| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SHUFFLE! ~The bonds of eternity~

作者:Undefeat
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三章 ~心の在処~
  その十一

「プリムラが……いない?」

 鸚鵡(おうむ)返しに聞く稟に、はい、と楓が頷く。

「いつもの時間になっても起きてこないので、部屋を見に行ったんですが……」

 その時はトイレにでも行っているのだろう、と思って気にしなかった。プリムラは休日であっても、平日とほぼ同じ時間に起きる。ただトイレに行っているだけならすぐにリビングなりに姿を見せるだろうと思った楓だったが……その後も一向に姿を見せない。さすがに不思議に思ってプリムラの部屋を見てもやはりいない。念のためにと風呂やトイレなど、家中を見て回ったが見当たらず、もしやと思って玄関を見てみたところ、

「リムちゃんの靴がないんです」

「この雨の中を出かけたっていうのか?」

 言いながら稟は窓の外を見る。相変わらず雨足は強く、弱まる気配を見せない。

「あとそれから……リムちゃんの部屋からぬいぐるみがなくなっているんです」

「ぬいぐるみって……あの白玉と黒玉か?」

「いえ、それではなくて……虎玉が」

 虎玉。稟がプリムラと初めて会った時に持っていた虎柄の猫のぬいぐるみの名前だ。一部がほつれて中身が(あらわ)になっており、年季を感じさせる代物だ。以前は肌身離さず持っていたが、稟から白玉と黒玉を贈られてからは、プリムラの部屋に置かれていた。それがなくなっているという。なぜ今になってそれを持ち出したというのか。しかもこんな雨の日に。

『……リコリス……リコリスお姉ちゃんに……会いたかった……』

 不意に昨日の事が思い出される。

「まさか……」

「稟君?」

「ああ、悪い。ともかくおじさん達に連絡しよう」

 甦ってきた名前の意味を確かめるべく、稟は電話に向かった。


          *     *     *     *     *     *


 五分後。

「なんでえ、どうかしたのか稟殿。わざわざ俺っち達を呼び出すなんてよ」

「よく考えてみれば、稟ちゃんが自分から私達を呼び出すのは初めてじゃないかな?」

 稟の電話で呼び出された二人が騒がしく芙蓉家のリビングに入って来る。本来なら二人の台詞にツッコミを入れているところだが……。

「呼び出しておいて何ですが、もう少し待ってもらえますか? もう一人来るので」

「もう一人?」

 魔王が訊くのとほぼ同時にチャイムが鳴る。来たようだ。事前に話しておいたのだろう、楓が応対に出る。すぐに“もう一人”が楓と共にリビングに入って来た。

「とりあえずおはよう、稟。ユーストマ殿、フォーベシイ殿もおはようございます」

 そう挨拶をしたのは柳哉だった。力を借りようと連絡しておいたのだ。

「すまないな、朝から」

「まったくだ」

「……悪い」

「冗談だよ。そんな顔するな」

 それはさておき。

「で、朝からこれだけの面子を集めた訳を聞かせてもらおうか?」

「ああ」

 それだけを言うと、神王と魔王に向けて、いきなり核心をぶつける。

「リコリスっていう女性を知っていますか?」

「……稟殿、それをどこで聞いた?」

「……」

 予想通りの反応だ。この分なら間違いなく知っている。確信を持ってさらにたたみかける。

「プリムラが言っていたんです。リコリスお姉ちゃんに会いたかったって。教えてくれませんか? プリムラのお姉さんのことを」

 一息ついてさらに続ける。

「そんなに時間があるわけじゃないんです。俺は今、それを聞かなきゃならない」

 先程、電話を終えた後に気付いたのだが、玄関の傘立てにプリムラの傘があった。つまり、プリムラは傘を持たずに出かけたことになる。この雨の中をだ。時間がないのもそれが理由だ。それに二人はプリムラが行方不明になっていることに気付いていない。それはすなわち、誰にも相談できなかったということだ。
 二人が言葉の裏にこめられた意味を察したのだろう、真剣な表情になっている。見れば柳哉も険しい表情をし、楓も不安そうにしている。

「……あの子はね、感情を出さないんじゃない。出せないんだ……」

 長い沈黙の後(とはいってもほんの数十秒ほどだが)、魔王が口を開いた。

「おい、まー坊」

「構わないよ。稟ちゃんには知っておいてもらった方がいい。いや、むしろ知るべきだ。あの子のためにも……」

「そう……かもしれねえな」

「それに、稟ちゃんと同様、家族である楓ちゃんにもね」

 その言葉を聞き、柳哉が魔王に対して目配せする。その意味を正確に受け止め、小さく頷いた。すなわち、自分がそれを聞いてもいいのか? という問いだ。
 本来なら聞かせるべきではないが、柳哉はその勘働きの良さ、洞察力の良さで真相に辿り着く可能性が高い。それならばいっそのこと自分の口から話してしまおう、ということだ。
 とはいえ、すでに柳哉はいくつかの予想を立てており、その内の一つが見事に的中している。そのことを魔王は知る由もないが。

「……プリムラは感情がないわけじゃない。それには俺も気付いてました。元からそうだったわけじゃない。……プリムラが今のようになったのは、リコリスという女性が関係してるんですね?」

 教えて下さい、全部。と真っ直ぐに自分達を見てくる稟に、神王と魔王はお互いの顔を見合わせ、小さく頷き、話し始めた。

「以前にも言った通り、人工生命体は全部で三体いた。なら、他の二体は今どうしているのか、そもそもなぜ三体なのか……」

「……他の二人は……」

「……」

 無言。その沈黙が物語るのは……二人がもうすでにこの世にいない、ということだろう。
 ――元々、無茶な話だった。ネリネレベルの魔力でさえ、制御できる者などほとんどいない。

「俺やまー坊、それに世界でも極一部の奴だけがどうにか制御できるくらいだ。ましてや無理に強化しまくった魔力を、その程度でしかない俺達が制御なんて出来るわけがねえ……」

 どこか自嘲じみた悔恨が滲むその台詞は、神王が初めて見せる、自分への戒め。

「……神ちゃんの言った通りさ。生命体が三体作られたのは……長持ちしないのが、分かっていたからだよ……」

 そこからは、以前に柳哉が予想したこととほぼ同じだ。
 最初の一人、一号体が作られたのは今から約二十年前。作り方は、強化。魔族の中から一人を選抜、その魔力を特殊な方法を使用して引き上げる。制御の可否など考えず、ただひたすらに強化し、その結果、あっさり暴走。とうに人の手に負えるレベルを超えた魔力は純粋な力の塊と化し、研究が行われていた施設とその周囲もろとも消滅した。

「本来なら、その時点で実験は中止になるべきだったんだけれども……そうするわけにはいかなかった。なぜなら……」

 その実験は神界と魔界、双方にとって必要なものだったから。
 故に、次の二号体は違った方法で作られた。複製、人界で言うところのクローンだ。強大な魔力を持った魔族の遺伝子を改良し、魔界屈指の魔力とそれを制御できるだけの器と共に元々持っていた素質を育て、限界以上の魔力を制御可能な(すべ)を身に着けさせる。
 途中までは順調だったものの、やはり失敗。原因は複製された遺伝子情報の劣化が予想以上に激しかったこと。強力に過ぎた魔力に耐え切れず……死んだ。

「だがな、これはある意味予定調和でもあった」

(だろうな)

 そう思った柳哉だが口には出さない。今はそういう状況ではない。
 クローン技術は人界においても未完成の技術だ。神界、魔界でもそれは同様。

「だからこそ、三号体を用意しておいた」

「それがプリムラ。その作り方は……生産」

 肌が粟立つような感覚を覚える稟。二人が言っていることは即ち、

「プリムラを……作った……?」

 それは言葉通りの意味。髪の毛の一本一本から皮膚の一欠片まで、ありとあらゆる技術を総動員し、強大な魔力とそれを制御できるだけの肉体的キャパシティを併せ持った者を、文字通りゼロから作り上げた。

「そんな……人間を作るなんて……」

 普通なら無理だ。しかし、

「いくつもの失敗といくつもの偶然、そしていくつもの奇跡。それらがたまたま綺麗に混ざり合い、天文学的数値の確率を拾い上げた結果、生まれた」

 以前、柳哉が言っていた“奇跡の具現”というのは誇張でも何でもなく、正にその通りだったということだ。

「もう一度作ろうとしたって絶対に出来やしねえ、替えの利かない実験体だ」

 一体この人達は何を言っているのか。なぜそんなことを繰り返せるのか。胸をつく感情。しかしそれは今まで真剣に向き合ってこなかった自分の愚かさゆえなのだろうか。

「……」

 無言の稟。

「おい、稟」

「あ、ああ」

 柳哉に小突かれ、我に返る。

「大丈夫か?」

「ああ、なんとか」

「そうか、それじゃあ……」

 そう言って稟から視線を外す。稟もつられてそちらを向くと、

「……」

 同じく無言の楓。しかし、稟とは違い小さく震えている。心なしか顔も青褪めているようだ。無理もないだろう。稟と違って楓は女性であり、母となる資質を持っている。それ故に、人工的に命を作り出した、という今までの話には本能的に拒否反応が出るのかもしれない。

「抱きしめてやりな」

「ああ」

 そうして楓を抱きしめる稟。そのまましばらくして、どうにか震えが収まった楓が顔を上げる。

「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございました」

 まだ少し顔が青いものの気丈に応える楓。

(柳がいてくれて良かった)

 もし自分だけだったら楓の異変に気付けなかったかもしれない。感謝を込めた視線を送ると、柳哉が小さく笑った。それを見て居住まいを正す。そして自分の両頬を同時に張る。思った以上に大きな音が出た。あとけっこう痛い。

「り、稟君?」

「あ、ああ、大丈夫だ」

(ちょっとやりすぎたか……でも)

 気合は、充分に入った。 

(よし!)

「すみませんでした。続けてください」

 そう言って神王と魔王に向き合う稟。その姿を見て両王は目を細めた。まるで息子の成長を見る父親のように。

「稟ちゃん。作り出された、ということが何を意味するかわかるかい?」

「……普通の生まれじゃないってことくらいしか……」

「いや、それでいい。半分は正解だよ」

 そう言ってチラリと柳哉を見る魔王。意図を察したのか柳哉が口を開く。

「ようするに、遺伝学上の“親”と呼ばれる個体を持たない、ということだ」

「そう、つまりプリムラには両親がいない。親の愛情を知らない。替えのない実験体である彼女が気安く外に出られるわけもない。友人などいよう筈もない」

 結果として感情というものを知らずに育ってしまった。だからこそ表情も変えられない。いや、そもそも変え方を知らない。

「プリムラが知っているものはただ一つ。唯一の家族とも言える存在。あの子にとっての姉……二号体」

「つまり、彼女が……」

「そう……リコリス。常に無口、無表情だったプリムラも、彼女の前でだけは多少なりとも感情を出した」

 喜び、怒り、哀しみ、笑った。

「プリムラが持っていたあのぬいぐるみはね、以前にリコリスが人界に来た時にお土産として買ったものなんだよ」

 だからこそプリムラは猫に興味を持った。唯一の家族からの贈り物だから。

「唯一の、家族……」

「リムちゃん……」

 稟も楓も後悔していた。一緒にいれば、それでどうにかなる。そんな想いが、傍にいるはずだったプリムラを一人にしていた。どうやら自分はまったく成長していないらしい。いつだって、大切なことに気付くのが遅すぎる。

「そして、その姉が好きだった一人の人族にも同様に興味を持った。」

 かつてリコリスが人界を訪れた時に出会い、憧れ続けた少年、土見稟。

「まさか、その興味対象に会うためだけに人界まで来ちまうとは夢にも思わなかったがな」

 呆れたような口調で神王が言う。彼らにしてみれば晴天の霹靂もいいところだっただろう。

「俺がリコリスと会っていた?」

「気にしなくてもいいよ。覚えていないのも当然だろうからね」

(いや、覚えてはいるのだろう。でも、あの時のリコリスは……)

 その先は口にはしなかった。ここには柳哉もいる。彼ならば真相に辿り着いてしまう可能性があるからだ。もっとも、真相に辿り着いたところで、それを稟に自分から話すようなことはしないだろうが……念には念を入れて、である。

「リコリスは、一人でいるプリムラを迎えに行ったことがあるんですね?」

「……過去に一度だけ、プリムラが施設を抜け出したことがあってね……その時にプリムラを連れて帰って来たのが……」

「確か、リコリスだったな。そん時以来だな。プリムラがリコリスの後を付いて回るようになったのは」

(待ってるんだな……あいつ)

 ならば、やるべき事は一つだ。

「ありがとうございます。おかげで確信が持てました。あいつを……プリムラを迎えに行ってきます」

 神王と魔王の二人に望みを託された稟は(きびす)を返す。そこに声が掛かる。柳哉だ。

「稟」

「?」

「忘れるなよ。お前はお前だ。人は誰しも、自分以外の存在になんかなれはしないんだ」

 土見稟ではリコリスの代わりにはなれない。リコリスの代わりになれるのはリコリスだけなのだ。

「ああ、分かってる」

 それだけ言うと、稟は雨の中を出て行った。


          *     *     *     *     *     *


 稟が出ていってすぐ、柳哉は楓に声を掛けていた。

「楓、お前も行って来な」

「あ、でも……」

 躊躇(ためら)う楓。しかし、

「家族、なんだろう?」

 その言葉で、楓から躊躇いが消えた。

「あの、柳君」

「稟は光陽公園の方に向かったみたいだ。あと風呂なら沸かしておくから」

「お願いします」

 それだけ言うと、楓も雨の中を出て行った。


          *     *     *     *     *     *


 風呂を沸かす操作をしてリビングに戻ると、そこには神王と魔王の二人がいた。まだ帰っていなかったようだ。柳哉は驚いていない。むしろそのために楓を送り出したのだから。

「おや? どうされたんですか?」

 まだ帰っていないなんて、と続ける。

「ああ、ちょっとお前さんに話があってな」

 その声は、神族の、そして神界の王である、“軍神”ユーストマのそれだった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧