水の国の王は転生者
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第七十六話 トリスタニア増築計画
マクシミリアンが即位してから、間もなく一年が経とうとしている。
18歳になったマクシミリアンは、先王エドゥアールからの仕事の引継ぎは既に済ませ、新たなマクシミリアン主導の政策を推し進めようとしていた。
王妃カトレアは公務で魔法学院を休学していたが、ギリギリの出席日数で何とか魔法学院を卒業する事ができた。
カトレアの友人達も共に卒業し、それぞれの人生を歩む事になった。
親友のミシェルはカトレア付きの女官になり、メイドコンビと共に身の回りの世話をしたり、新宮殿の練兵所に顔を出して軍事教練の訓練を受けていた。
王妃付きの女官は『なんでも』こなせるプロフェッショナルである事が求められるからだ。
ある日、王妃カトレアがメイドコンビをお供に王宮の廊下を歩いていると、廊下の向こうからミシェルが歩いて来た。
ミシェルはレイピア状の杖を腰にいかにも『女騎士』といった格好だった。
「こんにちわミシェル」
「これはカトレア様」
「王宮の仕事には慣れたかしら?」
「はい、たとえ悪漢がカトレア様に襲い掛かっても、軽く蹴散らす自信があります」
「うふふ、頼もしいわね」
窓の外にはカトレアの使い魔のフレールが『オレを忘れるな』と言わんばかりに紫電を走らせた。
「フレールも期待しているわ」
『クェッ!』
カトレアの使い魔のフレールは、カトレアが王妃として暮らす様になってから王宮の最も高い場所に留まり、カトレアが外出する以外は王宮付近を気ままに飛び回っていた。
市民達の間では、ハルケギニアでは見られない珍しい鳥を一目見ようと、観光客が現れたりその観光客を相手する商売人が現れたりして、市民の一部から聖鳥に近い眼差しを受けていた。
そんなフレールだったが、主のカトレアには一つだけ気がかりな事があった。
それは、フレールが夫マクシミリアンに懐かないのだ。
出会って最初の頃は、マクシミリアンを見かける度にフレールが紫電を走らせながら威嚇をしてカトレアが止める場面が多かった。
いまではカトレアの躾が行き届いたのか、威嚇する事はなくなったものの、マクシミリアンの隙を窺う程度にまで収まっていた。
フレールはただの大きな鳥ではない。サンダーバードという雷の精霊の化身だった。
精霊はよほどの事がない限り死ぬ事は無いが例外はある。
新世界の戦争の時に、マクシミリアンの破壊光線で大樹の精霊エントは消滅、死亡した。
サンダーバードは頭に狙撃を受けて致命傷を負ったものの、再生し『やり直す事』で死から免れフレールとして生まれ変わった。
フレールのマクシミリアンに対する敵意は、前世の記憶を持っているためであろう。
場面はカトレアとミシェルに戻る。
「カトレア様、今日のご予定は?」
「ええっと、フランカ、今日の予定は何だったかしら」
「本日は、国王陛下と共に新設された士官学校の入校式の来賓として出席される予定でございます」
「そうだったわね、、ありがとうフランカ」
カトレアはにこりと微笑んだ。同性ですら頬を赤くする微笑だった。
「士官学校といえば、グラモンの奴が入学すると聞きました」
「そういえばそんな事言ってたわね。今日の入校式に会えるかもしれないわ」
グラモン家の三男ジョルジュは、士官学校の一期生として入学が決まっていた。
「カトレア様に無礼を働かないように私も着いて行きます」
「あまり、ミスタ・グラモンを邪険にしては駄目よミシェル」
学院を卒業して一ヶ月と経っていないが、カトレアは友人との再会を嬉しそうにしていた。
☆ ☆ ☆
トリステイン王国の北部開発がいよいよ終わりに近づいている事から、マクシミリアンの音頭で新たな開発計画が計画されていた。
『トリスタニア再開発計画』
と呼ばれたこの計画は、経済発展を続けるトリステインに対し、王都トリスタニアの規模が小さい事から、その名の通りに大規模な再開発を行う計画だった。
予算を確保し必要な人員も揃えて、いざGOサインを出そうかと思われたとき、思わぬ所から赤信号が出た。
その問題とは、トリスタニア地下に張り巡らされた膨大な数の排水路や地下通路で、ある程度は把握していると思っていたが、調べるたびに新たな地下通路が発見され、これら地下世界をどうにかしない限り再開発は不可能と判断された。
「そういう訳で、地下探索隊を結成することになった」
場所はコマンド隊の訓練倉庫内。
コマンド隊隊長のド・ラ・レイが居並ぶコマンド隊の精鋭の前で、トリスタニア地下世界の詳細を話し始めた。
その精鋭の中に17歳になったアニエスの姿もあった。
アニエスの身体は、引き締まった身体ながらも、今にも花を咲かせようとする若い花の様に、女性らしいふくらみを持つほどに成長していた。
「……詳細は以上だ。作戦開始は一週間後、それまで狭い地下空間を想定した訓練を行う。各分隊ごとに別れ直ちに訓練に移れ。では解散」
『了解!』
精鋭達はド・ラ・レイに敬礼すると、訓練場所へ走り出した。
『行くぞ、コマンドー!』
「コマンドー!」
「コマンドー!」
アニエスも声を張り上げながら訓練場所へ駆けた。
「アニエス、また同じ分隊だな」
「よろしく」
「ヒューゴさん、ジャックさん」
「分隊長はデヴィットさんだ。新世界の時と同じメンバーだな」
「アニエス、お前はヒューゴと違って見所がある」
「ジャックさぁん、なんスかそれ!?」
「ジャックさん。今度の休みの日、私の射撃を見て下さい」
「良いだろう。指導してやる」
「ありがとうございます」
「無視は酷いと思うな」
アニエスの分隊は来るべき作戦開始の日に向けて猛訓練に入った。
マクシミリアンが即位してから一年。アニエスは射撃の名手のジャックに銃の鍛錬を、場違いな工芸品の整備に秀でたヒューゴには整備の整備の鍛錬をそれぞれ仕込まれ、コマンド隊内で、メキメキと頭角を現し始めていた。
アニエスの胸元にはピンク色の貝殻がネックレスの様に首から下げられ、懐にはマクシミリアンから貰った『FN ブローニングハイパワー』が収められていて、片時も手放す事はなかった。
☆ ☆ ☆
一週間後、トリスタニア地下世界探索作戦が発動された。
新宮殿内の設けられた司令室には、国王マクシミリアンの姿があった。
「作戦開始前に、諸君には通信用のウォーター・ビットを持って行ってもらう」
「報告書を読んで知りましたが、これが魔法の革命と言われる『ウォーター・ビット』ですか」
ド・ラ・レイは『ウォーター・ビット』が入った水筒を覗き込み言った。
「魔力の消費を節約する為に、各分隊ごとに僕のウォーター・ビットを水筒に入れて持ち運びするように」
「かしこまりました陛下」
「うん、頼んだぞ」
ド・ラ・レイが敬礼をすると、部下数人に56個のウォーター・ビット入りの水筒を持たせて司令室を退室した。
18歳になったマクシミリアンはウォーター・ビットを64基同時に展開できるようになり、司令室に8基を置き、後の全てをコマンド隊に提供した。
新世界で実験的に運用されたウォーター・ビットによるGPSのような魔法と通信法は、今回の探索で地下世界のマッピングと個々の通信に活躍が期待されていた。
ド・ラ・レイが去った司令室には、参謀陣が協議をしていてその中でジェミニ兄弟が二人でなにやら話し合っていた。他には工兵将校のグリアルモントが部下達と共にウォーター・ビット入りの水筒を覗き込んでいる。
グリアルモントは地下捜索計画の最終段階である、地下の地盤固めの為にコマンド隊が突入した後、工作隊を伴って地下に入る予定だった。
「国王陛下」
「こちらをご覧下さい」
ジェミニ兄弟は五メイル以上もある巨大な紙を司令室中央の大きな机の上に広げた。
「地下世界の地図だな」
『その通りにございます』
ジェミニ兄弟は見事にハモって応えた。
「この地図は先週までの情報を、急ぎ描かせた物にございます」
次にグリアルモントが地図の詳細を解説した。
「この地図に描かれている箇所は、全て掃除が終わっております。万が一にもモンスターが現れる心配はございません」
「だが、描かれていない場所。これから探索する箇所はなにが現れるか分からない訳だな」
「御意」
「なるほど……さて、作戦開始を前に聞いて欲しい」
マクシミリアンの周りには参謀達が集まっていた。
「皆は地下の探索にコマンド隊を投入するのは、大袈裟だと役不足だと思っているだろう」
マクシミリアンはこの作戦の意義を説明しだした。
「だが、数千年前に作られたとされる地下世界に、どの様な物があるか誰にも分からない。大事を取ってのコマンド隊投入だ」
参謀達や工兵達は黙って聞いている。
「工作隊は突入しても、コマンド隊の露払いにも油断せず任務に当たってれ。以上、長々と話さない、解散」
参謀、工兵は同時に敬礼した。
間もなくコマンド隊、工兵隊を投入した地下探索作戦が始まる。
☆ ☆ ☆
その頃、王宮内の図書室では王妹アンリエッタがカトレアの指導の下、勉学に励んでいた。
「アンリエッタ。何か分からない所は無い?」
「大丈夫です、お義姉様」
「それじゃ、ルイズは?」
「あの、ちぃね、あう……王妃様。ここが分かりません」
そしてもう一人、妹のルイズもラ・ヴァリエール公爵領から泊まりで王宮に遊びに来ていた。
「前の様に、ちいねえさまで良いのよ?」
「で、でも、お父様やお母様に叱られちゃう」
「他のみんなか見てない所なら良いいでしょ? さ、呼んで」
ルイズはモジモジしながらカトレアを見て口を開いた。
「そ、それじゃ、ちいねえさま、ここが分かりません」
「そうねルイズ。ここはね……」
ルイズにパッと笑顔が戻り、かつての仲の良い姉妹に戻った。
楽しそうに語らうルイズとカトレアを、アンリエッタは真面目に勉強しながらもチラチラと盗み見る。
「あら、ルイズ・フランソワーズ。まるで親に甘える小鹿見たいね」
「なな、何ですってぇ~!?」
成長したとはいえ、根っこは変わらないアンリエッタ。
ルイズへの暴言で、たちまち二人はケンカを始めた。
「このっ! このっ!」
「バカッ! アンタなんて嫌いよ!」
お互い、爪で引っ掻き合うルイズとアンリエッタに、カトレアは『あらあら』と言って杖を振るった。
「えっ?」
「ちいねえさま!?」
『レビテーション』で宙に浮いた二人は、手足をジタバタしながらもがいた。
「仲良くしない子は嫌いよ」
カトレアはもう一度杖を振るい、宙に浮く二人を引き寄せるとそのまま抱きしめた。
「お義姉様!?」
「ちいねえさま離して」
「駄目よ、二人ともちゃんと仲直りして」
「ううっ」
「でも、ちいねえさま。悪いのは……」
「仲直りして、ね?」
カトレアは『めっ』と叱るように優しく促した。
「……分かりましたお義姉様。ルイズごめんね」
「うん、アンも、あんな酷い事言わないでね」
仲直りした二人を見てカトレアは、にっこり微笑んだ。
……
暫く勉強を続けた三人だったが、残念なことにカトレアに所用ができた為、勉強会は中止になった。
「わたしは用事が出来たから二人は何処かで遊んでいてね」
「分かりました。お義姉様」
「ちいねえさま、いってらっしゃい」
カトレアが去ると、手持ち無沙汰になったアンリエッタが、
「退屈ね、ねえルイズ、王宮内を探検しましょうか」
「探検て言っても、アンは王宮に住んでいるんでしょ?」
「住んでいても、私が知らない所なんていっぱいあるわ」
「そうね、ちいねえさまは帰ってこないし……」
「決まりね!」
アンリエッタはルイズの手を引っ張って部屋を飛び出すと、王宮内のとある場所へ走っていった。
広い王宮を進むアンリエッタとルイズ。
やがて二人は、王宮内の古い倉庫部屋にたどり着いた。
「ルイズ、こっちよこっち」
「ここは?」
「古い家具を置いておく倉庫みたいな部屋よ」
「古い家具ばかりで。楽しい場所じゃないわ」
「実はこの部屋。地下に繋がっている隠し扉があるの」
「地下? 地下に行ってなにするの?」
「前にお兄様の話を盗み聞きしてたら、今日は地下で何かやるらしいわ。私たちもその様子を見に行きましょう」
「え? でも危ないんじゃ……」
「なにルイズ、怖いの?」
アンリエッタの挑発に、負けん気の強いルイズは顔を真っ赤にして反論した。
「こ、怖くないもん!」
「なら大丈夫でしょ。さあ、行くわよ!」
アンリエッタは、部屋の奥にある古い暖炉の所まで行くと暖炉の中を調べ始めた。
「何やっているの?」
「確かここに……あった」
暖炉内にあったドラゴンを模した装置を動かすと『ガコン』という音と共に、大人一人潜れるほどの穴が出来た。
この穴は元々、王族などの貴人が不慮の際に王宮から逃げ出す為の秘密の抜け穴で、この古い倉庫部屋の他にも王宮には多くの脱出用の装置が隠されていた。
穴は滑り台の様になっていて、滑り落ちる事で脱出する方法を取っていた。
『オオオオオ』
「ひっ」
真っ暗な穴の先から、風の音がうめき声の様な音に聞こえ、アンリエッタは驚いて声を上げた。
「行かないの?」
ルイズは、穴の先を覗き込むようにしているアンリエッタに肩に手を当てると、
「ひゃう!?」
驚いたアンリエッタは素っ頓狂な声を上げバランスを崩した。
そして何かに掴まろうと、思わずルイズの腕をつかんでしまった。
「あっ!」
「きゃああああああ~~~!!」
「ちいねえさま~~~~~!!」
二人は絡み合いながら深い闇の中へと滑り落ちていった。
二人が闇の中へと消えていくと、脱出用の装置に含まれる追っ手の追跡を防ぐ為の魔法装置が作動し、暖炉の装置は何事も無かったように、いつもの普通の暖炉に戻った。
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