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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  国都敗れる その2

 
前書き
今回は、試験的に2回分の投稿を一度にまとめました
6千字を超える長文になってます

また歴史用語の解説多めになっています

 

 
 場所はソ連大使館
警官隊との撃ち合いを続けるソ連警備隊は、対戦車砲まで持ち出して応戦を始めた
川の向こう側に戦車が見える
国籍表示のしていないT-55戦車……
戦車隊の砲門が定まらぬ姿を見て、緊張感を強いる
装甲車両を盾にしている警官隊の方に向けられれば……
負傷者は、隙を見て後送させたが、これでは戦死者が出る
そう判断した衛兵連隊長は、部隊の撤退を決断
万事休(ばんじきゅう)すか……
彼は、野戦服からタバコを取り出して吸い始めた
悩んでいる間に、目前の白い機体が動く

 マサキは、独ソ間の内訌(ないこう)に呆れた
本心では、矢張りロシア人への複雑な感情を抱くドイツ人
彼等の事を見て、何処(どこ)か安心するような気持にもなった
美久が大量の資料を数度持って往復している間、ソ連側からロケット弾が着弾する
『RPG-7』と呼ばれる携帯式対戦車擲弾発射器(ロケットランチャー)で、数度攻撃を受けたが、被害は思いのほか軽傷だった
煤けた程度で、装甲板は貫通していない
その度に、衝撃波と重力操作で応戦
ゆっくりと(なぶ)(ごろ)しにしてやろうと思い、低出力で攻撃する
最も、美久が機外で暴れているから、出力は上がらぬのだが……
警告音が機内に鳴り響く
対空レーダーが近づく飛翔物の反応を示す
回転翼の航空機やミサイルであろうか……
まさか、戦術機ではあるまい
()しものソ連も、国都で戦術機部隊は使うまい
万が一の事を考え、操作卓のボタンを押し、美久に連絡を入れる
「おい、家探(やさが)しは一旦中止だ」
彼女が応じる
「ですが、あと一回でほぼ持ち運べます」
彼は、右手を額に移し、髪をかき上げる
「それを運んだら、即座に対空戦闘の準備に入る」
 別画面に目を移す
ソ連兵数人が、対戦車地雷を足元に巻き付けている
彼は、独り言を漏らした
「無駄な事を……」
ゼオライマーの右手を下げて、衝撃波を放つ
衝撃を受けた対戦車地雷が爆発し、ソ連兵共々吹き飛んだ
画面から目を背けると、暴政の下で露と消えたソ連兵を哀れむ
苛政(かせい)は虎よりも(たけ)し』
古代支那の古典『禮記(らいき)』に記された(ことわざ)
周代の先人の教訓を沁々(しみじみ)と思い浮かべた
 中近東の兵達が、死力を持ってBETAに対抗している様を見た
この異星起源種の害よりもプロレタリア独裁の悪政が、惨状(さんじょう)を生んでいるのではないか
米国は一撃で破壊したハイヴ
奴等は、10年近い歳月をかけていても進展さえ、出来ない
自分の推論の正しさを改めて、確認した

 ソ連大使館正面での武力衝突
思わぬ事件に遭遇し、混乱する国家保安省本部
その一室で、開催されているモスクワ一派の秘密会合
右往左往する彼等を前にして、シュミットの口から驚くべき計画が打ち明けられていた
「諸君等も驚嘆したであろう」
派閥の幹部達は、困惑を隠しきれていない
ある職員が、彼の言葉を復唱した
「この民主共和国に、核戦力を持ち込むとですと……」
周囲が騒がしくなる
「そうだ。秘密裏に、ソ連より譲受(ゆずりうけ)た核を配備し、防衛要塞を設置。
他に類のない軍事力を兼ね備え、この国を支配する権力を手に入れる」
顔を持ち上げた彼の色眼鏡に光が反射する
「その為に、密かにこの秘密部隊を集めた」
彼等の面前に、プロジェクターから4体の戦術機が映し出される
MiG-21バラライカ
迷彩塗装も無ければ、国籍表示、部隊を表す番号もない
灰色に塗り上げられた4機の戦術機は、全てが最新式の77式近接戦闘長刀を装備しており、突撃砲を3門兼ね備えてある
「我々は、持てる頭脳と力を駆使して、プロレタリア独裁の権威を永遠とさせるのだ」
シュミットは、内に秘めたる野望を口にし始める……
「今までは指導部を立ててきたが、今日を持って決別する」
幹部の一人が、真意を訪ねる
「どういうことでありましょうか。同志将軍」
彼は、派閥の領袖の地位を超えた事を言う
「現指導部の采配(さいはい)は、何れはプロレタリア独裁の権威の失墜に繋がる」
彼は、声を掛けた職員の方を向く
「この上は、私が総帥の地位に就き、この国を導く」
男達は、冷笑する
「すると、面白い……、いよいよ国盗りですな」
彼は、男達を窘める
「諸君らは、まず焦って事を仕損じるのは、避けねばなるまい」
冷笑した男は、彼に尋ねた
「手当たり次第に暴れ回れるとの、ご承認を得たと受け取っても良いのでしょうか」
正面を向くと、頷く
「早速、共和国宮殿を占拠し、党権力奪取の段取りを付ける」

 急襲する別動隊
シュミットは、今回の混乱に乗じて権力奪取を図る
事前にKGBを通じて、ドイツ国内のソ連基地に戦力を隠匿
戦術機の他に、数台の新型回転翼機まで工面した
新型ヘリの正式名称は、『Mi-24』
ソ連空軍汎用ヘリコプター『Mi-8』を原型とし開発された、ソ連初の攻撃ヘリコプター
強力な武装で地上を制圧し、搭乗した歩兵部隊を展開
ヘリボーン任務を想定して開発された大型機体
NATOコードネーム「ハインド(Hind/雌鹿)」の異名を持つ回転翼機
 彼は、灰色の勤務服より白色の大礼服に着替える
大型で連射可能な、ステーチキン式自動拳銃を握る
予備弾倉4本と共に、本体を包む木製ケースごと、懐中に仕舞う
彼と共に、ソ連軍の軍服を着た一団がAK-74を手に持ち、乗り込む
『74年式カラシニコフ自動小銃』
最新型の5.45x39mm弾
人体に命中した場合、射入口は小さいが、射出口が口径と()して大きい
筋肉血管を含む周辺組織に広い体積で損傷を受ける為、治療が難しい
最新鋭の装備を持った特殊部隊は、空路、ベルリン市の共和国宮殿に向かった

 ほぼ時を同じくして、閣議に参加していた国防大臣の下に保安省の動向が伝えられる
人民軍情報部は、潜入させてた二重工作員よりシュミットの野望を入手していたのだ
 耳打ちしてきた従卒を送り返すと、彼は席より立ち上がって、会議室を後にする
彼の姿を確認する物はいたが、全員が閣議を優先してた
日本軍の超大型戦術機、ゼオライマーの出現
首都の混乱に拍車をかけた
 国防相は、電話のある一室に着く
周囲を確認すると、ドアを閉める
ダイヤルを回すと、受話器を持ち、通話開始を待つ
一分一秒が惜しい……
焦る気持ちでいると、相手先に繋がる
「此方、第一戦車軍団」
交換手への呼びかけの後、目的の人物への通話に切り替わる
手短に伝えると、電話を切った
彼は、足早に会議室へ戻った

 一報を受けた第一戦車軍団司令部は大童(おおわらわ)であった
しかも、運が悪い事に今日は土曜日
東ドイツではすでに週休二日制度が採用され、軍隊も例外ではなかった
急遽、基地内に居る人員で出撃体制を整える
 偶々、その場に居合わせたハイム少将は、シュトラハヴィッツ少将に問うた
同輩は、何処からか持ち出したシモノフ式・半自動装填(セミオート)騎兵銃(カービン)の手入れをしている
「貴様がそんな銃など持ち出してどうした」
ボルト・キャリアの動作を確認を続ける
「『兄貴』からの呼び出しがあった……」
銃の手入れを止め、彼の方を向く
同輩の話を聞いた彼は眉を動かす
「貴様も、昔と変わらんな。
今は同志大臣であろうよ。内輪で話す分には構わんが……」
彼は、面前の同輩にそう答えた
「お前も来てほしい」
同輩は、彼を誘った
「良かろう。体が鈍っていた所だ……」

 シュトラハヴィッツ少将は、勤務服の上から大外套を羽織る
ハイム少将と共に、BTR-70装甲車に乗り込む寸前、男が駆け寄ってくる
彼は、男の方を振り向く
「どうした」
男は、強化装備のハンニバル大尉だった
ハンニバル大尉は、敬礼をする
返礼の後、彼は問うた
「同志大尉、全機エンジンを温めて置け。
最悪、戦術機同士の戦闘に発展するかもしれん」
ハンニバル大尉は、力強く答える
「同志将軍、何時でも出撃準備は出来ています」
男の真剣な眼差しを見つめる
「気を付けて行け」
短く告げると、装甲車の扉を閉める
十数両の戦車隊は、ゆっくりと基地の門を出る
前照灯を煌々と付けると、夜半の道路を、最高速度で駆け抜けて行く

 ベルリン市上空に現れた複数の戦術機
市民は不安に思った。
深夜に為ろうと言う時刻で、戦術機を飛ばす事があったであろうか…… 
 
 国都ベルリンの騒乱は、米軍にも察知された
核戦力の相互確証破壊(Mutual Assured Destruction/MAD)……
1965年に、当時の米国務長官が公式に表明した政治的表現
米ソ両国は、一方から大規模な核攻撃を受けた場合、相手国を確実に破壊できる報復用の核戦力を保持
見つかりにくいSLBM(submarine-launched ballistic missile/潜水艦発射弾道ミサイル)の形で用いる
この『恐怖の均衡』ともいうべき状態にあって、彼等は動けなかった
一応、東独政権首班から連絡があれば、人道部隊と言う事で動くことも検討されていたが……
対BETA戦争という熱戦と東西思想戦という冷戦
この二正面作戦を行う米国に在っても、世論の反応は捨てがい……
空襲警報の鳴る西ベルリンに在って、彼等は受動的な態度を取る事に決めた

 東ドイツ首脳部は、ソ連大使館の対応に苦慮した
偶発的な事故として始まった市街戦……
ソ連本国とのホットラインを繋ごうにもBETA戦で通信インフラは壊滅
はるか極東のハバロフスクへの連絡にも一苦労する状態……
米大使館や、先の米ソ会談を主催した英政府に連絡を入れ、対応を待つ
宮殿の傍は既に国籍表示の無いの戦車隊が鎮座している
囲まれてはいないが、何かあればただでは済まないであろう……

 臨時閣議中、衛兵が入ってくる
「失礼します。見慣れぬヘリ数機が近寄ってきていますので、退避の準備を……」
国防大臣が、問う
「短翼、腕の様な物が付いているのか」
「ミサイルと思しき筒の様なものを吊り下げてます」
大臣は立ち上がる
「ソ連の新型攻撃ヘリだ。ここに乗り込む算段だ」

 議長は立ち上がる
「近隣の部隊は……」
「防空部隊も戦車隊も、出動要請を掛けました」
窓際では狙い撃ちされる……
大ホールも薄壁一枚で打ち抜かれたら一溜りもない
精々アスベストが粉塵として舞うぐらいだ
そう考えた彼は、行動に出る
「一旦、奥に逃げるぞ。ここでは不利だ」
彼へ、国防大臣が耳打ちする
真剣な表情で聞き入った後、彼は着席する
そして、暫し悩んだ後、こう告げた
「もしもの事を考え、国防相、外相、首相以外は、この場から退避しろ」
政治局員が、声を掛ける
「明日の政治局会議は如何致しますか、同志議長」
彼は、最悪の事態を想定して動いた
「我々が不在でも対応できるよう、計らえ」

『政治局会議』
週一回という限られた時間で、国政全般の諸事項を決定する東ドイツの最高意思決定機関
その実態は、中央委員会所属の41部局が情報収集
官僚が作成した原案に部分修正を加え、事後決定する場でしかなかった
 
 会議室から閣僚と政治員を逃した後、彼は、三名の閣僚と共に、ここに残る決意をした
間違いなく、あのヘリは暗殺隊……
分散して居れば、最悪自分の遺志に続く者が出るかもしれない……
 男は目を瞑り、独り言を言う
「タバコも、後10本か」
国防相が漏らす
「買い溜めでもして置けば良かったよ」
室内に笑い声が響く
精一杯の痩せ我慢であろう
複数の足音が聞こえる……、彼等は覚悟した
ヘリより降りた暗殺隊が近づいて来るのだと……
ノックも無しに、ドアが開く
男は、残り少ないタバコを箱から出すと火を点けた

「議長、此処に居りましたか。
お迎えに上がりました」
白色で両前合の上着に、赤い側線が入った濃紺のズボン
場違いな将官礼服を着て現れた禿髪(とくはつ)の男
ソ連派の首魁、クレムリンの茶坊主と評される、エーリヒ・シュミット保安少将、その人であった
開け放たれたドアの向こうには、ソ連の1969年制定野外服を来た人物が数人立つ
鉄帽を被り、硬い綿布製の装備品を支える合皮製ベルトを締め
『キルザチー』と言われる合皮製長靴を履いている
 首相が揶揄(からか)
「君は、何時ソ連の茶坊主になったのだね」
彼は無表情のまま、懐中より見慣れぬ大型拳銃を右手で取り出す
「手荒な真似はしたく御座いません……」
その刹那、用心金から引き金に食指を動かす
彼等の背後に掃射する
電気鋸の様な音と共に、壁が剥がれ落ち、埃が舞う
  
 凍り付く首相に代わり、議長がシュミットに尋ねる
「貴様、何が欲しい。
言ってみろ」
茶色の官帽型軍帽を被り、薄く色の付いた眼鏡を掛けた顔が動く
「私が欲しいのは、この民主共和国(ドイツ)です」
男は哄笑した
「良かろう。1600万人民を餓えさせぬ自信があるのか……」
シュミットは、困惑した
「対外債務の実額はどれだけあるのか……」
彼は、男の問いから逃げた
国防相も同調する
「今後の国防安保の展望はどうするのだ……」
彼は沈黙を続ける
「言えんのか」
国防相の問いには答えなかった
 遠くから駆け寄ってくる足音がする
兵達は気にせず此方を見ている
自動小銃は、釣り紐で担ったままだ
外相も、賭けに出た
「対ソ関係は最悪。
今更、胡麻(ゴマ)を擦っても遅いぞ。
貴様のような()()役人が騒いだところで、国際社会は助けてくれぬ。
現実は、甘くない」
シュミットは、自動拳銃の引き金を引く
撃鉄の音ばかりで、弾が出なかった
20発の装弾は全て打ち尽くした後であるのを、忘れていた

 轟音が響き、怒声と共に男達が乱入してきた
「シュトラハヴィッツ君!」
男は叫んだ
 勤務服の上から大外套を羽織り、小銃を構えたシュトラハヴィッツ少将が仁王立ちする
シュミットは素早く弾倉を変えようと、左手で操作する
即座に、拳銃を握った右手を、少将が騎兵銃(カービン)の銃床で叩き付ける
拳銃が弾き飛ばされ、床に転がると、握っていた弾倉を放り投げ、一目散に逃げて行った
数度、銃声が響く
「おい、あの茶坊主は逃げたぞ」
小銃を構え、脇を向いた侭、外套姿のハイム少将が言った
 居並ぶ閣僚を前に、シュトラハヴィッツ少将は敬礼をする
国防大臣が挙手の礼で応じた後、彼に語り掛ける
「アルフレート、お前一人で来るものとばかり思っていたが……」
彼は不敵の笑みを浮かべる
「喧嘩は一人では出来ません。それに、これは国の面子(メンツ)に関わる問題です」
大臣は哄笑した
「じゃあ、ハイムを呼んだのも、確認の為か。そうであろう」
彼は、大臣の方を振り返る
「否定はしません」
「若い頃と変わらんな、お前は」
戯言を述べた後、大臣の表情は変わる
「脱出路は……」
「確保済みです」
議長が割り込んできた
「ヘリは如何した」
男は、空挺作戦を行おうとしていたヘリの動向を気に掛ける
自走対空機関砲(シルカ)を随伴させてきました」
彼等は困惑した
「どうやって……」
「61年10月の手法を参考にした迄です」
彼等は、同事件に置いて国際法を無視して国籍表示を外したT-34戦車33台を運用した手法を真似たのだ
男は、右手で持っていたタバコを素早く点けると、一言告げた
「ソ連の『(ひそみ)(なら)う』か」
再び深く吸い込む
「グズグズして居れんな。『ランプ館』から脱出するぞ」
『ランプ館』
男は、ベルリン市民が、宮殿内にある1001個のシャンデリアを揶揄した表現をあえて口にする
タバコを灰皿に投げ入れると、男達は足早にその場を後にした
 
 

 
後書き
カティア・パパの銃をSKSカービンにしたのは個人的趣味です
東独において、SKSカービンはKarS小銃という名称で採用、国産化されてます

実は、東独では小銃に至るまで独自の名称を付けているのですが、煩雑になるので、ソ連側の名称とNATOコードだけにしました


ご意見、ご感想、よろしくお願いいたします  
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