竜のもうひとつの瞳
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第五話
早急に準備を整えて最北端の村へと急ぐ。
周辺の村に協力を仰いで一揆の準備を推し進めつつ侵攻を開始していると聞くから、
いずれは何処かでかち合うだろうというのは予想がついていた。
こちらは馬を使ってるけどあちらは徒歩で来る。
城へ到着するまでにはまだ時間が掛かるし、準備と侵攻を同時進行でやっていけば更に倍以上の時間は掛かるだろう。
完全に大軍と化す前に事態を納めなければ。そんな焦りが誰の胸にも湧いている。
「おめぇら! 分かってるとは思うが、何があっても殺すな! 俺らはこれから戦をしに行くんじゃねぇ、話し合いに行くんだ!」
政宗様の言葉に皆が雄叫びで返す。
いつもならば無駄に滾っているそれは、皆気の進まない展開であるせいか何処か落ち着いているようにも聞こえる。
「一体どうするつもりですか。話し合おう、って普通に呼びかけたところでどうにもなりませんよ?」
そのつもりがあるのなら、端からこんな一揆は起こさない。一揆が起きたということは、話し合いの余地はない、ということなのだから。
しかし双子がいる、ってそれだけでここまで信頼関係崩れるものなのかしらね。……なーんか複雑な心境。
命懸けで村を守ろうとしたのが、馬鹿馬鹿しくさえ思えてくる。
……まぁ、見返りが欲しくてやったわけじゃないけどもさ。
「まぁ、話をするくらいならどうにかなると思ってるが……それよりもだ。
ちぃっと考えたんだがな、気にならないか」
「何がです?」
「何故、この段階で一揆が起こったのか、ってことだ」
そりゃ、不作の影響により農民達の不満が溜まって……でしょ?
「前回も天災後の対応はきちんとやってきたはずだろ?
信頼関係もそれなりに出来上がっていた……他の村が先導して一揆を起こす、ってんなら話は分かる。
が、何故あの村が音頭をとってるのか、疑問に思わねぇか?
双子云々の話で大きく信頼関係が損なわれるとは思わねぇんだがなぁ」
「つまりこの一揆、裏があると?」
小十郎の問いかけに、政宗様がにやりと笑う。
確かに言われてみれば妙っちゃ妙だ。伊達だって状況を見て年貢の取立てや、備蓄している食糧を民に配ったりもする。
備蓄って言っても大して食うものがあるってわけじゃないけどもさ、
伊達にすれば最悪小十郎の管理する畑だけでも食いつないでいけるほどの食料は確保してるんだよね。
小十郎って、自前の畑の他に伊達で食べる分の畑の管理も任されてるからさ。
竜の右目に何でもやらせすぎだろ、とは思ったけど、アレは本人の趣味を兼ねてるから私も何も言わないではいるけども。
「天候ばかりに気をとられがちだが、今は奥州平定を果たしたばかり。内部の統制で慌しい頃合いだ。
ただでさえ安定しねぇってところに天災が重なって、これを好機と見た輩がいるんじゃねぇのかと俺は思うんだ。
兵を率いて真っ向勝負をかけるより、まずは内部の民を煽って奥州内を混乱に落とし入れ――――」
「その隙に狙って叩く。政宗様、凄いじゃないですか! 珍しく冴えてますね!」
「馬鹿野郎、俺はいつでも冴えてるんだよ!! 今日が特別みたいな言い方するんじゃねぇ!!」
だって、政宗様って難しいことはいっつも小十郎に任せきりってイメージがあるんだもん。
そういうのは小十郎が大抵気付いて行動を起こして、ってやるもんだとばかり思ってたし。
けど、珍しく今回は小十郎がそっちに気が回らなかったようで、今初めて気が付いた、ってな顔をしている。
考えてみれば小十郎にとっちゃ、双子だって言われて迫害されたのがトラウマになってるわけだから仕方が無いのかもしれないけど。
「手は打ってるんですか?」
「一応、黒脛巾組には調べるようにと指示は出してる。万が一城に攻め込まれても対応出来るように、成実も綱元も置いてきた。
まぁ、伊達三傑のうちの二人を置いて来てるんだ、俺らが戻るまではどうにかなんだろ」
ほへ~、政宗様が凄い。
いつもパーリィパーリィ言ってるだけかと思ってたら、頭良かったんだね、この人。
なんて口に出して言ったら小十郎に怒られるから言わないけどもさ。
そんなことを考えてたら政宗様に軽く後頭部を叩かれてしまった。
「ちょっと何するんですか!」
「テメェ、俺のこと馬鹿だと思ってたんだろ!」
「当たり前じゃないですか! いつも小十郎にキラーパスも含めてぶん投げるんですもん。
小十郎がいなけりゃ何も出来ないって、他の家臣達だって私と同じこと思ってますよ!」
そう叫ぶと家臣達は揃って政宗様から目を逸らしていた。ほら、小十郎がいなけりゃ何にも出来ないと思われてるし。
「おめぇら……帰ったら纏めて処罰するからな」
「そういうのパワハラって言うんですよ、パワハラ!」
とりあえず抗議をしておいたけれど、政宗様は完全にへそを曲げてしまった。
まぁ、政宗様が実は頭が良かったってことはこの際置いといてだ。
確かに政宗様の言うことは核心を突いているように思うし、気になるところだ。
「話を戻して……この状況で仕掛けてきたのは」
「一番有り得るのが最上でしょう」
羽州の最上家は政宗様の母方の伯父に当たる人物で、やることなすこと全てが小さい、結構ウザい人だ。
何がウザいって、あのオーバーなポーズがウザい。アレを見るたびに、流石政宗様の伯父だと思うんだけど、流石にそれは口が裂けても言えません。
まぁ、そんな人なんだけどその割にはかなりの善政を布いていて、領民からは慕われているんだとか。
だもんだから領内はかなり安定しているらしい。小物の癖に野心家で、奥州を我が物にしようと企んでいるとしょっちゅう聞いている。
そこが嗾けてきたというのは妥当な線だけど、それにしては手際良く進んでるような気がする。
信頼関係を根っこから叩き崩して不信感を煽ったわけでしょ?
しかも武力行使をするまでに持ち込んでいる、ってのは……些か羽州絡みで考えるのは決め手に欠けるような気がする。
「仮に最上が絡んでるとしても、最上単体で動いたわけじゃなくて協力者がいると見ていいかも。
言っちゃあ悪いけど、最上義光にそんなことが出来るとは到底」
「俺もそう思ってる。Gentlemanにこんな大層なことが出来るとは思えねぇ。
羽州を除けば佐竹や上杉……こんなところだろうが、連中は百戦錬磨の武将だ。こんな狡い真似をするとは思えねぇ」
つまり別の何処かの勢力が動いている、と考えて差し支えないように思う。羽州が絡んでいるってのも考慮した上でね。
それが一体何処なのか、今は見当が付かないけれども近いうちに仕掛けて来るのは考えるまでもなく分かる。
「ちなみに奥州内部の犯行は?」
「おそらくはねぇだろ。小十郎がそういうことが無いように、きちんと睨みを利かせてるからな」
……一体何をやってんだろう、小十郎は。聞いてみたいけど、聞かない方が良いような気がする。
「ま、今は報告を待つしかねぇな」
あれこれとこの場で推測を立てても仕方が無い。
いや、打つ手は見つかるかもしれないけど、これから一揆衆とかち合おうってのに今更対策の立てようもないし、
報告を待つしかないのは確かなのよね。
何だか話が大きくなってきたような気がしながらも、私達は一揆衆と話し合いをすべくひたすら最北端の村を目指していた。
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