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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第七話

 村に降り立つ前に、上空から村の様子を見る。
伊達軍の格好をした連中が村を荒らし回り、僅かに残った村人を殴りつけている。
そのすぐ近くでは村人達が証言した女子供がその様子を静かに見ており、女の方は時折指示を出している。
子供の方はこんな光景に少し飽きているようでもあった。

 「ったく……狡いことしやがって。伊達軍に女子供はいないっての。
小十郎、何処の軍が関与してるのか吐かせなけりゃならないから、下っ端は切ってもあの二人は残そう。
化け物扱いされた分は、徹底的に拷問かけてでも吐かせてやる」

 薄く笑う私を、小十郎といつきちゃんがドン引きって顔で見てる。
悪いけど、小十郎みたいに素直に傷ついてあげられるほど人間出来てないもん。
小十郎の手前怒らなかっただけの話で、実は結構苛立ってたのよね。

 「と、ともかく参りましょう! 逃げられては元も子もございませぬ。……お前は」

 「おらも戦える! 田の神様からこの木槌を託されてるだ……これは、村を守る為に使うもんだ!」

 その意気や良し。なら、いつきちゃんにも少し頑張ってもらうとしますかね。

 「なら二人とも行くよ。いつきちゃん、悪いけどあのうちの兵に変装した連中足止めしてて貰える?
タイミング見計らって重力の力で指揮してる奴叩き潰すから、巻き込まれると大変なことになっちゃうし近づかないでね」

 「……姉上、殺す気ですか?」

 「うんにゃ? でも、両手足くらいはべしゃべしゃに潰しちゃってもいいかなって」

 「…………。……姉上、お怒りは御尤もですが子供がいることをお忘れなく」

 自重しろってか。まぁ、いつきちゃんの前でそんなことをするわけにもいかないしねぇ……
変にトラウマ作っちゃってもいけないし。

 「OK、ならほどほどに止めとくよ。んじゃ、行くよ」

 そのまま重力の力を切って村の真上から落ちていく。
勿論このまま落ちたら墜落死になっちゃうから、徐々に重力の力でコントロールしていくつもりなんだけど、
小十郎が私を掴む手の力が結構強くなったような気がして、何だかもう少し苛めたくなってきちゃった。
大してこの隣で平然としているいつきちゃんはやっぱり肝っ玉が大きくて、
三十近い男がその様で良いのかと思ったのは、まぁ、言うまでも無い。

 「うわっ! 何だ、お前ら!!」

 突然現れた私達に向かって、男の子が背負っていた弓を取り出す。
女も二丁拳銃で攻撃を仕掛けるけど、そこは重力の婆娑羅者、一発だって当てさせません。

 つか、相手は両方飛び道具か。ああいうのは間合い取られると面倒だなぁ……。

 「じゃ、二人ともよろしくー。小十郎、いつきちゃんのサポートよろしくね。
こっちは……危なくなったら助けに来て。危ないからアンタも近づかないように」

 「はっ」

 私の近くでふわふわと浮いている銃弾や矢をいつきちゃんが驚いた顔で見ていたけど、
それは向こうも同じで酷く驚いた顔をして見ている。
それでも懲りずに何度も撃ってくるんだけど当然結果は同じで、銃弾や弓はふわふわとその場に浮くばかりで私に掠りもしない。

 「アンタら、何処の軍の人?」

 「何言ってんだよ! 蘭丸達は伊達軍だ!」

 蘭丸、って言うのね。あの子供。……ん? 蘭丸? 何かどっかで聞いたことがあるような……。

 「伊達軍ねぇ。悪いけどもさぁ、伊達軍に女子供はいないんだわ。
野郎ばかりのむさ苦しい連中ばっかで、息が詰まりそうなのが奥州の覇者、伊達家なんだよ。……で、アンタら何処の人?」

 こんなことを言うと、途端に二人が表情を引き締めて構えを取る。
どうやらこっちの素性に気付いたらしい。そりゃ、こんな聞き方してりゃ伊達の関係者だってのは予想がつくだろうし。

 「ふん! 蘭丸達は伊達軍だって言ってるだろ! 濃姫様、こいつとっととやっつけちゃいましょうよ!
農民甚振ったって楽しくないです!」

 「蘭丸君!」

 濃姫に蘭丸……って、やっぱり織田軍か! 織田信長に仕えた森蘭丸とその正室である濃姫は有名だもん。
歴史に詳しくない人だって、そのくらいは知ってるくらいに有名人だもの。そうか、一揆を嗾けたのは織田の連中か。

 ちょい待て。つか、今、楽しいとか言った?

 「なるほど、織田の軍ってわけね。
奥方様と織田信長の寵童がわざわざこんなところに来るなんて……余程余裕があると見えるわね」

 天下統一に王手をかけている織田信長は、西国のほとんどを制圧して関東攻略に乗り出そうとしていると聞く。
最近じゃ徳川と同盟を結んだとも聞くし、関東攻略へ出向くのも時間の問題であるのは予想がついていた。
が、奥州にこれほど早く手を出すとは、正直予想外だった。
関東だってまだ攻略前だってのに、まさか奥州に手を出してくる余裕があるなんて思ってもみなかったから。

 「伊達の仕業に見せかけて兵を向けたのは、奥州内部に混乱を招くのが目的だった……と、考えて差し支えないかしら。
一揆衆を作って伊達と争わせ、奥州内部が混乱して国力が落ちた隙に一気に攻め込んで我が物にしようと。
大方そんなところかしら」

 まぁ、この程度のやり口は一般的なものだ。別に批難するようなことでもないし、逆に褒められることでもない。
ただ、気に入るかどうかと言えば、はっきり言って気に食わない。
こういう信頼関係を崩されるようなことをやられるのが一番癪に障るのよね。

 でも、うちに成りすますにしても関東を抜けていきなり何事も無かったかのように奥州に入るのは無理だ。
というか、それ以前に関東を抜ける段階で何処かの軍に絡まれる可能性だってある。
何よりそんなことになればこちらに気付かれる可能性だって高くなる。

 ということは、強力なバックアップが背後にいる、と考えて良いだろう。
それも、情報操作が出来るほどの力を持った近隣国だ。

 確かめるまでもないとは思うけど、おそらく羽州は織田と手を結んだ、と考えて間違いない。
あの小物のやることだ、多少脅されればホイホイ力の強い方に靡くだろう。
案外、奥州を落としたらその管理を任せるとか言われてるのかもしれないわね。
先代の頃からあの狐は奥州欲しがってたしさぁ。

 「当たり?」

 一応確認を取ってみるけど、二人は何も答えない。
まぁ、二人の素性が明らかになった以上はどう答えてもあんまり意味無いけどね。
どうせ忍を放って調べさせるだけだから。

 しかし……あの蘭丸って子はともかくとして、信長の嫁さんを殺すのは得策とは言えない。
寧ろ生かして捕らえて捕虜にした方が余程使い道がある。なら、当初の予定通り生け捕りにする方向で。

 「だんまりか~……ま、いいけどね。濃姫さん、悪いけど捕らえさせてもらうわね。
あとそっちの子、生きるか死ぬか、選択肢はあげるから好きな方選んで。
生きたかったら黙ってそのまま立ってなさい。死にたかったらご自由に」

 「馬鹿にしやがって!! もう、許さないぞ!!」

 あらあら、子供は短気で扱いやすい。
弓を引き絞った蘭丸に私は笑って私の前にふわふわ浮いている銃弾のひとつを投げつけてあげた。
それが思いきり蘭丸の肩を貫いて、雪の上に血が飛ぶ。

 「うわああああ!!」

 「蘭丸君!? くっ……畜生!!」

 蘭丸を気遣いながら銃弾を撃つ濃姫は玉切れになるまで必死に撃ってくる。
が、当然重力の盾に阻まれて私にまでそれが届くことはない。

 こちとら土石流止めてるんだ、そんなもん受け止めるのくらいわけないっての。

 「大人しく投降なさい。こっちはそっちと違って鬼じゃないからね。降参した人間に刀は向けない。
……その子、放っておくと死ぬんじゃないの?」

 肩を抑えて蹲っている蘭丸の肩からはかなりの出血がある。
一応急所は外しておいたけど、早く治療をしないと死んじゃうかもしれないわねぇ。
まぁ、利用価値がないからどっちでも良いんだけどもさ。

 「誰がお前なんかに!! 捕虜になるくらいならば、死んでやる!!」

 銃口を自分の頭に突きつけて引き金を引こうとした濃姫の腕を重力の力で動かして、軽く軌道を逸らせてみる。
頭をぶち抜くことが出来ずに弾丸は空へと飛んでいく。
重力で軽く宙に浮かせて身動きを封じた後、私は思いきり濃姫の鳩尾に拳を突き立てた。

 これでもフェミニストだから、女性に荒っぽいことはしたくないんだけど……ま、しょうがないか。

 宙吊りの状態で気を失う濃姫から銃を取り上げておいて、蹲って睨みつけている蘭丸の頭に銃口を突きつけてやる。
恐怖に引き攣ったその表情を見て、それが完全に何処にでもいる子供の顔であるのを私は悟っていた。

 「アンタ、戦場に遊びに来たの? 駄目ねぇ、親の躾がなってないわ。
戦ってのは、死ぬか生きるかなのよ。勝てば生きられる、死ねば負ける。ただそんだけの話。
この場合、アンタの負けで、命を奪うかどうかは私に権利があるわけね?
まぁ、アンタも分かってるとは思うけど」

 「う、煩い! 殺したけりゃ殺せばいいだろ!! 蘭丸は怖くないぞ!!」

 そんな啖呵を切る蘭丸の血の滴る肩とは反対側を撃ち抜いてみる。
また悲鳴を上げて蹲る蘭丸に、私は軽く溜息を吐いた。

 「痛い? 痛いわよね。だって、銃で撃ち抜かれたんだもんね。でもね、頭撃たれたらもっと痛いわよ~?
今までこんな痛いこと、人にやってきたんでしょ。自業自得だよ、自分で蒔いた種って奴。因果応報とも言うかな?
……人を殺せば、大人だろうが子供だろうが許されない。その責は等しく負わなければならない。
楽しんで人を殺すなんて言語道断、その重さも分からないお子様は戦場に出てくるべきじゃないのよ」

 肩を抑えながら怯えた顔で私を見ている蘭丸がちょっと可哀想になってきたけど、これくらいお説教してあげないとさぁ。
痛い目見せる必要は無いのかもしれないけど、いきがるにはちょっとねぇ……踏み外しちゃならないところを踏み外してる。

 まぁ、改心させる前に死んじゃったらそれまでだけどね。

 「さて、お喋りもここまでにして……蘭丸君には死んでもらおうか。怖くないんだよねぇ?
何処がいい? 何処を撃たれて死にたい? 頭かな? 心臓かな? 眼球狙って弾が当たる瞬間を見るのも面白いかもねぇ。
口の中に銃口突っ込んで撃ってやるのもなかなかよね。……どうする? どうやって死にたい?」

 こんなことを言って笑ってあげれば、蘭丸は実にいい声を上げて泣きながら逃げようとしてくれる。
撃って止めるわけにもいかず、重力の力で軽く押さえつけてみる。
流石にこれ以上血を流させると、本当に嬲り殺しになっちゃうもんね。
ぶっちゃけ、ちょっと楽しくなってきてるけど、私もこんな風にして人を殺すのは好むところではない。
寧ろ吐き気がする。

 必死に逃げようともがく蘭丸の首の裏を叩いて意識を奪ってやり、濃姫同様に宙に浮かせて眠らせておく。
彼の袴が不自然に濡れているけど、それはまぁ触れないであげておこう。

 やれやれ、周りに真っ当な大人がいないと子供が歪んじゃって大変だよ。
きちんと子供を教育出来る大人がいないとさ、戦場を遊び場にしちゃうようなとんでもない子供になっちゃう。

 とりあえず二人を運ばないと、本当に蘭丸の方が死ぬ。
いくら今まで散々人を殺してきたとはいえ、子供の命を奪うってのは……ちょっとね。
とりあえず織田の連中をどうにかして、二人を城に運ぶようにしなければ。
そんなことを考えた瞬間、絡みつくような殺気を感じて私は二人から飛び退いていた。 
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