水の国の王は転生者
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第六十七話 ヒューロ-湖畔の戦い・後編
湖畔の戦いの戦況は、マクシミリアンの登場で一気にヌーベルトリステイン側に傾いた。
懸念だった大樹の精霊エントも、掟破りの開幕破壊光線で沈んだ。
だが突如現れた、雷の精霊サンダーバードの電撃でマクシミリアンは撃ち落され、湖へと落ちてしまった。
セクションの違いで対空戦闘任務に従事していた三隻の戦列艦は、マクシミリアンが撃ち落されたと聞き、急いで降下してきた。
降りてきた戦列艦乗組員が見た戦場は、200メイルものエントが根元から折れ、獣達を押し潰しながら大地に横たわっている光景だった。
獣や亜人達はマクシミリアンの破壊光線でウェンディゴの呪縛から解放された。正気を取り戻した獣達は這々の体で逃げ出し、根元から折れたエントに押し潰され命を落とす獣も出た。
先頭を航行する74門戦列艦ル・モンテ号は、湖上空でで優雅に上空を旋回するサンダーバードを見つけ、戦闘準備を命令した。
「あの鳥が目標だ。直ちに戦闘用意。弾種は探知榴弾」」
「了解」
「殿下のウォーター・ビットで各艦に連絡」
ル・モンテ号艦長は、後ろに続くモンマロー号とラ・フランドール号に連絡を命じた。
そう、マクシミリアンのウォーター・ビットは生きていた。
即ちマクシミリアンも生きている事になり、乗組員に動揺は少なかった。
三隻の戦列艦は、空中を単縦陣で進み風上のポジションを取ると、サンダーバードを射程内に捉えた。
「左舷砲撃用意」
艦内では左舷砲撃の為に、船員の荷物やテーブルやハンモックなどの生活物資が右舷側に押し込められた。
「砲撃準備よし」
「砲撃開始!」
ドドドドドドン!!
三隻の戦列艦から一斉に砲撃が加えられた。
サンダーバードは砲弾が見えているのか、大して予備動作をせずに砲弾を回避した。
だが、サンダーバードが避けた砲弾はただの砲弾ではない、『探知榴弾』という特殊な砲弾だった。
砲弾に掛けられた『探知』の魔法が、近くのサンダーバードに反応し起爆。爆風と破片がサンダーバードを揉みくちゃにした。
「やったか?」
「目標は落下中です」
「地上と連絡は取れるか? 出来るのなら怪鳥の始末を頼みたいのだが」
「連絡は出来ますが、現在は殿下の捜索中ですので恐らくは……」
現在、地上は墜落したマクシミリアンの捜索をしていて、始末の為の人数を出せるか微妙だった。
「そうか、殿下の捜索中だったな。我々だけで止めを刺そう。各艦にも連絡を」
「了解」
三隻の戦列艦が降下を始めると、落下中のサンダーバードが湖面ギリギリで体勢を立て直した。
「目標が体勢を立て直しました」
「探知機雷投下」
「了解!」
戦列艦を始めとする既存の軍艦は、真下の敵を攻撃する術か無いので、機雷などを投下して攻撃するようにしている。
ル・モンテ号船員が火薬庫から探知機雷を持ち出し、甲板後部から次々と投下しだした。
重力に従って落ちる探知機雷を、サンダーバードはヒラリと避けると、再び『探知』が起動し機雷は爆発した。
「所詮は獣。鳥頭だな、学習能力が無い」
ル・モンテ号艦長は勝利を確信していた。
もうもうと、辺りを漂う煙からサンダーバードが飛び出してきた。
サンダーバードは翼をはためかせると、その翼から猛烈な電撃が放たれ、三隻の内の一隻、モンマロー号の艦底部分に電撃が直撃した。
戦列艦は構造上船底部分が弾薬庫になっている。その為、電撃の直撃を受けたモンマロー号は火薬庫に誘爆、さらに投下する為に後部甲板に山積みにされた探知機雷にも誘爆し大爆発を起こした。
轟沈したモンマロー号の脱出者は確認できなかった。
「うわぁぁ!?」
「ああっ! モンマロー号が!!」
モンマロー号爆発の衝撃波は、他の二隻の戦列艦にも伝わり、体勢を立て直す為に単縦陣を崩してしまった。
「艦長! 巨大な衝撃波の影響で舵が効きません!」
「艦長、先ほどの雷の一部がメインマストに当たり、帆が延焼しています!」
「直ちに体勢を立て直し、消火作業開始!」
サンダーバードは翼を羽ばたかせ、残った二隻の戦列艦に止めを刺すべく、王者の様に上昇を開始した。
☆ ☆ ☆
マクシミリアンは、ヒューロー湖畔のヌーベルトリステイン軍陣地の対岸側で目を覚ました。
「うう? ここは……?」
辺りを見渡すと、白い霧の様なものが漂っていて良く見えない。
「くそっ、何だこれ?」
手で辺りを探りながら湖畔をうろついていると、何処からか声が聞こえた。
「人か? お~い!」
マクシミリアンが声を返すと、数名の声が近づいてきた。
「マクシミリアン王太子殿下で在らせられますか?」
「ああ、僕がマクシミリアンだ」
濃い霧でよく分からなかったが、黒い影が四人見えた。声からして若い兵士のようだ。
「良かった。お怪我は御座いませんか?」
「少々の打ち身とかすり傷程度だ、ヒーリングを掛けたから心配ない」
「それを聞いて安心いたしました」
「かなり高い所から落ちたので心配しました」
「心配してくれてありがとう。それよりも、鳥の化け物はどうなったんだ? 戦闘中ならすぐにでも加勢に向かいたいのだが」
「現在、空軍が対処している所です」
「空軍? そうか、この霧は地上でのみ発生しているのだな」
「? 霧……ですか?」
「……ん?」
どうも話がかみ合わない。
そして、マクシミリアンは違和感に気が付いた。
四人の兵士は、数メイル先も分からない、この深い霧の中、すぐにマクシミリアンを見つける事が出来たからだ。
「一つ聞きたいんだけど、霧はかかっているよな?」
「お言葉ですが殿下。霧などかかっていません」
「え? それじゃあこの霧は?」
マクシミリアンは自分の目を両手で覆い、また外す……その行為を何度も繰り返した。
「なんてこった。目がイカれちまった」
と、素で呟いた。
「何処かお怪我を負われたのですか?」
「お、や、なんでもない」
兵士達に動揺を与えないように振る舞い。この状況の原因を考えてみた。
(やっぱり、さっきの破壊光線と、あの鳥の電撃かな)
そう結論付けた。
それと、目に対しヒーリングを掛けたが、どういう訳か治りが遅く、最低限見える様になるまで三十分以上掛かった。
(後で調べる必要があるな)
と、マクシミリアンが謎の目の不調の対策を練っていると、兵士の一人が木に昇って頂上付近に鉄の棒を括り付けていた。
薄っすらとだが、何かをしているのは分かった。
「彼は何をやっているんだ?」
「ご安心下さい殿下。これで我々に雷が落ちる事はございません」
と、リーダー格の兵士がマクシミリアンに近づき言った。
「なんだあれは?」
「あの男が発明した物で、鉄棒を建物の天辺などに付けて置くと、雷がその鉄の棒に落ちて雷の被害を防げるのです」
「ああ、避雷針か」
「流石は殿下、良くご存知で……」
「木に登っている彼が作ったのか?」
「左様でござます」
マクシミリアンの人材センサー(仮)がピーンと反応した。
「彼の名前を聞きたいな」
「あの男はベンジャミンといいます」
「へえ、それじゃ君は?」
「ジョージといいます。後ろの二人はジョンとトマスといいます」
「姓が無いという事は平民出身なのか? その割には学がありそうだが」
「我々が、アルビオンに居た頃、雇っていた主が、平民にも学問を教えてくれる方でしたので」
「何か人に自慢できる特技か何かは有るかな?」
「ベンジャミンはあの様に発明も出来ますし、トマスなどは、前の主も舌を巻く程の抜群の頭脳を持っています。私は測量を少々……」
「なるほど……君達四人はこの戦争が終わったら。アルゴルキン砦に出仕するようにしてくれ、話は僕がつけておく」
『ええ!?』
思わぬ出世話に、兵士改めジョージら三人は驚きの声を上げた。
「ヌーベルトリステインは、平民であっても優秀なら出世できる。何より少しでも人材が欲しいからね。このチャンスを無駄にしないで欲しい」
「御意にございます。必ずや殿下のご期待に沿って見せましょう」
ジョージ、ジョン、トマスの三人は膝を付いてマクシミリアンに頭を垂れた。
彼ら四人は、平民でありながら大出世する事になるが、それは本編と関係ない。
……
時間が経ち、マクシミリアンの普段通りに視力は完全に回復した。
視力が戻った時、始めてその目に映ったのはモンマロー号の轟沈の瞬間だった。
「……! なんてこった!」
マクシミリアンは顔をしかめ、ギリリと奥歯を噛んだ。
「ああ、フネが!」
「逃げろ、破片が降ってくるぞ!」
ジョージ達が慌てて木の陰に隠れた。
モンマロー号の破片がボロボロと湖面に落ち水柱を上げる。
破片の中には、黒焦げになった人の形をした物も混ざっていた。
「……なんてこった。キミ達は戦闘が終わるまで隠れていてくれ!」
「殿下はどうされるのですか?」
「決まっている。戦うんだ!」
「あっ、殿下!」
マクシミリアンは、木陰から湖畔まで走って移動すると、魔法を唱える為に杖を取り出した。
「イル・ウィンデ……ん?」
詠唱を始めると、ウォーター・ビットの一基が地面に何やら文字を書き始めた。何者かがウォーター・ボールで通信を送ってきたのだ。
内容は、掻い摘んで説明すると、サンダーバードと倒す手伝いをする、というのだ。
「……なるほど、ウォーター・ビット。承諾すると返信してくれ」
通信を粗方読み終わると、ウォーター・ビットに返信を命じた。
「さっきの通信は、あくまで保険。オレが倒しても問題ないな」
と、独り言を言うと、再び詠唱を始める。
16歳になったマクシミリアンの魔法は、風の属性がスクウェアクラスまで成長し、土の属性もトライアングルクラスまで成長した。だが火の属性は相変わらず使えなかった。
『エア・ストーム!』
マクシミリアンの唱えた『エア・ストーム』で、湖畔周辺に暴風が吹き、湖の水を巻き上げた。
湖の中に設置された探知機雷も、『エア・ストーム』の竜巻で巻き上げられ、巨大な竜巻は上昇中のサンダーバードへ迫った。
『!?』
突如発生した竜巻に驚いたサンダーバードは、素早く翼を羽ばたかせると回避行動を取った。
二隻の戦列艦はその隙を付いて撤退に成功した。
「よし、戦列艦は退避したな……今度はオレが相手だ!!」
護衛用に残したウォーター・ビットが、回避行動を取るサンダーバードに一斉射を加える。
サンダーバードは、三つのウォーター・ショットを辛うじて回避したが、体勢を崩し失速してしまい、後ろから迫る竜巻に巻き込まれてしまった。
『クァァァ!!』
だが、サンダーバードは周囲に電撃を放ち、エア・ストームで巻き上げられた探知機雷を誤爆させるとその衝撃を利用して竜巻の外へと脱出した。
「ち、鳥頭の癖に知恵が回る!」
舌打ちをしたマクシミリアンは、『エア・ストーム』を止め、別のスペルを詠唱する。
「ならば……『カッター・トルネード !』」
『エア・ストーム』の竜巻は、触れるもの全てを切り裂く『カッター・トルネード 』の竜巻に変化した。
『カッター・トルネード 』の竜巻はサンダーバードを追って湖面を走る。
サンダーバードは、空中でクルリと方向転換すると、マクシミリアンに突っ込んできた。
「ウォーター・ビット。迎撃を!」
マクシミリアンに命じられたウォーター・ビット三基は、ウォーター・ショットで迎撃を開始。
サンダーバードは、滑空しながら三つのウォーター・ショットを軽々と避け電撃をマクシミリアンに放つが、ウォーター・ビット一基が盾となってこれを防ぐ。
「くそっ」
マクシミリアンは、『カッター・トルネード 』を止め、『エア・ジェット』で逃走を図った。
湖面をホバー走行の様に走るマクシミリアンと、それを追うサンダーバード。
マクシミリアンに付き従うウォーター・ビットは二基で、断続的にウォーター・ショットで牽制を図っていた。
サンダーバードの電撃が湖面を走りマクシミリアンに迫る。
「ほいっ」
マクシミリアンは、錬金で事前に作っておいた鉄の延べ棒をポケットから取り出し後方に放り捨てると、電撃が向きを変え、鉄の延べ棒にあたると大量の火花を散らしてスパークした。
反撃とばかりに懐から、『FN ブローニングハイパワー』を取り出し、サンダーバードに三発を発砲。
だが、弾丸は避ける必要も無く、三発とも外れてしまった。
「……当たらん!」
そう吐き捨てて、破壊光線を撃とうとしたが、先ほどの視力の低下を思い出し、止めておく事にした。
サンダーバードは再び電撃を発射。
マクシミリアンも鉄の延べ棒で電撃を避わし、一人と一羽のチェイスは続いた。
その後も、湖面をホバー走行していると、対岸側のヌーベルトリステイン軍の陣地に近づいてきた。
陣地側の岸には、兵士達がマクシミリアン達に指を差して何やら騒いでいる。
(このままじゃ、彼らを巻き込んでしまうな……仕方ない。彼の力を借りよう)
マクシミリアンは一瞬だけ思案すると、何を思ったか『エア・ジェット』を切ってしまった。
当然ながらマクシミリアンは湖の中へと沈んだ。
『!?』
湖面ギリギリを滑空するサンダーバードが、マクシミリアンの姿を見失い、一瞬の隙を見せた。
瞬間、サンダーバードの正面前方の湖面が20メイルに亘って凍り付くと、数百もの氷の槍がサンダーバードに向かって伸びてきた。
『アイス・パイク』
マクシミリアンの即興で唱えた魔法に、隙を付かれたサンダーバードは、避ける間もなく氷の槍に突っ込み、串刺しになった。
『クウウッ……』
串刺しになったサンダーバードは、弱々しく鳴いていた。
だが、完全に戦闘不能になってもまだ生きていて、それどころか傷が再生を始めていた。
……
戦闘不能になったサンダーバードは、『アイス・パイク』に串刺しにされながらも、その闘志を鈍らせる事は無かった。
一方、ヌーベルトリステイン陣地とは別の湖岸では、一人の男がサンダーバードに照準を向けていた。
「……」
男の名はコマンド隊のジャックで、潜入任務を切りの良いところで終えると、獣の群れから離れ、付かず離れず獣達を監視しては、その動向をウォーター・ビットで報告したり、指揮官らしき亜人を狙撃したりしていた。
先ほどマクシミリアンに連絡を送ったのはジャックだった。
辺りの草を全身に貼り付けて即席のギリースーツにしたジャックは、ウォーター・ビットをスポッターにして、周辺の各データを取り、待ち構えていた。
愛用のウィンチェスターM60が、パイクの串刺しから逃れようとするサンダーバードを捉える。
「……」
ウォーター・ボールから送られてきた風向きからサンダーバード周辺の気温湿度までの全てを、頭の中に叩き込み、無言のまま機械の様に引き金を引いた。
……タァン。
一発の銃声が鳴り響き、吸い込まれる様に銃弾はサンダーバードの頭を撃ち抜いた。
「……」
ジャックは排莢された薬莢の空を回収し、周辺に気を張り、敵が居ない事を確かめる。
ウォーター・ビットからの情報でも敵の存在は確認できなかった。
念の為、狙撃ポイントから離れようとすると、ウォーター・ビットから通信が届いた。
差出人はマクシミリアンで、曰く……
『ビューティフォー』
と、だけ書かれていた
「びゅーてぃふぉー?」
訳が分からないジャックは首を傾げると、その場を立ち去った。
余談だが、この後コマンド隊において、ヘッドショットに成功すると『びゅーてぃふぉー』と言って狙撃手を称える風潮が出来たそうな。
☆ ☆ ☆
湖畔に静寂が戻った。
マクシミリアンは、湖から飛び出るとサンダーバードの亡骸のある氷の塊に着地した。
サンダーバードは見事に頭を撃ち抜かれ、既に死亡している……はずだった。
「なんだと……! 生きてる!?」
プルプルと震えるサンダーバードの死骸にマクシミリアンは戦慄を覚えた。
マクシミリアンは懐から『FN ブローニングハイパワー』を再び取り出すと、軽く振って水気を切った。
固定化を掛けてある為、水を被っていても、水さえ落とせば撃てる。
水気を切り終えたハイパワー拳銃をサンダーバードに向けると、どういう訳かサンダーバードの死骸の皮のすぐ裏に盛り上がりを見せていた。
「中に何か居るのか?」
状況が読めないマクシミリアン。
その間もモゾモゾとサンダーバードの身体の中を『何か』蠢き、マクシミリアンは手を出せないでいた。
五分ほど経っただろうか。まるで卵から孵化する様に、サンダーバードの身体を突き破って、『何か』が飛び出してきた。
「これは……」
飛び出してきた『何か』は、手の平サイズの小さな雛鳥だった。
雛鳥はサンダーバードの死骸を突き破ると、ポトリと氷の地面に落ち、辺りを見渡すそぶりを見せた。
……と言っても、まだ目は開いてない様だった。
『ピィピィ』
と鳴く雛鳥。
「訳が分からん。転生でもしたって言うのか?」
成鳥から雛鳥に孵ったサンダーバードに混乱するマクシミリアン。
雛とはいえ、サンダーバードから生まれた雛だ、警戒するに越したことは無い。
「だが、雛とは言え、元は強力な怪鳥だ。戦列艦の仇を討たせて貰う」
雛鳥にハイパワー拳銃の銃口を向けた
トリガーに掛けた指に力を入れると、突如マクシミリアンと雛鳥との間に光る鏡が現れた。
「なに!?」
目の前の光る鏡には見覚えがあった。
「サモン・サーヴァントのゲート! 誰かが召喚を!?」
ゲートが消えると、雛鳥も消えていた。
「……召喚されたのか?」
再び湖畔に静寂が戻った。
その後、ウォーター・ビットから通信が届いた。
コマンド隊が原住民と協力して、敵の黒幕に近づいているという内容だった。
マクシミリアンはウルグに後を任せると、エア・ジェットでコマンド隊の救援に向かった。
☆ ☆ ☆
トリステイン王国のトリステイン魔法学院では、二年の進級試験として使い魔の召喚試験が行われていた。
「次はカトレア様の番ですよ」
友人のミシェルが、芦毛の巨馬を携え、木陰に座って自分の番を待つ王太子妃カトレアに言った。
「その子がミシェルの使い魔?」
「はい、ハルケギニアでは在り得ないほどの巨馬です。名前は『グリーズ』です」
「そう、よろしくねグリーズ」
そう言ってカトレアはグリーズの首を撫でた。
巨馬グリーズは、ハルケギニアの遥か東のサハラ周辺で生息する品種で、昼夜気温の上下が激しい土地でも生きて行けるほど丈夫な身体を持っていて、身体も大きく足も早かった。
ハルケギニアでは一切出回ったことの無い珍しい品種で、一部の者からサハラ種とかサハラ馬などと呼ばれていた。
「王太子妃殿下。番ですのでお越し下さい」
少し離れた原っぱの辺りで、担任のコルベールがカトレアを呼んでいた。
「あ、呼んでるわ。ミシェルまた後でね」
「はい、カトレア様はどの様な使い魔を召喚されるのか、とても楽しみです」
「良い子だといいわ」
カトレアは木陰を離れコルベールの所へ向かった。
原っぱでは、同級生達がサモン・サーヴァントを唱えて使い魔を召喚していた。
「こちらでございます。王太子妃殿下」
「ミスタ・コルベール。お待たせしてごめんなさい」
「カトレア様頑張って!」
「ありがとう、頑張るわ」
声を掛ける同級生に、カトレアはニッコリ笑って応えると、マントの裏に隠した杖を取り出した。
カトレアの杖は、一メイルほどの長さの銀製の杖で、見事な装飾が彩られていた。
養父のエドゥアール王が、入学祝いに下賜した特別製の杖だ。
「我が名は『カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召還せよ!」
流麗な声色で、カトレアがサモン・サーヴァントを唱え終えると、目の前に光り輝くゲートが現れた。
「さあ、出てきて。わたしの、わたしだけの使い魔……」
カトレアが言葉に呼応するように、ゲートが目も開けられないほど光り輝くと、小さな電撃を放ちながら雷色の羽毛の雛鳥が現れた。
『ピィピィ』
「まあ可愛い」
カトレアは雛鳥を手に乗せた。
生まれたばかりなのか、雛鳥の目は開いていなかった。
「カトレア様、お怪我はございませんか?」
「無事、使い魔を召喚されたようですね」
「変わった鳥ですね。カトレア様」
ミシェルの他に、ワルドとジョルジュもやって来た。
「王太子妃殿下。最後にコントラクト・サーヴァントを」
「分かりましたわ、ミスタ・コルベール」
カトレアはコントラクト・サーヴァントのスペルを唱え、手の平の上の雛鳥にキスをした。
コントラクト・サーヴァントの影響で雛鳥が苦しみだす。
『ピィー! ピィー!』
「ごめんね、少しの間我慢してね?」
カトレアは苦しがる雛鳥の頭を指先で撫でた。
十秒ほど経つと使い魔のルーンは雛鳥の背中に刻まれた。
「ルーンも現れました。使い魔召喚は成功です。お疲れ様でした王太子妃殿下」
「ありがとう、ミスタ・コルベール」
カトレアは、コルベールに礼を言うとミシェル達の居る所に戻った。
「変わった色の羽毛ですが、どの種類の鳥なんでしょうね?」
「名前は決まっておられるのですか?」
「名前は……そうねぇ……」
カトレアは少し考えて
「うん、決めたわ。この子は『フレール』よ。これからよろしくね、フレール」
そう言って、カトレアはフレールにキスをした。
後に、王妃カトレアの絶対的守護者となるサンダーバードのフレールは、こうしてカトレアの使い魔になった。
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