魔法使い×あさき☆彡
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第二十ニ章 そう思うなら、それでも構わない
1
それは、視界の記憶であった。
それは、感覚の記憶であった。
浮かんでいる。
満ちている、羊水の中。
そこにいる。
水泡の向こう。
白衣姿の男女が、なにか作業に没頭している。
時折ふらりと現れる、グレーのスーツ姿が一人。
いつも楽しげに、こちらへと近寄ってくる。
こちらへと、顔を近付けてくる。
にんまりとした笑顔で、覗き込んでくる。
凹レンズでぐんにゃり歪んだ笑顔で。
こぽこぽ、水泡。
小さな泡。
時折、大きな泡。
人工の羊水は満ちて、ただ、そこにある。
ふわり、ゆらり、そこに浮かんでいる。微かに揺れている。
なにをしているのだろうか。
そんな疑問も、なかった。
そんな思考力など、なかった。
細胞。
わたしは誰だ、というよりは、わたしとは、なんだ。なんだ。
ただ、眺めている。
ありのままを、見つめている。
ゆらゆら、揺れる、視界の先に。
ゆらゆら、揺れる、意識の先に。
それは、魂の記憶。
それは、肉体の記憶。
骨の記憶。
皮膚の記憶。
臓器の記憶。
細胞の記憶。
分子、原子、クォークの記憶。
友に、家族に、恋人に、仲間に、同僚に、組織に、主人に、主君に、家来に、魂の底から震えるほどの裏切りを受けて、生命を終わらせられることになった記憶、慟哭、怒り、狂い、呪い、激情。
無数、の
お、びた、だし、い
鳥肌、の、立つ、ような
絶叫、に、口、が、裂け、そ、うな、ほど
まだ乳を求める幼さであったのに、臓器の売人に売られた。
実の母と、その恋人によって。
貧しさが故?
否。
ただ遊びたいために。
派手な生活を送りたいために。
男にもっと好かれたいために。
聞かされたのは、聞いてしまったのは、解体のために殺される、その直前だった。
哀れみから口を滑らせたか、幼い故まだ言葉解せぬと思ったか、死にゆく者へ隠す必要もなしと思ったか。
呪い、届かぬと思うのか。
死者に、呪いなしと思うのか。
病弱だった娘。
窓辺から、ささやかに咲いている花を見ること、ただそれだけが楽しみだった。
何故、首を刎ねられなければならなかったのか。
一体、なにをした?
みなを救うためだから、と、もともと儚いその生命を、喜んで贄に差し出そうとした身であるというのに。魂であるというのに。
何故、引き回され、石を投げられ、杭を打ち込まれ、晒し首にならなければならなかったのか。
死んでなお、唾を吐き捨てられなければならなかったのか。
何故だ。
何故だ!
もう十人も殺しているのに。
何故、認めない?
疲れたよ。
あと何人、殺せばいいの?
誰か、教えてよ。
ぼくこれからお母さんに殺されるの?
腐った死体が、うず高く積み上げられて山を作っている。
どさり。
さらに積み上げられて、山がまた少し高くなる。
干からびた、
腐って、じくじくとウジの湧いた、
片目をくり抜かれた、
頭を叩き割られた、
全身いたるところ矢や剣の刺さった、むごたらしい状態で、
でもまだ、それは生きている。
あと何時間、あと何分、生きていられるか分からないが、まだかろうじて息はある。
だが、故の残酷さよ。
世の、神の無情よ。
震える、まぶた。
残っている片目が、うっすらと開く。
見事に澄み渡る、青い空が広がっている。
最後の力で、腕を、腐った腕を、動かした。
手を伸ばし、空を掴もうとする。
永遠の闇が落ちた。
だって、あたしのためだったなんて、そんなこと、そんなこと知らなかったからっ!
殺しちゃった。
殺しちゃったよ!
ねえ!
滅びゆく身体で、ただ待っていただけだった。
ひたすら、父の帰りを。
家族に会うこと。
それ以外になにも望んでいない。
求めてなんか、いなかった。
なにが、魔女だ。
何故、火に炙られ、死ななければならない。
我々が、誰に、なにをした。
答えてみろ。
もしも生まれ変われるならば、
必ずお前たちを殺してやる。
呪ってやる。
お前たちがもし生まれ変わるのならば、
何度生まれ変わろうとも、呪ってやる。
千回。万回。
永劫。
死ぬだけなら、よかったんだ。
信じたままで、いさせて、欲しかったのに。笑って死ねた、かも知れないのに。
あなたを呪わせないで、欲しかったな。
呪わせるな。
呪わせるな。
呪わせるな。
呪わせるな!
ずっと、ただ、それだけを願っていたのに。
でもあなたは、呪わせたんだ。
呪わせたんだね。
2
それは、膨大な記憶であった。
何百人、何千人もの、膨大かつ壮大な、世を呪うためだけの辞典とも呼べる、記憶であった。
脳の、
肉体の、記憶。
流れる血液の、記憶。
細胞の、記憶。
DNAの、記憶。
終末に覚った、哲学の独自解釈の記憶。
記憶の輪環が自分を縛り締め付けて感じる、原初的な恐怖とそして吐き気。
経験学習による後天的な理論としての恐怖と、怖気、消失感。
しかし、その連環の手綱を握って締め付けているのは自分である、という自己矛盾。
記憶の輪環に、ガリガリガリガリ脳を擦られ削られながら、それは走馬燈のように儚いものなどでは決してなく、全人生全記憶をあますところなく長大に細密に認識させられる。
そんな現実に精神が耐えられず、赤毛の少女、令堂和咲は、青ざめた顔で震えていた。
がちがちと、歯を鳴らしていた。
両腕で赤毛の頭を、潰れそうなほどに強く抱えている。
いまにも目玉が、ぬるんと飛び出しそうなほどに。
鬼気迫る、およそすべての負の感情がないまぜになった、険しい、醜い形相で。
遠目からでも、はっきり分かるほどに、身体が震えている。
まだあどけなさを多分に残している顔に浮かんでいるのは、怒りと悲しみ、畏怖や罪悪感、闇、狂気、消滅願望。
負の連鎖に耐えられず、狂い始めているアサキの姿を、グレースーツの男、至垂徳柳が見ている。
これは滑稽だ、といわんばかり、楽しそうな顔で。
存分に堪能したのか彼は、無骨な体躯に似合わぬ女性のような仕草で、髪の毛を掻き上げた。
「思い出したかね? 『キマイラ』である、と」
引き金を引く言葉であった。
赤毛の少女の内臓も魂も、すべてを喉から絞り出すような、壮絶な、尋常ならざる狂気に満ちた、絶叫の。
壁が震えて崩れ落ちそうなほどの、アサキの絶叫は、そうせねば待つは自己崩壊、という生存本能からの防衛であったか。それとも、既に崩壊しているが故に狂っているのか。
まずどちらかであろう、というほどに、アサキの瞳孔は完全に開いて、引き裂けんばかりの口からバンシーにすら呪い勝つのではというほどの凄まじい絶叫を放ち続けていた。
完全に発狂している。
そうとしか見えないアサキの喚き、叫び、怒声。
それは至垂にとっては子守唄。彼は耳を傾け心地よさげに、うっとりした顔になっている。
治奈は、怒りと軽蔑の一瞥を彼へと向けると、すぐ、ただならぬ状態へ陥っている親友へと近寄り、肩に手を掛け、
「アサキちゃん! しっかり!」
動揺しながらも、必死に呼び掛けをするのであるが、
「触るなあ!」
掛けたその手は、身体をよじらせながらの平手の横振りで、弾かれていた。
「アサキ、ちゃん……」
予想外の拒絶を受けた治奈は、不意に頬を張られでもしたかのように、呆けた顔になっていた。
アサキの目が、はっと見開かれた。
「ご、ごめん! 治奈ちゃん、ごめん! わたし……」
親友をはたいてしまった罪悪感が心を正気に戻したか、アサキは、あたふたおろおろとしながらも謝って、赤毛の頭を下げた。
「ええよ、気にしとらん」
そうでもないようだったが、治奈はとにかくそう微笑んだ。
「それよりアサキちゃん、どがいしたん、いきなり……ここで実験体になっておったことなんて、以前に話してくれたことじゃろ。今更じゃけえね」
「うあああああああああああああああ!」
掛けられた言葉のためか分からないが、またアサキは頭を抱えて絶叫を張り上げた。
ぎりぎりと歯を軋らせ、飛び掛からんばかりの険しい表情を、治奈へと向けた。
ふー、ふーっ、手負いの獣のような、荒く速い呼吸をしながら。
「一体……な、なにが、アサキ、ちゃん……」
治奈は、半ば呆然と、半ば不安や心配の表情で、小さく口を動かして問う。
それから、どれだけの時間が過ぎただろう。
数秒であったか、数分であったか、どれだけの時間が。
赤毛の少女の、荒い呼吸が少し静かになっていた。
治奈へと、また顔を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「戻ったんだ……」
ようやく発せられた意味のある言葉を聞き、治奈は少し驚いた顔になる。
「……戻った?」
オウム返しをするしかなかった。
赤毛の少女は、小さく頷いた。
すっかり弱りきった表情で、小さく。
「記憶が……」
目に涙を溜めながら、そこまでいうと口を閉ざし、そしてまた口を開いた。
「完全に、記憶が戻った」
ボロボロになった赤い魔道着の上で、自虐なのか、感情をごまかしたかったのか、僅かな、微笑を浮かべた。
「完全に、記憶が、戻った?」
治奈の反芻に、赤毛の少女はまた小さく頷いた。
瞳を震わせ、そして小さく唇を震わせた。
「人間じゃ、ないんだ」
溜まっていた涙が、一条つっと線を引いた。
3
時間が止まっていた。
それは治奈の脳内や体内だけであったかも知れないが、そう表現するに足る重たい雰囲気、冷たい沈黙が、この場を支配していることに違いはなかった。
グレースーツの偉丈夫、至垂徳柳が、楽しくて仕方ないといった顔で二人の様子、ことの成り行きを見守っている。
僅か数秒という、とてつもなく長い感覚の後、不意に時が動き出した。
「え、えっ」
治奈が、自分の飲む唾の音に、目をばちばちしばたき、慌て、目を見開いた。
合わせて至垂も、これまで以上のいやらしい笑みを作って、
「そぉーだね。キマイラだもんねえ」
嬉々とはしゃぐ声を出した。
どちらが演技か地であるか、彼のこのハイテンション、以前とはすっかりキャラが変わってしまっている。
「黙れ!」
嫌悪侮蔑の表情で、同じベクトルの感情がたっぷりと乗った叫び声を、治奈は吐き出した。
妹が捕らわれの身であいること、すっかり失念し、友を思う気持ちのあまり激高しているのだろう。
次いでアサキへは柔らかな笑みを向けようとするのだが、そもそも柔らかな表情など作れるはずもなく、諦めてガチガチに強張った笑みを向けた。
「……アサキちゃん、こがいな男のいいよるデタラメなんか、真に受ける必要ないからの」
自分の焦燥とアサキの動揺を静めようと、強張った顔で優しく言葉を発するのであるが、
「本当のこと、なんだよ。治奈ちゃん。……キマイラなんだ、わたしは」
アサキは頭を抱えたまま、友人の言葉を突っぱねた。
「ほじゃけど、ほじゃけど……キマイラって、合成獣のことじゃろ? どこが? アサキちゃんは、人間じゃろ。どこから見ても、人間の女の子じゃろ」
治奈は、必死に否定する。
親友を救済するために、親友の言葉を。
そしてグレースーツの偉丈夫、至垂徳柳は、その言葉を、その思いを、あざ笑い、否定する。
「キマイラ。これ即ち人造の臓器や骨格といった土台に……」
「嘘ばかりいうな! 人を追い込む嘘を、楽しそうに喋るな!」
腹立たしげに、足を踏み鳴らす治奈であるが、それは至垂の顔をますます嬉々としたものにさせるだけだった。
「その人造土台に、強靭な動物や、人間の、臓器、脳、骨格、血液、筋肉を合わせ、または食らい合わせて、細胞レベルで融合、再生成などをさせ作られた、新たな生物である。……と、これがキマイラだ。必要があって、人間の女の子の外観を持たせているわけだから、似るのは当然だよ」
「ほじゃから嘘ばかりいうな! そもそも令和の時代に、生命をどうこうするそこまでの科学技術なんかあるはずないじゃろ!」
「ないじゃろって……あっても表に出るはずないじゃろ? きみの脳味噌は、貰ってといわれても、いらないかなあ。間抜け過ぎるからなあ」
ははっと笑うと、リヒト所帳は、何事もなかったように、また独り言に似た一方的な語りを続ける。
「極めつけはね、その、合成に使う人間の素材でね。そこがミソなわけだ。世を呪いつつ殺された人間。または、生きたままで腹を裂かれたり、頭を砕かれて、取り出された、臓器や、脳味噌。そんな、魂にして二千人くらいを、この作品を作るために、たーーーーーっぷりと土台に吸収させてあるんだよねえ」
「さっきから適当……」
「いつの世にか究極の一体を作る、そのために、この数百年、魔道師たちが貯めに貯めた、絶望に満ち満ち満ち満ちた記憶が、細胞遺伝子原子陽子アストラルレベルで詰まっている人体を。……まだまだ部品のストックはあるとはいえ、かーなーりー贅沢なあ、一体なんだよ。この、令堂和咲くんという作品の肉体は」
「だ、だ、だからっ、デタラメをいうな!」
「お得意の非詠唱にしても、出来て当たり前の話だよ。だって、脳が複数あるようなものなんだから。とはいっても、リミッターをかけないと人間らしい情緒が育たないから、そんなに賢くも見えなかったとは思うけどね」
「うちの親友を侮辱するな! 適当な嘘で侮辱をするなんて最悪じゃ! 謝れ! 謝れ!」
殴り掛からんばかりの勢いで、至垂へと詰め寄る治奈であるが、止めたのはアサキの言葉だった。
「治奈ちゃん、わたしのために怒ってくれてありがとう。でも、でもね……本当の、ことなんだ。……分かるんだよ、わたしは、もう」
「ほじゃけど……ほじゃけど、そ、それじゃ、アサキちゃんが……」
動揺する、治奈の顔。
友の心を救済出来ないという無力に対する、どうしようもない苛立ちか、悲しみか、その瞳は涙で潤んでいた。
いまにもこぼれ落ちそうなほどに。
アサキは、心配してくれる友へ力ない微笑を浮かべると、至垂へと向き直った。
「あの……さっき、わたしたちが戦わせられた、魔法使いは……」
尋ねた。
その質問を待っていたとばかり、至垂は嬉しそうな顔で答える。
「そぉだよ、歳の離れた、きみの妹たちだ」
「わたし、の……。歳の、離れたって」
同じくらいの年齢に見えたが。
「きみは、自分で認識している通りの年齢だ。じーっくり育て上げたから。だけど、妹たちは即席だ。破壊力優先のパーツ配合をしているから、単純な戦闘力はきみより強かったはず。でも、魂の精錬がなされていなかったから、負けた。負けたからカス。きみの妹たちは、みんなカスだ。……いま戦っている、長戸寛花にしても、よりカスなはずの単なる雑魚魔法使いたちに、もうそろそろ倒されそうだよ。こりゃホームラン級の酷いカスを作っちゃったかなあ」
はははははあ、と自虐なのか、身をのけぞらせて至垂は、手のひらを顔に当てて嬉しそうに笑った。
「生命を、そんなふうにいって、自分で嫌になりませんか?」
「全然」
「……でも、妹たちなんかじゃ、ない。……わたしの、義理のお父さんとお母さんに、今度、子供が生まれるんだ。わたしも、家族でいてもいいっていわれた。……それが、そこが、わたしの……本当の家族。生まれてくる子が、本当の、弟か、妹だ」
「へーえ。でもねえ、心の拠り所を、詭弁でどう保とうにも、きみの生まれた家はここであり、きみはキマイラであり、さっきぶっ殺していたのが、きみの妹だからねえ事実」
「そがいないい方ないじゃろ!」
治奈の怒声。
あまりの現実感のなさに、一人置いてきぼりを食らっている感のある彼女だが、さすがの不快感に叫ばずにいられないようであった。
その激怒は、一割一部一厘も通じなかったが。
「だってキマイラなんて道具だもん」
「ほじゃから!」
「目的持って作ったんだから道具でしょ! 違いますかあ?」
人を小馬鹿にした論調口調に、治奈はぐっと息を飲んだ。
ぎりっぎゃりっ、と歯を軋らせると、身体を震わせながらぼそり言葉を吐く。
「まさかとは、まさかとは思うけど、本気でゆうとるん? 冗談ならセンスが最悪じゃ、本心ならば魂が最低じゃ!」
「いいんだよ、治奈ちゃん。ありがとう。でも、でも……」
背後からの弱々しい声に、治奈は振り向いた。
声の通りの、弱々しい顔で、赤毛の少女が身体を震わせている。
ぼろり、
大きな涙が、少女の頬を伝い落ちた。
「本当の、ことだから。……で、でも……家族のことを、思って、必死に堪えようとしたけど、し、幸せだと、お、思おうと、した、けど……でも……わ、わたしは……」
崩れた。
アサキは崩れて、膝をつき手をつき、背中を震わせる。
床に、涙が落ちた。
ぼろぼろ、ぼたぼた、大粒の涙が。
「わたしは……」
人間では、ない。
試験管で合成された生物なのだ。
ただその事実一つでも、細胞が崩壊して溶けてしまいそう。
だというのに、なおかつ身体を構築するため使われているのが、世を呪って死んでいった人たちから取り出された無数の脳や臓器なのである。
数千の魂。
すべての、記憶がある。
すべてを、思い出している。
壮絶な絶望の中、死んでいった記憶がある。
それらが自分で、自分はその生まれ変わりなのだ、と単純に思い込むことさえ出来るのならば、どれだけましだったか。
でも、違うのだ。
自分は、ただの土台。
自分は、無だ。
本当は存在しない生物なのだ。
「わたしという存在を生み出したのは、いまわたしを生かしているのは、たくさんの人たちの、犠牲であり、絶望、呪い……」
「そぉーだよ、なあぁにがわたしは絶望はしないだかなあ。笑っちゃうねえ」
そこで至垂は不意に真顔になり、こういったのである。
「……絶望の塊が、君じゃないか」
と。
そして、またふざけた表情になり、笑い始めた。
いやらしい高笑いである。
がらんとした部屋に、反響していた。
「うう、ああ……あああああああ……あああ……」
その笑いが呼び水となったようであり、アサキは膝をついたまま、また頭を抱えた。
激しい勢いで床に伏せると、悲鳴とも呻きともつかない、甲高く震える声を漏らし続けた。
「アサキちゃん! アサキちゃん!」
聞こえている。
友達が、必死に自分を呼び掛けている、声が。
聞こえているけど、だけど、まったく聞こえていなかった。
アサキの脳内では、また過去の呪われた記憶が映像となって駆け巡っていたのである。
自らを潰してしまいそうなほどに強く頭を抱えて苦しむアサキの姿に、リヒト所長、至垂徳柳は腹を抱えて笑っている。
「思い出したあ? ぜつぼおおおに、内臓がああ、よじれてちぎれそうなほどの、過去を、記憶を、呪いを、思い出したかあああ?」
「うああああああっ!」
赤い髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回しながら、身悶えしながら、アサキは苦しみの呻きを絞り出す。
ぼろり、ぼたり、と大粒の涙がこぼれて、床を濡らす。
このまま、絶望の海に沈んでいくだけ。
そう思われたアサキであるが、不意に、はっと目が見開かれていた。
記憶。
どんどんと蘇る記憶の中に、ある男女の姿を、見たのである。
よく知る顔。
令堂修一と、直美の顔を、記憶の中に見たのである。
4
熱い!
当たり前だ。
ぐらぐら煮える熱湯を、くまなく全身にぶちまけられたのだから。
だけど、熱くはなかった。
熱いのに、熱くなかった。
既に皮膚が焼けて感覚がないから、ではない。
耐性がついているからだ。
本能的に脳内で魔法を唱えて、極熱を緩和しているからだ。
緩和しきれなかった分は、肉まで熱湯に溶けて気化しそうになるが、魔法で痛覚を麻痺させると同時に、溶け崩れる先から皮膚を再生させている。
すべては感覚の中。
言語でそう認識しているわけではない。
すべては感覚の中。
記憶、の中にある、眼球、とかいう物は、自分には存在しないようで、いわば真っ暗な中に、意識と感覚だけがある。
いつ生まれたのか、この意識は。
この無限の記憶はなんなのか。
言語でなく、感覚として、
そういう思い、疑問がある。
分からない。
自問してみても、分かるはずもない。
ただ、闇があるばかり。
闇に意識が存在しているだけ。
永劫、続くのか。
この、闇は。
いや。
光。
記憶によれば、これは、光、というもの。
いつしか、それを感じていた。
認知していた。
感覚が、増えていた。
闇、ではないものを、認識する能力が備わっていた。
眼球、というものが、自分に取り付けられたためだ。
後から、記憶、と照らし合わせて、漠然と気付いたことであるが、とにかく、つまり、物を見るということが、出来るようになっていたのである。
液体の中に、浮かんでいた。
意識と同じように、身体も浮かんでいた。
視界が動かせないから分からないけれど、おそらく自分の身体が。
ゆらゆらと、揺れていた。
ゆらゆらと、揺れる、その向こうに、
人
人?
人だ。
これは人、ヒトなのだ。
白い、服、という物を着た、
四、五、六……
数、も分かるようになっていた。
概念も、実際の数え方も。
ゆらゆらと浮いているだけではない。
自然とこうした能力が育ったわけではない。
時折、液体から取り出されていたのである。
眼球を、えぐり出されていたのである。
胴体を、切断されていたのである。
頭を割られ、脳を取り出されていたのである。
都度、永劫の消滅を願うほどに耐え難い激痛が、身を襲った。
だが、同じことを何度もやられているうちに、耐性がついていた。
よくは分からないが、自然と魔法を発動させて、痛みを打ち消していたのだろう。
取り出されて、そうして耐え難い激痛の中なにをされていたのかというと、つまりは度々と身体を砕かれて数値を測られ、身体を砕かれて中身を交換されていたのである。
交換される都度、負荷つまりは肉体苦痛を与えられて、反応を計測された。
計測されては、また潰されて、部品を交換をされる。
筋肉の反応。
魔力係数。
脳波。
霊波。
ドーパミン。
エンドルフィン。
そう、白い服、白衣、を着ているのは、技術者、科学者、
人間
であった。
自分はいつも、人間、たちに囲まれていたのである。
幾つ目だかの、交換された眼球のためか、根本能力の発達によるものか、視界を右に左に動かせるようになった。
でも、世界は広がるようで、むしろ狭くなった。
気持ちが、どうしようもないくらいに暗くなった。
床から突き出ている大きな試験管がたくさんあり、そこには目、臓器、脳、手、足、浮かんでいるのだ。
視界が動かせるようになったことで、それらがよく見えるようになってしまったのである。
それらがなんのためであるのかは、分かっていた。
ある程度、言葉、も分かるようになっていたし、
記憶、と照らし合わせて、色々と考え、辻褄、を合わせることが出来るようにもなっていたから。
人間
を、構成するパーツを、培養しているのだ。
自分のための。
実験的に、それが、自分とすげかえられる。
拒絶反応がなければ、それがしばらくの間、新しい自分になる。
新しい自分。
……自分?
自分?
自分って、なんだ。
誰が、自分?
疑問には思ったが、とことん追求しようとまでは思わなかった。
意味がないから。
また、身体が、試験管の中から取り出される。
自分、らしい、身体が。
もう一回テストをしてみよう。
という白衣の誰かの声に、運び出されて今度は、
白い、煙、の出ている、液体、に沈められた。
マイナス百度、とかいう、液体、の中に、
全身を、深く、暗い、底まで。
沈められた。
苦しい。
苦しい。
そして、怖い。
光、を知ってしまったから、闇、が、闇、が、怖い。
消えたい。
怖いから、苦しいから、嫌だから、辛いから、消えて、しまいたい。
でも、消えなかった。
本能が勝手に魔法を唱える。
細胞の書き換えや増殖による生命維持。
そして、苦痛の緩和。
余計なことをする。
消えてしまいたいのに。
消えることが出来たのに。
超低温の実験から、数秒後なのか、数年後なのか。
時間の流れは、まるで分からないが、今度は、
焼却炉に放り込まれて、炎火に包まれ焼かれた。
取り出され、
身体を切り裂かれ、開かれ、
別の臓器に付け替えられて、
一種前世ともいえる呪われた記憶を、またあらたに吸収させられ、
それが、いつまでも続く。
地獄を見ているかのような、呪われた記憶のみっしり詰まった無数のパーツ。
寄り集まった、肉体。
呆然とした、無限に漂う感覚の中、次から次へと、その、呪われた記憶が流れて、ぐるぐる、ぐるぐる。
自我、の片鱗のようなものが、育つほどに思う。
何故こんな目に。と。
辛い。
苦しい。
消えたい。と。
白衣を着た一人が、笑いながらこんなことをいった。
自分、へと向けて。
やめてくれよ。
なんでそんな目をするんだ。
寄せ集めのくせに、さも自分自身が辛いかのように。
そんな目で、こっちを見るんだ。
理不尽だろう。
そんな目?
どんな目?
え
だって、そっちが……
自分、
わたしを……
わたし?
自分……わたし
5
ギロチンに似た、レールにはめ込まれた巨大な刃が、音もなく落下する。
じゃっ、と骨と肉を断つ音。
「うあ!」
激痛に、悲鳴を上げていた。
右腕を、切断されたのだ。
椅子に座らされ、縛り付けられた状態で。
切断された右腕であるが、落とされていなかった。
離れてすらも、いなかった。
切断された、と思われるところが、薄っすらと赤くなっているだけだ。
巨大な刃が骨を断ち、通り抜けた瞬間に、癒着し、再結合されたのである。
非詠唱の魔法によって。
よし、いい数値が出た。
センサーを換えて、もう一回やり直した甲斐があったな。
白衣を着た一人の、言葉。
先ほども、腕を切り落とされているのである。
防衛や、治療のために、無意識下に発動される魔法の、様々な数値を計測するために。
続いては、熱負荷対応時の魔力係数測定が行われたが、昨日とはまったく違う結果が出た。
数値の上でも。
見た目の上でも。
自分が疲れてしまっていて、頭がぽーっとしていたかのが原因だろうか。本能が発動する魔法が甘くなってしまった。
それとも、昨日はよい値が出たのだからと担当技術者が負荷を掛け過ぎてしまったためであろうか。
魔力防衛がとても鈍く、着ている貫頭衣が完全に燃え尽きて、中の裸は皮膚という皮膚が黒焦げ、表面すべてが消し炭状態になってしまったのである。
まあちょうどよい。
とばかり、そのままメスで腹を裂かれて、この後の実験で試そうとしていた別の臓器を、幾つか交換させられた。
さらには頭をレーザーナイフで割られて、脳の一部を交換させられた。
脳の交換作業を終えた頃には、既に、メスで切り裂かれた腹部は塞がっており、傷の痕跡一つない。
黒焦げでガサガサであった全身の皮膚も、綺麗ですべすべした薄桃色。
ナイフで開頭された箇所も、塞がっているどころか、ふさふさとした赤毛が再生して、どんどん伸びてきている。
ぽわんとした表情で天井を見上げながら、女性の技術者に、全裸の上からあらたな貫頭衣を着させられている。
離れたところから、その様子を見ている白衣の男性たちの声が聞こえる。
聞きたくないけど聞こえてしまう。
ほんと、化け物だよ。
生意気に、辛そうな顔で、こっち見てやがる。
同情を引いているつもりかよ。
言葉の意味は、もう分かるようになっていた。
だから、悲しかった。
でも、どうしようもなかった。
消えたい。
誰か、消して。
粒子になって、空気に溶けてしまいたい。
いや、粒子ですらいたくない。
なんにも、なかった状態になりたい。
無に戻りたい。
心から、そう願っているのに、何故、魔法が働かないのだろう。
傷を治すとか、熱いのやわらげるとか、そういう魔法は願ってもいないのに頭が勝手に唱えてしまうのに。
一番かなえたいことが、何故かなわないのだろう。
だけど、
せめて、そういうこというのは、やめませんか。
新しく配属されたらしい、最近ここでよく見るようになった、ぼさぼさ髪の男性(人間に男女の別あることを理解したのは、つい最近のこと)の、咎める口調。
かねがね不満に感じていたことを、ぶちまけてしまったようだ。
いわれた方が、声を荒らげ、いい返す。
分かってっけど。
いちいち同情なんかしてたら、やってられねえだろ。
こんな仕事。
そうかも知れないですけど……
いいよ、別に。
同情なんかいらない。
いらない、けれど……
でも、ありがたかった。
その言葉が。
だからわたしは、心の中だけでも、唱えるんだ。
ありがとう。
6
どうしてわたしが、令堂家の養子になったのかも、はっきりと思い出したよ。
修一くんも、直美さんも、元々はリヒトの研究員だったということは、以前に思い出せていたけれど。
あの、研究室でわたしのため憤慨してくれていたのが、修一くんだったんだ。
二人は、リヒトに入って間もなく結婚して、夫婦で働いていた。
修一くんが、わたしへの実験測定をするメンバーの一人。
データ解析、及びわたしの世話や、情緒面の教育をするのが、直美さんだった。
若くして結婚するくらいだから、同じ感性、価値観だったのだろう。
幼い女の子にしか見えない肉体を実験するという、日々の続く限り膨れ上がっていくなんとも呼べない罪悪感にも似た思いに、二人は悩み、疲れ、逃げ出した。
まだ六歳であった、わたしを連れて。
機密保持、という観点からも当然のこと追っ手が差し向けられる。
数人の魔法使いが、姿を消して追ってきていた。
一般人の逃走痕跡を、魔法で辿るなんて、簡単だ。
すぐに、見つかった。
捕まりそうになった。
その時、どうやらわたしが、魔法を発動させた。
そこにいる人たちの記憶を、すべて消し去った。
わたし自身の、記憶すらも。
ずっと思っていた、わたしが実の親から虐待を受けていた、というのは、辻褄を合わせるためにわたし自身によって作り上げられた記憶だった。
なんの辻褄かというと、日々の辛い思いが身体から消し去れるはずもなく、ならば、と感情や感覚を、親の虐待によるものへとすり替えたのだ。
わたし自身の安全を守るため、というよりは、わたし自身が崩壊しないために。
無意識に。
その記憶を、修一くんたちにも植え付けてしまっていた。
それは、二人を守るため。
だって、リヒトから逃げられるはずがないからだ。
逃走するわたしたちを、見つけ次第すぐに殺すことも出来たのに、じわじわ、いたぶるような態度で、魔法使いたちは追い詰めようとしていた。
それは、おそらく反応を見るため。
なにかが、起こるかも知れないから。彼らにとっての、面白いなにかが。
結局、わたしの魔法で、その魔法使いたちを追い払い、我々は助かり、そして、塗り替えられた記憶のまま、三人の共同生活が始まったわけだけど……
たぶん、すぐ次の追手を差し向けることも出来たはず。
わたしたちを捕らえることは出来たはず。
きっと、これはこれで、時期的にちょうどよい、と判断されたから、我々を追わなかった。
身体のパーツも定まり、無数の呪いも埋め込まれ、後は絶望を絶望に感じるための、まっとうな情緒を育てる時期。
おそらくいずれは、記憶を消されて、どこかの家に送り込まれていた。それが早まっただけなんだ。
でも、そんなことは、どうでもいい。
大切なこと。
それはわたしが、あんな姿で、あんな状態であった時に、人として人に、魂として魂に、対等に接してくれる、思ってくれる、そんな人が二人もいたということ。
いてくれた、という事実。
そうだ。
簡単なことだった。
なにをわたしは、この世の苦悩を全部背負い込んだように、泣き喚いていたんだ。
なんであろうとも、わたしは、わたしなんだ。
治奈ちゃんが知るわたし、カズミちゃんが知るわたしが、わたしなんだ。
そうだ。
顔を、上げろ。
アサキ!
7
部屋の中は、しん、と静まり返っている。
息遣いどころか、心臓の音、血液の流れすらも、聞こえてきそうなほどに。
床に崩れ、膝をつき、手をつき、肩を震わせている、赤い魔道着を着た赤い髪の少女。
彼女の名を呼び疲れて、紫の魔道着、治奈が涙目のまま立ち尽くしている。
グレースーツを着た大柄な男性、至垂徳柳が一人、にやにやと嬉しそうな笑みを浮かべている。
堪えているのか、それでも漏れてしまうのか、またはすべてわざとなのか、いやらしい笑み、口角の釣り上がり、目元の歪み。
彼自身が作り出した、この張り詰めた静けさを破ったのは、彼自身の、その歪んだ笑みを浮かべた口から発せられる、ねっとりした低い声であった。
歪み一巡して、いっそ無垢にさえ見える笑顔が、口元が、ゆっくりと動いた。
アサキへと、とどめの言葉を浴びせるべく。
「記憶は完全に、思い出せたかね」
発せられた、ねっとりとした声、問い掛けに、赤毛の少女は、静かに頷いた。
床に崩れたまま、俯いたまま、小さく、でも、はっきりと。
「思い、出しました……すべてを」
グレースーツを着た至垂徳柳、その笑顔が、不意に変化していた。
感情ベクトルとしてはそのままであるが、疑心不安という不純物が抜けたか、気の弱い人間ならその表情だけで舐め殺せるくらい底の深い、かつ粘液質な、不快な笑みへと、変質していた。
端的にいうならば、表情のいやらしさが格段にパワーアップしていた。
「ならばかつてない、呪詛ぉ、絶望おおおおおおおお」
歌うように、嬉しそうに。
堪えるように、弾けるように。
呪うように、祝うように。
すべてを、喜悦という感情へ集結させた。
だが、そのねじくれた喜悦も、長くは続かなかった。
彼にとっての想定外。
床に崩れていた赤毛の少女、アサキの、震えがとまっていた。
赤毛の少女、アサキは、ゆっくりと、立ち上がっていた。
ゆっくり立ち上がって、静かに顔を上げた。
顔を上げると、小さな声ながらも、毅然とした顔を向けた。
グレーのスーツ、リヒト所長へと。
「わたしを思う人たちが、いてくれることを。そんな、小さいけれどなによりも大きな幸せを、わたしは、思い出しました」
そういったのである。
言葉こそ少ないが、確固たる意思の主張であった。
「アサキ、ちゃん……」
泣き出しそうであった治奈の顔に、変化が生じていた。
いや今でも泣き出しそうではあるものの、目尻に溜まっていた涙の、その質や意味合いに、明らかな変化が生じていた。
同じ涙で、あるはずなのに。
堪えきれず、ぼろり、こぼれた。
その、自らの流した暖かな涙を、治奈は、指でそっと拭った。
空気正反対は、至垂徳柳である。
作った笑顔の片頬を引きつらせたまま、ロウ人形のように、完全に硬直していた。
十秒ほど、経過した頃だろうか。
「え」
引きつった笑顔から、ようやく声が漏れたのは。
身体が、微かに震えている。
指先が、微かに震えている。
見れば気付くという程度であったのが、あっという間に、遠目からでもそれと分かる激しい震えになっていた。
脆い床なら崩れておかしくないほどの。
笑みもすっかり消失し、表情の半分は、うつろ。
残り半分は、
怒り、
焦燥、
疑惑、
不安、
負の感情をすべてごっちゃにした、そんな顔になっていた。
ぶつっ、ぶつっ
なにかが切れる、音がしている。
実際に、切れていた。
グレースーツの男のこめかみに、触れば分かるくらい血管が浮き上がっており、そこから血が流れて伝い落ちていた。
髪の毛が、逆立っていた。
半分前へ垂らして残りを後ろへ流し気味に固めている髪の毛であったのが、すべて逆立っていた。
毛の小さく絡んだ束が、一束、二束、ぶつり、ぶつりと切れては、床へと落ちた。
ふーーー
ふーーーー
項垂れているリヒト所長の口から、蒸気が噴き出しているかと間違えそうな息が漏れていた。
「なにかな、そのあくまで前向きな振りは……ヘド出る優等生発言は」
首を下げたまま、拳を握った。
そっと、ではない。
どれほどの力がこもっているのか、爪が食い込んで、血が滲み出ていた。
ぽたり一滴、床に滴った。
ぎょり
ぎょり
耳を覆いたくなる不快な音。
歯を軋らせているのだ。
次の、瞬間であった。
ガツ、
と骨を打つ鈍い音がし、アサキの身体が後ろへよろけ、壁に背をぶつけたのは。
至垂徳柳のごつごつした拳が、アサキの頬を、容赦なく殴り付けたのである。
殴り付け、そして怒鳴り声を張り上げた。
「わたしをヴァイスタにするつもりかあああああああああああああああ!」
ままならなさによる絶望をさせる気か。ということであろうか。
身勝手な理屈である。
アサキが合わせねばならない道理はない。
打たれた頬を押さえながら、アサキは顔を上げた。
きっ、と睨み返した。
睨みながらも、どこか慈悲のある眼差しで、小さいながら、はっきりした声で、こういった。
「わたしが願うのは、誰も、魔法使いの女の子が誰も、ヴァイスタなんかにならない世界だ」
8
突き出される、拳。
怒りの粒子を含んだ、風、風圧。右、左。
冷静に腕を絡め、空手の受け身をするアサキであるが、受けた瞬間、密着した状態から、素早く踏み込みながらのローキックがきた。
足を軽く上げて、威力を散らす。
散らした瞬間には、顔、上半身が、無骨な拳の連打に襲われていた。
「やめて下さい!」
アサキは後ろへ下がりながら、手の甲で拳を弾き、頭を下げて拳をかわす。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
ガムシャラに振り回される、至垂徳柳の手、腕、脚、足。
盲滅法に見える割には、攻撃は素早く、戻りも素早く隙がなく、アサキは避けるに精一杯だった。
狂った勢いに押されているというだけであり、まともに受けても、たいしたダメージではないのだろうが。
自分は、続く戦闘にダメージを蓄積させているとはいえ、魔道着を着ているし、対し相手は生身であるからだ。
至垂徳柳は、男性であるが故に、魔法力など微塵ほどしかないだろう。
魔力は身体能力を強化させる。
つまり、アサキに勝てるはずがないのだ。
魔道着により魔力伝送効率のアップしている女性に、男性が肉弾戦で勝てるはずがないのだ。
以前にアサキ自身が、「超魔道着を着た魔法使いの女性(慶賀応芽を、生身で倒す」という、離れ技の前例を作ってしまったわけではあるが、でもそれも、魔力の器が途方もないから出来たこと。
魔道着関係なく、そもそも魔力を持たないに等しい男性など、現在のアサキにとって相手ではない。
ではあるものの、気持ちとしては、その気迫というか狂気というか、完全に飲まれてしまっていた。
それと、至垂徳柳の格闘術が、相当に鍛錬されたもので、攻撃に休みがなく次から次で、怪我させずに彼を捉えたいアサキとしては、どうにもままならなかった。
「やめて下さい。戦闘力のない人に、手荒な真似はしたくない!」
甘いことをいっている。
という自覚は、アサキにはある。
このリヒト所長が、どれだけ非道なことをしたか、もちろん理解している。
メンシュヴェルトもリヒトも政府の非合法機関である。非合法が故、然るべき場所に連れていき裁きを受けさせることになれば、極刑だってあり得るのではないか。
それくらいの罪は、犯しているのではないか。
個人的にも、正香ちゃんたちや、ウメちゃんの件、その恨みがある。
晴らしても晴らし足りない、恨みがある。
でも、それはそれだ。
どんな人間であろうとも、自分は、出来ることならば暴力はふるいたくない。
人を武器で切り付けたり、殴ったりなんか、したくない。
先ほどの戦いだって、倒さなければ自分が殺される。
だから精一杯戦っただけだ。
「優等生なこといってないで、好きに剣や拳で攻撃すればいいだろ。きみは確か、剣道とか空手をやっているんだろう。生身相手に抜剣を躊躇うというのなら、空手でわたしを殴ればいいじゃないか。蹴ればいいじゃないか」
狂気に満ちた笑みを浮かべたリヒト所長は、さらに執拗に、攻撃の手数を増やしていく。
防戦一方のアサキを、攻撃し続ける。
「その、態度は、理不尽です! 思うようにならないからって……わたしの心を追い込めなかったって」
そうだ。
わたしは、絶望しなかった。
ただ、それだけだ。
修一くんと直美さんといった家族、治奈ちゃんやカズミちゃんといった仲間がいてくれる。
ただ、それだけだ。
「うるさいよ! ほらほらほらあ!」
至垂が自虐っぽい笑みと共に、拳連打の速度を高めた。
「ぐぅっ」
かわしきれず一発を肩に受け、アサキは呻き顔を軽く歪めた。
男性、つまり生身で魔法力などないはずなのに、予想よりも遥かに打撃が重かったのだ。
だが好機だ、と取り押さえようと、素早く手を伸ばした。
「おっと」
彼は身をよじって、からかうように、するりするりと後退した。
後退したかと思うと、もう自ら距離を詰めて、アサキへと拳を浴びせてくる。
男性である以上は、魔力による身体能力向上など、させられないはずなのに。
この身の裁き方、拳の重さ、あまりにも強過ぎないか?
まるで、これはわたしだ。
女性、
膨大な魔力を持った女性が、その魔力を体内循環させながら生身で戦っているかのようだ。
特殊訓練を受けているのかも知れない。
対魔法使い用の。
どうであろうと、関係ない。
捕らえるだけだ。
絶対に、捕らえなければならない。
もし逃してしまったら、フミちゃんがどうなるか分からない。
このように、戦いになってしまった以上は。
それに、このような場を、もし第二中の子たちに見られでもしたら、どうなる?
ただでさえ、万さんたちを殺されて、怒り狂っている彼女たちだ。なにがどうなってしまうか、分からない。
もちろんわたしだって、この人がしたことは許さない。
許してはいけない。
でも、だからこそこの人は、厳粛な、公平な中で、裁かれるべきだと思うから。
それを優等生発言だなんだ、甘いだなんだ、笑うなら笑え。
でも、
なんだろう、この人の、表情は。
笑って、いる?
そう、絶望しないアサキに対して激怒狂乱していた至垂であるが、その顔に、また、他人を見下す笑みが浮かびつつあったのである。
「やっぱり身体を動かすと、ストレス発散になるのかなあ。気持ちが、落ち着いてきたよ。さあどうしようかなあ、と楽しくなってきたよ」
赤毛の少女の、表情から感情を見抜いたのか、至垂がさわやかにいいながらも、いやらしく唇を歪めた。
「強がりはやめて、諦めて、おとなしくして下さい。罪を、償って下さい」
「罪を償うもなにも、無数の罪を身に宿しているのは、むしろきみの方だろうよ」
「違う!」
確かに、記憶はある。
世に絶望し、世を呪い、たくさんの人を殺して、自害して果てた記憶など。
もし、それも含めてわたしだというなら、生きて、過去の記憶を浄化していけばいいだけ。
確かに、否定すべき過去も未来もあるかも知れない。
でもそれは、つまらない人のつまらない言葉に踊らされて、するものではない。
「はあ、開き直るんだなあ」
手刀、拳、蹴り、突き、手数勢いを、一切弱めることなく、至垂は器用にため息を吐いた。さわやかに、身体を動かしながら。
「さっきあなたは、わたしの考えている家族の絆に対して、詭弁といった。でもわたしにとっては、あなたが語っている罪のことこそが、詭弁だ」
突きの嵐を弾き、跳ね上げ、巧みに受け流しながら、赤毛の少女は、言葉での反撃をする。
反撃というよりは、自分の思いを固めるための、自分への言葉といった方が正しいだろうか。
「作り物、動く人形に、家族の絆などあってたまるかよ」
至垂徳柳は、鼻で笑った。
「そう思うなら、それでも構わない」
わたしはわたしだ。
なにがあろうとも。
なにをいわれようとも。
「作り物であろうと、なかろうと、家族の絆を知らない人間の方がかわいそうです」
「相容れないねえ。……一つ聞かせようか、わたしが生まれた意味、存在理由を。まあ所詮きみは道具だし、理解出来るはずもないかな」
「したくもない!」
不快げな表情で、拳を受け流したアサキ。
その目が、驚きに見開かれていた。
僅か一瞬の隙を突いての、至垂の、後ろ回し蹴り。
ぶん、と空気を焦がし、アサキの顔面を捉え、のけぞらせ、身体を大きく吹き飛ばしたのである。
がぐっ、と悲鳴、呻き声を上げながらも、アサキは床に爪先をつき、踵をつき、踏ん張った。
信じられないといった表情で、リヒト所長の顔を見る。
自分の顔、踵による打撃を受けて痛む頬を、手のひらで軽くさする。
驚いていた。
油断したとはいえ、ここまで綺麗な蹴りを受けるとは。
男性、つまり魔力を持たない、魔道着を着ていない者から。
自分が、まだまだ実力不足なだけだ。
と、気を取り直し、至垂へと向き直るアサキであるが、
「うちが代わる!」
二人の間に、治奈が入り込んだ。
アサキへと背を向け、至垂へと、槍を構えた。
「丸腰相手に二人は卑怯と思って、黙っておったんじゃけど。いつまでも、こうしてはおれんからのう。……アサキちゃんは傷を付けないことに、こだわっておったけど、うちは甘くない。手足をぶった切ってでも、ここでお前を捕らえて、フミのところへ案内してもらう」
「ぶった切るって、そんなナマクラみたいな玩具で、なにか出来るものなのか。是非、やって見せてくれよ」
「なにを!」
挑発の言葉に、語気荒くなる治奈。
であるが、二の句を継ぐことは出来なかった。
構えた槍の穂先が、ぽとり落ちて、床に転がったのである。
柄の、穂先に近い部分が、綺麗に折られていた。
グレーのスーツ、至垂徳柳が、両の手刀を胸の前で構えている。
なにが起きたかは、明白であった。
「わたしは、武器開発にも携わっている。魔力強化の届きにくい、脆い点も、熟知しているからね。へし折るなど、造作もない」
ふふっ、と笑う至垂。
の前で、治奈は、折られた槍を投げ捨てた。
「いらんわ別に。長柄の武器で、懐に入られたら面倒と思っとったとこじゃ」
紫の魔道着、治奈は、文字通り空手になった身で、カズミから習った空手の型をとり、構えた。
治奈の隣に、アサキが肩を並べた。
「あがこう時間を引き伸ばそう、というよりも、わたしたちの心を乱すことが目的に思えます。でも、もうそんな無駄なことはやめて下さい。わたしたちは、あなたを捕まえて、フミちゃん返してもらって、すべてを終わらせる。それから、心を乱します。起きたこと、仲間の死を、悲しみますから」
アサキも、治奈と同じように空手の構えをとる。
両手を胸の高さで、腰をやや落とした。
「よく気が付いたねえ。乱そうとしていると」
どこまでバカにするつもりなのか、肘を曲げて、細かく小さな拍手をした。
「なら、ついでというか、もっとドキリと心が乱れるようなものを、見せてあげようか?」
低い、甘い声でそういうと、至垂は、自分のグレーのスーツに手を掛けた。
上着を、脱ぎ捨てた。
「え……」
なにを、しようとしている?
警戒怠らずも、不思議そうに小首を傾げるアサキ。
治奈も、同じような表情で見守っている。
リヒト所長、至垂徳柳は、視線をまるで気に留めず、いや留めているからこそか、鼻歌混じりに、シャツのボタンを一つひとつ外していく。
シャツを脱ぎ捨て、上半身がベージュのインナーだけになると、今度は、ズボンに手を掛ける。ベルトを外す。
「なにをしているんですか! ふ、ふざけるのはやめて下さい!」
アサキは顔を真っ赤に染め、声を裏返して叫んだ。
恥ずかしげな表情を、ぷいとそらせた。
こんな時であるというのに、あまりの恥ずかしさに、アサキはドキドキする胸を押さえ、ぎゅっと目を閉じてしまっていた。
分かっている。
そんな場合ではないこと。
より丸腰になるというなら、これ好都合と捕らえてしまえばいいだけなのに。
「そそ、そむけとる場合じゃないじゃろ!」
治奈の声。
それは自分への言葉かとアサキは思ったが、そうではなかった。
彼女もまた、アサキと同じように恥ずかしさに顔をそむけており、自身を叱咤していたのだ。
「こ、これは、え、ええっ。……アサキちゃん!」
続いて、おそらく目を開けて正面を見たのであろう、治奈の上擦った声。
アサキは真っ赤になった顔を再び至垂へと向け、ぎゅっと閉じていた目を薄く開いた。
薄目が、疑惑と驚愕に、一瞬にして大きく見開かれていた。
信じられない光景が、目の前にあったのである。
ぽかん、と口を半開きにしているアサキと、治奈の前で、至垂徳柳が、身に着けた最後の一枚である、白い下着を脱いだ。
一糸纏わぬ、至垂の姿。
身体の、微妙な隆起。
生まれて初めて見てしまう覚悟を決めたと思ったら、想像したところには想像のものはなにもなく。
「女……」
ごくり、
アサキは呆けた顔のまま、唾を飲んだ。
喉の奥が乾いてしまって、へばりつく感じで上手く飲み込めなかったが。
羞恥か打算か分からないが、本当は隠して置きたかったという気持ちもあるのだろうか。
二人の驚いた顔に、全裸の至垂徳柳は、満足げな、でも少し陰りのある表情で、唇を歪めた。
「こんな女が、いると思うかい? 普通に考えて」
至垂は問う。
ボディビルを本格的に打ち込んでいるならば、いなくもないだろう。
隆々とした筋肉に関しては。
大柄な女性が、徹底的に鍛え抜いたというのならば。
でも確かに、くびれのまるでないその腰は、すらりとした大人の女性としては不自然で、
でも、そうであれば、胸に筋肉とは別の脂肪の隆起が二つあるというのもまた、不自然で。
極め付けは……
顔を真っ赤にしたアサキと治奈の視線が、揃ってちらりとその極め付けへと向けられた。
「まあ、あるものがないということで、一応の女型では、あるようなのだがね。一応のね、DNA的にもね。実際、卵巣だってあるし」
「い、い、一応の、って……」
別に、日本語の細かいところを質したかったわけではない。
ただ、この異様なムードの中でアサキの気持ちはすっかり動転してしまっており、なんとなくオウム返し的に尋ねていただけだ。
だけど、その問いに、よくぞ聞いたとばかり、すぐ返事がきた。
「わたしも、キマイラだということだ。魔道器としては初期型のね」
「え……」
アサキの身体は、表情は、すっかり硬直してしまっていた。
至垂は、楽しげに、でもほんの少しだけ恥ずかしそうに、笑み、言葉を続ける。
「まだ、つたない技術だったから。そんな土台であるから、改良も、合成も、あまり受け付けず。……開発初期で、容姿は二の次とはいえ、女としては、まあ醜過ぎるよなあ」
ははっ、と笑った。
「そ、そんな……」
「なにがそんなだ? きみがいて、さっきのキマイラたちがいる。その初期型が存在したら、おかしいのかい?」
おかしくは、ない。
でも……
自分は、作られたという記憶、合成に使われた人間たちの記憶がある。それは、思い出してしまったからだ。
魔法にぼかされていないはっきりとした記憶がある以上、自分がキマイラであることに疑いの余地はない。
ただ、その記憶の中の彼、いや、彼女に、キマイラとしての振る舞いや、周囲からの扱いはない。
その頃、既に至垂は、リヒトの副所長であり、技術者だった。
至垂のことだけでなく、先ほど戦ったキマイラの魔法使いにしても、キマイラであると今さっき聞かされただけ。
つまりアサキには、キマイラとして認識している他人など、誰一人いないのだ。
当たり前だ。
自分のことすらも、つい先ほど認識したばかりなのだから。
キマイラというものの存在を知ったばかりなのだから。
そこを突然に、わたしもキマイラだ魔道器だといわれても、すんなり飲み込るはずがない。
そんなアサキをどう思ったかなんにも思っていないのか、全裸を晒したまま至垂は続ける。
「初期型であるが故、容姿はこんなだし、魔道器としての資質も低い。だがね、ままならぬが故に宿るものもあるんだ。だから初期型とはいえ、きみ以下とは思わない。……わざわざ最高の存在であるきみを作り出して置きながら、我ながら矛盾したことをいっているとは思うが、真実を語っているつもりだ」
「わけが……分からんわ」
ぼそり、治奈が口を開いた。
完全に置いてきぼりを食らい、少しでも付いていこう認識しようという、無意識の呟きであろうか。
リヒト所長、至垂徳柳は語り始める。
その、ままならぬが故に宿るもののあった、理由を。
リヒト研究班にて、莫大なる魔道の力を持った女性型の合成人間を魔道器と命名し、魔道器開発プロジェクトが発足されたこと。
至垂自身も、その魔道器開発プロジェクトによって生み出された生物であること。
プロジェクトの目的は、二つ。
人間に代わっての、魔道器によるヴァイスタの撲滅。
「絶対世界」の解明。
身体は大きかったがまだ幼い魔道器である至垂徳柳に対し、様々な実験が行われた。
そんな中、ある科学者メンバーの、好奇心やいたずら心が暴走して、秘密裏に野心が植え込まれた。脳細胞培養に手を加えたり、その後の情操教育などによって。
何故、そのようなことをしたのか。
人造人間が野心を抱いたならば、どうなるか。
それを知りたいという、単純な興味であったのかも知れない。
そうかどうかは、もう永遠に分からないことであるが。
大きく育った肉体、野心と知恵、罪悪感の欠如が生むのは、科学者や幹部、自分の気に食わない者の暗殺であった。
野心を植え付けた当の科学者も、まさか自分が殺されるなどとは思ってもいなかっただろう。
至垂の、裏でのそうした行動、つまり暗殺は、誰にも知られることはなかった。
魔道係数をまるで変化させることなく魔法を使えるという、初期型の弱い魔道器であるが故の自分の特性を、よく把握していたからである。
表向きとしては非常に従順であったため、魔道器だからこそ魔道器が分かるはずという理由でリヒトの職員になった。
実験体、かつ研究員として。
魔道器プロジェクトに係る者は、ごく少数。
つまり至垂を魔道器であると知る者も少数。
至垂は、ある者は事故に見せて殺し、ある者は記憶を操作し、自分を知る者をみな葬って、完全に人間として溶け込み、リヒトの中で足場を固めていった。
リヒトという、まだメンシュヴェルトから独立したばかりの小さな組織の中である。
成り上がっていくことに、さしたる時間はかからなかった。
罪悪感など、なかった。
あるはずがなかった。
そういうふうに作った方が悪いのだ。
そもそも、勝手に生み出しておいて勝手なことをいうなという話である。
「だが、土台が土台だ。わたしは、キマイラとして超ヴァイスタになれるほどの魔道器でない。でも、むしろそれでいいんだ。魔道器を知る者として、魔道器を統べる。道具ではなく、支配者になればいいということ。『絶対世界』において、神になればいいのだ」
至垂徳柳は、狂気に塗られた使命感といった顔で、右腕を頭上高く振り上げた。
ふわり、ふわり、
天井から白いシーツが落ちてくるのを、その右手に掴んだ。
素早く首にまいて、全裸を覆い隠した。
即席のマントである。
さらに、細く長いなにかが落ちてくるのを、掴んだ。
それは武器、すらりと伸びて刃の幅が狭い、長剣であった。
長剣の剣身全体が、瞬時にして青白い輝きに包まれていた。
エンチャント。
魔力による、武器の性能強化である。
アサキは理解していた。
何故、生身の至垂徳柳がああも強かったのかを。
女性であるからだ。
さらには、キマイラであるため。
さらには、呪文を唱えることなく武器を魔力強化していたことから、非詠唱能力者。
効率的な魔力循環により、肉体能力が格段に向上する。
そうした理由によるものだ。
「さあ、第二幕を開始しよう。今度は、手を抜いたりなどしたら、その瞬間にきみの首が落ちるから、気を付けたまえよ」
全裸を巻き付けた白いシーツで隠した至垂は、そういいながらゆっくりと長剣を構えた。
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