SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第一章 ~再会と出会い~
その八
早朝、六時前。朝の日課を終え、家に戻った二人を玲亜が迎える。
「あら、今朝はもう終わり? 少し早いようだけど」
おはよう、の挨拶に続いて言うと柳哉も、
「ああ。今日は初日だし、早めに切り上げた」
挨拶をしつつ返す。
「お母さん、朝食の用意をしてくれたんですか?」
やはり挨拶をしつつ玲亜に聞いたのは菫だ。
「ええ。少し早く目が覚めたものだから」
水守家で朝食を担当するのは基本的に柳哉か菫だ。別に玲亜が料理が苦手という訳ではなく、仕事の都合上、家にいる時間が不定なせいだ。
「それではシャワーを浴びるのは後にしますね」
そのまま食卓につく。三人揃って食事ができる機会は前述の理由から少ないため、三人とも大切にしていた。
* * * * * *
朝食後、菫の後にシャワーを浴びて出るとストレリチア女学院中等部の制服に身を包んだ菫と鉢合わせる。
「もう行くのか」
「はい、桜さんが迎えに来てくださいましたから」
それを聞いて玄関に向かう。
「おはよう、桜。ありがとな、わざわざ来てもらって」
「あ、柳ちゃん。おはよう」
別に気にすることないよ、と微笑む桜。
「それではお母さん、兄さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。桜ちゃん、菫をお願いね」
いつの間にやら玲亜も玄関に来ていたようだ。
「はい。ええと……」
「別に、行ってきます、でいいと思うぞ?」
なにやら逡巡した桜に柳哉が言った。
「うん。それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
そんなやりとりの後、桜と菫は学院へ向かった。
「さて、俺も準備するかな。母さんは今日は仕事は?」
「今日は昼前からだから少しのんびりしてるわ。それにしても……」
と、玲亜が笑う。いつもの柔らかな笑みではなく、にやり、と形容するしかない笑みだ。
「なんだ、その嫌な予感しかしない笑いは」
「桜ちゃん、可愛くなったわよねぇ」
「確かにな。先に言っとくけど桜は稟のことをずっと思ってるみたいだが?」
一応釘を刺しておく。
「あらら、ならしょうがないわねえ。他にいい娘いないの? 楓ちゃんとか」
「楓は桜と同じだし、他にいなくもないけどな。まあ、みんな稟に行ってるし」
前に会った王女二人を思い出して言う。
「って稟君どれだけモテてるの?」
「さあ?」
確かに稟の現在の境遇は異常としか言いようがない。
「でも……」
「まだ何かあるのか?」
若干面倒になりながら玲亜を見る、しかしそこにあったのは純粋に我が子を心配する母親の顔だった。
「分かってはいるんだけどね。でも……」
「はい、ストップ」
続く言葉を遮る。
「心配してくれるのは嬉しいけどさ、こればかりはそう簡単にはいかない。母さんにもそれは分かるだろ?」
「まあ、ね……」
さて、と柳哉が伸びをする。この話はここまで、ということだろう。
「それじゃ、俺も準備するかな。初日から遅刻なんて黒歴史は残したくないしな」
そう言って柳哉は自室に向かった。
* * * * * *
柳哉が家を出た後、水守家のリビングには玲亜の姿があった。
「草司さん……」
写真に写っている逞しい体躯をした男性に語りかける。三年前に亡くなった彼女の夫、水守草司の写真だ。そのまま、物思いに耽る。
あの事故以来、家族を支えるため必死になっていた。それゆえに気づけなかった。特に柳哉に起きていたことに。“彼女”のおかげで事なきを得たが、もしそうでなかったら、と思うと寒気が走る。
「私は、母親失格かもしれない……」
子供たちの前では決して口に出さない弱音がこぼれた。その時だった。
(何言ってるんだ。最初っから完璧な母親なんかどこにもいやしないぞ? それにお前の想いはちゃんとあいつらに届いてるぞ。何せ俺とお前の子供達なんだからな)
はっとして周囲を見回す。誰もいない。でも、今の声は……。
(そうね、大切なのは“同じ失敗を繰り返さない”ことだものね)
生前、夫がよく言っていた台詞だ。よし、と自分に気合を入れる。気が付けば柳哉が家を出てから一時間近く経っている。私もそろそろ準備をしなくては。
そんな玲亜に写真の中の草司が微笑んだように見えた。
* * * * * *
その日の朝、芙蓉家に珍しい来客があった。
「土見くーん、楓ー、おっはよー」
「麻、麻弓ちゃん!?」
「ど、どうしたんだ麻弓!? もしかして夏休みが終わってしまったショックでどっかおかしくなったか!?」
「……稟……楓……うるさい……」
麻弓が芙蓉家を訪れるのは別に珍しいことではない。昨日も来てたし。問題は時間である。現在、午前七時五十分。ほとんどの場合、学園にはぎりぎりの時間に登校する麻弓がこんな時間に芙蓉家に来るなど前代未聞だ。
「つ・ち・み・くーん。そーんなこと言うとー、次の学校新聞にー、とーんでもない記事が載っちゃうかもよ? “衝撃!! 土見稟の爛れた朝・芙蓉家編”みたいな?」
「完全に捏造じゃねーか!」
「事実にして欲しい?」
そう言う麻弓の背中からはロープのようなものが見え隠れしていた。下手を打てば樹と同じ目に遭う。
「申し訳ございませんでした」
「素直でよろしい」
オチもついたところで楓が口を開く。
「でも、本当にどうしたんですか?」
「ほら、昨日時間がなくて結局ほとんど話聞けなかったじゃない? それで今日は土見くん達と一緒に登校するんじゃないかと思って」
柳哉の事だろう。二人の顔に理解が浮かぶ。要するに学園につくまでに独占取材をするつもりなのだろう。実に麻弓らしいと言える。
とそこへチャイムが鳴った。来たようだ。玄関にいた麻弓がドアを開ける。
「おはよう! そして独占インタビュー! なのですよ!」
「おはよう。で、何事?」
さすがの柳哉も少し引いているようだ。見ればシアとネリネもいる。芙蓉家の前で鉢合わせたのだろう。
「なるほどね。まあ俺は構わないけど」
事情を聞いた柳哉が苦笑しながら答える。
「シアやネリネの時もこんなだったのか?」
「ううん、私達の時は……ほら」
「ええと……その……」
「ああうん、今のでよく分かったから。言わなくていいぞ」
色々と察したようだ。
「それでは、と」
そして麻弓によるインタビューが開始された。
* * * * * *
――誕生日は?
――1月21日
――血液型は?
――O型
――家族構成は?
――母と妹
――趣味は?
――釣り・読書・映画鑑賞・散歩・家事全般・他多数 あと稟いじり
「おいちょっと待て!」
スルー。
「おいぃっ!?」
――好きな食べ物は?
――甘い物 よく以外だって言われる
――嫌いな食べ物は?
――辛い物は苦手 あとは基本的に無い
――好きな女性のタイプは?
――基本的には年上
――巨乳派? 貧乳派?
――特にこだわりは無い
――いわゆるエロ本は何冊持ってますか?
――ノーコメント
――初体k――いい加減にしろ
でこピン。
――痛っ……えーと、今、恋人はいますか?
――……いない
――今の間は?
――もう一発いっとくか?
――ごめんなさい
* * * * * *
「まあこんなところかな」
「もういいか」
「ご協力感謝! なのですよ。でもでこピンはちょっと……」
「当然の報いだろう?」
そんな賑やかな集団に、周囲を彼らと同様に登校中の生徒達の視線が集まる。
「目立ってますね」
ネリネの台詞に柳哉が答える。
「見知らない顔が混じってるからだろうよ」
「それだけじゃないと思いますけど」
「もしかして、土見くん二号?」
「自画自賛っていうのはあんまり好きじゃないけどな、お前達には及ばないがそれでも人目を引く容姿をしている自覚はあるぞ?」
「……違ったみたいッス」
「どういう意味だ? シア」
自覚なしの鈍感男。その名を土見稟。
そんな会話をするうちに学園が見えてきた。何か余計なものと一緒に。
「土見稟!」
「今日こそは!」
「貴様に!」
「制裁を!」
「下さん!」
「何だあれ」
バーベナ学園の校門前、二十人ほどの学生達が終結していた。なんか変なマスクを装着して。
「土見くんに嫉妬する親衛隊の面々なのですよ」
麻弓が答える。
「親衛隊って……シアとネリネのか?」
「楓のもいるけどね。ちなみに非公認」
バーベナ学園には本人非公認の親衛隊が存在する。その中で最も古い歴史を持ち、なおかつ最大の勢力を誇るのが楓ちゃん親衛隊、“KKK”――正式名称“きっときっと楓ちゃん”――である。そして今年の夏、シアとネリネが転入したことによって新たな親衛隊が発足した。それがシアちゃん親衛傭兵団、“SSS”――正式名称“好き好きシアちゃん”とリンちゃん突撃護衛隊“RRR”――正式名称“らんらんリンちゃん”である。というか、護衛隊が突撃していいのだろうか?
「なるほど。それで稟はその三大組織のブラックリストのトップに挙げられている、って訳か」
「そういうこと」
そんな会話を交わしていると、この集団のリーダー格らしい男子生徒が言い放った。
「土見稟! 楓ちゃんはおろかシアちゃん、リンちゃんにまでその魔の手を伸ばした報いを今日こそ受けるがいい! 皆の者、行くぞ!」
『楓ちゃんバンザイ!』
『シアちゃんLOVE!』
『リンちゃんハァハァ』
どうやら混成部隊のようだ。というか明らかにおかしいのが混じっている。呆れる柳哉だが次の瞬間、表情を引き締めた。
「稟様に仇なす者は許しません!」
ネリネだった。その手にはバスケットボール大の魔力球ができている。どうやら彼女は稟の事に関しては沸点が低いようだ。親衛隊の表情に恐怖が浮かぶが、その時だ。
シュウウ、という音と共に魔力球が掻き消えた。
「え?」
ネリネは何が起きたのか、と困惑する。同時に柳哉が自分のすぐ隣に立っていることに気づいた。
「ネリネ」
「え……あ痛っ」
先程麻弓にも食らわせたでこピンを今度はネリネに使用する。痛みを堪えながら柳哉を見た瞬間、痛みを忘れる。そこにあったのは柳哉の恐ろしく真剣な表情だった。
「あ、あの……」
「稟、いつもこうなのか?」
ネリネから視線を外すことなく稟に聞く。
「あ、ああ」
そうか、と頷き口を開く。
「ネリネ、今自分が何をしようとしていたか分かっているのか?」
「……」
返答が無い。
「稟に危害を加えようとする行為に憤るのは分かる。だがな、今の魔力球は相当の破壊力を持っていた。そんなものをこんな所でぶっ放して、ただで済むと思うのか? 下手を打てば死者が出るぞ」
「で、でも……」
今までそんなことは無かった、だから今回も大丈夫、と思っているならそれは大間違いだ。あくまでもそれは結果論に過ぎない。
「お、おい柳「お前は黙ってろ」……」
稟が助け舟を出そうとするがそれを遮る。こればかりは見過ごせない。
「ネリネ、お前はもう少し自分の力を理解しろ。それは容易に人の命を奪える力だ。実際、そこらのチンピラの十人や二十人、あっさり皆殺しにもできる。お前にその意思があるかないかは関係なく。それに……」
――お前は人を殺した手で稟に触れることができるのか?――
柳哉の言葉にはっとなるネリネ。
「わ、私は……」
「理解できたならそれでいい。でこピンの侘びって言うのはなんだが、手本を見せよう」
え、という表情のネリネに笑いかけ、右手の人差し指をぴんと立てると、そこに野球の硬式球大の魔力球が生まれる。先程のネリネのものとは比較にならないぐらい魔力量は少ない。
「女性陣はスカートを押さえておくことを勧める」
そう言って柳哉は右手を親衛隊に向けて軽く振ると、魔力球は呆然としている彼らの中央付近に放物線を描きながら飛んで行った。そして彼らの胸の高さ辺りまで落下した所で柳哉が指を鳴らす。と、同時に二十人あまりの親衛隊は全員が吹き飛んだ。
「あの、今のは……?」
「圧縮した空気を魔力でコーティングしただけ。あとは任意で魔力を散らせば圧縮した空気が開放されて強風が吹く。あんな風に呆然としてるところで食らえばそりゃ吹っ飛びもする」
何でもないように柳哉が言った。女性陣はスカートを、のくだりは風の影響を考えてのことだろう。親衛隊に遮られたため、そよ風程度しか彼女達には感じられなかったが。
「いえ、あの、そうではなくて」
「何で俺が魔法を使えるのかって?」
「はい」
柳哉の外見はどう見ても人族のそれだ。人族はその魔力の少なさ故に魔法が使えない。極稀に魔法が使用可能なくらいの魔力をもつ者もいるが、それでも純粋な神族や魔族のそれには大きく劣るものだ。
「理由はいたって簡単。俺は神族と人族のハーフだからだ」
沈黙。そして数秒後。
「「「「「ええーっ!!!」」」」」
稟達の驚愕に満ちた悲鳴が上がった。
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