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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第七十二話 カトレアの決断


 双月が照らす闇の中を一頭の巨馬が疾走する。

 『国王倒れる』の報を聞いた王太子妃カトレアは、友人のミシェルに頼んで巨馬のグリーズに乗せてもらい王都トリスタニアへの道を急いだ。

「間もなくトリスタニアです!」

「ミシェル、悪いと思うけどもう少し急いで!」

「御意!」

「それと、通行人の人を轢かないように、慎重に急いでお願いね!」

「分かったなグリーズ!」

『グヒッ!』

 二人を乗せたグリーズを支援する為、カトレアは『ライト』の魔法でグリーズの前方を照らした。

 駆けるカトレア達二人の後方上空には、一匹のグリフォンが飛び、その背にはワルドとジョルジュが二人乗りで後を追った。

「しかし、ミス・ネルの使い魔は速いな、僕のグリフォンと同等の速度とは」

 ワルドが独り言を言うと、後ろのジョルジュがワルドを急かす。

「ワルド卿、トリスタニアには、まだ着かないのか?」

「もう間もなくトリスタニアの街の灯が見えるはずだ」

「そうか、でもとんでもない事に巻き込まれてしまった」

「なんだ、ミスタ・グラモン。怖気づいたなら着いて来なくても良かったのに」

「こ、国家の一大事を見て見ぬ振りする訳には行かないよ」

 ジョルジュは叫んだが、どう見てもやせ我慢の類だった。

「よく言った。それでこそ男だ。もっとも、重大な情報を持つキミを野放しにする訳にはいかないがね」

「当たり前じゃないか! って、酷いな……」

「さあ、トリスタニアの灯が見えてきたぞ」

 『国王倒れる』の報を公表していないのか、トリステイン市はいつもの賑わいを見せていた。







                      ☆        ☆        ☆ 






 市内を駆け王城にたどり着いたカトレアは、ミシェル達三人を別室で待たせ、エドゥアール王の下へ向かった。

 寝室の前では家臣やメイド達が心配そうに見守っていて、カトレアが一人、魔法学院の制服のまま早足で近づいて来るのを見ると、一斉にカトレアの下へ駆け寄ってきた。

「王太子妃殿下!」

「おお、王太子妃殿下」

「国王陛下はどちらに?」

「こちらでございます」

「ありがとう」

 カトレアは、エドゥアール王の眠る寝室に入っていった。

 寝室では、既に死亡したエドゥアール王がベッドに寝かされていて、典医が水魔法で必死の蘇生を試みていた。

 マリアンヌとアンリエッタは、エドゥアール王の枕元に居て、カトレアが入ってきたのも気付かずエドゥアール王の遺体に縋り付いていた。

「エドワード様、どうか目を御開けください!」

「お父様、目を開けて!」

 涙で濡れた王妃マリアンヌとアンリエッタが、冷たくなったエドゥアール王に縋り付くが何の反応もなかった。

「王妃様、姫様、王太子妃殿下がお見えでございます」

 典医がカトレアがやって来た事を告げると、アンリエッタのみが応えカトレアの胸に飛び込んだ。

「うわぁぁぁん! 義姉様、お父様がぁぁぁ~~!」

「アンリエッタ……」

 カトレアは泣くアンリエッタを抱きしめ、典医にエドゥアール王の死の詳細を聞いた。

「典医殿、国王陛下はどの様な病気で御隠れになられたのですか?」

「王太子妃殿下、それがその……私どもも、様々な手を尽くしたですが、『急死』としか言いようが無く……」

 カトレアの問いに典医の男は、しどろもどろに応えた。

「別に罰しようとはしません。典医殿は最善を尽くしました」

「ははっ、ありがたきお言葉にございます!」

 典医は深々と頭を下げた。

 カトレアはベッドに寝かされたエドゥアール王と対面した。
 遺体の周りには香が巻かれていて、エドゥアール王の死臭を覆い隠していた。

「どうしてこの様な事に……ううう」

「お義母様、心中お察しいたします」

 カトレアは、泣くマリアンヌにそっと近づき声を掛けるが、慰めの言葉しか見つからない。だが、何時までもメソメソしている訳にはいかない。

「お義母様。大至急、マクシミリアンさまをお呼びしましょう」

「ううう……どうして、どうして」

 この状況を打開する為に、マクシミリアンの帰国を促すが、マリアンヌは聞く耳を持たなかった。

「お義母様、しっかりしてください!」

 カトレアがマリアンヌの肩に触れようとすると、マリアンヌはカトレアの手をはねつけ、激しく拒絶した。

「嫌、嫌よ。カトレアさん、全て貴女に任せますから、どうかお願い、私とエドワード様の二人だけにして!」

「そういう訳には参りません。国王陛下がこのような状況になったのなら、せめてマクシミリアンさまが帰国されるまで、お義母様が先頭に立って政治を動かして頂かないと……」

「政治なんて真っ平よ! 私はやりたくないの!!」

「お義母様、こういう時こそ、私達が先頭に立って皆の手本になるべきです」

「王族が必要ならカトレアさんが国を回せば良いじゃない。何ならアンリエッタにやらせれば良いわ!」

「アンリエッタはまだ10歳です。まだ幼いアンリエッタに重荷を背負わせる積りですか?」

「構わないわ! お願いだからエドワード様と一緒にいさせて!」

 この瞬間、マリアンヌは王妃として母としてのの責任も放棄した。

「お母様……!」

「何てことを……!」

 その言葉に一番ショックを受けたのは、当然ながらアンリエッタだ。
 マクシミリアンの様に『特別』でない、未だ10歳のアンリエッタを先頭に立たせるには力不足だった。

「出てって! 私達二人だけにして!!」

 カトレアとアンリエッタ、そして典医を含めた全員がエドゥアール王の寝室から追い出された。

「……」

「アンリエッタ」

 家臣やメイド達が見守る中、カトレアはアンリエッタに声を掛けたが、アンリエッタはショックの為か目の照準が定まっていない。

「義母様は、今は気が動転されておられるのです。本心ではありませんよ」

「……うん」

 カトレアは、アンリエッタは力無く俯いていた。

 どうしたものかと、アンリエッタへの慰めの言葉を考えていると、家臣の一人が駆け寄ってきた。

「王太子妃殿下」

「何?」

「至急、会議室まで御越し願えないでしょうか?」

「何があったのです?」

「実は会議が紛糾しておりまして、何方かに場をお納め頂かないと収拾がつきません」

 マクシミリアン不在の今までは、エドゥアール王が王城と新宮殿の家臣団を回していたが、エドゥアール王が崩御した途端、王城と新宮殿の家臣達の間で縄張り争いを始め、空中分解をしかけていた。
 
「こんな大事なときに……分かりました、直ちに向かいます」

 次々と降りかかる問題に、カトレアはため息の一つも付きたくなったがアンリエッタの手前弱気なところを見せるわけにはいかない。

「アンリエッタ、わたしはこれから行く所が出来ました。貴女も着いて来る?」

「お義姉様、私も付いて行きたい、ここには居なくない」

「……分かったわアンリエッタ。皆は王妃殿下が変な気を起こさないように見張ってて」

「畏まりました。王太子妃殿下」

 そう家臣達に告げると、カトレアはアンリエッタを連れて会議室に向かった。







                      ☆        ☆        ☆






 王宮の会議室では、今後の対策の為の会議が行われていたが、会議の方向は王宮と新宮殿との権力争いに流れていった。

「その案件は貴方方の管轄ではありません!」

「この緊急時に、なにを言うか!」

 会議室内を飛び交う怒号に、帰国の準備を延期して『最後のご奉公』と心に決め会議に参加したマザリーニは、突如起こった権力争いに戸惑ってた。

(陛下や王太子殿下が居なければ、トリステインの誇る頭脳のなんと酷い事か……)

 いくら個々の能力が高くても、これらの人材を取り仕切る司令塔が居なければ、その結束は脆いものだった。

 会議が始まってから二時間ほど経ったが、マクシミリアン帰国の段取りすら決まっていなかった。

 そんな、マザリーニに救いの手が差し伸べられる。

「アンリエッタ姫殿下、カトレア王太子妃殿下のおなぁ~りぉ~!」

 家臣の一人がアンリエッタとカトレアの入室を告げると、王宮と新宮殿の両陣営はケンカを止め一斉に起立した。

「王太子妃殿下、アンリエッタ姫殿下も、この様な大切な時にご足労をお掛けして申し訳ございません」

「我ら家臣一同、この難局を乗り切る為に知恵を出し合っているのですが、一部にこの状況を利用しようとする者が居ります」

「それは我々の事を言っているのか!?」

「新参者が、分別を弁えないからだ」

「何だと!」

 この発言が呼び水をなって、会議室は再び怒号が飛び交うかと思われた……だが。

「お黙りなさい」

『……!』

 会議室は、カトレアの静かなる一喝で再び静寂が戻った。

「こんな大事な時に内輪揉めなどと……恥を知りなさい」

 決して声を荒げる事のないカトレアの叱責に、両陣営の人々は、うな垂れ反論しようとはしなかった。

 カトレアから発する有無を言わせぬ雰囲気に、百戦錬磨の男達は完全にの飲み込まれてしまった。

 マザリーニは、トリステインの内部崩壊を予想していたが、その予想はカトレアの登場で回避されたと思った。

(烈風カリンの血は健在だな、これで安心して帰国できる)

 安心したマザリーニは、そっと会議室を出ようとした。

「マザリーニ殿」

「は!? 何の御用でございましょうか王太子妃殿下」

 突然、カトレアに呼ばれたマザリーニは、驚いて聞き返した。

「マクシミリアンさまがご帰国されるまでの間、僭越ながらわたしがトリステインを回さなければなりません。ですがわたしは政治にことは分かりません。ですからマザリーニ殿に補佐役をお願いしたいのですが、受けて貰えますでしょうか?」

「私よりも他に適任者が居ると思われますが……」

「わたしが王宮側と新宮殿側のどちらかの者を採用すれば、選ばれなかった者の陣営が不満に思うでしょう、幸いマザリーニ殿の立ち位置は中立です。ですから、貴方を登用したいのです」

「……なるほど」

 マザリーニは少し考え、すぐさま答えを出した。

「非才の身ではございますが、承知いたしました」

 マザリーニは起立し、カトレアへ深々と頭を下げた。
 この瞬間、マザリーニは帰国を諦め、エドゥアール王が愛し自分自身も愛するトリステインに骨を埋める事を決めた。

「承知はいたしましたが、お聞かせ願いたき事がございます。王妃殿下がは如何なされたのでございましょうか?」

「その事でしたらお答えします。本来ならば、マリアンヌ王妃殿下が政治を引き継ぐことになるのですが、残念ながら、王妃殿下はそれを拒否されました。アンリエッタ姫殿下は幼い為、緊急事態という事で、王太子妃であるわたしが、マクシミリアン王太子殿下が帰国されるまでの間まで政治を治めます。他の皆様も異論はありませんね?」

 そう言ってカトレアは両陣営を見渡した。

『王太子妃殿下に従います』

 と、両陣営の家臣達は表明し、一先ずは抗争は収まった。

「お義姉様かっこいい……」

 側に居たアンリエッタはキラキラした目でカトレアを見た。
 母の拒絶とこの光景が、アンリエッタの王族の本分を目覚めさせたのかもしれない。
 
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