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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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四十二 火影の子

カコーン…と鹿おどしが鳴る。
麗らかな陽射しの下で、鳥の囀りが聞こえる中、パチパチ、と定期的な音が幾度か続いていた。

「王手」

長閑な空気が流れる縁側で、パチン、という音が高らかに鳴った。
将棋盤をじっと睨んでいた猿飛アスマはすぐに顔を手で覆うと、長い溜息をつく。

「次の仕事の打ち上げ代は先生持ちってことでヨロシク」

また負けた、と項垂れるアスマに、シカマルは聊か得意げに笑う。咥え煙草から煙を棚引かせながら、アスマは「はいよ」と肩を竦めた。


「お────い!!ってばよ~!!」


了承するや否や、明るく元気な呼び声が師弟の間に割り込む。
金色の髪を靡かせて、駆け寄ってきた人物に、シカマルの顔が明るくなった。

「なんだ。ナルじゃねぇか」

目に見えて嬉しそうなシカマルの様子を横目で眺め、アスマはにやにやと顎を撫で擦る。

ところが、ナルはシカマルではなく自分のほうへ向かってきた。
若干、シカマルから不機嫌そうな視線を受けつつも、アスマは「なんだ?」と駆け寄ってきたナルに訊ねる。


「実はちょっと聞きたいことがあるんだってばよ、アスマ先生っ」

怪訝な顔をするアスマに、ナルは今始めている修行について語る。



サスケとの邂逅を経て、大蛇丸のアジトから木ノ葉の里へ戻るや否や、ナルはカカシにねだって修行をつけてもらうことにした。そこで現在、チャクラの性質変化の修行をしているらしい。
螺旋丸を超える術を編み出すんだってばよ、とふんすっと意気込む彼女を見て、シカマルは感心する。
サスケを奪還できずに終わった任務だった故、落ち込んでいるかと思いきや、こうやってすぐ修行に打ち込むナルの切り替えの早さは美点だ。

サスケが実は木ノ葉のスパイで、今度は暁へ潜入しているという事実を知っているが故に、真実を知らないナルへの罪悪感があったシカマルは、熱心に修行に打ち込む彼女を見て(心配いらねぇみたいだな)とホッと息をつく。



「なぁ、アスマ先生、“風”のチャクラ性質なんだろ!?なにかコツとか教えてほしいってばよ!!」

勢いよく頼み込むナルを見て、アスマは愉快げに眼を細めた。

「ナルが“風”の性質とはなぁ~…こりゃ驚いた」
「アスマ、もったいぶらずに教えてやれよ」

面白がる師に、シカマルが口を挟む。
ナルの真剣な眼差しを受けたアスマは、シカマルに意味深な視線を投げると、煙草を口から外して指に挟んだ。

「そうだなぁ~…」

なにか嫌な予感がして、シカマルは顔を険しくさせる。煙草を軽く揺らしながら、アスマはにやっと口角を吊り上げた。


「今度のアスマ班の任務打ち上げの焼肉代金を立て替えてくれるなら…」
「アスマ」


先ほどの将棋の勝負で賭けた内容をナルにそっくりそのまま押し付けようとする師を、シカマルはジロッと睨む。
鋭い視線を受けたアスマは降参とばかりに両手を挙げた。

「…っと言いたいところだが、お前の旦那がこえーからやめとくよ」
「だ、誰が!!??」


途端に顔を真っ赤にさせるシカマルをにやにやと眺める。
からかうアスマと焦るシカマルを交互に見やって、ナルは首を傾げた。

「よくわからないけど、教えてくれるんだってば?」


きょとん、とするナルを見て、アスマは眼をパチクリさせる。
そうして、気まずそうな表情を浮かべてそっぽを向くシカマルの肩に腕を回すと、聊か同情するかのように小声で囁いた。

「頑張れよ、相手はにぶちんだぞ」
「わーってるっつーの」


幼い頃からの想い人であるナルの鈍感さを身を以って知っているシカマルは、揶揄してくるアスマの腕を引っぺがすと溜息をついた。


























「やー悪かったね」

暖簾を潜るや否や、片手を眼前に掲げて謝罪のポーズをとる。
テウチにラーメンを注文すると、カカシはアスマの隣に腰かけた。

「非番のところをナルの面倒見てもらっちゃって」
「まったくだ。お前より俺のほうがナルの先生に向いてるんじゃねぇか?」
「冗談」


同じ“風”のチャクラ性質故に、自分にコツを聞きにきたナルにアドバイスしたアスマは、軽口を叩いた。
あれからナルはアスマの教え通り、早速修行にかかっている。
ナルの様子をヤマトに任せ、アスマに礼を言いに来たカカシはついでに昼飯を食っていこうとカウンター席に座った。

「いやぁ“風”以外のチャクラ性質なら俺とヤマトで教えられるけどね。“風”はアスマ以外に思いつかなかったからさ」

ははは、と笑うカカシの言葉に違和感を覚えて、アスマは「…ちょっと待て」と身を乗り出した。


「その言い分だと、ナルは五つの性質変化を持ってるってように聞こえるぞ」
「いやぁ~…それがさぁ。びっくりなんだけどね」
「……驚いたな」

アスマの驚愕を孕んだ視線を受け、カカシも苦笑いを浮かべる。未だにカカシとて信じられないのだ。

チャクラに反応しやすい紙にチャクラを流し込んで、自分のチャクラの性質をまず知るように、とナルに手渡した紙の変化はある意味、凄いことになった。
まず、紙に皺が入ったかと思えば、真っ二つに切れ、燃えた途端に濡れ、そして最後に崩れていったのだ。

カカシの主な性質変化は“雷”“水”“土”である。
写輪眼で他の性質の術もコピーしている為、使用可能だが、やはり実際の性質を持つ相手に教わったほうが良いと判断し、アスマを紹介したのだ。
“風”のチャクラ性質は木ノ葉では珍しい。その珍しい性質を持っている相手としてはアスマが適任だった。


「ナルは自来也様と妙木山で仙術の修行をしていたからね。自然エネルギーを取り込む仙術チャクラは身体能力に加え、全ての術が強化されるから、その影響もあるのかもしれない」
「ふぅむ…なるほどな」

腕を組んで思案顔を浮かべるアスマの向こうで、ピクリと誰かがカカシの話に反応する。
それに気づいてアスマの向こうをなんとなしに見たカカシはそこに座る意外な人物を見て、眼を瞬かせた。

「あれ、ハヤテじゃない」
「ああ。俺が誘ったんだ」

ぺこ、と会釈する月光ハヤテを見て、カカシはへぇ、と露わになっている片目を丸くした。

「珍しい組み合わせだね」
「えぇ…まぁ」

曖昧に笑うハヤテを横目に、アスマが「聞けよ」とカカシを肘で小突く。

「こいつ、夕顔と別れたんだとよ」
「えっ」

カカシが驚くのももっともだ。
カカシの後輩である卯月夕顔はハヤテの恋人である。


仲の良いふたりに見えたのに、何事かと胡乱な目つきでハヤテを見ると、彼は困ったように眉を下げた。
無言の肯定を受け、カカシは益々怪訝な顔でハヤテをまじまじと眺める。

「なんで?仲良さそうだったじゃない」
「……私にはもったいない女性ですから」

苦笑を口許に湛えて、食べ終えたラーメン鉢を「ごちそうさまでした」とテウチに手渡す。
ラーメンの代金を支払うと、ハヤテはアスマに「もういいですか?」と伺いを立てた。

「お、おう。悪かったな、忙しいところ」
「いえ」

アスマとカカシに会釈したハヤテは一楽の暖簾を潜って、外へ出てゆく。
ハヤテの後ろ姿を遠目に見ながら、カカシは「で?」と視線をそのままにアスマに問うた。

「紅が気にしててな。別れた理由をさりげなく聞き出したかったんだが…」
「こればっかりは当人達の問題でしょ。部外者の俺達が口を出すもんじゃないよ」
「そうだなぁ…」


頭をガシガシと掻きながら、アスマは煙草に火をつける。店主のテウチが咎めるような視線を向けたが、何も言わなかった。

「まぁ俺らって危険な任務によく就くからね。いつ死んでもおかしくないし」
「そーゆーのを気にするタイプだとは思わないけどな…」

煙草の煙を吐きながら、アスマはすっかり遠くなったハヤテの背中を眺めた。
長年付き合ってる夕顔とハヤテでも、あっさり終わりは来る。
なんとなく他人事のように思えなくて、アスマは溜息を吐いた。

「それにしても…」

頬杖をついて、先ほどまでハヤテが座っていた席を眺める。
青白い顔は以前と同じだが、違和感を覚えたその理由に思い当って、カカシは首を傾げた。

「喘息、いつ治ったんだろーね」

常に咳き込んでいたイメージがあったハヤテだが、徐々に咳をしなくなった事実に今更ながら気付く。
肩越しに振り返って、遠ざかるハヤテの後ろ姿を見ながらアスマは咥え煙草をゆらゆら揺らした。

「そういえば、そうだなぁ…」
























カカシとアスマの視線を背中に感じる。
夕顔と何故別れたのか、というアスマの問いに言葉を濁したハヤテは振り返らずに顔を伏せた。

(別れた理由…?そんなもの、ひとつしかないじゃないか)

含み笑う。人混みに紛れたその表情は誰にも見られることはなかった。

(ボロを出すわけにはいかないのだから)























「ナルの成長は目まぐるしいな」

ハヤテから話題を変えたアスマは、感嘆の吐息を零す。それを横目に、カカシも感慨深く、「そうだねぇ…」と同意した。

「こうやって、次の世代の若者がどんどん成長してきて、俺らをあっという間に追い抜いていくんだね…」
「おいおい。俺はまだまだ負けねぇぞ」


行儀悪く箸の先で、ついとカカシを指したアスマの反論に、カカシは肩をくつくつと震わせる。
同僚の笑い声に口許を緩ませたアスマは、ふと真面目な表情を浮かべた。

後ろを振り向き、暖簾の向こう側にある岩を透かし見るかのように眺める。
見えないものの、火影岩の三つ目の馴染みある顔がすぐさま脳裏に浮かんで、アスマは瞼を閉ざして笑った。


「しかしまぁ…若い世代の成長は、木ノ葉にとっては喜ばしいことだな」

ふ、と笑ったアスマに、カカシは頬杖をつきながら「──で?」と視線で促した。


「お前、やけに紅と親しいじゃない?」
「え、な、なんで」
「いやさ。紅に頼まれたからって夕顔のことをさりげなくハヤテに聞いたりさ」

カカシの揶揄に眼を泳がせたアスマは、やがて大きく深呼吸すると、煙草の火を揉み消した。

「あ──…あのな、カカシ」
「なんだ、改まって」
「実はだな…俺、紅と付き合ってるんだ」

は、と頬杖をついていた手がガクンと顎から落ちる。からかっていたカカシは一瞬、呆けた。
「あ~…いや、言おう言おうと思ってたんだけどな…」と頬をポリポリと掻くアスマをまじまじと眺める。

「いや、今更?それ、木ノ葉の里の人間なら誰でも知ってるでしょ…」

アスマと夕日紅が恋愛関係にある事は里の中でも周知の事実だ。
それをわざわざ報告してきた同僚に呆れた声を返すと、アスマは「なに!?」と驚愕の表情を浮かべた。

「子どもができたこともか!?」
「いや、それは知らない…ってええ!!??そうなの!?」


今度こそ驚くカカシの横で、テウチの娘であるアヤメが「あら!」と目を輝かせた。

「おめでとうございます!」
「え、あ~…なんか照れるな…ありがとよ」

頭をポリポリ掻いて照れ臭そうに笑ったアスマは、愕然とするカカシに苦笑する。
そうして身体の向きを反転させると、先ほどの表情とは一転して真剣な顔つきでカカシに向き合った。


「そういうわけでだな…カカシ。俺になにかあったら紅と…子どもを頼む」

頭を下げてくるアスマを見下ろす。
紅の腹の中にいる子どもを頼んでくる同僚の旋毛を見ながら、カカシは顔を顰めた。



「…縁起でもないこと、言わないでよ」

カカシの返事に、ふ、と笑ったアスマは顔を上げる。
いつものにこやかな笑みを浮かべて、「そうだな」と彼は新しい煙草に火をつけた。


「お前のほうが先におっ死んじまうかもしんねーしな」
「煙草スパスパ吸ってるアスマには言われたくないよ」

店内に籠るラーメンの湯気が煙草の紫煙と雑じり合う。
店主の視線が流石にそろそろ痛かったので、アスマは煙草を消すと立ち上がった。

「じゃあな、カカシ。“風”の性質変化のコツならいつでも教えてやるよ、とナルに言っておいてくれ」
「あいよ」


ラーメンのお代を払って、暖簾を潜る。
手をひらひら揺らしながら歩くアスマの向かう先を察して、カカシは眼を細めた。

























白一色で占められた空間。装飾の少ない、どこか殺風景な病室で、アスマは深く息を吸う。
煙草を吸いたいのをぐっと耐え、窓から視線をベッドに戻した。

薄く開かれた窓に掛かる白いカーテン。
陽射しを遮るそれは、寄せては返す波のようにふわりと大きく揺れている。


ベッドに横たわる人物の深く刻まれた皺こそが、木ノ葉の里に尽力を尽くしてきた彼の経験の積み重ねだと誰よりも理解しているアスマは、瞼を閉ざして微笑んだ。

「────今なら、少しはわかる気がするよ……親父」





かつて大名の護衛の任務を任された際、アスマは三代目火影…父である猿飛ヒルゼンに対して、反抗心を抱いていた。
大名を守ったことが玉を守ると同義。大名こそ守れたものの、死傷者を生んでしまった任務を憂い、ヒルゼンが強く諭してきた言葉が今でもアスマの耳に響く。

『玉を守る為の戦いがどれほど難しく大切なのかという事を、今のお前には到底判るまい』

忍びの任務に犠牲はつきものだ、という思考故、父が自分を認めたくないだけなのだろうと、ヒルゼンへ反発していたあの頃の自分を思い出して、アスマは苦笑いをする。

自分が父親になって初めて理解できたヒルゼンの考えに敬意を示して、ベッドの上の父を見下ろす。




木ノ葉病院。その奥の奥の病室。
秘密裡に収容された、アスマの父――三代目火影・猿飛ヒルゼン。

“木ノ葉崩し”以降、昏々と眠り続けるヒルゼンは世間では殉職したように見せかけている。
寝たきりの火影を毎日のように見舞っているアスマは、一向に目覚めぬ父親の顔を眺めた。


「今は…猿飛一族に生まれたことも悪くねぇって思えるぜ」

点滴の音が響く病室内では、アスマの小さな呟きを拾う者は誰もいない。


「だからさっさと起きろよ、親父。木ノ葉丸も…今から生まれてくるもう一人の孫も、アンタを待ってるぜ」


孫である木ノ葉丸を大層大事にしてくれたヒルゼンだ。
これから紅のお腹から産まれてくる我が子も、きっと可愛がってくれるだろう。

最後に父親の顔を一瞥すると、アスマは病室を後にした。






























静寂が訪れた病室のカーテンの波がゆっくりと引いてゆく。
寸前まで誰もいなかった窓辺。
薄い白を透かす陰影は先ほどまで外界の木々だけを確かに映していたはずだ。
しかしながら、今は小さな影がヒルゼンの病室の窓を背にして、佇んでいた。

室内で聞く者はいなかったが、室外でアスマの呟きをきっちりと拾っていた彼は、空を仰ぐ。


「父親、か…」


秘密裡に収容されている病室であるにもかかわらず、その窓辺にてアスマの話を秘かに耳にしていた彼はその蒼い双眸を細めた。

視線の先には、背後で寝入る三代目火影の顔が彫られた岩。
並ぶ火影岩の四つ目の顔を睨む。

その眼は厳しいものだった。


「────再不斬」
「おう」

隣に佇んでいた再不斬が二つ返事で印を結ぶ。
やがて立ち込めてきた霧を認めると、ナルトは口許に弧を描いた。


「細工は流々」


肩越しに振り返る。
背後の病室に寝入る三代目火影をカーテンを透かして眺めると、ナルトは囁くようにして微笑んだ。



「仕上げを御覧じろ、ってね」


刹那、霧がぶわり、と木ノ葉の里を始めとした火の国全体に広がり始める。






霧の向こうへ掻き消える大きな影と小さな影を、気に留める者は誰もいなかった。 
 

 
後書き
アスマメイン回…に見せかけて??

ナルを勝手にこの時点で性質変化五つ使えるようにしてしまいましたが、上限が仙術ぐらいの強さで考えてるのとペイン侵攻あたりまでの知識で書いてますので、原作のようにものすごく強くなることはないと思います。

また、原作でこの時、カカシにアスマが何事か言いたそうにしていたので、たぶん子どものことじゃないかな~と思って、報告してもらいました。
すみませんが、諸々ご容赦ください!
 
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