非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第102話『予選⑧』
ゲノムに襲われたかと思ったその瞬間、緋翼の前に驚きの人物が立ち塞がった。
「危機一髪だったみたいだね」
「は、はい。ありがとうございます。助かりました……」
この急展開にまだ脳が追いついていないが、ひとまず助けられたのだと、緋翼は目の前の人物に感謝を述べる。するとその人物は「いいんだ」とニッコリ微笑んだ。
サラサラな金髪のストレートヘアーに、まるで外人のような碧眼、騎士を彷彿とさせる軽装と腰には洋風の剣。それがこの人物、【覇軍】所属のアーサーという男である。
「ギ、ギ──」
「ふむ。どうやら思った以上に頑丈らしい。次は本気で斬らないとマズそうだ」
「え、戦うんですか!? そいつ、たぶん10Pt級ですよ!」
「そうだろうね。僕の勘もそう告げてるよ」
恐らく緋翼に襲いかかる直前、アーサーの攻撃を受けたのだろう。右腕を損傷したゲノムが、酷く不愉快な声を上げていた。
しかし、まだ油断はできない。アーサーまでもが、ゲノムを10Pt級だと認めたのだ。彼がとんでもない実力を持っていることは知っているが、ゲノムだって易々と倒れてくれるようなモブ敵ではない。何せ緋翼は手も足も出なかったのだから。
「……一つ提案なんだが、ここは僕に任せてくれないかな?」
「それって……」
「君の代わりに僕が戦うということだよ。こんなとこでリタイアしたくはないだろう?」
「う……」
アーサーは振り返り、そう訊いてきた。それはゲノムから逃れたい緋翼にとっては、願ったり叶ったりな魅力的な提案だ。
ポイントは横取りされることになってしまうが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。悔しいが、リタイアしてしまえば全てが水の泡なのだ。
「お、お願いします……」
緋翼の答えは一つだった。元より身の丈に合わない敵だったのだ。さすがにそれくらいの分別は持ち合わせている。これは戦略的撤退だ。
「そうと決まったら、さっさと逃げ──うぐ」
緋翼が立ち上がろうとすると、身体の痛みがそれを阻害した。まだゲノムからもらったダメージが消えてないらしい。
「せっかくのチャンスなのに……!」
「君はそこでじっとしていてくれればいいよ。無理に身体を動かさない方がいい」
「わかりました……」
ほとんど面識のない相手に守られるのは不安だが、アーサーの言い分はもっともだ。無理に動くよりも、今は回復に専念すべきだろう。
彼は人格も優れていると聞く。まさか、自分から提案しておいて逃げるなんてマネはしないだろうと信じたい。
「それじゃあ──行くよ」
緋翼の返事を聞いて、アーサーの剣を握る両手に力が入った。黄金の彫刻が刻まれた鍔に、銀色の眩い刀身。どことなく、神々しいオーラを感じさせる。これが彼の"聖剣"なのか。
「ギィエアァァァァァ!!!」
耳を塞ぎたくなるような不快な咆哮を上げながら、ゲノムはアーサーへと突進する。そのスピードはさっきよりも格段に早い。緋翼ならば間違いなく、防ぐ間もなく弾き飛ばされるだろう。
しかし、そんなゲノムの動きにもアーサーは眉一つ動かさず、冷静に剣を振るった。
「"聖なる剣戟"」
彼が剣で薙ぐのと同時に、白い光が辺りを埋め尽くす。そのあまりの眩しさに、たまらず緋翼は目を瞑った。
遅れて、衝撃波が骨の髄にまで響いてくる。なんだこの威力は。本当に剣を振るっただけなのだろうか。
辺りに静寂が訪れたところで、ようやく緋翼はゆっくりと目を開ける。そして目の前に見たのは、
「嘘……!?」
身体を上下に真っ二つに分断されたゲノムとその背後、扇状になぎ倒された木々がそこにはあった。そのあまりに圧倒的な光景を前に、緋翼は嘆息するしかない。これほどまでの一撃を見たのは、裏世界での一真以来だろうか。
こっちは一太刀入れるのにすらあれほど苦労したというのに、まさか一発で仕留めてしまうとは。やはり、レベル5の魔術師の称号は伊達ではないということか。
「ふむ、こんなところかな」
「す、凄い……」
「怪我は大丈夫かい? 緋翼ちゃん」
「は、はい、何とか。ありがとうございました」
あまりの驚きに、気安く名前を呼ばれてることを気にも留めずにお礼を返す。
これだけの大技に、アーサーは汗一つかく様子もない。レベルが違いすぎる。
その後、彼はちらりと腕輪を一瞥してから、「それじゃあね」と言って立ち去ってしまった。
「これが王者か……」
魔導祭優勝候補【覇軍】、さらにそのリーダー格ともなるアーサーの実力を目の前にして、緋翼は重いため息をつく。
決してゲノムは弱くなかった。それでも、アーサーの足元にも及ばなかったのだ。
「はぁ、情けな……」
格の差を見せつけられ、ポイントも奪われ、結果タイムロスとなっただけのこの現状を嘆き、緋翼は三角座りのまま腕に顔を埋める。
「私がもっと強ければ……」
「ギ、ギ……」
「はっ!?」
突然、不快音が耳に響き、緋翼は弾かれたように顔を上げる。するとそこには、身体を両断されたにも拘わらず、腕だけを使って上半身を起こそうとするゲノムの姿があった。
「まだ動くの……!?」
てっきりアーサーの一撃で葬ったものと思っていたが、なんてタフさだろう。
緋翼は即座に刀を構える。立ち上がることは……できなかった。
「ギ、ガ、ガ」
「こ、来ないで……!」
腕を足代わりに、上半身がのっそのっそと向かってくる。黒い見た目も相まって、さながらホラー映画のゾンビだ。
一歩、また一歩とゲノムが近づいてくる。目を光らせ、牙を鳴らし、涎を垂れ流しているその姿は、誰が見ても不気味で恐ろしく感じることだろう。現に緋翼は、金縛りにあったかのように身体が動かなかった。
「ギ、シャアァァァ!!!」
「いやぁぁぁ!!!」
ゲノムが器用に二本腕で飛んだ瞬間、ようやく緋翼の防衛本能が働き、思い切り刀が振られる。それはちょうどゲノムの首を捉え、そして斬り落とした。
「はぁ……はぁ……!」
涙目になりながら肩で息をする緋翼。これぞ火事場の馬鹿力というものか。本当に死ぬかと思った。
「さすがに……もう動かないわよね」
これで首だけが動き出そうもんなら卒倒していただろうが、動かないようなのでひとまず安堵する。確認のために腕輪を見ると、10Ptが追加されていた。
「まぁ、そうだろうね……」
疑っていた訳ではないが、やはりゲノムが10Pt級だったようだ。他にもまだいるかもしれないと考えると、背筋が凍りつく思いだ。
それにしてもと、緋翼には疑問が一つ残る。
「アーサーさんは、どうして"わざと"ゲノムを生かしたのかしら」
そう、先程アーサーは去り際に、間違いなく腕輪を確認していた。その時にポイントの増減を見ればゲノムを倒したかどうかは一目瞭然のはずなのに、彼はゲノムにトドメを刺さないままその場を去ったのだ。
一体何のために。たまたまポイントを読み間違えるという天然っぷりが発揮された可能性もあるが、恐らくそうではない。
彼は"意図的に"ゲノムを倒さないでおいたのだ。高ポイントを横取りできるチャンスであるにも拘わらず、緋翼を助け、あまつさえわざわざ瀕死の状態に追い込むというサービス精神まで見せてくれた。
「本当に、"私の代わりに戦った"だけなのね……」
アーサーの発言を思い出して、緋翼はそう結論づける。どう視点を変えても、この行動に彼へのメリットはない。よって付け足すとすれば、彼は余程のお人好しということになる。最年少チームだからポイントを与え、本戦出場を後押ししたつもりなのだろうか。
「何それ、ふざけんじゃないわよ……」
しかし、その行動が余りに自分勝手だということを彼は自覚しているのだろうか。もはや諦めていたのだから、今さらこんなポイントを貰ったって嬉しくはない。むしろ、恐怖や屈辱を味わわされたという点で、彼への苛立ちが募っていた。
「私たちを残したことを、絶対に後悔させてやるわ」
これが、緋翼の闘志に火がついた瞬間だった。
*
夏の森はより木々が鬱蒼とし、緑一色に染まるはずなのだが、その一角で不自然な色を示す地帯があった。その色は夏にあまりにも似つかわしくなく、違和感と呼ばざるを得ない。
『あ〜っと、なんということでしょうか!』
ジョーカーが慌てたように叫ぶ。それもそのはず、さっきまで緑一色だった予選会場が、いつの間にか"白"で埋め尽くされたのだから。
この広場──"射的"の会場は、大雪原と化していた。
『これは一体誰の仕業でしょうか!? な、なんと、夏なのに雪が降っています! まさに異常気象です!』
ジョーカーの興奮は止まらない。それは他の選手も例外ではなかった。季節外れの降雪に、誰もが目を奪われる。
そんな中、ホッと一息をつく少女がいた。
「ふぅ、こんなもんかな。結構疲れた〜……」
肩で息をしながら、空を見上げる銀髪の少女──結月は、予想以上の疲労を嘆く。さすがに魔力を使いすぎた。
それもそのはず、"夏を冬に変える"なんて、もはや人間業ではない。並大抵の魔術師には到底成し遂げられない凄技だ。
──では、なぜ結月はそれを行なったのか。
答えは簡単。的である水晶が魔力に反応するというのであれば、大気を魔力で満たせば良いだけのこと。そうすれば領土の範囲内の的を一網打尽という算段である。
「さて、結果は……」
我ながら完璧な作戦だ。いや、ほとんど力技ではあるのだが、それはそれ。
結月は水晶を見渡し、成果を確認しようと──
「……ん?」
結月は首を傾げる。なぜなら目の前の状況が理解できないからだ。どうして、"水晶が点滅している"のだろうか。
『まさかこんな事態が起ころうとは! 会場中が魔力を満たされたせいで、全ての的がヒットとリセットを繰り返してしまっています!』
「えぇっ!?」
ジョーカーの説明を聞いて、結月は驚きながら納得する。
確かにできるだけ領土を広範囲にしようと思ってはいたが、まさか会場全体を覆ってしまったとは。自分の力でそこまでできたことが不思議でならない。鬼の力って凄いな……。
腕輪を見ると、目まぐるしいスピードで獲得ポイントが5桁、6桁と増えていた。え、怖い。
『ど、どうしましょう。これでは競技の進行に支障が……』
「あ、やば……」
やっちゃったと、結月は一人反省する。今や"射的"は結月の独壇場。的が全て結月のものとなるので、残り時間もずっとこの状態ならば、他の選手はどうすればいいのか。
「う〜ん……解除!」
『おぉっと!? 今度は雪が突然消えました! ここまで大がかりな魔術、一体誰の仕業でしょうか?!』
「うへぇ、バレたら目立つなぁ……」
さすがにやりすぎたと思い、結月は領土を解除する。すると雪が瞬く間に霧散していった。
ただ、ジョーカーは気づいていないようだが、この元凶が結月だということに気づく人は気づいただろう。目立って敵を作るようなことはチームのためにもあまりしたくないのだが、バレてしまったらもうどうしようもできない。
「まぁ、どうにかなるか!」
バレたらその時はその時だ。晴登と一緒ならきっとどうにかなる。
そして腕輪を見ながら、結月は競技の成果に一人満足するのだった。
*
"迷宮"もいよいよクライマックス。(おそらく)ゴールまであと僅かというとこまで来た伸太郎だったが、チーム【花鳥風月】の花織に先行を許してしまっていた。
仕方なく階段を登って対抗する伸太郎だったが、ニョキニョキと伸びる蔓に乗った彼女には全く追いつかず、敗北を覚悟したその時だった。
「大きな、目……?!」
伸太郎は、階下の地面に巨大な瞳が描かれていたことに気づいた。さっきまではなかった……いや、地面にいたから気づかなかっただけだろう。
「何だ……? やけに気になる……」
床に模様が描かれていた。たったそれだけのことなのに、どうしてこうも動揺してしまうのか。まるで、何かを見落としているかのような──
「まさか……近道か!?」
ここで伸太郎は"迷宮"のメインギミックを思い出す。すなわち、『謎を解けば近道を進める』というものだ。
もしかすると、今回もそれに当てはまるのではないだろうか。よくよく考えてみれば、やはりゴールするために階段を登るか扉を全て開けるかなんて現実的でないのだ。むしろ、そこに近道の存在がない方がおかしい。
「だったらこの謎を解いて……!」
そして花織よりも先にゴールする。それが今の伸太郎の目標だった。
しかし、その壁は中々に高い。
「くっ……ヒントがこれだけってのもな……」
目。ヒントはそれだけだ。文字も記号も、辺りには存在しない。この模様一つで、一体何をどうしろというのか。
……もしかして、本当にただの模様なのかも……いや、その可能性は考えるな。
「さすがに最後は一筋縄じゃいかないってか。燃えてきたぞ」
伸太郎は久しく忘れていた感情を思い出す。
昔こそ解けない問題は多かったのだが、今ではどんな問題でも難なく解けるまでになってしまった。だからこそ、こうして答えの見えない状況に立たされるとワクワクしてたまらない。
「あの人が天井に辿り着くのも時間の問題。そこがゴールと仮定するなら、それがタイムリミットだ」
花織の蔦の伸びるスピードはそこまで速くはなかった。とはいえ、天井が山の頂上直下にあるとしても、あの調子なら数分で天井には届くはず。考える猶予はそこまで残されていない。
「考えろ! 目……目……ひらがな、カタカナ、英語……は関係なさそうだな。なら暗号じゃあない。じゃあ迷宮を人体と考えて、この目の位置から相対的にゴールへの近道を……って何言ってんだ。深読みしすぎだバカ。ダメだダメだ、もっと単純に考えろ。目といえば……『見る』だ。じゃあこの目は何かを見てる……? 視線の先は……天井か? 天井にゴールがあるってことか? いや、そんなことはとっくにわかってる。そもそもそれじゃ近道のヒントになってねぇ。じゃあ他に何を見るか……天井以外にこの空間にあるもの……扉? はっ、扉か?! 例えば、近道に続く扉を見てるとか?! ありえるな、十分にありえる。心なしか、視線が壁に向いている気がしてきた。けど……どれだ? こんだけ扉があるんだぞ。視線の先なんて、目で追ったってわかる訳ねぇ。もっとヒントはないのか。この目の瞳孔と虹彩のズレを計算……正確に計れないんじゃ意味ないだろ。角度も無理だし、あぁくそっ! わかんねぇ!」
つらつらと論理を組み立てていく伸太郎だったが、そこで躓いてしまった。この仮説が真である可能性はかなり高いのだが、如何せん目測では何もわからない。当てずっぽうで当たるほど扉の数も少なくないし、正直手詰まりだ。
「いっそ、目からビームでも出してくれりゃいいのに……」
あの瞳が銃のレーザーサイトのように光を発してくれればわかるというのに。伸太郎はそう嘆息して──
「目から……ビーム……?」
自分で言った言葉に引っかかりを覚える。
ハッとして瞳を見やると、その瞳孔がキラリと光った気がした。
「鏡……!」
なんと瞳の瞳孔部分は鏡だったのだ。周囲が似たような色調だったから、全然気づかなかった。
つまり、ここに光を反射してみればもしかして……
「本当は降りなきゃダメだろうけど時間がねぇ。光属性の魔術で助かった!」
階段を降りる時間がもったいないので、伸太郎は今いる場所から光を照らそうと試みる。もちろん、地上に届くまでに光が分散してしまうので、凝縮しなければならない。
腰を落とし膝を立て、指鉄砲を地面に向けて構える。この距離だと、ただの光弾では途中で霧散してしまう。だからそれよりワンランク、光量を増す必要があった。
「ふぅ……」
集中して狙いを定める。光量を増す代わりに装填速度が遅くなるので、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる作戦は通用しない。できれば、この最初の一発で決めたいところ。
大丈夫、シューティングゲームは得意な方だし、こんなシチュエーションも妄想済みだ。失敗する要素なんてない。
「当たれ! "光銃"っ!!」
伸太郎の指先から放たれた一線の閃光が瞳に向かって迸る。そして──瞳孔の鏡に直撃した。
「よっし!!」
伸太郎がガッツポーズを取ったのと同時に、鏡によって反射された光が上へと伸びていく。その光はちょうど、伸太郎の真向かいにある扉へと当たった。
「ビンゴだな」
階段を駆け上がり、その扉の前まで向かう。
いざ開けるとなると少し緊張したが、時間もないのでさっさと進むことにする。さすがにこれで何もないなんてことは──
「……は?」
扉を開けると、なんとそこには青々と茂る林と澄み切った青空が広がっていた。
*
間欠泉地帯を抜け、自分の足で再び走り出した晴登。恥ずかしい思いはしたが、風香のおかげで順位を40位まで上げることに成功した。この調子なら予選突破も夢ではない。ただ、
「はぁっ……はぁっ……!」
「相当息が上がってるね。大丈夫?」
「大丈夫……です!」
嘘だ。全然大丈夫じゃない。
初めにも直面した問題だが、やはり晴登には体力が足りないのだ。抱きかかえられている間に休めたとはいえ、魔術を使って走り続ければすぐにバテてしまう。
それでも、足を止める訳にはいかない。この背中に背負ってるものの重さを考えれば、これくらいでへこたれてはいけないのだ。
「うん、やっぱり君のそういう所は嫌いじゃない」
「それは……どうも!」
風香が口角を上げるが、晴登にはそれに笑顔で応じる余裕はない。やらなければいけないとはいえ、キツいものはキツいのだ。今は彼女の背中を追いかけるだけで精一杯である。
「……さて、どうやら次の関門みたい」
「次って……道がないじゃないですか」
そうして辿り着いた次なる関門だったが、なんと行き止まりだった。正確には、森が立ち塞がっていて、道が途切れている。しかもその森というのが厄介で……
「これ、まさか全部茨ですか?」
「文字通り、茨の道ってことかしら」
「笑えないんですけど……」
なんと、森を構成する全ての植物が茨だったのだ。辛うじて人が通れそうな隙間は残されているが、それ以外は針山地獄と相違ない。迂闊に足を踏み込めば、切り傷じゃ済まないだろう。
そのギミックに恐れをなして、立ち往生する選手も目についた。しかし、それに構ってはいられない。
「いけ、"鎌鼬"!」
「へぇ、いい技使うね」
「よし、これで道を……ってあれ?」
通れないのなら通れるようにすればいい。そう思って、なけなしの魔力で茨に風穴を空けようとしたのだが、なんと切り裂いた数秒後には茨が伸びてその穴を塞いでしまった。間違いない、この茨も魔術によるものだ。
「これじゃ先に進めない……!」
「諦めるのは早いよ。再生するよりも早く通り抜ければいいだけ」
「でもそれはさすがに……」
無理だ、と思った。これが茨の壁であるならまだしも、ざっと100m以上は続く森なのだ。通る道を作ったとして、その距離を数秒で駆け抜けること自体困難である。
「やらなきゃ──負けるよ」
「え……うわっ!?」
風香がそう呟いた瞬間、彼女の身体から風が放出される。その勢いに思わず飛ばされそうになるも、晴登は何とか堪えた。
一体何事かと見ると、彼女の右脚を風が覆っている。晴登の"風の加護"と似たような感じだが、規模は"足"ではなく"脚"にまで至っていた。
「君も準備して。私が道を作るから、全力でそこを走るの。ついて来れなかったら……さすがに今回はカバーできないから、そのつもりで」
「う……わかりました」
腹を決めるしかなかった。そもそも、彼女の力を借りられる今のこの状況を保つことが、数少ない晴登の勝ち筋なのだ。文句を言ってはいられない。
この短距離を数秒で突っ切るには、"風の加護"では足りないな。またアレの出番か。
「あとは魔力が保つかどうか……」
ただでさえ、現在の晴登の魔力はもう底をつこうとしている。そこで全力を出そうものなら、魔力切れを起こしても不思議ではない。それこそ、遅くても着実に茨を掻い潜れば、魔力は温存できるだろう。でも、何度でも言うがそれは許されない。勝つために──限界を超える。
「ふぅ……いつでもいけます。猿飛さん」
「了解。それじゃあ今から道を作るよ」
手を地面につき、足先に意識と魔力を集中させて、いつでも発射できるように晴登は構える。
一方風香は右脚を上げ、次の瞬間、
「"飄槍突"っ!!」
「うぉっ!?」
風香が右脚を突き出した途端、吹き荒れた風の槍が轟音と共に茨の森に大きな穴を作り出す。
そのあまりの威力に圧倒された晴登だったが、風香が走り始めたのを見て慌てて飛び出した。
「"噴射"!!」
足からジェットのように風を放出することから付けたこの技名。まんまなのだが、言いやすくて個人的に好きである。
さて、さっきは崖を登るために使ったが、今回は真上ではなく真横だ。少しでも角度をミスれば頭から地面に突っ込んでしまうため、本来ならば細心の注意を払いたいところだが、もう背に腹は代えられない。
「姿勢を、正す……!」
水泳で蹴伸びというものを習ったが、イメージはそんな感じ。不格好だろうと、真っ直ぐ進めるのであればそれに倣うのは至極当然。
穴を通り抜ける一瞬の間に、晴登はそれだけを意識した。
「──三浦君、止まって!」
「……はっ!」
ふと、そんな声が聞こえた気がして顔を上げると、もうそこには茨はなかった。そうか、森を抜けられたのか。良かった。なら止まらなきゃな。
「着地!……って、おわぁ!?」
「三浦君!?」
しかし、ジェットのスピードを侮っていた。これだけ速く進んでいるのに、いつも通りの着地などできるはずがない。
晴登が地面に向けて風を放った瞬間、バランスを崩して身体が弾かれたように上空へと打ち上げられてしまった。
「うぐ、気持ち悪……」
風の勢いのせいで空中でグルグルと回転する晴登。魔力が残り少ないのも相まって、めちゃくちゃ気分が悪い。でも着地しないと……あれ、地面はどこだ? あ、目の前にあるじゃん──
「よっと!」
「わぷ!?」
「大丈夫?! 三浦君」
「は、はい。助かりました……」
地面に激突するすんでのところで、またもや風香にキャッチされる。でも今のは本当に死ぬかと思った。風香様々である。
「すいません、迷惑ばっか、かけて……」
息も途切れ途切れにそう伝えると、風香は首を振る。そして微かに笑みを浮かべると、
「正直、君がここまでやれるとは思ってなかった。友達の後輩ってことでおせっかいしてたけど、きっと私の力がなくても上位を目指せてただろうね」
「そんなこと……」
「私がしたのはアドバイスとカバーだけ。実行してついて来れてるのは君の実力なの。今の順位は30位。君の歳からすれば本当に凄いよ」
怒涛の褒め言葉に晴登は何も言い返せず、恥ずかしくなって俯いた。冷静で他人に興味のないクールな人かと思っていたが、むしろ風香は人のことをよく見ているし、毎回的確なアドバイスをくれる。
──やはり、この人が適任だ。
「あの、一つ訊いても……いいですか?」
「何?」
「俺の……師匠になって、くれませんか?」
風香は驚いた顔をした。当然だろう、ボロボロになったこの状況で吐くセリフではない。
それでも、晴登は今伝えなきゃいけないと思った。すると、
「──ふふっ」
「……!」
風香が今まで見た中で一番の笑みを零した。あまりに意外だったので、思わずこっちも驚いてしまう。
それに気づいた風香は手を振って、
「いや、違うの。ごめん。まさかそんなことを訊いてくるとは思わなかったから。師匠……なるほど。悪くないね」
「それじゃあ……!」
「いいよ、なってあげようか。君の成長をもっと見てみたいと思っていたところだもの」
そう言って、再び風香は笑ったのだった。
後書き
9500文字……? どうして半分に分けなかったんですか……? 学習能力がないんですか……? はい、ありません。波羅月です。また1ヶ月お待たせしてしまって、本当に申し訳ございません。
それはそれとして、ようやく予選もクライマックスです。ようやくか。長かった。まさか半年もかかってしまうとは……。しかし、いよいよ本戦が書け──え? 予選落ちたら書けないだろって? いやいや、まさかそんなこと……ないとは言い切れませんね(震え声)。ちょっと晴登頑張って! 俺に続きを書かせてくれぇ!!←
という茶番を終えたところで、次を書き始めたいと思います。今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに!
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