ソードアート・オンライン 八葉の煌き
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「逆」ナインチンゲール効果
今に至るまで、俺は病院と言う物に長く留まっていた事は無い。人一倍体の強かった俺は風邪も殆どひかなかったし怪我も一回派手にした事があるが結局の所見掛倒しな怪我で済んだのだ。
だから、俺は現実にいる自分を上手くイメージすることができない。病院の白いベッドの上で横になって点滴を打たれている自分。故に目が覚めたら白い天井が見えるかもしれないなんて夢見た事がない。
…だからと言ってこんな光景を拝む事になるとも思っていなかったが。
目が覚めて俺が見たのは顔が絶対零度に凍りついた俺の副官だった。
「あーリーシャ……サン?」
俺の方が立場は上の筈なのだが、それでも思わず敬語になってしまう。本能が逆らうな、死ぬぞと警告する。
「今日も良いお天気ですよね………?」
「………その前に言うことがあると思いますが?」
駄目だ、ナイチンゲール効果も糞も無い……あるのは底知れない死への恐怖のみだ。絶体絶命と言う四字熟語が脳内で激しいステップを刻みだす。それ程に凄まじい迫力だ。今の彼女ならソロプレイでこのアインクラッドを突破できるかもしれない。顔も知らないラスボスも、裸足で逃げ出すだろう。即刻俺はベッドから飛び降りて五体投地のポーズを決めた。
「申し訳ありませんでしたあ!」
効果は有った様で少しはその迫力が薄らいだように俺は感じた。
「貴方と言う人は……目を放すと直ぐに死に掛けるんですから」
「……え、俺そんな危ないことばっかしてる訳じゃあ」
その続きを言おうとするとズガン!と言う音が背後で響いた。投剣スキルの一種なのだろうか?心なしかギャグ漫画さながらのシュワーと言う煙まででているような気がした。本能からの警告が一層強まったのは言うまでも無い。
「何か言いました?」
「あ……あのお…ええ自分心当たりがないと言いますかそのー」
「ナーヴギアに焼かれたら直るんでしょうかね?貴方の脳味噌は」
「ちょ!?それシャレになってないから!」
「流石に失言でしたね今のは。ですが貴方はもう少し自覚を持つべきだと思います」
そう抑揚の無い声で言っている……それがむしろ逆に怖い。少しは興奮してくれるようなら俺も半ばヤケクソでやり返せるが、こう平坦な口調で怒られると正直何も言い返せない。アスナがこのスキルをまだ身に付けていないことが天の救いだ。俺は脳をフル稼働させ…と言っても現実には脳しか動かせないのだが…この危機的状況から抜け出す道を探す。
コンマ二秒ほど考えて俺が出した解答は話題を変えると言う物だった。
「ああーそう言えばあの後どうなったんだ?」
無言で新聞を突き出してきた。とりあえずそれを受け取って読むとこんな見出しが出ていた。《軍の大部隊を全滅させた悪魔》、《それを単独撃破した二刀流使いの五十連撃》etc……
「俺の八葉一刀流の時もこんな感じだったよな……」
「そうですね、ニュースには尾ひれが付く物ですから」
「大変だなキリトも、大昔の『ビーター』よりも話題にされちゃって」
「見出しにはこう出てますけど結局死亡者は一人もいません」
「そうか……そりゃ俺の活躍あっての物だよな?」
言ってからしまったと思って口を抑えるも時既に遅し。俺は派手に地雷を踏んでしまった。案の定リーシャの顔が氷の様に冷たくなっていく。SAOの感情は表現が激しいと言われるがここにもそれが適用されると言うのはいかがな物だろう。
「死にたいんですか、貴方殺されたい人?」
「心の底からゴメンナサイ」
俺はもう一回床に頭をつけた。
とりあえずあのボス戦の後俺は寝袋に包まれて本部まで運ばれたらしい。誰も起こしてくれなかったと言う事で俺は少し落胆した。ただリーシャの態度を見る限りそれは仕方の無い事の様にも思う、確かにアレは軽率ではあった。それでも後悔はしないが。
「ただこの山見るとやんなきゃ良かったとも思うぜ……」
俺の目の前に積み上げられたのは山の様な紙の束。実はSAOにも紙と鉛筆は存在して…と言っても後者は筆ペンだが…書類仕事と言うのも存在するのだ。ただ切り込み隊長が本職である俺にはこれは苦痛でしかない訳で……
「休憩貰えません?」
「貰えると思うんですか?」
逆に質問されてしまった。ここで貰えると思う、と口にしたらどうなるのか。世紀の大実験を試みた瞬間、液体窒素の目線のシャワーを浴びた。闘志の炎も瞬間冷却されて泣く泣く俺は書類に戻る。勝てる気など微塵もしない。
「大変そうだな、副団長」
突然後ろからそう声をかけられた。言葉の字面だけ見れば俺を心配している様に聞こえるがこの声色は絶対に面白がっている声だ。案の定振り向いて俺が目にしたのはニヤニヤと笑う赤毛の斧槍使いだった。
「そう思うなら手伝ってくれよランディ」
「やーだね、俺は書類苦手だし」
「俺も苦手だよ」
「ご愁傷様だな」
そう言って笑いながら去って行ってしまった。俺に差し伸べられる救いの手は……そう思って周りを見るとそこにいた全員が俺からサッと目を逸らした。
「くそ!俺の部下はどいつもこいつも上司泣かせな奴ばっかりだ!」
「無駄口叩いてると終わりませんよ」
結局俺は三時間ほどリーシャの監視付きで机に拘束されていた。そして終わったときにはリーシャにある質問を投げかけたくなっていた。
お前は教育ママか。
どうやら俺が書類と格闘している間にアスナがギルドに一時脱退を願い出ていたらしい。それだけなら良かったのだが……
「ヒースクリフ団長がキリトとデュエルするだと?」
「ええ、アスナ副団長の一時脱退の条件としてそう出しました」
そう俺に報告した少年は、俺が純朴と言う言葉が最も似合う奴だと密かに思っている相手だった。
彼の名前はロイドと言う。彼もまた俺の部下の一人だ、ソロが多い俺の率いる部隊…名称『特務支援遊撃隊』での実質的なリーダーでもある(リーシャとランディもそのメンバーだ)。アインクラッド内ではかなり珍しい武器であるトンファーの使い手で、『弾きの達人』の渾名を付けられるその実力は攻略組の中でも間違いなくトップクラスだろう。そしてその実力もさる事ながら彼の人柄も俺が評価している大きなポイントだ、俺だけじゃなく部隊の中での人望も厚い。
「なんでまた……そんなにキリトの二刀流って凄かったのか?」
「確かに二刀流は強力ですけど、でも貴方の八葉一刀流とそう大差はないと思いますよ」
その言い方に若干引っかかるものを感じた俺はロイドに尋ねた。
「お前ひょっとして二刀流見たのか?」
対して彼は腕を組んで答えた。
「ソードスキルを一種類だけですけどね、リーシャからは?」
「うんにゃ、聞いてない。てことはお前らが援軍だったのか」
「まあ俺達は後始末しかできませんでしたけどね……それでも止めをさす瞬簡には立ち会えました。アスナさんからも話を聞いたんですがその時の技は十六連撃だった様です」
「十六連撃って俺の『風神烈波』とおんなじじゃねえか」
どうやら『二刀流』は俺の『八葉一刀流』と同じ超攻撃型のユニークスキルのようだ。しかし十六連撃とは……やはりエクストラスキルの中でも群を抜いた存在なのは間違いないようだ。そもそも汎用スキルでは十六連撃なんてのは愚か、十連撃ですら中々お目にかかれる物ではない。例えるならアスナの使う『細剣スキル』に『スタースプラッシュ』と言う上級スキルがある。レイピアは勿論その格好からも解るとおりスピード重視の武器だ。手数も比例して多い、だがそんな武器の奥義とも言える技でも十六の半分、八連撃でしかないのだ。
そして俺の『八葉一刀流』は今までは唯一十四を超える連続攻撃を持つスキルだったのだが……それは改められたようだ。その意味で確かに『二刀流』は革新的なスキルではある。だが……
「てことはやっぱこの記事は煽りな訳だな」
「あ、それ見てましたか。まあ幾らなんでも五十連撃なんてのはゲームバランスが完膚なきまでに崩壊するし……」
「そこだよ、ロイド。この記事が本当なら別に良かったんだが、幾らユニークスキルでもそこまでバランスブレイカーな訳じゃないのに何で態々団長は今回に限って決闘をしようって思ったんだろうな?」
俺の『八葉一刀流』の時はそんな事は無かったのに。無論俺は血盟騎士団の指示は基本的に守っているからその機会が無かったからだとそう解釈するのは簡単だがそもそもあの団長が何か自分から言い出す事自体が異例な事なのだ。
副団長と言う立場からも分かるとおり俺とアスナは血盟騎士団の中でもかなりの古参メンバーだ。その俺の記憶にも過去にこうしてヒースクリフ団長が自ら決闘を願い出るなんてことは一度も無かった。その逆はかなりの数あるが。
「さあ……見当がつかないな」
「そっか…お前でそうなら他に聞いても無駄だろうな」
「それは幾らなんでも買いかぶり過ぎですよ副団長」
「謙遜するな、お前は『笑う棺桶』を潰した最大の功労者だろ?」
「あれは偶然に当てずっぽうが当たっただけです……」
コイツは褒められるとむしろ恥ずかしそうに縮こまるのだが俺の言っている事は事実だ。何も過大評価はしていないつもりで言っている。アスナだって俺に賛成するだろう。このロイドと言う少年は向こうでは探偵でもやっていたんじゃないかと思うほどある一点を除いては敏感だ。その洞察力と推理力は血盟騎士団の立派な武器だと言える。ただし、たったある一点について鈍感なだけで恐ろしく罪深いと言うのもまた事実なのだが。
けどそんなロイドでも心当たりが無いのなら……これ以上考えても無駄、と言う事だろう。
「で、その決闘は何時やるんだ?」
今考えるべきはアインクラッド最高クラスのレベルであろうその決闘をこの目でしっかり見ることだ。
どうやらまだやるとは決まってなかったらしい。今アスナとキリトがきてそんな事をしても無駄だと説得をしに来たとの事だ。興味本位で俺はその直談判の様子を見に行く事にした。
「だからって俺まで連れてくる事無かったでしょう……」
アインクラッド最強のトンファー使いを引き連れて。
「いいじゃん暇だろ?少しは付き合えよ」
「はぁ……」
その会議は俺とロイドを含めた七人で行なわれる様だ。俺とロイドは入口から入って左側の二席に座った。そして俺達の真ん中にには勿論団長であるヒースクリフがいる。席に座ってからは静かに主役の二人を待つ事にした。
やがてブーツの足音が聞こえた、アスナだ。一瞬こちらを見てびっくりしたような顔になったが直ぐにきりりとした顔に戻ってその口火を切った。
「お別れの挨拶に来ました」
かすかに苦笑する気配がした。
「そう結論を急がなくてもいいだろう、少し彼と話をさせてくれないか?」
その言葉が言い終わるのとほぼ同時に一人の少年がアスナの横まで歩いてきた。キリトだ、流石の彼もヒースクリフの前では緊張を隠せないらしい。
「君とボス攻略以外の場で会うのは初めてだったかな、キリト君」
そしてヒースクリフはキリトと話し始めた。戦力の価値、主力メンバーであるアスナを引き抜かれる意味云々。そして最後にその目を開いてキリトを見据えた。
「欲しければ、剣でー二刀流で奪い給え。私と戦い、勝てばアスナ君を連れて行くがいい。だが、負けたら君が血盟騎士団に入るのだ」
その声を聞いてキリトは黙った。アスナは代わりに尚も言い募ろうとした。確かに彼女の言うとおりだ、こんな事に意味は無い。アスナが抜けようと何も明日ボスに挑む訳じゃないし今まで二人しか存在しなかったユニークスキル持ちを、その二人とも抱えている血盟騎士団に戦力の不安は無い。全くと言う訳では勿論ないが。
だがキリトはアスナを遮ってこう言い放った。その決闘を受ける、と。それを聞いた俺は明日の予定を急いで変更した。
「……いいんですか副団長、こんなことして」
「構うもんか、これは正当な復讐だ」
………俺のシフトを全てランディに押し付ける事で。え、リーシャ?寝言は寝て言えよ、復讐なんてとんでもない。俺はまだ死にたくはない。
ロイドは如何にも何か言いたげな、微妙な顔になりながらもその変更(無茶とも言う)を受理した。
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