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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第七十一話 エドゥアール王、最後の一日

 この日、エドゥアール王は、クルデンホルフ大公を王宮に招き会談を行っていた。

 会談の内容は、クルデンホルフ大公国からトリステイン王国へ送られる上納金の件と、公女のベアトリスの人質の件の二件だった。

「国王陛下、今までの上納金にさらに上乗せすれば、ベアトリスの人質の件は無かった事すると、そう仰るのでございますね?」

「左様だ、流石に人質はやり過ぎだと私は思っている」

「ありがとうございます! ありがとうございます!! 国王陛下の御慈悲に感謝の言葉のございません。一生の忠誠を誓いまする」

 大公は涙を流して礼を言った。

 先の内乱でクルデンホルフ大公が反乱軍に資金援助を行っていた証拠を、マクシミリアンと諜報部の拷問で得ることが出来たが、エドゥアール王は息子の苛烈なやり方に嫌悪感を持っていた。
 エドゥアール王は大公を赦す事で、更なる上納金と忠誠を誓わせた。

 エドゥアール王は大公には言わなかったが、マクシミリアンはいずれはクルデンホルフ大公国を完全に取り潰して、領土の併呑を狙っていた事を感じ取っていた。
 だがエドゥアール王は、大公にいらぬ懸念を与えない様に、その事は言わなかった。

 クルデンホルフ大公国はトリステイン、ガリア、ゲルマニアがそれぞれ自国の領土を主張する、アルデラ地方、ロレーヌ地方に隣接していて、三ヶ国の火薬庫とも言える地方だっただけに、エドゥアール王はクルデンホルフ大公国に一種の中立地帯としての価値を見出していた。

 ……

 会談後、軽く昼食を取ったエドゥアール王は執務室で秘書であり、政策ブレーンであり、友人のマザリーニと会っていた。

「陛下、先月の収支の報告書でございます」

「分かった。目を通しておこう。所でマザリーニ」

「何でございましょうか陛下」

「近々、ロマリアに帰るそうだな」

「はい、トリステイン経済も順調で、後進の者たちも次々と育っておりますので、頃合いと思いまして……」

「君ほどの人材を手放すのは惜しい所だが、自分が決めた事なら仕方が無い」

「申し訳ございません」

「私としては、マクシミリアンの相談役になって欲しかったのだが」

「私ごときが王太子殿下の足元に及びません」

「いや……な、私は心配なのだ。マクシミリアンは幼少の頃から手の掛からない、いや……『手の掛からなすぎる』子供だった」

「……」

「そんな、出来すぎなわが子に大して教えを施さなかったが、最近マクシミリアンのやり方に不安を覚えるようになった」

「不安……と仰いますと?」

「マクシミリアンは、やる事が苛烈すぎる所がある。昨年の新世界での戦争の事だが、勝ったから良いものの一言相談して欲しかった」

 エドゥアール王はマクシミリアンの事を、トリステインの発展の為に若くして尽くしてくれた事に、文句のつけようも無い自慢の息子だと思っている。
 だが、トリステインの発展の為には手段を選ばないその苛烈さが、いつの日か災いの種になるのではないかと心配していた。

「マクシミリアンはまだ若い。若さに任せて進み続ければ、何時か足元を掬われるかも知れない」

「お言葉ですが陛下、王太子殿下子飼いの家臣団は優秀な人材ばかりです。彼らが王太子殿下を支えてくれるでしょう」

「それは違うぞマザリーニ。たしかに彼らは優秀だが、マクシミリアンが本気で強く押せば、結局はイエスマンとなってしまうだろう。命を賭して諌言する様な者はいない」

「……」

「私は、マクシミリアンとカトレアの夫婦喧嘩の事を耳にしたのだが、何でもカトレアは一切休まずにトリステイン発展の為に仕事を続けるマクシミリアンに『ガーゴイルの様だ』と言ったそうだ。私はハッとしたよ、滅私奉公もここまで行けば異常だ。あの子には遊ばせる時間が必要だった……」

 エドゥアール王は目を瞑った。

『全速力で走り続けた結果、全身が擦り切れて命数を使い切ってしまうのでは?』

 と不安に駆られた。

「む、すまないな引き止めるような事を喋ってしまった」

 正気に返ったエドゥアール王は、ジッと待ち続けるマザリーニに謝った。

「いえ……私はこれで失礼いたします」

「そうか……トリステインを発つのはいつ頃か?」

「一週間後を予定しております」

「分かった。マザリーニの未来に幸多からん事を願っている」

「ありがとうございます」

 そう言ってマザリーニは頭を下げ、執務室を出て行った。

 椅子に深く腰掛けたエドゥアール王は、ため息を吐いて天井を見上げると、再び書類に目をやった。

 書類には、新世界からの品々が各国で付加価値を与え、トリステイン王国はかつて無いほどの黒字を出したことが書かれていた。
 新世界からもたらされた物は、大流行しているショコラを始め、バニラといった香料や、タバコなどの嗜好品。唐辛子などの香辛料など等、数えだしたらキリが無い。
 マクシミリアンは、それら新しい品々のハルゲギニアへの供給を抑える事で付加価値を与えて値を釣り上げ、巨万の富をトリステインにもたらす事に成功した。

 だが、エドゥアール王の機嫌は良くない。

「ううむ。上手く行き過ぎている」

 慎重なエドゥアール王は、この結果に眉をひそめた。
 マクシミリアンの手腕には口を挟む余地は無いが、ここ最近、成功の裏で『成金』と呼ばれる者達がかつてのトリステイン貴族の様に、市民に対し無体を行うようになり、エドゥアール王の治世に一抹の不安を与えるようになった。

「学の無い成金が、各地で問題を起こす、か」

 報告書を閉じ、目頭を指で摘む。

 かなり集中していたらしく、太陽は西に傾きかけていた。

「う!?」

 突如、頭痛に襲われたエドゥアール王は、机の引き出しから頭痛の秘薬を取り出しそれを呷った。
 秘薬の効果はすぐに現れ頭痛は治まった。ここ数年、持病の頭痛に悩まされるエドゥアール王は、秘薬を手放すことが出来なかった。

「ふう、収まった」

 頭痛が去り、エドゥアール王は思考を再開し、別の書類を手に取った。

 報告書には、彼ら成金の起こした事件が書かれていて、書類の男は一時は収監されたが、保釈金を払ったその足で、繁華街に繰り出し再び問題を起こした事が書かれていた
 彼らは、『成金貴族』、または単純に『成金』とあだ名され、一般市民にすこぶる嫌われていた。

 トリステインの大成功の裏で、別の歪みが生まれつつある事を報告書を呼んだエドゥアール王は懸念した。

「マクシミリアンが言っていたように、平民に初等教育を施す機関を作ろうか……」

 マクシミリアンが本来提示した初等教育制度は、より平民から多くの人材を得るために、初等教育を施すのが当初の目的だったが、エドゥアール王は悪知恵が働く成金達に平民達が対抗できるように、平民に教育を施そうという方向へシフトしようと考えていた。

「しかし、ロマリア教国が黙ってみているはずも無い。何か手を考えないと……」

 エドゥアール王はロマリア教への対策を練ろうと思考に入ると、エドゥアール王の脳内で何かが弾けた。

「う!」

 どういう訳か頭の中に靄が掛かったようになり思考できない。

「おえあ(これは)……?」

 思考が回らなくなったエドゥアール王は、次に呂律(ろれつ)が回らなくなり、助けを呼ぼうと席を立とうするが、今度は身体が動かなくなると、インク瓶をぶちまけて机の上に倒れこみ動かなくなった。

 数分後、家臣の一人が報告書を持って執務室に入り、倒れたエドゥアール王を発見したときには、エドゥアール王の息は無かった。

 
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