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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン35 家紋町の戦い(前)

 
前書き
前後編。糸巻さんが暴れている間も、当然世界は回っているわけで。

前回のあらすじ:激突!糸巻太夫VS鳥居浄瑠! 

 
 もはやエンタメ性の欠片も残っていない殺風景な広間に踏み込んだ巴が最初にしたことは、片手で引きずってきた清明をぼろ雑巾か何かのように投げ飛ばすことだった。

「邪魔です」

 細腕からは想像もつかないほどの力で床を転がされ、何度か打ちつけられて糸巻の近くまで来てようやく止まる清明。今の衝撃で目が覚めたのか、体を震わせながらどうにか起き上がろうとして……結局は、その場に無様に倒れ込んだ。
 それでも倒れたまま無理に顔を上げ、糸巻の方へ顔を向ける。

「……ごめん。負けちった」
「見りゃわかるわ。もういいから寝とけ」

 言うだけ言ってまたがっくりと崩れ落ちる清明を見下ろしながら、巴がゆっくりと歩き出す。単に急ぐ意思がないというよりも、まるで何かを待っているかのように妙に緩慢な動作。

「そこの彼も前評判からすると、もう少し楽しめるかと思っていたんですがね。というより、明らかに普段の半分も力が出せていない風でした。何か理由あってデッキに不自然な弱体化を入れたのか……それとも、最初から勝つ気がなかったんですかね」
「アンタにしちゃ随分珍しいな、精神分析の真似事か?一体何企んでやがる。前置きなんざ今更だ、さっさと始めようぜ」

 そして、腐ってもライバルである男の違和感に気づけないほど糸巻は鈍くない。むしろ、どこまでも相容れないこの男のことであるからこそ、かえって勘が冴えるというべきか。剣呑に睨みつける鋭い視線に肩をすくめ、巴が足を止めることなく返事代わりに軽く片手を上げる。
 するとその瞬間、広間中の明かりが一斉に消えた。まるでこの部屋に最初に入った時のような暗黒に包まれる中で、咄嗟に反応できなかったことを悔やむ糸巻の耳に声が響く。

「まあ、そう急ぐこともないでしょう。がさつな貴女には理解できない感覚でしょうが、私にも矜持というものがありましてね。そのひとつが、糸巻太夫。貴女を倒すときにはこの私の手で、最大限の屈辱を与えたうえでその心をへし折ると決めているんです」

 それは、妄執としか形容しようのない想い。しかし、そんな歪んだ思いのたけを聞いた糸巻は衝撃を受けるでもなく、それどころか深々と頷いていた。今の言葉が、普段めったなことでは表に出さない巴光太郎という男の本心であり、同時に自分がこの男に対し抱いているそれであることを理解したからだ。
 本来、糸巻太夫と巴光太郎は同じ世界に同時に存在してはならないものであった……と言えば、他人はそれを笑うだろう。だが彼女と彼、糸巻と巴の2人にとっては嘘偽りなく、疑問をさしはさむ余地のない厳然たる事実なのだ。

「そんなわけで、ひとつ貴女に見ていただきたいものがあるんですよ。おそらくは、もう少しで始まるはずですよ」

 パチンと指を弾く音が響くと、暗闇の中に突然四角いスクリーンが浮かぶ。映写だ、とはすぐに分かった。映画と同じ原理で、この広間のどこかから適当な壁めがけて何らかの映像を流している。
 そして画面に映っていたのは、ある街の風景。カメラ自体が移動しているらしく、一定の速度で周りの光景が後ろに流れていく。そしてその街並みに、糸巻は見覚えがあった。遅れて気が付いたらしい清明と鳥居が、小さく息を呑む。

「解説の必要はなさそうですが、一応補足しておきましょう。この映像は以前のデュエルフェスティバルの際に貴女方にも提供した、清掃用ロボのカメラから送られてくるリアルタイムの映像です。そして今向かっているのが、と。ああ、どうやら到着しましたね。カードショップ『七宝』、我々元プロデュエリストにとっての生ける伝説、『グランドファザー』七宝寺守の隠れ家……そして、あなたの妹分も住んでいる場所ですね」
「テメエ、何する気だ!?」
「まあ、少し黙っていてくださいよ。今が一番大事なところなんです……と、もう始まっていましたか。予想より早いな」

 ぼそりと呟き画面を仰ぐ巴の迫力に有無を言わさぬものを感じ、スクリーンの明かりを頼りに把握した位置めがけ飛び掛かろうとしていた足からどうにか力を抜く糸巻。壁に穴が開くほどの気迫で壁を睨みつけていると、徐々にその店内へと向けられたカメラのピントが合ってきた。何か興奮した様子で、激しく声を張っている。





「……だから!一体あなたたち、なんなんですか!」

 後ろで小さく震える友人、竹丸を小さな体で必死に庇いながら、自分も泣き出したくなるのを堪えてきっと睨みつける八卦。本人の脳内にあったイメージ画像としては悪人を震え上がらせる仕事モードな糸巻の眼光が念頭にあったのだが、対峙する男たちの表情を見る限りではあいにくその迫力とは程遠い表情にしかならなかったようだ。
 少女たちが学校帰り、最近の日常となったカード談義やデュエルを行うために家紋町では貴重なカードショップである七宝にやってきたときは、まだいつも通りの日常だった。店主であり少女にとっては叔父にあたる七宝寺老人はどこかに出かけているのか店の扉は閉ざされていたが、当然自分の家の合鍵は所持していたためそれを開いた時も、やはりいつもの毎日だった。
 そんな日常が崩れたのは、閉められたはずの店内の暗がりに2人組の男が息をひそめていたことに気づいた時だった。

「あ、あなたたち……!?」

 咄嗟に少女が視線をやったのは、店内唯一のレジ。早い話が強盗だと考えてのことだったが、レジスターを無理にこじ開けたり持ち去ろうとしていた様子はない。それどころか自分たちの姿を見られたことに慌てたり逃げ出そうとするでもなくデュエルディスクを構えてじりじりとにじり寄ってきたことでようやく自分たち、いや偶然居合わせただけの竹丸は関係ない、自分こそがこの男たちの狙いなのだと気づいたときには、すでに後ろに回り込んだ男の片方によって退路が塞がれていた。その顔が暗がりから出たことで判別がついたのだが、片方の男はマスクで顔を隠しているが、もう1人の若い男は素顔を丸出しにしている。
 事態は何ひとつ呑み込めないが、この2人の不審者にはこちらへの害意があることだけはわかる。そして幸いにも、ここでデュエルをする気だった少女たちの通学カバンの中にはデッキとデュエルディスクが入っている。
 少女たち?そう、少女「たち」だ。いかに才気溢れる八卦九々乃といえど、2対1となると苦戦は否めない。この場にいるもう1人の少女も、もはや守られるだけの立場ではいられない。糸巻、八卦、清明。いきなり屈指の実力者たちの戦いから実戦を知った文学少女は、この場で一番の初心者でありながらも秘められていたセンスとパワーレベリングの成果によって急速に花開きつつあった。
 だから、竹丸は声を掛ける。自分をかばおうとする目の前の少女に、助けてもらった借りを返すために。もうあの時の自分とは違うのだと、自分の足で前に出る。

「竹丸さん……?」

 背後の動きに気が付いた八卦がキョトンとした顔で振り返ると、少女と背中合わせの状態で背後の不審者と対峙した竹丸が眼鏡の奥で小さく笑った。その様子から言いたいことを察した少女が、言葉よりもなお雄弁にその本心を語る不安と心強さの入り混じった複雑な笑顔で返す。清掃用ロボが店の外からカメラをひっそりと向けていることには誰も気が付かないままに、4つの声が同時に響いた。

「「デュエル!」」




「八卦ちゃん……!それに竹丸ちゃんまで……!」

 一方画面の向こう側、それを見つめる糸巻は、我知らず指が白くなるほどに拳を握りしめていた。感情むき出しにする宿敵の様子にやや呆れつつ、鳥居が先を促した。

「貴女にも、そんな人間らしい表情ができたんですね」
「アンタの……アンタの差し金か」
「おや、ようやく口をきいたと思ったらそんなつまらないことを。そもそも、貴女は何に対しても無頓着なんですよ。13年前のあの時、貴女が動いたからこそデモ行進に賛同したデュエリストがいた。つい先日の鳥居(かれ)にしたって、私は貴女が職務放棄したアフターフォローをしたまでのことです。そして今も、少し考えればわかりそうなものでしょう。あの少女は貴女の妹分だ、私なら何かしら目を離さないようにしますがね」
「……」

 反論できず押し黙る糸巻にしてやったりと酷薄な笑みを浮かべ、顎で画面を指し示す鳥居。

「ほら、そんなことを言っている間に。始まりますよ」





「俺のターン。先行は貰った!永続魔法、スローライフを発動!これにより互いのプレイヤーは1ターンのうちに、通常召喚か特殊召喚のどちらかを行ったらもう片方の行動はとれないぜ。俺がこのターンに選ぶのは、通常召喚だ!メタルフォーゼ・ゴルドライバーを召喚し、さらにフィールド魔法、メタモル(フォーメーション)を発動!この効果によって俺のメタルフォーゼは攻守が300アップだ」

 錬金術の叡智の決勝により産み出された未知なる金属製のバイクにまたがり、赤熱した片手斧を手にするライダーが豪快なウィリー走行で店内に現れる。その顔を少女たちは知らないが、画面の向こうにいた糸巻と鳥居には見覚えがあった。ここ数カ月の間立て続けに起きている一連の騒動の始まり、裏デュエルコロシアム事件。その情報を自らの保身のため最初に彼女らデュエルポリスにもたらしたのが、コンビニ強盗に手を出したチンピラ崩れのこの男だった。
 そして彼のデッキは、その時と変わらず【メタルフォーゼ】……どうやら糸巻にこっぴどく敗北したのちも、特にデッキを改造したりはしてこなかったらしい。

 メタルフォーゼ・ゴルドライバー 攻1900→2200 守500→800

「さらにスケール8のレアメタルフォーゼ・ビスマギア2体をそれぞれライトPゾーン、レフトPゾーンにセッティングし、ビスマギアのペンデュラム効果を発動だ。もう片方のビスマギアを破壊し、デッキからメタルフォーゼ魔法、または罠を直接セットできる。俺が選ぶカードは、メタルフォーゼ・カウンター!」

 カードの破壊という緩いトリガーによってデッキから後続のメタルフォーゼを一切の制限なくリクルートできるトラップ、メタルフォーゼ・カウンター。これで最低でも、2体の壁が男の場に揃ったことになる。

「そして俺のPゾーンにメタルフォーゼが存在することで、メタモルFの更なる効果が解禁される。俺のメタルフォーゼモンスターは、相手モンスターのあらゆる効果を受け付けない!ターンエンドし、エンドフェイズに破壊された方のビスマギアの効果を発動。デッキからメタルフォーゼ・シルバードを手札に加えるぜ!」

 さらに後続を手札に加え、ターンが終わる。今回のデュエルはやや変則的な、バトルロイヤルとタッグを足して2で割ったようなルールの下に行われており、普段のタッグデュエルとは違いプレイヤーそれぞれが固有のフィールドとライフを持ち、墓地も各人で別れている。そして次のターンプレイヤーである八卦は、まだターンの回ってきていないもう1人の男と竹丸には攻撃できないものの、メタルフォーゼ使いの目の前の男に対してはすでに攻撃が可能。
 そしてそれが、彼にとっての不幸だった。聡い少女は、自分が狙われているという時点でこれは糸巻への人質の意味があるのだと推測を立てていた。かつて精霊のカード事件の際に同じことをされかけた際には未遂に終わったが、今再びそれをやろうというのだろう、と。そもそもお姉様に実力で勝てないからと自分を人質にとるという行為がまだまだ青い少女の正義には我慢のならない行為だったし、それでお姉様に迷惑がかかるだろうということを考えるだけで胃が縮み上がる。さらに今は自分だけではなく、全く関係のない竹丸まで巻き込んでしまっている。デュエルをするたびに毎回変なことに巻き込まれ、この親友がデュエルを怖がってしまったらどう責任を取ってくれるのだろうか。要するに今、糸巻のいない心細さをひと先ず脇に押しのけることができる程度には少女も真剣に怒っていたのだ。

「私のターン。魔法カード、融合を発動!手札のE・HERO(エレメンタルヒーロー)であるシャドー・ミスト、そして地属性の薔薇恋人(バラ・ラヴァ―)で融合をします。英雄の蕾、今ここに開花する。龍脈の大輪よ咲き誇れ!融合召喚、E・HERO ガイア!」

 ゴルドライバーと対峙するように床を破って地中から現れたのは、黒い大地の巨体を持つ巨漢のヒーロー。地属性というクノスぺと一致した属性を素材として要求する都合上、いわゆる属性HEROの中でも特にこの少女が愛用する融合の1体である。

 E・HERO ガイア 攻2200

「E・HERO ガイア、融合召喚成功時に相手モンスターの攻撃力の半分を吸収できるってんだろ?へっ、俺の話を聞いてなかったのか?メタモルFとセッティング済みのメタルフォーゼがある限り、そんなモンスター効果は聞かないんだよ!」
「申し訳ありませんが、うるさいので黙っていてください!シャドー・ミストが墓地に送られた時、デッキから更なる仲間1体を手札に加えることができます。この効果で……」
「サーチは通せないなあ!手札から灰流うららの効果発動、そのサーチ効果は無効となるぜ」

 どこからともなく灰の色をした桜吹雪が舞い上がり、八卦の姿を包み込む。しかしサーチを封じられてなお、その表情に焦りの色はない。

「問題ありません。でしたら魔法カード、E-エマージェンシーコールを発動します!これによりデッキからE・HEROの1体、オネスティ・ネオスを手札に。そして墓地の薔薇恋人を除外し、効果発動です。手札から植物族1体を、このターンのみトラップへの耐性を付与したうえで特殊召喚します。来てください、私の信じる最強のヒーロー。クノスぺ特殊召喚です!」

 E・HERO クノスぺ 攻600

 そして満を持して呼びだされる蕾のヒーロー、少女のエースオブエース。普段の彼女ならばここで地獄の暴走召喚からの必殺コンボへと繋ぐのがお決まりの流れだが、今日の流れは一味違う。

「魔法カード、ヒーローハートを発動します。クノスぺの攻撃力はこのターン半分となり、2回攻撃が行えますよ」

 E・HERO クノスぺ 攻600→300

「2回攻撃ぃ?おいおい、攻撃力半分じゃ意味ないだろ?しかも600が300って、話にならないな?」
「……話にならないのはどちらの方か、今この場で教えてあげますよ。私の場に他のE・HEROが存在するとき、クノスぺは相手プレイヤーにダイレクトアタックができます。そしてその伏せカードがメタルフォーゼ・カウンターなことはもうわかっているんです!バトル、クノスぺで攻撃……そして手札から、先ほどサーチしたオネスティ・ネオスの効果を発動!このカードを捨てることで、私のHERO1体の攻撃力を1ターンの間だけ2500アップさせます!」
「な、なんだと!?」

 E・HERO クノスぺ 攻300→2800→男(直接攻撃)
 男 LP4000→1200

 天使の翼を生やしたクノスぺが天井すれすれまで飛び、一気に向きを変えてゴルドライバーの頭上を跳び越す滑空からのフライングパンチを決める。衝撃のあまりよろめく男を殴りつけた勢いでその後ろまで飛んで言ったクノスぺが、空中で翼を羽ばたかせることなくぐるりと向きを変えた。その狙いは当然、かがみこんでせき込む男の無防備な背中。蕾の拳が空を切る音に気がついて振り返った時にはすでに遅く、最後に見開かれた目には衝撃と恐怖がはっきりと映っていた。

「クノスぺは相手に戦闘ダメージを与えるたびに、攻撃力を100アップさせ守備力を100ダウンさせます。続けて連撃です、クノスぺ!」

 E・HERO クノスぺ 攻2800→2900 守1000→900
 E・HERO クノスぺ 攻2900→男(直接攻撃)
 男 LP1200→0

「こんな……子供に……」

 小物感あふれる捨て台詞と共に気を失った男がその場に倒れて、そのフィールドに存在していた5枚のカードがすべて消えていく。さすがにワンターンキルによって多少は疲れたのか肩で息をしながらも、少女がしっかりともう1人の男に向かって本人なりに精一杯に悪そうな笑みを浮かべてみせる。どれほどの効果があったかと問われれば、せいぜいが子犬の威嚇程度の役にしかたたなかっただろうが。
 そしてターンが終わることにより、クノスぺに生えた天使の翼が消えていく。

「子供だからって、甘く見ないでくださいね。さあ、これで残ったのはあなた1人ですよ!」

 E・HERO クノスぺ 攻2900→3000→800 守900→800

「なるほど、な。まあそこで倒れてるやつも大したデュエリストではなかったわけだし、私も戦力にカウントしてはいなかった、が……ともあれ敬意を表して、その忠告は受け取っておこう」

 平然と返した男が、3人目のプレイヤーとしてカードを引く。しかしその言葉を正直に受け取るならば、たった今のワンターンキルを見ていてなおこの男は2人の少女を同時に相手取り、そして勝つつもりだというのだろうか。その瞳に迷いなく、引いたばかりのカードを発動する。

「さて、と。永続魔法、ドン・サウザンドの契約を発動。発動時の処理として、全てのプレイヤーは1000のライフを支払いカードを1枚ドローする」

 男 LP4000→3000
 八卦 LP4000→3000
 竹丸 LP4000→3000

 変則的なドローソースによって、3人のプレイヤーがそれぞれ手札を補充する。しかしメタルフォーゼ使いの男が倒れたことにより不審者サイドは実質2対1、無差別にドローを行うこのカードでは単純に考えても発動した男にとってディスアドバンテージとなるはずである。それを意に介さぬほどに自信があるのか、そんなことを言っていられないほど手札が悪いのか……やはりマスクの下の視線からは、少女には何も読み取れなかった。

「そしてドン・サウザンドの契約が存在する限り全てのプレイヤーはドローカードを公開しなければならず、この効果によって魔法カードを見せているプレイヤーはモンスターの通常召喚が不可能となる。俺の引いたカードは……永続トラップ、量子猫だ」
「……魔法カード、戦士の生還です」
「え、えっと、グレイドル・アリゲーター!モンスターカード、です」

 三者三様のドローカードを公開し、互いにそれに目を通す。召喚不可のデメリットが発生したのは八卦のみだった。

「量子猫を含む3枚のカードをセット。ターンエンドだ」
「私のターン、ドローします」
「ドン・サウザンドの契約の効果。そのカードも見せてもらおう」

 普段の調子で裏向きにカードを引いた竹丸に、口調こそ穏やかだが鋭い指摘が飛ぶ。ビクリと震え萎縮しながらもおずおずと表に向けたカードは、グレイドル・イーグル。またしてもモンスターカードであるため、召喚不可のデメリットはない。

「も、モンスターをセットします。ターンエンドです」

 そして伏せられたのは、先ほどドローさせられたグレイドル・アリゲーター。非公開情報からの奇襲という最大のチャンスを失ったのは、竹丸にとってはかなりの痛手である。
 そしてそれがわかってしまうからこそ、もうひとりの少女の心には焦りが生まれる。

「任せてください、竹丸さん。私のターンです!ドローカードは……通常魔法、ミラクル・フュージョンです」

 しかし思いが空回りしたのか、またしても引いたカードは通常魔法。先に引いた戦士の生還もあわせ、この2枚を使い切らないことには通常召喚が不可能。素早く手札と墓地のカードを頭に思い浮かべ、いかにしてこの縛りを解除するかを考える。

「……でしたら!まずは戦士の生還を発動、墓地に存在する戦士族モンスターを手札に戻します。帰ってきてください、オネスティ・ネオス!そしてこのオネスティ・ネオスを捨て、このターンもクノスぺの……」
「トラップ発動、墓穴(ぼけつ)ホール。手札か墓地で発動したモンスター効果を無効とし、2000ダメージをプレイヤーに与える」
「きゃあああっ!?」

 八卦 LP3000→1000

 その焦りが、文字通りの墓穴を掘った。先のコストも合わせて3000ものライフロスが、まだ一度も攻撃を受けないうちから少女に襲いかかる。
 あるいはここで立ち止まって一息入れていれば、もう少し違った未来があったのかもしれない。しかし頭に血が上った少女は、焦りが更なる焦りを呼びこむ思考のドツボに入り込む。

「ミラクル・フュージョンを発動!私のフィールドから地属性のガイア、そして墓地から光属性のオネスティ・ネオスを除外し、融合召喚を行います!英雄の蕾、今ここに開花する。天照らす大輪よ咲き誇れ!融合召喚、E・HERO サンライザー!」

 E・HERO サンライザー 攻2500→2900
 E・HERO クノスぺ 攻800→1200

 燃え盛る太陽のような真紅の鎧に身を包む英雄が、ガイアに代わりクノスぺの横に着地する。立ち昇る黄金のオーラが2体のヒーローを覆い、その力を増幅させた。

「サンライザーが存在する限り、私のモンスターの攻撃力はその属性の種類1つにつき200ずつアップします。そして見せていた2枚の魔法カードがなくなったことで、もうドン・サウザンドの契約の効果を受けません。闇属性モンスターのにん人を通常召喚し、この効果をさらにアップです!」

 にん人 攻1900→2500
 E・HERO サンライザー 攻2900→3100
 E・HERO クノスぺ 攻1200→1400

 まさに手足と胴体の生えたニンジンの化け物といった風情の人型モンスターがクノスぺに並び、サンライザーの発する黄金のオーラがさらにその勢いと輝きを増した。そしてサンライザーにはこのほかに、自身以外のHEROが戦闘を行う攻撃宣言時に場のカード1枚を破壊する効果がある。
 八卦の考えとしてはまずクノスぺのダイレクトアタックで確実にダメージを与えつつ、サンライザーで伏せカードのうち1枚を破壊する。それで量子猫ではないもう1枚のカードを破壊してしまえば、守備力2200のトラップモンスターである量子猫はにん人の攻撃で突破できる。最後にサンライザーで直接攻撃し、こちらにもワンターンキルを仕掛けるつもりでいた。それが完璧な計画だと、疑いすらしなかった。

「バトルです。クノスぺでダイレクトアタックし、さらにこの攻撃宣言時に私から見て右の伏せカード、量子猫ではない方にサンライザーの効果を発動です!」

 クノスぺが小さな体で先陣切って飛びかかり、さらにサンライザーが太陽の輝きを持つ光線で援護射撃を行う。狙うは1枚、伏せカード。
 しかしそれは、あまりにも素直で単純な一撃。サンライザーの光線が届くより先に、その対象となったカードが表を向く。

「……トラップ発動、魔法の筒(マジックシリンダー)
「しまっ……!」

 八卦 LP1000→0

 あまりにも有名、あまりにも古参。攻撃を無効にし、その攻撃力分のダメージを与える、シンプルゆえにいつの時代も引導火力足りうる攻防一体のバーンカード。すでに限界寸前な少女のライフでは、この罠を回避できない。
 唇を噛んでうつむく少女の腕で、デュエルディスクの数字が減っていく。その変動がようやく止まったのは、表示された数字が0になった時だった。ゆっくりと倒れていくその背中に、男がマスク越しに賞賛とも慰めともつかない言葉をかける。

「子供の割にはよく戦った。そこで休んでいるがいい」
「すみません、竹丸さん……」

 謝罪の言葉を最後に、少女の意識は途切れた。 
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