同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~
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【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦
【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦(1)~故に元帥は招集した~
前書き
「つまりはその生まれから考えるれば単純な差異だ、銀河帝国軍は【領土の回復と占領】のために生まれ、同盟軍は海賊やいずれ訪れる銀河帝国軍から【構成邦を守る】為に生まれたのだ。軍のコンセプトは国家の歴史に通ずるものである」
シドニー・シトレ士官学校校長(当時)戦史から見る軍事行政論についての講演にて
――アスターテ会戦より2年ほど前、宇宙歴794年2月初頭のことであった。
帝国軍艦隊総司令部は紛糾していた。
‥‥‥ゴールデンバウム朝、艦隊総司令部。“艦隊総司令部”と呼ばれているがその実態は複雑怪奇な帝国軍の官僚と権勢政治家が作り上げた軍組織をそのまま縮小したかの如く複雑で入り組んだ権限と影響力を行使され、行使する機関である。
だがその役割を(艦隊司令長官や参謀達の愚痴と悲哀と建前を切って捨て)端的に語れば遠征軍の指揮統括と“それに付随するその他諸々”である。
「グリンメルスハウゼン子爵が所領の軍を率いて我々の一翼を担う
かの老人は由緒正しき生まれであり我らがカイザーの若き頃から公私を支えて来た忠臣であるが――あー‥‥‥すでにご高齢であり、常在戦場となる前線での働きに対する熱意は衰えておらぬが、体力が追い付かぬだろう」
色々、の一つが建前としては帝国軍予備部隊である貴族私領軍の戦力評価である。私領で養われ、練兵に励む兵であるが、貴族が自身の私財で書類の通りの兵力を賄えるかというと必ずしもそうとは限らない。
無論、それでも彼らは練兵せねばならない、帝国政府の官僚貴族達は虎視眈々と派閥争いから脱落する輩を狙っている。それでも自治権を保持するための”実力”を担保するために赤字を垂れ流すのは耐えきれないのも事実だ。
その矛盾を解決する制度として『私掠権』が存在する。これは海賊や軍閥が跋扈した時期の銀河連邦末期時代からの慣習である。(ヴァンフリートの戦場清掃の作業員が得る“ボーナス”もその慣習の名残りである)
海賊の跋扈に対しこれを広く認めたことで地方軍や企業警備部隊の独立性が高まり軍閥化が手を付けられなくなったという致命的な欠陥を無視すれば――前線に立てば利益を得られる制度はルドルフ台頭の契機であり実力主義の気風と合致していた――というよりも本人の成功体験の一つである――がゆえに銀河帝国としても立身出世の登竜門となり、やがて門地貴族制度へと習合された。
古き良き、と評ずる時は道徳は建前を守り、建前が道徳を守ると語られ、旧弊的で悪しき、と評ずる時は不徳を建前が覆い隠し、建前を腐敗を覆うものとして既得権益者が守る、と語られる。端的にいえば双方ともに真実であるが同盟市民――特に【交戦星域】の人間からすれば【人狩り】あるいは【海賊】として恐れられているのがこの制度である。
だがしかし――
「そもそも将校すら充足されず、60年近く一度も実戦はおろか訓練もまともにしていない有り様ではないか」
若手参謀の一人がうめき声をあげるのも致し方ない。
大貴族はともかく弱小貴族にとってはマトモな艦隊すら持っていないことすら多い。グリンメルスハウゼン子爵はそれなりの門地をもち、郎党を含めれば艦隊の数は巨大であるが、その巨大な艦隊はちょっとした骨董品を慌てて再整備したようなありさまである。
「そこを批判するのは筋ではないだろう」
貴族当主でもある古参参謀の一人は苦笑する。
熱心なのは強大な閨閥に属する【熱心な】貴族か回廊近くに所領を持ちそれを食い扶持の一つにする【野卑な】貴族、そして軍功を金で買う連中が雇用する【傭兵】くらいだ。この参謀も爵位もちであるが正規軍の役職から離れた私兵隊を私財と投じて鍛えたいかといえば否である。
「わざわざ出征を求めなければ批判されるまいよ」
と小声で吐き捨てる若手参謀の足をシュターデンが蹴っ飛ばすのをミュッケンベルガー元帥は見て見ぬふりをした。
年を食い貴族社会の一員としての分別を軍事的合理性の上に上乗りした者たちは年若い幕僚の”軍事的合理性に満ちた”呟きに諧謔を見出し、くすぐったさを感じつつ、重々しい権威を張り付けた顔を崩さず聞こえぬふりをして言葉を継ぐ。
「カイザーも最後に軍功の一つでも与えてやってくれ、とのことだ。相応の場を整えるのも御役目よ。説明を」
シュターデンはミュッケンベルガーが先ほどの”注意”を見て見ぬふりをしたことに気づいていないかのようにいつもの講義をするかのような口調で作戦の説明を開始した。
「我々が戦場として選定しているのはヴァンフリート星系と叛徒どもが呼称する星系です」
「理由は何か」
「この星系の特徴は航宙管制が困難であること、小惑星帯などで大規模艦隊運用が妨げられることです。ですがこの地を押さえることには非常に大きな意義があります」
「逆に言えばこの星域の敵艦隊を掃討して足掛かりとなる拠点を築けば維持はそれほど難しくないこと。
そしてこの宙域の叛徒どもが逃げ込む拠点の一つであることです」
よろしい、と艦隊の最高責任者は首肯する。
「拠点を築けば我々は叛徒攻略の大きな足掛かりを得ることになる。その役目をグリンメルスハウゼン子爵に担ってもらおうではないか」
威風をまとった元帥の発言も空々しく響く。
――実際は面倒な老人を隔離するためのものだ。負けぬように戦うしかあるまい。
そうした空気が満ちた総司令部は出征の決定に際し、意気は低く及び腰であった。
それから半月後、幕僚陣による宮中政治と閨閥均衡、そして能力評価を複合した複雑極まりない評価基準による人事パズルの結果を片手に、ミュッケンベルガー元帥は一部予備軍を含めた銀河帝国宇宙軍にオーディンへ招集をかけた。
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オーディンでの会議からひと月ほどが過ぎた宇宙歴794年3月初頭、ヴァンフリート民主共和国首都要塞コロニー【マンデラ】が人民元帥府では国家安全保障会議が開かれていた。
人民元帥以下、ほぼ全員が軍服をまとい、危機感に満ちた顔つきである。
「帝国軍の次期出兵の目標がヴァンフリートへの侵攻という話をフェザーンの同盟情報部より通報があった」
参謀総局総長のンジンガ・キルアンジ大将が重々しく口を開く。
国軍としての席次は2位、同盟全体を見回しても珍しい女性の将官であるがその声と顔つきは戦塵で痛めつけられたことがある事実を誇示している。
「馬鹿な」「連中はあの【大侵攻】以来、ここに手を出すことは諦めたはずだ」
ざわつく人民政府中央委員達の中で運輸担当委員がぼそり、とつぶやく
「‥‥4=2の後方拠点が漏れたのでは?アレは我々の経済に多大な恩恵を齎したが、我々の公的な流通以上に流通が増えたことは外からでも観測できる」
ヴァンフリートは豊かではない、さらに言えば食糧や医療品などの輸入と金属資源加工品のほか、実態としてのやり取りはもの寂しいものである。
「帝国に機密が露見した可能性は否定できません。であれば事態は我々の手に負える物ではない。アスターテと同盟軍に避難支援要請を出しましょう」
「そう簡単に本国を捨てるつもりか!!」
「国防担当委員として申し上げますが、同盟軍との連携があったとしても現在の要塞と保有する宇宙軍のみでは帝国正規艦隊相手に万一があった場合は――」
「要塞を放棄した場合に乗っ取られる危険性を――」「人民の居住区であるぞ!これを捨てた場合はわが政府の統治能力は――」「政府の存亡は要塞プラントではなく人民と現有兵力を――」
「経済担当として発言するが採掘艦と工業プラントを放棄するのは――」
「しかしですな、国防担当の発言も間違いではない、内務国家憲兵隊を予備軍として動員したとて要塞へ陸戦隊の強襲を受けた場合――」
あわただしく意見を交わす政府中央委員達を見て、人民元帥は唇を引き結ぶ。
「中央委員諸賢は忘れているようだが――」
キルアンジ参謀総長が口を開いた。
「我々が判断するのは『勝つか負けるか』ではない。戦うか国ごと退くかの話であるよ。アンタらが仮にも背広の代わりに軍服をまとう軍人としてそこに座っているのならば覚えておくが良い。そして戦うならばあらゆる手段を取りここを保持するしかないのだ。それが防衛戦争というものさね」
先程までの喧騒が消え去る。
「人民元帥として結論を述べる」
重々しい声が静寂を打ち破った、モハメド・カイレが口を開いたのだ。国家の中枢に連なる者たち、全ての視線が最高統帥者に注がれる。
「我々には同盟市民の、そしてヴァンフリート人民の財産と身心の安全を保障する義務がある。そしてその為にはイゼルローン要塞は無力化されねばならない。
であらば、帝国軍の侵入は断固として打ち払わねばならぬのは必然である、だが我々は戦力が不足している、そして時間はない。ならば――同盟としての中央への働きかけのみならず、戦力を動員する」
「我らが指導者、それは一体――」
「構成諸邦へ軍派遣の要請を出す」
「‥‥‥それは復興ではなく帝国軍との交戦を踏まえた行動ということでよろしいのですか」
呻き声が響く、同盟軍と異なり構成邦軍が越境することは異例である。もちろん【交戦星域】では決して珍しいことではない。ヴァンフリート人民防衛軍にとっては【年に2度の繁忙期】があるくらいだ。
だがそれは【防衛任務】ではなく【人道支援】、国防ではなく航路の再整備や本土に被害が及んだ際の復興支援が主軸である。当然である構成邦軍は同盟軍よりも財政、人的資源において弱体であり地上軍は精兵であろうと宇宙軍も船団国家であるアスターテ連邦や小惑星掘削艦や工作缶を保有するヴァンフリート民主共和国、軽空母艦隊擁するパランティア連合国など一部の例外を除けば事故救難や警察行為を目的としたものであって【戦争】に耐えうるものではない。(これらの国は成り立ちや国家形態から自然とそうなっている)
彼らの神髄は地上軍にある。帝国軍は地上軍ありきでその輸送の為に宇宙軍が生まれたが同盟軍は構成邦間をつなぐための宇宙軍を集約し、それを同盟政府の権力の源泉とした。
逆説的に言えば本来は地上軍は構成邦が担うのものなのだ――この100年を超える戦争で同盟地上軍にも莫大な資金と予算が投じられているのだが、それでも構成邦軍、特に地上軍は同盟軍の予備役として戦地において支援にあたることも多い。
「そうだ、邦間調整担当委員、イロンシ中将」
「はい、閣下」
交戦星域間の支援活動や避難民の移動などを担当しているイロンシ中将が立ち上がった。
「仔細は任せる、また、ヴァンフリート人民元帥の名の下に【交戦星域】首脳会議の臨時招集を要請する。
貴官と関係部署には周辺国への増援要請に際する会談の準備を命ずる。貴様が主導して根回しを進めろ」
敬礼を返す若手委員にうなずき、安全保障会議に参加した高官達に厳しい視線を向ける。
「ヴァンフリート民主共和国全土において人民元帥の名の下に予備軍の招集、およびヴァンフリート民主共和国全土、全人民に対し戒厳令を布告する。これはすべての人民と人民の資産を守るためのものであり、真正に可及的速やかに執り行われるべし」
――最高指揮官の令を受けて並ぶヴァンフリート政府高官達が立ち上がりらぞろぞろと最高司令部を後にする。
人民元帥の結論は金科玉条、決断が下れば如何なる議論も不要、それこそが喉元の刃を見据え続けたヴァンフリート民主共和国の戦時における統治機構であるからだ。
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