DQ11長編+短編集
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溯る先に失い得るもの
「──⋯⋯ベロニカお姉様を蘇らせる為には、世界ごと過去へ時間を巻き戻す必要がある⋯⋯そしてそれが出来るのは、勇者であるジュイネ様だけ⋯⋯現在の記憶を持って過去へ戻る事が出来るのも、ジュイネ様ただお一人だなんて」
「そこまでして⋯⋯あのベロニカが喜ぶと思うか? あの時のベロニカの想いを、失くしちまうのかよ。オレ達を命懸けで守ってくれた、あいつの想いを───」
「確かにあの時、我々は多くのものを失った。⋯⋯だからこそこの世界を復興せねばならん。ベロニカを蘇らせる方法が、既に起こってしまった出来事を無かった事にするというのは、話が違い過ぎるわい」
「俺達も現在の記憶を持って過去へ戻れるなら、まだ話は判らなくもない⋯⋯しかし、勇者であるジュイネしか現在から過去へ戻れないなど⋯⋯それでは、ジュイネだけが罪の意識を背負い続ける事になってしまうではないか」
「そうよね⋯⋯みんなで楽しい事も辛い事も経験してきたから今があるのに、過去へ巻き戻ったらそれを誰ともジュイネちゃんは共有出来なくなるわけでしょ? それって、辛すぎるわよ⋯⋯」
「私達も、今の私達を失くす事になる⋯⋯それって、とても怖い事だわ。大切な仲間や多くの命を失った経験があるからこそ、それをみんなで背負って明るい未来へ向けて歩み出したのに⋯⋯」
セーニャ、カミュ、ロウ、グレイグ、シルビア、マルティナはとこしえの神殿にてそれぞれの思いを口にした。
「なぁジュイネ、お前はどうなんだ。お前なら⋯⋯どうする」
「───⋯⋯行けないよ。過去へは行きたく、ない」
カミュの問いに、ジュイネは俯く。
「ごめん、セーニャ⋯⋯。僕も、ベロニカの想いは無駄にしたくないんだ。確かに、魔王誕生前に戻って、ベロニカや多くの人の命を失わずに済むかもしれない。けど、失っても得られたかけがえのない絆もあって、それを⋯⋯無かった事になんて、したくない」
「⋯⋯⋯⋯」
「それに⋯⋯そんなことしたら、僕の勇者としての罪を無かったことにしてしまったら、それこそ僕らのしてきたことを、諦めることになる。そんなの、ベロニカに顔向け出来ないよ」
「じゃろうなぁ⋯⋯。わしらとて、お主だけに全てを託して過去へ遡らせるなど、しとうない。これ以上、愛する孫に辛い思いをさせとうないんじゃ」
「私達は、皆でこれまでの経験を良くも悪くも背負ってこの先も生きていかなければならないの。⋯⋯ジュイネだけに、これ以上重荷を背負わせる気は無いわ。貴方がもし行くと言っても、私達は全力で阻止するから」
ロウとマルティナはそう述べ、シルビアはセーニャを気遣う。
「セーニャちゃんの気持ちは、どうなのかしら⋯⋯?」
「私、は⋯⋯私は、───ジュイネ様だけに辛い思いをさせてまで、お姉様を蘇らせるような事は、出来ません。お姉様のお陰で“今”の私達が居て⋯⋯それを失くすような行為は、それこそお姉様を二度死なせてしまう事にもなる⋯⋯そう、思うのです」
「あぁ、そうだぜ。⋯⋯だからこの話はもう終わりだ。悪いな、時の番人さんよ。もう二度と、オレ達はここには来ないからな」
カミュの言葉を最後に、一行はとこしえの神殿を後にし復興中のイシの村へ⋯⋯───そして、深まる夜更け。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「───⋯⋯ジュイネ」
「!! ベロニカ⋯⋯!?」
「やぁね、そんなに驚かないでよ。まるで死人でも見るような顔して⋯⋯って、あたし死人だったっけ」
大人の姿でおどけて見せられても、冗談として片付けられないジュイネ。
「⋯⋯⋯⋯」
「そんな事はいいのよ。⋯⋯命の大樹も復活した事だし、ちょっと夢で逢いに来てみたかったの。この姿が本来の、大人のあたしの姿なんだけどね」
「ベロニカ、僕は───」
「はいそこまで! ⋯⋯謝るのは無しよ」
「⋯⋯⋯っ」
「あたしね、魂の欠片としてセーニャの中であんた達の事ずっと見守ってたのよ」
「そう、だったの⋯⋯?」
「えぇ。⋯⋯ジュイネ、過去に遡らないと決めたあんたの決断は正しいわ」
「本当に、そう思ってくれる⋯⋯?」
「そこで自信無さげになってどうするのよ。⋯⋯言ってたでしょう、今までのかけがえのない絆を丸ごと否定して無かった事にするなんてしたくないって」
「⋯⋯⋯ベロニカが命懸けで僕達を守ってくれた想いを無駄には⋯⋯無かったことには、出来ないから」
「うん、それでいいのよ。過去へ戻ってやり直すっていうのは、“今この時”を否定する事に他ならない。そんな事してまで、あたしは蘇らせてほしいとも思わない。あんた達は、“今”を生きて。過去の出来事を否定せずに、ね」
「⋯⋯うん」
『本当ニ ソレデ イイノカ?』
ジュイネとベロニカの間に染み出るように現る、小さき黒い存在。
「なっ、こいつ⋯⋯!? 」
「そいつは確か、サマディー地方で見かけた普通のヨッチ族とは違う黒いやつ⋯⋯。ベロニカにも見えるの?」
「まぁね、死んじゃってからだけど」
『オ前ハ 魔王ヲ 誕生サセタ 無力ナ 勇者⋯⋯ソレハ 魔王ヲ 倒シテモ 同ジコト⋯⋯』
「⋯⋯!」
「ジュイネ、そいつに耳を貸してはダメよ。何たってそいつは───あぁっ?!」
「ベロニカ!?」
細長く黒い触手が、ベロニカを縛り捕らえる。
『コノ 娘ノ 魂ノ 欠片⋯⋯捕食 スル』
「何だって⋯⋯?!」
『欠片 大樹ヘ 戻レナイ。本体ノ魂 魔王誕生ノ 爆心地ニ 消エタ。二度ト 循環ニ 戻レナイ』
「ベロニカの魂は、魔王誕生時にほとんど消えて⋯⋯欠片も、二度と命の大樹の循環に戻れないということ⋯⋯?」
「バカ言わないで、あたしの魂は⋯⋯! ぁぐっ」
ベロニカはギリギリとキツく触手に締め付けられる。
「ベロニカ! ───くそ、やめろ!!」
小さき黒い存在の触手を引き剥がそうとするジュイネだが、触れられずにすり抜けてしまう。
『大樹ガ復活シテモ 多クノ魂 循環ニ 戻レズ 消エタ。無力ナ勇者⋯⋯全テハ オ前ノセイ』
「⋯⋯っ!!(じゃあ、母上と父上も───)」
「それは、違っ⋯⋯!」
「どう、すれば⋯⋯どうすれば、いいって言うんだよ⋯⋯」
『過去ヘ戻リ 魔王誕生ヲ 阻止セヨ。方法ハ ソレシカナイ』
「(だめ⋯⋯だめよジュイネ⋯⋯そいつの言う事を聞いたら⋯⋯! く、声が届かない⋯⋯っ)」
「お前の⋯⋯お前の、目的は何なんだ」
『貴様ノ 知ルトコロデハ ナイ』
「⋯⋯⋯⋯」
『コノ娘ノ 魂ノ欠片 妹ノ 中ニサエ 存在スレバ 過去ヘ 問題ナク 戻レル』
『ダガ 今ココデ 我ガ 魂ノ欠片 捕食 スレバ 現在ノ コノ娘ノ 存在ノミ 全テノ記憶カラ 消エ失セル
過去モ 同様ニ 存在シナクナル』
『ソレハ 本当ノ 死ヲ 意味スル』
「────っ。過去へ戻って魔王誕生を阻止する以外に、僕に選択肢は無いということか」
『ソウイウ コトダ』
「(やめて⋯⋯それじゃあ、ジュイネ自身が───)」
「分かった、過去へ遡る。⋯⋯だから、ベロニカの魂の欠片を解放してセーニャに戻してくれ」
『イイダロウ。約束 違エルナヨ。イツデモ コノ娘ノ 魂ノ欠片ヲ 捕食 出来ルノダ カラナ』
触手からベロニカを解放する黒き存在。
「ジュイネ、だめよ⋯⋯こいつはあんたを」
「ベロニカ、待ってて。ベロニカも⋯⋯多くの人々の命も救いに、過ぎ去りし時を求めて世界を救い直すから」
「⋯⋯───っ!!」
ベロニカの悲痛な声無き声と共に、ジュイネの意識は急速に現実へ引き戻される。
「──イネ、ジュイネ、しっかりしろッ⋯⋯!」
「───っ! グレイ、グ⋯⋯?」
「かなり、魘されていたぞ。悪い夢でも見たのか」
「⋯⋯⋯⋯」
他の仲間も集まっていて、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「顔色が良くないわ⋯⋯何か、落ち着く飲み物でも作りましょうか」
「もうすぐ朝を迎えるが、ジュイネは暫く休んでおいた方が良いじゃろう⋯⋯」
「だな。イシの村の復興は今日くらいオレ達に任せて、お前は休んでろよ」
マルティナ、ロウ、カミュはそう述べる。
「セーニャちゃん、ジュイネちゃんに竪琴の音色を聴かせてあげたらいいんじゃないかしら」
「そうですね⋯⋯少しでもジュイネ様のお心が休まれば───」
シルビアに提案され竪琴を構えるセーニャ。
「いいんだ、もう⋯⋯いいんだよ」
竪琴の音色を遮り、おもむろに身体を起こすジュイネに怪訝な表情を浮かべるグレイグ。
「何が⋯⋯いいというのだ?」
「───世界を救い直すって、決めたから。今のこの世界を⋯⋯過去へ巻き戻すって」
「何だとッ? ジュイネ、本気か?」
「何言ってんだジュイネ、そんな事したら今までオレ達がしてきた事を否定して諦める事になるって言ったのは、お前だろうが!」
カミュがジュイネの胸ぐらを掴んだ為、シルビアが止めに入る。
「ちょっとカミュちゃん、おやめなさいって⋯⋯!」
「世界を救い直す、か⋯⋯。聞こえはいいが、お主がしようとしているのは、今ここに居るわしらを無かった事にしてしまうのじゃぞ」
「その通りです⋯⋯。お姉様のお陰で“今”の私達が居て、それを失くす行為はそれこそ、お姉様を二度死なせてしまう事になる、と⋯⋯私は言いましたよね。そしてジュイネ様は、お姉様の想いを無駄にしたくはないと仰った」
「ジュイネ、考え直してくれ。悪い夢を見た直後で、気持ちが乱れているんじゃないのか? ⋯⋯これまでの絆を丸ごと否定して無かった事にはしたくないと、言っていたではないか」
ロウ、セーニャ、グレイグはそう言い聞かすが、ジュイネは突如片手を空へ向けライデインを放ち、共同テントとその場の仲間を吹き飛ばす。
「くっ⋯⋯! 本気、なのねジュイネ⋯⋯。なら私達も、本気で貴方を止めさせてもらうわ!」
戦闘態勢をとるマルティナ。
「ごめん、みんなをこれ以上傷つけるつもりはないから、忘れて。⋯⋯みんなで、今度こそ世界を救い直そう。過去で、待っててよ。必ず、みんなを迎えに行くから」
ふわりと急に空の彼方へと消える。
「ルーラを使いおったか⋯⋯! しかしとこしえの神殿へは直接ルーラでは向かえないはず⋯⋯。だとするとルーラで何処かへ向かいそこから天空のフルートを使ってケトスを呼ぶ気じゃな⋯⋯!」
「⋯⋯みんな見て! 北の方角へケトスちゃんが飛んでいくわよ!?」
「あいつ、本気で独りで⋯⋯ッ」
「⋯⋯──いいや、独りではない」
「グレイグ、様⋯⋯?」
ロウ、シルビア、カミュは悔しい気持ちで空を見上げ、グレイグは独りごちするように呟いた為セーニャは怪訝そうな顔を向ける。
「俺達は記憶を持っていけないにしても、皆で過去へ戻るのだ。ジュイネと共に⋯⋯」
「グレイグ様は、本当にそれでいいのですか⋯⋯? 私達と、敵対していた頃に戻ってしまうのですよ。ジュイネ様と築かれた絆を忘れて───」
「ジュイネが、覚えてくれている。それだけで、構わない。⋯⋯それに俺はもう一度、必ずやジュイネに命を預けジュイネの盾となる事を誓うだろう。───だから俺は、ジュイネが決めた事を否定しない。共に、世界を救い直すまでだ」
「───きて⋯⋯起きて下さいませ、ジュイネ様⋯⋯!」
「──⋯⋯!」
セーニャの必死な呼び掛けで目を覚ますジュイネ。
「はぁ⋯⋯良かったですわジュイネ様、お目覚めになられて」
「みん、な⋯⋯?」
「一体どうしたんじゃジュイネ、急に聖地ラムダの大聖堂から居なくなるとは」
「そうよ~、驚いちゃったわよ! 里にも居なくて外まで捜しに来たらジュイネちゃん、仰向けで眠ってるんですもの!」
「魔物に襲われなくて良かったわ⋯⋯、黙って一人で居なくなっちゃダメよ」
「大聖堂で話し合いしてる最中に居なくなって、こんなとこで昼寝とは⋯⋯いくらおっとりしてるからってマイペース過ぎるぞジュイネ」
ロウ、シルビア、マルティナ、カミュにそう言われ、まだどこか朦朧とする意識を何とか立て直そうとするジュイネ。
「え? あ、そうだったの? ごめん⋯⋯。あれ、ベロニカは───」
「お姉様でしたらジュイネ様を捜すのを私達に任せて、ご自身はジュイネ様がすぐ見つかるように祈っておくと仰ってましたわ」
「そう、なんだ。───グレイグは、どうしてる?」
「グレイグ⋯⋯? どうしてグレイグの事を気にするの? 彼は今も、ジュイネを悪魔の子として追っているのよ。ミルレアンの森では、他に用が出来たとかで私達を捕らえるような事はしなかったけれど」
マルティナに言われてジュイネは、まだグレイグが仲間になっていない事を思い出す。
「そう、だったね。ごめん」
「謝る事はないけど⋯⋯大丈夫、ジュイネ? 顔色が良くないわ、すぐに里へ戻って宿屋で休んだ方が」
「僕なら、平気だよマルティナ。心配してくれてありがとう。⋯⋯すぐに、ベロニカが待ってる大聖堂に戻らないとね」
「なぁジュイネ⋯⋯この無骨な大剣、まさかお前のなのか?」
「───え?」
「ジュイネちゃんの近くに突き立ってあったのよねぇ⋯⋯こんな禍々しい大剣、ジュイネちゃん持ってたかしら??」
「わしらが触れようとすると弾かれるんじゃよ。お主にしか扱えないのかのう⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯」
カミュ、シルビア、ロウが訝しむ禍々しき黒い大剣に恐る恐る触れてみても、ジュイネには特に問題なく掴めると分かって地面から抜き取った。
「うん、これは僕の⋯⋯大剣だよ。僕以外は、触れない方がいい」
「お前にしちゃあ似合わない大剣だな⋯⋯いやまぁ、そんな事よりラムダの大聖堂に戻るか。ベロニカの奴も、あれでお前の事心配してるしな」
「(ベロニカ⋯⋯───)」
聖地ラムダの大聖堂にて。
「⋯⋯⋯あっ、ジュイネ! 急にどこ行ってたのよ! これから始祖の森へ行って命の大樹に向かうって時に、呑気に里の外で散歩でもしてたわけっ?!」
「お姉様、落ち着いて下さい⋯⋯! ジュイネ様はお昼寝をなさっていただけですわ?」
「セーニャ⋯⋯あんたが荒野の地下迷宮で魔物の目も憚らず寝てたのを思い出すわね。あんた達のそのマイペースっぷり、ほんとそっくりだわっ」
「───ベロニカ、よく顔を見せて」
片膝をついて目線を合わせるジュイネ。
「え? な、何よいきなり。レディに対して失礼よ、顔をじろじろ見るなんて⋯⋯」
「⋯⋯よかった、いつものベロニカだ」
笑顔を向けたつもりが、逆にベロニカを心配させてしまったらしい。
「ちょ、ちょっと⋯⋯何でそんな、泣きそうな顔してるのよ⋯⋯調子、狂うわねっ。あたしはちゃんとここに居るわよ、だから安心なさいジュイネ」
「⋯⋯⋯うん」
───始祖の森、祭壇から命の大樹の元へ。その間ずっとジュイネの意識は朦朧としていた。
「(何だか⋯⋯頭がずっとふわふわしてる⋯⋯。この後、どうなるんだっけ───)」
「さぁジュイネよ、命の大樹が内包しておる剣を手にするのじゃ。勇者のお主ならば、出来るはず」
「うん⋯⋯」
ロウに促され、命の大樹の魂に進み出るジュイネ。
「(命の大樹の蔦が解けて、勇者の剣に、すぐ手が届きそうだ⋯⋯。けど、ここで手を伸ばしてしまったら)」
そこでジュイネはハッとした。
「(───っ! そうだ、この直後にホメロスが強力な闇の力を僕達に⋯⋯。あの闇の力に対抗するには、この、魔王の剣で⋯⋯!)」
「(ククク⋯⋯悪魔の子ジュイネよ、あの方から賜った闇の力にひれ伏すが良い⋯⋯!!)」
「───させるかっ!」
放たれた闇の力を魔王の剣で瞬時に相殺する。
「なッ⋯⋯?! 貴様、今何を───」
「!? てめぇホメロス! いつの間にオレ達をつけていやがった!」
「フン、尾行にも気付かぬドブネズミ共が⋯⋯私の目的はジュイネただ一人!」
「そうはいかないわ!!」
マルティナがホメロスに飛び蹴りをかますが、難なく弾かれてしまう。
「はしたない真似をされるなマルティナ姫よ⋯⋯貴女は私にとってこれから起こる大災の犠牲となる一人に過ぎないのだ!!」
強力な闇のオーラを放つホメロス。
「(させない⋯⋯今度こそ僕の手でみんなを守る!!)───はぁああっ!!」
「何ッ⋯⋯、闇のオーラを受け止めて斬り裂いただと⋯⋯?! その剣は、一体───」
「凄いわ、ジュイネ⋯⋯!」
「(ジュイネ、あんたまさか⋯⋯)」
マルティナは感嘆するが、ベロニカは何かを察するようにジュイネを見つめる。
「クッ⋯⋯悪魔の子ジュイネよ、悪魔の子と手を結びし者共よ! この命の大樹を貴様らの墓標としてくれよう!!」
「やらせるもんですか⋯⋯! 《メラミ》!! ⋯⋯!? 効いてない?!」
「ベロニカ下がって! そいつの闇のバリアは、きっとこの剣でしか破れない! ───たあぁ!!」
「ぐぁッ、何故だ⋯⋯貴様は何故そのような剣を持っている!? それは、まるで───ッ」
「今なら攻撃が効く! みんな、一気にカタをつけよう!!」
「頼もしいな相棒、了解したぜッ!」
「カッコイイわジュイネちゃん⋯⋯! って、見とれてる場合じゃないわね、アタシもやるわよぉ!」
「ジュイネ様、なんて勇ましい⋯⋯。全力でサポート致しますわっ!」
「やりおるのう、わしも負けておれんわい!」
「そうよ、こんな所でやられてたまるものですか!」
「(ジュイネ⋯⋯)」
カミュ、シルビア、セーニャ、ロウ、マルティナ、ベロニカは強力な闇の力をものともしないジュイネと共にホメロスを見事倒した。
「──⋯⋯馬鹿、な⋯⋯この私が、敗れるなどと⋯⋯ッ」
「(はぁ、はぁ⋯⋯身体が、鉛のように重い⋯⋯。闇の力に、魔王の剣で対抗するというのは⋯⋯思った以上に、反動が大きい)」
「認めぬ⋯⋯認めぬぞ、これではあの方に顔向けが出来ん⋯⋯! ───はあぁッ!!」
自身で闇の力を振り絞り一撃をジュイネへ放つホメロス。
「せやあっ!(⋯⋯⋯?! 今の攻撃を弾いたら、魔王の剣が粉々に───)」
「く、そ⋯⋯こんな、はずでは⋯⋯ッ」
ホメロスはその場に倒れ込み、いつの間にかその後方にはデルカダール王とグレイグ将軍が姿を現していた。
「───これは一体、どういう事だ」
「(デルカダール、王⋯⋯? ───そうだ、あいつは⋯⋯!)」
「ホメロスを追い、デルカダール王と共にここまで来てみれば⋯⋯この場で、何が起こったというのだ」
「(⋯⋯! グレイグ)」
「(⋯⋯? 悪魔の、子⋯⋯。いや、違う⋯⋯何だ、この感覚は。彼は⋯⋯いや、ジュイネは───)」
「お助け、下さい⋯⋯どうか、次こそは⋯⋯!」
「⋯⋯──ぬんッ」
容赦無くホメロスを斬り捨てるデルカダール王。
「ぐああぁ⋯⋯ッ」
頽れて消滅するホメロスを、見ている事しか出来なかったグレイグ。
「(⋯⋯ッ! ホメロス───)」
グレイグは後に残ったペンダントを拾い上げた。
「⋯⋯⋯⋯」
「グレイグ将軍、よくぞホメロスの暗躍を見破った。奴は魔の者に魂を売り、命の大樹の魂の力を我が物にしようとしていた。⋯⋯そしてそれを阻止したそなた達の功績も大きい」
ジュイネ達へ向け言葉を掛けるデルカダール王。
「お父、様⋯⋯?」
「ん? ⋯⋯おぉ、そなたはまさか、我が娘マルティナか? よくぞ、生きていてくれた。さぁ、よく顔を見せてくれ」
「はい⋯⋯」
戸惑いつつデルカダール王に近寄るマルティナ。
「───して、ジュイネよ⋯⋯これまでの無礼を詫びさせて欲しい。全ては魔に染まったホメロスに誑かされたのだ。そなたは悪魔の子などではなく、れっきとした勇者。改めて、命の大樹から勇者の剣を授かるが良い」
「───⋯⋯」
「どうしたのじゃジュイネ、俯いたりしおって。胸を張るのじゃ、あのデルカダール王がお主を勇者と認めたのじゃぞ」
「⋯⋯分かってる」
ロウに言われ大樹の魂に向き直り、蔦が解かれ内包されている勇者の剣を手に取る。
「おぉ、何と眩い⋯⋯ッ! さぁジュイネよ、その勇者の剣を我によく見せてくれ」
「⋯⋯⋯⋯」
振り向くもののデルカダール王に歩み寄ろうとはしないジュイネ。
「⋯⋯どうしたのだ?」
「───う⋯⋯っ」
「!? おいジュイネ、大丈夫か⋯⋯?!」
倒れ掛かるのをカミュが咄嗟に抱き支え、シルビア、セーニャも気が気でない。
「ジュイネちゃん、しっかり⋯⋯!」
「ジュイネ様⋯⋯!」
「ジュイネ!」
デルカダール王から離れ駆け寄るマルティナ。
「先程の闘いで無理をしおったか⋯⋯!?」
「⋯⋯⋯⋯」
ロウもジュイネの身体を案じるが、ベロニカは何とも言えない複雑な面持ちをしている。
「ふむ⋯⋯どうやら勇者は相当疲れているようだな。グレイグよ、勇者の剣を預かって来るのだ。丁重に、扱え」
「いえ、しかしあれは」
「⋯⋯これは命令ぞ」
「御意⋯⋯」
「───何か用かしら、グレイグ将軍。ジュイネは今、休ませなきゃならないのよ」
小さい身体で大柄なグレイグの前に立ちはだかるベロニカ。
「⋯⋯勇者の剣を、我々に預からせて欲しい」
「あら、それはダメね。これは、勇者であるジュイネの剣よ。彼以外には、触れさせないわ」
「しかしジュイネは⋯⋯今その者は、勇者の剣を手にしているのもやっとだろう。我らデルカダール王国が、厳重に管理させてもら───」
「セーニャ、あんたが勇者の剣をジュイネに代わって持ってなさい」
「はい? えっ? 私ですか⋯⋯!?」
「ほんとはあたしが預かっておきたい所だけど、この子供の姿じゃね⋯⋯。あたし達は勇者を守る双賢の姉妹⋯⋯なら勇者の剣も守る使命にあるのよ」
「は、はい⋯⋯! お任せ下さい、片時も離しませんわっ」
セーニャは緊張した面持ちでジュイネの手からそっと剣を預かり持つ。
「そういうことだから、残念ね。デルカダール王には、“あなたには渡せない”と伝えておいてちょうだい?」
「──⋯⋯との、事です」
「ほう⋯⋯成程。ならば我がデルカダール城で宴の準備をしようではないか。長年に渡るホメロスの謀りから解放されたのだからな? 勇者殿も、その内体調は良くなるだろう」
「⋯⋯⋯⋯」
皆デルカダール城へ招かれ、ジュイネは貴賓室のベッドへと運ばれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん⋯⋯」
「あ、ジュイネ様⋯⋯! お目覚めになられましたか?」
「あれ、僕は───」
「命の大樹の魂から勇者の剣を授かった後、倒れられたのですよ。私達を強力な闇の魔力から身体を張って守ってくれたんですもの⋯⋯無理もありませんわ」
「勇者の剣⋯⋯セーニャが両手に抱えてるみたいだけど」
「あ、はい。お姉様に頼まれたのです。ジュイネ様がお元気になられるまでは、私が預かっておくようにと」
「そうなんだ⋯⋯。ベロニカや、他のみんなは?」
「お姉様は、気になることがあると言ってお城の中を調べてらっしゃいますわ。それにカミュ様やロウ様、シルビア様が同行されています。マルティナ様は、お父上のデルカダール王様と親子水入らず⋯⋯というわけにもいかないご様子でしたけど」
「どういう、意味?」
「何か、不穏な気配を感じ取っているようで、今は余り近寄りたくないと仰っていました⋯⋯」
「(それも、そうか⋯⋯)」
「とりあえずは、ご自分のお部屋に16年振りに戻って、少し休むそうですわ。後でジュイネ様の様子を見に来るとも仰ってました」
そこでコンコンと控え目にドアを叩く音がしてくる。
「あ、噂をすればマルティナ様でしょうか」
「待って、⋯⋯違う気がする」
「俺だ、グレイグだ⋯⋯入っても、いいだろうか」
「グレイグ将軍、様⋯⋯?」
「⋯⋯どうぞ、入って」
「───休んでいる所、済まない。お前に⋯⋯勇者に伝えておきたい事があったのだ」
「何、かな」
「イシの村の、住人を解放した」
「はい? ⋯⋯どういう、ことでしょうか。イシの村の方々は───」
「それは⋯⋯」
「みんな、殺されてしまう所をグレイグ⋯⋯将軍が止めてくれたんでしょう。そして、デルカダール城に捕らえておいた」
「何故、それを」
「あ⋯⋯、勇者の勘ってやつかな」
「勘にしては、的確過ぎるが⋯⋯まぁいい。捕らえておいた間は、悪いようにはしなかった。後で村の皆に顔を見せてやるといい。城の宴にも参加してもらっている。⋯⋯今勇者は体調が優れないという事で、面会は控えてもらっているが」
「何から何まで、気遣ってくれてありがとうグレイグ⋯⋯将軍」
「それくらい、どうという事はない。これまでの非礼を考えれば⋯⋯」
「そのことはもういいよ、誤解は解けたんだし」
「いや、それでは俺の気が済まぬ。何か報いる方法はないだろうか⋯⋯」
「はは⋯⋯ほんとにグレイグは生真面目なんだから」
「むう⋯⋯」
「何だかジュイネ様とグレイグ将軍様は、敵対していたとは思えない穏やかな感じが致しますね」
「そうなのだろうか⋯⋯圧倒的に敵対していた期間が長い気がするが。いや、そうでもない、のか⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯」
グレイグから怪訝そうな表情を向けられても、ジュイネは曖昧な微笑を浮かべるだけだった。
───その時、城中が激しい地響きに見舞われる
「何だ、何が起きたのだ⋯⋯!?」
「!! 玉座の間の方から⋯⋯とても禍々しい気配がします⋯⋯!」
「(──⋯⋯っ、やっぱりあいつが)」
疼く胸元を抑えるジュイネ。
「すぐに向かわねば、デルカダール王が⋯⋯ッ! いや、これはまさか───」
「ジュイネ、大変よ⋯⋯!」
マルティナが動揺した様子で貴賓室に駆け込んで来る。
「姫様、どうされたのですッ?」
「ベロニカとカミュ、シルビアとロウ様が⋯⋯私の父から突如現れ出たウルノーガと名乗る者に、操られてしまったの⋯⋯っ」
「そん、な⋯⋯!(くそ、呑気に休んでる場合じゃなかった。あいつがウルノーガだって、分かっていたのに)」
「違和感の正体を確かめる為に、思い切って玉座の間に向かったんだけど⋯⋯お父様の中から急に現れたそいつがウルノーガと名乗り、いつの間にか操られていたカミュやベロニカ、シルビアとロウ様に阻まれてしまったの。迂闊だったわ⋯⋯!」
「⋯⋯セーニャ、剣を渡して」
「は、はい⋯⋯!」
「玉座の間へ行こう。ウルノーガを今度こそ倒して、仲間を救うんだ」
「勿論よ、16年前の借りを⋯⋯きっちり返させてもらうわ!」
「ジュイネよ、俺も共に闘わせてくれ。⋯⋯16年間もの間謀られていた事実に驚愕などしている暇はない。───今この時より勇者ジュイネの盾となり共に闘うと誓おうッ!」
「⋯⋯そう言ってくれると思っていたよグレイグ、一緒に闘おう」
玉座の間へ。
「ククク⋯⋯待っていたぞ悪魔の子よ。いいや、勇者ジュイネと呼ぶべきか⋯⋯?」
「呼び名なんてどうでもいい、仲間を今すぐ返してもらう!」
「そう急くな⋯⋯我は勇者の剣を欲するのみ。それさえ大人しく渡してくれれば、仲間は無傷で返そう。悪い話ではないと思うのだがな⋯⋯?」
「⋯⋯⋯っ」
「ジュイネ、奴に出来るだけ集中攻撃するにしてもここは仲間を多少傷付ける覚悟で向かわねば奴は倒せないぞ。勇者の剣を渡すという選択肢は無い」
「ほう⋯⋯流石は我に騙され続けたグレイグ将軍、容赦が無いな。手駒としてよく働いてくれた⋯⋯お前もこれからすぐ家族の元へ送ってやろう」
「何⋯⋯?! 貴様、まさか我が祖国バンデルフォンをも⋯⋯ッ」
「ウルノーガ⋯⋯ジュイネや私だけでなく多くの人々の人生を狂わせた諸悪の根源⋯⋯! 今ここで決着をつける!!」
「私のお姉様や仲間に手を出すなんて、罪深いですわねウルノーガ⋯⋯相応の報いを受けてもらいますわっ!」
「ジュイネ、迷わず行け! 仲間からの攻撃は俺が一手に引き受けるッ!!」
「───覚悟しろ、ウルノーガ!!」
「それはお前の方だ、勇者ジュイネよ!!」
マルティナ、セーニャ、グレイグ、ジュイネを相手に突如禍々しい冥界の霧を発生させる魔道士ウルノーガ。
「(うっ、これは何だ⋯⋯? かなり息苦しい⋯⋯っ)」
「何なの、この纒わり付くような毒々しい霧は⋯⋯!」
「(まさか、これは⋯⋯!)皆さん、お気を付け下さい!!」
そこへ操られているロウが、ジュイネ達にベホマラーを唱えてきた。
「うあ゛ぁっ⋯⋯?!」
「うぐッ⋯⋯!?」
「あ、うぅ⋯⋯!」
「きゃぁ⋯⋯っ!」
ジュイネ、グレイグ、マルティナ、セーニャは身体の激痛に悶える。
「(どうして、操られてるロウじいが僕らに迷わず回復呪文を使ったのかと思ったら、こういうことなのか⋯⋯っ? まるで、全身が斬り裂かれたような痛み⋯⋯この霧のせいで、回復呪文がダメージに変換してる⋯⋯!?)」
「クハハハ⋯⋯! 仲間の回復呪文で悶え苦しむがいい!!」
更にロウがベホマラーを唱えようとする。
「くっ、ロウ様ごめんなさい⋯⋯! 爆裂脚!!」
マルティナからの強烈な脚技で壁に吹っ飛び激突し動かなくなるロウ。
「(回復出来ないならせめて、防御を固めないといけませんわ⋯⋯っ)───《スクルト》!」
「さぁ、お前達の攻撃は全て俺が受け止める! 来るがいい!!」
「(仁王立ちのグレイグに攻撃が集中している内に⋯⋯!)ギガブレイク!!」
「ぐぬぅ⋯⋯! 《ドルモーア》!!」
「くぅ⋯⋯っ!」
「《ベギラ───》」
「(グレイグへの攻撃が途切れた⋯⋯まずい、ベロニカの呪文が───)」
「⋯⋯なぁんてね、あたしを操れきれると思った? ───《バイキルト》! そのままやっちゃいなさい、ジュイネ!」
「(! 力が溢れてくる⋯⋯! このまま一気に)つるぎのま───」
その瞬間、周囲が一瞬にして暗闇と化した。
「(う、ぐっ⋯⋯急に、何が起きて⋯⋯)」
鋭い痛みが上半身を貫き、ウルノーガの声が闇に木霊する。
「三本の鋭利な杖で、貴様を串刺しにしてやっているのだ⋯⋯そうだな、腹部へ一本、背中へ二本といった所か」
「(いつの、間に⋯⋯っ)」
「ククク⋯⋯成程、“時渡り”か。無茶をしたものだな、全てを取り戻す為に」
「な、ぜ⋯⋯それ、を───」
「まんまと踊らされている事も知らずに、憐れな勇者よ⋯⋯いや、もはや勇者ですらないのか」
「⋯⋯⋯っ」
「時を遡る事で貴様は新たな災厄を呼び起こすのだ⋯⋯流石は悪魔の子よ。例え“それ”を倒したとしても、更なる災いを呼び覚ます⋯⋯」
「過ちは繰り返されるものだ。⋯⋯貴様自身が潰した失われし時から、何一つ報復を受けずに済むと思うてか?」
「かつて築いた絆や愛などといった感情が、強ければ強いほどに貴様自身へ報復しに来るのだ⋯⋯貴様はこの無限の時の輪の中から逃れられはしない」
自身の苦痛な叫びが、常闇に木霊する───
「どうやら世界は貴様以外巻き戻ったと勘違いしているようだが、それは違う。貴様が置き去りにしてきた元の世界は過去の時間軸から切り離されたのだ⋯⋯貴様が時渡りをしたせいでな」
「その結果、何が起きたと思う。⋯⋯簡単な事だ、勇者の存在しない世界が誕生した」
「貴様の“本当の”仲間達は途方に暮れている事だろう⋯⋯何せ残った事実は、切り離された過去へ自らの過ちから逃げて戻らない憐れな勇者と、二度と魂の循環に戻る事を許されない死んだ仲間や多くの者の魂⋯⋯それら全てを、取り戻す所か貴様は棄てたのだからな」
「─────」
「何故我がその事実を知っているか、と問う気力も無いか。⋯⋯とこしえの神殿の存在は知っていた。だがその頃には既に時の番人によって忘れられた塔にすら入る事が許されなかったからな」
「それもそうだ⋯⋯来るべき勇者の為の塔なのだから。勇者の剣を手にした勇者しか時のオーブに手を出せぬのだからな。だが我は、勇者に成り代わる気など更々無い。命の大樹の魂の力を奪い、魔王になれればそれで良かったのだからな」
「どうやら貴様が元々居た世界で我は魔王として君臨出来たようだが、勇者の成り損ない如きに倒されたようだな⋯⋯我ながら情けないものよ」
「───⋯⋯」
「これは勇者を生む世界の、聖龍の誓約による決して解けぬ呪いなのだろう。魔王も邪神もその一端に過ぎぬ。繰り返される過ち⋯⋯始まりの勇者とは、さぞ根深き業を背負っている事だろう」
「───それが何? これ以上ジュイネにぐだぐだ言う奴はあたしが許さない。深淵に消えなさい⋯⋯《メラガイアー》!!」
忽然と大人姿のベロニカが現れ、ウルノーガに強烈な攻撃呪文を放つ。
「ぐぬあぁ⋯⋯!? そう、か⋯⋯“お前”は───」
「⋯⋯ジュイネ、奴の思念は消えたわ。あんたに刺さってた三本の杖もね」
「⋯⋯⋯⋯」
両膝をつき、両手もついたまま俯いている。
「いつまでそうしてるつもり? ここは、精神世界に過ぎないの。現実のあんたはウルノーガを倒して意識を失ってる。⋯⋯みんな、心配してるわよ」
「僕の、本当の、仲間は───」
「あら、今この時間軸に存在しているあたし達は仲間じゃないって言いたいのかしら」
「元の世界の本当の、みんなを⋯⋯僕は、置き去りにして来た⋯⋯?」
「奴の言っていた事は、大体合ってる。ジュイネが元々居た世界とこの過去の世界が、あんたが時を遡る事によって切り離されたというのも。⋯⋯だけど完全ではないの、“その可能性もある”ってだけ。そうでなければ奴も、元居た世界の記憶を思い出すわけがないもの」
「過去のみんなは、ほとんど思い出してくれない⋯⋯そもそも、本当に無かったことになってしまった、から⋯⋯?」
「ウルノーガか思い出したのは、あんたの記憶に直接触れたからだと思う。それは、死の淵にあった奴だからこそ出来た事。仲間のみんなは⋯⋯ジュイネの記憶に直接は触れられないのよ」
「じゃあ、ベロニカ⋯⋯今の、君は」
「そうね⋯⋯あたしはほら、元々居た世界の魂の欠片の残留思念みたいなものよ。腑抜けたあんたに喝を入れる為の、ね」
「はは⋯⋯やっぱり、ベロニカには敵わないや⋯⋯。今度は僕が、守ろうとしてたのに⋯⋯結局、死なせてしまってまで守られっぱなしで」
ぽろぽろと涙を零す。
「何言ってるのよ、ちゃんとあの時守ってくれたじゃない」
「それは⋯⋯やり直しただけだよ。そこで起こることを、事前に知ってただけに過ぎないんだ」
「ねぇジュイネ⋯⋯置いて来てしまったものはもう、いくら後悔しても元には戻らないの。だったら、また新たに築いていくしかないじゃない」
「仲間との⋯⋯みんなとの、絆を」
「そうよ。⋯⋯何がどうとは言わないけど、厄介な物も過去へ持ち込んでしまったの。そいつをどうにかする為には、勇者としての力だけじゃなく仲間との絆の力も必要になる⋯⋯ジュイネなら、もう一度築けるはずよ」
「そっか⋯⋯そうだった。───失ったものは、“ここ”で取り戻すしかないんだ。残してきたみんなには、本当に申し訳ないことをしてしまったけど⋯⋯みんなならきっと、僕には後悔してほしくないと思ってくれているはず、だから⋯⋯」
「失われし時に報復されたとしても、あんた達なら⋯⋯あたし達ならきっと大丈夫。何度だって、世界を救えるわ。そうよね、ジュイネ」
「⋯⋯うん」
「さぁ、意識を戻して。新たな時を刻むみんなが、ジュイネの目覚めを待ってるわ」
end
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