SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第一章 ~再会と出会い~
その七
八月三十一日。
世間一般では八月の最終日という認識でしかないが、一部の学生達から見れば“夏休みの最終日”という重要な日である。なぜかと言えば……。
「よくぞ集まってくれた戦友たちよ。信じていたぞっ! きっと終わらせていないとっ!」
「当たり前じゃない土見くん! 私達、仲間よ!」
「誰一人、仲間を見捨てるなんてことはないッス!」
ガッチリと固い握手を交わす三人。そこには、少しの迷いもない真実の絆があった。
「まあ、結局は負け犬の集まりなわけだけどね」
芙蓉家ではそんなやり取りがなされていた。要するにいまだ手付かずの夏休みの課題を片付けるために集まったのである。おそらく全国各地で似たような光景を目にすることができるだろう。これもある意味、夏の風物詩といえる。
ピンポーン、というチャイムの音。
「あ、私出ますね」
そう言って楓が玄関に向かう。
「誰か来たの?」
そう聞くのは右目が赤、左目が青というオッドアイと残念なまでの貧乳が特徴の少女、麻弓=タイムだ。ちなみに成績はほぼ常に低空飛行を続けている。一学期の期末試験の結果によって夏休みのほぼ半分を奪われたのは記憶に新しい。
「いや、おそらくネリネだろ」
いくら楓と言えど一人では厳しかろう、と応援を頼んだようだ。
「それは強力な援軍ッス!」
「三人もの美少女に囲まれる一日……夏休みの最後に相応しい、素晴らしい青春の一ページを刻めそうだね」
そんな煩悩丸出しの台詞を口にするのは緑葉樹。『女の遅刻には空より広く、男の遅刻には猫の額の心で挑め』をスローガンとして掲げるほか、『全世界の女性の宝』を自称する、三度の飯より女好きな少年である。そんな彼だが、学園でも最高峰の頭脳を持っているあたり、世の中とは分からないものだ。
「どーせその中には私は入っていないんでしょ?」
「当然」
麻弓の問いに樹が答える。怒りでぷるぷると震えだす麻弓。ちなみに揺れはない。何が?と聞いてはいけない。
外でやれ、とあきれ気味に言う稟に声が掛かった。
「なんというか……予想通りだな」
「柳!?」
振り返った稟の視線の先にいたのは柳哉だった。
「誰?」
「誰なんだい?」
「そういえば二人は初めてだったな。こいつは……」
紹介しようとする稟だがそれを制して口を開く。
「水守柳哉だ。稟と楓の幼馴染で八年前までこの町に住んでた。まあよろしく」
「あ、ええと麻弓=タイムって言います。土見君達とはクラスメイトで……」
「麻弓、どうしたんだい? そんな猫をかぶったような声を出すなんて。気持ち悪いよ?」
どもり、なおかつ丁寧な口調な麻弓に樹が余計な事を言った。
「えびっふりゃー!」
「あ、新しい世界が見えるっ、かもしれないっ!?」
「なあ、なんだこれ?」
「気にするな、いつものことだ」
で、どうしたんだ? と聞く稟。ある程度想像はつくが。
「こうなってるんじゃないかなと思ってな。もっとも、さすがにアレは想像しちゃいなかったが」
そう言う柳哉の視線の先には、どこからともなく取り出されたロープで文字通りエビフライ状態になっている樹とそれを満足そうに眺める麻弓がいた。
「あ、あの……」
柳哉の後ろから聞こえてくる声、ネリネだ。どうやら一緒に来たらしい。正しくは、芙蓉家の前で鉢合わせただけなのだが。
* * * * * *
「まあ、結局予想通りだったわけだ。楓はともかく稟が終わらせてる可能性は低いと見てたし」
「それはともかく、声も掛けてないのに自動的に来るとは、空気の読み過ぎもいいとこだろう」
「いやあ、夏休み最終日といえば恒例だしね。多分あつまってるんじゃないかと思っただけさ」
柳哉と稟の会話に樹も入ってくる。自己紹介は先程済ませた。
「ん、この分なら俺も力になれるだろう」
楓から借りたノートを閉じて柳哉が言った。バーベナ学園の授業の進み具合を確認していたようだ。
「もしかして柳哉くんって頭いい?」
「……シア。ちょっと表出ようか? なに、少し“オハナシ”するだけだ」
「えっ? そうなのですか?」
「お前もか、麻弓」
彼は以前通っていた風芽丘学園高等部では常に上位の成績を修めていた。どうやら授業の難易度や進み具合はほぼ同じ。ならば問題はない。
「あはは……ほら、稟くんの幼馴染だから……」
「いや、分からなくもないが……」
「って分からなくもないのか!?」
稟の反論。しかし、
「言い訳がきく状況か?」
と、課題の山を指す。
「申し訳ございませんでした」
「あ、あの稟様。私もお手伝いしますから」
「そうですよ。がんばりましょう、稟君」
「……二人の優しさが心に染みるよ」
稟のフォローに入る楓とネリネ。
「モテモテだなあ、稟」
「稟、殴っていいかい? 天井を突き破らんばかりに音高く!」
「却下だ!」
* * * * * *
「ところで」
「ん、なんだい柳哉」
「お前達も稟と同じクラスなんだろう? さっき麻弓が言ってたけど」
「ああ、そうだよ。それだけでなく、シアちゃんにリンちゃん、楓ちゃんというバーベナ三大プリンセスが揃う、という素晴らしいクラスだよ。男共はどうでもいいけど」
「正直だねえ」
稟・シア・麻弓の三人がネリネ・柳哉・樹の力を借りて課題を片付けている合間にそんな会話を交わす。ちなみに稟にはネリネ、シアには柳哉、麻弓には樹がサポートについている。この組み合わせに樹はひどく不満をもらしていたが、くじ引きの結果であるためおとなしく従っていた。楓は後ろ髪を引かれながらもプリムラと一緒に昼食の準備中だ。
「新学期からは俺もそこに加わるからな、まあよろしく頼む」
「え? 水守君うちのクラスに入るの?」
「ああ、担任は紅薔薇撫子教諭だろう? 転入手続きの時に聞いた」
「ふむ、それはおかしな話だね。俺様達のクラスにはこの夏、シアちゃんにリンちゃんの二人が転入してきている。この状況でさらに転入生がこのクラスに入るのは不自然というものだね」
「無理を通せば道理が引っ込む。ってことだ」
どういうことだい? という問いに返す。
「要するに権力という奴さ。この町に帰って来たその日に芙蓉家で二世界の王様方と出会ってね、なんか気に入られたらしい」
麻弓と樹が理解する。どうやらあの王様達は娘達のクラスメイトの間でもよく知られているようだ。
「あはは……」
「えっと……すみません」
「謝ることはないって。おかげで皆と同じクラスになれるわけだから。むしろ感謝してるくらいだ」
二世界の王女達の顔に笑顔が浮かんだ。
* * * * * *
「終わったー!!」
「終わったッスー!!」
夕暮れ時、芙蓉家に歓声が響く。
「おめでとうございます、麻弓さん」
「おめでとうございます、シアちゃん」
「やれやれ、俺様への感謝の言葉くらいあってもいいと思うんだけどね。まあ無理か、麻弓だし」
余計なことを言った樹が麻弓のかかと落としを食らっていた。雉も鳴かずば撃たれまいに。
稟はというと二人より一足早く課題を終え、ソファーに突っ伏していた。そんな稟をプリムラがちょんちょん、と突っついている。
「皆さん、夕飯はどうしますか?」
楓が聞く。
「あー、私は今日は家に帰るッス」
「はい、私もです。 せっかくのお誘いですが」
王女二人が返答する。
「楓ちゃんの手料理ならば喜んでいくらでも! って麻弓なにをすっ……」
「はいはい、えびふらいえびふらい。あ、楓。私達も帰るから」
こちらも帰るようだ。若干一名、不服なようだが。
「ん、俺も帰るわ。誘ってくれてありがとな」
芙蓉家の食卓は今夜はいつも通りのようだ。
「それじゃ皆、また新学期に、と言っても明日なんだけどな」
柳哉の言葉を皮切りにそれぞれが家路につく。シアとネリネはすぐ隣に、麻弓も自宅に向けて歩き出す。エビフライ状態の樹を引きずっているのは……見なかったことにしよう。
「騒がしくなりそうだ」
そうつぶやいて、柳哉も家路につく。明日が楽しみだ。
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