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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン34 退路なきエンターテイメント

 
前書き
この対戦カードが来ると、いよいよクライマックス感出てきますね。
……出てますよ、ね?

前回のあらすじ:戦力の逐次投入は、本来愚策です。 

 
 明るい電灯が煌々と照らす、広い空間。そのうちの壁一面に分割された、無数のモニターの光。光量こそふんだんであるもののどこか寒々しいその光景の中で、それを見つめる男がひとり。彼が見つめるモニターでは、ちょうど糸巻が麗神-不知火のカードをリンク召喚しているところだった。

「あの局面でイピリア、そして追加のドローカードはサイバース・ホワイトハット……どちらも、あの状況から1ターンでの逆転を可能とする数少ない組み合わせ」

 忌々しげに、しかしどこか楽しげにそう吐き捨てる彼の名は、巴光太郎。

「明らかに、状況を打破するためのカードを引きよせている。どうやら彼女、全盛期の腕を取り戻しつつあるみたいですね」

 くるり振り返り、今まさにとどめの一撃を放とうとしていた監視カメラの映像に背を向ける。その視線の先には気絶したうえで両手両足を縛り付けられ、さらにさるぐつわまで噛まされた男が倒れていた。人間である以上はこの男にもなにかしらの名があるだろうし、事実巴自身も先ほどデュエルで勝利して気絶させる前に名乗られたような気もするのだが、巴にとってはもはや過ぎたこと、大事の前の小事であるがゆえにすでにその名は脳裏から忘れ去られていた。
 本来、この倒れた男も警察関係者が見たら目を丸くするような人材ではある。長年裏社会で暗躍し、その息のかかった者が警察やマスコミなどあちこちに潜り込んでいるほどの大物組織の幹部。巴たちが健在身を寄せる組織にとっては、長年目の上のたんこぶであった男である。
 そんな彼が、なぜこのプラントに転がされているのか。理由は単純、彼がここの本来の持ち主、プラント建設の出資者だからである。新時代を司る新たな兵器となりうる新型「BV」奪取のためデュエルフェスティバルに送りつけた七曜と蛇ノ目が返り討ちにあったばかりか、そのまとめ役でありデュエルモンスターズ担当の責任者でもあった本源氏とも連絡がつかなくなったことに業を煮やし、正確な座標が秘匿されていたはずのこのプラントを拠点とすべく訪れた。そこを兜建設の襲撃、機密書類の強奪を経てこの場所を割り出し先回りしていた巴一行に急襲され、こうして無様な姿をさらしているのだ。

「それと、こちらの彼は、と」

 しかし巴は倒れた男に一瞥すらも与えることなく、別のモニターへと視線を移す。ちょうどそこでは彼のいる階下の部屋で、待機させていた彼の部下が最後の一撃を受けてライフを0にされる光景が映っていた。

「遊野清明。一切の情報なく、数カ月前突然に何もない空中から湧いて出たとしか思えない人間……興味はありますが、今来られても困りますね。それにしても、彼がこちらで彼女があちらを選ぶとは。あちらの盤面も大変面白そうではありますが、まずは私の番ですかね」

 そう言いざまにモニターと反対の壁、この部屋に1つだけ見えるドアへと視線を向ける。勢いよく外側から蹴り飛ばされて派手に開いたそこに見えたものは、糸巻のいる塔と同じく設置された階段を駆け上がってきた黒目黒髪の少年が蹴り足を下ろす姿だった。

「へいへーい。お前さんに恨みはないけど、せっかくだからデュエルと洒落込もうじゃないの」
「私も貴方への恨みは特にないですが、ここまで来ていただいた以上は歓迎しないというのも礼節に欠くというもの。肩慣らし程度には付き合っていただきましょう」

 プラントの実験を奪う際にしばらく電源を落としていたデュエルディスクを再起動させて巴が椅子から立ち上がると、清明もゆっくりと距離を詰めつつ、その腕輪に触れて水のデュエルディスクを展開する。
 2匹の獣が互いに飛び掛かる隙を窺っているかのようにじりじりと、一定の距離を保ちつつ円を描いて半周ほど。両者のはち切れそうなほどに張り詰めた空気が限界に達した瞬間、2人はともにカードを引いていた。

「「デュエル!」」





 一方その頃、隣の塔では。清明にやや遅れ、糸巻も上階に辿り着いていた。次の区画に繋がる扉を勢いよく押し開けると、そこには1メートル先すらも見えないほどの暗闇が広がっていた。

「うおっと」

 小さく声が漏れ、そんな自分に心の中で舌打ちする。下の下位が過剰に眩しい照明で照らされていた白い空間だったせいで、こちらも似たような風景が広がっているだろうと思い込んでいたのだ。光源のひとつもない闇の中はまるで見通せないが、息詰まるような気配はない。なるほど、この闇の中の広さは下と同じくらいありそうだ。つまり、全力でデュエルを行ってもめったなことで壊れはしない。

「……」

 彼女が今昇ってきた階段には、ごく普通の電灯がともっている。ドアを開けた瞬間差し込んだその光は、嫌でもよく目立つだろう。この部屋に誰かいるとしたら、とっくに糸巻の存在には気づいているはずだ。何らかのアクションを起こしてくるかと慎重に10秒、20秒……飽きた。元より糸巻は、何かを待つという行為が好きではない。

「おうコラ、どうせ誰かいるんだろ?アタシを無視たぁいい度胸だ、邪魔するぜ!」

 威勢のいい叫びを闇に放り投げ、わざとどかどかと靴音を立てて闇の中に踏み込む。距離が縮まったせいか、見えないなりになんとなく人の気配は漂ってきたものの、それがどこにいるのか、そしてどんな存在かまでは掴めない。ますます苛立ちを募らせる糸巻の足の下で、何か小さく固いものを踏みつけた感触とともにかちり、とごくわずかな音がした。

「ちっ!」

 何を踏んだのかを考えるより先に、大きく後ろに飛びのいて警戒態勢に入る。もっとも今度は、何か起きるのを待つことにはならなかった。飛びのいた彼女の目に、天井から暗闇を裂くように突然差し込んだ1本のスポットライトによる光の柱がはっきりと見えたからだ。
 そして自分が踏みつけたのがそのスイッチだったと理解するより先に、糸巻の目はその光が差す先に吸い寄せられていた。斜めに差し込む光の柱の下、糸巻の位置より高い壇上にぽつりと置かれた机に、1人の男が座っている。ボロボロの薄汚れた包帯の、若い男……半ば覚悟していたからだろうか、不思議とその顔を見ても糸巻は驚かなかった。
 だからただ、その名のみを口にする。

「鳥居、浄瑠」
「遅かったっすね、糸巻さん?待ちくたびれましたよ」

 そこにいたのは、鳥居浄瑠。しかし糸巻にとってはやや意外なことに、以前の取り付く島もない様子は影を潜めている。むしろ今の鳥居は、その恰好を除けば行方不明になる前と何ら変わらないようにさえ彼女の目には見えた。
 そして鳥居の方もそんな表情を読み取ったのか、やはりいつもの調子を保ったままで苦笑する。

「ま、確かに怒ってましたけどね。今はもう、そういうところはとっくに通り過ぎてるんすよ」
「そうかいそうかい、アタシは今忙しいんだ。自分語りなら他所でやってくれ」
「ねえ、糸巻さん。俺、糸巻さんはああいうことしない人だって、割と本気で信じてたんすよ」
「……聞いちゃいねえ」

 小さく毒づくが、もう一度その言葉を遮ろうとはしなかった。思えば、彼女がこうして鳥居の心の内をまともに聞くのはこれが初めてかもしれなかった。

「ああいうってのはあれですよ、つまり巴さんと、大義名分があったとはいえ手を組むなんて真似ってことです。俺としちゃ糸巻さんに限ってそんなこと、って思ってたんすけどね」

 むすっとしたまま、糸巻は答えない。ああしなければ、デュエルフェスティバルにテロ行為をぶつけられる可能性は極めて高かった。あそこで利害の一致した巴と糸巻が手を組んだからこそあの程度の被害で済んだことは、否定する余地がない厳正たる事実だ。
 しかし、彼女はそんな言い訳をうだうだと並べるような女ではない。悪魔の誘いをそれと知りつつ乗ったのは紛れもない糸巻自身であり、当然そのリスクもある程度までは想定済みだ。

「デュエルポリス。まあ世界規模の組織である以上、どうしたってある程度の腐敗は避けられない。そりゃあまあ、俺だってもうガキじゃないわけっすからね、わかってんですよ。でも糸巻さんだけは、そこに手を染めるような人じゃないって思ってました」
「それでアンタも……いや鳥居、お前アタシよりタチ悪いからな?兜建設の社長、当面入院生活だってよ」

 その言葉に、わずかに鳥居の表情が揺らぐ。すぐ元に戻ったものの、そのほんのわずかな揺らぎを見逃さなかった糸巻が密かにほっと息をつく。少なくとも傷むだけの良心は、彼の中にもまだ残っていることがわかったからだ。

「……あれぐらいやらないと、巴さんの目は誤魔化せませんでしたからね。あの人の誘いに乗ってこの計画に参加した時点で、俺が動きやすくするためにほんの少しでも疑念の芽を摘んでおく必要があったんすよ」
「動きやすく、ねえ。正直アンタの女々しい正当化なんざ聞きたくもないが、まあ一応聞いてやるよ。鳥居よ、一体何企んでんだ?」
「言えるわけないでしょう、もう。あえて何か言うとしたら、世界を変えること、っすかね」
「すかしてんじゃねえ、タコ!もういい、もう聞きたくない。お前が何考えてようが、どうせくだらねえ話なのはよーく分かった。交渉決裂だ、1発といわず5、6発ぶん殴って本土に連れ戻してやるよ」

 呆れ顔で肩をすくめる元部下に、ついにただでさえ小さな糸巻の堪忍袋が爆発した。実は彼女、本人が酸いも甘いも知り尽くしてきたタイプゆえかこの手の世の中舐めた言動は割と嫌いである。暗闇にもお構いなしに怒りのオーラを立ち昇らせながらデュエルディスクを構えると、スポットライトの中で気取った動作で鳥居もまた構える。

「ま、こうなりますよね。すんませんが糸巻さん、俺も今更後には引けないんですよ」

「「デュエル!」」

 流れるように始まったデュエル。初手を取ったのは、糸巻だった。

「不知火の武部(もののべ)を召喚し、効果発動。デッキから妖刀-不知火モンスター1体をリクルートする代わりに、このターンアンデット族しか場に出すことができない。来い、妖刀!」

 不知火の武部 攻1500
 妖刀-不知火 守0

 オレンジの和服に身を包む短髪の少女が漆黒の暗闇の中で手にした薙刀を振るうと、その剣さばきに誘われたかのようにどこからともなく灯った炎に包まれ、一振りの刀が宙に浮く。
 まずはこの効果が通ったことで、糸巻の場にはモンスターが2体。2体のレベル合計は6であり、アンデットしか特殊召喚できない縛りの中であってもヴァンパイア・サッカーをはじめとするリンクモンスター、あるいは刀神-不知火を筆頭とするシンクロモンスターに繋げることも可能ではある。しかし怒りの真っただ中にあっても冷静に戦況を見つめる糸巻のデュエリストとしての理性が、それを思いとどまらせた。鳥居浄瑠の操る【魔界劇団】は、あらゆる状況に対して粒ぞろいのモンスター効果と多様な魔界台本を使い分けてあの手この手で相手を翻弄する。制圧用のカードが出せるわけでもないのに頭数を減らすことこそ、愚の骨頂に他ならないか。

「……カードを2枚セットし、ターンエンドだ」

 結局エクストラデッキには触れずターンを終えた糸巻に代わり、鳥居が俊敏な動作でずっと座っていた机の上に土足で立ち上がったかと思うやいなや、すうと息を整える。外口を開くと、暗闇にはそぐわないよく通る明るい声が飛び出した。

「『ようこそおいで下さいました、まずはこの私、鳥居浄瑠より心よりお礼申し上げます。赤い髪したたった一人のお客様?決して退屈はさせないことを、ここに誓約いたしましょう』」

 暗い階層にただ一点、差し込む丸い光源の下で、鳥居が大仰に一礼してみせる。それは、彼の最も得意とする演劇とデュエルを組み合わせたエンタメスタイルの立ち上がりに他ならない。当然それを楽しむつもりなど毛頭ない糸巻の視線はどこまでも怒りに満ちて冷たいが、鳥居にとて本人がそう口にしたように既に引けないところまで来ており、彼なりの覚悟をもってこの場に臨んでいる。
 だからこそ、あえて一度は捨てたこのスタイルを再び選んだのだ。なにせ鳥居は『赤髪の夜叉』、糸巻の理不尽な強さをよく知っている。それでもあえて怒りに燃える彼女に対し戦いを挑むとしたら、それはこの彼の信じるエンタメデュエルをもってしかありえない。

「『さて。私とあなた、たったふたりの大舞台には、いささか殺風景な空間だと思いませんか?それではお目にかけましょう、よりふさわしき舞台に生の息吹が宿るさまを!フィールド魔法、魔界劇場「ファンタスティックシアター」!』」

 これ見よがしに掲げた1枚のカードをフィールドゾーンに置いた瞬間、突如としてあたり一面に光が弾けた。あまりの眩しさに思わず目をつむる糸巻の耳に、やたらと明るい楽しげな音楽が聞こえ始める。いまだ暗闇に慣れた目にはまぶた越しですら強すぎる光に顔をしかめつつも思い切って目を開けた糸巻の目に飛び込んできたのは、コウモリ型の風船が乱れ飛び色とりどりのライトが照らす劇場の姿だった。
 左右を見れば、彼女の周囲には無数の客席らしき椅子が。そして見上げれば、その先の壇上で満面の笑みをたたえながら両手を広げたポーズをとる鳥居の姿。まさしくそこは、鳥居を主役としたワンマンショーの舞台だった。

「『ファンタスティックシアターは1ターンに1度手札で出番を待つ団員の紹介、及び台本1冊の予告を行うことで、更なる追加演目の魔界台本をデッキから手札に加えます。私はこの通り魔界劇団・サッシー・ルーキー、及び魔界台本「火竜の住処」の存在を告知することで魔界台本「ロマンティック・テラー」の公開予告を行います』」

 手札2枚を明かすことで行われるサーチ。一見すると得た1枚よりも失った情報アドバンテージの方が大きいようにも感じられるが、もとより手札消費の荒くなりがちな、つまり手札をそれだけ使うことができるペンデュラムテーマにとってはさほど痛手でもない。
 鳥居があの2枚を躊躇なく明かしたのもロマンティック・テラーのカードが欲しかったというよりも、見せた2枚をどうせこのターン中に使ってしまえる準備ができているからだろう、糸巻はそう推察した。

「『さあ、いよいよ舞台も整いました。万雷の拍手をもって我らが劇座の団員たち、その雄姿をお迎えくださると幸いです。ライト(ペンデュラム)ゾーンにスケール3、路傍に佇む要石。魔界劇団-エキストラをセッティングし、対となるレフトPゾーンにはスケール2。数字を操る凄腕の新人、魔界劇団-ワイルド・ホープをセッティング!」

 ペンデュラムカード2枚の発動により舞台の両端に光の柱が立ち上り、その中にそれぞれ魔界劇団たちの姿が浮かび上がる。与えられたスケールは3と2とペンデュラム召喚には不向きだが、無論そんなことは問題とはならない。

「『そして取り出しましたるはライトPゾーンよりエキストラ、そのペンデュラム効果を発動!相手フィールドにモンスターが存在するとき、このカードをモンスターゾーンに特殊召喚いたします』」

 魔界劇団-エキストラ 攻100

 舞台の右端に立ち上った光の柱がすぐに消え、その中央に浮かんでいた円盤状の物体とそこから顔を出す三つ子のようにそっくりな3人のエキストラたちがふわふわと降りてくる。その円盤を空中でキャッチしたのが、いつの間にやら飛び出していたやせっぽっちの団員だ。

「『次いで通常召喚、舞台駆けまわる若きショーマン。魔界劇団-サッシー・ルーキーです!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700

「ペンデュラムモンスターが、2体……!」
「『おっと、さすがはデュエルポリス。ここまでくれば、私の狙いもお見通しですね。それでは今こそ呼びましょう、今宵の舞台を彩るゲスト。私はエキストラとサッシー・ルーキー、このペンデュラムモンスター2体を左下、そして右下のリンクマーカーにセットし、リンク召喚を行います!振り子とふいごの錬金術師、ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラムです!』」

 ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム 攻1800

 バイクの車体を羽根のようにして背面に広げ、両手に赤熱の刃を伸ばす2丁の拳銃を握りしめたライダースーツの女性。普段の鳥居はあまり使わないカードだが、今度ばかりは彼も戦力の出し惜しみをするつもりはない。
 そのタイヤが自動的に回転を始め、産み出されるエネルギーがエレクトラムの体を赤く染める。

「『エレクトラムの効果を発動いたします。彼女が一声呼びかければ、デッキの振り子に魂が宿る。錬金の力に導かれたペンデュラムカード1枚を、デッキという名の舞台裏からエクストラデッキという名の舞台袖へと引き寄せるのです。私の選ぶ演者はこちら、我らが誇る世界の歌姫!魔界劇団-メロー・マドンナでございます。そして、そのまま続けて第2の効果を発動!私のフィールドで表側となっているカード1枚を破壊することで、エクストラデッキからペンデュラムモンスター1体を手札に加えます。レフトPゾーンのワイルド・ホープを錬金し、手札に還るは我らが歌姫』」

 左側の柱も砕け散り、鳥居の場からPゾーンのカードは両方とも消え去った。しかし錬金術とはよく言ったもの、そんな彼の手には回収、さらにドローと次から次へと新たな手札が溢れ出す。

「『この瞬間に破壊されたワイルド・ホープの効果、さらにエレクトラム最後の効果を発動。Pゾーンのカードが破壊された際にエレクトラムの効果により1枚のカードを引き、さらに破壊されたホープの効果によりデッキより新たな魔界劇団の仲間を手札に呼び寄せます……おっと失礼、少々下準備が長引いてしまいましたね。それではお待たせいたしました、いよいよ魔界劇場は第一幕、皆の姿をお目にかけましょう!ライトPゾーンにスケール0の魔界劇団-メロー・マドンナを、レフトPゾーンにスケール8の酸いも甘いも知り分けた古老、魔界劇団-ダンディ・バイプレイヤーをセッティング』」

 再びそびえ立つ2本の光の柱。先ほどと違うのは、そこに刻まれた光の数字だ。スケール0と、スケール8。

「『これによりレベル1から7のモンスターが同時に召喚可能、ペンデュラム召喚!まずはエクストラデッキからエレクトラムのリンク先に、ワイルド・ホープとサッシー・ルーキーのご両名!そして手札より呼び出されるは、わが劇団のエースオブエース。栄光ある座長にして永遠の花形……魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻1600

 3つのスポットライトが追加で灯り、エレクトラム含めた4人の演者を照らし出す。その影に紛れ、そっと糸巻が自らのデュエルディスクに手をかける。差の先にあるのは、彼女自身が先ほど伏せた2枚のカード……だが、まだだ。このカードを使うべきは、今ではない。

「『このペンデュラム召喚に成功したことで、ダンディ・バイプレイヤーのペンデュラム効果を発動。エクストラデッキに残っていた最後の団員、エキストラを手札へと呼び戻します。そしてビッグ・スターが放つ効果は、魔界劇団の演目を決める座長の一手。デッキより新たな演目を発表し、その1枚を私のフィールドにセットします。私の選ぶ1枚は、皆様お待たせいたしました。当劇座でもひときわ人気の高い一幕、魔界台本「魔王の降臨」!』」
「……ここか。トラップ発動、バージェストマ・カナディア!ビッグ・スターには、そのふざけた台本の封切り前に裏守備になって寝込んでもらうぜ!」

 天高く伸ばした手の中に現れた台本を今まさに読み込もうとしていたビッグ・スターを、まさにその瞬間に客席から飛び掛かったカナディアが押し倒す。左右に控えるサッシー・ルーキーとワイルド・ホープがわたわたと何もできないでいるうちに、ビッグ・スターの姿は裏側に置かれたカードにすっかり変わってしまった。
 とはいえ、これはあまりいいカナディアの使い方とは言い難い。糸巻としても本当は、ビッグ・スターの効果を使われる前に裏守備にして効果の発動そのものを止めておきたかった。それを許さなかったのが、ビッグ・スターのもう一つの効果である。自身の召喚、特殊召喚成功時に相手の魔法、罠の発動を封じるこの効果によって、この花形はより確実に魔界台本をフィールドに呼び込む。

「『ああ、なんというハプニングでしょう。我らが座長は急遽体調不良のため出演辞退、これではせっかくの魔王の降臨も画竜点睛を欠くというものです。はてはて、一体どうしましょう?』」

 攻撃表示の魔界劇団の種類に応じて発動時の破壊枚数を増やし、さらにレベル7以上が存在すると相手のチェーンすら許さない魔王の降臨。やらないよりは遥かにマシではあるが、あまり有効的とは言い難い一手。しかもそんな糸巻の神経をさらに逆撫でするのが、まるで堪えた様子のない余裕綽々な……本心を巧みに隠しているだけかもしれないが、少なくともその様子を外には出さずいささかも崩れない鳥居のエンタメスタイルである。
 そしてもっと言えばその怒りには、つい「台本の封切り前」などと、彼のエンタメに乗っかるような形になってしまった自分への苛立ちも多少なりとも含まれる。
 そんな糸巻の感情を知ってか知らずか、鳥居は壇上で快活に笑う。いや、気づいていないということはないだろう。彼は紛れもなく、よく鍛え上げられたエンターテイナーなのだから。

「『ならば答えは単純明快。ここは降板した座長に代わる、更なる特別ゲストをお呼びしましょう!私は闇属性のレベル4ペンデュラムモンスター、サッシー・ルーキーとワイルド・ホープでオーバーレイ!』」

 伏せられたままの魔王の降臨はあえて沈黙を保ったままに、壇上に遺された2体の団員が紫の光となって飛び上がる。螺旋を描き、床にぽっかりと空いた宇宙空間へ通じる穴へと吸い込まれ……無音の爆発とともに壇上に着地したのは、雷鳴の逆鱗を煌めかせる漆黒の龍。

「『2体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚、ランク4!覇者の裁きをもたらす龍、覇王眷竜ダーク・リベリオン!』」

 ☆4+☆4=★4
 覇王眷竜ダーク・リベリオン 攻2500

「ダーク・リベリオン、殺意の塊……ちっ、そっちが本命か……!」

 その漆黒の龍を前に、苦々しげに舌打ちする糸巻。おそらく鳥居は、彼女が最初のターンに2枚の伏せを残した時点でビッグ・スターらによる一斉攻撃だけで勝負が終わるなどとは最初から思っていなかったのだろう、と今更ながらに彼の狙いが読めてきた。
 つまり、こうである。今回の鳥居にとって、はじめからビッグ・スターは囮にすぎなかった。魔王の降臨による一掃からの一斉攻撃という決して無視できない、途中で妨害せねばどのみち糸巻のライフが尽きるような展開をこれ見よがしに見せることで少しでも彼女の妨害を消費させ、一撃必殺の火力を持ったダーク・リベリオンの通る可能性を引き上げる。油断も隙もない、2重の罠。

「『ご明察。今宵の魔界劇団は、いつもとは少々趣向を変えてお送りさせていただきました。そしておあつらえ向きに、ダーク・リベリオンの攻撃力2500に対し不知火の武部は1500。ワンショットキルの妙技をば、これよりお目にかけましょう。バトルフェイズに入りまして、ダーク・リベリオンにて不知火の武部に攻撃!』」

 漆黒の龍が死の翼を広げ、客席側の少女へと迫る。大上段から振り下ろされた放電する逆鱗の一撃が、和装少女の繰り出した薙刀と正面からぶつかり合う。

「『そしてダメージ計算前に、ダーク・リベリオンの効果を発動。モンスターとのバトル時にオーバーレイ・ユニット1つを使うことでその相手モンスターの攻撃力は0となり、その数値を自身の攻撃力として吸収し……おや、なんと』」

 またもポーズをとってこのデュエルの終わりを告げようとしていた鳥居の口から、その寸前に感嘆の声が漏れる。今なお鍔迫り合いを続ける漆黒の龍と炎の少女剣士だったが、その戦況に明らかに奇妙な現象が起きていた。

 不知火の武部 攻1500→0
 妖刀-不知火 攻800→0
 バージェストマ・カナディア 守0

「『あーっと、これはどうしたことか!カナディアがモンスターとして現れたということは、トラップが発動された。そして不知火の武部の攻撃力が0に。これらの符号が導きだす答えは』……さすがっすね糸巻さん、やっぱ不意打ちだけじゃ落としきれませんか」

 最後の一言だけ素に戻った鳥居は、どうやら何が起きたのか把握したらしい。表を向いた最後の伏せカードを前に、ニヤリと笑う糸巻の赤髪が燃える炎と弾ける火花によって断続的に照らされる。

「当たり前だろう?こんなんで終わってやるほど、アタシは甘くねえよ。トラップ発動、アルケミー・サイクル……アタシのモンスターは全て元々の攻撃力が0になり、そいつらが戦闘破壊されるたびにアタシはカードを1枚ドローできる。いくらダーク・リベリオンだろうと、攻撃力0の攻撃力を吸うことはできないからな」

 覇王眷竜ダーク・リベリオン 攻2500→不知火の武部 攻0(破壊)
 糸巻 LP4000→1500

 やがて少女の薙刀が逆鱗の負荷に耐えかねてへし折れ、そのまま振るわれる返しの一撃によって貫かれる。雷撃の余波は糸巻の体にも襲い掛かるが、それには持ち前の頑丈さでどうにか凌ぎ切った。

「アルケミー・サイクルの効果で、カードを1枚ドローだ」
「『妖刀-不知火は同じくアルケミー・サイクルの効果を受けているため、今攻撃すればさらにドローを許してしまいます。なのでヘビーメタルフォーゼ・エレクトラムで、バージェストマ・カナディアに攻撃!』」

 ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム 攻1800→バージェストマ・カナディア 守0(破壊)

「自身の効果で特殊召喚されたカナディアは、場を離れた時に除外される」
「『果たしてあのひと振りの妖刀は、次のターンにいかなる怪奇を引き起こすのか?恐るべきあやかしの力に立ち向かうべく、勇気をもたらす勝利への凱歌を謡いましょう。メイン2にメロー・マドンナのペンデュラム効果を発動!我らが歌姫は1000のライフを支払うことで、このターン魔界劇団以外が特殊召喚できなくなる代わりに更なる団員を手札へと呼び寄せることができるのです。魔界劇団デビル・ヒールを待機させ、カードを3枚セット。いましばらくのターンエンドといたしましょう』」

 鳥居 LP4000→3000

 さらに1枚手札を増やし、またも一礼してターンを終える鳥居。同時にビッグ・スターのデメリット効果によって、伏せられていたものの結局使われなかった魔王の降臨が墓地に送られた。切り札の無駄打ちと考えれば悪くはないが、魔王の降臨は鳥居のデッキに当然3枚フル投入されている。これが抑止力とはなる前に、このデュエルは終わってしまうだろう。

「なら、アタシのターンだな。屍界のバンシーを召喚!」

 屍界のバンシー 攻1800

「『おおっと、これは予想外の展開です。なんと妖刀の隣に名乗りを上げたのは、泣き妖精の異名を持つ屍界のバンシー!舞台と客席で睨みあう2人の女性歌手、これは我らが歌姫メロー・マドンナに対する挑戦状でしょうか!?』」
「言ってな。アタシは妖刀-不知火と屍界のバンシー、チューナーを含むモンスター2体を左下、そして右下のリンクマーカーにセットする。戦場(いくさば)差し込む妖の光、生者も死者も等しく照らせ!リンク召喚、リンク2。水晶機巧(クリストロン)-ハリファイバー!」

 エレクトラムと対となるエクストラモンスターゾーンに、鋭い水晶を生やした機械の体を持つ戦士が着地する。すかさず糸巻が、そのデッキに手をかけた。

「エレクトラムのリンク召喚成功時、アタシはデッキからレベル3以下のチューナー1体をリクルートできる。来い、ゾンビキャリア!」

 ゾンビキャリア 守200

「さあて、こんな華やかな舞台はアタシには似合わないよな?どうも居心地が悪いから、墓地に存在する屍界のバンシーの効果を発動!このカードを除外し、1枚のカードを発動する」
「『1枚……そのカードは』」

 呟く鳥居の周囲で、ファンタスティックシアターが変化していく。糸巻以外に誰もいなかったはずの客席は実体のない、性別も年代もばらばらな死霊の影が埋め尽くし、華やかなステージはスポットライトの光量こそそのままだが所々に蜘蛛の巣が張り、一部が崩れ落ち、取れない血の跡が浮かび上がる。流れるBGMもいつの間にやらおどろおどろしげなものに変化しており、ラップ音が時折混ざる。そして極めつけは、ポルターガイスト現象によって音もなく浮遊しだした椅子や書き割りといった小道具のたぐいだろう。

「アンタの領土だけでやりあうなんて不公平だからな、アタシの領土にも案内してやるよ。フィールド魔法、アンデットワールドをデッキから直接発動!このカードがある限り、フィールドと墓地のモンスターはアンデットに書き換えられる!」

 水晶機巧-ハリファイバー 機械族→アンデット族
 ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム サイキック族→アンデット族
 覇王眷竜ダーク・リベリオン ドラゴン族→アンデット族

「これでいい。そのままアンデット族となったハリファイバーとゾンビキャリアを上、右、下のリンクマーカーにセット。戦場に開く妖の大輪よ、暗き夜を裂き昏き世照らす篝火となれ!リンク召喚、リンク3!麗神(うるわしがみ)-不知火!」

 麗神-不知火 攻2300

 傷つき倒れた不知火の武部が、新たな炎の力を受けてその身に秘めた才能を開花させる。先ほどの勝負に決着をつけた長髪の女剣士が、アンデットの巣窟と化した劇場を照らす爆炎の中から現れた。

「まだだ!墓地のゾンビキャリアは手札1枚をデッキトップに戻すことで、除外デメリット付きでの組成が可能となる。そして甦ったゾンビキャリアと麗神-不知火を右、右下、左下、左のリンクマーカーにセットするぜ……!」
「『リ、リンク4……!?』」

 2体のモンスターが4つの光となって空中に浮かんだ8角形の指定された箇所に潜り込んだ瞬間、先ほどまでの炎とはうってかわって極寒の吹雪が巻き起こる。白く染まりゆく世界の中で、ただ1点だけ色を失わない赤い髪が揺れた。

「恐れおののき感謝しな?アタシはこいつを、めったなことじゃあ使わないんだ。それを出してやるってんだからな!戦場染め変える妖の白刃よ、凍てつく輪廻を零に還せ!リンク召喚、リンク4ッ!零氷(れいひょう)魔妖(まやかし)-雪女!」

 零氷の魔妖-雪女 攻2900

 糸巻らしくもない連続リンク召喚により、氷を操る純白の女性が冷酷な笑みを浮かべ現れる。だが、これで終わらせるつもりはまだ彼女にはないらしい。残る手札2枚のうち、1枚がゆっくりと表を向いた。

「魔法カード、生者の書-禁断の呪術。これでアタシの墓地からアンデット1体を蘇生し、さらにアンタの墓地からモンスター1体を除外させてもらう。麗神を蘇生しワイルド・ホープを除外、そしてこの蘇生により雪女の効果を発動する。魔妖流……幽世焔断(かくりよのほむらだち)

 麗神-不知火 攻2300
 覇王眷竜ダーク・リベリオン 攻2500→0

「『ああなんということでしょう、なんと我が龍、迫りくる敵のライフを刈り取る一撃必殺のダーク・リベリオンが!雪女の手にした薙刀の一振りによって、物言わぬ黒き氷像となってしまいました!』」
「雪女がいる状態で墓地のモンスターの蘇生、または墓地のモンスターが効果を発動した場合、1ターンにつき2回まで相手モンスターの効果と攻撃力を零に還すことができる。これで終わりだ、鳥居!まずは麗神でエレクトラムに攻撃、輝夜ノ竹割(かぐよのたけわり)!」

 麗神-不知火 攻2300→ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム 攻1800(破壊)
 鳥居 LP3000→2500

 ふわりと赤い軌跡を白い世界に描いて飛んだ麗神が、赤熱する薙刀を振るう。対するエレクトラムも二丁拳銃を交差させてそれを受けようとするが、炎の対決は麗神が制した。そして、この攻撃によって鳥居のライフは2900を下回る。

「追撃だ、雪女でダーク・リベリオンに攻撃!」
「『恐るべき極寒の地に、魔界劇団これにて終幕か!?いえいえお客様、そうとは限りません。どのようなピンチだろうとも、魔界劇団は輝くのです。さあ、あの空をご覧ください。あれは鳥か、飛行機か?いえいえ、そのどちらでもございません。リバースカードオープン、ヒーロー見参!相手モンスターの攻撃宣言時、遅れてやってきたヒーローを私の手札から場へとノーコストで呼び出すことが可能となるのです。そして、見ての通り私の手札は2枚。当然、その正体は覚えていらっしゃいますね?』」
「まあ、な」

 しぶしぶ頷く糸巻。そう、彼女には今鳥居の手にある2枚の正体がわかっている。ひとつは攻撃力100のレベル1モンスター、魔界劇団-エキストラ。だがもう1枚は攻撃力3000を誇るレベル8モンスター、魔界劇団-デビル・ヒール。この2択のうちエキストラを引けば糸巻の勝利が決定するが、デビル・ヒールを選んでしまったならばこのデュエルはまだ続くことになる。鳥居の頭上に浮かんだ2枚のカードの裏面、確率50%の賭け。
 普段の彼女であれば迷いなくあのどちらかを選び、そして正解を引き当てることができるだろう。だが、それは単なる運の問題ではなく糸巻が勝負の流れをその手に握ることができるからだ。流れさえつかめば、おのずとすべての事象は彼女のために動き出す。しかしいくら気に食わなかろうとも強者であることは間違いない鳥居とのこの一戦、まだ勝負はどちらにも傾きかねない。

「……右だ!」

 意を決した糸巻が吼え、鳥居がそれを笑う。選んだカードをゆっくりと表にすると、糸巻の顔がしくじった、と歪んだ。

「『待機していた我らがヒールが、劇座の危機に空の彼方より立ち上がる!怪力無双の剛腕の持ち主、魔界劇団-デビル・ヒールの登場です!』」

 体を丸めくるくると回転しながら劇場の壁をぶち破り、ダーク・リベリオンの氷像の前に両手を広げて着地する紫の巨漢。大きく広げた分厚い手のひらから放たれる衝撃波が、冷酷な笑みを浮かべ氷像に迫っていた雪女の足を止めさせる。

「『デビル・ヒールの効果発動!このカードが場に現れたターンに相手モンスター1体を選択し、ターン終了時までその攻撃力を魔界劇団1体につき1000ダウンさせます、ヒールプレッシャー!』」

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000 悪魔族→アンデット族
 零氷の魔妖-雪女 攻2900→1900

「さっきのターン、アンタの手札5枚の内4枚のタネは見切れてた。何せサーチやらなんやらで火竜の住処、ロマンティック・テラー、エキストラ、デビル・ヒールはアタシにも見せてくれてたからな。残り1枚ならそれも台本の可能性は十分あると踏んだんだが……ヒーロー見参とはな、一杯食わされたぜ」
「『お褒め頂き光栄でございます』」
「だが、弱体化はまだ1000ポイント。雪女、どうせとどめ刺せないなら効果も使えないダーク・リベリオンは放置でいい。せめてその横で寝込んでる座長、ビッグ・スターをぶち抜いてやれ!」

 零氷の魔妖-雪女 攻1900→??? 守1800(破壊)

 糸巻の指示に従った雪女が、デビル・ヒールの隙をついてその横に伏せられた1枚を氷漬けにする。1瞬だけ氷の内部に固まったポーズのビッグ・スターが見えた気もしたが、すぐにその氷の塊も粉々に弾けてキラキラと光の粒を辺りに撒き散らした。

「アタシの手札は残り1枚……こいつをセットして、ターンエンドだ」

 零氷の魔妖-雪女 攻1900→2900

「『ビッグ・スターの機転によって敗北の憂き目を免れた魔界劇団、しかし座長も倒れ大ピンチには違いない!さあ御用とお急ぎでない方はご覧あれ、はたして魔界劇団はこの不利を跳ね返すことができるのでしょうか!』」
「アタシは御用でお急ぎなんだ、見てやらねえからそこをどけ!」
「『ノンノンお客様、私のショーはこれからが本番です。私のターン、ドロー!闇の誘惑を発動し、カードを2枚ドロー。そして闇属性モンスター、エキストラを除外します。さらにこのターンも1000のライフを払い、歌姫の効果によって団員を手札に』」

 鳥居 LP2500→1500

 これで、鳥居の手札は3枚。警戒を強める糸巻の前で、今再びペンデュラム召喚が行われようとしていた。

「『それでは次なるターンのテーマは、魔界劇団反撃の時。セッティング済みのスケールによる、ペンデュラム召喚を行います!まずはエクストラデッキより不死鳥のごとく復活を果たした座長、魔界劇団-ビッグ・スター!そして手札からは魅力あふれる魔法のアイドル、魔界劇団-プリティ・ヒロイン!そして波乱を起こすアドリブの達人、魔界劇団-コミック・リリーフの登場です!』」

 三角帽子の座長を先頭に、一足先に睨みをきかせていたデビル・ヒールの隣に魔法少女と瓶底眼鏡の小男が並ぶ。この大量展開こそがペンデュラムの真骨頂であり、糸巻の目から見ても間違いなく鳥居はそれを熟知していた。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500 悪魔族→アンデット族
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500 悪魔族→アンデット族
 魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1000 悪魔族→アンデット族

「『そしてこのターンも、ビッグ・スターの効果を発動!今宵呼び出す演目は……』」

 そこで少しだけ、考える。これで並みの相手ならば、2枚目の魔王の降臨をもってきてチェーン不可の破壊を行い糸巻のモンスターを一掃、一斉攻撃で今度こそとどめを刺しに行くのがベターだろう。だが、先ほどのターンにそれでワンターンキルを防がれた苦い経験は忘れようとしても忘れられない。そして今回の伏せカードも、あの時と同じく2枚。強力ゆえに読まれやすい魔王の降臨に対抗できるカードを引きこんでいる可能性は、十分に考えられる。

「『……魔界台本「ファンタジー・マジック」をフィールドにセットし、そしてこちらを即座に発動!今作にて勇者として選ばれた団員の名は、コミック・リリーフでございます!』」
「何!?」

 やはり魔王の降臨読みだったのか、意外そうな声を上げる糸巻の前でコミック・リリーフ専用サイズに調整された勇者の剣にマント、そして魔界劇団のシンボルが刻まれたドワーフの盾が舞台袖の衣装箱より飛び出してくる。飛び上がったコミック・リリーフがあわただしく新衣装をキャッチし、そのままバランスを崩して大仰な動作で一度転んでみせたりしながらも素早い動きでそれを装着し中年勇者といった装いとなる。仕上げにハチマキの代わりなのかどこからともなく取り出したネクタイをぎゅっと頭に巻き、短い手足で剣を掲げポーズをとって見せた。

「『ファンタジー・マジックの効果を受けた勇者コミック・リリーフは、このターンバトルを行ったモンスターの戦闘破壊に失敗した場合にそのモンスターを手札に戻す効果を得ます。そして勇者コミック・リリーフは元々のモンスター効果により、自分の戦闘によって発生する私への戦闘ダメージを0とすることができるのです!』」
「自爆特攻で無理やりこじ開けるつもりか……?」

 いよいよ大詰めだった。糸巻の場の伏せカードがまたバージェストマのたぐいであれば、止められるとしても1枚につき1体のみ。攻撃力の高いデビル・ヒールとビッグ・スターを無力化されたとしても、バウンス能力を得たコミック・リリーフならば雪女をエクストラデッキに送り返すことができる。ペンデュラム召喚されたプリティ・ヒロインとファンタスティックシアターがあればモンスター効果も1度は牽制できるため、1ターンはどうにか持ちこたえられるだろうと目算をつける。

「(他に考えられるカードとしては不知火側のサポートであるアンデット版ゴッドバードアタックこと燕の太刀、あるいはダメージを完全にシャットアウトする輪廻の陣。後者を仕込まれてたらどうしようもないけれど、フィールドのアンデット1体を除外するコストは今の糸巻さんの場の状況では重い。前者なんて持っているなら、メロー・マドンナの発動時にPゾーンを真っ先に狙うはず)」

 それ以外の選択肢は薄い。あの局面で完全に無意味なカードを引くとは欠片も思っていなかったが、このプラントは糸巻にとって敵地ど真ん中、使い慣れていないカードをわざわざデッキに入れて持ってくるような真似をするとも考えにくかった。万一ミラーフォースのような逆転のカードなど伏せられていた場合でも、鳥居の手札には今さっき闇の誘惑でドローした永続トラップ、ペンデュラム・スイッチが存在するためそれを駆使すればもう1ターンぐらいは稼げるはずだ。
 勝ちを急げば、赤髪の夜叉はその瞬間にこちらを食らい尽くしに来る。守りに入れば、お構いなしにそれを突き崩す。理不尽の権化のようなこの元上司と相対するためには、常に崖っぷちで綱渡りのバランスを保ち続けなければならない。その認識に誤りはなく、鳥居に油断はない。ゆえに勝ちを焦らず、しかし確実な石橋を叩いて渡るような勝利の道を踏みしめていく。

「『それではこれにて攻勢、一気にバトルと参りましょう。まずは最初の一撃、勇者コミック・リリーフで零氷の魔妖-雪女へ攻撃!』」

 またもや舞台袖から転がってきた自分の身長よりも大きな、といってもせいぜいビッグ・スターと同程度のサイズのボールに飛び乗ったコミック・リリーフが、玉乗りで一気に客席へと飛びそのまま雪女を上から押し潰そうとする。
 だが、である。結局のところ対策を講じようとした時点で、既に思考のドツボにはまっているのだ。その瞬間に糸巻が浮かべた表情……獲物に飛び掛かる寸前の肉食獣の笑みに、鳥居の背筋が冷たくなる。

「待ってたぜ、ノコノコ突っ込んできてくれる時をよ!速攻魔法、異次元からの埋葬!アタシがゲームから除外したモンスター、屍界のバンシーとゾンビキャリアを選択して墓地に戻す。そして墓地から、屍界のバンシーの効果を再発動!デッキから2枚目のアンデットワールドを直接発動だ」
「『く……ならば、ファンタスティックシアターの永続効果!このカードとペンデュラム召喚された魔界劇団が私のフィールドに存在するとき、相手モンスターが発動した効果は1ターンに1度だけ「相手フィールドにセットされた魔法、罠カード1枚の破壊」に書き換わります!』」

 ファンタスティックシアターの照明が瞬き、上空を飛び回っていたアンデットワールドの死霊のうち1体が軌道を変えて鳥居のセットカードへと突撃する。しかし、糸巻はといえば落ち着き払ったものだった。

「効果を書き換える、ねえ。大した効果だとは思うが、それだけだ。1ターンに1度だけ、プレイヤーの意思にかかわらず強制的に適用される効果。つまり、雪女の効果のトリガーとしちゃ十分ってことだ」
「『!』」

 声にならない声。それとも、悲鳴を急速に膨れ上がった吹雪がかき消したのかもしれない。足元から急速に成長した氷柱に呑み込まれ、コミック・リリーフもまた氷漬けとなる。そこにゆっくりと近づいた雪女が氷の薙刀を掲げ、無造作にも思える動作で突きを放つ。自慢の戦闘ダメージを0とする効果も、無効となっては何の意味もなく。モンスター効果ではないゆえに影響を受けない付与されたバウンス能力も、その前にプレイヤーのライフが尽きていては適用のタイミングが訪れることはない。

 魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1000→0(破壊)→零氷の魔妖-雪女 攻2900
 鳥居 LP1500→0





「大人しくしときな、鳥居。アンタはアタシと違ってまだ若いし、いくらでもやりようはあるさ」
「……結局、俺じゃ駄目だったんすかね。裏取引だらけの世の中を続けていくしか、デュエルモンスターズが生き残る方法はないんですか?」

 消えていくファンタスティックシアターの中で大の字に倒れた鳥居が、よろめきながらも2本の足で立つ糸巻に問いかける。いつになく素直に彼女なりの答えを答える気になったのは疲労がたまっていたせいか、それとも鳥居の声色から伝わってくる、10年以上経った今でも裏稼業的な立ち位置に甘んじているデュエルモンスターズ界への悲哀に対して何か思うところがあったからか。本人にも、よく分からなかった。

「さあ、な。少なくとも、それを考えるのはアタシじゃない。アンタみたいな若いのや、八卦ちゃん達次の世代のデュエリストたちさ。アタシみたいな時代錯誤の老兵に、今残された役目はただひとつ。いまだにこの稼業に居座って過去の栄光を追い求める老害どもに、引導を叩きこむことだけさ。アタシらの世代がまいた種は、アタシらが刈り取ってやんなきゃな。ゴミはゴミ箱に、だろ?」

 もっとも、自分の出した結論が詭弁に過ぎないことは糸巻自身が誰よりもよくわかっていた。もっともらしい理屈をつけて偉そうに語ってはいるが、やっていることは結局ただの責任逃れ、考えることの放棄でしかない。
 しかしそんなどうしようもない、戦うことしか能のない自分であっても。鳥居のようなちゃんと自力で考える頭を持ったデュエリストのために、まだやってやれることはある。
 だがその前に、彼女にはひとつ確認したいことがあった。

「ちなみに鳥居よ、お前ここで一体、何やらかすつもりだったんだ?」
「……あのデュエルフェスティバル騒ぎの時、大量に爆発物のカードがありましたよね。あれ、あの後俺が回収して巴さんに渡したんすけど。その時にいくらかちょろまかしてここの中央棟、動力部に隠してあるんすよ」

 敗北に観念したのか、それとも演劇モードが切れて素に戻ったせいか。素直に口を開いた鳥居が、自身の計画を語りはじめた。
 それは簡単に言ってしまえば、あの時七曜たちが行おうとしていた爆破テロの逆。そもそもこのプラントは巴の持つ異常出力の「BV」量産のために作られた場所でありそのことは糸巻も知ったうえで乗り込んできていたのだが、万一その計画が失敗に終わったとしても他の仕事ができるようにリスクマネジメントが行われていた。

「それが、糸巻さんも見たでしょう?この巨大電波塔ですよ」

 あの電波塔のサイズならば、異常出力のデュエルディスクには劣るもののかなり強力な「BV」システムを電波の届く限り撒き散らすことができるという。それを聞いて糸巻も、迷いの霧を打ち消そうとして自らのデュエルディスクを起動しても「BV」妨害電波がまるで役に立たなかったことを思い出した。そして恐ろしいことにこのプラント、実は水面下に動力部があり海上であれば移動ができるらしい。

「おいおい、それじゃ何か?この馬鹿でかい電波塔を力業で世界中に動かして、デュエルポリスの妨害電波を上から塗り潰そうってのか」
「移動コストも馬鹿にならないうえ、リスクも特大なんてもんじゃないです。だからこれはあのデュエルディスクの量産に失敗した場合の、本当に万一の時の奥の手だったらしいっすけどね」
「なんつーか、もうスケールがまるで違うな。アタシの給料ひとつ出し渋るうちのお偉いさんとは偉い違いだぜ、ったくよ」
「あはは……でも逆に言えばここにはプラントの生産ラインを動かし、なおかつプラントごと移動を可能にするだけの莫大なエネルギーが溜まっている、とまあそうなるわけですよ」
「そいつをぶっ飛ばせば、裏稼業連中にとっちゃいい見せしめになるってわけか」
「さらにうまくやれば、あの異常なデュエルディスクの開発が原因で大爆発が起きたってことにもできるわけじゃないっすか。そうすれば、デュエルモンスターズそのものから手を引くところだって出てくる。一度この癒着を切り離さないと、デュエルモンスターズの再生なんてもう無理なんすよ」

 そう締めくくった鳥居の話をじっくりと頭の中で反芻し、そこから得た情報を考える。そして、これから糸巻自身がやろうとしていることも。少し甘いかな、とも思う。アタシも年を取ったのか、と自嘲する。しかし、この言葉だけはどうしてもこの男にかけておきたかった。

「……なあ、鳥居」
「なんすか、糸巻さん。お縄に付けるってんなら、さっくりお願いしますよ」
「『潜入捜査』ご苦労だったな、鳥居」
「え……」

 不意な言葉に信じられないものを聞いた、といわんばかりの顔つきで、頭を起こして糸巻をまじまじと見つめる。あいにく当の糸巻はそんな鳥居に背を向けており、両者の視線が合うことはなかった。

「もちろん、アンタが兜の社長にやったことなんかの罪が消えるわけじゃねえ。それでもアタシがこう言っとけば、多少は減刑を考える考慮材料ぐらいにはなるはずだ」
「でも、俺」
「アンタが今までやってたのは『アタシが上官命令で行かせた潜入捜査及び工作』だ。他に何も言うことはねえ」
「糸巻……さん……」

 半ば呆然とその名を呼び、さらに何かを言いかける鳥居。しかし、その言葉よりも早く第三者の声が部屋に響いた。

「麗しき上司と部下の信頼関係、ですか?なかなかの三文芝居でしたが、お涙ちょうだいは……特に演者に貴女がいると思うだけで、私は虫唾が走る性質でして」
「痺れを切らしてラスボス様のご登場か、巴?って、おいおい……」

 その声の主は、紛れもなく巴光太郎。しかし、そこに現れたのは1人ではない。それを見た糸巻が、思わず呻いて頭を抱えた。
 彼が乱暴に襟を掴んだ状態でずるずると片手で引きずっているのは断じてぼろ雑巾などではなく、そこにいたのは黒目黒髪の少年。激闘の末にこの男の前に敗北し、そのまま気を失った遊野清明の姿だった。 
 

 
後書き
ベタな流れとはいえ、やっぱりどこかでやりたかった対戦カードでした。
割と満足。 
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