SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第三章 ~心の在処~
その八
「……むぅ」
火曜日の朝、2-Cの教室にて。
水守柳哉は微妙な表情で、今朝、自分の下駄箱に入っていたそれを見ていた。縦十センチ弱、横十五センチ弱の紙製で色は白く、封入口が長辺にあるいわゆる洋型の封筒。表には“水守柳哉様”と書かれており、字は若干丸っこい。差出人はおそらく女子生徒だ。既に封は切られており、その中身は現在柳哉の手にある。
(大切なお話があります。本日の放課後、屋上でお待ちしています、か)
差出人の名前は無く、内容からすると告白のための呼び出しとも取れる。普通の健全な男子高校生なら一体どんな相手なのか、どんな用件なのかと想像力を働かせるのだろうが……
(なーんか、厄介事の匂いがするんだよなあ……)
柳哉には自分が“普通”というカテゴリからは若干外れているという自覚がある。さらに多くの経験から、特に厄介事に関しては非常に勘が鋭い。おそらくこれもそうなのだろう、と判断するが、送り主が女子生徒であろうことから無視するのもどうか、とか考えてしまう。柳哉は基本的には女性に対して誠実だ。それ故に、
(ま、とりあえず行ってみて、それから考えよう)
そう結論し、手紙をしまう。……普段から稟の事を“底抜けのお人好し”呼ばわりしている柳哉だが、結局の所、稟と同類だということだ。いわゆる類友である。
そして、手紙の内容と自分の思考に集中していた柳哉は気が付かなかった。
(これは面白くなってきたのですよ!)
スクープ大好きなオッドアイの少女に一部始終を見られていた事に。
* * * * * *
そして放課後。
今日は掃除当番ではない柳哉は授業終了と同時に屋上に来ていた。どんな状況であれ、女性を待たせるわけにはいかない。まだあの手紙の送り主が女子生徒と決まったわけではないが。
(少し早かったか?)
秋分の日が近いとはいえ、まだ夕方と呼べる時刻ではない。まあ気長に待とう、と決めて柵に手を置き、屋上からの景色を眺める。今の時期、屋上は昼食スポットとしてかなり賑わうが、さすがにこの時間は人気が無い。
(そういえば昼食時以外で屋上に来るのは初めてだな。だからどう、というわけでもないが)
益体もないことを考える事二十分ほどした後、校舎内に続く扉が開かれた。あえて振り向かず、声を掛けられるのを待つ。手紙の差出人とは違う人物の可能性もあるからだ。
「水守柳哉さん……ですか?」
頷くことで肯定し、ゆっくりと振り向く。そこにいたのは予想外の人物。
「以前にも放送室でお会いしましたが……覚えてますか?」
忘れてなどいない。肩に届くかどうかくらいの紫の髪。そしてその髪の一部を花のバレッタで留めた神族の少女、デイジーだった。
* * * * * *
柳哉は内心で焦っていた。その可能性を完全に失念していた。まさかこのタイミングで彼女が自分に接触してくるとは! 充分に予想出来たはずだ。
(いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!)
内心の動揺を悟られないよう、少し間を置いてから話し掛ける。
「ああ、覚えてるよ。記憶力には自信がある」
「……の割には間がありましたけど?」
「何、予想外の人物だったんで少し驚いただけだよ」
嘘ではない。驚いたのは事実だ。その理由は敢えて話さない。下手に口にすれば後手に回ってしまいかねない。
「さて、無駄話はこれくらいにして、本題に入ろう。……その前に」
「何ですか?」
「座らないか?」
「……そうですね」
そう言って二脚のベンチにそれぞれ座る。少し間を置き、柳哉が口を開いた。
「で、“大切なお話”ってのは? 雰囲気からして愛の告白、とかじゃなさそうだが」
「……ええ、実は……」
言いよどむデイジーに警戒心を高める柳哉。しかし、
「私がリシアンサス様を放送部に勧誘した、というのはご存知ですか?」
「あ、ああ。知ってるけど……」
予想外の台詞に一瞬思考が停止しかかるが、どうにか持ちこたえる。
「なら話は早いですね」
(そっちかよ!?)
一気に脱力。同時に警戒を解く。良かった。どうやら神王に何か言われて来たわけではないようだ。
「あのー、聞いてます?」
「ああ、聞いてるよ。シアを放送部に入れたいんだろう?」
「むっ、あなたもリシアンサス様を呼び捨てですか」
「本人からそう言われたしな。むしろ下手にかしこまった呼び方はされたくないんじゃないか?」
その理由はシアの立場と性格を考えれば容易に想像がつく。
「それはそうかもしれませんけど……」
「やっぱり不満か?」
「……男の人が呼び捨てにしていいのは、奥さんだけだと思いますから」
「古風だな。まあそういう考えは嫌いじゃないが」
「まあ、土見さんのような慣れ慣れしさがない分、良しとしましょう」
その言葉に肩を竦めた後、話を元に戻す。
「で、放送部の件だが……察するに、シアを勧誘するのを手伝って欲しい、とかか?」
「……よく分かりましたね?」
「いや、あの切り出し方でそれ以外にどう解釈しろと?」
「それもそうですね。それで、受けてもらえませんか?」
ふむ、と少し考えてから口を開く。
「何で俺なんだ? 予想はついてるが一応聞いておきたい」
「そうですね……」
そう言って語り始めるデイジー。その内容は以前にプールで考えていたものと同じだ。手抜きとか言わないように。
「とまあ、そういうわけです……って何笑ってるんですか」
「いやまあ、若干一名の扱いの酷さにな……」
流石、歩くセクハラダイナマイツ、といったところか。
「で、どうなんですか? 受けてもらえますか?」
「まあ、力になってやりたいのは山々なんだが……正直言って難しいと思うぞ?」
「駄目ですか?」
「いや、そういう意味じゃなくてな」
少し間を置いた後、口を開く。
「俺はシアと初めて会ってからまだ一ヶ月も経っていないからな。デイジーが思っているほどの影響力は無い。それよりも……」
「それよりも……?」
「やっぱり稟を介したほうがいいと思うぞ?」
とはいえ、稟もシアと出会ってからまだ三ヶ月ちょっとしか経っていない。正確には再会してから、だが。しかし、八年前の出会い以来、シアはずっと稟に対して恋心を抱き続けてきた。それ故にシアに対する影響力は、稟と柳哉では天と地ほどに違う。
「むぅ……」
「まあ、稟に対して思うところがあるのは分かるけどな? でも、デイジーが思っているほど悪い奴じゃないぞ、土見稟って男はな」
やはり初対面時の“あれ”が尾を引いているのだろうが、それを気にしさえしなければ大丈夫だろう。
「……分かりました。とりあえず土見さんに話してみます」
「ああ。悪いな、力になれなくて」
「いえ、きっかけをもらえましたので」
「そうか。で、これで話は終わりかい?」
「はい」
そうか、とつぶやき、校舎内に続く扉を睨みつける柳哉。首を傾げるデイジー。
「で、いつまでそこで聞き耳を立ててるつもりだ? 麻弓?」
その言葉が発された直後、扉の向こうからがたん、という音がした。
「おっと、逃げるなよ? まあ別に逃げても構わんが、その場合、紅薔薇教諭の扱きが天国に思えるようなお仕置きを受けてもらうことになるぞ?」
さも愉快そうに、しかし地の底から響いてくるような声で言い放ち、ぽかんとするデイジーを置いて扉に近づき、開ける。そこにいたのは……
「あ、あはははは。偶然なのですよ、水守くん」
だらだらと嫌な汗を流している、バーベナのナイチチパパラッチこと麻弓=タイムだった。
* * * * * *
「まあ、大体の想像はついていたが……」
麻弓から事情を聞き出し、ため息を一つ。
「だってねえ、“あの”土見くんと楓の幼馴染が手紙をもらって放課後の屋上に、そしてそこに現れた女生徒、とくればもうスクープの予感しかしないわけでして」
「はぁ……」
「……あのー」
すっかり蚊帳の外なデイジーから遠慮がちな声。
「ああ、すまん。会話の内容に関しては他言無用を誓わせるから。問答無用で」
「ええーっ!?」
「……麻弓?」
「うひぃっ!?」
不満の声を上げる麻弓だったが、にっこり笑顔で、しかし目がまったく笑っていない柳哉を見て縮こまる。
「……他言無用を、誓うよな?」
「はいっ! ぜひとも誓わせていただきます!」
「よろしい。それじゃ」
健闘を祈る、と言い残してその場を去る柳哉と怯える麻弓を見て、『彼だけは敵に回すまい』と固く誓うデイジーだった。
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