魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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G編
第76話:ベッドの上の彼女
前書き
どうも、黒井です。
今回は前回と打って変わってF.I.S.側のお留守番組の話になります。
皆さん大好きだろう、あのキャラも登場しますよ。
二課の装者達が魔法使いと共にリディアン女学院の学際を楽しんでいる頃――――
新たな潜伏先に隠されたエアキャリア内で、ナスターシャ教授がウェル博士による治療を必要としていた。彼女は病に侵された身、先日ソーサラーによって魔法で体力を回復させられはしたが、それでは根本的な解決にはならず適切な処置は必要不可欠であった。
フィーネと言う組織において、それが出来るのは生化学者でもあるウェル博士にしかできない事である。故に、ナスターシャ教授はこうして体調に不備があったらその都度彼からの治療を受けていたのだ。
それに対し、ウェル博士は心底億劫と言う表情をしていた。
「全く、こんな時に役に立たないオバハンは……」
愚痴るウェル博士をマリアが睨み、ソーサラーがそれを宥めつつウェル博士の肩を掴む。ウェル博士が己の肩を掴むソーサラーに目を向けると、彼は何も言わず静かに頷いた。
言葉は無かったがそこに込められた思いを察し、ウェル博士は溜め息を吐きながら肩を竦める。
「はいはい、分かってますって。ナスターシャ教授の治療でしょう? 手は抜かないから安心してください」
ウェル博士の答えに満足したのか、ソーサラーは彼の肩から手を離しマリアに頷き掛ける。2人のやり取りにマリアは、ならばいいと言わんばかりに溜め息を吐きそっぽを向いた。
正直に言って、ウェルと言う男は信用出来るかと言われたら難しいと言わざるを得ない。この男は己の願望を叶える為ならどんな事にも手を染める奴だ。それこそ昨日までの仲間を平気で裏切る事も辞さない。現に彼は元々自分が所属していたF.I.S.を裏切っている。そこには当然彼とある程度は親しかった人物も居た筈だが、彼は自分が英雄になるという目的の為にそれらを切り捨てている。
そんな彼を信用しろと言うのは難しい話かもしれない。
だが同時に彼がプライドの高い人物である事も承知の上であった。それは科学者としてのものであり、それに自ら泥を塗るような真似は彼自身許さないだろう事も理解出来ていた。
だからナスターシャ教授の治療に関しては、マリアも心配してはいなかった。少なくとも治療と称して彼女を殺めるような事はしないだろう。
「さて、それでは僕は失礼しますよ」
話は終わったと見てか、ウェル博士は医務室へと向かう。
彼の背を見送ったマリアは、ソーサラーをその場に残して無言で別の部屋へと入っていった。
その部屋はエアキャリア内の他の部屋に比べて、少し雰囲気が違っていた。他の部屋がロクな娯楽も無い殺風景なものであるのに対し、その部屋は最低限ながら本や絵が飾られ室内の人物が少しでも快適に過ごせるようになっていた。
マリアが部屋に入ると、部屋のベッドに寝ていた女性が身を起こし彼女に笑いかける。
女性はマリアに負けず劣らず美しい容姿をしていた。髪色こそ違うが、体付きから何までマリアにも劣っていない。年の頃はマリアより少し年下だろうか。
「あ、マリア姉さん――!」
「セレナ、気分はどう?」
「うん、私は大丈夫。マリア姉さんやマム達は?」
女性の名前はセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。マリアの実の妹であり、F.I.S.の装者の1人である。…………過去の話ではあるが。
セレナは6年前、マリア達がF.I.S.の施設に居た頃、ネフィリムの最初の起動実験に立ち会っていた。その目的は、起動したネフィリムが暴走した時のストッパーである。
6年前のネフィリム起動実験にて、ネフィリムは暴走し施設は崩壊。セレナは絶唱を用いる事で何とかネフィリムを押さえる事に成功したが、その代償に絶唱のバックファイアによる後遺症でベッドから殆ど動けない体となってしまった。なまじっかまだ幼い少女に、絶唱の負担は大き過ぎたのである。
一歩間違えればセレナはそのまま施設の崩壊に巻き込まれ、命を落としていただろう。
だがそこに現れたのが、1人の魔法使いであった。
今でもあの時の事はハッキリと覚えている。燃え盛る施設の崩落に巻き込まれそうになった時、光と共に現れた魔法使いは炎と瓦礫からセレナを守りマリアに託した。
本当ならお礼を言いたかったところだが、残念ながらそれは叶わなかった。魔法使いはセレナを助けた直後、左胸に紫色のコアの様な部位を持つ左右非対称の白い怪人に襲われそのまま戦いながら燃え盛る施設の中へと消えていったからだ。
あの時の魔法使いは一体誰だったのか? 今となっては見当もつかない。魔法使いはあの時何も語らず、言葉を交わす間もなく別れてしまった。
出来る事ならもう一度会って、改めて感謝したい所なのだが…………。
「マリア姉さん?」
突然黙り込んだマリアに、セレナが首を傾げて問い掛けてくる。マリアは慌てて手を振り、考えを振り払うと笑みを浮かべてそれに応えた。
「ん、何かしら?」
「何か悩み事? 急に黙っちゃったから……」
「大した事じゃないわ、気にしないで」
そう言うとマリアは立ち上がり、セレナの頭を一撫でして部屋を出た。ここに来たのはセレナの見舞い目的であり、それを果たした以上ここに居続けてはいけない。少しでもトレーニングをしようと、シミュレータールームへと向かった。
「それじゃ、ね。セレナ。また来るわ」
「うん、待ってる」
笑顔で手を振ってくるセレナに笑みを返し、マリアはセレナの部屋を出た。
セレナの部屋を出た瞬間、マリアの表情が曇った。
(セレナ……ゴメンなさい。本当だったらあなたには、こんな所じゃなくてもっと穏やかな所に居て欲しいのに……)
お世辞にもこのエアキャリア内は快適とは言い難い空間だ。絶唱の後遺症でベッドから出られないセレナに、ここでの生活は負担が大きいだろう。
だが彼女を残していくという選択肢は出来なかった。米国が彼女を人質に取るかもしれないし、何よりもマリア自身がセレナと離れたくなかったからだ。
唯一の血縁であるセレナの存在が、今のマリアの心の拠り所となっているのである。
妹であり最早戦える体ではない、有り体に言ってしまえば庇護されるべき存在に縋る。マリアはそこに己の弱さを自覚し、そして6年前に身の危険を冒してまでマリア達を守ったセレナの強さと自分を比較して心に影を落としていた。
(あの時、セレナは危険を顧みず1人で皆を守ってみせた。あの魔法使いが来てくれなかったら、今頃…………。それに対して、私は強くなれるの? あの子のみたいに皆を守れるように…………)
考えがどんどんネガティブな方向へと流れていく。これではまずいと、マリアは首を振って迷いを振り払い、自分にこれではいけないと言い聞かせた。
「駄目ね、余計な事を考えてる場合じゃないわ。少しでも強くなる為、この槍を振るわなきゃ……」
***
マリアがシミュレーターで訓練を開始した頃、セレナの部屋を訪れる者が居た。ソーサラーだ。
彼が部屋に入ると、セレナはマリアに向けたのと同じかそれ以上の笑みを彼に向けた。
「あ! ソーサラーさん!」
彼の訪問にセレナが嬉しそうな声を上げると、彼は手を軽く上げ応え、次いで魔法でセレナの為の食事を用意した。
日がな一日を寝たきりで過ごさざるを得ないセレナにとって、数少ない楽しみの一つである。
〈コネクト、ナーウ〉
ベッドテーブルの上に広がる食事に、セレナが目を輝かせた。
「わぁ! 今日も美味しそう! 何時もありがとうございます、ソーサラーさん!」
笑顔で感謝してくるセレナに、ソーサラーは無言で頷く。仮面で顔は見えない筈だが、その下の素顔は笑みを浮かべているのがセレナには分かった。
笑みを浮かべながら、セレナはベッドテーブルの上に並べられた料理を見た。そこに広がるのは、彼女と彼女の姉であるマリアにも馴染みのある故郷の料理ばかり。
ボルシチ(実は発祥はウクライナ)にピロシキ(ロシア料理だがウクライナでもポピュラー)、それに甘いジュースの様なウズヴァール。
出来立ての温かな料理の湯気と香りが弱った体の食欲を呼び覚まし、生きる気力を奮い立たせる。
早速セレナはスプーンを手に取り、ボルシチを掬い口に運んだ。野菜の甘みや旨味が凝縮したスープに、セレナの体が喜びスプーンを掬う手が止まらない。
「美味しい……美味しいです!」
世辞でも何でもなくそう告げるセレナに、ソーサラーも心なしか嬉しそうに小さく息を吐く。
「本当に美味しい……この味、子供の頃にも食べた事のある味です」
それは単純に故郷で何度も口にしたという意味ではない。
マリアとセレナの幼少期はその多くをF.I.S.の施設、通称『白い孤児院』で過ごした。2人の様にシンフォギア適性があり、同時にフィーネの魂の器となり得る憑代候補者を集めた施設だ。
そこにはセレナ達の様な少女は勿論、少年も集められていた。本来なら女性しか扱えないシンフォギアを、男性でも扱えるようにならないかと言う実験も行われていたのだ。
料理を綺麗に平らげ、食後にと出された紅茶を飲んだところでセレナはふと思い出した。
その施設に、マリアやセレナと親しかった少年が1人居た。少年は2人と同じウクライナ出身で、故郷を懐かしむ2人の為にナスターシャ教授に頼み込んで食材を用意し故郷の料理を再現しそれを2人や、他の施設の子供達にも振舞っていた。
厳しくも子供達に対して慈悲の心を持ち合わせていたナスターシャ教授は、彼の気持ちを汲み出来る限りで食材などを用意し調理設備を使わせてくれたのだ。
少年は何でも元々親が料理人だったとかで、子供の頃から親の料理を真似て自分でも簡単なものから作っていたらしい。
飽く迄実験体である少年にあまり好き放題させる事は出来なかったらしく、彼が料理の腕を振舞ってくれた回数は決して多くは無かった。だがその少ない回数の中で、彼の料理からはセレナ達を満足させようと言う熱い情熱を感じた。
そしてそれは、今も感じていた。そう、今し方平らげた料理からだ。単純な郷愁だけでなく、子供の頃に感じた情熱の味と近いものをセレナは感じたのだ。
「ソーサラーさん……貴方は――――」
セレナが何かを訊ねる前に、ソーサラーは食器を片付けると彼女の頭を優しく撫で口を噤ませた。彼女が口を閉じたのを見て、ソーサラーは踵を返し部屋から出ていく。その歩く速度は心なしか入って来たよりも早い。
「あ、待って――」
引き留めるもソーサラーは振り返りもせず部屋から出て行ってしまった。セレナは彼の背に向けて伸ばした手をゆっくり下ろし、先程彼が撫でた部分に手を当てた。魔法使いとしての鎧越しだが、そこからは確かな温かさを感じた。
その温かさを思い出し、そしてその少年の事を思い出し、セレナは嘗て自分達と親しかったその少年の名を口にした。
「ガルド、君……」
***
セレナの部屋を出たソーサラーは、エアキャリア内を1人歩いていた。差し当たって目指すはキッチンだ。先程片付けた食器を洗わなければならない。
しかしその足取りは部屋を出た時に比べると遅い。気のせいか、肩も落ちているように見える。
「ハロー!」
そんな彼に、突然声を掛ける者が居た。グレムリンことソラだ。一体何処から現れたのか、彼は横合いからソーサラーを覗き込むように顔を出し、陽気に――しかし何処か煽るように――笑いかけていた。
彼の登場に、ソーサラーはあからさまに不機嫌そうな溜め息を吐くと歩く速度を速めた。その後ろ姿からは、彼の相手をしたくないといった雰囲気が手に取るように分かる。
ソラもそれに気付きつつ、否、気付いているからこそ更に接近しソーサラーに話し掛けた。肩に腕まで置いて。
「ひっどいなぁ~、何も無視する事ないじゃないか~? “僕に対しては”君は喋っても良いんだから、返事の1つは返してくれても良いんじゃない?」
何処か芝居がかったその仕草に、ソーサラーは煩わしいとでも言うように肩を振ってソラの腕を振り払った。
そのまま彼を無視して先を進むソーサラーだったが、次に彼が放った一言でソーサラーは歩みを止めた。
「もしかして~、彼女と話す事が出来なかった事がそんなに不満? でもしょうがないじゃ~ん、君とはそう言う契約なんだから~」
ソラの言葉にソーサラーは足を止める。それを見てソラはにんまりと厭らしい笑みを浮かべ言葉を続けた。
「彼女を守れるようにって、君に力をあげたのは僕らのボスのワイズマンじゃないか。その部下である僕が、君に文句を言われる筋合いはないと思うけどな~?」
何も言い返せないのか、ソーサラーは俯き拳を握り締める。怒りを抑える彼の姿を、ソラは心底楽しそうに笑って見ていた。
ソーサラーは一度振り返り、自分を笑っているソラを見た。堅く握りしめた拳は今にもソラに殴り掛かりそうに震えていたが、ソーサラーはそれを堪えるように勢いよく踵を返しその場を離れて行った。
去って行くソーサラーを今度は追うような事はせず、笑みと共に見送るソラ。彼の後姿が見えなくなると、ソラは我慢ならないとでも言うようにその場で笑い転げた。
「あっはははははははははっ! ひゃははははははははははっ!!」
誰も居ないエアキャリアの廊下に、ソラの哄笑が響き渡る。彼は一頻り笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭いながら立ち上がった。
「あ~ぁ、面白かった……。さて、それは次は……あっちに行こうかな!」
〈テレポート、ナーウ〉
ソラはウキウキした様子で呟きながら、魔法でその場を転移する。
転移した彼の視界に広がるのは、大勢の人々が行き交う学び舎…………そう、学際真っただ中のリディアン女学院であった。
学院が見渡せるビルの屋上に降り立った彼は、何かを……或いは誰かを探すように見渡し、そして目当ての人物を見つけたのか口元に笑みを浮かべるとその場から跳び下りるのであった。
後書き
と言う訳で第76話でした。
はい、本作ではセレナは生きております。別に治療の為にコールドスリープされたりもしていないので、姿はAnotherセレナ状態です。
ただしベッドの上で寝たきり状態ですがね。XDUのシナリオではネフィリムの暴走を止めた後も何だかんだで装者やってるのでここら辺は賛否両論あるでしょうが、流石に幼い体で絶唱の負担は大きすぎるだろうという事でこうなりました。
執筆の糧となりますので、感想や評価の方宜しくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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