SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第一章 ~再会と出会い~
その三
「あと二駅か……」
車内のアナウンスを聞きながらつぶやく。もしここに彼の妹がいたならツッコミを入れていることだろう。なぜなら、一駅過ぎるたびに『あと四駅か……』『あと三駅か……』と口にしているのだから。彼も少し緊張しているのだろう。もうすぐ幼馴染と八年ぶりに再会できるのだから。
* * * * * *
八重桜は困っていた。
「いいじゃん。遊びに行こうよ。いい所知ってるんだ」
「人を待ってますから。ごめんなさい」
「えー、君みたいな可愛い子を待たせる奴なんかほっとこうぜ」
いかにもなナンパ男に目を付けられていたためである。
桜の容姿は“十人中九人の男が美少女と判断する”と某セクハラダイナマイツに認定されるほどのものであり、なおかつしっかりとめかし込んでおり、さらに笑顔を浮かべながら駅前に佇んでいたため、周囲の若い男性の目をこれでもかと言わんばかりに惹きつけていた。もっとも今はナンパ男のおかげでその表情は翳っているのだが。
「いいじゃん、行こうよ。ね、おごるからさ」
そう言って桜の手を取ろうとした時、
「やれやれ、こういう奴らって本当にどこにでもいるもんだな。ゴキブリみたいに」
そんな声が響いた。
「だっ誰がゴキブリだっ……」
怒鳴ろうとした男だが振り向くと同時に目に入った少年の冷たい視線を受けて言葉に詰まる。
「ナンパをするのは結構だがな、しつこい男は嫌われるぞ? あと、周囲の視線というものも気にしたほうがいい」
我に返った男が周囲を見回すと、明らかな非難の視線が自分に集まっているのに気づく。いたたまれなくなったのか、
「おぼえてやがれー!」
という台詞とともに走り去っていった。
「もうちょっとオリジナリティのある台詞を考えつかないものかねぇ」
桜は呆然とその少年を見ていた。そんな桜に気づいた彼が振り返り、
「久しぶりだな、桜」
先程のナンパ男に向けていたのとは比べ物にならない笑顔で言った。
「柳ちゃん……」
それ以上の言葉が出ない。まるで八年前に戻ったかのようだ。
「お帰り」
必死に言葉を探し、出てきたのはそれだけだった。
その、短くもたくさんの想いがこめられた言葉に、彼はうれしそうに微笑んだ。
「ただいま」
* * * * * *
「やあ稟ちゃん、ちょうど良かった」
帰宅した稟達を待っていたのは痩身だが鍛えられた肉体をもつ優男風の男性であった。
「魔王のおじさん、どうしたんですか?」
「いやなに、ちょっとプリムラに用があってね。少しつれていきたいんだけどかまわないかい? ああ、心配しなくともちょっとした野暮用でしかないから夕飯までには帰ってこれるよ」
「はあ、わかりました」
「あの、リムちゃんのお昼は……」
「ああ、それも大丈夫。こちらで済ませるから」
そう言って魔王はプリムラとともに芙蓉家を出て行った。
「それじゃ、俺達も昼にするか」
「はい、何にしましょうか」
「うーん、素麺とかでいいんじゃないか?」
「それじゃ、すぐに用意しますね」
* * * * * *
どうせだから何か食べていこう、という提案により駅前のレストランで思い出話に花を咲かせながら食事を摂った後、二人は八重家を訪れていた。
「まあまあ、柳ちゃん大きくなったわねえ」
「お久しぶりです、椿さん」
彼は八重椿――桜の母親――の歓迎を受けていた。
「聞いてはいたけど、草司さん、亡くなったんですってね。大変だったでしょう」
このあたりの事情は桜から聞いていたのだろう。
「ええ、でも母さんも妹もいましたから」
「そう……でも柳ちゃん、本当にいい男になったわねえ。私があと二十年若かったら放っとかないわよ」
「ちょっとお母さん!」
なにやらとんでもない事を言い出す母親に慌てる桜。
「いえ、俺なんかまだまだ子供ですから」
口ではそう言ってもいつまでも子供でいるつもりはさらさら無いが。
彼のそんな内心を感じ取ったのか、椿は目を細めて笑った。
「もっとゆっくりして行けばいいのに」
「いえ、まだ引越しの荷物の片付けとかもありますから。それに稟や楓にも挨拶しに行かないと」
それに今日はまだ彼一人しかこちらに来ていない。やはり正式な挨拶には一家揃っていたほうがいいだろう。そうして彼は桜と共に八重家を出た。
* * * * * *
ピンポーン
「ん……誰だ?」
昼食後、リビングでくつろいでいた稟の耳にチャイムの音が届いた。
「はーい」
「いや、俺が出るよ」
洗い物の途中だった楓を制して玄関に向かう。
「はい、って桜?」
「こんにちは稟君、楓ちゃんは?」
「ああ、今ちょっと……」
「桜ちゃん?」
洗い物を終えた楓が玄関に出てくる。
「実はね……二人ともちょっとこっちにきて」
「なんだ?」
「どうしたんですか?」
サンダルを履き、前庭に出てきた二人。そこに声がかかる。
「よう、久しぶり」
「へ?」
「え?」
そこにいたのは稟とほぼ同じくらいの身長に黒い髪に黒い目、ジーンズに長袖のシャツというこの時期には若干そぐわない格好、そして両手には黒いフィンガーレスグローブをした少年だった。顔立ちは十人中六~七人は美形と判断するくらいには整っており、精悍というよりは綺麗という表現が似合っていた。
「柳……か……?」
「柳君……ですか?」
「八年ぶりだな……元気にしてたか?」
それには答えず、稟は楓と顔を見合わせる。こんな偶然があるものなのだろうか。
「どうしたんだ?」
彼の問いに稟が答える。
「いや、俺も楓も今朝同じ夢を見てな」
「はい、八年前のあの時の夢です」
「え? 二人もなの?」
「ん? も、ってことは桜もか?」
桜が頷く。
「なんだよ、俺だけ仲間外れか?」
「それより、中へどうぞ。積もる話もたくさんありますし」
「いや、悪いけど……」
もうじき引越しの荷物が届く時間だ、という彼に、
「引越してきたんですか?」
「ああ、母さんがこの町に仕事の拠点を置くことになってな」
「連絡ぐらいくれればよかったのに」
「いやまあ、桜には連絡したんだがな。驚かせようと思って」
「そういうところ、変わってないな」
そんな会話の後、稟と楓は引越しの手伝いを申し出た。まあ人手はあったほうがいい、ということで最初から手伝うつもりだった桜に稟と楓を加えた四人で彼とその家族の新居に向かうのだった。
「なあ、柳」
「柳君」
「ん? どうした?」
聞いてきた彼に稟と楓は笑顔で言った。
「お帰り」
「お帰りなさい」
それを聞いた彼も、
「ただいま」
笑顔で答えた。
後書き
桜の母親の名前は独自の設定です。
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