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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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五十四 垂らされた蜘蛛の糸

その存在は異様だった。


いくら『暁』のひとりを倒した後だからと言って、カカシもヤマトも気を許していなかった。
警戒も怠っていなかった。


それにもかかわらず、気配を悟られずに此処まで近づき、あまつさえナルの傍に接近させるなど、あってはならない。
更に言えば、いくらチャクラが枯渇していたからと言って忍びであるナルがこうもあっさり気を失わされるとは。


だが現に、その存在はナルに近づき、彼女を一瞬で気絶させた。その事実にカカシとヤマトは驚きを隠せない。


(人柱力であるナル狙いか…!?)


だとしたらこの状況は非常にマズい。
気を失ったナルは相手の腕の中だ。このまま連れ去られるのは自明の理。
その前になんとしても取り戻さねばならない。


(このタイミングで、という事はコイツも『暁』か…!?)

即座にヤマトに目配せする。


「ヤマトッ」
「はいっ」

カカシの指示で印を結んだヤマトが腕を伸ばす。
木遁の術により大木と化した腕がナルを気絶させた相手へ迫りくる。

ナルを抱える得体の知れない人物。
そいつへ速攻で攻撃を仕掛ける。

しかし相手は何もしない。ヤマトの攻撃を避ける様子もなく、微塵も動かない。


怪訝に思いつつもそのまま捕らえようとした大木の腕は、しかしながら直後、割り込んできた第三者にザンッと斬り伏せられた。

「な…ッ」


謎の人物を庇うようにぶった切る。
ヤマトの樹木を首切り包丁でぶった切った再不斬は、驚愕するカカシとヤマトに一瞥さえせず、地を蹴った。フードを目深に被る存在の隣に並び立つ。


「おせぇぞ」
「そう?ちょうどいい頃合いだと思うよ」


開口一番、文句を呟いた再不斬に対し、謎の人物は穏やかな物言いで答える。
まるで旧知の仲のような口振りに、カカシは眉を顰めた。


「再不斬…おまえ、」
「悪いなカカシ。てめぇら木ノ葉との共闘は最初から一時的なものだっただろ」


木ノ葉の里へ連行された再不斬は、霧隠れの里へ引き渡さない事を条件に『暁』の角都と飛段の撃退を、五代目火影直々に依頼された。
故に、角都がもはや戦闘不可能になった今、お役目御免だろう、と肩を竦めた再不斬は、警戒心を露わにしつつも動揺するカカシとヤマトへ視線を投げた。


「もう契約分は働いたはずだ。まさか、このままこの俺が大人しく木ノ葉の狗に成り下がるとでも思ってたのか、カカシ」
「だがお前は木ノ葉、いや、火ノ国から出られないと解っているはずだ!!」


カカシの視線の先を追って、再不斬は己の首元を見下ろした。
首回りを締めるチョーカーを眼にして、面倒くさそうに頭を掻く。


「そういや、そうだったな」

抜け忍である再不斬が『暁』に寝返るか、或いは依頼内容を放棄して逃げてしまうかわからない状況下、何の制約も無しに自由にするほど、五代目火影も愚かではない。
よって、枷をつけられた再不斬は、起爆札のようなモノを首元に巻かれてしまったのだ。

「また随分と面倒な術を仕込まれたな」


再不斬の首元のチョーカーを一目見て、その厄介な術式に気づいたらしい。
興味深げに覗き込んでくる謎の人物に、再不斬はまるで他人事のように「趣味の悪い首輪だろ」とうんざりとした表情で同意を求めた。


「躾のいい里なんじゃないか」
「尻尾を振った覚えはねぇぞ」
「だろうな」


木ノ葉の狗になった覚えはない、という再不斬の言葉にはあっさり同意を返した相手は、腕の中のナルをそっと傍らの大木の根元に横たわらせる。
ナルを手放したことにホッと安堵と共に疑念を抱いたカカシは、ナルの無事を確認したいのを堪え、敵の出方を待った。

「早く外してくれ。鬱陶しい」
「確かにお前には似合わないな」


しかしながら緊迫した状況にもかかわらず、再不斬と得体の知れない誰かはチョーカーについて悠長に語っている。
隙だらけに見えて、その実、攻撃を仕掛ければ寸前のヤマトと同じく、首切り包丁でバッサリぶった切られるのは目に見えている。

二の舞を踏むわけにはいかず、ジリジリとふたりのやり取りを窺っていたカカシは、再不斬がチョーカーを外してくれるように頼んでいる相手を慎重に見遣った。

再不斬よりは小柄で華奢な姿。
フードを目深に被っている為、顔は微塵も見えず、声も男か女かハッキリと判別がつかない。
声は特徴の一つのはずなのに、男とも女とも、または子どもの声にもとれるのだ。

(いったい何者だ…?)

疑念を抱くカカシの前で、再不斬と謎の存在は今も呑気にやり取りしている。



「俺もそう思うぜ。だからさっさと、」
「無理だ」


似合わないチョーカーを外すよう頼んでいた再不斬がピタリと止まる。
暫しの沈黙の後、自分の言葉を一蹴した相手へ再不斬は今になって焦燥感の色を帯びた声を上げた。

「…おい、冗談だろ」

今更ようやくチョーカーの怖ろしさを知った再不斬へ、カカシとヤマトは呆れた眼を向ける。


『暁』と戦わず、逃げる可能性をも考え、火の国から遠く離れても自動的に作動する時限装置。
五代目火影自らが施したチョーカーには封印術も施されている為、並大抵の忍びには外せない仕様になっている。
無理に外そうとすれば、即座にドカン、となる怖ろしいソレがそうも易々と外されるものか。


しかしながら、カカシとヤマトの予想を裏切って、相手はあっさりと前言撤回した。


「そうだな、冗談だ」



揶揄われたと知って「……おい」と青筋を立てる再不斬に構わず、得体の知れない誰かは首元のチョーカーへ手を伸ばす。爆弾にも等しいソレを何の恐怖もなく、細く白い指が触れた。


カチリ、と軽い音が耳に届き、カカシとヤマトは眼を見張る。


五代目火影が施した封印術。
その術式が念入りに組み込まれているチョーカーをあっさりと再不斬の首元から外した相手は何の気もなく。


無造作にソレを遠くへ放り投げた。





「「────な、」」

カカシとヤマトの驚きの声が爆風に掻き消されてゆく。
爆発したチョーカーの爆風に煽られ、フードの陰から覗き見えた双眸が、角都の倒れるクレーターとはまた別の大穴を生み出したのを捉える。

木の根元に寄りかからせたおかげで爆風にも吹き飛ばされなかったナルを視界の端で認めつつ、再不斬の隣で彼は眼を細めた。

爆発を起こしたチョーカーではなく、その向こう側で巻き上がる爆風。
それに逸早く気づきつつも、カカシとヤマトに悟られぬよう、そっと視線を逸らしたナルトは心の内で軽く嘆息を零した。


(タイミングを合わせたが、なかなかどうして難しいものだな)















大きな墓穴。
飛段が埋まったソレを、シカマルは無表情で見下ろしていた。

復讐は成し得た。
アスマの形見であるライターは失ってしまったが、仕方のないことだろう。


飛段と共に埋まってしまったライターを名残惜しく思いつつも、シカマルは墓穴に背を向けた。
踵を返し、森から出たところで見知った顔が近づいてきていることに気づく。

シカマルが生きていると知って、顔を明るくさせたチョウジといのを見て、彼は眩しげに眼を細めた。


「増援か。ありがたいが、一足遅かったな」
「シカマル、アンタひとりで『暁』やっつけたの!?」


駆け寄ってきたいのが驚嘆する横で、チョウジが「流石シカマルだね!」とニコニコ笑顔を浮かべる。
昔馴染みの猪鹿蝶の空気に荒んだ心が癒されてゆくのを感じ、シカマルはようやっと張り詰めていた気を許した。

「なんとかな…それで?向こうはどうなってる?」


飛段と角都を引き離してからシカマルは角都のほうの戦況を知らない。
シカマルの問いに、いのとチョウジは顔を見合わせた。


「ボクといのはシカマルの応援に向かってくれって頼まれたんだよ」
「そう…ナルにね」
「…ッ、ナルが来てんのか!?」

ナルの名前に反応したシカマルに苦笑しつつ、いのは大きく頷いた。


「そうよ。ナルが私達にシカマルを助けてくれって頼んでくれたから、ここまで来れたの。まぁ必要なかったけどね」
「今はナルがあの角都ってヤツと闘ってる。まぁ向こうにはカカシ先生とヤマトって人と、それにあの霧隠れの鬼人もいるから大丈夫だとは思うけど…」
「急いで合流するぞ」


いのとチョウジの口々の説明を受けて、シカマルはすぐさま地を蹴る。

ナルがあの角都と闘っている。
チョウジの言う通り、単独ではなく、ナルの傍にはたくさんの強者がいると知っていても、シカマルは焦燥感を募らせずにはいられなかった。


なにか、胸騒ぎがした。



だがすぐにナルのもとへ向かおうとするシカマルを追い駆けようとしたチョウジといのが森から離れたその瞬間。








森の中から凄まじい爆発音が響いた。


「「「な────」」」









天を衝く黒煙。

爆風に煽られたシカマルは鋭く爆発地点へ視線を投げた。
青空に棚引く煙が不吉な兆しである黒雲のように、シカマルのほうへも流れてくる。

轟々と天を衝く勢いで燃える森の向こう側から、人影がシカマルの眼に飛び込んできた。

(……まさか、)










先ほど埋めたばかりの墓穴。ソレがある地点から起きた爆発。
そして、人影。

結びつかれた点で弾き出された答えに、流石のシカマルも動揺を隠せない。
額につたう冷や汗が森を焼く炎の熱で自然と蒸発していった。

復讐を果たしたはずの男。
ソイツの頭を抱えた誰かが、燃え盛る森を背景に此方へ足を進めてくる。

爆風に煽られるも顔が一切見えない誰かの腕に抱えられた飛段が首だけでシカマルに向かってギャンギャン吼えた。


「てめぇ…!此処で会ったが百年目!ぶっ殺して、」
「飛段」


呆れたように嘆息したフードの誰かが、首だけの飛段を宥めている。
数分ぶりだというのに百年目だと、シカマルへ今にも噛みつきそうな飛段は、その謎の人物の鶴の一声で口を閉ざした。

「喚くな。もう一度、生き埋め地獄を味わいたいか」
「そ、そいつは勘弁してくれよぉ~」


シカマルへの態度とは一変して情けない声を上げた飛段に、その誰かは面倒くさそうに巻物を取り出す。
その巻物内に、どうやら首と共に地中から拾ってきた飛段の手足を収容していたらしい。


あのバラバラになった身体を、こんな僅かな時間で拾い上げてきたというのか。
飛段を生き埋めにした張本人であるシカマルは、復活した飛段よりも謎の人物のほうに畏怖を覚えた。


白煙と一緒に巻物から取り出した飛段の手足を、得体の知れない誰かは瞬く間に首と繋げる。
それはまるで神業のようだった。

何等かの糸のようなモノですぐさま飛段の身体を再構成させた相手は、元に戻った身体に感嘆の声をあげる飛段をよそに、シカマルへ視線を投げる。
フードの合間から覗き見える双眸と眼が合った気がして、シカマルはビクリ、と肩を跳ね上げた。

「ああ…すまない」

飛段を助けたらしい新たな敵に戸惑いを隠せないシカマル・いの・チョウジの前で、フードを目深に被った人物は背後の森へチラッと視線を投げる。

「手っ取り早く掘り返したが、火力が強すぎたな」


森に棲む鹿に心の内で謝罪しながら、とても目に捉えられない速度で印を結んだかと思えば、爆発で燃え盛っていた森が瞬く間に鎮火した。


いつの間に、水遁の術を用いたのか。
あっという間に森の炎を掻き消した存在は、改めてシカマルを見遣る。


今しがたの爆発とほぼ同時に、再不斬のチョーカーの爆発とタイミングを合わせていた彼は、自分へ警戒するあまりに気づいていないシカマル達を見て、軽く口許に弧を描いた。

(タイミングを合わせたが…さてはて、)



ほぼ同時に別々の場所で起きた爆発。
それを引き起こした存在は、爆風に煽られながら、静かに微笑む。

飛段を墓穴から引っ張り上げるついでに拾ったソレを秘かに懐に入れ、隣で今にもシカマルを殺そうとする飛段を再び、一声で止めた。


「飛段。お前の命は俺が釣り上げた。勝手な行動はやめろ」
「もとから俺の命は邪神様に捧げてるぜ」


嬉々として従う飛段に嘆息し、彼はシカマルに向き合う。
警戒態勢を取るシカマル・いの・チョウジに加え、案内役だったカカシの忍犬であるパックンをそれそれ眺め、フードの影で双眸を細めた。


「水泡に帰して悪かったな。せっかくの墓穴だったが、」




シカマルの努力を無駄にしたと謝罪しつつ、地獄に垂らされた蜘蛛の糸の如く、墓穴から飛段を釣り上げたナルトは白々しくも微笑んだ。









「埋葬するには少しばかり浅すぎたらしい」
 
 

 
後書き
ナルトが同時期に別々の場所で登場してますが、この世界ではよくあることです。
(ヒント影分身←それヒントちゃう答えや)

前回に続き、二場面同時進行ですみません!暫くは二場面同時進行で続けますが、どうぞご容赦ください。
次回もどうかよろしくお願いいたします。


 
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