SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第三章 ~心の在処~
その七
「……というわけです」
「そうか……」
帰宅後、菫は柳哉に先程の出来事を説明した。これは自分の失態であり、恥ずべき事だが、内緒にしておいていい事ではない。
「それで、神王陛下の反応ですが……残念ながら兄さんの予測はほぼ正解と言っていいかと」
自分を見た時の神王のあの反応は根拠として充分だろう。
「となれば、近いうちに向こうから何らかの形で接触があるだろうな」
「はい。早ければ来週の頭くらいには」
おそらく神王は魔王にも協力を依頼するだろうし、魔王もそれに乗るだろう。ならばそれくらい早くてもおかしな事はない。
「まず無いとは思いますが、当日迄に接触が無かった場合はどうしましょうか?」
「……それはその時に考えよう、というわけにもいかないか。とりあえず来週中に接触が無ければその時に」
「はい、それから……」
少しトーンの落ちた声で菫は言った。
「申し訳ありませんでした。私の未熟さ故に……」
予定が狂ってしまった。そう言いたいのだろう。柳哉は苦笑する。さすが兄妹、こういう所は自分とそっくりだ。そう思いながら菫の頭をいつもよりいくらか優しく撫でる。
「お前はしっかりと謝罪し、反省もした。なら、後はそれをしっかりと次に繋げていくことだ」
その言葉に菫は微笑む。かつて彼らの父、草司がよく口にしていた言葉だ。それに柳哉が言うと、確かな説得力がある。経験者は語る、といったところか。
「ただいまー」
と、玄関で声がする。玲亜が帰って来たようだ。
「お帰り」
「お帰りなさい」
今日は三人揃っての夕食になるようだ。
* * * * * *
土曜日の放課後、稟に誘われた柳哉は芙蓉家に遊びに来ていた。バーベナ学園は第二・第四土曜日が休みとなっているが、この日は第三土曜日なので授業がある。といっても昼迄なのだが。
「そういえば柳。前に聞き忘れてた事があるんだが……」
「ん? 何だ?」
「プリムラの事だ」
稟の自室にて、二人は話し込んでいた。
「……ああ、そのことか」
「……? この話になるとお前、妙に不機嫌になるな?」
前にプリムラの事情を魔王から聞いた時もそうだった。
「むしろそこまで平気な顔ができるお前の方が不思議なんだが……」
「そうか?」
「……気付いていない、というよりはそこまで考えが至っていない、か。」
もう少し自分の頭で考えろ、と言いたくなるが、ここぞという時には頭の回転が良くなるようなので言わないでおこう。
「どういうことだ?」
「それじゃ聞くが、研究所においてプリムラはどういう扱いを受けてきたと思う?」
「どういう扱いって、そりゃあ大事にされてきたんだろう? おじさん達もそう言ってたし」
「なら、何故プリムラはあそこまで感情表現が希薄なんだ?」
「それは……」
以前神王から聞いた話では『大事にされすぎてあんな風になった』らしい。それを話すと、
「それは無いな」
柳哉は断言した。これは俺の自論だが、と前置きして話し始める。
「そもそも“人間(この場合は神族・魔族・人族の三種族全体を表す)”っていう生き物は皆、感情というものを生まれつき持っている。そして成長していく過程でそれを表現する方法を学んでいく。ここまではいいな?」
頷く稟。
「あんまりこういう表現はしたくないんだが……“普通”に育った場合でも、孤児だったり養子だったりといった“普通じゃない”育ちをした場合でも、程度の差こそあれ、感情を表すことが出来るようになるものだ」
「それって……」
何かに気付いたように言う稟に頷きを返し、続ける。
「そしてそれは“普通じゃない”生まれ方をしている人工生命体も同じ。一号体はただ強化されただけだが、二号体はクローンだ。二号体がどうだったかはもう知ることは出来ないがな」
三号体であるプリムラ。彼女にもちゃんと感情がある。ただそれを上手く表す事が出来ないだけだ。ならば何故、プリムラは感情を上手く表せないのか? それは……
「周囲の環境が、それを許さなかった?」
「おそらくは、な」
肯定する柳哉。だがそこで疑問が生まれる。
「でも神王のおじさんは……」
『大事にされ過ぎた』と言っていた。それならば感情の表し方をちゃんと知っていてもおかしくはない。
「嘘は言ってないだろうな。もしかしたらお二方がいる時だけ大事にされていて、お二方がそれを知らない可能性もある」
「!!」
驚く稟。柳哉も苦い顔だ。
「ま、根拠があるわけでもない。あくまでも可能性の話だ」
「そう、か……」
「それから、これも俺の予想に過ぎないんだがな。一号体はともかく、二号体はプリムラと面識が有ったんじゃないか? もしかしたら友人と呼べる仲だったかもしれない」
有りうる話だ。奇しくも“普通じゃない”生まれ方をした者同士、面識が有ってもおかしくはない。
「でも、もしそうなら……」
柳哉は以前言っていた。『一号体や二号体の結末がプリムラの感情表現の希薄さの理由なのではないか?』と。プリムラは実験体という立場上、周囲にいるのは基本的に研究員ばかり。しかも研究所にいる以上、友人と呼べる存在など皆無と言っていい。もしも二号体が唯一の友人だったなら? その死によって感情を封印してしまう、という事も充分に有りうるだろう。
「……」
「稟」
「……」
「おい稟!」
「あ、ああ。何だ?」
何度か呼び掛け、ようやく返事をした稟に苦笑する。
「考えるのはいいんだが……考え過ぎるなよ。過ぎたるは及ばざるが如し、だ」
「ああ、そうだな」
そこでふと気付く。
「前から思ってたんだが……お前、何でそんなに鋭いんだ? さっきの事といい、楓の事といい」
確かに。稟は与り知らぬ事だが、魔王フォーベシイも柳哉の鋭さには注目している。
「前にも言ったと思うがな……色々、あったんだよ」
苦笑いする柳哉。詳しく聞きたかった稟だが、やめておいた。何故かは分からない。でも……
(柳の奴、どこか辛そうだったな)
そう、思った。
* * * * * *
夕方になって、柳哉は芙蓉家を辞した。夕飯を摂って行くよう薦められたが、『お前達の愛の巣にこれ以上長居するわけにもいかないだろう?』と冗談交じりに言って断った。ちなみにその時、楓が『愛の巣……ぽー』と言って赤くなっていたのは余談だ。
(プリムラ……か)
今日稟と話した内容を思い返す。稟には言わなかったが、プリムラが『大事にされ過ぎた』のはあくまでも“研究対象として”という可能性もある。それならばプリムラの感情表現が希薄なのも納得がいく。そもそも人間扱いされていないのなら、人間らしい感情を表すことなど出来ないだろうから。詳しくは知らないが、かつての“彼女達”もそうだったらしい。しかし、今の“彼女達”は……
(プリムラはいっそのこと“あの女子寮”に預けた方が……いやだめか。環境的にはいいが、性格面で悪影響が出かねん。何せあそこは“魔窟”だからな)
その女子寮の一部住人が聞いたら柳哉とてただでは済まないだろう。肉体的にも精神的にも。そんな事を考えつつ、柳哉は帰路についた。
後書き
“あの女子寮”とはご存知とらいあんぐるハートシリーズにおけるあの女子寮です。
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