竜のもうひとつの瞳
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第四話
各地の被害は深刻だったけれど、心配していた一揆も発生せず、この天災の対応にしばらく追われていた。
収穫もままならず、年貢も今年はかなり甘く対処してどうにか大事にならずに納まってしまった。
農民達との親交がこれをきっかけに出来、それからここ二年くらいは特に問題も無く過ごすことが出来た。
小十郎も村の子供達に好かれて嬉しそうだったし、そんな様子を見た伊達の家臣がうっかり鬼が笑ってるよ、
とか言っちゃうもんだから小十郎が問答無用で鳴神ぶちかましたりして子供達に剣技を披露したりなんかしてた。
そんなこんなでこのまま上手くいくと思っていたんだけど、奥州平定を果たした直後に二度も連続して台風が来てくれたおかげで
また作物は滅茶苦茶になり、加えて今年は冬入りが早かったことも手伝って、ほとんど収穫ならずといった事態に発展してしまった。
小十郎の畑でさえ深刻な事態だったのだから、他の村々は考えるのも嫌なくらいだ。
一揆が発生した、その報告を聞いたのは暮れも近いある日のことだった。
「場所は最北端……例の、あの村ですな」
いつきちゃん達がいたあの村が一揆を先導しているという。
確かに戦が続いて負け戦も何回も続いたし、覇権を握るまでにはかなりの苦労を強いてきた自覚はある。
が、やっと平定を果たして一つに纏まって、これから奥州を良い方向に導こうという時に。
信用してくれ、って方が虫のいい話なのかなぁ……この状況じゃ、一揆を起こしたくなるのも分からない話ではないけれど。
「だが、何だってあの村が一揆を起こしたんだ。関係だって良好だったはずだ」
そう、ここに来て突然拗れたってわけじゃないし、前兆があったというわけでもなさそう。
こちらも結構慎重に振舞ってたし、今年は状況が状況だから年貢の取り立てもやってないし。
今更農民達から不信感を持たれる理由が分からない。
「それが……」
報告をしていた家臣が、こちらを気遣うように見て言葉を濁している。これを見て、何が原因なのかが分かってしまった。
「伊達家には災いを呼ぶ鬼がいる、とでも言われた……じゃないか?」
はっきりとそう言えば、家臣は少し躊躇った後、その通りです、と答えていた。
この答えに小十郎の表情が翳ったのを私は見逃さなかった。
双子は鬼子、特に後から生まれた方が酷い扱いを受けることが多い。
里子に出されるのも大抵下だし、余程のことがないと上が残るもんなんだけども、前に言ったとおり私達は揃って育てられて同じところに詰めている。
小十郎は伊達に仕官する前は生家のある村で酷い迫害に遭っていた。
いくら顔が似てないとはいえ、双子は双子。
しかもあの辺りは田の神様こと稲魂女信仰が盛んな地でもある。
そこに双子が伊達家に仕えているとなれば信心深い村人のこと、悪魔を飼っている家だ、なんてことにもなりかねない。
そうなりゃ信頼を失うには十分な失点になるだろう。
……と言っても、天災は私達のせいじゃないんだけどね。
小十郎の頭をくしゃくしゃと撫でて、今後の対策を話し合うことにした。
農民とはいえ団結して襲い掛かってくれば一つの武力だ。
あの村だけじゃなくて他の村の人間も一揆に加わっているみたいで、かなりの数が伊達家になだれ込もうとしているらしい。
まぁ、駆除するのは比較的簡単なんだけどもさ、政宗様は被害を出さずにどうにか押さえたいと考えているようだ。
とはいっても怪我を負わせるくらいは覚悟してもらわないと困る。
純粋な話し合いには持ち込めない……いや、持ち込むまでに乱闘になる可能性が高すぎる。
「ともかく、いろいろ合流されて大軍になる前に片を付けなければならないでしょう。
……一揆を先導する人間がいるはずです。その人間がリーダーでしょうから、話をしないと」
「それが、その先導してるのが……」
家臣から聞かされた先導している人間の情報に、私や小十郎、政宗様は驚いて言葉をすっかりと失っていた。
一揆を先導しているのはいつきちゃん。
まぁ、あの一件ですっかり神の子として扱われるようになってしまって、
それで一揆衆のリーダーに担ぎ上げられたんだろうってのは何となく予想がつく。
もうすぐ十二になるくらいの小さな子に、本当に酷なことをさせるもんだ。
「……ここでも、やはり双子というのは付いて回るのですね」
部屋を後にしたところで、小十郎がそう呟く。
私は俯く小十郎の頭をかなり乱暴に撫でて、髪が乱れるのもお構いなしに散々に撫で付けてやった。
「アンタのせいじゃないよ。……アンタの罪じゃない」
双子であることを理由に責められる、なんて馬鹿げている。大体そんなことを言ったら現代なんて災いが起こりまくってるっての。
それに、元々私は現代から転生してこっちに来たんだ。小十郎だって本来なら双子として生まれるはずは無かっただろう。
「罪があるとするなら、私の方だから。小十郎は気にしなくて」
「何故姉上に罪があるというのですか!」
そりゃ、私がアンタの双子の姉に生まれて来たせいで、アンタは苦しまなくても良いようなことで苦しむ破目になったんだから。
どう考えても私のせいだよ。私がいなけりゃ、ひょっとしたら家族に愛されてたかもしれないし、
村人から鬼子だと言われて酷い暴力を振るわれることもなかったかもしれない。
小十郎は納得しないかもしれないけど、アンタのその苦しみは、私が作ってるんだからさ。
「私が生まれたせいで、アンタが不必要に苦しむ破目になった。それは事実なんだ」
「……怒りますよ、いくら姉上でも」
殺気立つ一歩手前、極殺が入る五歩手前くらいの、そんな感じでしっかり睨まれて私は大人しく口を閉ざした。
小十郎は何も知らないからそんな風に怒るけど、事実を知ったら……いや、知ってもこの子意外と馬鹿だから何も変わらないかも。
大柄の小十郎が、私の肩に身を屈めて顔を埋めてくる。
抱きつくわけでもなく抱きしめるわけでもなく、何処と無く甘えてくるようなその素振りが何とも言えなくなる。
「そのようなこと、仰らないで下さい。胸が痛みます」
アンタこそ、泣きそうな声で言わないでよ。こっちも胸が痛くなるから。
……全くもう、ちょっと元気付けてやらなきゃ駄目か? こりゃ。
「馬鹿だねぇ……大の男が泣くんじゃないっての。泣き虫は未だ健在?」
小さい頃の小十郎は何かあるとすぐ泣いてたのよね。
近所の子に苛められて泣いてたのをしょっちゅう助けに入ってたしさ。この子も私に縋ってよく泣いてたし。
まぁ、ある日を境に泣かなくなっちゃったんだけども、男の子だから成長したのかもしれないわね。
「なっ、泣いてなどおりませぬ! 泣いていたのは子供の頃の話でしょう。今は泣き虫ではございません」
私から離れてそんなことを言う小十郎は、ほんの少し顔を赤くして少しムキになってる。
何かそれが可愛くて、ぐっしゃぐしゃに頭を撫で回してあげる。
完全に髪が乱れて普段無理矢理上に上げて固めている前髪が落ちて、少し幼く見える。
「前髪下ろせばいいのに。そっちの方が実年齢より若く見えるよ?」
「動くのに邪魔になります。それに、前髪を上げていた方が……凄みが出るらしいので」
……おいおい、お前はヤクザになりたいのか。
ただでさえ強面で初対面の時は怖いって印象持たれがちなんだからさぁ、もう少し柔らかい印象持たせないと女だって寄り付かないっての。
もう結構いい歳してんだし、そろそろ嫁さん貰って子作りしてもらわないと。
まぁ、この馬鹿は次男だから別に構わない、とか、政宗様に仕えるのに邪魔になる、とか、
政宗様が嫁を貰わないのに自分が先に貰うのはうんたら~……なんて言っちゃうんだろうけどもさ。
「アンタもそろそろ嫁さん見つけて結婚しなきゃならない歳なんだから、少しは女に好かれるように努力しなさいよ」
「う……こ、小十郎はそういう軟派なことは好みません! そういうことは若い頃に散々やったので卒業」
うっかり口を滑らせたとばかりにかなり気まずそうに口を押さえている。
へぇ~? 若い頃は軟派だったんだ、小十郎は。へへぇ~?
「ほほう、それはどういうことかね? 小十郎君」
「なっ、何故そこで最上の喋り方になるのですか! た、大したことはしておりません!
ひ、人並程度、人並程度のことしかしておりませぬ!」
「のわりにはムキになってるじゃない。そうかそうか、コイツちゃんと女と付き合ってんのか?
って常々心配だったけど、アンタもやることはきちんとやってんのね~。いや~、お姉ちゃん安心した!」
バシバシ小十郎の背中を叩いてニヤニヤして見せる。
小十郎は顔を真っ赤にして下品なことを言わないでいだたきたい、なんて言ってたけど、そりゃそう言いたくもなるよ。
この男臭い城でさ、浮いた話の一つも無くて休みの日は何をしてんのかと思えば畑に行って、良い笑顔で野菜に話しかけてるんだもん。
二十八だよ? 二十八。数えだから実年齢ならもっと若いのにさ、若い男が不健全じゃん。
ある意味健全だけど、それでいいのか? って思うっしょ? あの子、強面だけど顔立ちは整ってるんだもん。
政宗様が絡むとお前は恋人か、って突っ込みたくなるくらいにべったりだけどもさ、
性格だって短気なのを除けば割合優しいし、贔屓目に見てるとは思うけども悪くは無いはず。
その気になれば女ひっかけることくらい容易いと思うんだよねぇ。
「今はそのようなこと、しておりませぬ! 昔の話です、昔の!!」
いやいや、今もやれよ。嫁の一人でも攫って来いっての。まぁ、側室でもいいけどもさ。
「早く祝言挙げて、嫁さんの一人でも連れてきなよ。
私は子供埋めないから、アンタが代わりに子供作ってくれるの待ってるんだから。
それとも何? 好きな女でもいるっての?」
こんなところを突っ込んでみると小十郎が途端に言葉を詰まらせた。
思わぬ反応に目を丸くした後、ニヤニヤしながら小十郎にタックルしてみる。
小十郎はこの攻撃をかわせずに吹っ飛ばされてその場に倒れていた。
「ちょっと~、そういうことなら早く言いなさいよ。何だ、アンタもちゃんと恋してるんじゃ~ん。
全く、女には興味がないとか言われたらどうしようかと思ったけど、アンタもやっぱり男だったんだねぇ」
小十郎は私に吹き飛ばされてちょっとイラッとしたのか、眉間に皺を寄せながら身体を起こしている。
「姉上! いきなり吹っ飛ばすのは止めて下さいと申し上げたでしょう!!」
おやおや、照れ隠しに怒っちゃってまぁ。
「少しは元気出た?」
そう聞いてみると、小十郎は少しばかり驚いた顔をしてすぐにばつの悪そうな顔を見せた。
どーも、私の意図にやっと気付いたっぽい。
「……はい、申し訳ございません」
「小十郎、落ち込んでる暇はないよ? 事態は切迫してるからすぐに準備していつでも発てるようにしておかないと」
「はい、分かっております」
それだけ言うと小十郎は少し笑って、準備をすべくその場から去っていく。私はその背中を見送って、軽く溜息をついた。
全く、世話焼かせるんじゃないわよっての。しょうがないんだから。
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