水の国の王は転生者
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第七十五話 新体制
戴冠式からおよそ一ヶ月、父である先王エドゥアール1世の葬儀を終え、息つく暇も無く新国王マクシミリアン1世は新体制を発表した。
マクシミリアンの帰国前に王妃カトレアが代わりに政治を回した際に、素人のカトレアに助言をした功績から、マザリーニを宰相に任じ自らの片腕とした。
各大臣職には、マザリーニとの協議で適材適所の配置を心がけた。
貴族達は、国王の養父であるラ・ヴァリエール公爵を宰相に任じると思っていたが、僧侶であり外国人もあるマザリーニを首相任じた事に不満を持つものも居た。
だが、マクシミリアンは……
「マザリーニのトリステインへの愛国心は本物だ。この決定に不満を持つものが居れば、僕自ら解説するから申し出てくれ」
と言った為、声を上げる者は居なくなった。
財務卿には、デムリという男を任じた。
能力こそ他の官僚より劣るものの、その官僚集団をコントロールするほどの人格を持ち合わせていると判断されての登用だった。
外務卿、いわゆる外務大臣の人事については、マクシミリアンは一人の男を登用した。
ベリゴールと名乗るその男は先の内乱では反乱軍側に組したが、その持ち前の外交能力で王侯軍側の貴族に取り入りながら、見事マクシミリアンの粛清から逃れた程の男だった。
初対面の際、マクシミリアンはベリゴールに諜報部長のクーペと同じ、得体の知れない雰囲気を感じたが、人材センサーがベリゴールの非凡さを探知(?)した為、登用した。優秀な人材をわざわざ見逃す手は無かった。
他にはミランを官房長官的な役職のまま留任させ幾らかの加増を行った。
加増と言ってもミランいわゆる宮廷貴族で土地を持つ封建貴族と違い土地を持っていない。単純に給料を上げただけで、土地を与えたわけではなかった。
マクシミリアンは中央集権化の為に、封建貴族から土地を奪って、『貴族』と呼ばれる者達を全て宮廷貴族にするつもりだった。
そういう意味で不良貴族の一掃の他にも、封建貴族から土地を『合法的』に奪えた先の内乱は怪我の功名ともいえた。
逆に頭を悩ませたのは軍事面だ。
マクシミリアン子飼いの将軍達は能力は素晴らしいが、戦闘の専門家ばかりで軍政を任せるには頭一つ飛び抜けた者が居なかった事から、陸軍大臣と総参謀長を任せる人材選びに苦労した。
マザリーニは軍事面には疎かった為、助言は期待できなかった。
「空軍卿はトランプ提督に任せれば良いとして、問題の陸軍卿と総参謀長を誰にしよう……」
マクシミリアンが悩んでいるとカトレアが相談に乗ってくれた。
「わたしは軍事の事は分かりませんが、ラザールさんならどの役職でも十分こなせると思いますよ?」
「ラザールは、来年開校する士官学校の校長を任せたいんだ。それに自身の研究の事もある。問題なくこなせるだろうが過労死されたら元も子もない」
優秀な人材を失う事は、宝石を失う事よりも重大な事だとマクシミリアンは恐れた。
「ええっと、それでしたらダグーさんは?」
「ダグーも良いけど、彼にはトリスタニア駐留の近衛軍の司令官を任せたいし、もう少し経験も積ませたい」
「それなら……」
カトレアも一緒になって悩んでいると
「僕としては、義父殿……ラ・ヴァリエール公爵を押したい所なんだけど……」
「それは、止めておいた方が良いと思います」
「うん、分かっている」
王妃の父であり同時に強力な外戚でもあるラ・ヴァリエール公爵が中央政治に出張るような事があれば、後々災いをもたらす事になるとカトレアは危惧していた。
トリステインの永い歴史を紐解けば、外戚が王を差し置いて政治を動かす事などいくらでも前例はあったが、カトレアは既に王家の人間だ。だからこそ、その様な自体は絶対に許すべきではないと思っていた。そういう意味でカトレアは自分の立ち位置を理解していた。
「最近、元帥に昇格したグラモン伯爵は……」
「大量の薔薇の造花などの用途不明金が計上されそうですから、止めて置いた方が良いと思います」
中々カトレアも辛辣だった。
「仕方が無い。後任が育つまで僕が兼任しよう」
「現状では仕方ないと思います。ですが余りご無理をなさらないで下さい」
「分かっているよ。心配してくれてありがとう」
マクシミリアンはカトレアを抱き寄せピンクブロンドの髪を撫でた。
結局、残った総参謀長の椅子は、ラザールが兼任する事になった。
『働き過ぎないように、週一で顔を出すようにしよう……』
優秀な人材には、とことん甘いマクシミリアンだった。
☆ ☆ ☆
国王となったマクシミリアンは、カトレアとの住居を新たに新宮殿から王宮へ変更した。
「せっかく新宮殿に慣れてきたのに残念ですね」
カトレアが残念そうに言った。
カトレアは魔法学院に入寮しマクシミリアンが新世界捜索の為、新宮殿を空けていた事から二人が新宮殿で暮らした時間は一年と満たなかった。
「仕方が無いさ、国王が王宮に住んでなきゃ締まらない」
「あの四階のバルコニーで、マクシミリアンさまと飲む紅茶がとても楽しみでしたわ」
「王宮でも気に入る場所が見つかるさ」
「……そうですね」
少し寂しげなカトレアの笑顔に、マクシミリアンへ行くことを進めた。
「今日は母上の所へ行こうか」
「でも仕事の方はよろしいのですか?」
「仕事と言ったって、マザリーニ達が持ってきた書類に目を通して判を押すだけだからな。その書類が上がってくるのは大抵は午後だ。午前中はわりと暇だよ。ていうかカトレアも仕事手伝ってくれてるだろ?」
「そうでしたね。それでは行きましょうか」
そういう訳で、午前は気分転換もかねてカトレアとマリアンヌの部屋へ向かった。
「母上、ご機嫌は如何でしょう?」
「マクシミリアンにカトレアさん、忙しい中来てくれてありがとう」
喪服姿のマリアンヌは弱々しい笑顔で二人を労った。
先王エドゥアールが死んで以来、マリアンヌはまるで世捨て人の様に朝起きると大聖堂に足を運んではエドゥアールの冥福を祈り、日が暮れると王宮に戻る。そんな生活を送っていた。
「紅茶とショコラの二つがあるけど、二人はどっちは良い?」
「僕は紅茶で」
「なら、わたしはショコラを」
「私はショコラにするわ、紅茶とショコラを淹れて上げて頂戴」
「畏まりました」
マリアンヌ御付のメイドが、三人分のカップに紅茶とショコラを注ぎ三人の前に置くと頭を下げ部屋から出て行った。
「お義母様、お変わりはありませんか?」
「心配しないで、私は元気よ」
「それは何よりです。アンリエッタも心配していたしたから、後で仲直りして下さいね」
「分かっているわ、マクシミリアン。あの時はアンリエッタに酷い事を言ってしまったものね」
エドゥアール先王の死からある程度回復したマリアンヌは、錯乱していた時に行ったアンリエッタへの仕打ちを後悔していた。
「次はアンリエッタを連れて来ましょう」
「今、アンリエッタは何をしているのかしら?」
「自室で勉強をしていますよ。母上の前で言う事ではありませんが、先の事がアンリエッタの成長を促したのでしょう」
「……駄目な母親ね私は」
傷口に塩を塗りこむマクシミリアンの言葉に、再びマリアンヌは小さくなった。
「あんまりですマクシミリアンさま! お義母様、スコーンもいかがかしら?」
「ありがとうカトレアさん。こんな私に優しい言葉を掛けてくれるのは貴女だけよ」
よよよ、と芝居がかって泣くマリアンヌ。
「お義母様が泣かれてしまったわ」
「嘘泣きだろう。カトレアだって分かっているんだろ?」
「お義母様は反省されいますよ。わたしには分かるんです」
「カトレア自慢の直感か。まあ、反省しているなら僕も強い事は言いませんよ」
「ありがとうカトレアさん」
こんなやり取りをして、三人は日が暮れるまで語り合った。
……
予定通り、午後は王宮の執務室で仕事だ。
王宮の執務室は、国王の仕事場という事もあって、中々に広い部屋で、大きなガラス窓から日の光が照らされていた。
「……」
マクシミリアンは執務室の中を見渡す。
この執務室は、父エドゥアールが倒れた場所で、死後、内装もそのままで放置されていたが、マクシミリアンがそのまま自分の執務室として利用する事を決めた。
ガラス窓を背にする形で、ドカリと大きな椅子に座り、目の前の机を手でさすった。
掃除が行き届いていて、塵一つ見当たらなかった。
「これが父上が最後に見た光景か……」
マクシミリアンは父が何を思って逝ったのか、今となっては誰も知るものは居ない。
遺言の類は一切残さず、文字通り急死したからだ。
「……よし!」
パァン!
マクシミリアンは気合を入れる為に両手で自分の両頬を叩いた。
滅入った気力を奮い立たせ、机に向かい直すとノックとともに家臣達が書類の山を運んできた。
「失礼いたします、陛下」
「今日のノルマはそれだけか?」
「左様にございます」
「結構。机の上に置いたら下がってよろしい」
「失礼いたしました」
家臣達と入れ違いにカトレアが執務室に入ってきた。
「失礼いたします。マクシミリアンさま」
「カトレア、今日はそれほど多くないから休んでもいいんだぞ?」
「いいえ、早く仕事を終わらせれば、二人だけの時間が作れるじゃありませんか」
「そうだな、では早いところ済ませるか」
「はい、マクシミリアンさま」
そう言ってカトレアは、机に山積みされた書類に目を通し始めた。
王妃であるカトレアも時間があるときはマクシミリアンの仕事の手伝いをしている。
大き机には広げられた多種多様な書類に目を通し承認の判を押す。
そのサイクルを繰り返す事、一日数百……場合によっては千を越す日もある。
即位から一ヶ月、単純労働ながら腱鞘炎になりそうな重労働で、実際腱鞘炎になってしまったがそこは『ヒーリング』で回復させた。
そんな重労働もカトレアが分担してくれているので、仕事を次の日に残す事は無く、滞りなく済ます事ができた。
他の家臣達は王妃カトレアがマクシミリアンの仕事を手伝っている事を知っていた。
即位したばかりのマクシミリアンは、王太子時代の名声もあって、権力をマクシミリアンに集中させる成功したが、カトレアは自分が公務を手伝う事で権力がマクシミリアンとカトレアとに二分される事を恐れ、何かにつけマクシミリアンを立てた。
その事が功を奏したのか、カトレアに取り入って中央政界に食いつこうとする野心家は居なかった。
☆ ☆ ☆
マクシミリアンの風呂好きは有名だが、それほど蓄えの無いヌーベルトリステイン時代は風呂好きは鳴りを潜め、ハルケギニアの世間一般的な王族として……の前提は着くが新国家の蓄財を心がけた。
もっとも、本国への通達も無しに戦争を起こしたりと、マクシミリアン自身の行動には突っ込み所は多かった。
そんなマクシミリアンもトリステインに帰ってきて、風呂好きの虫が再び湧いたのか、カトレアを伴って一日に数回程、王宮の風呂に入るようになった。
そんなマクシミリアンを真似て、成金達は自宅に豪華な風呂場を作るのが最近の風潮になった。
新宮殿で作らせた豪華な風呂場は高い料金設定で一般に公開され、自宅に豪華な風呂場が作れないが見栄は張りたい貴族と成金で溢れかり税収の足しになった。
当然、風呂の客に混じってスパイが跋扈したり、反政府的なサロン化しないように諜報にも気を使っている。
今現在、主の居ない新宮殿は改築中で、風呂場の区画と切り離して、本宮殿を軍事の中心となる国防総省の様な役割を与えた。
内政の中心である王宮と軍事の中心である新宮殿との間には地下通路が通っていて、地上から気付かれずに行き来が出来た。
歴史を紐解けば、内政を司る者と軍事を司る者は仲が悪いのはよくある事で、マクシミリアンはその辺に気を使い、
「政治の柱は軍事と内政だ。その二つが噛み合って初めて国はうまく立てるんだ」
と訓示を出した。
その甲斐あってか、表面上は内政と軍事の関係者にトラブルが起こる事はなかった。
……
国王は夜になっても忙しい。
僅か一ヶ月の間に、何度も公務の名目でパーティーの来賓として呼ばれ、王宮へ帰るのは深夜になる事も多かった。
今夜も来賓としてパーティーに顔を出し、一時間程談笑をして王宮へ戻ってきたのだが、カトレアの様子がおかしい。
「コホッ、コホッ」
しきりに咳をして苦しそうにしていた。
原因はパーティー会場内に充満したタバコの煙で、新世界からもたらされた嗜好品の中では、ショコラは女性に好まれタバコは男性に好まれた。タバコに関しての知識も喫煙マナーも未発達な為、この様な事態になった。
「カトレア、喉の調子はまだ悪いようだな」
「コホッ、ご心配をお掛けして申し訳ございません」
カトレアのために秘薬を持ってきたマクシミリアン。
「これを飲めばたちどころに治るぞ」
「ええ、ですが……」
秘薬を手渡そうとすると、何故かカトレアはむず痒そうにして嫌がった。
(……あ、これは)
マクシミリアンはピンときた。
これはカトレアの、『かまってほしい』のサインだ。
「それでは仕方が無いな。僕が直接飲ませてやろう」
「あ、マクシミリアンさま」
マクシミリアンはカトレアを抱き寄せると、秘薬を自分の口の中に含んだ。
「……ん」
カトレアの唇を奪い、口移しで秘薬を飲ませた。
コクコクとカトレアの喉が鳴り、口の中の秘薬を全て飲ませた。
「ふう、どうだカトレア、喉は良くなったか?」
「マクシミリアンさま、わたし……」
「皆まで言うな、夜も遅いしベッドまで行こうか」
「はい、マクシミリアンさま」
二人の夜の営みはすこぶる順調だった。
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