SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第三章 ~心の在処~
その十
「失礼します!」
四時限目の終了を知らせるチャイムが鳴ったかと思うとほぼ同時に、2-Cの教室にデイジーが現れた。
「あの、リシアンサス様。少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「う、うん。大丈夫だけど」
デイジーの勢いにシアも若干引き気味だ。
「実はですね……」
そうしてデイジーは今までの事情をかいつまんで説明する。
「それで、よろしければ……少しだけでも、お時間のある時に……」
「うん。時間のある時なら、手伝ってもいいよ」
「え……いいのか?」
やけにあっさり承諾したシアに少し驚く稟。
「前はちょっと急だなって思ってたから。でも、ちゃんと説明してもらって、納得もできたから」
それに、部活動にも興味があったし、と続けるシア。
「ひ、姫様……デイジーは、デイジーは……」
「大したことは出来ないかもしれないけど、よろしくね。デイジーちゃん」
「あ、ありがどうございまずぅ~~」
感動のあまり、若干涙目のデイジー。少し落ち着け。
「あ……でも、勉学に専念されたい、と仰られていましたが……」
「あ、それも大丈夫。柳哉くんが教えてくれる事になったから」
「えっ……」
驚き、デイジーは三人の様子を遠巻きに眺めていた柳哉を見る。目が合うと同時に柳哉は小さく笑った。
「ん? 柳と知り合いだったのか?」
「あ、いえ……以前、少し相談に乗ってもらった事がありまして」
まあそれはいいとして。
「稟くんも付き合ってくれるんだよね?」
「え? あ、ああ……」
自分に話を振られ、どもりつつも返答する。こうなってしまうと稟にはもはや断れない。
(言うだけ言って逃げる、ってわけにもいかないしな)
「時間がある時だけでよければ俺も手伝うよ」
(ふふっ……同時に右腕まで。これまでが嘘のような順風満帆ぶり)
「何か言ったか? そこの紫の」
何やら不穏な気配を感じるが。
「いえ、何も言ってないですよ?」
怪しい。具体的にはその笑顔とか。
「こほん。ええと……では、本日の放課後、放送室にて決起集会を開催しましょう!」
意気込むデイジーだったが……
「あ、ごめんね。今日は夕飯の買い物があって……」
「ああ、じゃあ俺も」
「はうあっ!?」
ものの見事に出鼻を挫かれた。むー、と稟を睨みつけるもそれ以上は言わなかった。
「えー、それでは明日……は祝日なので、明後日の金曜日は大丈夫でしょうか?」
「うん、それなら大丈夫だよ」
「俺も問題無いぞ」
「では、金曜日の放課後にお迎えに来ますので。逃げないでくださいね? 土見さん」
ちなみに最後の部分はシアには聞こえないよう、小声である。
それだけ言った後、デイジーは別れの挨拶をし、教室へと戻って行った。
* * * * * *
夕飯前、少し買い物に行って来ると楓に伝えて家を出る。その帰り、ふと光陽公園に足を運ぶ稟。その目に、ぽつんとベンチに座る少女の姿が入った。バーベナ学園の制服に薄紫色の髪のツインテールの少女だ。
「プリムラ……?」
徐々に秋の気配が深まり、虫の音だけが響く公園の中に、その声は思いの他よく響いたようだ。
「……りん……?」
その髪を揺らしながらプリムラが顔を上げる。
「こんな時間まで、こんな所で何をやってるんだ?」
しかも一人でだ。稟の口調がややきついものになるのも致し方ないことだろう。しかし、プリムラはしばらく何の反応も見せなかった。ややあってプリムラが口を開く。
「……違う……」
先程は見受けられなかった感情がそこにあった。だがそれははっきりとした失望だった。稟を責めている訳ではない。その言葉が表しているものは……寂しさだ。
「違うって……この場所に何かあるのか?」
「……何もない……だけど、私はまだ……ここにいる……」
この場所そのものに意味はない。しかし、プリムラにとっては“ここにいること”そのものに特別な意味がある。プリムラは稟のことを知っていて、稟に会うために人界まで来た。だが、それだけで終わりではない。現にプリムラは、ここで何かを探している。
その紫色の瞳からは、もう寂しさは感じない。「違う」と言った瞬間の拒絶にも似た色も、今は存在していなかった。
「じゃあ俺も付き合うよ。日も暮れたし、一人じゃ危ない」
帰るそぶりを見せないプリムラの隣に、稟も並んだ。プリムラを一人残して帰るなどという考えは土見稟の中には存在しない。
そう言った稟をゆっくりと見やるプリムラ。しばしの静寂の後に立ち上がる。
「……帰る」
そう呟くと歩き始めた。
「……もう、いいのか?」
公園の出口で紫色の瞳が稟をじっと見つめている。待ってくれているのだということに気付き、足早にその後を追った。
* * * * * *
「……学園とか、家とかで、何かあったのか?」
帰り道の途中で尋ねるが、返ってきたのは、
「……違う……お姉ちゃんに、会いたかった……」
という言葉だった。
「ネリネのことか? それなら学園でも……」
「違う」
稟の言葉を遮るプリムラ。
「……リコリス……リコリスお姉ちゃんに……会いたかった……」
「リコリス?」
初めて聞く名前のはずだ。学園の生徒にも、そんな名前の知り合いはいない。学園外も同様だ。しかし、なぜか琴線に触れるものがあった。
「……待ってれば、来てくれるかなって……」
プリムラが、ここまで好意を表す相手。その人のことが知りたい、と純粋に興味が湧く。
「……お姉ちゃん……来てくれない……」
しかし、“リコリス”のことを教えるつもりは、プリムラには無いようだ。その細い肩は頼りなく、とても儚げだったが、今の稟には掛ける言葉が見つからなかった。
(今度、魔王のおじさんに聞いてみるか)
そしてその機会は、思ったよりも早く訪れることになる。
* * * * * *
「放送部……ですか?」
「ああ、まだ正式にってわけじゃないけどな」
夕食後、楓とプリムラに事情を説明し、何だかんだで手伝うことになった、と答える稟。
「良かったです」
「へ……?」
「稟くんはずっと部活動をしていませんでした。もしかしたら、私を気遣ってのことかもしれないって思ってましたから」
「……確かにそれもあったかもな。ま、部活っていってもそんなに肩に力を入れてやるようなのじゃないし」
ま、興味があったり暇だったりしたら見にくるといい、と言う稟に楽しそうです、と答える楓。プリムラも稟が行くなら、とのこと。
「ま、人手が足りない時なんかは応援を頼むかもしれないけどな」
小さく笑って言った稟に楓も微笑んだ。
「それで、明日の事なんですが……」
「ん? 何かあったっけ?」
「忘れちゃったんですか? リムちゃんの冬物のお洋服を買いに行くんです」
ちなみに明日は秋分の日で学園は休みだ。ちょうど今週の頭に楓と約束したのだが……。
「……ああ、うん。大丈夫だ、忘れてないぞ?」
いや、明らかに忘れてただろう。
「……」
プリムラの視線に無言の圧力を感じるのははたして気のせいだろうか?
「それでですね、天気予報では明日は雨みたいなんです」
「そっか。さすがに雨の中を行くのもな……」
楓の出してくれた助け舟に飛びつく稟。
「まあ、明日の朝の空模様を見て決めるか」
「そうですね」
しかしこの翌日、事件が起きることになる。
* * * * * *
「雨、か」
休日には珍しく、楓に起こされる前に目覚めた稟。それというのも、まるで梅雨のさかりのような激しい雨音のせいだ。カーテン越しに窓の外を見るが、まさに絵に描いたようなどしゃ降りだ。
「この分じゃ、買い物は無理かな……。まあ、そんなに急ぐものでもないしな」
今日の予定――プリムラの冬物の洋服を買いに行く――は今週末に延期にするか。そう考えた時、部屋にノックの音が響いた。
「稟くん……」
返事をする前に部屋の扉が開き、楓が入ってきた。なにやら思い詰めた表情をしている。
「楓……? どうした?」
そして、次に楓の口から出た言葉を聞いたとき、稟はしばらくの間何も考えられなかった。
「プリムラが……いない?」
頷く楓。続く静寂に、雨音が一層激しく聞こえた。
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