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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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番外編1~いつきという少女 後編~
  第六話

 最北端の村の近くに来たところで一揆衆とかち合うことになった。
周辺の村からも協力を煽っていると言っていただけあって、数はなかなかのもの、こちらが引き連れてきた人数よりも随分と多い。
数だけで言えばまともに戦えば勝ち目はないけど、こちらは戦うことを生業とする人間、あちらは素人。
数の多さはあるけれど、万が一衝突したとしても勝ち目が無いというほどではなさそうだ。

 それに、こっちには婆娑羅者が三人いるしね。
一騎当千の兵とも呼ばれる婆娑羅者が三人もいれば、ここにいる連中の八割は削れる。勿論殺さないけど。

 「だ、伊達のおさむらいだぁ!!」

 農民の一人が声を上げた途端、一斉に農民達が鍬や鋤などの農具を構えて私達を睨みつけていた。
政宗様は馬から下りて、いつものように腕を組んで連中の前に立っている。

 一揆を先導するのはいつきちゃんだと聞いていたけど、政宗様の前に立ちはだかっていたのは、やはり報告通りいつきちゃんだった。
手には巨大な木槌を持っていて、いつでも戦えるように身構えている。

 「Hey、いつき。こりゃどういうことだ」

 「どうもこうもねぇ!! おめぇさ達が奥州を手に入れて、
おら達から米も野菜も何もかも搾り取ろうって考えてるのは分かってるだ!!」

 ……米も野菜も、何もかも? それ、おかしくない? だって、まだ年貢の取立てはやってないもん。
というか、今年はもうそれを取り立ててる場合じゃないから、って取り立てなかったはずなのに。

 「Weit、待て。話が見えねぇ」

 「とぼけるだか!? おめぇさ達が村に現れて、根こそぎ米や野菜を持ってったでねぇか!!
年貢の取立てだって言ってな!!」

 「……伊達の人間が、年貢の取立てに来たってのか?」

 それはますますおかしい。いつきちゃんの剣幕に、こちらは皆揃って眉を顰めている。

 「そうだ!! 今年は差し出せるものがねぇって言ったら、村を散々に荒らして持っていったでねぇか!!
おら達だって食うものねぇのに……おめぇさの指示で!」

 「今年は年貢の取立てはやってねぇ。この現状で差し出せるものがねぇのは分かっていたし、
備蓄している食糧や米を必要がありゃ解放するつもりでいたくらいだ」

 「嘘を吐くでねぇ!!」

 「嘘じゃねぇ!! この場でそんな嘘を吐いて何になるってんだ。
嘘なんか吐くくらいなら、さっさとおめぇらを殺してこの事態を納めてる。
おめぇらの方が数は圧倒的だが、こちらも伊達に戦場を駆け回っちゃいないんでね。
倒すことは苦じゃねぇ。俺は戦うつもりで来たわけじゃねぇ、話し合うつもりでここに来たんだ。
おめぇらが食うものがねぇって言うのなら、先にも言ったとおり食料を分けるつもりでいた」

 そんな政宗様の言葉に一揆衆に動揺が走る。
一体どういう手を使ったのかと思えば、まさか伊達軍に扮してそんなことやったとはね。
そりゃ一揆も起こしたくなるわ。裏切られたと思うのも当然っちゃ当然か。

 「だ、だども、村を襲ったのはそっちでねぇか!」

 農民の一人が上げた声に、そうだそうだと賛同の声が上がる。

 「それに、そっちには双子の化け物が居ついてるって話だ!」

 こんな声も上がる。流石にこれには小十郎には堪えたのか、かなり傷ついた顔を見せた。

 「おめぇら、その双子の化け物に村救われてるのを忘れちまったのか。いつき、お前も酷ぇことするな。
お前の命を救ってくれたのも、居場所を失くしかけたお前に手を伸ばそうとしてくれたのも、その化け物だろ?」

 「おらは! ……おらは、兄ちゃんや姉ちゃんは人間だと思ってる。
おらもそれは違うって言ったけど、騙されてるって言われて信じて貰えなかっただ」

 まぁ、そりゃそうだろうねぇ……信心深い村で双子、なんて言ったら災いの象徴だもんね。

 「あの土砂崩れだって、双子なんかいるから起こっただ!」

 「収穫出来なかったのだって、双子のせいだ!」

 「忌み子なんか置いてるところなんか、信用出来ねぇ!!」

 こんな声も上がるし、段々収拾も付かなくなってきている。
こんな罵声浴びせられても私は平気だけど、小十郎は段々と俯きがちになってきているし、
言葉の一つ一つが心に突き刺さってるのが見てるだけでよく分かる。
無論、周囲もこんな小十郎の様子には気遣うような目で見てるし……
ひょっとしたら、この面倒臭い性格をしている小十郎は、自分のせいだなんて思ってるのかもしれない。

 小十郎の頭を一発叩いて顔を上げさせる。

 「馬鹿、根拠の無いことを信じて落ち込んでるんじゃないの。アンタが傷つくことじゃない。
大体双子が揃ってるからっていちいち災い起こってたら、今頃日ノ本無くなってるっての」

 「……分かっております。分かっておりますが」

 納得出来ないという顔の小十郎の頭をもう一度叩いておく。

 「私の言うことと、農民の言うこと、どっちを信じるの?」

 「……無論、姉上ですが」

 「なら信じなさい。アンタのせいじゃない、アンタが悪いんじゃない」

 悪いのは寧ろ、私の方だ。まぁ、それはここじゃ言わなかったけどね。

 こうなってしまっては収拾がつかない。一戦交えることになりそうだ。
だから、竜の右目にはしっかりしてもらわないと困っちゃうわけよね。

 「Shut up!」

 政宗様の一喝にその場がシーンと静まり返る。
いつも怒って帯電するのは小十郎なんだけど、今日は政宗様の身体からも雷がパチパチと放たれている。
こんな光景を見てすっかり縮み上がっているのは農民の方だ。

 「双子が揃ってるから天災が起こった? 収穫出来ねぇのも双子のせい? ふざけたこと抜かすな!!
二年前、命懸けで村を救おうとしたのは何処のどいつだ!!
おめぇらは自分の子供を見捨ててとっとと逃げたってのに、それを助けたのは誰だ!!
災いの種ならそんなことはしねぇ。とっとと見捨てて逃げちまってただろうが!
そんな忌々しい慣習に騙されて、目を曇らせるんじゃねぇ!! アイツらは忌み子なんかじゃねぇ!!」

 「政宗様……」

 こんな政宗様の啖呵を聞いて、小十郎が一瞬だけ泣きそうな顔を見せた。
私は小十郎の肩に手を置いて苦笑をする。小十郎もまた私に苦笑で返してくれていた。

 この人のこういうところが人を惹き付ける魅力なんだよね。まぁ、私は無双の政宗様派だから惚れることは一生ないと思うけど。

 「はっきり言わせてもらうが、おめぇらの村を襲ったのはうちじゃねぇ。おそらくうちに成りすました何処かの連中だ。
……大体、何でこんな年貢だってろくに納められねぇような状況で、そんなことやらなきゃならねぇんだ。
しかも奥州を平定して、これから安定させようって時に。
俺はな、奥州平定を急いだのは、皆が笑って暮らせる国を作るためだ。
どんなにこちらが食うものに困ったとしても、そんな非道は絶対にやらねぇ」

 そんなの信用出来ねぇだ、という農民はいなかった。
そう言い返されるかとも思ったんだけど、それぞれ胸を打つものがあったみたいで、少しばかり動揺を見せている。

 「な、なら……おら達の村を襲ったのは……」

 「今、そいつらが何処の誰なのかを調べてる。じきにそれも分か」

 「大変だー!! おら達の村が襲われてるだ!!」

 やっとまとめに入ってたってところなのに、その声に全員が走ってきた農民に目を向ける。

 「だ、伊達の連中だ! 女と子供が兵を連れて攻めて来ただ!」

 女と子供? 待ってよ、うちに女子供で兵を引き連れられる人間いないよ?

 「政宗様、すぐに村へと向かいましょう! 敵の正体はっきりするかも」

 「分かってる……が、どうもコイツらはやる気のようだぜ」

 伊達の兵が襲ってきた、その言葉に農民達は揃って騙されるところだった、ってな顔をしている。
一戦交えるつもりでいるみたいだけど、ここで悠長に相手をしている暇は無い。

 「政宗様、小十郎と先に村へ行って迎撃に当たります。……私達いなくても納められますよね?」

 「馬鹿にすんじゃねぇよ、コイツら連れてすぐに行くからとっとと倒して来い」

 とりあえず許可が出たから、また空を飛んで行きますかね。馬を走らせるよりかはずっと早いし。

 離れるわけにはいかないとか言い出した小十郎の腹に肘内を食らわせて、
怯んだ隙に飛び上がろうとすると、いつきちゃんが政宗様の脇をすり抜けて私達のところに走ってくる。

 「おらも連れて行ってけろ! おらの村だ、おらが守らなきゃならねぇ!!」

 おおっと、どうしよう。流石に子供を連れて行く気には……

 「景継、いつきも連れて行ってやれ。お前らが化け物じゃねぇって証人、一人くらいいなきゃ話にならねぇだろ」

 ……まぁ、政宗様がそう仰るのなら仕方が無いけど。

 「いつきちゃん、空を飛んでいくからしっかり掴まっててよ?」

 「わかっただ!」

 二年前のあの時みたいに、しっかり私の腰にしがみついたいつきちゃんと、
無理矢理腰に手を回して逃がさないようにしている小十郎を連れて軽く地面を蹴って空へと舞い上がる。

 そのまま空を滑空して村へと急いだんだけど、初めて空を飛んで感動しているいつきちゃんとは対照的に、
未だにこれは慣れないとばかりに緊張が隠せない小十郎がかなり情けなく思えてしまった。

 ……アンタね、十一の子供より肝っ玉が小さいとこを見せんじゃないわよ。全く。 
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