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DQ11長編+短編集

作者:風亜
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闇と太陽と月の影◆◇二つの紋章

『───いいですかジュイネ、貴方がウルノーガに貫かれたその胸には、禍々しい闇の呪いが渦巻いています。私の癒しの力を持ってしても解けなかった⋯⋯。この先、幾度となくその呪いに苦しめられる事でしょう。魔王となったウルノーガさえ倒せば自ずと解けるはずですが⋯⋯』

───────────

────────

──────


(はぁ、はぁ⋯⋯。最後の砦って言われてる場所を、僕を釣り上げてくれた人に教えてもらったけど⋯⋯もしかして、イシの村跡に出来たのかな。場所からしてそんな気がする⋯⋯)

(ずっと魚になって眠ってて、人間に戻ったばかりだからかな⋯⋯なるべく魔物との戦闘は避けてるけど、すごく疲れやすい⋯⋯。胸の傷痕も疼くし⋯⋯これが、ウルノーガにもたらされた闇の呪いの影響かな⋯⋯勇者の力も、失ったし)

(最後の砦まで、もう少しのはずなんだけど⋯⋯辿り着けるの、かな⋯⋯)

 
「───おい、そこの人間!」


(えっ⋯⋯? しまった、背後に迫る魔物の気配に気づくのが遅れた)

 すぐに振り返り剣を構える。

 
「なんだぁ? ガキか、ひ弱そうだなぁ。そんなんじゃすぐに殺しちまうぜぇ?」


(ゾンビ系が数体⋯⋯異変後の世界で強化されてるはずだ。今の僕に、倒しきれるんだろうか⋯⋯。とにかく、やるしかない)

 
「ケケケ、せいぜい遊び殺してやるかぁ。最後の砦も近いウチにゾンビ師団長殿が襲撃する予定だからなぁ⋯⋯それまでの肩慣らしだぜぇ!!」


「くっ⋯⋯!」


「───魔物共め、貴様らの相手はこの俺だッ!!」


「⋯⋯え?」

 黒馬と共に颯爽と現れた勇ましい男性は、馬上から大剣で次々と魔物達を薙ぎ払い倒した。


「最後の砦の事を聞き付け、たった一人ここまで来たのか? なら安心してくれ、最後の砦はもうすぐそこだ⋯⋯む?」


「⋯⋯⋯⋯」

 驚きの表情で馬上の男性を見上げるジュイネ。


「なんと⋯⋯お前は」

 屈強な男性は黒馬からすぐに降り、相手をよく見ようと近寄る。


「───生きて、いたのか。あの状況で⋯⋯」


(グレイグ、将軍⋯⋯。いつもの黒鎧を装備してない、軽装備姿だ)

「あなたの方、こそ⋯⋯よく無事でしたね」


「⋯⋯⋯⋯。ひとまずすぐそこの最後の砦に入ろう。外にいるといつ魔物共に襲われるか判らんからな」


「⋯⋯はい」


「少し、ふらついているように見えるが⋯⋯大丈夫か? ここまで来るのに相当消耗したのではあるまいな。私の愛馬のリタリフォンに、乗るといい」


「え、でも⋯⋯」


「遠慮するな。普段なら私以外乗せないのだが、私が先導する形ならリタリフォンは乗せてくれる」

 グレイグは何の躊躇もなくジュイネの腰の部分を両手で持ち上げ、馬に乗りやすいようにしてくれる。


「あ、ありがとう⋯⋯ございます、グレイグ将軍⋯⋯。それに、リタリフォン」

 黒馬に跨ってそっと首元を撫ぜる。


「最後の砦は⋯⋯元々お前の育った故郷、イシの村だからな」


(やっぱり⋯⋯そうなんだ)


 グレイグがリタリフォンに乗るジュイネを先導して歩きながら話す。

「⋯⋯デルカダール王国は、大樹落下の位置に近かったせいもあって被害は甚大だ。だがイシの村人達は地下牢に居た事もあり無事で、私が王を背負って駆け付けた時には兵士達の力を借りて地上に皆出て居てな。しかしその後魔物共の襲撃に遭い王を他の兵に預け私は戦い、村人らを守りながらここまで辿り着いた⋯⋯そしていつしか、最後の砦と呼ばれるようになったのだ」


「⋯⋯⋯えっ? ちょっと待って下さい、イシの村の人達が地下牢に居たって───だってイシの村のみんなは」


「皆殺しにはなっていない。⋯⋯皆殺しにされそうにはなったが、私が止めたのだ。その後は、城の地下牢に閉じ込めておく事になったが⋯⋯決して悪いようにはしなかった」


「そう⋯⋯だったんですか。ありがとう、グレイグ将軍⋯⋯村のみんなを、守ってくれて」

 ジュイネは安堵のあまり、涙を零す。


「礼など要らん、私には⋯⋯それくらいしか出来なかったからな。───ほら、砦の入り口に着いたぞ。村人達に⋯⋯特にお前の母上と幼馴染みに早く会ってやるといい」


「はい⋯⋯!」

 リタリフォンからグレイグに降ろしてもらいジュイネが最後の砦内に入ると、ちょうど薪拾いをしている幼馴染みのエマと再会を果たした。


「───えっ、まさかジュイネ⋯⋯? ほんとに、あなたなの⋯⋯!?」


「エマ⋯⋯無事でよかった、ほんとに」


「もう、それはこっちの台詞なんだから⋯⋯! 酷い、噂ばかり聞いたのよ⋯⋯ジュイネが、死んでしまったかもしれないって⋯⋯っ。生きてくれてて、本当によかった⋯⋯!」


「心配かけて、ごめん。村のみんながグレイグ将軍に助けられたことは聴いてるよ。⋯⋯ペルラ母さんは?」


「おば様なら、神の岩に続く道の近くで他の女性達と一緒に縫い物に励んでるわ。すぐに会いに行ってあげて! 気丈に振舞ってるけど⋯⋯きっと村の誰よりもジュイネのこと心配してるから」


「分かった、そうするよ」


「⋯⋯私は砦付近の巡回から戻った事を王に報告し、お前を見つけた事も話してこようと思う。後で、王の居るテントまで来てくれないか。色々と、思う所はあるだろうが⋯⋯王は長年ウルノーガに取り憑かれていたのもあってかなり消耗が激しくてな、ベッドで休んで居られる事がほとんどなのだ」


「そう、なんですね⋯⋯。母さんに会ったら、すぐに行きます」


「あぁ⋯⋯頼む」

 愛する息子が生きていた事に涙する母と再会を果たしたジュイネは、今度はデルカダール王に会うべく王の居るテントを訪れる。


「───そうか、そなたが⋯⋯今は亡きユグノア王国の王子であり、勇者の紋章を携え生まれたジュイネ、なのだな⋯⋯。わしにとっては、16年前の赤子だったそなたしか覚えておらぬ訳だが」


「⋯⋯⋯⋯」


「わしはウルノーガに取り憑かれている間の事は何一つ、覚えておらぬのだ。⋯⋯しかしその間どのように振舞っていたかはグレイグや他の兵から聴いておる。謝って済む問題ではないが本当に、申し訳ない事をした⋯⋯」


「頭を、上げて下さい。起きてしまったことは変えられませんけど、今はとにかく⋯⋯ご自身が回復することを優先して下さい」


「───ひとつ、聴かせてほしいのだが⋯⋯生きていた我が娘がそなた達の旅に同行していたそうだが、マルティナはどうしているのだろうか⋯⋯?」


「すみません、命の大樹の崩壊の中、マルティナが⋯⋯他の仲間もどうなったか分からないんです」


「そう、か⋯⋯致し方ないやもしれん。わしとグレイグはデルカコスタ地方の海岸に流れ着いておったらしくてな、そなたはこの数ヶ月⋯⋯どうしておったのだ?」


「海底王国ムウレアという場所で、介抱されていました。⋯⋯相当ボロボロだったらしくて、人魚の女王の力を持ってしても数ヶ月は意識が戻らなかったそうです。勇者の力も⋯⋯失ってしまいました」


「(⋯⋯やはり瀕死の状態だったのか、無理もない⋯⋯ウルノーガからの不意打ちで倒れ、意識はあったが動けなくなった俺があの時記憶している限りでは、彼はウルノーガに胸部を貫かれ相当な闇の衝撃を加えられ、勇者の力を容赦なく引き抜かれてぐったりと倒れ込む姿だった)」

 グレイグはジュイネを案じた様子で見つめ、デルカダール王は核心を突いてくる。


「ふむ⋯⋯ではそなたは、言っては何だが勇者として闘えなくなったという事か?」


「確かに、そういう意味では闘えなくなったのかもしれません⋯⋯だけど、僕個人としてはまだ剣を持って闘えます」


「そうか⋯⋯ならばそなたに、頼みたい事がある。⋯⋯良いか?」


「もちろんです」


「グレイグよ、そなたの見立てでは近い内に魔物共が砦を襲撃する動きを見せておると言っていたな」


「はい⋯⋯。王よ、彼もそれを迎え撃つ兵として闘わせるおつもりですか?」


「うむ⋯⋯まだ闘えるというならそれを証明してほしいのだ。その後で、本題に入らせてもらいたい」


「しかし⋯⋯彼はまだ、完全には回復していないのでは───」


「大丈夫です、僕も魔物達を迎え撃つ兵として参戦します。⋯⋯ご期待に添えるよう、力を尽くします」

 一旦話し終え、王のテントを出るグレイグとジュイネ。


「⋯⋯あぁは言ったが、本当に良いのか? 私にはお前が本調子のようには見えないのだが」


「足でまといにはなりません、グレイグ将軍と一緒にこの砦を守りたいんです」


「そう言ってくれるのは、有り難いが⋯⋯」


「とにかく、魔物達を迎え撃つ準備をしないと。そうでしょう?」


「あ、あぁ⋯⋯兵を集めて砦の前に陣取らねばならん」

 グレイグの呼び掛けで兵士達が集まり、砦前に素早く陣形を取ってグレイグは愛馬のリタリフォンに乗り、ジュイネはその近くに待機した。


「(勇者の力を失っている彼を、何としても守らねばならん。これまでの非礼も、詫びなければ───)」


「⋯⋯グレイグ将軍、僕に気を遣わなくていいですから」


「⋯⋯⋯!」


「そんなに馬上から見つめてきたら、嫌でも気を遣おうとしてるのが分かります」


「す、すまん⋯⋯そんなに見つめていたか」


「穴が空くほど⋯⋯ってうのは冗談だけど、目の前に集中して。───敵襲だ」

 前方からワラワラとゾンビ系の集団が現れ、魔物達と人間の生き残りの戦いの火蓋が切られた。

───混戦状態が続く中、先陣を切っていたグレイグは最前線で闘い、ジュイネも負けじと他の兵士達を手助けし魔物を倒しながら前線へ向かう。


「(⋯⋯俺の居る前線まで来るとは。闘う力は衰えていないようだな。とはいえ───)」

「背後に気を付けろッ!」


「───えっ」

 グレイグの掛け声に振り向いたジュイネだが、背後の魔物は既に間近に迫っていてグレイグは愛馬のリタリフォンから跳躍するとジュイネの背後に迫っていた魔物を一刀両断した。


「⋯⋯気を抜くなよッ」


「は、はい」

 その直後にはゾンビ師団長率いる魔物達が立ちはだかるが、グレイグはジュイネを守るように闘い、ジュイネは足でまといになるまいと積極的に攻撃を仕掛け、二人でゾンビ師団長共を撃破した事で最後の砦を襲撃しに来た多くの魔物は士気を失い根城としている荒廃したデルカダール城に退いて行った。


「ふぅ⋯⋯この場は切り抜けられたようだな」


「そう、ですね⋯⋯うっ」

 鋭い痛みに思わず胸を押さえるジュイネ。


「お、おい大丈夫か。やはりウルノーガにやられた箇所が痛むのかッ?」


「大丈夫、です⋯⋯一瞬痛んだだけだから」


「本当か? 常に、痛みがあるのでは⋯⋯」


「大丈夫だって言ってるじゃないか!」


「⋯⋯⋯!?」

 急に大きな声を上げられ、グレイグは驚く。


「あ⋯⋯ご、ごめんなさい。僕は、ほんとに大丈夫だから気にしないで、グレイグ将軍」


「あ、あぁ⋯⋯」

 ジュイネは先に最後の砦へ戻って行き、その儚い後ろ姿をグレイグは暫く見つめているしか出来なかった。

⋯⋯最後の砦の王のテントにジュイネとグレイグが報告しに戻ると、デルカダール王はこの時を待っていたと言わんばかりの顔をした。


「おぉ⋯⋯数多くの魔物を退けたか。それならば、やはりそなた達に任せる他あるまい」


「何を、にございますか王よ」


「⋯⋯⋯⋯」


「今や魔物の巣窟と化したデルカダール城⋯⋯この地方の太陽を闇で覆っている魔王率いる六軍王の一人を、そなた達で倒してきてほしいのだ」


「それは⋯⋯私と彼の二人だけでデルカダール城に潜入する、という事ですか」


「そうだ、奴らに気取られぬようにな。⋯⋯デルカダール城の裏手に面した崖から、城の地下に潜入出来る通路があるのだ。そこの鍵を、渡しておこう」


「しかし、その間砦の守りはどうするのですッ?」


「案ずるな⋯⋯わしの兵や民は強い。そして、わしも闘いに加わるからな。英雄と勇者が一時居らずとも、この砦を守り切ってみせよう」


「ですが、王のお身体はまだ───」


「グレイグ、案ずるなと言うておる。⋯⋯それを言うならば、ジュイネの身体も万全ではないのだろう。同じ事だ」


「⋯⋯⋯!」


「度々済まぬ、ジュイネよ⋯⋯。万全ではなくともそなたの働きには目を見張るものがある。だからこそ⋯⋯グレイグと共にデルカダール城に潜入しそこに巣食う常闇の魔物を倒し、この地に太陽を取り戻してほしいのだ。その為ならば⋯⋯わしはこの身を粉にしてそなた達と共に闘おうぞ」


「⋯⋯承知しました」

 ジュイネはそう応えたが、グレイグはまだ納得していない。

「お前⋯⋯!」


「王と僕の覚悟はもう分かったはずですよグレイグ将軍。⋯⋯あなたも、覚悟を決めてほしい」


「⋯⋯⋯! ───承知、した」


「ともあれ今すぐは流石に無理がある。つい先程闘いがあったばかりだからな。一晩ゆっくり休み、翌日敵陣へ向かってくれ。気取られてはならぬから見送りは禁ずるが、皆の心はそなた達と共にある」

 王の計らいによってグレイグとジュイネは、休憩用のテントで一晩休む事となった。





「休む前に⋯⋯聴いておきたいことがあるんですけど、いいですか?」


「あぁ、構わないが⋯⋯そろそろ敬語はやめにしてくれないか。翌日にはたった二人で魔物の巣窟と化した城に潜入するのだからな、いつまでも他人行儀でいる訳にもいくまい。名も将軍とわざわざ付けて呼ばなくともいい」


「───分かった。じゃあその、ホメロスの⋯⋯ことなんだけど、グレイグ⋯が王に取り憑いてるウルノーガを伴って命の大樹の魂のある場所に来た時、僕はホメロスの闇の力に屈して倒れていたけど、声は聴こえていたから⋯⋯そこから察すると、グレイグはホメロスに疑念を抱いてて尾行して来たんだよね」


「⋯⋯そうだ。我が王と思い込んでいたウルノーガに、近頃のホメロスは目に余るものがあり、魔物と通じているのではないかと進言した丁度その時⋯⋯ホメロスが謁見の間に現れて暫く暇を頂きたいと申告したのだ。王はそれを了承しホメロスがその場を去った直後、奴の動向が気に掛かると言って俺と共に後をつける事になったのだ」


「⋯⋯⋯⋯」


「今にして思えば、王に取り憑いていたウルノーガとホメロスの策略にまんまと引っかかった形になった訳だな、俺は⋯⋯。ホメロスがお前達を尾行していたのは始めの内は気付けなかったが、聖地ラムダを訪れ王が問答無用で禁忌の場所とされる始祖の森への道を長老に開けさせ、森の奥の祭壇に六つのオーブが既に捧げられており命の大樹への虹の橋が出現していた時は⋯⋯流石にホメロスは勇者を尾行しているのだと気付いたな」


「ホメロスが聖地ラムダまで追って来た時には僕達は始祖の森に入ってたんだろうけど、ホメロスも問答無用で入って来てたんだね⋯⋯。ラムダの人々や長老は、大丈夫だったのかな」


「ホメロスは、そこでも闇の力を使用したのかもしれん⋯⋯。里の者達は、王と俺を見るなり恐れをなしていたからな。長老は疲弊した様子だったがそれでも禁忌の森へは行かせまいとしていた。⋯⋯が、先も言ったが王に取り憑いてるウルノーガが問答無用で道を開けさせてな⋯⋯俺はそれに付き従う他なかった」


「そういえば、六つのオーブは全てウルノーガの手に渡ったのかな」


「⋯⋯王自ら六つのオーブを回収し、虹の橋が消える前に命の大樹へと俺も伴った訳だが、どういう訳か一度王を見失ってな。その時に⋯⋯ウルノーガはホメロスに闇の力を纏わせたシルバーオーブを渡したのではないだろうか。何食わぬ顔で、王は俺の前に再び現れたがな」


「そういう、ことなんだ⋯⋯」


「大樹の魂のある場所でのホメロスの暴挙は、俺も見ていた⋯⋯見ている事しか出来ず申し訳ない限りだったがその時の俺は、ホメロスは魔物と通じていると王に確証を得て貰いたい一心だったからな。⋯⋯直後、王の身体から諸悪の根源であるウルノーガが出て来るとも知らずに隙を見せてしまい、背に闇の力を浴びせられ動けなくなった⋯⋯我ながら、余りにも不甲斐ないものだ」


「仕方、ないよ。僕達だって、何一つ対抗出来なかった」


「姿を現したウルノーガに、お前が胸元を貫かれ強烈な闇の力を注がれたのを見ている事しか出来ず、あの状況を目にした時は流石に死んでしまったと思った⋯⋯勇者の力の源が、まるでお前の魂に見えて、それをウルノーガが握り潰したのだからな⋯⋯」


「あの直後は⋯⋯まだぎりぎり意識はあったんだよ。自分でも、もうダメだと思ったし⋯⋯。言葉に出来ないくらいの、苦しみだったから。あれくらい弱らせないと、勇者の力を引き抜けなかったんじゃないかな」


「そう、だろうな⋯⋯。ならばやはり、後遺症にも苦しめられているはずだろう。数ヶ月に渡って眠り、海底王国という場所で介抱されようとも、完全には治っていないのではないのか?」


「平気だってば、砦を守る時の闘いもしっかりやってのけたでしょ。グレイグ⋯には、助けてもらったけど⋯⋯」


「───胸元を見せてみろ」


「え?」


「平気だという、証拠を見せてくれ」


「それは⋯⋯」


「見せられぬ程に、悪いのか」


「そういう、ことじゃなくて⋯⋯見せる箇所がそもそも」


「───悪く思うな」


「え⋯⋯ちょっと、待って⋯⋯グレイグ⋯⋯っ!?」

 問答無用でグレイグはジュイネに迫り、強制的に上着を脱がせてインナーに手を掛け、当のジュイネは力強いグレイグに抵抗しきれずされるがままになり、ぎゅっと目を瞑る。


「⋯⋯⋯⋯っ」


「すまんな、⋯⋯見せてもらうぞ」

 インナーを胸元まで上げ、幾つか蝋燭の灯る淡い明かりの中少しの間ジュイネの胸元を見つめた後、グレイグは一瞬言葉を失いすぐにインナーを下げる。


「お前⋯⋯、やはり平気な訳が無いだろう⋯⋯! 胸元が、痛々しい程にどす黒く変色しているじゃないかッ」


「───⋯⋯」


「まさか、背中までそうなっているんじゃないだろうな⋯⋯」


「⋯⋯見たい、の?」

 目を逸らしたまま言うジュイネ。


「確かめたい、とは思うが⋯⋯」


「いいよ。⋯⋯じゃあ、背中も確かめて見て」


「⋯⋯⋯⋯」

 グレイグがそっと背中のインナーを捲ると、か細い背中の上部も同様にどす黒く変色していた。


「(ホメロスからも背中に闇の一撃を加えられ倒れたようだったから、そのせいもあるのでは⋯⋯)」


「海底王国の女王様に、言われたよ。『貴方がウルノーガに貫かれたその胸には、禍々しい闇の呪いが渦巻いています。私の癒しの力を持ってしても解けなかった。この先、幾度となくその呪いに苦しめられる事でしょう。魔王となったウルノーガさえ倒せば自ずと解けるはずですが⋯⋯』って」


「やはり⋯⋯そうだったのか。───この事を我が王に報告し、魔物の巣窟と化したデルカダール城へは俺一人で行こう。常闇の魔物も⋯⋯俺一人で倒す。お前は最後の砦で安静にしていてくれ」

 背中のインナーを下ろし、片手でそっとジュイネの背に触れるグレイグ。


「ダメだよ、王には報告しないで。城への潜入も常闇の魔物を倒すのも、グレイグ一人にさせないよ」


「⋯⋯こんな身体でお前を闘わせる訳にはいかぬ」


「勇者とは⋯⋯最後まで決して諦めない者のこと」


「⋯⋯⋯⋯?」


「海底王国の女王様に言われた言葉だよ。⋯⋯正直僕自身、未だに勇者とは思ってないけど、諦めるわけにはいかないから。僕を匿って、僕に希望を託してくれた海底王国の為にも⋯⋯命の大樹を崩壊させ魔王を誕生させてしまった罪を償う為にも、何があっても僕は⋯⋯勇者として立たなきゃならないんだ」

 グレイグに振り向いたその眼差しは、真剣だった。


「それが⋯⋯お前の覚悟だと言うのか」


「うん」


「───⋯⋯ふぅ、ならば俺も覚悟を決めよう。勇者を⋯⋯ジュイネを守る盾として、共に闘う事を」


「ありがとう、グレイグ⋯⋯」

 ふと安堵したように目を閉じ、グレイグに身体を預け眠りに落ちるジュイネ。


「(罪と責任を共に背負い、守ってみせよう。希望の勇者⋯⋯ジュイネを)」


─────────

───────

─────


「ジュイネ、ジュイネ⋯⋯そろそろ起きれるか?」


「ん⋯⋯ぁ、ごめんグレイグ⋯⋯僕、もしかして寝過ごした⋯⋯?」


「そうでもないが⋯⋯起こさなければ起きないのではと思ってな」


「うん⋯⋯起こされないと、ずっと寝てたかもしれない⋯⋯。けどよかった、グレイグが一人で先に行ってなくて、ちゃんと僕を起こしてくれて」


「(本当は安静に寝かせておきたい所だったが⋯⋯あのような覚悟を聴かされたとあってはそうもいくまい。例え俺一人で常闇の魔物を倒しに向かっても、途中何か察して起きたジュイネはきっと俺を追って来るだろうしな⋯⋯。だったら常に傍に居た方がいいというものだ)」


「⋯⋯どうしたの?」


「いや、何でもない。夜ばかり続いて時間の感覚を失ってしまうが⋯⋯とにかく、支度を整えデルカダール城裏手の崖を目指すとしよう」

 見送りは禁じられている為に、グレイグとジュイネはひっそりと二人だけで最後の砦を出てデルカダール城に巣食う常闇の魔物を倒す為、まずは裏手の崖へと向かう。


「⋯⋯俺が先に少しずつ崖を登りながら、お前に手を貸し引き上げようと思う。その方がお前の負担も少ないはずだ」


「うん、ありがとうグレイグ」

 崖を登った先に洞窟があり、そこを進んで行くと城の地下水道に通じる扉があって、デルカダール王から預かった鍵を使って城への潜入を開始するグレイグとジュイネ。


「何と酷い有り様だ⋯⋯荘厳だったデルカダール城が、このように魔物が徘徊し荒廃してしまうとは」


「グレイグ⋯⋯」


「いや、悲観している場合ではないな。今は最後の砦として人々が肩を寄せ合っているにしても、お前の故郷も⋯⋯このようになってしまったのだ。常闇の魔物を倒してこの地方の太陽を取り戻さなければ、人々の精神状態は蝕まれていくばかりだ。俺とお前なら、この状況を打破出来るだろう」


「⋯⋯うん」


「───むぅ、崩れた大量の瓦礫で阻まれ玉座の間へは直接行けそうにないな。回り道をするしか⋯⋯しかし他に道は」


「ちょっと待ってグレイグ。⋯⋯城のホールの左側から、何か感じるんだけど」


「そっちは⋯⋯小さな中庭がある場所だ。特に何かあるという訳ではないはずだが」


「うーん⋯⋯でも何か気になるんだ。行ってみてもいいかな」


「お前がそこまで言うなら、行ってみるとしようか」


「⋯⋯木の幹に、大樹の根が絡まってる。しかも微かに光って⋯⋯」


「成人になってから俺は余りここには来ていないが⋯⋯大樹の根が絡まっている木があったのだな。⋯⋯それをじっと見つめて、どうしたジュイネ?」


「その⋯⋯自分で言うのは何だけど勇者は命の大樹に愛されてるらしくて、大樹の根を通じて記憶を辿ることが出来るんだ。でも、今の僕は勇者の力を失ってるし⋯⋯」


「命の大樹は枯れ果て落下してしまったというのに、こうして大樹の根はまだ枯れていない辺り相当な生命力だな⋯⋯。そして勇者は、大樹の根を通じ記憶を辿れるとは⋯⋯」


「勇者の力を失った割に、僕の左手の甲のアザ⋯⋯完全には消えてないんだよ、薄まってはいるけど。もしかして⋯⋯使えるかもしれない」

 ジュイネは一か八か、大樹の根に手を翳してみる。⋯⋯するとアザと身体がほのかに光り出し、それに呼応して大樹の根がグレイグに忘れていた幼い頃の記憶を呼び覚ます。


「───そうだ、食料庫! そこにある棚を動かすと王の私室に通じる階段が現れるのだ。そこから玉座の間に回り込めるかもしれん」


「⋯⋯グレイグにも、子供時代がちゃんとあったんだね。何だか微笑ましかった」


「!? お前にも見えていたのか⋯⋯いや、それもそうか。というよりその言い方だとまるで俺には子供時代が無かったかのようだな」


「だ、だって僕にとっては屈強なグレイグしか知らないから⋯⋯」


「フフ、そうだろうな。⋯⋯それにしても、懐かしかったな。あの当時は、本当に楽しかった。それが、何故───いや、考えるのは後だ。食料庫へ行こう、そこへの道は閉ざされていなかったはずだ」


「(グレイグとホメロス⋯⋯幼い頃は本当に仲良しだったんだな。うらやましいくらいに⋯⋯)」


「大樹の根を通じてお前がその記憶を呼び覚ましたという事は、お前の勇者の力⋯⋯完全には失っていないのではないか?」


「そうなのかも、しれない⋯⋯。海底王国で数ヶ月も眠っていたから、少し回復したのかな⋯⋯? いや、でもウルノーガに奪われたはずだし」


「ふむ⋯⋯ともあれ食料庫に着いた。奥にある棚を動かしてみるとするか」


「僕も手伝うよ」


「いや、あの当時より相当力も付いたから一人で問題ない」


「けど、手伝わせてほしいな⋯⋯」


「⋯⋯判った、ではそっちの方を持ってくれ」


「うん⋯⋯!」

 二人が協力して食料庫の奥の棚を動かすと、上に続く階段が現れた。


「でもどうして食料庫に、王の私室に続く通路なんてあるんだろう」


「フフ⋯⋯王は甘い物に目がないから、よく摘み食いをしに食料庫に降りて来ていたようなのだ」


「はは⋯⋯あんな強面に見えて甘党だなんてかわいい所があるんだね」


「かわいい⋯⋯とな」


「あ、ご⋯⋯ごめん。王様に失礼なことを」


「いや、その⋯⋯何だ、俺はこう見えて虫が苦手なのだが」


「どうしたの、急に?」


「な、何でもないッ。この先へ進むとしよう」


「そっか、グレイグも強面だけど虫が苦手っていうのは意外だよね」


「⋯⋯⋯⋯」


「わ⋯⋯、王の私室もぐちゃぐちゃだ」


「だが出入口の扉は開けられそうだな。⋯⋯ふむ、思った通り玉座の間へ通じる道はこちら側だと無事なようだ。恐らく⋯⋯この先に常闇の魔物が居るはずだ」


「⋯⋯⋯⋯っ」

 胸を押さえ苦しげな表情をするジュイネ。


「⋯⋯胸元が、痛むのだな」


「常闇、って言うだけあって⋯⋯この先に渦まく闇の影響が強くて、ちょっと疼くだけだよ」


「強がるな⋯⋯尚の事ちょっと所ではないのだろう。やはりこの先は俺一人で───」

 
『玉座の間への扉を前にして何を躊躇している、常闇の城に侵入したドブネズミ共よ⋯⋯』


「⋯⋯⋯!?」


「(この声は、まさか)」

 
『さっさと入って来るがいい⋯⋯英雄気取りの頭の回らない愚鈍な男と、命の大樹の落下を招き魔王様を誕生させた真の悪魔の子よ⋯⋯』


「⋯⋯⋯っ!」


「ジュイネ、奴の言葉を気にするな。相手の思う壷だ」


「分かってる⋯⋯行こう、グレイグ」


「(⋯⋯本当は、この先にジュイネを行かせたくはないのだが)」





 玉座の間に二人が入ると、そこには玉座に鎮座する姿の変わった魔道士風のホメロスが歓迎するかのように拍手をしていた。


「ようこそ、常闇の城へ⋯⋯。ここまで二人だけで来れたのは褒めてやろう」


「ホメロス⋯⋯お前が常闇の魔物だというのか」


「さて、どうだろうな⋯⋯。私と闘い太陽を取り戻せると思っているなら、遠慮なく掛かって来るがいい。悪魔の子はどうやら、立っているのもやっとなようだが⋯⋯?」


「く⋯⋯っ」

 苦痛の表情で剣を構えるジュイネ。


「お前の相手はこの俺だ、ホメロスッ!」

 大剣を背から引き抜きざまに跳躍し、ホメロスへ一太刀を浴びせようとするも瞬間移動で躱され、何度も大剣で立ち向かうが同様に躱される。

⋯⋯魔王ウルノーガから賜った闇の力で強さを得、玉座の間で瞬間移動するホメロスに翻弄され背後から不意打ちを受け大きく後退し膝をついたグレイグを守ろうと、ジュイネは剣を手に前へ出る。


「⋯⋯!」


「ジュイネ⋯⋯ッ」


「ククク⋯⋯愚鈍な英雄を護ろうとする哀れな悪魔の子よ、貴様に護れるものなど何一つありはしない。私の尾行にも気付かずあっさりと闇の力に屈し、魔王様を誕生させ命の大樹を落とし、世界崩壊を招き数多くの犠牲を出した⋯⋯正に、悪魔の子と呼ばれるに相応しい」


「─────」


「何を、言う⋯⋯! 元はと言えばホメロス、お前が魔王誕生の手引きをしたからではないかッ!」


「無能な英雄殿は黙っていろ。⋯⋯無能といえば、貴様の仲間もそうだな。護るべき者も護れずに無様に倒れていった⋯⋯。あの場に至るまで護られてばかりだった貴様が、今更何かを護れると思うてか。勇者の力すら失っている貴様が」


「守られる、ばかりだったからこそ⋯⋯今度は、守りたいんだ」


「(⋯⋯ジュイネ)」


「クハハ⋯⋯笑わせる。───そんな身勝手な事を宣う貴様の為に、仲間の誰かが命を落としたとしたら⋯⋯どうする?」


「⋯⋯⋯え?」


「魔の物に魂を売ったホメロスに耳を貸すな、ジュイネ! お前を惑わす為の虚言だッ」


「まぁ、そういう事にしてやっても構わんが⋯⋯どちらにせよ貴様らがここで朽ち果てれば同じ事だ⋯⋯!!」

 グレイグを守ろうと前に出ているジュイネへ向け、強力な闇の力を放つホメロス。


「(勇者の、力が無くったって⋯⋯グレイグを守ってみせ───!?)」


「ぐッ⋯⋯!」

 ジュイネの前を遮って出たグレイグは闇の力を大剣で防ぎ、多少のダメージを負って再び膝をつく。


「グレイ、グ⋯⋯(また、だ⋯⋯また僕は、結局守られて)」


「無力な勇者にも程があるな⋯⋯やはり貴様には、何も護れはしない。そしてグレイグ、お前も無力な勇者を護った所で何の意味もありはしないぞ」


「意味のある無しは、関係ない⋯⋯。俺は勇者の⋯⋯ジュイネの盾となる事で、希望を見い出すと心に決めた⋯⋯! 俺にはまだ、護れるものがあるッ!!」

 立ち上がりホメロスに剣先を鋭く向けるグレイグ。


「クク、どこまでもおめでたい奴だ⋯⋯。ならば二人共々常闇に沈めてくれる⋯⋯!!」

 ホメロスはその姿を翼のある凶悪な魔物に変え、更に屍騎軍王を呼び出す。

 
「ゾルデよ、影の分身を使いグレイグを八つ裂きにするがいい! 私は悪魔の子を魔王ウルノーガ様に献上する為多少痛め付けるとしよう⋯⋯!」

 
「ンフフ、仰せのまま二⋯⋯」


「させるものかッ! ジュイネ、俺から離れるな───」

 
「ククク、無駄だ⋯⋯!」

 
「うわっ⋯⋯?!」

 翼を持つ魔物と化しているホメロスは素早くグレイグの背後に周り、鋭い爪を持つ片手でジュイネの左二の腕を鷲掴みにしてかっ攫いグレイグから距離を取る。


「ぬ、しまったッ」

 
「余所見をしている場合かなグレイグ将軍⋯⋯? ワタクシの影と共に常闇を舞い踊りましょうゾ⋯⋯!《パープルシャドウ》!!」

 右眼に嵌め込まれたパープルオーブが妖しく輝き、もう一体の影のゾルデが現れグレイグを阻む。

 
「う、く⋯⋯離せっ、《メラミ》!」

 ジュイネは左二の腕を鷲掴みにされながらも魔のホメロスに抵抗し呪文を放つがほとんど効いていないかのように平然としていて、魔のホメロスはジュイネを壁に押し付け鷲掴みにしている左二の腕に鋭い爪を食い込ませ血を滴らせる。

 
「ぁ、ぅ⋯⋯っ」

 
「さぁどうした悪魔の子よ⋯⋯その程度か?」

 耳元で囁くように言われ、剣を持つ右手を振りかざすも弱々しく、魔のホメロスに及ぶ前に震える手元から落としてしまうジュイネ。

 
「うぅ⋯⋯」

 
「クハハ、毒が回ってきたようだな⋯⋯。苦しくて自分を回復する余裕もあるまい⋯⋯? もっと苦痛を与えてくれようか⋯⋯!!」

 口を大きく裂くように開き、鋭い牙を露にしてジュイネの左首に喰らいつく魔のホメロス。

 
「ゔあぁ⋯⋯っ!」


「やめろホメロス! それ以上ジュイネに手を出すなッ⋯⋯!?」

 
「アナタの相手はワタクシ達ですゾ⋯⋯! 喰らうがヨイ、《冥界の一撃》!!」

 
「ぐあッ」

 グレイグはゾルデとその影の連携技に押され、魔のホメロスに喰らいつかれているジュイネを助けに向かえない。

 
「フクク⋯⋯悪魔の子の血は中々どうして美味いではないか。このまま吸い尽くしたいくらいだが⋯⋯魔王ウルノーガ様に献上せねばならんし程々にしておくか⋯⋯」

 
「─────」

 ジュイネはぐったりと魔のホメロスに身体を預け、ぴくりとも動かない。

 
「グレイグよ、私はお前の先を行く。悪魔の子の事は心配するな⋯⋯魔王ウルノーガ様が直々に可愛がって下さるだろう、それこそ永遠に等しい時をな⋯⋯! お前は精々、ゾルデに細切れにされ常闇に葬られると良い」


「ま、待て⋯⋯ホメロスッ」

 
「フハハ、哀れなものよグレイグ! 悪魔の子の盾となると決めた所でお前にも何一つ護れはしないのだ! 無能な英雄は常闇の城で朽ち果てろ!!」

 ぐったりとしたジュイネを抱え、魔のホメロスは翼を大きく羽ばたかせ玉座の間の崩落している天井から出て行こうとした刹那。

 
「グッ⋯⋯何だ、これは⋯⋯私の身体から、光が⋯⋯?! まさか、こいつの血は⋯⋯ッ」

 中空で苦しみ出す魔のホメロスの身体から一瞬眩い光が漏れ出し、思わずジュイネを手放し落下させる。


「ジュイネ⋯⋯!!」

 ゾルデの猛攻を振り切ったグレイグは落下したジュイネを間一髪抱き留める。

 
「ク、ソ⋯⋯ッ、血の中にまで忌々しい勇者の光を湛えていたとは⋯⋯ッ。ウルノーガ様は、ジュイネから勇者の力を抜き取りきれていなかったとでも言うのか⋯⋯? そんなはずは⋯⋯まぁいい、弱体化している光なのは確かだ。これくらい、すぐに治まる⋯⋯。ゾルデよ! 後は任せる、グレイグは殺して構わんが悪魔の子は出来るだけ生かし天空魔城に連れて来るのだッ!」

 
「仰せのままに、致しまショウ⋯⋯」

 魔のホメロスは僅かに口惜しそうにその場を飛び去る。


「ジュイネ、しっかりしてくれ⋯⋯《ベホイミ》!」

 仰向けでぐったりしているジュイネに何度も《ベホイミ》をかけるグレイグ。

 
「ん、ぅ⋯⋯」


「ジュイネ⋯⋯! すまない、お前の盾となると言っておきながら───」

 
「大丈夫、だよグレイグ⋯⋯。一緒に、屍騎軍王を倒さなきゃ⋯⋯」

 ふらつきながらもジュイネは立ち上がる。

 
「ンフ、ンフフ⋯⋯穢れた光を感じますゾ。ワタクシの生み出す闇で浄化して差し上げなけれバ⋯⋯!!」

 屍騎軍王ゾルデは自身の影と共にジュイネに標的を絞り攻撃を仕掛け、させまいとグレイグは身体を張ってジュイネを守り、ゾルデの攻撃がグレイグに向いている隙にジュイネはギガスラッシュを放って影の方を撃破。再び影を出される前にグレイグと共に怒涛の連続攻撃によりゾルデを倒す。

 
「ア"ァ⋯⋯穢れた光が、ワタクシの中に溢れテ⋯⋯!?」

 身体から光を放つと同時に闇の塊が天を穿ち暗闇を相殺すると、玉座の間の崩れている天井から一条の光が差し、ゾルデが居た場所には紫色に輝くパープルオーブが転がっていた。


「また、悪用されたりしないように持っておかないと⋯⋯」


「そうだな⋯⋯。身体の方は大丈夫なのか、ジュイネ」


「グレイグこそ、大丈夫? 回復呪文かけておこうか」

 言いながらグレイグにベホイムをかけるジュイネ。


「いや、俺の事よりだな⋯⋯」


「うん、周囲の闇の力が激減したから寧ろ調子がいいくらいだよ」


「そうか⋯⋯なら、いいのだが」


「早く、最後の砦に戻ろうよ。常闇の魔物を倒して空は明るくなったみたいだけど、砦の方も心配だし⋯⋯」


「うむ⋯⋯玉座の間の崩れている天井から、日が差し込んでいるな。常闇の魔物を倒した事でこの辺りの太陽の光は取り戻したはずだ、城を出て最後の砦に戻るとしよう」

 ジュイネとグレイグが表側の城から外へ出ると、すっきりとまではいかないがこれまでの暗さとは逆に空が明るく白んでいるのが分かる。


「はぁ⋯⋯これまでの息苦しさが嘘みたいだ。本当に僕とグレイグでこの地方の太陽を取り戻せたんだね」


「そうだな⋯⋯。感慨に浸っていたい所だが、砦が心配だ。すぐに戻らねば⋯⋯」

 その時、グレイグとジュイネの元に黒馬が嘶きながら駆け寄って来る。


「リタリフォン⋯⋯! ここまで来てくれたのか」


「賢くて格好いいよね、グレイグのことすごく信頼してる感じがする」


「そう言って貰えると、嬉しいものだ。実際気位の高い馬だからな、俺以外乗せようとはしないのだよ。ただ⋯⋯俺が認めた相手は別のようだがな」

 言いながらグレイグはリタリフォンの背に軽やかに跨る。


「ほら⋯⋯ジュイネ、お前は俺の後ろに乗ると良い

 馬上からジュイネにグレイグは手を差し伸べる。


「うん⋯⋯!」

 グレイグの手を借りてその後ろに跨るジュイネ。


「しっかり、掴まっていろよ。最後の砦まで飛ばすぞッ」


「⋯⋯分かった」

 ジュイネは後ろからしっかりとグレイグの胴回りにしがみつく。

───最後の砦に急ぎ着くと、出入口付近ないし砦内には何故か人っ子一人姿が無く静まり返っている。


「どういう、事だ⋯⋯? 砦内に戦闘の跡は無いようだが、何故誰も⋯⋯」

 馬からジュイネと共に降りつつ心配げに周囲を見回すグレイグ。


「そんな⋯⋯常闇の魔物は倒したのに、みんな一体どこに───」

 すると音楽と歌が聞こえ出し、砦内の奥の方から大勢の人々とデルカダール王がグレイグとジュイネを出迎える。


「ははは、驚かせてすまぬな英雄と勇者よ。空から闇が払われた時、お前達二人が常闇の魔物を倒してくれたのだと確信し⋯⋯国歌とイシの村人との協力で作ったデルカダール国旗と勇者の紋章の旗で迎え入れたかったのでな! よくぞ、やってくれた⋯⋯!」


「デルカダール王⋯⋯ッ!」

 目頭が熱くなりグレイグは片手で目元を覆う。

 
「ジュイネ、グレイグ将軍⋯⋯この地に太陽を取り戻してくれて本当にありがとう!」

 
「本当によく頑張ったねジュイネや⋯⋯! グレイグ様、私の愛する息子を守ってくれて感謝します⋯⋯!」


「エマ、ペルラ母さん⋯⋯」

 安堵の表情を浮かべるジュイネ。


「これからは先にイシの村の復興に着手し、その次はデルカダール王国の復興だ。その為にもグレイグ、そなたの力が───」


「我が王よ、私には勇者と共に⋯⋯ジュイネと共に、復興とは別にやらなければならない事があるのです」


「⋯⋯⋯⋯」


「勿論、その役目を果たせばイシの村とデルカダール王国の復興に力を注ぐ所存。今は⋯⋯希望の勇者ジュイネと共に、魔王ウルノーガの討伐にあたりたいのです」


「(僕が希望の、勇者⋯⋯それが、グレイグにとっての───)」


「そうか⋯⋯。よくぞ言った、グレイグ。わしはそなたを誇りに思うぞ。勇者の盾として⋯⋯そなたの思う通りにすると良い」


「はッ!」

「───ジュイネよ⋯⋯我らが希望の勇者」

 向き直り跪くグレイグ。


「⋯⋯⋯!」


「悪魔の子として追い続けたこれまでの非礼を詫び、私のこの命⋯⋯貴方に預け、貴方を護る盾であり続ける事を、ここに誓います」

 グレイグは深くジュイネに頭を下げる。


「───⋯⋯グレイグ、顔を上げてよ」


「⋯⋯⋯⋯」

 言われてジュイネを見上げる。


「僕達はもう対等だよ。これからは仲間として⋯⋯互いを守って行こうよ」


「! あぁ、そうしよう⋯⋯!」

 微笑みと共に差し伸べられたその手を取って立ち上がるグレイグ。


「⋯⋯───」

 グレイグが笑顔と共に立ち上がった所で、ジュイネはグレイグに身体を預けるように静かに倒れ込む。


「お、おいどうしたジュイネ。皆が、見ている前で⋯⋯。もしや、体調が悪くなったのか⋯⋯!?」

 しかしジュイネは答えず、グレイグの腕の中で苦しんでいる訳でもなくこんこんと眠っている。


「うむ⋯⋯どうやら勇者殿はかなり疲れているようだな、無理もなかろう。グレイグよ、彼を休憩用のテント内でゆっくり休ませてやると良い」


「御意⋯⋯」

 グレイグはジュイネをそっと横抱きし休憩用のテントへ向かい、ベッドに静かに寝かせる。


「(この地方の闇の影響が晴れた事で、ジュイネの身体もかなり楽になったかと思ったが、やはり無理をしていたのだろうか⋯⋯)」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「(苦しんでいる様子ではないし、単に疲労から来ているのかもしれん。この地方に闇が覆っていた時、確かに俺も息苦しさのようなものは感じてはいたが、胸元と背にかけて闇の呪いを受けているジュイネにとっては相当苦しかったのではないだろうか。それでも大丈夫だ、平気だと言って⋯⋯全く、強がりな勇者だ)」

「(だからこそ⋯⋯これからは俺がジュイネの盾として護ってやらねば。とはいえ闇の呪い自体からは護ってやりようがないからな⋯⋯。せめて身体への負担を軽減させてやるくらいしか───)」

 そこでグレイグの手は自然とジュイネの上着に向き、閉じている前の部分をそっと開いてインナーを首元まで上げ、胸元を露にした。


「(⋯⋯城へ潜入する前に半ば強引に見た時は、周囲は暗がりで蝋燭の灯りだけが頼りだったがそれでも判るほどに胸元はどす黒く染まっていた。こうして太陽を取り戻し、周囲が明るい状態で目にすると⋯⋯何だ、まるでどす黒く変色している箇所が微かに蠢き渦巻いているような───そんな事が、有り得るのか。それともこれが、強力な闇の呪いだと言うのか)」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「(もしや勇者であるジュイネでなければ⋯⋯やはりウルノーガがジュイネの胸元を貫き闇の衝撃を加えた時点で即死していてもおかしくなかったのではないか。そうして勇者の力を引き抜かれてすれ、その直後ですらぎりぎり意識はあったと言っていたからな⋯⋯)」

 グレイグはそこでふと、闇の呪いが微かに蠢く箇所の胸元に触れてみようとおもむろに指先を近づける。


「直に、触れちゃダメだよ⋯⋯グレイグにまで、呪いが移ってしまうかもしれない、から⋯⋯」


「ジュ、ジュイネ⋯⋯!? すまん、起こしてしまったか⋯⋯」


「グレイグってば⋯⋯やってることがちょっと強引すぎないかな⋯⋯。せめて、起きてる時に断りを入れてよ⋯⋯」


「ゔッ、面目ない⋯⋯。一度見ているとはいえ、つい気になってしまってな⋯⋯。今すぐ、はだけさせた服を整えるから許してくれ」

 言いながらジュイネのインナーを下ろし上着の前の箇所を留め直すグレイグ。


「しかし⋯⋯お前が受けた呪いが移るかもしれないとは、本当なのか?」


「ふふ⋯⋯怖く、なった⋯⋯?」


「からかわないでくれ、怖くなったわけではない。ただ⋯⋯呪いというものは苦しみで行動を制限してくるだろう、俺までそれに掛かれば、お前を護りきれなくなる可能性があるからな」


「移るか、どうかは正直分からないけど⋯⋯直に触れない方がいいのは、確かかな⋯⋯。これ以上、闇の呪いが広がったら⋯⋯どうなるかも分からないけど、ね⋯⋯」


「話すのも、やっとなようだな⋯⋯。もういい、ゆっくり休め。俺はお前の傍に居るが⋯⋯先程のような事はもうしないから、安心して休んでくれ」


「うん、そうするよ⋯⋯。今は眠くて、しょうがないんだ⋯⋯おやすみなさい、グレイ、グ───」

 ジュイネは再び深い眠りに陥り、グレイグは首元まで上掛けを静かに掛けてやった。


「(胸元から背にかけての闇の呪いが、広がる⋯⋯? 早めに、何としても魔王ウルノーガを倒さなければジュイネは───)」





【二つの紋章】


 我々は死闘の末、魔王ウルノーガを討ち果たした。⋯⋯だがその直後、ジュイネは糸が切れた人形のように倒れ、意識を失ってしまった。無理もない⋯⋯ウルノーガに勇者のチカラを一時的なりと奪われた際、強力な闇の呪いをその身に受けてしまい度々それに苦しめられていた。

天空魔城が崩壊する中、俺は他の仲間達を先に行かせ、意識の無いジュイネを横抱きにして必死に走ったが足場が崩れ逃げ場を失った時、神の乗り物ケトスが飛び乗れと言わんばかりに絶妙なタイミングで現れ、皆の窮地を救ってくれた。

魔王ウルノーガが倒された事で命の大樹が復活し、再び天空へと舞い上がった。その様子は、とても美しいものであったが⋯⋯俺の腕の中で意識無く眠るジュイネは、大樹の復活を目にする事はなかった。


 ───何故だ、闇の呪いをもたらしたウルノーガさえ倒せばジュイネが胸元に受けた、どす黒く禍々しい呪いは解けるものだと思っていた。聖地ラムダの宿屋のベッドに寝かせ、上衣をそっと脱がしジュイネの胸元を目にした時⋯⋯俺は目を疑った。

消える所かどす黒い禍々しい呪いは胸元にとどまらず広がりを見せ、ジュイネの全身を蝕みつつあった。⋯⋯皆でありとあらゆる手を尽くしたが、闇の呪いの進行を止める事は叶わなかった。ジュイネの意識は無いまま、どす黒く禍々しい呪いは首元まで迫り、端正な顔立ちすら覆い尽くそうとしていた。

不思議と左手の甲にある勇者の紋章はまだ闇の呪いに覆われてはいなかったが、右手の方は既に指先までどす黒く染まっていた。紋章だけは闇の呪いに抗っているにせよ、全身に広がったどす黒い呪いの進行までは止められないらしい。⋯⋯勇者の紋章すらも闇の呪いに染まるのは、時間の問題だった。俺は、それを見ているしか出来ない。

何故だ、何故───こんな事があっていいはずはない。魔王は倒したのだ、命の大樹は復活したのだ。ジュイネの人生は、寧ろこれからだというのに⋯⋯。神という存在が本当に居るのなら、今すぐ俺の命と引き換えにジュイネを闇の呪いから救って欲しい。俺の命はジュイネに預けたままだ、その命を使ってくれ。俺はジュイネの盾だというのに、このまま何一つ出来ないなど─────


「グレイ、グ⋯⋯⋯?」


 愛しい声音が微かに聴こえ、ベッド横の椅子に座り項垂れていた俺は顔を上げた。⋯⋯ベッドに横たわったままのジュイネは、朧気な目を俺に向けている。

「ジュイネ⋯⋯! やっと意識を戻してくれたかッ。俺は⋯⋯俺はこのまま、お前が───」


 思わず涙が溢れ、言葉が続かない俺へジュイネは、微かに笑って見せてくれた。⋯⋯だが、どす黒い闇の呪いは容赦なく端正な顔立ちまで覆い尽くさんと迫っていた。

「グレ、イグ⋯⋯おねが、い」

「お願い⋯⋯? 何だ、何でも言ってくれジュイネ」


 動かしづらいであろう左手をジュイネが上げようとした為、俺はその手をそっと両手に包んだ。⋯⋯勇者の紋章はこの時既に、半分ほど闇の呪いに染まっていた。

「紋章⋯⋯受け取って、くれない⋯かな」

「⋯⋯⋯? 何を、言って」

「こんなの、でも⋯⋯僕の、生きた証⋯だから」


 呟くようにジュイネがそう言うと、手袋をしていない俺の右手の甲が薄らと光った。⋯⋯すると何故だろうか、ジュイネの勇者の紋章だったはずのものが、俺の右手の甲に現れ出ている。

「これは、どういう事だ⋯⋯?」

「もう⋯⋯僕には、必要ないんだ⋯⋯。このまま、闇の呪いと共に完全に消えてしまう前に⋯⋯⋯グレイグに、受け取ってもらったんだよ」


 闇の呪いと共に⋯⋯完全に消えてしまう、だと───


「僕は⋯⋯魔王を誕生させてしまった、失敗作の勇者だから⋯⋯神様から、怒りを買ったのかも。沢山の人を⋯⋯仲間の一人も、犠牲にしてしまったし⋯⋯魔王を倒したくらいじゃ、許されなかったんだよ⋯きっと」


 やめろジュイネ⋯⋯そんな事を言うな。


「今まで、本当にありがとう⋯⋯グレイグ。他のみんなにも、一杯感謝してるって、伝えて」


 それは自分で伝えてくれ。俺は、俺は何一つお前に───


「ごめん、ね⋯⋯⋯さよ、な」


 ⋯⋯目に涙を浮かべたまま最期の言葉を言い終わらない内にジュイネは、その存在自体が全て黒く染まり、音を立てずに崩れ去り、黒い塵と化して空気中に消えた。───あっという間、だった。

俺の右手の甲には、ジュイネが譲り渡してくれた勇者の紋章が微かに光を放っている。⋯⋯彼は言っていた、「こんなものでも、自分の生きた証だから」と。


『───勇者の紋章を受け継ぎし者よ』


 茫然自失に陥っている俺の頭の中で突如、声がした。⋯⋯その声の主は、神の乗り物ケトスである事を俺は何故か理解した。


『取り戻したいものがあるのならば、その機会を与えましょう。忘れられた地にある、とこしえの神殿へ向かうのです。⋯⋯この、“神秘の歯車”を使うと良いでしょう』


 何処からともなく、“それ”はジュイネが横たわっていたベッドの上に現れた。


『勇者の紋章を受け継いだ貴方なら、天空のフルートで私を呼ぶ事も可能です。作成した勇者の剣も扱えるでしょう。⋯⋯急がなければ、間に合わなくなります。貴方の望む、取り戻したい“時”へ遡るには⋯⋯』


 取り戻したい、“時”───そうだ、魔王誕生前に戻るのだ。彼が⋯⋯ジュイネが勇者のチカラを奪われる前にホメロスと、王に取り憑いているウルノーガをどうにか出来れば。


『心は、決まったようですね』

「あぁ⋯⋯ケトスよ、俺を忘れられた地へ導いてくれ」


───────────

────────

─────


「なッ⋯⋯グレイグ?!」

 俺はいつの間にか手にしていた魔王の剣で、命の大樹の魂のある場所で勇者一行に不意打ちを食らわそうとしていたホメロスを背後から制した。その際、魔王の剣は粉々に砕けてしまったが。

「貴様⋯⋯どういう事だ、その剣⋯⋯あの方に賜った闇のオーラを、いとも容易く破るとは⋯⋯ッ」

 ホメロスは頽れたが、俺はそれ以上手を下す気にはなれなかった。今この時、重要なのは───


「グレイグ、将軍⋯⋯⋯どうして」


 命の大樹の魂の傍に居る“彼”が、闇の呪いに蝕まれる事無く健全な立ち姿で俺を一心に見つめてくる。そうだ、俺が取り戻したかったのは⋯⋯⋯

「───グレイグよ、そなたいつの間にわしから離れたのだ?」

 !! デルカダール王が、あとから大樹の魂のある場所へとやって来ていた。いや、違う⋯⋯正確にはデルカダール王に取り憑いている魔道士ウルノーガだ。元の世界では俺はその時、元凶に取り憑かれた王と共にホメロスを追ってここまで来た⋯⋯。あの時はホメロスの真意を暴きたいが為に、勇者一行が不意打ちを食らうのを黙って見ているしか出来なかったが───

「お助け、下さい⋯⋯。どうか私めに、今一度チャンスをッ⋯⋯!」

「ホメロスよ⋯⋯お前はわしを謀っていたようじゃな。その報いを、今ここで受けてもらおうぞ⋯⋯!」


 王に取り憑いているウルノーガが、その身に帯びた剣を抜き助けを乞うホメロスにトドメを刺しかけた時、俺は自分の大剣でそれを止めた。普段のデルカダールメイルを装備し、手甲をしている為ウルノーガは俺の右手の甲に勇者の紋章がある事には気付かない。

「⋯⋯どういうつもりじゃ、グレイグ。ホメロスの企てを暴いたのはそもそもお前だ、わしはホメロスに長年騙されていたのだ⋯⋯勇者は災いを呼ぶ悪魔の子だと。魔物と繋がっていたホメロスが勇者を亡き者にしようとしていたのだぞ、生かしてはおけぬ」

「お待ち下さい、王よ。ホメロスの処遇は⋯⋯私に任せて頂きたい」

「ほう⋯⋯“友”としての情けか?」

 俺は王に取り憑いているウルノーガを睨み据えたまま、ゆっくりと頷いた。⋯⋯何故だか今この場で、ウルノーガを暴き出し倒そうとするのは賢明ではないと判断したのだ。ホメロスの方は力尽きて意識を失い、王は抜いていた剣を鞘に納めた。

「⋯⋯まぁ良い。わしは勇者一行に謝罪しようと思う。大樹の魂が内包しておる“勇者の剣”は───」

 そこで王と俺が眩く輝いた大樹の魂に目を向けると、勇者は⋯⋯ジュイネは既に勇者の剣を手にした所だった。何とも神々しい光景だ。これならば⋯⋯ウルノーガはもう容易にジュイネに手を出す事は出来ないだろう。

「⋯⋯⋯⋯。勇者一行をデルカダール城に招き、宴を催すとしよう」

 どういうつもりかは、察しはつく。“その時”が、ウルノーガとの決着をつける時なのだろう。



 ───デルカダール城のホメロスの部屋に、ホメロスを寝かせた俺は部屋の中に右手の甲の勇者の紋章のチカラで封印を施した。まだ王に取り憑いているウルノーガがホメロスを再び利用しないとも限らないからだ。

それにホメロスは、このまま死にはしないにしても長年ウルノーガの闇のチカラに魅入られていた事もあり、暫くは目を覚まさないだろう。後でゆっくり、話せる時がまた来ればいいが。

 ⋯⋯それから俺の足は、“彼”の居る貴賓室へと向かっていた。コンコン、と軽くノックをすると、中から短い返事が返ってくる。

「どなたですか?」

「俺だ。あ、いや⋯⋯グレイグだ。開けてもらえないだろうか」

「──────」

 警戒、されているのも無理はない。今この時の“彼”は、俺が仲間だった事も、特別な関係であった事すら知らぬのだから。

⋯⋯少しして、カチャリとドアが控え目に開いた。

「どうぞ、入って下さい⋯⋯グレイグ、将軍」


 どす黒く、禍々しい闇の呪いに一切染められていない、かつての在りし姿がそこにはあった。凛々しくもあり、可憐で儚げな───

部屋には入ったものの、何と切り出して良いか判らない。


「ぁ、あの⋯⋯どうしてそんなに、見つめてくるんですか」

「⋯⋯む、すまん。そんなに見ていたか。深い意味は、ないのだが」

 いや、言葉と裏腹に大いにある。しかし、“彼”は戸惑いまともに目を合わせようとしてくれない。無意識に見つめ過ぎて、嫌がられてしまっただろうか。


「命の、大樹での件は⋯⋯ありがとうございました。あのままだったら、みんな危なかったかもしれない。やっぱり、とても強いんですねグレイグ将軍は」

「俺のチカラだけではないし、礼には及ばない。これまでの、非礼を考えれば⋯⋯。もっと早く間違いに気付き、お前達の⋯⋯お前の、味方になっていれば良かったのだがな」

「それも、そうだけど⋯⋯イシの村のみんなを、城の地下に匿ってくれていたから、デルカダール城から完全に離れるわけにもいかなかったんでしょう?」

「あぁ⋯⋯確かにそれもある。王は村人を生かしておく事を許してはくれたが、俺が勇者の側につけば容赦なく処刑しただろうからな」

「解放された村のみんなとこの城で再会して、話を聴きました⋯⋯。グレイグ将軍は、イシの村人全員が皆殺しにされてしまうのを止めてくれたって。城の地下に閉じ込められていた間も、決して悪いようには扱われなかっと聴いています。感謝しても、しきれません⋯⋯本当に、ありがとうございました」


 彼は⋯⋯ジュイネはそこで頭を深々と下げた。───前にも同じように、礼を言われた覚えがある。⋯⋯その彼はもう、存在しないが。いや⋯⋯それでも彼の生きた証ならば、俺が右手の甲に受け継いでいる。

「その件に関しても、礼には及ばぬよ。村人達を生かす事は出来ても、村自体は破壊され焼き払われるのを止められなかったのだから」

「それでも⋯⋯命さえあれば何度だってやり直せます。時間はかかっても、みんなで村を元通りにしてみせますよ」


 そう言って顔を上げたジュイネの表情は実に晴れやかだった。───あぁそうだ、俺はこの笑顔を取り戻したかったのだ。俺の命を預けてでも護るべき存在、俺の太陽⋯⋯⋯

「えっ、あの、グレイグ⋯将軍⋯⋯? く、苦しいです」

 ジュイネの苦げな声に気付いた時、俺はいつの間にか思いきりジュイネを抱き締めていた。

「はッ⋯⋯す、すまん急に⋯⋯大丈夫か?」

「は、はい⋯⋯」

 身体は少し離したが、両の手は肩に置いたままにした。⋯⋯出来る事ならこのまま、手放したくはない。

「あれ⋯⋯グレイグ、将軍の右手───」


 ジュイネは何か気付いた様子で、俺の右手の手甲にか細い両の手を添えた。⋯⋯俺の右手を自分の目の前に持ち、しげしげと見つめている。

「どうした、そんなに俺の右手の甲が気になるのか?」

「何て、言ったらいいか⋯⋯呼ばれてる、気がして」

「────!?」


 ジュイネがふと俺の右手の手甲に、勇者の紋章のある左手を重ねた。⋯⋯その瞬間、元の世界で過ごしたジュイネとの思い出が溢れ出し、走馬灯のように駆け巡り、共に在れた幸福と喪失感が同時に押し寄せ胸が張り裂けんばかりの苦しみを覚えた。

それは目の前に居るジュイネも同じだったらしく、胸元を押さえ立っているのがやっとの様子だ。項垂れて呻き、ぼろぼろと涙を零している。⋯⋯それでも俺の右手の甲は離そうとしない。


「ジュイ、ネ⋯⋯お前の左手を離せ。もういい⋯⋯もう十分、お前に伝わったはずだ」

「いや、だ⋯⋯⋯離せ、ないよこんな───グレイグ」


 震えながら項垂れていた頭を上げたジュイネは、頬や鼻先を紅潮させ、大粒の涙で頬を濡らし、恥ずかしさと苦しさに同時に責め苛まれているかのような表情をしていた。

⋯⋯俺もきっと、ジュイネと同じ顔をしている事だろう。


「もう、分かってるけど⋯⋯右手の手甲、外して見せて」

「あぁ⋯⋯⋯」

 俺は言われた通りにした。───ジュイネは左手の甲に、俺は右手の甲に同じ勇者の紋章を宿していた。


「よかった⋯⋯。一度は闇の呪いで“彼”の存在は消えてしまったけど、この紋章のお陰でまた逢えたね⋯⋯グレイグ」

 愛おしげに俺の露わになった右手の甲に再び左手を重ねるジュイネ。

「“彼”の記憶は完全に僕に受け継がれ⋯⋯僕と一つになった。グレイグ、もう悲しむ必要はないよ。これからも、ずっと一緒だから───」


 ⋯⋯⋯その時俺とジュイネの再会を邪魔するかのように、城内全体に一度衝撃が走った。

「あぁ、これからもずっと共に居られるように⋯⋯そろそろ元凶を倒さねばならんな」

「ウルノーガ、だね。盛大に借りを返してあげなきゃ⋯⋯。今の僕とグレイグなら、何ものにも負ける気がしないもんね」

「その通りだとも。俺とお前の二つの紋章をもってすれば⋯⋯魔王ウルノーガ以上の存在が現れようとも、何の問題もありはしない。決着をつける時が来た⋯⋯ゆくぞ、ジュイネ!」

「⋯⋯うん!」



end



 
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