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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第103話『予選⑨』

険しい崖を越え、噴き出す水流を突破し、茨の森も駆け抜けた。一筋縄ではいかなかったが、それでも乗り越えてここまでやって来たのだ。


「これで、ラストですかね……」

「うん、そうみたい」


体力も魔力も限界に近く、気を抜けば倒れ込んでしまうほど弱った晴登がそう零し、それに風香は淡々と答える。

ラストの障害──彼らが見上げるその先に、確かにゴールが見えた。しかしその障害というのが、


「ここに来て山登りって……」

「ざっと1km。ここまで過酷とは思わなかった」


なんと2人の前に立ち塞がったのは、隆々とした山そのものだったのだ。もはや雲に届くのではないかと思うほど、空高く位置する山の頂上。そこがゴールなのである。

よく見ると、その山頂付近で大きな鳥の影──いや、誰かが魔術で翼を生やして飛んでいるのが見えた。どうやらトップはもうゴール目前らしい。


「はぁ……マジか……」


呼吸も兼ねる大きなため息をつき、晴登は眉をひそめる。それもそのはず、ここまで散々疲れさせられたのに、最後に今までで一番キツそうな障害があったのだ。もはや嘆かざるを得ない。


「くよくよしても仕方ないよ。とにかく登らないと」

「ぐ……わかってます」


風香に叱咤され、晴登は重い足を頑張って動かす。もう"風の加護"もまともに機能していない。ここからは自力での登山となる。


「はぁっ……はぁっ……」


登山道があるとはいえ、疲れ切った晴登からすればまるで沼の道。一歩一歩が重く、一度地面に付いたら中々離れない。
また斜面も険しく、少しでも後ろにバランスを崩せば転がり落ちてしまうことだろう。まさに過酷と呼べる。

前方を見ると、風香が素早く登っていくのが見える。やはりここでは、魔術師というより身体能力の差が出てしまっていた。インドア派の晴登と比べれば、風香は見るからに運動神経が良さそうだし。

そう思っていると、突然風香が振り返った。


「……ごめんね三浦君。さすがに私もこれ以上ペースを落とす訳にはいかないから、頑張ってついてきて」

「は、はい……」


なんて優しい人だろうか。もうゴールが目前だというのに、まだ晴登のことを気にかけてくれている。こちらは置いて行かれても文句は言えないというのに。


──それだけ、晴登が彼女に一目置かれているということ。


それがわかっていて、どうしてへこたれていられようか。いや、そんな暇はない。


「ふ、ぐっ……!」


己の弱った精神と足に鞭打ち、ひたすら一歩を踏みしめる。荒い呼吸を繰り返し、必死に酸素を取り込んだ。筋肉を、血を、骨を動かすために。前へ、前へと進むために。晴登は己に喝を入れ続け、風香の背中を追いかけた。

滑りやすい道も、隆起した岩場も、多少の段差も、意地だけで何とか乗り越えていく。





──そして、山の中腹辺りまで来た頃だろうか。夏だというのに、少し肌寒い。そう思った瞬間だった。


「あっ……」


張っていた糸がぷつりと切れたように、バタリと晴登は倒れてしまった。何かに躓いてしまったのか? いや違う。これは──『酸素不足』だ。
これだけ高度が高くなってくると、当然酸素濃度も薄くなる。普段よりも少ない酸素量、加えて元より体力の限界が近かった晴登にとって、そこは地獄と相違なかったのだ。


「こんな、とこで……!」


まだ意識はある。が、身体を起こせない。酸素が身体を巡らず、力が入らないのだ。
何とか動かせた首をもたげてみるが、前方に風香の姿は見えない。


──あ、終わった。


ここまで幾度となく、ピンチを風香に助けられた。しかし、もうここに頼みの綱である彼女はいない。それならば、「終わり」だと結論付けるしかないだろう。


「はぁ……何してんだろ俺」


競技への熱が冷めていく。あれだけ息巻いていたのに、一度倒れただけで心が折れてしまった。何でこんな過酷なレースに参加してたんだっけ?

あぁ、このまま眠ってしまいたい。疲れているんだ。それくらい許されても良いじゃないか。ゴツゴツしてて寝心地は悪いけど、眠りにつけばどうせ気にならなくなる。


『……!』


何か、聞こえる。でも遠くて聞き取れない。


『……と!』


何だろう。もしかして救急隊とかだろうか。確かに倒れた人がいれば、彼らの出番だろうし。


『ハルト!』


「──っ!!」


その言葉がハッキリと耳に届いた瞬間、ハッとして晴登は無意識に顔を上げた。


──誰もいない。


いや、でも間違いなく今のは結月の声だった。一体どこから? この辺にいるはずだが……。


「幻聴か……」


そう思うと、笑いが込み上げてきた。
まさか幻聴まで聴こえてくるとは。やはり相当疲れているようだ。早く休んだ方が良い。それなのに、


「……諦めて、たまるかよ」


幻聴だろうと何だろうと、他でもない結月の声を聴いた。だったら、このまま地面に突っ伏している場合ではない。


──何のために走るのか。


晴登には仲間がいる。背負っている想いがある。それだけで、立ち上がる理由になる。


「一人じゃ、ないから!」


晴登は気力と根性で身体を起こし、立ち上がった。しかし限界はとっくに迎えている。気を抜けば頭から倒れそうだ。
だからこそ、それを防ぐように一歩を踏み出す。倒れる前に一歩。倒れる前に一歩。そうして、何とか前へと歩み続けた。


「ぜぇ……ぜぇ……」


身体中に充分な酸素が行き渡らず、呼吸がより苦しくなり、視界もぼやけてくる。地面に足が付いている感覚まで薄くなり、一方寒気だけはひしひしと感じとっていた。
もう誰が見ても競技をやめた方がいいと判断できる状態。


──それでも、歩みを止める訳にはいかない。


もう既に何人かに抜かれた。もう好順位とは呼べないかもしれない。でも、ゴールしさえすれば、本戦進出の可能性は残されているのだ。


「絶対に……ゴール、するんだ……!」


力を振り絞り、己を鼓舞しながら前進する。その勇姿を誰が馬鹿にできようか。中学生だからと、子供だからと、そんな言葉で済ませてはいけない。


彼も──立派な魔術師だ。





『おーっと、ここでフラフラになりながらも山頂に辿り着いた選手がいます! もう少しですよ!』


「あれ【日城中魔術部】じゃないか?!」

「嘘だろ!? 過去最高難易度と噂のこの"競走(レース)"を乗り切ったのか!?」

「あんなに小さいのに……。頑張れ!」



「「「頑張れー!!」」」



耳に響く声の正体は、ゴール付近に集う観客の声援だ。しかし、実は今の晴登にはあまり届いていない。何せ、彼はほぼ無意識の状態でここまで来たのだから。まるで何かに導かれているかのように、ゆっくりだが辛うじてまっすぐ歩いている。

そしてついに──


『たった今、【日城中魔術部】がゴール致しました!』


そのアナウンスが流れ、晴登自身も本能でここがゴールだと察した瞬間、彼はバタリと地に倒れ伏したのだった。






晴登が次に目を覚ましたのは、草原の上であった。頭上には澄み渡った青空が広がり、草木の爽やかな匂いが鼻をつく。
一瞬天国かとも思ったが、ここには見覚えがある。そうか、また来てしまったのか。この"いつもの場所"に。


「……何だか身体が楽だな。全然疲れてない。さっきまで死にかけてたと思うんだけど」


悠長にも一番最初に感じた疑問は、なぜここにいるかというよりも身体の好調についてだった。
とはいえ、ここを夢の中の世界なのだから、現実世界での疲労は関係ないのだと勝手に結論づけてみる。


「さて、今回は何が起こるんだ?」


こう何度も同じ夢を見ると、さすがに慣れるというもの。
この世界では天気がよく移り変わり、そしてたまに誰かが現れる。その理由までは定かではないけど、少なくともわかっていることは、この夢はただの夢ではないということだ。


「今は晴れてるけど、どうせここから……」


雲一つない空に浮かぶ眩い太陽。さっきまで寒さに苦しめられていた身には、その温かさがよく沁みた。
しかし、晴登がそう呟いた時には徐々に雲が集い始める。確信していた訳ではないが、経験上何となく察してしまったのだ。


「雨が、降るな」


雲は分厚く空を覆い、次第に黒ずんできた。風が止み、代わりに水の匂いが鼻をつく。予想通りだ。
雨は、好きじゃない。濡れるし、汚れるし、何だか憂鬱な気分になる。夢の中でまでそんな気分を味わうなんて、全くツイてない。


──ぽつりと、雫が晴登の元へと落ちてくる。


何てことのないただの水滴。当たれば濡れるだけの些細な露。そしてそれはあっという間に消えていく、そんな儚い滴りだと思っていた──次の瞬間だった。



その雫が、晴登の身体を脳天から貫いたのであった。







「うわぁぁぁ!!!???」

「うひゃあ!?」


予想だにしていない衝撃と感覚に驚いて身体が覚醒し、飛び起きる。そしてすぐに額に触れ、風穴が空いてないか確かめて安堵した。


「びっくりした……。いきなりどうしたのハルト?」

「え、結月……? てか、ここは……?」


目が覚めると、頭上には天井があり、横には結月がいた。どうやら倒れた後、どこかの部屋のベッドで寝かされていたらしい。


「ここは救護室だよ。ハルトってば、凄く無茶してたんだから」


そう言って、結月は腕を組んで頬を膨らませた。
辺りを見回すと、彼女の言うように、ここは保健室の様な所だとわかる。ベッドが何台か置かれており、それぞれを仕切るための白いカーテンがあった。今は晴登と結月以外は誰もいないようである。


「確かに、結構無茶したな……痛てて」

「まだ寝てなきゃダメだよ。体力も魔力もスカスカなんでしょ?」

「そうだな……」


慌てて飛び起きた反動が、今になって返ってくる。身体の節々が痛み、汗もびっしょりかいていて気持ち悪い。倦怠感も拭えないし、今は横になっておこう。


「それより、さっきの悲鳴はどうしたの? 変な夢でも見た?」

「変な夢……うん、変な夢だった。とても」

「ふ〜ん。まぁ疲れてるからだろうね。とにかく、無事で本当に良かったよ……」


そう言って、結月は晴登の手を握る力を強めた。余程心配していたんだろう。心からの安堵が見て取れる。それにしても、


「もしかして、俺が寝てる間もずっと手を繋いでたの?」

「そうだよ。だって、もう起きないかもって思ったら怖くて……!」

「わー待って待って! 起きたから! 泣かないで! ね?!」

「うん……」


まさか地雷を踏み抜くとは思わず、慌てて結月を慰める。女の子を泣かせちゃダメだと月に言われたばかりだと言うのに、不甲斐ない。


「ぐすん。今みんなを呼んでくるね」

「わ、わかった」


結月は目に浮かぶ涙を拭いてから、救護室を出て行った。晴登のことになると、情緒が激しく揺らいでしまう点が玉に瑕なのが結月だ。心配させるようなことは極力控えたい。


「もっと、強くならなきゃ」


今回の事態は己の弱さが招いたものだ。もっともっと身体を鍛え、魔術も洗練する必要がある。
その点、このレース中に師匠も見つかったことは幸先が良い。さらに強くなるにあたって、魔導祭はうってつけの舞台だ。早く復帰して、特訓しなければ──


「あれ、そういえば予選結果はどうなったんだろ」


ふと、今になって最重要事項を思い出す。
ちょっと待て、もしここで予選落ちしてようものなら、機会も何もあったもんじゃない。
ヤバい、そういえばゴールしたかどうかあんまり覚えてないぞ。まさか途中でぶっ倒れて運ばれた……? そんな、嘘だと言ってくれ……!



「──本戦出場だよ」



「すいませんでした! 俺のせいで……今何と?」

「だから本戦出場だよ。ホントに、お前はよくやってくれたよ」


そう言って、部屋に入ってきた終夜がニカッと笑っていた。
 
 

 
後書き
……あれ、ちょっと更新遅いんじゃない? 1ヶ月は経ってないにしろ、もう1週間くらいは早く更新できたんじゃない? 
あ、いや、決して競バや狩りにハマって時間がなくなった訳じゃないんです。本当です。信じてください()

さて、今回は遅れていた晴登パートオンリーになります。そしてようやく、長い長い予選パートが終わりました。まさか半年もかかってしまうとは……。
しかし、次からはいよいよ本戦です。どうやって予選突破したかは次回に持ち越しますが、とりあえずこの章を書き進めることはできそうです。やったぜ。ありがとう晴登。

ということで、早速次回の執筆に取り掛かりたいと思います。今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! 
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