水の国の王は転生者
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第七十三話 王子の帰還
エドゥアール王崩御の二週間後、ヌーベルトリステインの新トリスタニア港に、トリステイン空海軍の汽走コルベット艦ベルギカ号が寄港した。
ベルギカ号艦長のド・ローテルは上陸するとすぐさま、総督のマクシミリアンに面談を求め、エドゥアール王崩御を伝えた。
「……な!? 父上が? ……なんで?」
マクシミリアンは素っ頓狂な受け答えをした。
歳も四十前のエドゥアール王が死んだと聞き、タチの悪い冗談かと思ったのだ。
「冗談ではございません。国王陛下は最早、この世の方ではございません。急ぎご帰国の準備を」
「ん……ああ、分かった。アニエス!」
「はっ!」
マクシミリアンが呼ぶと守衛のアニエスが部屋に入ってきた。
「緊急会議を行う。急ぎ閣僚を招集してくれ。大至急だ」
「了解!」
走り去ったアニエスを見送ると、マクシミリアンは執務室に戻り、再びド・ローテルの前に座った。
「国内の状況はどうなのだ? 母上が国内の切り盛りをしているのか?」
「その事ですが……王妃殿下の代わりに王太子妃殿下が切り盛りをしてございます」
「はぁ? カトレアが?」
「左様にございます」
「何故だ? 母上はどうしているんだ?」
「王妃殿下は、国王陛下の御遺体に昼夜付きっきりでございまして……その、政治には興味が無いそうでございます」
ド・ローテルの答えに、マクシミリアンは大きく息を吐く。
「そうか、母上ならさもありなんと思っていたが……艦長、話は変わるが、父上が崩御された事は公表したのか?」
「いえ、殿下が帰国されるまで公表しないと、取り決めがされました」
「ガリア、ゲルマニアの国境付近の様子は?」
「諜報部のクーペ殿が、防諜体勢を取っているお陰か、国内、国境共に平穏を保っております」
「うん、結構。一先ずは安心だが、早いところ帰らないとな」
「御意」
一時間後、アルゴルキン砦の会議室では、緊急の会議か招集されエドゥアール王崩御の報が伝えられた。
ザワザワと家臣達からどよめきが起こるが、それでもトリステイン本国より反応が鈍い。
ヌーベルトリステインの者達にとって、エドゥアール王は海の向こう側にいる存在で、建国以来苦楽を共にした敬愛する総督の父親程度の認識だった。
「そういう訳で、王位継承順第一位の僕は本国へ帰らなけらばならなくなった。この会議の主題は、僕が帰国した後の政府の人事についてだ」
「御意」
会議はおよそ三時間ほどで終了し、家臣達には次の総督が派遣されるまでの役割が与えられた。
その間、執事のセバスチャンが帰国の準備を整えておいた。
コマンド隊にも帰国の辞令が届き、アニエスもマクシミリアンと同じベルギカ号に同行して帰国する事になっている。
シャジャル、ティファニア母子は、ヌーベルトリステインに残ることになった。
多種多様な種族が共存するヌーベルトリステインが特殊なだけであって、ハルケギニアでエルフが生活するのは危険と判断された。
テキパキと帰還の支持を出しながらも、マクシミリアンの心は晴れなかった。
父親が死んで悲しいはずなのに、感情が凍りついたように固まり、悲しみの感情が沸いて来なかったからだ。
マクシミリアンはそんな自分に嫌悪感を抱いた。
(本当に、ガーゴイルに成っちまったのかオレは……?)
だが、そんな迷いも帰還の準備の忙しさで何時しか忘れていき、忙しさの余り何も考えなくて良いこの状況が心地よかった。
☆ ☆ ☆
夜になっても新トリスタニアはマクシミリアン達の帰国の準備に追われていた。
事が事の為、家臣達は徹夜を覚悟していた。そんな家臣を労う為、シャジャルの提案で炊き出しが行われ、準備に追われる家臣達に新トリスタニア名物のクラムチャウダーが振舞われた。
いつもは静かな深夜の新トリスタニアの埠頭は珍しく活気付いていた。
そんな埠頭から少し外れた寂れた倉庫街に、二つの影があった。
「悪かった艦長。忙しいなか、こんな場所まで呼び出して」
「いえ殿下、お気になさらずに」
マクシミリアンとド・ローテルが共も連れずに倉庫街に現れた。
「え~っと、この倉庫だったな。艦長着いて来てくれ」
「御意」
マクシミリアンの先導で、二人はとあるレンガ造りの倉庫に入っていった。
中に入ると、巨大な鉄製の扉がもう一つ付いていて二体のガーゴイルが警備に立っていた。
『……ギギギ』
二体のガーゴイルは防衛体制をとろうとしたが、二人のうちの一人がマクシミリアンだと認めると鉄の扉を開け始めた。
二人は開かれた扉から中に入ると、内部は真っ暗で何も見えなかった。
「中は真っ暗でです」
「問題無い、魔法のランプがある」
マクシミリアンは、パチンと指を鳴らすと魔法のランプが一斉に光を照らした。
「うっ!?」
目も開けていられない程の強烈な光に、ド・ローテルは思わず声を上げた。
「この光は!?」
「……」
強い光に目が慣れたド・ローテルが薄っすらを目を開くと、黄金色のインゴットが天井までギッシリ積まれてあった。
それも一山だけではない。金のインゴットは倉庫一杯に山積みされていて、エキューに換算すれば天文学的な金額になりそうな程の量だった。
「これは……金!?」
「新世界で採れた、まだハルケギニアに出回ってない金だ。僕の切り札だよ」
「……はあ」
ド・ローテルはため息をついて、黄金の山を眺めた。
「呆けるな艦長」
「はっ!? 申し訳ございません」
「特別任務だ。僕を本国まで送り返したら、再びヌーベルトリステインに戻って、何往復してもいいから、ここの金を残らずトリステインに輸送してくれ、詳細は追って伝える」
「了解いたしました。して、この金を全て売りさばくお積りでしょうか?」
「いや売らない。さっきも言ったが、この金は僕の切り札で爆弾だ」
「爆弾……でございますか?」
「そう爆弾だ。戦場で兵士達を殺す爆弾ではなく、経済を破壊する爆弾と言っていい」
「……経済を」
「これ程の量の金を一斉に売りさばけば、ハルケギニアの金相場は大暴落間違いない。そういう意味での切り札であり爆弾だ。チマチマ売って富を得ようとかそういう事には使わない」
ド・ローテルはゴクリと生唾を飲み込んだ。
これだけの大量の金が一斉にばら撒かれれば、どの様な経済的混乱がもたらされるか想像できなかった。
「畏まりました。黄金の輸送任務に携わります」
ド・ローテルは身なりを正し敬礼した。
「分かっていると思うが、この任務は最高レベルの超が二三個付くほどの機密だから、輸送の際の部下の選別と機密の漏洩には気を使うように、素敵な年金生活が送りたければ……ね」
「肝に銘じます」
「それでは戻ろう。ガーゴイルには顔を覚えて貰ったから、次からは僕無しでもで入れるはずだ」
「御意」
マクシミリアンら二人は、倉庫を出てアルゴルキン砦に戻った。
後に、これら金のインゴットは、ヴァールダム港の秘密倉庫に収められる事になり、マクシミリアンは切り札を手に入れた。
☆ ☆ ☆
夜も明ける黎明時、荷物を積み終え帰還準備が整ったベルギカ号は、煙突から黒煙を上げて出港準備に取り掛かっていた。
ベルギカ号に乗り込む為、タラップに昇ろうとすると、寝息を立てるティファニアを抱いたシャジャルがマクシミリアンの見送りにやって来た。
「流石にティファニアは寝てしまったか」
「殿下をお見送りしようと、頑張って起きていようとしていたのですが」
「その気持ちだけで嬉しいよ。シャジャルさん、ここに居ればティファニア共々、安全は保障します。どうか御健やかに……」
「ありがとうございます殿下」
シャジャルは小さく頭を下げた。
「そろそろ時間ですので失礼します」
「あ、殿下」
タラップを昇ろうとしたマクシミリアンをシャジャルが呼び止めた。
「何か?」
「その、『眼』の事について一つお聞かせしたい事が」
「……! 何でしょうか?」
「精霊達の話では、殿下の眼はありとあらゆる物を破壊するそうでございます……そう、精霊すらも」
「……うん、どうぞ、続けて」
「ですが、人が持つには余りにも強力な力の為、使い続ければ、やがて失明してしまうそうでございます」
「だが、治りは遅いもののヒーリングで治ったぞ?」
「それは、あくまで気休めでございます。根本的には治っておりません、それどころか、ものすごい早さで眼が劣化しているんです」
「劣化か」
前の戦争の最中に、突然視力の喪失に襲われたことをマクシミリアンは思い出した。
「私の指輪の力で殿下の眼を治そうと思ったのですが、精霊達が殿下の眼を怖がって言う事を聞いてくれないのです」
「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとうシャジャルさん」
時間が着たのか、ベルギカ号から汽笛の音が鳴り響いた。
「そろそろ時間の様だ」
「殿下……いえ陛下。このご恩は一生忘れません」
「まだ戴冠を済ませていませんよ。あ、最後にティファニアの頭を撫でさせて貰って良いですか?」
「どうぞ殿下、帰国されてもティファニアの事を覚えていて下さると、この子も喜びます」
マクシミリアンは、シャジャルに抱かれたティファニアに近づくと、そっと金髪を撫でた。
「姪のティファニアも、僕にとっては妹みたいなものですからね、絶対忘れる事はありませんよ」
「……ううん」
頭を撫でられたティファニアは、むずかってシャジャルの胸に顔を押し付けた。
「……ふふ」
マクシミリアンは愛おしそうにティファニアの寝顔を見続けた。
そんな時、水兵の一人がやって来て、間もなく出航である事を伝えにきた。
「殿下、もう間もなく出航でございます。お急ぎご乗船をお願いいたします」
「分かった……そういう訳でシャジャルさん。これでお別れです」
「ありがとうございました。こういう事を言うのは止めて置いた方が良いとは思うんですが、どうか『あの人』の事もよろしくお願いします」
あの人とはモード大公だろう、マクシミリアンは『あの人』の事を詳しく聞き返そうとせず、
「出来るだけの事はしましょう」
と応えるだけでタラップを昇り始めた。
……
東の水平線の先が太陽の光で明るく照らされた頃、ベルギカ号はけたたましい汽笛の音を上げて出航した。
汽笛の音でシャジャルの胸の中で寝ていたティファニアは、驚いたようにビクリと目を覚ました
「ひうっ!?」
「ティファニア起きたのね」
「あれ、ここは!?」
「ここは港よ」
「あ! マクシィ兄さんにお別れを言わないと!」
ティファニアはシャジャルから降りて辺りを見渡した。
「残念、殿下はもう行かれたわ」
「そんな、さよならも言ってなかったのに! お母様どうして起こしてくれなかったの!?」
「ごめんねティファニア。でも、きっとまた合えるわ」
ポロポロと涙を流すティファニアに、シャジャルはあやすようにに抱きしめた。
暫くの間、シャジャルの胸の中で泣いたティファニアは一つ目標を見つける。
「わたし決めたわ。大きくなったらハルケギニアに戻るの、そしてマクシィ兄さんのお嫁様になる!」
「え!? ティファニア、殿下はもうご結婚されていますよ?」
ティファニアの子供らしい夢に、シャジャルはマクシミリアンが既婚であることを告げる。
「ええっ!?」
とたんに表情が暗くなるティファニアに、シャジャルは一言フォローを加えた。
「でも、ひょっとしたら、一番になれなくても二番目のお嫁様にしてくれるかも……」
「本当!?」
「ティファニアが素敵なレディになれば、殿下も考えて下さるわ」
「うん、わたし頑張る!」
(ティファニアはまだ小さいから、成長して多くの人と交流を持てば殿下への恋心も忘れる事でしょう)
シャジャルにとっては、愛娘を悲しませない為の嘘だったが、ティファニアは本気で初恋を実らせるつもりだった。
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