水の国の王は転生者
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第六十八話 イロコワ連邦
アニエス達コマンド隊はダボダドの案内で、ウェンディゴの潜んでいるとある洞窟までたどり着いた。
「この洞窟がウェンディゴの住処なのか?」
「左様、ヤツの臭いはここから漂ってきおる」
デヴィットの問いに40半ばの中年男性が言った。
彼は精霊魔法の変化で人間化したダボダドだ。
「大人数じゃ入れないから、少ない人数で行こう。みんなは入り口を守ってて」
「分かった。アワサ」
アワサは原住民達に入り口付近を守るように言った。
一方、コマンド隊では……
「アニエス。我々も洞窟内に入るが、その前にこれを渡しておく」
そう言ってデヴィットは、腰のホルスターからルガーP08を取り出してアニエスに手渡した。
「これは……?」
「前の戦闘で、お前のサイドアームが壊れたから、代わりに渡しておく」
アニエスのM36リボルバーは、サーベルクーガーに破壊された為に、今のアニエスはG3アサルトライフルとナイフしか持ってない。
「ありがとうございます」
「言っておくが、後で返してくれよ?」
「デヴィット隊長の武器は良いんですか?」
「もう一丁持ってるし、魔法があるから問題ない……さ、突入しようか」
「了解」
デヴィットとアニエスがアワサとダボダドに続いて中に入ろうとすると、
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺も行くんですか?」
ヒューゴが焦った顔で現れた。
「……」
デヴィットは『おまえは何を言っているんだ』、みたいな顔をした。
「何ですかその顔!」
「いや、クルマに乗ってた時は、あんなに勇ましかったのに、どうしてこうなった、とな」
「え、ヒューゴさん来てくれないんですか?」
「アニエス。なにアニエスが捨てられたような顔してんだ」
「なんですかそれ!」
「ヒューゴ。話を逸らすな。ほら、行くぞ」
「痛たたっ! 耳を引っ張らないでくださいよ。行きますよ!」
ヒューゴは、ごねたものの結局一緒に行くことになった。
……
コマンド隊三人とアワサとダボダドを含めた計10人で洞窟内を進む。
洞窟内は、肌を切り裂くような寒さで、人が三人肩を並べて歩けるほどの広さだった。
デヴィットはライトを唱えて照明代わりになって先に進んだ。
「くんかくんか……うん、こっちだ」
ダボダドは、時折鼻を鳴らして、一行を先導した。
「見た目、中年のおっさんが、くんかくんかは無いよな」
「止めましょうよ。聞こえますよ?」
ヒューゴの軽口にアニエスが困ったように返す。
「良いんだよ。先住魔法の、たしか……変化だっけ? でっかい化け物がいきなり中年のおっさんに変わった時は腰を抜かしたぜ。しかもオールヌードのオマケ付きだクソッタレ!」
「わ、忘れようとしてたのに……あうあう」
ダボダドが変化で人間に変わった時の、全裸の姿は思春期のアニエスには刺激が強すぎた。
「むむっ、臭いが強くなってきた。近いぞ」
「よし、戦闘準備だ。お前らもそろそろ黙れ」
「了解」
「了解っす」
デヴィットに怒られた二人は黙って洞窟の奥へ進んだ。
奥に進むと、切り裂くような寒さは一段と酷くなり、所々に氷の結晶が壁から生えていた。
「綺麗だけど、こうも寒くちゃ感動も半減だわ」
「奥に誰か居る!」
一行は、洞窟の奥に人影を見た。
「コマンド隊。配置に付け」
デヴィットの号令で、アニエスとヒューゴは戦闘態勢を取った。
「……」
「……」
全員が、そろりそろりと近づくと、洞窟の奥にはガリガリに痩せた醜い人間らしき者が居た。
「コイツがウェンディゴ?」
「そうだ」
アワサの問いにダボダドが答えた。
ガチャガチャ、と原住民達は一斉に雷の杖(銃)をウェンディゴに向けた。
「コイツがウェンディゴか、俺に撃たせてくれ。俺は親兄弟を、こいつのせいで殺された。」
「いや、俺に撃たせてくれ」
「いや、俺だ」
「……アンタ達、止めなさい」
アワサの地の底から這い出たような低い声に、その場はシンと静まり返った。
「何故だアワサ!? お前だって親兄弟を殺されただろう?」
「そうだ。俺達はこの時を待っていたんだ!」
「……私、色々考えたのよ。デガナヴィダの言葉の意味を、ね」
「しかし、アワサ」
そう言って、アワサは原住民達の声を無視して、ウェンディゴに近づいた。
「不用意に近づくと。危ないよ」
「大丈夫よ。ありがとうアニエス」
「なんなら、アワサ。私も……」
「止めとけアニエス。彼女に任せよう」
アニエスが、アワサに着いて行こうとしたがデヴィットに制された。
「さて……初めまして、ウェンディゴ」
『……』
アワサがウェンディゴの前に立ち軽く挨拶したが、ウェンディゴは何も応えない。
「応えたくないならそれでも良いわ。私達、アンタを殺しにきたの……」
『……』
「けど、『みんなきょうだい』……気が変わったわ。だから、命だけは助けてあげる。私達の前から消えて頂戴」
『……クヒッ、クヒヒヒヒ! ニンゲンノニクゥ!』
ウェンディゴが突如笑い出し、アワサに襲い掛かった。
「アワサ下がれ!」
ボパパパパン!
洞窟内で、一斉に銃声が鳴り響き、銃の煙が洞窟内を覆い隠した。
「撃ち方止め!」
「……」
「……」
「呆気無いものだ」
「ああ」
「おい待て!」
「どうしたの、ダボダド?」
「奴め、この煙に乗じて……糞っ、逃げたぞ!」
「ええ!?」
煙が晴れると、ウェンディゴが居た場所には誰も居なかった。
「奴は出口まで逃げた」
「しぶとい奴だ。追え!」
一行は、急いで洞窟の入り口まで戻った。
☆ ☆ ☆
『クヒィ!?』
「ああ? 何だコイツ」
幸か不幸か、連絡を受け駆けつけたマクシミリアンとウェンディゴが、洞窟の入り口前で鉢合わせをした。
「ガリガリに痩せてるな、ちゃんと食ってるのか?」
『クヒッ』
「気味の悪い奴」
マクシミリアンが、ウェンディゴをいぶかしんでいると、洞窟の中からアニエス達が走ってやって来た。
「お~い」
「殿下! その者がウェンディゴです!」
「何ぃ!? って、アニエス、その顔はどうした?」
「わ、私のことよりも、ウェンディゴが逃げます!」
「後で話を聞かせてもらうぞ」
マクシミリアンが振り返ると、ウェンディゴは森の中に逃げようとしていた。
「逃がさないぞ!」
入り口付近で待機していた原住民が、ウェンディゴの行く手を阻んだ。
『フヒヒヒヒヒ!』
ウェンディゴが痩せ細った両手をかざすと、周囲の温度が急激に低下し土や草木が凍りついた。
原住民達の足を凍らせ、身動きを取れなくすると、ウェンディゴは再び逃走を始めた。
「オレの目の前から逃げられると思うな!」
マクシミリアンは、右手で杖を振りスペルを唱えると、左手をピストルの形に取った。
『ウォーター・ショット!』
ズドン!
という音と共に、暴力的な水流がウェンディゴを巻き込んだ。
吹き飛ばされたウェンディゴの手足は、曲がってはいけない方向に曲がり、もんどり打って大樹に叩きつけられた。
「殺していいのか!?」
マクシミリアンは確認を取った。
「それは……」
「……」
アニエス達の目はアワサに集中した。
「……殺さないで」
「了解だ」
「待てよアワサ。それじゃ俺達の気が治まらない」
「みんなごめん……私のわがままを聞いて」
「……分かった。今は怒りを引っ込めておく。だが、またウェンディゴが逃げ出すような事があれば、もう俺達は止まらないぜ」
「分かったわ」
原住民達とのやり取りを終え、アワサは再びウェンディゴの前に立った。
「ラストチャンスよ。亜人達の支配を解いたら、今後一切、私達の前に現れないで」
『……』
マクシミリアンのウォーター・キャノンで大樹に叩きつけられたウェンディゴは、ゆっくりと起き上がるとアワサに頭を下げた。
『……』
そして、何も言わずに、霧になってアワサ達の前から姿を消した。
「大丈夫なのか? 復讐に燃えてまたやってくるんじゃないのか?」
『問題無かろう。奴から既に敵意を感じなかった』
ダボダドがやって来て、既にウェンディゴに敵意が無い事を説明した。
「……と、いう事は、私達の戦いも終わりなのね」
「そうだよ、やったんだ俺達!」
「ようやく、ようやく解放された……」
アワサら原住民達は抱き合って喜びを噛み締めていた。
「おめでとうアワサ」
「ありがとうアニエス」
二人は両手を取り合った。
「何だか、僕だけ蚊帳の外なんだが……まあ、いいか」
空気を呼んだマクシミリアンは、二人を見守りながらデヴィットの所まで歩き始めた。
その後、ウェンディゴの姿を見たものは居ない。
決して満たされる事のない飢えに、苦しみながらこの広大な新世界を彷徨い続けているのか、それを確かめる術は無かった。
☆ ☆ ☆
僅か数週間で、ヌーベルトリステインと亜人達との戦争は終わりを告げた。
先住民のリーダー、デガナヴィダは自分達の事をイロコワ族と呼称し、亜人や精霊達との共存共栄の道を勧めた。
禁断の滝のデガナヴィダの家に、精霊や獣や亜人の代表を集め、デガナヴィダを含めた六人の代表によるの合議制で国政を進めることになった。
彼らイロコワ族は、自分達の国をイロコワ連邦と呼ぶようになり、ヌーベルトリステインと交易を行うようになった。
先の戦争で、ヌーベルトリステインは多くの血を流したが、そのお陰で精霊達の信頼を得ることが出来た。
ヌーベルトリステイン13州の土地を認めさせる事も出来たし、精霊達は農作業の手伝いを無償で手を貸してくれるようになり大規模農業が行われるようになった。
なにせ、精霊は休むことは無い。普通の場合だと、かの悪名高いプランテーション農業でしか実現できなかった大量栽培大量生産が、精霊の力で可能になった。
人口の少ないヌーベルトリステインでは、決して無視できない被害だったが得る物は多かった。
ヌーベルトリステインからは、衣類や食料等の各種製品、イロコワ連邦からは、木材用の樹木や琥珀、毛皮等が売買された。
特に樹木はヌーベルトリステイン国内で木材に加工され、ハルケギニアに輸出された。
戦争終結から一ヵ月後のアルゴルキン砦。
マクシミリアンの部屋のドアをアニエスが叩いた。
「失礼します」
「良く来た。ささ、座ってくれ」
マクシミリアンに促され、アニエスは木製のシンプルな椅子に座った。
アニエスがマクシミリアンの部屋に呼ばれた理由は、左頬の傷跡を消す為だ。
「さて、整形手術を始めよう」
「お願いします」
マクシミリアンはスペルを唱え、とある秘薬の中身を右の手の平の上に垂らすと、左手の杖を振った。
「動くなよ……」
マクシミリアンは、右手の秘薬をアニエスの左頬に振付けた。
「うぅ」
「冷たいか?」
「はい、それにヒリヒリします」
「結構。効いている証拠だ」
アニエスの左頬は、秘薬の効力でドロドロの粘土の様に軟らかくなった。
「……」
マクシミリアンは、真剣な顔で左頬の傷跡を粘土細工の様に綺麗に整える。
「……」
キスが出来るほどの距離に、アニエスの心拍数は上がりっぱなしだ。
「アニエス」
「!? あっ、はい!」
いきなり声を掛けられアニエスは、しどろもどろになった。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません……どうされましたか?」
「いや、な。貝のネックレスをしていたから、聞いてみたんだ」
アニエスの首には、ピンク色の貝に紐が繋がれたネックレスの様なものが掛けられていた。
「これは、以前に殿下から頂いた貝殻を、首に掛けられるようにネックレスにしました」
「大事にしてくれて嬉しいよ」
「いえ……私こそ殿下のプレゼントに穴を開けてしまいました」
「気にする事はない。実はもう一つ渡すものがあってな」
「渡すもの? なにをでしょうか?」
「先の戦いで、武器をなくしたと聞いてな。これを渡す」
そう言って、懐からハイパワー拳銃をアニエスに手渡した。
「あの、これは?」
「場違いな工芸品だ」
「いえ、それは見れば分かります。どうしてこれを?」
「僕が持っていても、相手にあらないからな。だからアニエスのやる」
「……よろしいのですか?」
アニエスは不安そうな顔でマクシミリアンを見た。
ピンクの貝殻の他に、この様な物を貰って不安になったからだ。
「構わない。さあ、治療を続けよう」
「……ありがとうございます。大切にします」
アニエスはハイパワー拳銃を手にマクシミリアンに深々と頭を下げた。
治療を再開したマクシミリアンは、ペタペタとアニエスの左頬を整えた。
マクシミリアンが、ふと視線を下に向けると、戦闘服の陰からアニエスの胸元が見えた。
(そういえば、新世界に来て以来、『そっち方面』はご無沙汰だな)
無性にカトレアの身体が恋しくなった。
「……」
マクシミリアンはそれと無くアニエスの身体を眺める。
一年前にアニエスの身体を見たが、さすがは年頃の女の子。戦闘服の上からもその成長が伺えた
「……どうかされましたか?」
「コホン……いや。そういえばアニエスは、戦闘服以外に何か服は持っているのか? ドレス持ってるの?」
「ええっと……れ、礼装なら持ってます!」
「礼装って、男物の軍服の奴だろう。ちゃんとしたドレスは無いのか?」
「……ないです」
アニエスは力無く答えた。
「む、それはいけない。お前は養女とはいえ、ミラン家の令嬢なんだ、ドレスの一着や二着持ってなさい」
「で、ですが私は平民の出です」
「平民の出だろうと令嬢は令嬢だ。そうだ、明日ティファニアと市内に繰り出す予定があるんだ。お前も着いて来い。ドレスを注文しに行こう。いいか、いいな?」
「ええぇ~~~~!」
少々強引だった間も否めないが、明日アニエスとティファニアで、新トリスタニア市内に繰り出すことになった。
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