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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第八話

 今まで感じたことも無い殺気を感じた瞬間、私は今まで抜かなかった刀を咄嗟に抜いて飛び退いていた。
辺りを見回すけれど特別これといった人影は見当たらない。けれど、殺気だけが私に向けられている。

 邪魔なので地面に落としていた銃弾や矢をふわりと浮かせてみる。
精神を集中させて殺気の方向を探り、そこへ向かって矢と銃弾を思いきり放ってみた。
悲鳴のひとつも上がるかと思ったけど、結局手ごたえらしい手ごたえはなしだ。

 だが、最後の矢が飛んでいったのと同時に衝撃波が放たれて、それを交わした途端に集中力が切れて二人をうっかり解放してしまった。
雪の上に直撃させ上手く雪を舞い上げて目くらましをし、二人を堂々と誰かが連れて行ってしまった。
蘭丸の血痕が点々と残っているけど……この辺りで納めておいた方が良いかもしれない。
これ以上追いかけようとすると、返り討ちに遭いそうな気がする。今の状況での深追いは危険だ。

 「姉上!」

 敵を一通り始末した小十郎といつきちゃんが走り寄って来る。
軽く事情を説明すると、向こうもまた報告をくれる。
連中は綺麗に片付いていて、殺したのかと思いきや全員みねうちで気を失わせて縛り上げたらしい。
小十郎が伊達の犯行でないことを証明するためだと言ってたけど、
ひょっとしたら私が逃がしてしまうことを考慮して動いたんじゃないのかしら。
まぁ、結果オーライだけど、かなり癪に障る。

 「……アンタ、そんなにお仕置きされたいわけ?」

 「ちっ、違います!! 姉上を侮辱して捕らえたわけではございません!!
現状では、織田が兵を挙げてやって来たとは考え難く、協力者の存在が考えられるからです!
事実関係を更に詰めて、そちらに兵を送り返してやるのもまた手段と考えたまでで――――」

 本当かよ。言い訳じゃないの? この子、結構上手い言い訳をするのが得意だからねぇ……。
ちなみに、それを見破って育ての親代わりである姉に報告するのが私の特技だったり。
小十郎ってば、姉だけはどうしても怖いみたいで、未だに姉の前に出れば震え上がって小さくなってるし。
ま、小十郎に限らず伊達の男全員が怖がってるというとんでもない人なんだけど、それは置いといて。

 「後で姉上に泣きついてやる。小十郎に信じて貰えなかった~って」

 「そっ、それだけは何卒御容赦を!! 大姉上に叱られるくらいならば、この小十郎腹を切った方がまだマシです!!」

 ……アンタねぇ……腹を切るのと叱られるのを天秤にかけるなっての。
叱られるくらいなら死んだ方がマシって、どんだけ怖がってんのよ。姉のことを。
つか、今にも泣きそうな顔して嘆願するな、馬鹿。

 まぁ、逃がしちゃった以上は小十郎の手柄だからとやかく言わないけれども……さて、どうしたものかしらね。

 「小十郎! 景継!」

 おっと、タイミング良く政宗様と農民達が戻ってきたぞ?

 どうも話を聞けば、軽く一戦交えて全員ぶちのめしたらしくて、
こんなことをやってる暇があるのならとっとと村に行くぞ、と嗾けたらしい。
農民達はすっかり縛られている伊達に扮した兵達を見て、酷く驚いた顔をしていた。

 「結局何処の連中だったんだ」

 「名乗ったわけではありませんが、織田の手の者かと」

 「……織田?」

 何故そこが、と政宗様が訝しがっている。まぁ、それは私も最初は同じこと思ったからともかくとして。

 「ところで、うちじゃない、って……納得してもらえたのかしらねぇ……」

 そんな私の言葉に農民達を見る。農民達は酷く戸惑った顔をして私達や偽者達を見ている。

 これで良い方向に変わればいいけど、なんて思ったその時、一揆衆の中から声が上がる。

 「何でそいつら生かしておくだ! おら達の村を滅茶苦茶にした奴らだ! 殺さなきゃ気がすまねぇ!!」

 こんな言葉に顔色を変えたのは私達の方だ。縛られて身動きの取れない連中に向かって、今にも袋叩きにして殺そうとしている。
いつきちゃんが必死に農民達に止める様にと叫んでるけど、結局農民達は聞く耳を持たないでいる。

 都合の良い時だけ神の子として崇めて、こんな時はただの子供扱いする。
なんだか人間の嫌なところを見せ付けられてるような気がしてならないわ。
……本当、いつきちゃんこっちに引き取れば良かった。こんな都合よく利用されちゃうんならさ。

 「おめぇら、止めねぇか!!」

 小十郎を始めとした伊達の連中が止めに入るけど、一度いきり立ってしまった農民達は納まりがつかない。
こんな状況でうちが止めに入っているから、やっぱり仲間なんだと始まってまた収拾のつかない状況になりかけている。

 ……何か、結局のところは私達は信頼されちゃいなかったってことじゃない?
っていうか、こっちの温情につけ込まれて、都合の良いように扱われてたって気だってしちゃう。

 一触即発の事態になりかかったところで、私達の隙を突いて脱出を試みていた偽者の一人が
縄を解いて、あろうことかいつきちゃんを人質にとりやがった。

 「いつきちゃん!!」

 「動くな!!」

 いつきちゃんの首筋に突きつけられている匕首は、何処かに隠し持っていたのだろうか。
こんな脅しに屈したくはないが、下手に動けばいつきちゃんの命が無い。

 「おい、そんなことをして無事でいられると思ってんじゃねぇだろうな」

 「伊達軍は子供の命がどうなってもいいのか? それでもいいのなら、我々を殺せば良い。だが、この子供も道連れになるがな」

 政宗様の問いかけにニヤニヤしながら笑うそいつは、絶対に伊達軍が自分達の要求を呑むと分かっていて話をしている。
うちはこういうのを見捨てられないってのをきっちり把握してるんだ。把握した上でこんな要求をしてきてる。

 「我々をこのまま逃がせ。追っ手などかけるなよ。子供は国教付近で逃がす……安い条件だろうが」

 奥州国外に逃げられれば正直に言うと厄介なことになる。
他国に逃げられて迂闊に手を出せば、それだけで含みありと取られて戦の口実にされることもあるだろう。
だから奥州内で片を付けなければならないのだが……さて、どうしたもんか。

 「安くはねぇな」

 こんなことを言い出したのは小十郎だった。誰もが一斉に小十郎を見る中、あの子は気にした様子も無く前に出る。

 「テメェらの言うことなんざ信用出来るか。大体、農民のガキなんざ人質にとってそんな要求が通ると思ってんのか?」

 「なっ……こ、このガキがどうなってもいいってのか?」

 思わぬ反応に明らかに向こうが戸惑っている。
でも、戸惑ってるのはこっちも同じで、一歩間違えればいつきちゃんの命が無いってのに……何を考えてるのかしら。

 「俺を代わりに人質にしろ。俺は竜の右目だ。奥州に来てんだ、聞いたことくらいはあるだろう。
……農民のガキを人質に取るくらいなら、俺の方が十二分に人質の役割を果たせる。
おめぇらの国に連れて行けば、利用価値は十分だろう?」

 こんな小十郎の申し出に政宗様が止めに入ろうとするが、小十郎はそれを制して聞こうとしない。
私も手を出さずにこの様子をただ見守っている。小十郎のことだ、何かしら思惑があるというのは分かる。

 「……ふん。まぁ、いいだろう。なら、刀を捨てて……その具足も全て外してこちらに来い。
お前が来たらガキは放す」

 どうやら小十郎を人質にとった場合のメリットを考えて欲が出たようだ。小十郎の申し出を素直に聞き入れている。

 小十郎は奴らに要求された通りに刀も具足も全て外し、雪の上に放り投げる。

 「……さ、寒ぃ」

 この小十郎の呟きにはうっかり笑いそうになったけど、あえてそこは黙っておいた。

 この子、雪国育ちのくせして結構な寒がりで、あの具足の裏側に防寒対策に毛皮なんか仕込んでたりするのよね。
まぁ、冬限定だけど、立派に防具も防寒具の役目を果たしてるもんだから、寒くて仕方が無いってのは分かる。
冬場なんか、休みの日は一日中布団頭から被って寒さに身を震わせてるくらいだしさ。
もう絶対に人には見せられないような情けない様を見せてるんだもん。
こんな雪の中でよく頑張ってる方だよ。

 小十郎が若干震えながら連中に近づいていく。小十郎がその男の前に立ったところでいつきちゃんを解放した。

 「兄ちゃん」

 「大丈夫だ、安心しろ。そのまま振り返らずに走れ」

 小十郎に促されていつきちゃんが走る。それをちらりと見て、小十郎は一瞬で男の顔を掴んで思いきり雷撃を放っていた。
雷を直撃で受けたようなものだから、男は瞬きの間すらなく真っ黒焦げになりその場に崩れていく。
こんな様子を見ていた他の偽者達は完全に震え上がっていて、小十郎を怯えた目で見ていた。

 「妙な真似をするんじゃねぇぞ。……妙な真似をすりゃ、こうなると覚えておけ」

 必死に頷く偽者達を見て、小十郎が軽く息を吐く。
人一人を黒焦げにするくらいの雷を突然放ったせいか、身体に負担が来ているのかもしれない。顔色が酷く悪い。

 「こじゅ」

 「化け物!!」

 小十郎、と声をかけようとしたところで上がったその声に、若干驚いた顔をして小十郎が農民達を見ていた。
農民達はまるで鬼にでも遭遇したような恐怖に引き攣った顔をして、ただ小十郎に怯えている。

 「お、おめぇやっぱり鬼だな!? わ、災いを呼ぶ悪い鬼だな!!」

 「化け物! おら達の村から出て行け!!」

 口々に農民達にこんなことを言われて、石の代わりに雪玉なんかを投げつけられている。
それを特に避ける様子も無く、ただただ悲しそうな顔をして見ている小十郎が居た堪れない。
他の連中が止めに入ろうとするけれど、小十郎がそれを許さない。

 「ちょっと、アンタ達いい加減に」

 「おめぇらの言うとおり、俺は鬼だ」

 私が怒鳴る前に、小十郎がそんなことを言い出す。
農民達は雪玉をぶつけるのを止めて、完全に怯えた顔をして身を震わせている。

 「が、俺にはおめぇらが考えるような天災を起こす力はねぇ。ただし、奥州の平和を乱そうとするのなら」

 小十郎が空中に放つ雷を見て、怯えて変な悲鳴を上げる者まで現れた。

 「……今回はこれで納めておけ。だが、二度はねぇ。次はどうなるか……分かってるな?」

 必死に頷く村人達を見て、小十郎は雷を消している。
小さく溜息を吐いて、部下の一人に装具と刀を集めておくようにと指示をしている。

 「政宗様、申し訳ございませぬ。このまま城へと戻りますゆえ」

 「馬鹿野郎、敵を作るようなことをしやがって」

 「……咎めは後ほど受けますので……失礼致します」

 それだけ言って一人村を出て行った小十郎を、伊達の人間は皆揃って何とも言えない、という顔をして見送っている。

 ……全く、馬鹿な弟を慰めてやるのも私の役目かね。

 「政宗様、後宜しくお願いします!」

 政宗様に後始末を全部託して、私は村を出て小十郎の後を追った。

 ……しかし、久しぶりに鬼だの化け物だとの聞いたもんだわ。あの子、一人で泣いてなきゃいいけど。大丈夫かなぁ……。 
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