冥王来訪
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第三部 1979年
孤独な戦い
月面降下作戦
前書き
ソ連の動きが全くないので、書きました。
月面攻略作戦に関して、国際連合は無意味だった。
米国主導での国連軍結成は、79年1月から3月にかけて安保理で審議された。
だが、ソ連の拒否権行使、中共の棄権により何ら具体的結論を得られなかった。
中共が棄権した理由は、単純だった。
支那の国土は、未だBETAの災いから回復しておらず、ソ連の衛星国である北ベトナムとカンボジア問題で対立していた為である。
ソ連は、国連軍結成に際して、G元素の戦略兵器指定を打診し、第二次戦略兵器制限交渉の中に入れるよう求めてきた。
軍縮を進めたい米国国務省や国防省はその流れに応じる姿勢を見せ始めた。
しかし、米国議会はその表明に反発し、ヘルシンキで交渉中だった戦略兵器削減条約の批准を拒否した。
意趣返しと言わんばかりに、ソ連は安保理に上がるすべての議題を拒否するという事態に陥った。
その為に国連に向けられる世人の目は厳しかった。
安保理は、政治的解決に資する場所とは考えられず、有閑老人の茶話会と揶揄された。
マサキが威力偵察を行った話は、ソ連にも漏れ伝わっていた。
グレートゼオライマーに関する情報のは、斯衛軍に潜入したGRUスパイによってリークされた。
即座に在京のソ連大使館から、ウラジオストックのソ連共産党本部に渡っていた。
以上の理由から、ソ連共産党は、マサキの太陽系におけるBETA殲滅作戦の実態を把握していた。
無論、手をこまねいているばかりの彼等ではない。
様々な手練手管を使って、G元素の開発に参加する方策に乗り出したのだ。
書記長の質問から始まった、臨時閣議は以下のようなものだった。
「この作戦は、木原による単独行動かね」
書記長からの問いに、GRU部長は、驚いたふうもない。
事実、マサキの行動には、ソ連の上下とも、麻痺していた。
「……ともいえません。
つまり、CIAの指示により、日本の情報省が極秘に調査したという様な……」
「CIAが動いているのかね」
GRU部長は、CIAの同行をスパイから報告を受けながら、いま知ったように、わざと言った。
「CIAと、非常に強いつながりを持ったものが背後にいるとしか……」
「CIAは何を画策しているのか。
その背後関係を調べたまえ。その上で最高幹部会議で結論を出す」
「これは、KGBとしてもうかうかしておれませんな」
「何、」
KGB長官は、うなって、聞きすまし、
「KGBとしては、かえって、復讐心が湧くというものですよ」
と、天井を仰いで言った。
「ところで米軍が新作戦を練っているらしい」
議長がつぶやいた一言に、一方の外相も、ぴくりと顔をあげていた。
「新作戦?」
「作戦内容はまだわかってないらしい」
今、中に飛び込んでいったら、参加したNATO諸国の立場がなくなるどころか、話のこじれ方によっては緊張緩和そのものの崩壊もありうる。
外相という立場の判断で、グロムイコは途中参加をためらった。
このまま、放っておける問題ではないと思ったが、下手な行動は慎まねばならない。
第一、赤軍を散々苦しめた重光線級がいるかさえも、十分にわかっていないからだ。
確実なのは、木原マサキが土星への威力偵察をしたという事実だけ。
なぜ木原が、単独で……
これが解明されなければ、迂闊に介入できない。
かといって、このまま知らぬふりをすることは、なおの事、出来なかった。
「同志議長」
侍していた参謀総長が、そのとき、初めて口をひらいた。
「ん?」
「私は、木原に話し合いを申し入れようと思っております」
その場に衝撃が走った。
室中、氷を敷き詰めたように冷え冷えとした空気が、政治局員たちを包む。
「そんなはずはない」
「君の楽観論であろう」
「何かの、まちがいか?」
人々は、仰天して、騒いだ。
混乱を受けてか、チェルネンコは、途端に驚愕の色をあらわす。
両手を広げて、参謀総長の方に振り返った。
「木原と話し合い?」
外相は、参謀総長の提案を一笑の下に切り捨てた。
日ソの外交関係の30年を知っているものにとって、その提案はあまりにも馬鹿げていた為である。
「同志参謀総長、冗談はよしてくれ」
「私は真剣です」
最近のマサキの心境なども、ソ連赤軍には的確にまだつかめていない。
洞穴に隠れる熊みたいにそれは不気味な感がある。
なので、「まずは、ヘタに触さわるな」と様子を見ていたのである。
それをいま、議長が、
「で、日本野郎と会って、何を話し合おうというのだね」
さも憎げに怒りをもらしたので、参謀総長にすれば、マサキの秘密を探る、勿怪の幸いと、すぐ考えられていた。
「G元素の共同開発を申し出るのです」
参謀総長は口付きタバコの「白海運河」を出して、火をつけた。
話をほかへ持ってゆく手段である。
さし当って、マサキの作戦の狙いとは、何なのかか。
それを、議長の権力でつきとめさせたい。
「いかがなものでしょう」
参謀総長は、すすめた。
KGB長官も、当惑顔のほかなく、
「ま、皆さま、お静まり下さい」
と、左右をなだめ、
「同志参謀総長、それは夢物語ですよ。
我らとG元素の共同開発を進めるなんて、日本野郎が応じると思うんですか!」
KGB長官が、米ソの間を行き来している日本の立場をはなす。
参謀総長はまた、わざとのように、彼の気弱さを、あざわらった。
「出来るかどうか、一応話し合ってみるべきですな」
「議長殺しの悪党と、誰が話し合いに行くというのか!」
「この私が交渉に応じるのです」
「そいつは、あまりにも冒険主義的過ぎる」
「私は考えに考え抜いた後、それをいっているのだ。
今こそ、話し合いが必要なのだと……」
KGB長官は、いやいやうなずいた。
彼として、おもしろくない赤軍の形勢にふと気が重かったものだろう。
彼は自分の席から上座を仰いだ。
「木原は、ハバロフスクを爆破し、そしてベイルートまでも爆破した。
如何に長大な力を示そうとは言っても、このままいけばソ連の、いや地球の破滅を招く」
「現に、東ドイツをはじめとする東欧諸国はこぞってNATOの軍門に下りました。
国際関係のねじれは酷くなる一方で、その内、中近東での影響力を失う遠因になります」
参謀総長は、力をこめた。
「これは核による力の均衡が崩れてきている証拠です。
この破滅から逃れるには、日本野郎を一時的に利用するしかありますまい。
同志議長、どうぞご裁可を」
赤軍参謀総長の熱心な説得に、チェルネンコ議長はついに決心した。
「君の責任で、やり給え」
参謀総長は議長の裁可を拝して、押しいただき、
「ありがとうございます」
議長をはじめとする閣僚たちに、謝辞を述べる。
議場にかかる真影と国旗に最敬礼をした後、そのままその場から下がった。
その頃、日本政府は。
洛中にある首相官邸に、マサキ達を呼び出していた。
議場には、三権の長と、官房長官をはじめとした国務大臣。
ずらりと次官と次官級の高級官僚が居並んでいた。
「この報告は……本当かね、木原君。
木星と土星にもBETAが存在し、ハイヴが建設されていたというが……」
官房長官の言葉を受けて、マサキは氷のように冷たく答えた。
「木星の衛星ガニメデと、土星の衛星タイタンは、早い時期にはBETAの手に落ちていた」
そう告げると言葉を切り、タバコに火をつける。
上司の前で平然と喫煙する姿に、さしもの美久もあきれ果てるばかりであった。
「記録フィルムはあるかね」
「ああ」
「見せたまえ」
映写機から映し出されたのは、ガニメデでの戦闘記録であった。
氷で覆われた氷天体の5000キロの衛星内に、凄惨な地獄絵が繰り広げられている。
「これが、ジェイカイザー」
グレートゼオライマーが長距離射撃用の砲身に変形した様が映された。
「そして、オメガ・プロトンサンダー」
背中に付いた羽根型の大型バインダーの先端が、クローズアップされる。
先端から飛び出した蟹のはさみに似た形状のものが、原子核破壊砲の装置であった。
「標準なしの1斉射で、ジェイカイザーは、60万。
プロトンサンダーでは、200万のBETAを一瞬のうちに灰にすることが出来る」
酸鼻な奈落の底で、超然とそびえるグレートゼオライマー。
その姿は、地獄の業火の中から燦然と現れる閻魔王にさえ思えた。
「むう……これほどとは!」
首相のおもてには、どこにもほっとした容子はない。
土星BETAの殲滅報告をマサキから受けて、安堵もあるはずなのに、それとは逆な様子だった。
「これからだ! ……。むずかしいのは」
独り呟いているかのような硬めた眉の影だった。
内閣の質疑から解放されたマサキは、官邸近くにある喫茶店にいた。
個人経営の店であったが、政府関係者が主な客で、半ば職員用の休憩所であった。
美久とともに軽食を取りながら、熱いカフェラテとタバコで一服していた。
すると、二人の人影が現れた。
白銀と鎧衣である。
白銀は帽子を脱ぐと、一礼をした後、
「先生宛に、ソ連外務省から連絡がありました」
「何!」
マサキは、どきとした色で、聞き返す。
それの実否を、ただす間もなかった。
「エネルギーの共同開発を行いたいので、返答が欲しいそうです」
ソ連の国際的立場が危ういから、G元素の開発にかじを切ったのか。
そんな余裕が、どこにあるか、と言いたげに、マサキは眼を丸くした。
「エネルギーの共同開発だと!」
と、マサキは感情まる出しに、怒った。
「ソ連の奴ら、何を寝ぼけたことを言ってるのだ」
「断りますか……」
「その必要はない。捨ておけ!」
鎧衣と白銀は、思わず顔を見合せた。
思い当りがなくもないからであった。
「木原君……」
この時、鎧衣はチャンスとばかりに、マサキに水を向けた。
「なんだ、鎧衣!」
鎧衣は、マサキにそれとなく探りを入れてきた。
「考えようによっては、またとない機会……」
マサキは、むきになって、言いまくしたものだった。
「良い機会だと!」
臆面もなく鎧衣は、彼に打ち明けたことだった。
「ソ連の交渉に応じて、その間にG元素を全て米軍に渡せばよいのではないか」
鎧衣と白銀は、特に示し合わせた訳ではなかった。
だが、目を見合ううちに、互いの心をお読み取っていた。
「なるほど、それは良いですね。
先生、奴らの提案に応じてください」
白銀からの思わぬ発言に、ギョっとしつつもマサキは必死に心を静めた。
おおよその状況を把握してから、どう行動するか決めようと思ったのだ。
「……」
マサキは、途方に暮れた眉だった。
会話は、そこで途切れてしまった。
喫茶店での話もそぞろに、マサキは岐阜基地の格納庫に戻っていた。
対BETA用の新兵器の最終調整を一人進めているところに、美久は声をかける。
「これはなんですか」
美久が見たものは、奇妙なものだった。
タンクローリー用のセミトレーラーを流用したもので、横倒しのタンクを縦に配置し直したものである。
全高11.97メートル、全長3.095メートルもあり、タンクの背面には何やら連結器のような物が見えた。
「農薬噴霧器ではない。
俺が作った、真空でも使える新型の火炎放射器だ。
最大有効射程は、3キロメートル、タンクの最大容量は、240000ガロン。
ファントムの内部タンクは、2000ガロンだから、約20機分だ」
(240000米液量ガロン=約90キロリットル)
可燃性燃料を満載したタンクの前である。
さしものマサキもタバコに火を付けずに、口にくわえているばかりであった。
「次元連結システムを応用した装置で、一回の火炎放射で1500度の高温まで発射できる」
マサキが説明した装置は、M2A1火炎放射器を10倍ほどの大きさにしたようなものだった。
色は黒に近い深緑色に染められ、戦術機の両腕で保持できるようにグリップが装備されていた。
「この棒型のグリップは手元に手繰り寄せるポンプ式で、連続30分の火炎放射が可能だ。
また燃料タンクの容量から30時間の使用が可能で、最悪の場合、戦術機の増槽としても使える」
タンクには可燃性の燃料が満載している為であろう。
黒色の板に黄色の反射性の材料で、「危」と表示した標識が設置してあった。
「あと、真空ナパーム弾や、戦術機に装備する電子光線銃の開発も続けている。
これが完成すれば、BETAに近寄らずにハイヴごと奇麗に焼けて、跡地利用にも問題ない」
そういいながら格納庫から出て、外にある自動販売機の前に移動する。
マサキは格納庫の扉が閉まったことを確認すると、胸ポケットから使い捨てライターを出した。
「どうせ人の住んでいない月面です。
いっその事、核ミサイルを使えば済むのではありませんか……」
「お前も、すこしばかり過激な事を言うようになったな……」
いささか感傷的になったマサキに、美久も同調した。
胸がつまった。
「美久、お前はゴキブリやネズミを退治するのに家を爆破するのか……」
ポツリと漏らしたマサキの言葉だったが、美久には皮肉に聞こえた。
「違います……」
「いや、違うはずがない」
「違うと言ったら、違います」
マサキは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、マサキは煙草に火をつけた。
ホープのアメリカンブレンドの何とも言えない香りが、その場に広がる。
「核爆弾を使うということは、ゴキブリごときで家を爆破する様なものだ。
俺としては、後に得られる資源の為にBETAとその副産物であるG元素だけを焼くことにした」
そういわれると、何も言い返せなかった。
確かに、核弾頭による飽和攻撃という自分の提案は月面の資源採掘を遅らせる原因になる。
……マサキさん。
この世界に来てから、あなたは変わりましたね。
以前でしたら、きっとハイヴどころか、惑星ごと爆破していたでしょう。
だいぶ優しくなられましたね……
美久はマサキの変化に内心驚きつつ、また喜んでいた。
くぐってきた修羅場の数だけしたたかになり、強くなってきた。
以前には感じられなかった、マサキの精神的な成長を実感するほどであった。
後書き
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