水の国の王は転生者
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第六十六話 ヒューロー湖畔の戦い・中編
大森林の中を、一台の軍用車両と数百を越す騎兵が往く。
彼らは、亜人や獣達を狂わせた悪霊ウェンディゴを倒す為に進んでいた。
ヒューゴの手で修理を終えた軍用車両は、車体の所々に錆が残っているが、デヴィットの錬金で各パーツを作り、ヒューゴは作られたパーツに、鑢などで細かい加工を加えて規格を調整したお陰で中身は新品同様だ。
後は、デヴィットが錬金したガソリンを入れて動けるようになった。
軍用車両にはアニエスとデヴィットとヒューゴの三人が乗り込んでいた。
運転手はヒューゴで助手席にはデヴィット、後ろの銃座にはアニエスが就いていて周囲を警戒していた。
「そろそろ、敵の本拠地に着くそうよ」
馬に乗ったアワサが並走して伝えた。
「了解……でも、他の隊員を置いてきて良かったんですかね?」
アニエスが警戒しながらデヴィットに聞いた。
「仕方が無い。このクルマは数人しか乗れないし、馬車での移動は、何かと制約が付く」
「その点、このクルマは悪路でも問題なく進めるしな」
と、ヒューゴが続いた。
「そういう事だ。アニエス、警戒を厳に」
「了解」
コマンド隊とアワサら原住民の一行は、敵の本拠地に向け進み続けた。
……
M2の銃座に就いていたアニエスはデヴィットと変わり、今は助手席で情報集を行っていた。
「ウォーター・ビットから情報が送られてきました。つい先ほど、我がヌーベルトリステイン軍と獣達が衝突したそうです」
「始まったか。我々も急ごう」
「りょーかい。少し飛ばします」
ヒューゴがアクセルを踏み込むと、軍用車両のスピードが上がった。
「馬よりも早いなんて、便利ね~」
後から続くアワサは、呑気そうに言った。
敵の本拠地まで数リーグまで迫ると、警備の亜人がチラホラと見えるようになった。
亜人達は、アニエス達を見つけると、飛び跳ねる様に驚き仲間を呼び始めた。
すかさずアワサ、原住民達に突撃を号令した。
「突撃よ!!」
『ウワオォォォォッ!!』
アワサの号令に、原住民達がオーク鬼に突撃を敢行した。
銃声が鳴り響き、トマホークが飛ぶ。
車上のコマンド隊の面々は呆然と見ていた。
「私達は見ているだけで良いんですか?」
「援護射撃に留める。弾は限られているからな、節約だ」
「それに、俺達の出番は無さそうだぜ?」
ヒューゴの言うとおり、原住民達は亜人や獣達を、あっという間に蹴散らしてしまった。
この戦闘が呼び水になった様で、5メイルもある巨大な熊とオーク鬼の群れが森林の中から現れた。
「散開!」
アワサが声を張り上げ命令する。
巨大な熊は、爪を振り回し原住民の密集している所に乱入し、原住民を二人切り裂いた。
「あの毛むくじゃら。トロル鬼並みのでかさだ!」
「我々も戦闘に参加しよう。アニエス、銃座変わってくれ。私は魔法で援護する」
「了解!」
アニエスは、助手席から後部座席にスルリと移動し、M2重機関銃の銃座に着いた。
M2の照準を熊に向ける。
「撃ちます!」
「アース・ハンドで敵の動きを止めて……よし、撃て!」
パパパン! パパパン!
50口径の大口径弾は、アース・ハンドに足を取られ身動きの取れない熊の剛毛とその下の肉を紙切れの様に削ぎ取った。
「うう、反動が……」
猛訓練を受けたとはいえ、15歳の少女に重機関銃の反動はきつかった様だ。
「アニエス、辛いなら代わるか?」
「いえ、行けます!」
デヴィットの言葉を突っぱね、アニエスはオーク鬼に照準を当て引き金を引いた。
パパパン! パパパン!
再び銃声が鳴り、オーク鬼は醜い肉塊に変わった。
「森の中に突入するわよ!」
手綱を器用に操り、アワサは原住民達に命令した。
「俺達も行きましょう」
「よし、我々も続くぞ」
アニエスらを乗せた軍用車両は、原住民達に続いた。
……
アニエス達が、森の中に入って数時間。
亜人達が現れることも無く、順調に前に進んでいた。
そして、高い雪山とその麓に巨大な湖の広がる地域に到着した。
「ここが敵の本拠地?」
「ウェンディゴは何処に居るんだ?」
軍用車両の上で、アニエスとヒューゴは辺りを見渡した。
湖面は静かに波打ち、敵の存在など感じられなかった。
「そうでもない。見ろ」
デヴィットは二人に、一枚の紙を渡した。
そこには、ウォーター・ビットから送られてきた湖周辺の地形が描かれていて、敵を示す赤い点が湖の周辺に所々見られた。
「アワサを呼んできてくれ。原住民ともこの情報を共有すべきだろう」
「了解」
アニエスはクルマから降りるとアワサの所へ走って行き、アワサの馬と共にやって来た。
「どうしたの?」
「情報を共有しようと思ってね。敵の配置だ」
そう言ってデヴィットは、周辺の地図をアワサに見せた。
「……全ての敵を倒すのは効率が悪い。ウェンディゴを探し出した方が良いと思うが」
「そもそも、ウェンディゴって何なの?」
外野で聞いていたアニエスが会話に入った。
「私もデガナヴィダから聞いただけだから、詳しい事は分からないけど。ウェンディゴ自体はそれほど力を持たない弱い精霊だそうだけど、取り憑かれた者は人間が食べたくなって仕方が無くなるそうよ」
「獣や亜人達が人間に固執するのはそれが原因が」
「それじゃ、我々も取り憑かれたら危なくないか?」
「それなら大丈夫よ。ウェンディゴは鉄を嫌うから、鉄の装飾品なり武器を装備していれば、取り憑かれる事は無いわ……多分」
「おいおい、多分って、大丈夫か?」
「実際の所、ウェンディゴがどういう奴なのか私には分からないわ。鉄が多く眠っている悪霊の滝には近づかなかった事から、そう思っただけよ」
「それじゃどうなるか分からんな」
デヴィットとアワサの会話にアニエスも入ってきた。
「念のため。鉄製の何かを、多めに身に纏って行きましょうよ」
「そうだな……」
アニエスを加えた3人の協議は続く。
ヒューゴは3人の会話に入らず、ボケッと周囲を見渡していたら。思わず欠伸が漏れた。
「ふああぁ……ん?」
その時、何処からともなく、『ズシンズシン』と地響きが聞こえた。
「っ!?」
「この音は?」
「アニエス! 銃座に着け!」
「りょ、了解!」
三人もこの地響きに気付き、アニエスは銃座に就いた。
穏やかだった湖面に波紋が走り、地響きの主が森の向こうから現れた。
『やあやあ我こそは、山の戦士ダドダボ! 我らが聖地に足を踏みいてた事を後悔するが良い!』
先ほどの熊よりも更に大きい、10メイル程の熊が二本足で立っていた。
「でかいな!」
「何か、まともっぽいけど、あれもウェンディゴに取り憑かれてるの?」
「ウェンディゴに取り憑かれても、力が強ければ、ある程度は理性を保てるそうよ」
「て、いう事は、アイツ滅茶苦茶強いって事だよな」
「ともかく、あの化け物を倒さないと先には進めないな」
作戦会議をしていると、一行に差し込む太陽が陰った。巨大なダボダドが、太陽の光を隠したのだ。
『フゥ~ハハハハハハハ!』
ダドダボは、前足の爪を2メイル程伸ばし、笑いながら地響きを立てて迫ってきた。
機関銃の残弾を確認していたアニエスは、ダドダボの足元に数日前に自分の頬に傷を付けたサーベルクーガーが居る事を確認した。
「あいつは……!」
無意識に左頬の傷に手を当てた。
アニエスの尋常でない雰囲気に気付いたデヴィットは、キッパリとアニエスに言った。
「アニエス。ここは戦場だぞ、戦場で我を失って、一人で突っ張りれば、死ぬのはお前だけじゃない。仲間も殺す事になると、訓練で習ったはずだ」
「……! 了解、すみませんでした」
「一も二も、とにかくカバー命だ。行くぞ!」
「了解!」
ヒューゴがアクセルを踏み込むと、軍用車両は猛スピードでダドダボへ向けて走り、アワサら原住民達の騎兵はそれに続いた。
☆ ☆ ☆
「突撃ぃ~! 突撃っ!」
『ウワオォォォォッ!!』
アワサが号令を発し、原住民達が奇声を上げながらダドダボへ迫る。
「敵に近づかずに、『雷の杖』で遠巻きに攻撃を続けるんだ」
原住民達はそれぞれの『雷の杖』、すなわち銃で、ダボダドを発砲した。
パパパパン!
と、銃声が鳴り、銃弾がダボダドの身体に食い込むが、全てが厚い体毛に弾かれてしまった。
『フゥ~ハハハ! 効かん! 効かんぞぉ!!』
2メイル程のの爪が伸びた腕を剣の様に振り回し、原住民達を蹴散らす。
爪は『斬る』と言うよりも『叩き斬る』と言った表現がピッタリの切れ味だった。
ドシンドシンと、ダボダドは二足歩行でアニエスらの乗った軍用車両に迫る。
「アニエス振り落とされんなよ!」
ギャリギャリギャリ!
軍用車両はドリフトをかまし、ダボダドの攻撃を巧みに避けた。
「ヒューゴさん流石です!」
「あたぼうよ!」
「アニエス撃て!」
「了解っ!」
パパパパパパン!
アニエスは、下っ腹に力を入れ、M2をフルオートで発砲。
50口径弾は、ダボダドの身体に食い込み、足が止まった。
「効いてる!」
「囲め! 囲んで殺せ!!」
余勢を駆った原住民達は、ダボダドを囲み、一斉にトマホークを投げつけた。
トマホークは、ダボダドの身体にハリネズミの様に突き刺さり、ダボダドの傷を更に広げた。
『しゃらくさいわ!』
ダボダドが吼えると、ダボダドの全身から数十もの蛇が生えてきた!
「何あれ!?」
「気持ち悪いなぁ……」
『フハハハハ、それだけではないぞ。精霊達よ!!』
ダボダドが再び吼えると、周りの草が触手の様に伸び、原住民達を絡め取った。
「……先住魔法だ!」
「危ないぞ! 逃げろ!」
伸びた草はアワサの方にも伸び、愛馬の足をとられると、アワサは馬上からダボダドに飛びついた。
「くっ……ハァァーー!」
「アワサ!」
ダボダドの背中にしがみ付いたアワサは、振り落とされない様に体毛を掴んだ。
だが、ダボダドも黙ってこのままにしておかない。
『ええい! 離せぃ!』
身体中から生えた蛇が、アワサに襲い掛かってきた。
「このっ!」
アワサはトマホークで襲い掛かる蛇を斬り付けた。
「このっ、このっ!」
トマホークを大車輪の様に振り回し、背中から生えていた蛇は、殆ど刈り取られてしまった。
蛇は地面に落ちて、ウネウネとうねっているが、まだ生きていた。
『ぐわぁぁぁぁ~~~!!』
いきなり苦しみだしたダボダド。
「何が起こった?」
「分かんないけど、効いている!」
「みんな、刈っちまえ!」
苦しむダボダドを見て、原住民達がアワサに声援を送る。
一方、コマンド隊の面々も、その光景を見ていた。
「アニエス、援護射撃だ。身体ではなく足を狙え」
「了解!」
パパパン!
アニエスはM2でダボダドの足に発砲。銃弾はダボダドの足に食い込んだ。
『ぐう、ぐううう!』
その甲斐あって、ダボダドの足を止めることに成功した。
「感謝よアニエス。これで……最後ぉ~~!」
アワサのトマホークが最後の蛇を捉える。
最後の蛇は、アワサのトマホークで切り取られ、空中を回転しながら地面に落ちた。
『ぐぉぉぉぉーーーーっ!!』
今まで以上に苦しみだしたダボダドは、アワサを乗せたまま大暴れしながら木々を破壊し、沢に転がり落ちていった。
「あ、アワサ!」
「追うぞ、ヒューゴ!」
「了解っす!」
ヒューゴがハンドルを切り、落ちたアワサを追おうと軍用車両を走らせると、何処かに潜んでいたサーベルクーガーが横から飛び掛ってきた。
「うわぁ!?」
「くっ、何かに掴まれ!」
横から体当たりされた軍用車両は横倒しに倒れ、アニエスは車外に放り出された。
「ゴホッ、痛たた……」
「アニエス、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
三人は声を掛け合い、お互いの位置を確かめた。
デヴィットとヒューゴは軍用車両の近く。アニエスは二人を離れた場所まで飛ばされたようだった。
「アニエス! 後ろ後ろっ!」
「え!?」
ヒューゴの警告にアニエスは辺りを見渡すと、体当たりをしてきたサーベルクーガーが、身を低くして、今まさにアニエスに飛び掛ろうとしていた。
「く……!」
『マタ、オマエカ!』
腰のホルスターからM36リボルバーを抜いて、サーベルクーガーに向けた。
『ガウア!!』
「あっ!」
危険を察知したアニエスは、無意識にリボルバーを引いた。
瞬間、大きな顎が振り下ろされ、M36は噛み砕かれてしまった。手を引くのが少しでも遅かったらアニエスの手首から先は無かっただろう。
サーベルクーガーはペッと破壊したM36を吐き出し、再びアニエスを睨みつけた。
(く、武器が……)
内心舌打ちをし、新しい武器のG3アサルトライフルを探す。
G3はすぐに見つかった。G3はサーベルクーガーの後ろに落ちていた。どうやらアニエスが軍用車両から放り出された時に別々に放り出されたようだ。
(どうしよう……回り込んで拾うには無理がありすぎる)
そんな事を、目の前のサーベルクーガーが黙って見ている訳が無い。
「やるしかない……!」
と、アニエスは腰からナイフを取り出し、中腰で構えた。
「アニエス逃げろ!」
「アニエス!」
デヴィットとヒューゴの二人が、アニエスに声を掛けた。
(アイツに後ろを向けたら間違いなく殺される……それなら!)
アニエスはサーベルクーガーに向け走り出した。
「あっ、馬鹿!」
ヒューゴが驚きの声を上げた。
駆けるアニエスは、右手に持ったナイフをクルリと回し、刃の部分を中指を人差し指で挟んだ。
「……ふっ!」
手首のスナップを効かせて、ナイフをサーベルクーガーへ向け投げつける。
『シャラクサイ!』
サーベルクーガーは、投げられたナイフを自慢の牙で弾き返す。
だが、その僅かな隙を作るのが、アニエスの狙いだった。
「はぁっ!」
十分な助走を得たアニエスは、大地を蹴って跳び上がると、体操競技で言う跳馬の様にサーベルクーガーの頭に手を付き、サーベルクーガーの上空を跳び越えた。
しかも前転跳びのおまけ付きだ。
『ナニィ!?』
驚くサーベルクーガー。空中のアニエスは不恰好ながらも着地、だが勢いを殺せず地面に転がり込んだ。
アニエスは転がりながらも地面に落ちたG3を回収し安全装置を解除、銃口をサーベルクーガーに向けた。
振り返ったサーベルクーガーは、既に構え終わったアニエスに一瞬驚いたように身体をビクリと震わせたが、驚きよりも殺意が上回ったようで、アニエスの頭を噛み砕こうとした。
『ガアアアアッ!!』
「あああああ!!」
パパパパパパパパン!!
吼えたアニエスは、G3をフルオートで発砲し、20発全ての弾丸はサーベルクーガーの口から体内へ入り、柔らかい肉を突き破って致命傷を負わせた。
『……グガァ』
ボタボタと、口から大量の血を吐き出したサーベルクーガーは、一声鳴くと横倒しに倒れて動かなくなった。
「お、おおおーーーー!」
歓声が上がり、デヴィットが走りながらアニエスに声を掛けた。
「見事だアニエス。怪我は無いか?」
「大丈夫です」
アニエスは、尻餅をつきながら応えた。
「早いとこ、アワサを助けに行こうぜ」
一方のヒューゴは起こした軍用車両の点検を済ませ、既に運転席に乗り込んでいた。
「デヴィット隊長、ヒューゴさん」
「手を出せ」
「ありがとうございます」
デヴィットは、アニエスに手を貸して起き上がらせた。
精霊魔法の効果も切れ、触手の様に絡み付いていた植物達は、通常の草花に戻った。
戦場に静寂が訪れ、原住民達が、軍用車両の周りに集まってきた。
「アンタ達、凄かったよ」
「俺達はアワサを助けに行くぜ。あんた等はどうする?」
「助けに行くよ。我々だけでは、肝心のウェンディゴがどういう姿形か分からないからな」
その後、デヴィットと原住民達が協議した結果、沢に落ちたアワサを救出しよう、いう事になった。
アニエス達は、周囲を警戒しながら沢を降りていると
「お~い」
と、声が聞こえた。
「アワサの声だ。無事だったの……か?」
デヴィットら一行は、思わず息を飲んだ。
アニエスたちに向かって手を振るアワサの後ろには、一緒に落ちたダボダドが地面に胡坐をかいて座っていたからだ。
「おい、後ろのそいつは大丈夫なのか?」
「ああ、彼? なんだか『頭がスッキリした』って。大丈夫みたいよ」
『そういう訳だ』
10メイルの巨大熊が鼻息荒く、林檎といったフルーツをモシャモシャ食べていた。
「何でそんな物食ってるんだ?」
『ここ数百年、肉しか食ってなかったから、フルーティな物が食べたかったんだ』
「数百年間、ウェンディゴに取り憑かれ続けていたのか?」
『名前は知らんが、そうか……アレはウェンディゴというのか……そうかそうか』
数百年も取り憑かれ、好き勝手にされたのだ。流石に怒ったらしい。
『ヤツの臭いなら分かる。案内しよう』
「渡りに船だな。案内して貰おう」
「ウェンディゴを倒せば私達の戦いも終わるわ」
「頑張ろうアワサ」
「頼りにしているわよ。アニエス」
こうして、一行はウェンディゴの居る場所に案内して貰う事になった。
最終決戦は近づきつつあった。
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