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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第101話『予選⑦』

 
前書き
〜答え合わせ〜

『NLFN WKLV ZDOO (←3)』


(←3)というのは、『アルファベットを3つ前に戻せ』という意味です。よって、


『NLFN WKLV ZDOO』
      ↓
『KICK THIS WALL (この壁を蹴ろ)』


つまり、伸太郎は壁を蹴ったのでした。
ちなみにこれはシーザー暗号というらしいです。 

 
 
「何ですか、ここ……」


余りの光景に、足を止めてそう洩らした晴登。その隣には、同じく走りを止めた風香がいる。
そして、彼らの視界の先にあるのは、


「うわぁぁぁ!?」
「危ねっ!!」
「ぎゃあぁぁぁ!!」


悲鳴だけを聴けば悲惨な状況を想起するだろうが、事態はそこまで深刻という訳でもない。
というのも彼らはただ、あちこちの地面から湧き出る水流に打ち上げられているだけなのだから。


「間欠泉……みたいなものかな」


そんな風香の冷静な解析が隣から聞こえた。
少し道幅が広がった先で、魔術によってか、穴もない地面から突如水柱が空へと伸びている。これが次のギミックということだろう。見た目は間欠泉と形容するのが一番近いとは思うが、それにしてはどうにも水柱が高すぎた。


「あれ、20mくらいありません?」

「空を飛ぶ人も注意が必要ってことかもね」

「な、なるほど……」


その理論に納得しつつ、並大抵の人が打ち上げられたら助からないだろうなとか悠長なことを考えてしまった。いけない、競技に集中しないと。


「見たところ、水柱が出るのはランダムみたいだし、慎重に行くよりも全速力で突っ切った方が良さそう」

「わかりました」


そう言うと、風香はクラウチングスタートの姿勢をとった。あまりに様になっているその構えを見て戸惑いながら、晴登は普通に構える。


「いくよ──GO!」

「うわっ!?」


彼女はそう合図したと同時に、勢いよく地面を蹴った。その力強さは地面を抉るほどであり、加速の時の風圧で晴登は危うく吹き飛ばされそうになる。


「俺も行かなきゃ……!」


スタートが少しだけ遅れたが、晴登も全速力で走り始めた。足に"風の加護"を与え、風香に言われた通りになるべく姿勢を正している。

すると、背後で晴登の足跡を辿るように次々と水柱が噴き出してきた。


「やべっ!?」


ここまで正確に晴登を狙ってくるのであれば、もしやランダムではなくて踏んだ所から噴水する仕組みなのではなかろうか。ここで足を少しでも緩めれば、その瞬間に宙へと打ち上げられてしまうだろう。追いつかれてなるものかと晴登は必死に逃げ、風香の背中を追いかけた。


「ん、背中……?」


しかしその時、晴登は違和感を覚えた。
通った場所から噴水すると言うのなら、それは風香も例外ではない。つまり、その真後ろを走る晴登の足元からは当然──


「避けなきゃ──がぼぼぼっ!!」

「三浦君!?」


急いで避けようと思ったが時すでに遅し。晴登は地面から勢いよく立ち上る水柱に巻き込まれてしまった。
その悲鳴を聞いて風香は晴登の名を呼ぶが、水中にいる彼には届くはずもなく。遠慮のない激流は次第に晴登を空へと押し上げ、そして解き放った。


「ぶはっ! また着地かよ!」


ようやく水から解放されたかと思えば、地面からは随分と離れてしまっていた。何だか最近、こんな展開が多くなっている気がする。高所からの落下なんて恐ろしいはずなのに、正直もうかなり慣れてきた自分の方が恐ろしい。
濡れた顔を腕で拭いながら、晴登は風を使って安全に着地を──


「よいしょ……ごぼぉ!?」


とはいかず、着地した瞬間、再び足元から噴水が起きたのだった。しかも着地で気が緩んだせいで、水流も相まって、今度は思い切り水を飲み込んでしまう。


「ごぼぼ……!」


為す術なく水に呑まれた晴登は、再び上へと運ばれる。水中で呼吸などできる訳もなく、酸素不足で徐々に身体の力が抜けていくのを感じた。

油断した。苦しい。溺れることがこんなに辛いなんて。
そのうち、外に打ち上げられることはわかっている。しかし、この状態で着地できる余力はなかった。


「……げほっ!」


晴登は宙へと投げ出された。だが、意識が朦朧としており、視界もままならない。未だに水中にいる気分である。

マズい、身体に力が入らない。着地をしなければいけないと頭ではわかっていても、身体が言うことを聞いてくれないのだ。

このまま地面に落ちれば大怪我は免れまい。何てことだ。まさか、こんな所でリタイアしなければいけないというのか。そんなのダメだ……!


誰か、助けて──







「これで3周目……!」


色とりどりだった水晶が透明色に戻ったのを見て、結月は汗を拭いながら呟いた。
3周目、というのは言葉の通り、これで的が2回のリセットを終えたということだ。1回目のリセットよりは時間がかかったが、それでもまだ競技時間は約半分残っている。あと1、2回はリセットされるだろう。


「でも、さすがにキツい……」


というのも、ここまでほぼ魔術を撃ちっぱなしなのだ。いくらタフな結月と言えど、これには疲労の色は隠せない。
言わずもがな、他の人ならなおさらである。その証拠に、皆の的を撃ち抜く速度が競技開始時と比べて格段に落ちていた。


「それに、あの人どうしようかな……」


そう呟きながら空を見上げる結月の視線の先には、鳥の様な翼をはためかせながら宙を舞う少女がいた。
遠くて顔はよく見えないが、被っているスポーティな帽子には見覚えがある。そう、それは開会式の時──


「マイさん……だっけ」


結月の記憶が合っているならば、あれは【花鳥風月】の一員、小鳥遊 舞に間違いない。どんな能力(アビリティ)かは知らなかったが、見た感じ『両腕を鳥の翼に変化させる』といった具合か。空を自由に飛び回っており、晴登が聞いたら羨ましがりそうな能力(アビリティ)である。とはいえ、問題はそこではなく、


「さっきからボクの上ばっかり飛ばれるから困るな……」


そう、結月の悩みの種はそこだ。
というのも、2周目も頭上に吹雪を放つ作戦を決行していたのだが、いつからか舞がその射線上を飛ぶようになったため、ペナルティ怖さで下手に吹雪を撃てなくなったのだ。一方結月が狙えなくなった分、彼女はその的を奪っていく。なんて悪循環だ。心なしか、彼女がしたり顔をしているように見える。


「むぅ……こうなったら吹雪以外の方法を模索するしかなさそう」


スピードと範囲という点で吹雪は優れていたが、邪魔されるとあってはどうしようもできない。かといって、また的を1つ1つ狙うのは非効率だ。勝ち上がるには、何か革新的な作戦が欲しいところ。


「でも、そんなの思いつかないよ……」


物覚えは良い結月だが、発想力となると話は別である。力で全てを解決する彼女にとって、策を練るのは最も苦手とすることだ。だから、そういうことは全て晴登に任せている。そのためここでも彼の力を頼りたくはなるが、


「ここにはボクしかいなくて、誰の助けも得られない。全部、自分でどうにかしなきゃいけないんだ」


この場には一人とて結月の仲間はいない。周りは全て敵で、負けることも許されない。彼女に求められるのは、上位での勝利のみ。

そんな危機的な状況だと気づくと、不思議と笑みが零れてきた。


「このままじゃ、ハルトに合わせる顔がないや」


恋人を想い、己に喝を入れる。本当は終夜のためと言いたいところだが、やはり彼女の中では晴登が一番だ。彼が諦めない限り、結月だって諦めるつもりはない。

結月は必死に思考を巡らす。他の人たちと同じではダメだ。腐っても鬼族、その力を生かす時は今ではないのか。周囲を凍てつかせ、全てを圧倒する鬼の力を──


「周囲を、凍てつかせ……?」


ふと、結月は何かに気づく。そう、鬼化すれば常に冷気を身にまとって……いや違う、そこじゃない。
少し前の記憶──異世界にて、鬼化したヒョウがやっていたこと。吹雪とは違う、周囲を攻撃……もとい、"魔力で満たす"手段。そうだ、この手があった。


「ヒョウにもできるんだから、ボクにだってできるはず。出力を抑えれば、たぶん大丈夫……!」


結月は目を閉じて集中し、身体中の魔力を額に集める。そうして生まれるのは、彼女が鬼であるという絶対不変の象徴、"角"だ。そう、鬼化である。
ただし、変化は角だけに留めた。そうすれば鬼化の負担はかなり軽減するからだ。


「少しずつ……少しずつだ……」


的を射抜こうともせず、じっと瞑想しているかのような結月の姿を傍から見れば、一体どうしたのかと疑問に思うだろう。
しかし彼女はその間にも、徐々に自分の"領土(テリトリー)"を広げていた。


「あれ、なんか涼しくなってきたな」
「クーラー? 外なのにか?」
「いや、てか寒くね?」


辺りから、そんな声が漏れ始める。それもそのはず、今の時期は太陽が燦々と照りつけ、汗が止まらないほど暑い真夏なのだ。それにもかかわらず、外にいて寒さを感じるだなんて、日陰だとしてもそんなことが起こり得るはずがない。

しかし、現に結月がその現象を起こしている。氷を司る白鬼(びゃっき)だからこそ成し得る荒業。すなわち、


「え、雪……?」
「雪が降ってきた……!?」
「どうなってんだ!?」


──"領土(テリトリー)・大雪原"。







「何だよここ……」


予想外の光景に、思わず情けない声を洩らした伸太郎。
それもそのはず、今まで暗く狭い通路を進んできたというのに、いきなりこんな明るく天井の高い広大な空間に迷い込んだのだから。山の中にこれほどの空間が入るのかという疑問もあったが、そんなことは後回しだ。まずは、


「先へ進む道を探さなきゃだな」


何事にも、冷静さを欠いては上手くはいかない。状況を素早く正確に判断したならば、即座に次の行動に移らなければならないのだ。
幸い、今までの通路と違って壁に松明の明かりが灯っているので、状況の把握は素早く行なえた。

しかし、「先へ進む道」と言ったが、これが大問題。何せ道が無いどころか、むしろ有り余っているのだから。壁を伝う螺旋階段の10段に1枚という具合で、扉が壁に設置されているのだ。


「まさか、これ全部開けていかなきゃいけないんじゃねぇだろうな……」


天井が見えないほど高い空間。もちろん、階段の先も見えない。となると、扉の数は膨大である。それらを一つ一つ開けて確かめるなんて、時間の無駄も甚だしい。


「大体、これが罠って可能性も否定できないしなぁ……」


こんな如何にも何かありそうな場所に見せかけて、実は罠でしたなんてこともありえない話ではない。伸太郎ならそうする。でも本当にそうだったらキレる。
だが、運営がそこまで性格が悪い可能性を考慮しないのであれば、地道に扉を開けていく他あるまい。


「一番上がゴール、ってオチも勘弁して欲しいところだが……」


闇に消えた天井を見上げながら、伸太郎は嘆息した。
ここはどうすべきなのか。先に一番上まで登り切る選択肢もあるが、もしとてつもない高さだとしたらどうする。恐らく、階段を登るだけでスタミナ切れだ。その先にもしゴールがなかった場合、ぶっ倒れて上位どころかリタイアになってしまう。かといって、1枚ずつ扉を開けていくのも現実的でない。


「どうする、どうする、どうする──」


「あれ〜あなたは確か〜……」


「っ!?」


頭脳をフル回転させ、最善手を導こうとしていた、その時だった。突然、間の抜けた女性の声が耳に届く。
びっくりして見ると、そこには洞窟には似合わないようなおしゃれなドレスを身にまとった少女がいた。


「あんたは【花鳥風月】の……!」

「櫻井 花織です〜。あなたは暁君でしたっけ〜? あなたも謎を解いてここまで来たんですか〜?」

「え、まぁ……」

「なるほどなるほど〜」


にっこりと柔和な笑みを浮かべながら、一人で納得しながら頷く花織。一体何がなるほどなのかと疑問に思ったが、そこではたと気づいた。


「『あなた"も"』って、まさかあんたも……!」

「そうですね〜。私も謎を解いてここまでやって来ました〜」


そう言って微笑む花織。しかし、伸太郎は全く笑えない。
なぜなら彼女の言うことが正しければ、『近道を通ってきた者がここに辿り着く』ということになる。それすなわち、この空間がゴールに繋がることは必定であり、是が非でも扉もしくは天井を調べざるを得なくなってしまったからだ。


「できればやりたくなかったけどな……」


ふと彼女が来た方向を見ると、伸太郎が入ってきた所とは別の入口があったことに気づいた。いや、間違いなくさっきまでは存在していない。突然現れている。
となると、ここへはどのルートからでも到着できるのだろう。それならここに辿り着く人も、そのうち増えてしまうに違いない。迷ってる暇はなさそうだった。


「だったら早いもん勝ちだ!」


伸太郎は花織との会話を切り上げ、階段の方へと駆ける。そして早速、一番近くの扉を開けた。


「なるほど、そういう感じか」


そう呟いて、苦笑を浮かべる。扉の向こうは小さな空間があるだけの行き止まりだった。恐らく、この空間にあるほぼ全ての扉が同じようなダミーだと考えられる。
であれば、やることは一つに絞られた。


「最上階まで登り切ってやる……!」


現時点で、これが最もゴールの可能性が高いルート。よって伸太郎は、この無限に続くかのような階段を登ることを選択した。
晴登のように、魔術で身体能力を強化できる訳じゃない。伸太郎は貧弱な肉体となけなしの体力で、この地獄のような道を進まなければならないのだ。だが少なくとも、この少女には負けたくないと心が叫んでいる。


「見た感じ運動は得意じゃなさそうだし、これなら俺にだって勝機が──」

「あらあら、魔術というものをお忘れですか〜?」

「なっ!?」


女子だから、文化系っぽいから、階段を登るだけなら負けないと、そう油断していた伸太郎に最悪の現実がつきつけられる。
なんと、彼女の足元から植物の蔦が伸び始め、彼女を上へと押し上げ始めたのだ。


「やべぇ!」

「お先失礼します〜」


伸太郎は階段を登るペースを上げるが、蔦の伸びる速度の方が圧倒的に速く、すぐに花織は伸太郎を追い越してしまった。


「嘘だろ……?!」


せっかく掴んだチャンスが、音を立てて崩れていく。無理だ、あれに敵うはずがない。階段でエレベーターに速さでどう勝てと言うのか。


「ここまでか……!」


悔しいが、少なくとも彼女には勝つことはできまい。まだ扉の先にゴールがあるという可能性を否定し切れてはいないが、望み薄だろう。天井に先に辿り着いた方が勝ちと言っていい。

伸太郎はガックリと肩を落とし、その場に立ち止まってしまう。せっかくここまで登ってきたのにと、階下を見やった──その時初めて気づいた。


「……え?」


一番下の地面、そこに『大きな瞳』が描かれていたことに。








森の中で響く金属音や破壊音。それらは全て、この"組み手"という競技によって引き起こされている訳だが、とある場所では一際大きい音が木霊していた。


「──ッ!」

「ぐっ……かはっ!」


今しがた、勢いよく吹き飛ばされて幹にぶつかったのは緋翼だった。口から空気を吐き出し、しばし咳き込む。
そんな彼女の隙を逃すまいと、一つの影が素早く迫った。


「くっ……!」


しかし間一髪、緋翼はその場を飛びのいて回避する。すると衝撃音と共に、さっきまで緋翼がもたれかかっていた幹がへし折れていく様が見えた。

そんな荒業を成し遂げたのは、牙を見せながら気持ち悪いくらい口角を上げる、人型のモンスターである。簡単のため、ここでは仮に『ゲノム』と名付けるとしよう。

ゲノムは始めに着ていたロングコートを既に脱ぎ捨て、全身黒タイツなのかと思うほどに真っ黒なボディを晒している。だがあくまで人型というだけで、髪もなければ、目も鼻も耳も見当たらない。付いているのは鋭い牙の並んだ大きな口のみ。それはまさに、化け物と呼ぶのに相応しい姿だった。


「一体どうなってんのよ。こいつのパワーもスピードも桁外れ過ぎるんだけど……」


緋翼の言うように、ゲノムは人型であるにも拘らず、身体能力は人間のそれを遥かに上回っている。やはり、このモンスターが10Pt級だというのは疑いようのない事実だろう。正直、緋翼自身も勝てるビジョンが全く見えない。むしろ、どうやって逃げるかを考えているくらいだ。


「どうにか足止めできればいいんだけど……」


その「どうにか」が簡単ではないのだが。森の中を上手く掻い潜って逃げるという方法はあるが、それくらいで撒けるとは到底思えない。他に何か手は──


「森、か……」


あくまでゲノムから視線を外さず、緋翼は辺りが森であることを再確認する。ならば、この手しかあるまい。


「"灼熱の檻"っ!!」

「ッ!」


叫ぶ緋翼の放った焔は、草木を介して瞬く間にゲノムを囲んで燃え盛る。
そう、この技は裏世界でブラッドとの戦闘の際に用いた"焔の柵"と同じ原理である。ただし、無尽蔵に燃やすものがある森の中である以上、こちらの方が火力も範囲も上位互換。そう易々と脱出は許さない。


「これで時間を稼いで──」


緋翼がしたり顔をしたその瞬間、焔の海が瞬く間に霧散した。その中心には両手を大きく広げたゲノム。まさか、腕を振るっただけでこの技を破ったというのか。緋翼の表情がみるみる青ざめていく。


「逃げ、られない……」


その事実が、緋翼を強く苦しめた。彼我の間には圧倒的な実力差。勝率はほぼゼロに等しいのだと察することくらいできる。

──それでも、逃げられないのなら立ち向かうしかない。

このまま無様にやられてリタイアする。これほど屈辱的なことはないだろう。そんな結果は誰も望んでいないし、望ませない。


「上等よ。かかってきなさい、この化け物!!」

「──ッ!!」


緋翼が吠えると、ゲノムも不気味な声で吠え返してきた。そして地面を勢いよく蹴り、一目散に緋翼の元へと迫る。
それに対して、緋翼は刀を横に構えて待った。


「ここだ! "不知火返し"!」

「ッ!?」


ここで力を発揮するのが、突進してくる相手限定のカウンター技、"不知火返し"。挑発して突っ込むよう促したのも作戦のうちである。
企みは見事成功し、緋翼はすれ違いざまにゲノムの横腹を切り裂き、さらに焔が爆ぜて爆発を生んだ。


「これはかなり効いたんじゃないの?」


上手くいったと、思わず笑みを零す緋翼。
前も説明したが、この技の威力は相手の突進の威力に依存する。そして今回は馬鹿力のゲノムが相手だ。つまり、カウンターの威力は猪の時とは桁違いになるだろう。いくら頑丈そうなゲノムでも、さすがにこの一撃には耐えられ──


「──ッ!!」

「嘘っ……がはっ!?」


油断していた緋翼の腹に、爆風から飛び出してきたゲノムの拳が突き刺さる。不意をつかれたその攻撃を防ぐこともできず、緋翼は無様に地面を転がり、木の幹に突撃した。


「うぅ……どんだけ頑丈なのよ、あいつ……!」


そう洩らしながら、緋翼は痛みに悶えて蹲る。今の一撃がかなり効いた。立ち上がろうにも、苦しくて身体を上手く動かせない。


「ッ!」

「待っ……!」


そんな無防備な緋翼に、無情にもゲノムが突っ込んでくる。マズい、この状態では攻撃は避けられない。次ダメージを喰らえば、リタイアになること必至である。


「そんな……! こんなとこで……!」


運が悪かった、としか言いようがない。10Pt級モンスターというのは、緋翼の手に余る強さだった。これと相対した時点で、この未来は必然だったとも言える。
しかし、だからと言って納得できる訳もない。モンスターと違って、緋翼には背負うものがあるのだから。彼の願いを果たすまでは、倒れられないというのに。


「ごめん、黒木……」


呟き、緋翼はリタイアを覚悟する。ゲノムの魔の手はもう、すぐそこまで来ていた。

──やられる! そう思ってぎゅっと目を瞑った瞬間だった。


「ッ!?」

「え……?」


ゲノムが悲鳴のような声を上げ、攻撃を中断したのだ。何事かとゆっくり目を開いて見てみると、緋翼の目の前に驚きの人物が立っていた。


「やぁ、無事かい? 緋翼ちゃん」

「どうしてあなたが……!?」


金髪を揺らし、輝く剣を握った青年──アーサーがそこにはいた。







「げほっ! げほっ!」

「三浦君!」

「うわ、猿飛さん……?!」

「意識が戻ったね、良かった」


水を吐き出して咳き込む晴登は、目の前に風香の顔が見えて狼狽える。しかし、寝ているのに周囲の景色が移り変わっていくことや、やけに身体が揺れることから今の状況をうっすらと察した。


「あの、俺何でお姫様抱っこされてるんですか……?」

「だって、三浦君が水柱に呑み込まれたと思ったら、溺れて落ちてくるんだもの。慌てて捕まえたよ」

「なるほど……すいません、迷惑かけて」



そう、今風香は晴登をお姫様抱っこで抱えながら疾走しているのだ。慌てて、と言った割には、随分と涼しい顔をして走っているような気もするが。

それにしても、彼女が踏んだ地面からも例外なく水柱が上がっている訳だが、晴登を抱えてもなお噴水に追いつかれないなんて、やっぱりこの人は只者じゃない。
こうして抱かれて彼女の視点になったからこそわかるが、とても速く、そして軽やかだ。同じ風でも、晴登とは大違いである。

そこまで分析して、ふと晴登は周りからの視線を感じた。


「この格好、恥ずかしいですね……」

「そうだと思うけど、この地帯を抜けるまでは我慢してね」


ただでさえ、お姫様抱っこというものは注目を集めるのに、男子が女子に持ち上げられようものならその恥ずかしさは倍以上だ。風香はあまり気にしていないようだが、当然晴登は恥ずかしくて穴に埋まりたい気分である。


「……あなたにここで脱落されるのは、本意ではないから」

「え、それって……?」


呟くような風香の言葉に晴登が聞き返すも、走ることに精一杯な彼女は答えなかった。

まだ出会ったばかりで、しかも敵チームなのに、彼女は晴登を助けようとしてくれている。それだけ、晴登の覚悟を買っているということだ。万年予選落ちの最年少チームが、何がなんでも本戦に進まんとするその覚悟を。
なら、これ以上無様な姿を晒す訳にはいかない。


「……あの、やっぱり下ろして──」

「喋らないで! 舌噛むよ!」

「は、はい!」


怒られた晴登は大人しく、激しく揺れる風香の腕の上で小動物の様に縮こまるのだった。
 
 

 
後書き
ハッピーバレンタイン。どうも、チョコが苦手な波羅月です。いやもう14日終わろうとしてるけども。

1ヶ月ぶりの更新ですね、大変お待たせしました! はいそこ待ってないとか言わない。……こほん。いやですね、実は先月大量のレポート課題に追われていたもので、執筆の時間が全く取れなかったんですよ。まぁ期末という時期ですから、仕方ないとは思いますが。

それはそれとして、どうして今回の話がこんなに長いのかということについて、自分自身にも問いたいところです。確か以前、「文量を短くすれば更新も早くなる」みたいなことを言ったと思うんですけど、完全にガン無視してますよねこれ。何ですかこのザマは。過去2番目に長いですよ。待たせた上に読むの大変でしょうが。半分に分けんかい。バカ(語彙力)

ということで、無理やり4人の視点をぶち込んだので、中々ボリューミーだったかと思います。おかげで予選の終わりがようやく見えてきました。本戦より予選の方が話が多くなるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、これから執筆していく所存です。

今回も読んで頂き、ありがとうございました。次回もお楽しみに! 
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