魔法少女リリカルなのはStrikerS 前衛の守護者
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第五十八話 居候
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行方不明のアスカの捜索が行われている中、フォワードメンバーは寮の休憩室に集まっていた。
なのはとの話を終えたティアナが、遅れて休憩室に入る。
皆、一様に表情が暗い。
特にエリオとキャロは、黙って俯いたまま顔を上げようとはしない。
機動六課に来てからすぐに、二人はアスカと仲良くなった。
アスカはエリオとキャロの兄貴代わりになろうと、二人を可愛がっていた。
そして、エリオとキャロもそんなアスカが大好きだった。
なのに、今回の事故でアスカが行方不明になってしまった。
そして、その捜索をする事ができないもどかしさが二人を苦しめていた。
「……ねえ、みんな。ちょっと聞いて欲しいんだけど」
重苦しい空気の中、ティアナが話し始めた。
「みんながアスカを探したいのは分かるよ。アタシだって、今すぐにでも飛び出したい。でも、そんな事をしたら、ガジェットが出てきた時に誰も対応できなくなっちゃう……てのは、言わなくても分かってるのよね」
エリオとキャロは、歳の割に聞き分けが良い。
だから、現状がどういう事になっているのかは充分に理解している。
だが、頭では分かっていても心では納得ができていない。だから二人は苦しんでいる。
「あのさ、もっとシャーリーさんやアルトさん、ルキノさんを頼ろうよ」
「「「え……?」」」
その言葉に、エリオ、キャロ、スバルがティアナを見る。
「それだけじゃない。八神部隊長、グリフィス副部隊長、なのはさん、フェイトさん、ヴィータ副隊長、シグナム副隊長。もっともっと頼っていいんだと思うよ?」
ティアナは静かに話を進める。
「正直に言って、フォワードの中で一番何もできないのはアスカよね?」
ティアナが言った途端、エリオが弾かれたように声を上げた。
「そんな事はありません!アスカさんは不器用だったかもしれませんけど、何でもしてくれました!私生活でも、任務でも!」
「そうです!だから私とエリオ君は仲良くなれたし、みんなとも打ち解ける事ができたんです!」
キャロも立ち上がってティアナに抗議する。
「それでも、アスカが一番フォワードの中で何もできない位置にいた。だから、アスカは人に頼った。信じられる人に」
ティアナは、エリオとキャロの抗議を受けても話を続けた。
「アスカは、戦闘で攻撃力が足りなければ、頼れる仲間にそれを任せた。デバイス調整が自分でできないなら、シャーリーさんに任せる。こんな感じでアスカは、素直に人に頼っていた」
そこでティアナは一旦言葉を切る。
エリオを、キャロを、スバルを見つめる。
「何でも一人でやろうとしたら、アタシみたいに大きな失敗をする。みんなに迷惑を掛けて、心配される事になっちゃう。そんな事をしたら、多分……ううん、絶対アスカに怒られちゃうわ」
そして、ティアナは優しく微笑んだ。
「だから、今は六課の仲間を頼って、アタシ達の出番がきたら、その時一生懸命がんばろ?」
「「……」」
エリオとキャロはお互いに顔を合わせて、そして考えた。ティアナの言葉を。
ティアナに諫められていなければ、きっと自分達で動いていたかもしれないとエリオとキャロは思った。
今は誰かに頼るべきなのかも、と思い直す。
若干ではあるが、エリオとキャロにあったもどかしさの影が薄れた。
「……そうですね。今はロングアーチが一番頑張ってくれているし、ボクはみんなを信じます」
「私も、アスカさんに怒られるのはイヤですから」
心配であるのには変わりはない。だが、エリオとキャロは少しは前向きに考えられるようになったようだ。
(本当に強くて良い子達……エリオとキャロを悲しませたら、許さないわよ、アスカ……)
魔法少女リリカルなのは 前衛の守護者、始まります。
遠見市 某マンション
アスカは両脇をフェイトとアルフに抱えられて高速で移動させられた。
そして、フェイト達が住んでいるマンションに到着した時には、グッタリとしていた。
「だ、大丈夫?」
フェイトが目を回しているアスカをのぞき込む。
「え、えぇ……まあ」
アスカはフラフラしながら立ち上がった。あんまり大丈夫ではないようだ。
普段はエリアルダッシュやソニックムーブでの魔法移動を使っているが、それは陸戦に限っての事だ。
完全に空を飛んでいる状態での高速移動の経験がなかったので、酔った感じになってしまっている。
「中に入って休むといいよ」
フェイトが中に招き入れる。
(何と言うか……結構いい所に住んでんだな)
フェイトとアルフが住む部屋を見て、アスカはそう思った。
ジュエルシードを集める為の仮の宿にしては、立派すぎる家だと思ったのだ。
「ナナシ、アンタ服が濡れてたろ?洗濯してやるから脱ぎな」
「高速移動でスッカリ脱水されましたよ!」
アルフの言葉にすかさずアスカがツッコミを入れる。
「あ、でも代えの服がないね。バルディッシュ」
《Yes,sir》
「え?な、何を?」
待機状態のバルディッシュから光が出て、アスカの身体をスキャンする。
すぐにアスカの身体のサイズがバルディッシュに記録された。
「ここには、男の人が着れる服が無いから、これから買ってくるね」
そう、アスカは今は訓練着姿だ。
こんな格好では当然の如く一文無し。はっきり言って、受けられる好意は遠慮なく受けられる状態なのだ。
「……すみません」
「いいよ、気にしないで。次元漂流は大変な事だからね。アルフ、行くよ」
「まったく、フェイトはお人好しだよ」
ブツブツ文句を言うアルフを連れて、フェイトは出かけていった。
「ふぅ」
一人残され、大きく息をはくアスカ。
『さて、これからどうするかねぇ?』
アスカは念話でラピッドガーディアンに話しかける。
『なるべく、今の印象を変えた方が良いでしょう。未来にどのような影響が出るか、予測がつきませんから』
その答えを聞いたアスカは、自分の長い髪に触れた。
思えば子供の頃、次元漂流した時から伸ばしていた髪だった。
「……7年間、あんまりいじってなかったんだけどな」
アスカはそう呟き、部屋の中を物色し始める。そして、台所で目的の物を見つけだした。
「……仕方ねぇよなぁ……」
アスカは見つけだしたハサミを手に取ると、それを自分の髪に当てた。
「願掛け……って訳でもないけど、未来に影響がありませんように」
そう言って、アスカは自らの髪にハサミを入れた。
フェイトとアルフは、少年の着替えを数着買い込んで帰宅した。
お金はフェイトが出すが、実際の買い物はアルフがした。
さすがに、9歳の少女が16歳の少年の下着も含めた衣服を買うのには抵抗があったらしい。
「優しいのはフェイトの良い所だけどさ、あんな訳の分からないヤツをウチに入れて良いのかい?」
アルフはまだナナシと名乗った少年を家に招いた事を良しと思っていなかった。
「そんな事を言っちゃダメだよ、アルフ。あの人は次元漂流して、誰も頼れる人がいないんだから」
文句を言うアルフを、フェイトは窘める。
「そりゃそうだけどさ……」
まだ不満いっぱいのアルフは、ブツブツと文句を言いながら玄関を開けた。
「あ、お帰りなさい」
先程の少年が自分達を招き入れて……
「誰だい、アンタ!」
そこにはザンバラな髪をした少年がいた。
「ア……ナナシですよ!助けてもらった!」
危なく名前を言いそうになったアスカは、慌てて言い直した。
「台所にあったハサミを借りて、髪を切ったんですよ。うざかったし」
そう言い訳するアスカを、アルフは訝しげに見る。
「なんか本当に怪しいねぇ……」
完全に疑惑の目でアスカを見るアルフ。
だが、フェイトがアルフの手を取って左右に首を振ると、渋々ながらもそれ以上は追求しようとはしなかった。
「いきなり髪を切っちゃって、ちょっと驚いたちゃっただけだから。気にしないでね」
その場を取り繕いつつ、フェイトは購入してきたばかりの衣服をアスカに渡した。
「何か、色々すみません」
どうしようもない事とは言え、アスカは迷惑を掛ける事になる事を気にする。
「ううん。ジュエルシードを渡してもらったし、全然」
9歳の少女に似つかわしくない、儚い微笑みを浮かべるフェイト。
アスカはそこで初めて気づいた。
目の前の少女は確かに美しい。
だが、未来のフェイトにある輝きが、少女のフェイトには見られないのだ。
流れるような金色の髪に、ぬけるように白い肌。整った顔立ちには未来の姿とダブる所もあるが……
(痩せている……肌の色も白くて綺麗だけど、どちらかと言えば病的な白さだ)
アスカの印象では、少女のフェイトはどこか疲れているイメージがある。
「お腹空いているよね。準備するから、シャワーを使って着替えてきてね」
フェイトに進められるがままに、アスカは風呂場に向かった。
「……」
何か釈然としない物を感じながら、アスカは脱衣所で服を脱いだ。
そして風呂場に入り、シャワーのコックを捻った。
暖かいシャワーがアスカの身体を包み込む。
「ふう」
シャワーを浴びて、アスカは人心地ついた。
だが、少しも落ち着かなかった。
『ラピ、お前はどう思う。今のハラオウン隊長……いや、”フェイト”さんを』
アスカは、今までは”ハラオウン隊長”と言っていたのを、”フェイトさん”と言い直した。
僅かなボロも出さないように、細心の注意を払おうと意識し始めたのだ。
『情報が少なすぎるので何とも言えませんが、健康状態に関して言えば、あまり好ましい状況ではないと思います』
『同感だ。ジュエルシードを集める目的も分からないし、これから高町隊長も絡んでくるとなると、ややこしくなるな』
この先で出会うであろう人達の事を考えると、アスカは暗澹たる気分にbなる。
未来のフェイト達を知っているだけに、どう対応していいのかアスカには分からないのだ。
とりあえず、シャワーでよく暖まって風呂場を出た。
身体を拭いて、渡された服を手に取るアスカ。
(……9歳でこのカラーコーディネイトか。渋いな)
黒色に偏った服に袖を通すアスカ。
ザンバラな髪と相まって、なんとなく出来損ないのホストのようにも見える。
(未来のハラオウン……じゃなかった。フェイトさんも黒が好きだったけど、子供の頃から好みの色だったのか……下着も黒、ね(^^;) )
ふと、9歳のフェイトの下着も黒なのか?と、いらん事を考えてしまうアスカ。
(……似合うだけに反応に困るな……(-.-; )
その時、台所の方から甲高い音が聞こえてきた。
チーン
「……え?」
それが一回程度なら気にも掛けなかったのだろうが……
チーン、チーン、チーン……
明らかにレンジでチンしている音だ。一定の間隔で連続で聞こえてくる。
「……マジですか?」
一抹の不安を覚え、アスカはキッチンをのぞき込む。
そこで見た事とは……アスカの不安が現実となった物だった。
フェイトとアルフが、レンジで暖めたレトルト食品をテーブルに運んでいたのだ。
「準備できたよ。さあ、座って」
着替えてきたアスカに、フェイトがイスを進める。
「は、はあ……」
アスカは進められるままにイスに座る。そのアスカの前に、レトルトカレーが置かれた。
「どうぞ。遠慮なく食べてね」
「は、はい。いただきます」
色々思うところがあるが、アスカはカレーを口に運んだ。
(レトルト食品が悪いって訳じゃないけど、いつもこんなの食べているのか?)
テーブルの上には、それぞれ暖めたレトルト食品と、水の入ったコップがあるだけだった。
しかも、フェイトは2、3口食べただけで、
「ごちそうさま」
食事を終わらせてしまった。
「え?もういいんですか?」
痩せ気味のフェイトが、大して食事をしない事に心配になるアスカ。
「うん。私は小食だから」
フェイトはそう答えるが、アスカはそれをそのまま信じる事ができない。
いくらなんでも小食すぎる。
アルフも、何か言いたげにフェイトを見つめている。
「……いつも、こんな食事をしているんですか?」
アスカは手早くカレーをかき込みながらフェイトに尋ねた。
「そうだよ。早くて、手間がかからないからね。できるだけ時間をジュエルシード集めに使いたいんだ」
「でも、もっとしっかりとした食事をしないと、いざって時に力がでませんよ?」
カレーを平らげたアスカの言葉に、アルフも乗っかる。
「そうだよ、フェイト。こればっかりはコイツの言う通りさ。あんまり食べないし、休みもしないんだから。身体が参っちゃうよ」
無理をするフェイトを悲しそうな目でアルフは訴える。
「大丈夫だよ、アルフ。私は強いから」
どこか冗談めいて言うフェイトだが、その細身では説得力がない。
「つまり、ジュエルシードの捜索に時間を割きたいから食事は簡単に済ませたい、と言う事ですか?」
「うん」
フェイトがコクンと頷いた。
「じゃあ、オレがそこらへんの事をやりますよ。家事とか」
「え?」
アスカがそんな事を言い出す物だから、フェイトは大いに戸惑った。
「居候させてもらう訳だし、それくらいはやりますよ。食材だって集めてきますから」
「いいよ、そんなに気を使わないで……集める?」
ふと気にかかる言い方に反応するフェイト。
それと同時に、湖で少年と弱肉強食の攻防を繰り広げていた哀れなカエルを思い出す。
「働かぬ者、食うべからずです。では早速食料調達に……」
(この人、絶対に買い物しないつもりだ!)
別の意味で身の危険を感じたフェイトが慌て出す。
「ナ、ナナシ!じゃあお買い物に行ってきて!はい、お金!」
フェイトは半ば強引にアスカに現金を渡した。
「え……大丈夫ですよ?お金無くても」
「(やっぱり!!)お店で買える物でお願いね!拾ってきたり取ってきたりしちゃダメだよ?」
どこまで冗談なのか、それとも全部本気なのか分からない少年にフェイトは念を押す。
「分かりました……じゃあ、散歩がてら、ちょっと行ってきます」
アスカはそう言って、部屋を出ていった。
「……大丈夫だよね?」
フェイトは、最後まで不安を払う事ができなかった。
アスカside
マンションを出たオレは、とりあえず人通りの多い所に出てスーパーを探す事にした。
買い出しをするのは勿論の事なんだけど、少しハラオ……フェイトさんと距離を置いて冷静になりたかったってのが本音だ。
やりにくいと言うか……あの人達とどう接すればいいか、まるで分からない。下手な事も言えないし、どうすりゃいいんだ?
ラピのメモリー内にPT事件の詳細ってあったかな?
『ラピ、ジュエルシード事件、もしくはPT事件の記録って取ってあったか?』
高町隊長とハラ……フェイトさんが出会った切っ掛けの事件。
それを調べれば対応ができるかもと望みを掛ける。が、
『マスターが、あまり過去の事に突っ込むと良くないと言って、調べていませんが?』
そうでしたー……忘れてましたー……
『その時のオレをブン殴ってやりてぇ……』
備えあれば憂いなし。この言葉が身にしみるね。
予備知識無しで事件に巻き込まれるの?そう考えただけでゲンナリする。
『悩んでいても仕方がありません。やれる事をやりましょう』
『そうだな……とりあえずは、買い出しか』
やれやれ。この先どうなる事やら……
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一通りの買い物を済ませたアスカは、マンションへと戻った。
部屋に入ると、フェイトもアルフもいない。
「またジュエルシード集めか?」
買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら、アスカは呟いた。
そして、なぜフェイトが必死になってジュエルシードを集めるのかを考えた。
ふと、アルフが言っていた事を思い出す。
(あまり食べてないし、休みもしないんだから)
食事する時間や、寝る間も惜しんでジュエルシードを必要とするのか?
『なんであんなに切羽詰まってジュエルシードを集めるんだろうな?』
管理局員でもないフェイトが、どうしてあそこまでジュエルシードを追い求めるのか、アスカには理解できない。
『よほど必要な物、と言う事でしょうね。ただ、それがハラオウン隊長が必要としているのか、それとも別の人物が必要としているのかで内容が変わってきますね』
別の人物……ラピの言葉に、アスカが頭の中で思い浮かべたのは、フェイトの母、大魔導師、プレシア・テスタロッサだった。
資料の写真で見ただけだったが、印象には残っていた。
(……非常に良いオッパイしてたもんな~)
意外と余裕のあるアスカであった。
時計の針が10時を指す頃になって、フェイト達は帰ってきた。
「お帰りなさい。随分遅かったですね」
落胆したようなフェイトを、アスカは迎え入れた。どうやら、成果はなかったようだ。
「うん……また後で行ってみるよ」
フェイトはまだ諦めてはいない。少し休んで、また出るつもりでいる。
「何言ってんだい、フェイト!もう休まないとダメだよ!」
主の無茶に、アルフが声を上げた。
今日出会ったばかりのアスカにも、フェイトがどれだけ無理をしているのか、アルフの心配する姿を見れば用意に想像がつく。
「まあ、お風呂にでも入ってリラックスしてくださいよ。その間にご飯用意しておきますから」
アスカは二人に風呂を勧める、
「うん……じゃあ、お願いね」
「……覗くんじゃないよ!」
疲れた表情のフェイトを連れて、アルフはアスカに釘を刺してからバスルームに向かった。
「……そんな命の無駄遣いはしませんよ」
肩を竦めて、アスカは台所に立つ。
『ところで、マスターは料理ができるのですか?』
ラピが素朴な疑問を投げかける。今までアスカが料理をした所を見た事がないからだ。
『099部隊にいた時は、野営が多かったからよく作ってたよ。大雑把なメシだったけどな』
アスカはそう言って、買ってきた鳥のモモ肉を適当な大きさに切り、ボウルに入れた調味料で下味をつける。
「まあ、熱を通せば大概の物は食えるよ」
『いや、ちゃんと調理しないとダメですよ!?』
不安を隠せないラピッドガーディアンであった。
フェイト達が風呂から上がって髪を乾かしている頃、ちょうどアスカの料理ができあがった。
「ゴハンできてますよ。みんなで食べましょう」
アスカは炊いたゴハンを茶碗によそった。
アスカが作ったメニューは、鳥の唐揚げとザックリ切ったキャベツ。それと味噌汁だった。
シンプルなメニューにアルフが文句をつける。
「なんだい、こりゃ?もっとマシなモン作れなかったのかい?」
「アルフ、失礼だよ。せっかく作ってくれたのに」
フェイトが諫めるが、それでも不満いっぱいのアルフ。
「見栄えも悪いし、食べて大丈夫なんだろうね?」
アルフは警戒するようにアスカを見る。
「アルフさん。料理は愛情と言います。食べるときに優しい気持ちで食べてください」
「こっちが愛情込めるんかい!」
アスカの言い分にアルフがすかさずツッコミを入れる。
そんな漫才を気にもかけず、フェイトは箸を手にした。
「じゃあ、いただきます」
ヒョイと唐揚げを摘んで口に運ぶ。
「あ、フェイト!」
アルフが止める間もなく、フェイトは唐揚げを食べた。そして……
「……おいしい!」
驚いたようにフェイトが目を丸くする。
「え?こんなのがかい?」
アルフは半信半疑で唐揚げを摘み、恐る恐る食べてみる。
「あれ?うまい?!」
本当に美味しかったので、アルフもビックリした。
「よかった……」
唐揚げが好評だったので、アスカはホッと胸をなで下ろした。
アスカが言っていた通り、繊細な料理は殆どできないが、シンプルで大雑把な料理はソコソコできるようだ。
「いや、本当に旨いよ、ナナシ!あんた結構やるね!」
先程まで警戒心いっぱいのアルフがパクパクと食べ始める。
「ちゃんと野菜もダメですよ。はい、キャベツ」
アスカが切って洗っただけのキャベツを差し出すが、アルフはイヤイヤと首を振る。
そんな様子を、微笑みながら見ているフェイト。
フェイトは少しずつ食べていたが……
「ごちそうさま……ゴメンね、残しちゃった」
半分も食べれなかった。
「いいですよ、無理に食べなくても。でも、もうちょっと食べないと、大きくなれませんよ」
アスカはそう言って、フェイトが残した料理を引き寄せて、残り物を食べ始めた。
「え!?そ、それ私が残した……」
フェイトは、自分が残した物を食べる少年に驚いた。
「もったいないですからね、別に汚くないですし。オレ、育ちが良くないんですよ」
おどけて答えるアスカに、フェイトは別の意味で目を丸くする。
フェイトは今まで、それほど多くの人と交流してきた訳ではない。
その数少ない出会った人達の中に、少年のようなタイプはいなかった。
次元漂流をしてきて深刻に悩んでいるかと思えば、アッケラカンとしている。年下である自分に敬語を使っているけど、かと言って堅苦しくない。
フェイトは、突然現れたこの少年に、少しだけ興味を持ち始めていた。
「さあ、今日はもう休んでください」
アルフと二人で料理を片づけたアスカは、フェイトを寝かせようとした。
「ううん。もう少しジュエルシードを探してみるよ」
フェイトは首を横に振り、窓の外を見た。
「フェイト……」
言っても無駄だと、アルフは分かっている。だが、フェイトの無茶を何とか止めたいと思っていた。
「……じゃあ、ちょっとだけ待ってください」
何を思ったのか、アスカは冷蔵庫からミルクを取り出してカップに注ぎ、それをレンジに入れて暖めた。
「さすがに、オレのメシだけじゃ栄養のバランスが悪いんでね」
そう言って、アスカはホットミルクとバナナを一本、フェイトに出した。
「バナナとミルクを飲んで、そして30分だけ横になって休んでください。そうしてくれたら、オレは止めません」
「?うん。分かった」
少年の意図が分からないフェイトだったが、言われたとおりにバナナを食べ、ミルクを飲んだ。そして、ソファーに横になる。
すると、5分も経たずに寝息をたてて眠ってしまった。
それを唖然と見ていたアルフがアスカに突っかかる。
「おい!フェイトに何をした!」
こんなにアッサリと眠ってしまったので、アルフはこの少年が何か良からぬ事をしたのではないかと思ったのだ。
「静かに。せっかくフェイトさんが寝入ったんですから、このまま朝まで休んでもらいましょう」
アスカはシーッと口元に人差し指を当てる。
「アタシが聞いているのはそんな事じゃ……」
さらに声を荒げようとするアルフだったが、疲れ切って眠っているフェイトの顔を見ると、それ以上は何も言えなくなってしまった。
「……ベッドに寝かせてくるよ。その後で、ちゃんと話を聞かせてもらうよ」
低い声でアスカに言い、アルフはフェイトを抱き上げた。
そして、起こさないように注意しながらロフトに上がって行った。
フェイトをベッドに寝かせたアルフは、すぐに戻ってきてアスカに詰め寄る。
「さあ、喋ってもらうよ。フェイトに何をした?」
アスカを睨みつけるアルフ。だが、アスカはその視線を涼しげに受け止める。
「落ち着いてください、コーヒーでも飲みますか?」
「ナナシ……」
アスカのふざけた態度に、アルフが剣呑とした空気を出す。
「もちろん、ちゃんと説明しますよ」
アスカは自分用にインスタントコーヒーを淹れ、一口飲んだ。
「じゃあタネ明かしです。元々フェイトさんは疲れていた。これは分かるでしょう?」
アスカの言葉に、アルフは睨みながら頷く。
「そして風呂に入ってリラックスした。これで結構眠くなる筈です。そしてメシ。腹が膨らめば、瞼が緩むのは自然の摂理です」
「そうかもしれないけど、フェイトに限っちゃその程度で眠る筈がない。フェイトはすごい頑固なんだから」
「でしょうね。だから、味噌汁とバナナとミルクを使ったんです」
「なに?」
アスカの言っている意味が分からず、アルフが聞き返す。
「味噌と牛乳にはメラトニンっていう眠くなるホルモンを分泌させる成分がタップリ含まれてるんです。バナナにはマグネシウムやカリウム……まあ、緊張している筋肉をリラックスさせる効果があるんです。疲れ切った身体にそれらの物を食べて、横になればグッスリって算段ですよ」
アスカの説明を聞いても、アルフには良く理解できなかった。だが、
「……自然に眠くなるようにし向けた、って事かい?」
「まあ、そうですね」
シンプルに理解したようだ。
「クスリとかは使ってません。安心してください」
アスカはジッとアルフの目を見つめる。アルフも、アスカの目を見返した。
「……ウソを言っている目じゃないね。いいさ、信じよう」
アルフはそう言って視線を外した。
「オレも聞きたい事があります、アルフさん」
「ジュエルシードを集めている理由ならダメだよ。アンタには関係のない事だ」
アルフに先読みされ、アスカは口を噤んだ。
「先に言っておくよ。アタシはアンタを信用してない。もしフェイトに悪さするようなら、遠慮なく噛みつくからね」
鋭い犬歯を覗かせ、アルフはアスカを威嚇した。
「……肝に銘じておきますよ」
ピリピリとした空気の中、アスカは努めて平静を装った。
「……アタシも寝るよ。アンタも、もう寝な」
アスカに背を向けて、アルフはロフトに歩いて行った。
(まあ、アルフさんの反応は当たり前だよな。そう簡単に信用される訳がない。名前も言えないのに……ハラオウン……フェイトさんがお人好しなだけなんだよな)
頭では理解しているつもりだが、やはり信用されないと言うのは寂しい気分になってしまう。
仕方がないとは分かっているが、中々割り切る事は難しかった。
「…………ああ、そうだ、ナナシ」
ロフトにつながる梯子に手をかけたアルフが振り返った。
「はい?」
なんだろうとアルフを見るアスカ。
「その……ゴハン、旨かったよ。明日から、頼んだよ」
それだけ言って、アルフはそそくさとロフトに上がって行った。
一瞬、キョトンとしたアスカだった。
それがアルフの感謝の言葉だと分かると、嬉しそうに笑みをこぼした。
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