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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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四十 孤独の先

「……あ、」

陽射しが眩しい。見上げる太陽の光を背に佇む存在を、ナルは眼を凝らして見上げた。
視線の先にはここ数年、ずっと追い求めてきた人物が涼しい顔でこちらを見下ろしている。


サクラ目掛けて振りかざした拳。
それが空振りになって終わった山中いのが、眼を見開く。


春野サクラを間一髪でいのの怪力から救った相手。
最後に見た姿より随分成長し、更に整った顔を惜しげもなく曝している男の名を、波風ナルは呼んだ。

「────サスケ……」
「ナルか…」


見知った顔が揃っている。
その場の面々の顔を一瞥したサスケは、シカマルに眼を留めて、軽く片眉を吊り上げた。

カブトに促され、轟音がした方へ来てみれば、懐かしい顔触れが揃っている。
山中いのに殴られる寸前だったサクラを咄嗟に引き寄せ、高所へ跳躍したサスケは、周囲の視線を浴びながら内心溜息をついた。

「ナルがいるということは、カカシもいるのか?」

同じ七班として木ノ葉で過ごしたナルの姿を認め、サスケは周囲に視線を這わす。
唯一見慣れぬ人物がサスケの探るような目線を受け、一歩前へ踏み出した。


「カカシさんじゃなくて残念だけど、僕が代理だ。これから君と春野サクラを木ノ葉へ連れ帰る。その為に来たんだ」

ヤマトの発言を耳にして、サスケは視界の端で捉えたシカマルの様子を窺った。
素知らぬ顔を貫くシカマルの意味ありげな視線を受け、カカシの代理を主張する見慣れぬ忍びが、大蛇丸の許でスパイをしているサスケの事実を知らないことを察する。

「────遠路はるばる、ご苦労なことだ」

サスケに助けてもらったサクラが怪訝な顔で自分を見つめている。
それを知りながら、サスケは吐き捨てた。あえて丁寧な物言いで挑発する。

「わざわざご足労をかけたのに、残念だったな」

風が吹き荒れる。サクラと、木ノ葉の忍びとの戦闘で一部瓦解したアジト。
剥き出しとなったアジトの上空は突き抜ける青さだ。

ナルの瞳と同じ、澄んだ青い空。
しかしながら美しい青空の下では、不穏な空気が立ち込めていた。




「これより俺は────『暁』に入る」
「………っ、」



今、なんと言った?

ひゅっ、と息を呑む。
ナルの中にいる九尾。それを狙う組織『暁』に行くというのか、サスケは。


言葉を失うナル・いの・ヤマトの横で、シカマルは眉を顰めた。
訝しげな視線を放つシカマルを、サスケはチラリと見やる。

同じく、傍らで愕然としているサクラの隣で、サスケは涼しい顔で言葉を告げた。
それは今しがたの発言と同様、否、更なる驚愕をもたらす言葉だった。



「もう此処には用が無くなった────大蛇丸は俺が消したからな」
「「「「「な……っ!!??」」」」」


今度こそ、五人は言葉を失った。
この場で唯一、サスケがスパイである事実を知り得るシカマルも、険しい顔で自分を凝視している。


大蛇丸を倒したから、『暁』に入る。強くなる為に木ノ葉の里を抜けて、大蛇丸の許へ向かったサスケ。
大蛇丸より自身が上回ったから、更なる強さを求めて“暁”に入ろうとするサスケの行動原理はわかる。

もっとも、そう思うのは、サスケが潜入捜査をしていたという事実を知らない者だけで、スパイだと知っているシカマルにとってはサスケの本意に勘づいていた。


シカマルはサスケを見上げる。
周囲の視線を一身に浴びながらも、彼は涼しい顔でその場の面々の顔を眺めていた。

隣で愕然としていたサクラが我に返ったかのように、サスケに詰め寄る。
自身の服袖を縋りつくように握り締める彼女に、サスケはチラッと流し目で見やった。


「大蛇丸様を倒した?サスケくんが?」
「そうだが?」

簡潔に肯定を返したサスケに、サクラはうろたえる。
けれど、目まぐるしく成長しているサスケの強さに思うところがあったのか、彼女は納得するも、すぐさま質問を重ねた。

「で、でも…“暁”に行くって…そんな、どうして急に?私…何も聞いてな、」
「……なんでお前に話さなきゃいけないんだ?」

疑問に疑問を返す。
言葉を遮られた上、サスケの冷たい眼差しを前にして、サクラは尻込みした。
それでも胸の前で手を握りしめながら、「どうして…」とわなわなと唇を震わせる。

「どうしていつも何も言ってくれないの?いつだってサスケくんは…私に何ひとつ話してくれない…」


サクラに何ひとつ、何も言わず、木ノ葉の里を抜けたサスケ。
相談せず、周囲にもサクラにも誰にも話さず、大蛇丸の許へ向かったサスケを追い駆け、同じく里を抜けた彼女は、聊か非難めいた眼でサスケを見つめた。

共に抜け忍になった身。
家族も友達も捨て、愛するサスケだけを選んだというのに、大蛇丸の許にいても彼はサクラに相談ひとつしない。何も言ってくれない。

今回だってそうだ。

サスケが大蛇丸を倒した。
その事実は衝撃的だが、なにより“暁”に行く等という話を初めて耳にしたサクラは、サスケがどんどん自分から離れてゆく錯覚に陥って、彼に縋るような視線を向ける。


「サクラ…前から思っていたが、いちいち俺に構うな」
「……私ってサスケくんに嫌われてばっかりだね」

突き放すような物言いに、サクラは苦笑した。
あの時から変わらない関係。

ずっと傍にいたのに、木ノ葉の里を抜けて、皆を裏切る行為までしたのに、サスケの心に寄り添えられない自分がなにより彼女は腹立たしかった。


「憶えてる?下忍になって、初めてスリーマンセルのチームが決まった日。ナルのことを馬鹿にした私に怒ったわよね」

耐え切れず、サクラの翡翠色の瞳から涙がポロリと零れる。その一筋の涙が地面に染みをつくるのを、サスケは無表情で眺めていた。

地面にじわじわと増えゆく染み。
サクラの双眸からポロリポロリと零れゆく涙を眺めるサスケの脳裏に、木ノ葉の里でのかつての出来事が思い出されてゆく。


憶えている。
あれは────確か、波風ナル・春野サクラ、そしてサスケが初めてスリーマンセルを組み、サクラと二人きりになった時に彼女と話した会話だった。



両親がいない波風ナルのことを、当時見下していたサクラは「ナルの奴、ひとりで親にガミガミ言われることもないから我儘なのよ」とサスケに言い放った。

あの頃のサクラはとにかく自分にサスケを良く見てもらいたかった。
サスケの同意を得たかった。
ナルの悪口を言うことで彼女より優位に立ち、サスケに自分を見てもらいたかった。

だが、ナルと同様、孤独なサスケには逆にサクラへの苛立ちが増すばかりだった。


「孤独ってのはな…親に叱られて悲しいってレベルじゃないぞ」

ナルを馬鹿にしたサクラを、サスケは「お前、うざいよ」と一蹴する。家族を失ったサスケだからこそ、言える言葉だった。

怒られ、言葉を失うサクラはその瞬間からナルへの認識を改め始めた。




そのきっかけをつくったサスケは、サクラが語るかつての出来事を憶えていながら素知らぬ顔で答える。

「……記憶に無いな」

素っ気ない返事に、サクラはショックを受けた表情でサスケを見上げた。
涙で濡れる翡翠色の瞳から、サスケは顔を逸らす。

「そ、そうだよね!もう随分前のことだもんね」

無理に明るく振舞って、サクラは笑う。
けれどその痛々しい笑顔に、いのは顔を顰めた。


「でも…私はあの時、サスケくんに怒られたから…そしてサスケくんを追い駆けて里を抜けたからわかったの………孤独の辛さを」

家族や友達、里の皆を全て失い、サスケを追って大蛇丸の許へ向かったからこそ、あの時言われたサスケの言葉が痛いほど、今のサクラにはわかった。


「また此処から…それぞれ新しい道が始まるだけだ。俺とお前達はどうあっても相容れない道にいる…俺には俺の、お前達にはお前達の道がある。それだけだ」

ナル・いの・シカマル・ヤマト…そしてサクラの顔を一瞥してから、サスケは静かに眼を閉ざす。


「だからサクラ…お前はもう俺に構うな」
「サスケくん…!あなたはまた…!自ら、孤独になるの!?」

“暁”へ向かうということは自ら独りになると同義。
今まで以上に過酷な道を進もうとする彼を、しかしながらサクラは追い縋った。

対して、サスケは自分について行こうとするサクラを突き放したかった。決して嫌いだからではない。
サクラが抜け忍になってしまったのは己が原因だと理解していたからだ。

特に今のサクラは危うい。早々にサスケから引き離され、大蛇丸の傍で一時期修行していた彼女は、大蛇丸よりの思考になっている可能性がある。

だからこそ、サスケはこの機会を逃すわけにはいかなかった。



「私にとって、サスケくんがいないことは孤独と同じ!!同じなの!!」

孤独の辛さをあの出来事で教えてくれたサスケを、サクラは涙に濡れた眼で見た。
翡翠色の瞳から、サスケは顔を逸らす。

「だから、私も一緒に…!!」
「やっぱりお前…うざいよ」

そこで初めて、サスケはサクラの顔を見た。
ハッと息を呑んだサクラの代わりに、いのが激昂する。
辛辣な物言いに、彼女は吼えた。


「サスケくん!!アンタねぇ…っ!」

同じ、恋の好敵手だからわかる。
サスケへのサクラの想いをひしひしと感じ取っていたいのは、怒りに任せて地を蹴った。
自分へ殴りかかろうとするいのをチラッと視界の端に捉えて、サスケは口許に弧を描く。


この時を待っていた。
そう────サクラが木ノ葉へ戻る機会を。



「────サクラ、お前は蛇より暁より、木ノ葉が似合う」

刹那、サクラは首元に衝撃を感じた。


「あ…」
「サクラ…ありがとう」


瞬間的にサクラの背後へ回り、その首の根に手刀を落とす。
斬られたわけでも骨を折られたわけでもないが、昏睡するには十分な威力。

身体の自由が利かなくなり、意識を失ったサクラを、サスケは自分を殴ろうと拳を振りあげたいのに向かって放り投げた。

「………っ、」

いきなり降ってきたサクラのぐったりした身体を、いのは慌てて抱きとめた。
拳をおさめた彼女は当惑気味に、サスケとサクラに視線を交互に向ける。

気絶させる寸前、サスケは確かにサクラにお礼を述べた。
その上で彼女の意識を刈り取った。
それが意味する答えをその場の面々の中でしっかりと把握できたのは、サスケの真実を唯一知るシカマルだけだった。


「……アイツ…」

相容れない道にあえて突き進む。
自ら茨の道へ、自ら孤独になるサスケの真意を、シカマルは悟る。

大蛇丸に続いて、今度は“暁”に潜入するつもりなのだ。
それ故に、サクラをこれ以上深入りさせないように、あえて気絶させたのだろう。

木ノ葉へ連れ戻させる為に。


サスケから意味深な視線を受け、シカマルはヤマトやいの、そしてナルに気づかれないよう、人知れず頷いた。
自らの目的を把握してくれた聡明な相手に、くっと唇を弓なりに吊り上げると、サスケは背中を向ける。

「サスケ…!!」

一瞬、呼びかけられた声に、サスケは立ち止まる。
肩越しに振り返った瞳が、波風ナルの姿を捉えた。

昔と変わらない、太陽の如く輝く彼女。
光の中をまっすぐ愚直に進むナルの姿は、サスケには眩しすぎた。

闇に生きるほうが己に相応しいと、スパイとして夜に紛れるほうが自身に合っていると、兄の─イタチと同じ道を進もうとするサスケには、太陽の光は今、必要ではなかった。

それよりも、月を追わねばならなかった。
ナルと似た金の髪を靡かせ、イタチを殺した憎き人物。


まるでその場に存在していないのかと見間違いそうになりながらも、静かに発する研ぎ澄まされた気配。
それは鮮烈な印象をもたらす太陽とは真逆の、月のような存在。


スパイとは別に真の目的────うずまきナルトへの復讐心を抱くサスケは、ナルを暫し見据える。サスケを見つめ続ける瞳の青が、行くな、と雄弁に語っていた。

ほんの一瞬、揺らぎかけた決意が、しかしながら隣に音も無く近寄った男の声で、立ち直る。


「話は終わったかい?」

一見、好青年に見える彼のいっそ穏やかな声音に、サスケは顔を不機嫌そうに歪めた。


「カブト…」
「サスケくん。『暁』に行くなら僕も同行させてもらおう」
「どういう風の吹き回しだ…?」

眉根に皺を寄せるサスケに、カブトは飄々とした顔でうそぶいてみせた。

「大蛇丸様がいない今、君が暁入りをするのなら都合が良い。僕にとっても──君にとってもね」
「どういう意味だ?」

大蛇丸をサスケが取り込んだ際、カブトは何故か感謝していた。
本当に付き従う主が別にいるかのような物言いをしていた彼が暁に同行するという事は即ち、カブトの主人が暁の誰かである可能性は高い。


カブトは、眼下の忍び達の顔触れを眺める。
気絶させられたサクラを抱きかかえるいの、シカマル、ナル、そしてヤマトを見渡した彼は眼鏡を軽く押し上げた。

「サソリ様の部下である僕なら、ある程度は口添えしてあげられるよ」

カブトの言葉は、天地橋での態度とは真逆のものだ。サソリの部下だったんじゃないのか、というヤマトの詰問を鼻で嗤ったにもかかわらず、今度は自らサソリの部下だと明言している。

「カブト、貴様っ!!結局、サソリの部下として大蛇丸の下に潜り込んだのか!?」

ヤマトの怒号に、カブトは口許に弧を描く。軽薄な笑みだった。

「僕がスパイであることは認めよう」


サソリの部下とも、大蛇丸の部下とも言わず、スパイだとだけ告げる。
本当はナルトの部下であるカブトはあえて真実に嘘を練り混ぜた。

嘘に真実を混ぜることで真実味が引き立ち、本当の真実は見抜けない。
更に、カブト自身がスパイだと認識させることで、よもやサスケも木ノ葉のスパイだとは気づくことは困難だろう。


サスケはチッ、と舌打ちする。
カブトの存在により自分が木ノ葉のスパイだとバレる可能性は確かに低くなった。

天地橋では本物のサソリが来ていないということは即ち、カブトは現時点でまだサソリの部下として暁に潜り込める。
サソリから大蛇丸へ、そしてサソリへと主人を変えるカブトのことはもっとも信頼していないが、利用しない手はない。
万が一、不穏な動きを見せればたたっ斬ればいい話だ。


「てめぇがサソリの部下であろうが大蛇丸の部下だろうが関係ない。俺の邪魔をすれば殺す。それだけだ」

サスケの殺気混じりの言葉に、カブトは肩を竦めてみせる。
相変わらず、何を考えているのかわからないカブトへの警戒を決して緩めずに、サスケはシカマルを最後に一瞥した。

サスケの視線を受け取って、シカマルは微かに頷く。



自分が依然、木ノ葉のスパイであると秘密裏に伝えたサスケは、顔色を変えずにその場から掻き消えた。

「サスケぇええぇえ────!!!!!」



消えゆく寸前、ナルの悲痛な叫びを耳にしながら。
























「───以上が事の顛末です」
「そうか…サスケは『暁』へ行ったか…」

大蛇丸のアジトとは打って変わって、平穏そのものの木ノ葉の里。
シカマルの報告に、五代目火影───綱手は溜息をついた。

「…私としては大蛇丸が死んだ今、帰ってきてくれても構わなかったんだがね」


大蛇丸が死んだという件に関しては、正直に言って綱手は半信半疑ではあった。
しかしながら、シカマルもサスケから聞いた話をそのまま伝える他ない。

綱手が此度与えた任務は、暁のサソリが大蛇丸の許に送り込んだスパイを拘束し、木ノ葉に連れ帰ること。
だが大蛇丸が出てくる可能性を考慮し、この度、サスケがスパイだと知っているシカマルを同行させた綱手は眉間を指で押さえた。


【根】から派遣された左近と鬼童丸。
彼らの死亡を既にヤマトから報告を受けている綱手は、顔を不快げに歪める。


かつてサスケの里抜けに助力し、結果的に【根】に捕らえられた『音の五人衆』。
唯一生存していた左近と鬼童丸を、ダンゾウは天地橋へ向かわせた。

結果、もたらされた死に、それみたことか、と綱手は苦虫を嚙み潰したような表情で舌打ちする。


実際は生存しており、ナルトと共にいるのだが、その真実を知らぬ綱手は、シカマルに話の続きを視線で促した。
五代目火影の視線を受けたシカマルは、自らが知る任務内容の全貌を語る。


サソリのスパイであったカブトは大蛇丸に寝返っていたかと思いきや、やはりサソリの部下のままであり。
天地橋で大蛇丸と交戦した際に死亡した左近・鬼童丸がきっかけで、波風ナルは感情を抑えきれなくなり、九尾の力を使って暴走。
さしもの大蛇丸も九尾状態のナルと戦闘し、限界を迎え、何故か【根】のサイを伴ってアジトへ戻ろうとしたのを狙い、ヤマトが木分身を使って追跡。

ついにアジトを突き止めたが、サスケと共に木ノ葉の里を抜けた春野サクラと遭遇し、戦闘。
山中いのの介入で善戦したものの、今度はサスケ本人が現れ、サクラを気絶させたかと思うと、その場から立ち去った。





以上の報告を終え、シカマルは頭をガリガリと掻きむしる。
状況が混乱を極め、真実を見極めるのも困難だ。

とにかく状況整理をする為に、シカマルは綱手に今更ながら問い質した。

「いのを送り出したのは、綱手様の意向ですか?」
「あ~…まだ本調子ではなかったんだがな。体力が戻ったからナル達を追わせてほしいとああも懇願されちゃあね…」


いのの鬼気迫る様子に、さしもの五代目火影もお手上げだったらしい。
前任務で消耗したチャクラと体力がある程度戻っているのを確認したので、任務への同行を許可したのだと答える綱手に、「そうですか…」とシカマルは頷いた。

想い人であるサスケと、恋敵であり親友のサクラを大蛇丸の許から取り戻す為に動いていたいのが必死で火影に何度も交渉していた光景が目に浮かぶようで、シカマルは静かに眼を眇める。

「でもおかげで、いのの目的のひとつは達成できたっスね」


現在、元抜け忍である故に拘束しているとは言え、春野サクラを木ノ葉の里へ連れ戻す事には成功した。
その功績を達成できたのは、他でもないサスケのおかげだとシカマルから聞いていた綱手は再度、確認する。


「……サスケが、サクラを木ノ葉へ連れ帰させようと動いたのは事実か?」
「…………」

無言の肯定を受け、綱手は椅子に腰深く座り直した。


孤独は辛い────その辛さを知っているが故に、自ら孤独になろうとするサスケの身を案じ、五代目火影は沈痛な面持ちで溜息を吐く。

「……俺から言えるのは、暁メンバーであるカブトがいれば、サスケの暁入りもそう難しくはないだろうということしか…」

自ら孤独の道を進んだサスケの意図を目線だけで把握したシカマルは、酷く疲れ切った顔で推測を語った。
実際は、サスケは既に仮面の男から『暁』の勧誘を受けているのだが、そこまではシカマルとて預かり知らぬところだ。


シカマルの立てた見通しに同意を返すや否や、綱手は手を音もなく掲げた。
シズネや、他の忍びを遠ざけた火影室に近付く気配を感じ取る。

五代目火影に手で制され、シカマルは口を噤んだ。
聊か緊張した面持ちで、火影室に近寄る足音に耳を澄ませる。


「……人払いをしていたはずだが?」
「はて?聞いておらんな」

綱手の非難を柳に風と受け流し、志村ダンゾウは涼しい顔で火影室へ足を踏み入れる。
火影の傍に控えるシカマルをチラッと横目で見やり、ダンゾウはふん、と鼻を鳴らした。

「人払いなどというから、てっきり暗部とでも秘密裏に会話しておるのかと思いきや…いやはや、」


中忍であるシカマルを明らかに馬鹿にした物言いで、ダンゾウは嗤う。
この場にいるのがナルやキバといった頭に血が上りやすい忍びならダンゾウの挑発に乗って、火影と何を話していたか、うっかり口を滑りそうだが、あいにく此処にいるのは奈良シカマル。
綱手との話をさりげなく聞き出そうとするダンゾウの口車に乗るはずもない。

直立不動のまま、無言を貫くシカマルに、当てが外れたのか、ダンゾウは面白くなさそうに再度鼻を鳴らすとようやく綱手に向き合った。


「此度の任務で、ワシの部下が二人も死んだ。この落とし前はどうつけてくれるのかね、綱手姫?」
「どの口が…っ!!」

以前、左近と鬼童丸を天地橋へ向かわせると取り決めたダンゾウは綱手の前で、彼らを捨て駒だと自ら吐き捨てた。
にもかかわらず、舌の根の乾かぬうちにそのような調子の良い言葉を述べたダンゾウに、綱手は火影机を強かに叩きつける。
ちなみに、左近は自らの能力をダンゾウに秘密にしていた為、ダンゾウも綱手も、左近と右近が別個体に分離できるとは知る由もなかった。


「自分の部下を見殺しにしたのはアンタだろーが!!」
「さてはて…」

怒りを辛うじて抑えつけている綱手に対し、ダンゾウは愉快げに双眸を細めて笑う。
その笑い方に、傍らで控えるシカマルも非常に不快を感じて、眉を秘かに顰めた。

「ところで…抜け忍である春野サクラの処罰はもう下したのかのう?」
「チッ……耳が早いな」

舌打ちする綱手にも、ダンゾウは機嫌を損ねず、むしろクツクツと肩を震わせる。

「なぁに。木ノ葉の平穏な暮らしを脅かす危険に敏感なだけよ」

どの口が…、と再び口の中で同じ言葉を呟いた綱手は、はたと気づいた。

「おい…その物言いだと、サクラが危険だと?」
「当然であろう?元・木ノ葉の抜け忍がのうのうと以前と同じ暮らしに戻れるはずもあるまい。他の里人が平穏に暮らせると思うか?」
「……っ、」


確かに、一度抜け忍となった人物が里に戻っても、抜け忍というレッテルから周囲の人間はサクラを信用しないだろう。
むしろ遠ざけ、危険視する可能性もある。

ダンゾウの言い分もわかるからこそ、シカマルは唇を噛みしめた。
反論したい思いをぐっと堪える。
ここで反論したところで相手はあの、ダンゾウだ。
五代目火影の不利になるような発言を自分がするわけにはいかない。


黙り込んだ綱手とシカマルを暫し眺めてから、ダンゾウは鷹揚に口を開いた。

「よって、ワシが預かろう」
「………なんだって?」


瞠目する綱手の前で、木ノ葉の暗部養成部門【根】の創設者であり、『忍の闇』の代名詞的存在である志村ダンゾウは、まるで幼子に言い聞かせるかのようにゆっくりと言葉を紡いだ。



「春野サクラを、我が【根】に迎え入れると言っているのだ────このワシ、ダンゾウの部下としてな」
 
 

 
後書き
これにて、大蛇丸アジト潜入編は終わりです。お疲れ様でした!

ちなみに現時点では、カブトは一応、まだサソリの部下として暁に戻れます。大蛇丸に寝返ったふりをして実はサソリの部下だった、と周囲には見えます(実際は違いますが)
あと、サスケは言葉足らずなところが多いと原作でもなんとなく思ってたので(汗)

矛盾する箇所が多数あるでしょうが、ご容赦ください。
これからもどうぞよろしくお願い致します! 
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