SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第二章 ~罪と罰~
その十二
「……なるほど」
楓の口から語られた八年前の事件とその後の出来事を聞いた柳哉が発したのはそんな短い台詞だった。
(予想していたとはいえ、結構ハードな内容だったな。それに……)
話し終えた楓は俯いており、膝の上に置かれた両手は小さく震えていた。無理も無い。言ってみれば、自分の罪状を告白したようなものなのだから。いくら稟が“気にするな”と言ったところで、楓自身の罪の意識が消えることは無いだろう。こればかりは他人がどうこうできるものではない。楓自身の意識が変わらないかぎりは。
(とはいえ、意識を変えるわけにはいかないだろうな)
下手をすればかつての自分と同じことになる。それだけは避けなければならない。そのために……
「楓」
「はい」
「俺は、お前を許さない」
「え……?」
その言葉を発した。
* * * * * *
一瞬、理解できなかった。つい半月ほど前、八年ぶりに再開した幼馴染の口から出た言葉が。そしてそんな楓を見た柳哉は再度口を開く。
「俺は楓を許さない。ある程度は自業自得とはいえ、俺の大切な幼馴染を傷つけた楓を許さない」
ちなみにこの“大切な幼馴染”には稟だけでなく桜も含まれる。
「何があろうと許さない。例え稟が許しても、桜が許しても、楓自身が許しても、世界中の全ての人が許しても」
――俺だけは、水守柳哉だけは、芙蓉楓を、未来永劫、許さない――
「!」
柳哉が、決して冗談で言っているわけではないことを理解したのだろう。楓の表情が強張った。そして、
「……っ!」
一言も発することなく、リビングを飛び出して行った。すぐに玄関が開く音がした。外に出たのだろう。
(やれやれ。どうやらうまくいきそうだ)
ふう、とため息をついた後、柳哉は携帯電話を取り出し、“協力者”に連絡をする。
「……ああ、うまくいった。方角は……光陽公園の方だな。ああ、よろしく頼む」
短い通話を終えると同時に稟がリビングに姿を現した。楓が出て行った事に気づいたのだろう。内心で苦笑しつつも、厳しい声で言う。
「俺が許可するまで部屋で待機してろ、と言ったはずだが?」
何かを言おうとしていた稟だが、柳哉の思いの外強い口調に言葉を飲み込む。しかし、
「柳、お前、楓に何をした!?」
「答える必要は無い」
「っお前!」
柳哉に掴みかかろうとする稟。しかしあっさりと回避され、体勢を崩したところで組み伏せられる。
「……くっ!」
悔しげにうめく稟。そんな姿を見て柳哉は稟を解放する。
「こんなことをしている暇があるのか?」
楓を追いかけることもせずに。
「お前が言うか!」
「飛び掛って来たのはお前の方だろう? 自業自得だ」
「ぐ……」
確かに。楓の事が心配なら柳哉の事など無視して楓の後を追えばいい。まあその場合は柳哉が力ずくで引き止めていたが。
「……で、行かないのか?」
「……後で詳しく聞かせてもらうからな!」
そう言って稟は芙蓉家を出て行った。故に稟は気づかなかった。
「後は頼むぞ、稟、桜」
柳哉のその言葉に。
* * * * * *
時間は少し戻る。
桜は自室で携帯電話を手に、昨日の事とこれから起こる事について考えていた。
(本当に大丈夫なのかな……)
昨日、亜沙と共に柳哉から聞いた“対処法”。それは下手をすれば楓の傷を抉ることにもなりかねないものだ。当然桜も亜沙も反対した。しかし、柳哉の意思を覆す事はできなかった。
『古くから治療することを“手当て”と言いますが、どういう意味か知ってますか?』
『怪我とかをした所に手を当てて治療するから、じゃないの?』
実際のところは“手当て”という言葉そのものに既に“処置”という意味があるからであって、亜沙が言ったのは違うのだが。
『でもまあ、俺は亜沙先輩が言った意味の方が好きなんですけどね』
『そう。でもそれがどうしたの?』
『要するに、傷を治療するためには傷そのものに触れなきゃならないってことです。場合によっては傷をさらに広げたりする必要がある。手術なんかはその最たる例でしょう?』
『……』
『……』
沈黙する桜と亜沙。
『……心の傷、というものも例外じゃない』
傷というものは、ある程度までなら放っておいても自然に治るものだ。
『しかし、ある程度以上になると、放っておけば雑菌が入ったり化膿したりして悪化する。最悪の場合、命にも関わる』
ましてや心の傷のような目に見えない傷の場合、事態はさらに深刻になる。体の傷の場合、痛みや体調不良などのシグナルがあるものだが、心の傷の場合、本人がそれを隠してしまえば、周囲の人には分からないし、何より、傷の大きさがどのくらいなのかの判別が非常に難しい。さらに言うなら、本人がそれを傷と認識していないことさえある。“心”と言うものはそれだけ複雑なものなのだ。柳哉は実際には見ていないが、八年前の事件の際には楓が現実を受け入れられず、寝たきりになり、コミュニケーションすら取れなくなってもいる。
『とりあえず話は分かった』
納得はしてないけどね、と付け加える亜沙。しかし、
『あと、これに関しては俺一人でやる』
『なんで?』
続く柳哉の台詞に疑問を浮かべる桜。もっともな話だ。
『らしくないから、だよ。この方法が採れるのは関係者の中では俺だけだからな。桜や亜沙先輩がこの方法を採っても説得力に欠ける。ましてや稟なんか問題外だ』
『……』
『……』
反論できないのだろう。再び沈黙する桜と亜沙。
『今の俺にできるのはこれくらい。後は稟次第』
『……ねえ、一つ聞かせて?』
『何でしょう?』
『それで、楓は幸せになれるの?』
桜も同じ想いなのだろう。柳哉をじっと見ている。
『それは分かりません。あくまでも俺は手助けをするだけですから』
結局の所は本人達次第だろう。
『でも、俺は楓の幸せを願っていますよ。二人と同様に。それに……』
(大丈夫、だよね)
回想しながら桜は想う。稟も楓もとても苦しんだ。その分、二人には幸せになってほしい。……できれば、自分も一緒に。
(って、何考えてるの! あ、でも……)
神界は一夫多妻制だ。なら楓と一緒に稟の奥さんになれるのではないか? そんな事を考えていると、携帯電話が着信を告げる。柳哉からだ。短い会話の後、桜は柳哉の指示通り光陽公園に向かう。そこに楓がいるはずだ。以前はほとんど力になれなかった。今度こそ、と決意して桜は家を出た。
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