SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第一章 ~再会と出会い~
その四
午後三時。
俗に言う“三時のおやつ”の“おやつ”とはこの国の古い時刻表記で言う“昼の八つ”すなわち“八つ時”(午後二時~午後三時)に休憩をし、軽食をとる習慣(江戸時代頃から始まった)からきている。その頃はまだ朝夕の二回しか食事をとらなかった農民達の体力維持のためのものだった。仕事の合間のカロリー補給の意味合いが強く、甘い物や炭水化物が主である。一日三食が一般的になった現代では朝・昼・夕または晩の食事以外の間食全般をさすようになっている。――Wikipediaより抜粋――
そんな薀蓄を披露して、彼は紅茶を口に含んだ。
現在、四人は彼の家の荷物を整理し、そして午後三時になったのを見て休憩しているところだ。ちなみに彼らが飲んでいるのは香り高いダージリンの紅茶――ではなく、コンビニで買ってきたペットボトル入りのもの(冷)を紙コップに注いだだけのものである。この家の家具はほとんどが造りつけであるため、荷物の量はそこまで多くはないとはいえ、率先して力仕事に精を出し、汗をかいていた稟にとっては最高級のワインにも等しいだろうが。
「柳は今日の夕飯はどうするんだ?」
楓に二杯目を注いでもらいながら、(私がやります、と言って聞かなかった)稟が訊ねる。
「まあ俺一人しかいないし、適当に外で済ませようかと思ってるが」
キッチンの整理を優先して行い、ガス・水道も問題なく使えるが(バス・トイレも同様)自分一人なため外食で済ませようとするようだ。その言葉に稟は楓を見ると、彼女は微笑んで頷いた。
「じゃあ今日は芙蓉家で食べないか? まだまだ積もる話もあるしな」
「いいのか?」
「ええ、かまいませんよ。桜ちゃんも一緒にどうですか?」
「うん、それじゃご一緒しようかな」
「それじゃありがたくお呼ばれしようか」
そんな会話を交わした後、四人は再び作業に戻った。
* * * * * *
午後五時を過ぎた。キッチンの整理は終わり、リビング・ダイニングもあらかた終了、後は個人の荷物の整理のみとなったところで四人は作業を切り上げ、芙蓉家に向かっていた。
「稟」
「ん? どうした」
前を歩く楓と桜を見ながら聞く。
「お前、楓と付き合ってるのか?」
「……いや、付き合ってはいない」
「にしては熟年の夫婦みたいなアイコンタクトっぷりだったが?」
休憩の際、彼を夕飯に誘った時のことを言っているのだろう。いくら幼馴染で同居しているとはいえ、見事なまでのツーカーぶり。勘繰られても仕方ないと言える。
「本当に楓とは何もないんだって」
「はいはい、そういうことにしとこう」
「まったく……」
出会ったばかりのあの頃、彼がこのようになるなど一体誰が予想しただろうか? だが稟は知らない、いや気づいていないと言うほうが正しい。彼がこのようになった原因の多くは稟にある、ということを。そしてそのことを彼は深く感謝しているということを。
「稟」
「ん?」
今度はなんだ? と言わんばかりの口調で答えた稟。しかし、彼の口からでたのは稟の予想だにしない言葉だった。
「すまなかったな、大変な時期に近くにいられなくて」
「……何言ってるんだ。親の仕事の都合だろう?」
「それでもだ。何かできることはあっただろうからな」
「……」
「悪いな、嫌なこと思い出させちまったか?」
「いや……そんなことはないさ」
それに、と続ける。
「桜とは手紙の遣り取りしてたんだろ? 自分からは言わないけど、桜も結構きつかっただろうからな」
当時、桜は稟と楓の間で板挟み状態だった。きっとつらい想いをしただろう。彼との手紙の遣り取りが支えになっていた部分もあるだろうことは稟にも察することができた。
「とはいえ、それも俺が一方的に打ち切ったんだけどな」
そう言って苦笑する。稟も楓もそのあたりの事情は今日聞いていたが二人に彼を責めることなどできなかった。肉親を失う悲しみや辛さを、二人ともよく知っているから。
* * * * * *
「しかし、でかい家だな」
彼は芙蓉家の両隣に立つ、片や西洋風の館、片や和風の屋敷を見てそんな声をもらした。
「一体どういう連中が住んでるんだ?」
「まあ、すぐに分かると思うぞ」
「?」
頭に疑問符を浮かべた彼に三人は小さく笑った。
「あれ、鍵が……」
「楓? どうした?」
「鍵が開いてるんです。ちゃんと戸締りしたんですが」
“完璧超人”などとよく呼ばれる楓だが、こと稟が関わることとなるとよくドジをすることで有名だ。しかし、戸締りを忘れるようなミスをすることはまず無い、と言っていい。
「リムちゃんが帰って来たんでしょうか?」
「楓ちゃん、シーッ!」
「リムちゃん?」
「ああ、いや、なんでもないんだ」
「と、とりあえず中に入りましょう」
そしてそこに待っていたのは彼のみならず稟達三人も驚く人物だった。
「み、幹夫おじさん!?」
「お、お父さん!?」
「やあお帰り楓、稟君。それに桜ちゃん、久しぶりだね」
「お、お久しぶりです」
芙蓉幹夫。
楓の父親であり、愛する妻、芙蓉紅葉と学生時代からの親友である土見鉢康・紫苑夫妻――稟の両親――を事故で失った後、里親として稟を引き取った人物である。ちなみに稟と楓の仲を全面的に応援しており、今年の六月半ばに三~四ヶ月間の長期出張に出る際には、『親公認だからがんばるように』という台詞を残している。
「おや? 君は……もしかして柳哉君かい!?」
「はい。お久しぶりです、幹夫さん」
「いや、大きくなったね。見違えるようだ」
「ありがとうございます。でも稟と楓が何か驚いているようですが」
幹夫によると出張先での取引が難航しており、しかも長引きそうなのでやることの無い自分は一時帰宅してきたのだという。連絡しなかったのは稟達を驚かせるためらしい。なんで自分達の周りにはこんな人達ばかりなのかと頭を抱える稟。自分のことを棚に上げている時点で稟も同類だということには気づいていないようだ。
「さあ、上がって。ちょうどお隣さん達も来ているところだよ」
幹夫のまさかの帰宅に動揺していた稟と楓はその言葉の意味に気づいていなかった。
* * * * * *
芙蓉家のリビング。そこには二ヵ月半前からもはや当たり前になってしまった光景が広がっていた。鍛えられたがっしりとした体躯を和風の着流しに包んだ神族の男性と痩身だが鍛えられた肉体を持つ優男風の魔族の男性が杯を酌み交わし、茶色の髪と瞳を持つ神族の少女と蒼い髪に紅い瞳を持つ魔族の少女が苦笑しながらそれを眺め、紫色の髪と瞳を持つ神族らしき少女が無表情でスルメをかじるというシュールな光景。
「よう、稟殿に楓の嬢ちゃん。先に始めてるぜ」
「おや、そこにいるのは確か桜ちゃんと言ったね。稟ちゃんの知り合いには綺麗なお嬢さんが多いねえ。いいことだよ」
「稟くん、カエちゃん、お帰りー。あ、さっちゃんも来たんだ」
「稟様、楓さん、お邪魔しています。桜さんもお久しぶりです」
「……お帰り……いらっしゃい……」
そしてこの場では唯一事情を知らない彼が完全に硬直していた。その視線は男性二人に向いていた。
「お? 見ねえ顔だな」
「うん? 私達の顔に何かついているかな?」
「……すみません。別にお二方を蔑ろにするわけではありませんが……少しだけお待ち頂けますか?」
そう言うと彼は稟の肩をがっしと掴み、
「稟……正直に答えろ……」
「あ、ああ」
以外な反応に動揺気味の稟。
「何故に神界と魔界の最高権力者が芙蓉家に居られるのか説明しろおおおお!」
叫ぶと同時に稟の肩をガクガクと容赦無く揺さぶる。
「ちょっ……まっ……これっ……しゃべっ……!」
さすがにこんな状態では話もできない。精神を落ち着けようと稟の肩を離し、呼吸を整える。
「だ、大丈夫ですか? 稟くん」
「柳ちゃんもちょっとやり過ぎだよ。分からなくもないけど……」
何事かと見守っていた二人の男性が言う。
「ふむ。彼はどうやら私達の事を知っているようだね」
「それに稟殿達とも関係あるみてえだな」
「とりあえず自己紹介といこう」
幹夫の一言でどうにかその場は収まった
* * * * * *
「では改めまして……水守柳哉と言います。稟・楓・桜の幼馴染で八年前までこの町に住んでいました」
「稟ちゃん達の幼馴染だったんだね。私の名はフォーベシィ。ここにいるネリネちゃんの父親で魔王もやっている」
「俺っちはユーストマ。そこにいるシアの父親で神王もやってる。ま、よろしくな!」
「えっと、一応神界の王女でリシアンサスって言います。長いのでシアって呼んでほしいっす」
「魔界の王女でネリネと申します。よろしければリン、とお呼びください」
「……プリムラ……よろしく……」
それぞれに自己紹介を終える。どうやら幹夫は既に自己紹介を終えているようだ。
「しかし、君は我々の事を知っていたのかい」
「おう、それは俺っちも気になってたところだ」
柳哉は答える。
「ええ、先の三世界平和式典の席で遠目からですがご尊顔を拝謁させていただきました」
「そうだったか。てえかおめえさん、そんな堅っ苦しくすんなよ。肩がこっていけねえ」
「そうだね。私達は確かに王ではあるけれど、今はプライベートだからね」
「……了解しました。それでは、ユーストマ殿、フォーベシィ殿とお呼びしても?」
「おう、かまわねえぜ」
「ふむ、なかなか新鮮だね」
柳哉の意思を察したのか承諾する両王。
「えっとそれで……」
残る三人の少女を見て微笑む柳哉。
「俺の事は好きに呼んでもらって構わないから」
「んー、じゃあ柳哉くんって呼ばせてもらうね」
「それでは、柳哉さん、と呼ばせて頂きますね」
「……柳哉……」
とりあえず三人からの呼び名が決まったが……。
「あー、俺は呼び捨てにさせてもらってもいいかな? もちろん嫌ならやめるけど」
どうにもちゃん、とかさん、とか名前の後につけるのは苦手で……あと、同年齢っぽいし。
「あ、構わないよ」
「はい、わたしもです」
「……構わない……」
「あ、あとネリネはフルネームでいいか? 稟と混同しそうだし」
「あ、はい」
「よし。そんじゃ、乾杯といこうぜ!」
「いいね。柳ちゃんは洋酒、日本酒どちらがいいかな」
「いや魔王のおじさん、未成年にアルコールを勧めないでくださいよ!」
至って常識的な事を指摘する稟だが、
「そうですね、今日は日本酒な気分です」
「っておい柳!?」
柳哉の台詞に驚愕し、
「お。柳哉君、いける口かい?」
「幹夫おじさーん!」
幹夫の台詞に絶句し、
「おう、ちょうどいいポン酒があるぜ」
神王の台詞でとどめを刺され、がっくりと膝をつく稟。
「稟君、大丈夫ですか?」
「柳ちゃん、お酒飲めたんだ」
「えっと……どうしましょう」
「あはは、なんか収拾つかなくなりそう……」
「……」
ドン引きするお酒飲めない組だった。(プリムラ除く)
後書き
稟の母親の名前も独自設定です。
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