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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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G編
  第77話:種は蒔かれた

 
前書き
どうも、黒井です。

今回は遂にグレムリンがメインキャラに接触します。

さてその相手とは………… 

 
 颯人と共に学際を見て回り、程よく疲れた奏は人気の少ない場所のベンチに腰掛けていた。颯人は現在、そんな疲れた奏に飲み物を買って来ようとこの場を離れている。
 魔法で出せば……と思わなくも無かったが、あれは既にある物を引っ張り出す魔法であって無から有を生み出す魔法ではない。当然飲み物のストックが切れていれば、新しく買わなければならないのだ。

 そんな訳で颯人は奏をこの場に残し、自分は何処か近くで飲み物を買う為奏の傍を離れていた。最初は奏も一緒について行こうとしたのだが、この程度なら1人で十分と颯人が断固として譲らなかったのだ。大方疲れているだろう奏を気遣っての事だろう。
 彼からの厚意を奏は素直に受け取り、この場でこうして大人しく待っていた。

 暫く待っていた奏だったが、颯人はなかなか戻ってこない。恐らく持ち運べる飲み物を売っている所が少し混んでいるのだろう。奏は気長に待つ事にした。
 しかし2人でいる時はそうでもなかったが、1人になると途端に嫌な事を考えてしまう。

 今奏が考えているのは、これまで颯人にどれだけの負担を掛けていたか、だ。

 先日の廃病院への襲撃の後、医務室に運ばれた颯人は半日ほど眠り続けていた。了子が言うには、奏から請け負ったバックファイアがかなりの負担となったらしい。
 改めて奏は彼に対して申し訳ない気持ちで一杯になり、彼が目を覚ました瞬間物凄い勢いで謝った。

 それに対し颯人は、何てことはないと笑顔で返した。曰く、奏がどうにかなる方が自分にとっては辛かったからこれで良かった、と。

 しかしそれは、奏にとって逆に辛い事であった。自分の所為で颯人は寿命を縮めているかもしれないのだ。あれから暫く、奏は颯人から離れる事が不安で仕方なかった。
 今は流石にあの時ほどではないが、それでもこうして長く颯人が傍に居ない状況が続くと不安が押し寄せてくる。

 もし今この瞬間、自分が掛けた負担の所為で颯人の身に何か起こっていたら?

 そこまで考えて、奏は流石にマイナス思考が過ぎると悪い予想を鼻で笑った。

「――――いやいや、流石にいい加減考え過ぎだって。了子さんも颯人はもう大丈夫だって言ってくれてたし、何よりあいつがそう簡単にくたばるかってんだ」

 奏は誰にともなくそう呟いた。それは誰かではなく、自分に対して言い聞かせた言葉である事は明白であった。事実、奏の顔は笑みを浮かべてはいるが、しかし心の憂いは隠しきれていないのが誰の目にも明らかであった。翼なんかが今の奏の顔を見たら、物凄い勢いで心配するだろう。

 これではいけないと奏は自分の頬を叩いて気合を入れ直し、溜め息を一つ付いて再び大人しく颯人が戻るのを待ち始めた。

 その時、彼女に背後から声を掛ける者が。

「ハロー!」
「うわッ!?」

 突然後ろから声を掛けられ、奏は飛び上がるほど驚き思わず立ち上がって声の主を見た。

「君、天羽 奏でしょ? 僕君のファンなんだ~! こうして会えて光栄だよ!」

 そこに居たのは自分や颯人に年が近いだろう青年、ソラであった。ソラは子供をあやす様に――或いは相手を煽るように――満面の笑みで顔の高さに上げた両手を軽く振っている。

 最初こそ完全に油断していた為驚いた奏ではあったが、少し落ち着いてくると冷静に相手が出来るようになってきた。
 たまに居るのだ。有名人である自分に対し、こうして変な距離感で近付いてくる者が。
 翼は真面目に応対してしまうが、颯人との事もあり奏はこの手の輩のあしらい方を理解していた。

「はぁ……そいつはどうも。それで? 握手かサインでも欲しいのかい?」

 こういう輩には淡白な接し方で十分だ。ヘタに愛想を振り撒くと面倒な事になるが、応対事態を拒絶するとそれこそ面倒な事になりかねない。無視し過ぎず、だが決して近づけ過ぎない絶妙な距離感が望ましかった。

 その経験に従って奏は自分を支持してくれるファンを一見大事にしているように、しかしそれでいてプライベートを邪魔されて少し不機嫌に見えなくも無いような感じに接した。決して高嶺の花には見せず、適度な人間臭さを感じさせるのがこの手の輩に対する応対の肝だ。

 しかし――――――

「ん~、いいや。僕そう言うのには興味ないから」

 ソラはそう言ってさらに奏に近付いた。今までとは違う反応を見せるソラに、奏は少し後退る。

「それよりもさぁ、ちょっと僕とお話ししようよ。特に君の大事な人……魔法使いの颯人について」
「ッ!? お前――!?」

 事もあろうにソラは颯人の名を出すどころか、彼が魔法使いであるとまで言い放った。
 言うまでも無いが颯人が魔法使いである事を知っているのは、二課や政府の関係者だけである。

 それ以外で彼が魔法使いである事を知っている者など、考え得る限りジェネシスしかいない。

「お前、ジェネシスの魔法使いか!?」

 奏はソラから距離を取りながら、ギアペンダントに手を伸ばした。対するソラは、指輪すらせず全くの自然体で構えていた。
 まるで戦う素振りを見せないソラに、奏は逆に不気味なものを感じ彼と一定の距離を保った。

「一体何の用だ? 態々1人でアタシの前に出てくるだなんて……」
「今言ったばかりじゃないか、お話したいんだよ。明星 颯人について、君とね」

 まるで掴み所のない雲の様に奏の前で右に左にと動き回るソラ。まるで颯人の様な奴だと奏は感じてしまった。だが彼とソラで決定的に違うのは、ソラからは得体の知れない不気味さしか感じないと言う所である。

「何だ? 颯人の弱点でも知りたいってのか?」

 もう少し待てば颯人が戻ってくると、奏はこの場を時間稼ぎに費やす事を選択した。冷静に考えたら、ここでギアを纏って戦うのは悪手でしかない。何も知らぬ一般人を巻き込む事になるし、奏がシンフォギア装者である事を何も知らない者達にバラす事にもなってしまう。

 奏は探るようにソラに問い掛け、相手の反応を待った。

「別に~? 僕は彼を倒す事に興味は無いしね~」
「えっ!?」

 次の瞬間、それの声が左耳の直ぐ傍で響いた。驚き奏が声の聞こえた方を見ると、そこには今の今まで奏の目の前に居た筈のソラが奏の左肩の顎を乗せていた。超ドアップで映るソラの顔に、奏は言い様の無い危機感を抱き距離を取ろうとした。
 が、それよりも前にソラが背後から奏に抱き着き、彼女が離れるのを阻止した。

 ソラの体が密着すると、奏は全身に鳥肌が立つのを感じ激しく暴れた。

「よ、止せッ!? 離れろ、このッ!?」

 暴れてソラを引き離そうとする奏だったが、次に耳元で呟かれた彼の言葉に思わず動きを止めた。

「そんな事よりさ~、悠長に構えてて良いの? このままだと死ぬよ、彼」
「――――――え?」

 颯人に対する明確な死の宣告に、奏は背中に冷水を流し込まれた様な感覚に陥った。奏が最も危惧していた颯人の死の可能性をされて、再び奏の脳裏に嫌な予感が浮かぶ。

「で、デタラメ言うなッ!? 何を証拠にそんな事を……」
「デタラメじゃないよ。君も見ただろ? ユウゴがファントムになる瞬間を」

 最初ユウゴと言うのが誰なのか分からなかったが、奏が知る限りファントムになった魔法使いはヒュドラしか居ないので、ヒュドラの事を言っているのだろうという事を理解した。
 だがそんな事はどうでもいい。ヒュドラの本名が何だろうと今の奏には関係なかった。重要なのは、颯人がファントムになる可能性があるとソラが告げた点にある。

「た、確かにアタシもヒュドラがファントムになる瞬間は見たよ。でも颯人はそうそうなるもんじゃないって――――」
「それは普通の魔法使いの場合だよ。北上 透なら確かにファントムになっちゃう可能性は低いかもしれないけどさ~、颯人の場合は勝手が違うじゃない?」
「勝手が、違うって――?」
「心当たり…………無い?」

 奏は全身の血の気が引くのを感じた。ソラは暗にこう言っているのだ。

 颯人は奏の負担を請け負っている事で、ファントムへと変異する可能性を秘めてしまっている…………と。

「心身共に健康で才能に溢れていれば確かに大丈夫かもしれないけどさ、颯人は器の方がどんどん傷付いてる」

「そんな人間が内側の魔力を成長させていけば、最終的に器が壊れて中の魔力が外に出るのは当然じゃないか」

「その結果ファントムが生まれるんだよ。明星 颯人は絶望せずとも死に、そして代わりに彼の魔力から出来たファントムが世に生まれる事になる」

 ソラの口から語られる最悪のシナリオに、奏は全身を震え上がらせた。大丈夫だと、問題ないと思っていた颯人がよりにもよって自分の所為で死への階段を上っていた事を知り、恐ろしくなったのだ。

 しかし頭の一部はまだ冷静さを残してくれていた。ソラは敵であり、この言葉も自分を欺く為のデタラメであると断じていた。

「そ、そんなデタラメに騙されると思ってるのか? 知ってるんだぞ、お前らがそう言う口八丁手八丁でこっちを揺さぶってくる様な奴らだってのは」

 そうだ、現にメデューサがそうだったではないか。彼女の場合騙そうとした訳では無く、颯人に誤魔化されたのを信じて誤情報を告げただけではあったがそれでも口先で奏達を揺さぶろうとした。
 今度もきっとそうだと、そうであってくれと言う希望も交えてソラの言葉を嘘と思った。思いたかった。

 それに対して、ソラはクスクスと笑いながら奏から離れる。

「ンフフフフフッ! まぁそう思いたいならそれでもいいよ。それで取り返しのつかない事になっても僕は知らないけど」

 気付けばソラは奏の目の前に居た。既に拘束されていないので彼から距離を取ろうとした奏だったが、何故か足が動かない。

「でもま、どうしても不安になったら僕の事頼ってよ。何時でも力になってあげるよ」

 ソラはそう言って《《指輪を嵌めた手で》》奏の額を突き、そして踵を返してその場を離れて行った。

 後に残された奏は、その背を見送る事もしなかった。まるで魂が抜けたかのように放心してその場に佇んでいた。

――颯人が、死ぬ…………颯人が、アタシの所為で……――

 最悪のシナリオが、今まで以上に明確なビジョンとなって奏の脳裏を何度も過る。その度に奏の心は悲鳴を上げ、震えが止まらない。

「颯人……颯人――!?」

「どうした、奏?」
「ッ!?」

 出し抜けに背後から颯人の声が響いた。弾かれるようにそちらを見ると、そこには何処かの出し物だろうミックスジュースの紙コップを持った颯人が不思議そうに奏の事を見ていた。

 颯人は振り返った奏の顔を見て直ぐに彼女が何かを不安に感じている事を見抜き、慌てた様子で彼女に近付いた。

「おい、奏どうした? 何かあったのk――」

 颯人が言い終わる前に、奏が颯人に抱き着いた。衝撃で颯人が持つジュースが零れそうになるが、颯人がギリギリのところでバランスを取りジュースは一滴も零れる事は無かった。

「奏――?」

 明らかに何時もと様子の違う奏に、颯人が静かに声を掛ける。
 すると奏は、震える声で颯人に問い掛けた。

「なぁ、颯人? 体は、何とも無いよな?」
「え?」
「どこか調子悪かったりしないか? 気分は大丈夫か? 何か、何時もと違う、変だと感じる事は無いか?」
「待て待て落ち着け。一体どうしたんだ?」

 矢継ぎ早に問いを投げ掛ける奏に、颯人は彼女をベンチに誘導して座らせながら宥めた。今の奏は明らかに彼女らしくない。

「ほれ、とりあえずこれでも飲んで落ち着けって」
「あぁ……」
「…………それで? 一体何があったんだ?」

 ベンチに座り、颯人が持ってきたジュースを口にして少し落ち着きを取り戻した奏に、颯人が改めて何があったのかを問い掛ける。
 奏は先程ソラと出会った事などを話し、颯人の死の可能性について話そうとした。

 しかし、いざ話そうとするとソラの事が口から出なかった。誰かと出会った事は覚えているが、その相手がソラであるという事がどうしても思い出せなかったのだ。まるで記憶に靄が掛った様に、ソラとの会話の記憶が朧気で口から出てこない。

「え……っと、あれ? アタシ、何が――――?」
「どうした? 大丈夫か?」
「わ、分かんない。分かんないけど、すっごく不安になったのだけは覚えてる。颯人が居なくなるんじゃないかって……死ぬんじゃないかって、怖くて、それで――――」

 気付けば奏は自分で自分の体を抱きしめていた。そうでもしなければ、不安に押し潰されてどうにかなってしまいそうだったのだ。

 そんな彼女を、颯人は優しく抱きしめた。勿論周りに誰も居ない事を確かめ、認識阻害の魔法を使用した上で、だ。

「大丈夫だって。一体何があったのかは知らねえけど、そんなに不安がるなよ。俺まで不安になっちまう」
「颯人……」
「それでもどうしても不安で仕方ねえってんなら、今から奏に元気が出る魔法を掛けてやろうと思うんだが……どうする?」
「元気が出る魔法?」
「あぁ。俺が奏だけに使う、奏にしか効かない魔法だ」

 そう言って颯人は奏の顎に手を当てクイッと持ち上げる。それだけで奏は颯人が何をしようとしているのかに気付き、ハッとした顔になった。
 奏は顎を持ち上げられて僅かに逡巡を見せたが、次の瞬間には彼がしようとしている事を受け入れるように目を瞑った。

 颯人は奏が目を瞑ったのを見て、柔らかな笑みを浮かべるとそっと顔を近付け、その唇に優しくキスをしたのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第77話でした。

グレムリンが奏に接触です。敵キャラがヒロインに接触を図ってくる作品って良いですよねって事で、標的が奏になりました。

本作のグレムリンですが、結構不気味なキャラとして描く予定です。颯人とはまた違った方向で掴み所の無いキャラクター、ある意味で颯人のアンチテーゼ的キャラを目指していこうと思っています。

執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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