SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第一章 ~再会と出会い~
その九
「それで、『善処する』と言った割には初日から問題を起こしてくれた訳だが……」
「申し訳ありませんでした」
頭を下げる。さすがにまずかったか。
「まあ、本来ならここでタイヤ付きグラウンド五十週かウサギ跳び階段三十往復のどちらかを選ばせるところなんだが……」
「が?」
「ネリネの暴走を事前に止めた、という功績もあることだからな。今回は不問とする」
「それはありがたいんですが。そんなに頻繁に起きていたんですか?」
「いや、回数そのものはそう多くはない。ただ被害のほうがな……」
今回は柳哉によって被害は親衛隊のみにとどまっているが、以前のそれはさらに周囲への被害もあったことだろう。柳哉は知らないが一度体育館が消滅している。
「一応ネリネには言い聞かせておきましたが……」
「そうか。良ければ今後ともよろしく頼む」
「……いいんですか?」
「ああ。表立っては言えないが」
柳哉への処分が不問なのもそのあたりにあるのだろう。いわゆる大人の事情、というやつである。
「了解しました」
あの様子ならネリネも今後は自重するだろうが、一応気に掛けておくべきだろう。そう結論して柳哉は答えた。
* * * * * *
「でも柳の奴がまさかなあ……」
「驚きましたよね」
「うん、まさかって感じ」
「この麻弓=タイム、一生の不覚! なのですよ」
教室に向かいながらそんな会話を交わす。柳哉はあの後、詳しい話はまた後で、と言って職員室へ向かっていた。
「あの、リンちゃん? どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
「柳に言われたことか?」
「はい……」
どうやら校門前での事をまだ引きずっているようだ。
「まあ、やってしまった事はもうしょうがない。大切なのは同じ失敗を繰り返さないってことだ」
受け売りだけどな、と笑う稟。
「ありがとうございます、稟様」
そして2-Cの教室前。
「シア、ネリネ、楓、あとついでに麻弓。下がれ」
「ついでに、とはなんなのですか!」
無視して教室の戸を開ける。
「シアちゃん、リンちゃん、楓ちゃん、俺様の胸の中でグッドモーニング!」
「残念、はずれだ」
「稟……俺様の無念の中でバッドモーニング……」
2-C、いつもの朝の風景だった。
* * * * * *
始業式を終え、教室に戻る。柳哉も参加していたはずだが、稟のいる所からは見えなかった。麻弓の席に女子が集まっているのは柳哉の話でもしているのだろう。
「よーし、全員席につけ」
チャイムが鳴り、撫子が教卓の前に立つ。
「もう知ってる奴もいると思うが転入生を紹介する。入って来い」
教室の戸が開き、柳哉が入って来ると同時に女子達から小さな歓声が上がった。
「よし、まずは自己紹介からだ」
はい、と答え黒板に名前を書く。
「水守柳哉といいます。稟と楓の幼馴染で八年前までこの町に住んでいました。まあ、よろしくしてやってください」
軽く頭を下げると、拍手が起きる。それが終わると生徒達の好奇心に満ちた視線が集まる。
「分かった分かった。特に連絡事項は無いからな、ここからは転入生への質問タイムだ」
はあ、と小さくため息をつきながらも空気を読んでそう言う撫子だった。
* * * * * *
そして昼休み。
ちなみにバーベナ学園は始業式の後にも授業がある。
「それで稟ちゃん、彼が噂の転校生?」
昼食を摂るため屋上に上がった稟達を待ち受けていたのは、短い緑の髪に黒のリボンをした上級生、時雨亜沙と長い金髪におっとりとした雰囲気をもつ同じく上級生、カレハの二人だった。
「ええ、そうですけど。もう三年のほうでも噂になってるんですか?」
「そりゃそうよ。なんたって“あの”稟ちゃんと楓の幼馴染なのよ? 噂にならないほうがおかしいじゃない」
「亜沙ちゃん、それだけではないでしょう? 授業中もずっとそわそわしておられましたのに」
「カ、カレハ!」
「照れている亜沙ちゃん、可愛いですわ。まままぁ♪」
スイッチオン。
「なあ稟」
「これもいつも通りだ」
疲れたような声で答える。
気を取り直して自己紹介。
「水守柳哉と言います。よろしくお願いします、先輩方」
「ボクは時雨亜沙。稟ちゃん達とは中学時代からの付き合い。よろしくね」
「カレハと申します。よろしくお願いいたしますわ」
一つ気になる点があったが今は聞かないでおこう。いただきます、と昼食開始。
「で、だ。柳」
「ああ、今朝の事だろ?」
「何の事?」
どうやら亜沙は今朝の騒動は知らないようだ。
「俺が神族と人族のハーフだって事です」
「!」
「まあ、そうなんですか」
稟達が二人に今朝の出来事を話す。その最中、亜沙が若干険しい表情をしていたことに気づいていたのは柳哉だけだった。
「でも、どうして教えてくれなかったんだ?」
稟の疑問はもっともだ。
「出会った当時のこと、覚えてるか?」
「ああ」
忘れてなどいない。当時の柳哉は他人を寄せ付けない雰囲気を持ちながら、どこか寂しげだった。当時はまだ“開門”前。神族や魔族の存在なんてあくまで物語の中だけのものでしかなかった。半分だけとはいえ、神族の血を引き、魔力を持つ柳哉が異端視されるのはごく自然な成り行きと言える。さらに当時の柳哉はまだ幼く、自身の持つ魔力の制御がうまくいかず、一種のポルターガイスト現象を起こすこともあった。実際それが原因で化け物呼ばわりされたからというのが光陽町に転居してきた理由であった。
「別に稟達のことを信用してなかったわけじゃない。でもやっぱり不安はあったからな」
結局話さないまま光陽町を離れることになったわけだ。
「そうか、悪かったな」
「その、すみませんでした」
「何言ってる、謝るのはむしろ俺のほうだって」
と、懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「ん? もしかしてそれは魔法具かい?」
樹が時計を指差す。
「ああ、父さんの形見でもある」
「少し見せていただいてもよろしいですか?」
頷き、ネリネに時計を渡す。
「お父様、亡くなられておられるのですか?」
「ええ、三年前に」
カレハの問いに暗くならないようにと明るめに返す。と、わあ、という歓声が上がる。時計を見ていたシアとネリネだ。どうした、と聞く稟にシアが答える。
「すごいよこの時計」
「はい、これほどの物は魔界にもそんなにありませんよ」
「そんなにすごいのですか?」
麻弓が時計を眺めている。よく見れば意匠こそ若干古めかしいものの、アンティークショップに持って行けば結構な値が付きそうなぐらい凝った作りをしている。
「やらんぞ」
「あはは……」
「目が泳いでるよ、麻弓」
「う、うるさいのですよ」
それはさておき。
「いったい誰の作品なんでしょうか?」
「うん、ちょっと気になるね」
“開門”以来、人界で最も発展した技術の一つが魔法具である。人界に移住してきた神族や魔族の魔法具職人によってその技術が伝えられ、人族の使う魔法“錬金術”の発展にも大きく貢献した。
と、柳哉が苦笑して言った。
「稟や楓はその本人と会ってるんだがな」
「へ?」
「え?」
「俺の父さんだよ」
一拍おいて、
「マジか?」
「本当ですか?」
「事実だ」
「ということはお父さんが神族なの?」
シアの問いに頭を振る柳哉。
「母さんのほうが神族。まあいわゆる“神隠し”で人界に来て、右も左も分からず彷徨ってるところを父さんに保護されたってわけ」
かつて何らかの原因・要因により、異なる世界へ渡ってしまった、あるいはこの世界に渡ってきてしまった人々がいた。それらの現象をこの国の伝承になぞらえて“神隠し”と呼んでいる。柳哉の母、玲亜もまたその一人であった。
「稟や楓は覚えてないか? 母さんのトレードマーク」
「ええと……」
「あの、もしかしてバンダナですか?」
「そ、耳を隠すために」
柳哉の父、草司も驚いただろうが、害は無いと判断したのだろう。当時の玲亜が美少女だったことも関係しているだろうが。ちなみに“玲亜”とは草司の考えた当て字である。
「でもすごいですね。人族の方でこれだけの魔法具を作れるなんて」
ネリネが感心したように言う。やはり魔法に関する知識や技術の面では人族は劣る。その中でもこれだけの魔法具を作れるのは相当な事だ。
「まあ元々父さんは手先の器用な人だったし、母さんからのアドバイスもあったみたいだからな」
実際草司は“開門”前から魔法具らしき物を趣味で自作していたようだ。
「この時計は父さんが俺のためだけに作ってくれた物でな、前は魔法を使う時には欠かせなかった。今は使わなくても制御できるけどな」
そう言って時計をしまう柳哉。
「ねえ柳ちゃん」
「どうしたんですか?」
ずっと黙っていた亜沙が口を開いた。
「小さい頃、魔力制御ってうまくいってなかったんだよね?」
「ええ、そうですね。よく体調を崩して学校を休んでましたし。それで母さんを恨んだこともあります。どうしてこんな体に産んだんだって」
今はそのことを後悔してますが、と苦笑い。
「……っ、魔法が嫌いになったりしなかった?」
「そうですね。結構早い時期から魔力制御の訓練は始めてましたけど、完全にサボってた時期もあります」
「でも今は普通に魔法を使うんだよね?」
「あくまで必要と判断した時だけですけどね」
妙に食いつく亜沙に少し戸惑いながら答える。稟達も戸惑い気味だ。いくら亜沙が魔法嫌いとはいえこれはちょっと、なレベルだ。
「どうして?」
「どうして、とは?」
「嫌ってたんでしょ?」
ふむ、とあごに手をやる柳哉。
「逆に聞きますが、時雨先輩にとって“魔法”とは何ですか?」
「人族であるボクにはいらない物、不必要な物」
即答。どうやら彼女の魔法嫌いは相当のもののようだ。
「柳ちゃんにとっては?」
「あの、亜沙ちゃん?」
声を掛けるカレハだが、
「ごめん、カレハ。ちょっと黙ってて」
と言う亜沙に口をつぐむ。
「俺にとって魔法とは道具ですね」
「道具?」
「ええ、使い方次第でどうにでもなる。それこそ守る力にも、奪う力にもなる物です。そして……」
「そして……?」
「生涯、付き合わなければならない物。たとえ嫌おうが憎もうがこの魔力は消えて無くなったりはしない。なら、逃げずに向き合おう。俺はそんな風に思ってますよ」
「……」
沈黙する亜沙。
「時雨先輩?」
「ううん、何でもない。あと、ボクのことは亜沙でいいよ」
「ええ。わかりました、亜沙先輩。それと……」
言いながらカレハを見る柳哉。続いて亜沙も。そこには心配そうに亜沙を見るカレハがいた。
「ああ、うん。ごめんね、カレハ」
「亜沙ちゃん、もう大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう」
亜沙が感謝を述べるとカレハは笑顔になった。
(過去に魔法がらみで何かあった、あるいは現在進行形で何かある、か)
何やらまた懸案事項の増えた柳哉だった。
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