝えてないけど、みんな僕に必要以上に気を遣ってくれてるのが分かるもの。ロウじいちゃんに、お祓いしてもらってもみたけど⋯⋯駄目だった」
「───ジュイネ様、一度脱いで下さいませ」
「はっ、え? 急に何を言うのセーニャ⋯⋯?」
「直接、胸元を診たいのです。海底王国の女王セレン様ですら解けなかった闇の呪いをどうにか出来るとは限りませんが⋯⋯それでも、何もしないよりはマシでしょうから」
「そっか⋯⋯うん、分かった」
セーニャの見ている前で上着を脱ぎ始めるジュイネ。
「そこの岩場に座って頂けますか? 月明かりで良く見えますから」
「うん⋯⋯」
「───⋯⋯」
セーニャはジュイネの胸元と背中をじっくりと診察し、あの日ウルノーガに貫かれた箇所が、月明かりの元でもよく分かるほどにどす黒く染まっているのを目にする。
「(なんて、痛ましい⋯⋯ジュイネ様は、あれからずっとこんな呪いを抱えていただなんて)」
「どう、かな⋯⋯」
「そう、ですね⋯⋯。────」
強く祈りを込めて、セーニャは両の手をジュイネの胸元にかざし、あらゆる癒しの呪文をかけ続ける。
「⋯⋯⋯⋯」
されるがまま、目を閉ざしているジュイネ。
「⋯⋯やはり、そう簡単にはいきませんわね。闇の呪いをもたらしたウルノーガ自身を倒せば自ずと解けるにしても⋯⋯それまで胸の痛みに耐えなければならないのは───」
「僕なら、大丈夫。みんなが居てくれるなら、どんなにつらくても頑張れるから」
「ジュイネ、様⋯⋯」
その微笑が儚くも目を奪われるセーニャ。
「それに、さっきまで疼いてた胸の痛みも引いてきたよ。きっとセーニャのお陰だね、ありがとう」
「そうだと、いいのですが⋯⋯」
背中にまで及んでいる、黒ずみ変色している皮膚にセーニャは片手でそっと触れる。
「⋯⋯っ!」
一瞬、ジュイネの身体がビクッと反応を示す。
「やはり⋯⋯触れられるだけで痛みますか?」
「う、うん⋯⋯ちょっとだけ」
「⋯⋯⋯⋯。早く、なるべく早く魔王を倒さなくてはなりませんね」
「そうだね、そうしないと⋯⋯地上のあらゆる生命が失われてしまうし。だけど、焦って無策で突っ込むわけにもいかないから、今はとにかく勇者の剣を作成出来るようにならないと」
言いながら上半身の衣服を着直すジュイネ。
「衣服の上からなら⋯⋯痛みませんか?」
「⋯⋯え?」
セーニャはジュイネの背中に額を寄せ、両の腕を胴に回しぴったりと背後から寄り添う。
「だ、大丈夫、だけど⋯⋯どうしたの、セーニャ」
「ジュイネ様が抱えられた痛みを、少しでも分かち合えたらと⋯⋯思うのですが」
セーニャの消え入りそうな声が、背中から伝わるのを感じる。
「そう思ってくれるだけで充分、分かち合ってもらってるよ。ありがとう、セーニャ」
「⋯⋯⋯⋯。あなたの背中は、お姉様の分まで私がお守り致します。闇の呪いで胸の痛みが強い時は、私が前に出てジュイネ様を守ります」
「頼もしいな⋯⋯セーニャは強くなったよ、本当に」
「お姉様の、意思を継ぐ為ですもの、強くもなります。⋯⋯というより、強くあらなければならないのです。ジュイネ様を最後まで、守り通す事こそが私の使命ですから」
「───生き抜いてもらわないと、困るよ。もう誰も⋯⋯勇者である僕のせいで、亡くなったり傷ついたりしてほしくないから」
「それも、分かっていますわ。⋯⋯ジュイネ様にはもう、悲しい思いはさせませんから。それに私は⋯⋯あなたが勇者だから守るのではありません。確かに、始めのうちはそうでした。けれど今は⋯⋯ジュイネ様だからこそ守りたいのです。仲間の皆様も⋯⋯このロトゼタシアという世界も、そこに生きる人々だって」
「⋯⋯⋯⋯」
「ベロニカお姉様もきっと、同じ想いだったでしょう。本当なら生きて、ジュイネ様を守り続けたかったはずです。けれどあの場は⋯⋯大樹崩落時は、ああする他なかった。自分の事よりも私達をあの場から脱出させる事を優先し、力尽きてしまった。───もしあの時、気を失わずに私にも意識があったならと⋯⋯何度思ったか」
「僕だって、そうだよ。けどベロニカだったら⋯⋯やっぱりあの場は自分の力だけで、僕達を脱出させたと思う。自分の身も顧みずに⋯⋯。ベロニカにはよくボーっとしてるとか、ビシっと決めてくれないとか言われて⋯⋯守られる努力をしなさいとも、言われたな。その結果が、ベロニカを失うことになるなんて⋯⋯勇者が聞いて呆れるよね。ベロニカには最初から最後まで守られてばっかりで⋯⋯僕が守ってあげられたことなんてほとんどなかった。今だって変わらず仲間のみんなに守られて⋯⋯自分が、情けないよ」
そう述べるジュイネの声が、微かに震えているのにセーニャは気付く。
「私も、とても賢く精神的にも強いお姉様と違って⋯⋯出来損ないのグズな妹ですわ。お姉様と双賢の姉妹だなんて、胸を張って言えないほどに。⋯⋯それでもベロニカお姉様は、言葉は多少辛辣でも一度だって私を見離すような事はしませんでした。ありのままの私を⋯⋯受け入れて下さっていたのだと思います」
「──────」
「守られてばかりで情けなくても、出来損ないのグズだとしても、諦めるわけにはいきません。失った痛みを抱え分かち合いながら、私達は生きて行くのです。魔王誕生で犠牲となった多くの人々に、償う為にも」
「⋯⋯⋯セーニャこそ、勇者だよ。『勇者とは、決して諦めない者のこと』だって、海底王国の女王セレン様も言っていたから。仲間のみんなだってそうだ。諦めない人は、きっとみんな勇者だ。───命の大樹から紋章を授かった僕だけが、勇者なわけじゃない。ベロニカだって、死の淵にあっても諦めずに僕らに希望を託したんだ。誕生させてしまった魔王は、必ず討つよ。勇者として、というよりも⋯⋯何より、僕自身のケジメとして」
end
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