渦巻く滄海 紅き空 【下】
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四十一 侵攻
前書き
そして信仰。
「────クソ面白くもねぇ不愛想な奴が相手じゃ、旅も台無しってもんよ」
突き抜けるような青い空の下。
はぁあ~と明らかに当てつけの大きな溜息をつく。
無言でさっさと歩く大柄な男の背中に、彼はひたすら文句を並べ立てた。
「せっかくのふたり旅、俺は邪神様が良かったぜ」
相方の台詞に、先を急いでいた男は額に青筋を立てた。思わず言い返す。
「その言葉、そっくりそのまま返す…いや、アイツのほうがお前など願い下げだろうがな」
「ああ?」
ピクリと片眉を吊り上げた青年は大柄な男の胸倉に掴みかかった。
「あまり不快なこと言うと俺ぁ、キレるぜ」
「……いや、お前に邪神様と呼ばれるアイツのほうが不快だろうよ」
男の呆れ声に、青年は自信満々に胸を張る。胸元のペンダントがチャリ…と鳴った。
「不快なわけねぇだろ、照れてんだよ!」
「「その呼び名、本気で止めろ」と毎回言われてるだろーが」
「照れ屋だかんな、邪神様は」
「……………」
ああ言えばこう言う。諦めの境地で男は空を仰いだ。
現在ツーマンセルを組んでいる青年――飛段はなぜかナルトを『邪神様』と呼んでいる。
殺戮を指針とした新興宗教ジャシン教を信仰する熱狂的な信奉者なのだが、ナルトに何を見出したのか、何時の頃からか彼を『邪神様』と慕うようになっていたのだ。
だからと言って戦闘前や戦闘後に行う儀式における『ジャシン様』ではないらしい。しかしながら同一視しているのかと勘違いするほどナルトに対する飛段の熱狂ぶりは凄まじいものがある。
全く聞く耳持たない相方の不可解な言動に、男───角都はナルトに同情する。
深々と溜息をつくと、角都は先を急ぎ、山奥を進む。
角都の後ろを追いかけていた飛段は目の前に続く階段にげっそりとした。
「おいおい、勘弁してくれよ。また上りかぁ?」
「餓鬼みたいにギャーギャー喚くな────殺すぞ」
ギョロッとした目を肩越しに向ける。
角都の殺気を浴びた飛段は面倒そうに「その台詞を俺に言うかよ」と呆れ顔で肩を竦めた。
突き抜けるような空を見上げる。
空の青は、常日頃から信仰しているも同然であるナルトの瞳を飛段に改めて思い出させた。
「あ~あ…邪神様がいたらなぁ」
「…………」
再三の嘆きに、もはや角都は何も言わなかった。眩い陽射しの中、黙々と歩く。
やがて、天狗のような鬼のような二体の像が聳え立つ巨大な門が見えてくる。
侵入を防ぐ為の強固な結界が張られているソレを、角都は見上げた。
目的地である重厚な門を前に、口許を覆うマスクの下で微かに口角を吊り上げる。
そうして、【封印鉄壁】の結界が張られた門目掛けて、軽く腕を振り上げた。
「────すまない」
唐突な謝罪を受け、ナルトは瞳を瞬かせた。
空の青を思わせる双眸に見据えられ、次郎坊は一瞬たじろぐも、再度謝罪を口にする。
「見殺しにする気か、と俺はお前に失礼なことを言った」
鬼童丸と、右近・左近。無事に生還してきた彼らの姿をチラッと見やって、次郎坊は頭を下げる。
以前、サスケの里抜けに助力した『音の五人衆』、結果的に『根』に捕らえられた『音の五人衆』────君麻呂・多由也・次郎坊、それに鬼童丸と右近・左近。
前者は思惑通りに死を偽造し、こうしてナルトの許にいるが、後者は『根』に捕らえられ、天地橋へ木ノ葉の忍びと共に向かった。そこで大蛇丸と鉢合わせたにもかかわらず、無事に生きて戻ってきた彼らの姿を、次郎坊は聊か信じられない面持ちで眺める。
死んだはずの部下が実は生きていて、しれっと天地橋へ向かうとどうなるか。
てっきり死んだも同然だと考えていた故に、見殺しにする気かとナルトを非難していた次郎坊はすっかり恐縮しきった表情を浮かべる。
反してナルトを信じ切っていた多由也はそらみたことか、とばかりに胸を張った。
「だから言っただろーが!ナルトに口出しすんじゃねぇって」
「なんでアンタが偉そうにしてんのよ。ダーリンが凄いのであって、アンタの功績じゃないでしょーが」
ふふん、と笑う多由也に対し、香燐が呆れ顔を浮かべる。
相変わらずナルトを挟んでギャンギャン騒ぐ女性陣を横目にしながら、君麻呂は気遣わしげな視線を主に向けた。
「どうかなさいましたか、ナルト様」
鬼童丸と、右近・左近を伴って帰ってきたナルトに最も喜んだひとりは、主人の顔色を窺う。
浮かない顔でなにやら思案しているナルトは君麻呂の視線に、「ああ…」と曖昧に笑った。
「いや…少々、面倒なことになりそうだな、と思ってね」
【念華微笑の術】で事後報告をカブトから受けたナルトは、溜息をつく。
鬼童丸と、右近・左近に渡していたチャクラ増強剤としての丸薬。
それを作った本人に改めてお礼を述べようと考えていたナルトは、カブトからの新たな報告に眉を顰める。
大蛇丸がサスケに敗退し、逆に乗っ取られた事。うちはサスケが『暁』加入する事。
春野サクラが木ノ葉の忍び達によって連れ帰られた事。
そしてなにより、“根”のサイと、かつては大蛇丸の部下としてナルトと対峙したシンが、志村ダンゾウ打倒を目論んでいる事。
それらの衝撃的な報告を続け様にカブトから聞かされ、ナルトは表情を険しくさせる。
ひとまず、サイは“根”に戻り、シンはサスケと同行するらしい。
よってシンの行動を見張る為に、カブトもサスケと共に『暁』へ戻ろうと決意した。
まだ表向きはサソリの部下としての席がある故に、カブトが『暁』へ戻ることは何等おかしくはない。
サスケについて行くメンバーはカブト・シン・ザク、そしてアマルだという。
ザクはサスケに乗っ取られた大蛇丸の復活を願い、サスケへの復讐心がある故にあえてサスケの近くに居座るつもりなのだろうというカブトの推測を耳にし、ナルトは眉を顰めた。
それよりも聞きなれない名前が気にかかった。
「…アマル…?」
ナルトは知らない。
かつて神農という男によってチャクラを吸い取られ、更に胸に巣食う大きな腫瘍の痛みと、高熱に抗っていた彼女を救ったのが他でもない自分だということを。
あの時、君麻呂の病気を治す前に、少女の病を治療したナルトは、その少女がアマルという名前だと知らなかった。
その名を耳にする前に、あのジャングルの奥にある要塞『アンコールバンティアン』から既に離れていたのだから。
十日間のうちに決着をつけ、木ノ葉の里へ戻っていたナルトは、アマルのそれから先の行末を知らない。
彼女が自分を追って、綱手の弟子になった事も。
波風ナルと親友になった事も。
ナルトに会いたい一心で、シンの誘いを受け、大蛇丸の部下となった事も。
そしてカブトの弟子として医療忍術を学び、今度は『暁』にナルトがいるのではと希望を抱いて、サスケと行動を共にし始めた事実を。
知らないナルトは、聞き覚えのないアマルという名をカブトから聞いても、怪訝な表情を浮かべるだけだった。
「…本当に面倒なことになりそうだ」
更に、そろそろ動き出す気配を察して、ナルトは腰を上げる。
最近、かつて守護忍十二士として選ばれた忍び達が悉く消息を絶っている。
それらの遺体が換金所で換金されているという噂を耳にしていたナルトは、その犯人に心当たりがあった。
守護忍十二士、残っているのはもはや二人。
いずれにしても、波風ナルがいる火ノ国に脅威が迫っているのは確かだ。
「再不斬」
「あいよ」
呼び声に応えて、再不斬は首切り包丁を肩に担いだ。
カブトに【念華微笑の術】で逐一報告するよう頼むと、ナルトは「さて、」と青い双眸をゆるゆると細めた。
その視線の先は、木ノ葉隠れの里がある火ノ国。
「久方ぶりの帰郷といこうか」
火ノ国に火ノ寺ありと謳われた忍寺。
火ノ国の大名を守る守護忍十二士であった元エリート忍者であった僧侶がいる其処は、常に【封印鉄壁】という強固な結界が張られていた。
それをあっさり破り、侵入した男達の姿を生きてその眼に映す者は今やいない。
誰もこれも生気を失った虚ろな目をする死者が転がる中、「あ~…いて」とさほど痛みを感じていない様子で飛段はぼやいた。
「まったく。手当たり次第に殺すな、と言ったろう。火の国の紋が入った腰布を捜せ。そいつが守護忍十二士の証だ」
寺の中でもっとも徳が高く、力も強かった僧侶の遺体を転がし、角都は淡々と腰布を身に着ける目的を捜す。
やがて、火ノ寺を訪れた目的の男────地陸の亡骸を見つけ出した角都は遺体の襟首を持ち上げた。
「こいつは金になる。換金所に持っていく」
「はぁ?」
血で描いた円陣の中で横たわっていた飛段の訝しげな視線を受け、角都は遺体の腰布を見ながら、しれっと説明した。
「こいつの首には闇の相場で三千万両の賞金がかけられているんでな」
「……金儲けの為に坊主を殺ると地獄に堕ちるぜ」
飛段の呆れ顔もどこ吹く風といった風情で、角都は抑揚なく、だが確固とした口調で告げた。
「地獄の沙汰も金次第だ────望むところ」
キッパリと答えると、元は寺であった荒れ地を後にしようとする角都に、飛段は寝転がりながら怒鳴った。
「ちょっと待てよ、角都!祈りがまだ終わってないっつーの!」
「…いつもより長くないか」
「うるせぇよ、儀式の邪魔すんな!今は生きてる邪神様への祈りをしてるんだって!!」
生きてる邪神様…────つまりはナルトのことだと察した角都は、眉間に深い皺を寄せた。
「……また不快がられるぞ」
「んなわけねぇって言ってるだろ!んだよ、さっきから!」
胸に突き刺さった棒を引き抜いて、飛段は血の円陣から起き上がった。
「神への冒涜だぞ」
ジロッと鋭く睨みながら、飛段は三刃の大鎌へ手を伸ばす。
ひゅんっと飛んできた鎌の刃を軽く避けて、角都は非難した。
「おい。遺体に傷がついたらどうする。大事な金だぞ」
角都の咎めるような視線に、飛段は「チッ、」と舌打ちした。
殺気を抑え、興が醒めたとばかりに肩を竦めてみせる。
「はいはい。組織の金づくりを任されてる『暁』の財布役は言うことが違うねぇ~」
飛段の馬鹿にするような物言いに、ピクリと角都は米神に青筋を立てる。
ボロボロの荒れ地と化した寺の廃墟で、カラ…と瓦が崩れる音が響いた。
その崩れた柱の影に身を潜め、二人の様子を窺っていた僧侶はゴクリと生唾を飲み込む。
ちょうど巡警に出ていて寺を不在にしていたのが幸いした。
帰って来た時には見るも無惨な有様だった火ノ寺と、そしてそこかしこに倒れる同じ僧侶として生きてきた者達の遺体を痛ましげに見た若き僧侶は、気を取り直す。
(木ノ葉に知らせなければ…)
崩れた柱の影からそっと、この惨状をつくりあげた二人に気付かれずに抜け出すと、僧侶は急ぎ、木ノ葉隠れの里へ向かった。
「……火ノ国は広い。じっくり行くぞ」
怒りを抑えて、角都は地陸の遺体を後ろ手で担ぎ直した。
火の国の紋が入った腰布がブランと力なく揺れる。
瓦礫を踏み越えてその場を後にしようとする角都に、飛段は吠えた。
「待てや、こらぁ!!とにかく邪神様のことを冒涜したのは許さねぇぞ、角都ぅ!!」
「冒涜などしていない。同情しているだけだ」
ナルトを生きた邪神様として崇めている飛段を面倒くさそうに一瞥して、角都は益々ナルトへの同情の念を深めた。
「アイツも苦労するな…」
瓦礫が散乱し、黒煙が立ち上る荒れ地。
強固な結界が張られていた巨大な門の破片を踏み越える。
物言わぬ天狗と鬼の銅像だけが、二人が身に着ける黒地に赤き雲模様を描いた外套がたなびく様を、静かに見つめていた。
後書き
ナルトはアマルの名前を知りません。
彼女の顔は覚えてますが、熱に浮かされていた病気のアマルから名前は聞けませんでした。
だから名前を聞いても、わかりません。アマル、頑張れ…!
いつもありがとうございます!
捏造ばかりの話ですが、どうぞこれからもよろしくお願いします!!
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