至誠一貫・閑話&番外編&キャラ紹介
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◇閑話・弐◇ ~休暇大作戦~
前書き
普段と違い、視点切り替えで書いてあります。
◇視点:愛里(徐庶)◇
「これで、全部だな?」
「はい」
歳三さんの机の上から、竹簡が綺麗に片付いた。
「ふう……」
歳三さんが、肩に手を置く。
「お疲れですか?」
「……うむ。少し、な」
そう言いながら、歳三さんが眼を閉じる。
「申し訳ありません」
「何故、愛里が謝る?」
「いえ。歳三さんにご負担をかけてしまっていますから……」
「仕方あるまい。これが、我が職務だ」
そう仰るけど、歳三さんの本分は、やっぱり武官なんだと思う。
わたしを助けて下さった時は、本当に精悍そのものだった。
……今も勿論精悍だけれど、慣れない毎日なのか、お疲れのご様子がありありと出ている。
「では、徐庶様。此方は運んでおきます」
「あ、はい。お願いします」
「いえ、徐庶様の為ですから。よっと」
文官の皆さんが、処理済みの竹簡を運んでいく。
わたしもお手伝いしなきゃいけないんだけど、
「いえっ! 徐庶様にこのような事はさせられません!」
と、何故か皆さん、わたしには運ばせようとしない。
……その時の眼が、ちょっと怖かったりするんだけどね。
「さて、私は休むとする。愛里もご苦労であった」
「いえ。お休みなさいませ」
部屋を出て行く歳三さん、しきりに首を動かしている。
「そうですか……」
「確かに旦那、ずっと働きづめだもんなぁ」
わたしは、元皓(田豊)さんと嵐(沮授)さんに、歳三さんの様子を話す事にした。
お二人も忙しいので、あまり歳三さんと顔を合わせる機会がなかったらしい。
尤も、忙しいのはお二人だけじゃなくて、他の皆さんも一緒。
だから、わたしも一生懸命に頑張っているつもりなんだけど……。
「どうでしょう? 魏郡も落ち着いてきた事ですし、歳三さんを含めて、皆さん交代で休暇を取られては」
「皆さんって、僕達もですか?」
「そうです。懸命に働く事は勿論必要ですが、時には息抜きもしないと。いざという時、体調を崩しては何もなりませんよ?」
「かもね。昼行灯のところじゃ、別の意味で気が休まらなかったけど。旦那のところは、何事も順調に進む分、気が抜けないからね」
嵐さんが、うんうんと頷く。
「僕はともかく、太守様は確かにお休みいただいた方がいいだろうね」
「おいらも賛成。ただ……」
珍しく、嵐さんが言い淀んだ。
「どうかしましたか?」
「おいら達全員で一度に休暇、なんてのは無理に決まってるから。交代するのはいいんだけど」
「……あ。そうか」
ポン、と元皓さんは手を叩いた。
「あの……」
わかっていないのは、わたしだけらしい。
そんなわたしを見て、嵐さんがニヤリ、と笑った。
「頭脳明晰な愛里でも、推測のつかない事もあるんだなぁ」
「嵐、止めなよ。愛里が、困ってるじゃないか」
「……すみません。何の事か、本当にわからないのですが」
すると、嵐さんは肩を竦めて、
「決まってるじゃんか。旦那を慕ってる人達の事さ」
「慕って……あ」
やっと、腑に落ちた。
そうか、歳三さんには……。
「わかったようだね」
「……はい」
稟さんに風さん。
最初から文官志望のわたしとは違い、軍師という重責を見事に果たされている。
星さん、愛紗さん、疾風(徐晃)さん。
武を囓っているわたしから見ても、全員が超一流の武人。
歳三さんの軍が精強で鳴らすのも、当然だと思う。
その全員が、歳三さんと深い仲……と言うか、男女の仲になっている。
誰一人としてそれを隠そうともしないし、むしろ誇りにしている雰囲気すらある。
確かに、これだけ女性優位の世で、あれだけの男性を探す方が至難の業だと思う。
……それだけに、歳三さんに休暇を、となったら、皆さん譲らないだろう。
かと言って、軍師二人に武将三人が一度に休暇など、今のわたし達に許される事じゃない。
第一、懸命に頑張っている文官や兵の皆さんが納得しないだろうし。
「でも、どうせ休んでいただくなら、まとまった休みじゃないと意味がないですよね」
「そうですね。一日だけだと、疲れを取るというのは厳しいでしょう」
「けどなぁ。旦那の事だ、おいら達が休んでもいないのに休めぬ、とか言いそうだし。それに、さっきの問題もあるし」
喫緊の問題なのに、解決方法が見つからない。
「あれ? どうかしたのか、三人揃って」
そこに、彩(張コウ)さんが顔を覗かせた。
「ちょっと相談事がありまして。彩さんこそ、こんな時間にどうかなさいましたか?」
「ああ。実はな、こないだ地震があっただろ? 被害状況を調べている最中、黎陽県で温泉が湧いたって報告が入ってな」
「温泉、ですか……」
「ああ。かなりの量らしくてな、ただ……」
「彩さん、何かあったのかい?」
「どうもそれが、濁ってるらしくてな。住民の訴えで県令が調査に行ったんだが、処置に困って判断を仰ぎたいって、使者が来たんだ」
「それなら、その場所を封鎖すれば済む事ですよ。僕が返答してきます」
「あ、待って下さい」
ふと、思い付いた事があるわたしは、元皓さんを止めた。
◇視点:稟◇
「温泉か。ただし、迂闊に近寄れない状態なのだな?」
「はい。県令は、そう申しているそうです」
愛里から話を聞いた二日後。
私は歳三様、それに疾風と共に視察に出向いていた。
急げば馬を飛ばせば指呼の距離、でもゆるゆると進んで行く。
兵も最小限だけ。
無用に大軍を催せば、費えも馬鹿にならないし、準備にも手間取る。
急がないのも、兵と馬を無意味に疲弊させない為。
特に馬は高価なので、余程の緊急時を除いて、全力疾走はさせられない。
……尤も、今回は急いではいけないので、その必要もないのだけど。
「歳三殿は、薬草にも造詣が深いと聞いています。ならば、温泉にもお詳しいかと思いまして」
「疾風、それは買い被り過ぎだ。多少は存じているが、な」
歳三様の事だ、そうは仰っても、常人にはない知識をお持ちなのだろう。
「稟。この地では、他に温泉が湧出する場所はあるのか?」
私は、大陸の地図を頭に浮かべて、少し考えた。
「あります。数は多くありませんが」
「そうか。私の国は、全国至るところにあった。将軍家、いや王が入るために、湯を運ばせた温泉もあった」
「湯を? 費えがかかりそうですし、そもそも冷めてしまうのでは?」
「そうだ。王は城を出られぬ、という理由もあったが」
それを差し引いても、贅沢だし、無駄使いには違いない。
「だが、本当に私がギョウを留守にして良いのか?」
「問題ありません。それは、愛里や彩達が請け負った通りです」
「うむ。あの者らを信用せぬ訳ではないのだが」
「それに、歳三殿は魏郡に来てより、黒山賊の一件以外、郡内を見ておられませぬ。良い折りかと存じます」
「疾風の言う通りです。それよりも、黎陽県まで恙ない道中である事を祈りましょう」
「……わかった」
歳三様の返事に、私は疾風と頷き合った。
◇視点:星◇
主達が出立するのを、城門にて見送った。
「さて、愛紗よ。準備は良いか?」
「ああ。風はどうだ?」
「いつでも大丈夫ですよー」
「うむ。では、参るぞ」
頷き合い、私は振り向いた。
「すまんな。後を頼むぞ?」
「ああ、任せておけ」
「はい。お気を付けて」
彩と愛里が、見送りに来てくれていた。
元皓と嵐は、城内で書簡と格闘中だが、既に話は済ませてある。
私と愛紗は、素早く馬上の人となった。
風は、私達と比べて馬術は見劣りするので、私の前に跨がらせた。
「少々険しい道だが、主らに先行する道を取る。行くぞ」
「応っ!」
「了解ですよー」
将が単独行動を取るなど、主に知られたら叱られるやも知れん。
だが、兵を動かせばその分行動も制約を受けるし、糧秣も必要となる。
それに、我らはもともと、旅慣れている。
ふふ、そう考えると、随分と久々ではあるな。
「星ちゃん? どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
今のところ、郡内は平穏そのものだ。
良からぬ事を企む者が残っている可能性はあるが……私と愛紗が揃っているのだ、後れは取るまい。
◇視点:疾風◇
途中の村に立ち寄り、人々の暮らし向きを確かめつつ、道中は続く。
「疾風。庶人の様子は、以前と比べてどうか?」
「私が見る限り、歳三殿が赴任された当初と比べ、確実に落ち着きを取り戻しているかと。少なくとも、飢えで苦しむ者は、明らかに減っています」
「黄巾党から押収した糧秣を分け与えたのが、確実に効いているようですね」
「うむ。だが、それはあくまでも一時凌ぎに過ぎぬ。地道に立て直していかねばならぬな」
私達は、大きく頷く。
歳三殿は、ご自身はあまり表に出ようとなさらぬが、優れた為政家だと改めて実感している。
母国では王や貴族などではなかったとの事だが、麾下や兵、庶人に対する慈愛を常に持っておられる御方。
それでいて、理想よりも現実を優先させ、その為にどうすべきか、日々考えておいでだ。
ご自身で何事も進めようとはせず、極力他者を立てようとする。
……もし、この御方が皇帝陛下であったなら、この大陸はここまで乱れただろうか?
そんな他愛もない妄想を持ってしまう事すらある。
個人的には、情報を重んじるという姿勢に、心からの共感を覚えている。
十分な情報収集に裏打ちされた行動に、的確な判断が加わるのだ。
私が歳三殿と共に行動するようになって以来、情報不足故の誤りを招いた事はただの一度もない。
そして何より、私達のする事を全面的に信頼し、功は公正に賞する一方で、過ちは理を説いて諭すだけに留める。
結果的にしくじりを犯しても、それを咎め立てる事もない。
その代わり、道義に悖る事、信頼を裏切る行為に対しては、容赦なく罰せられる。
……だからこそ、お仕えし甲斐がある主でもあるのだが。
「もし」
村人の一人が、歳三殿に寄ってきた。
「何か?」
「へえ。これ、良かったら召し上がってくだせぇ」
と、大ぶりの柿を三つ、差し出してきた。
「良いのか?」
「太守様のお陰で、おら達は救われただ。これは、せめてものお礼でさぁ」
「ふむ。では、戴こうか」
何の拘りも見せず、歳三殿は手を伸ばす。
そのまま、皮ごとかぶりつかれた。
「ふむ、これは美味い。お前達もどうだ?」
「は、はい」
私と稟は、呆気に取られてしまう。
「程良い甘さの柿だな。礼を申すぞ」
「へ、へい」
緊張気味だった村人も、ホッとしたように笑顔を見せた。
その村を出た後で、歳三殿に毒を盛られる可能性を糺すと、
「庶人に毒を盛られるようでは、太守としては務まるまい。それに、あの者の眼は、邪な企みを秘めてはいなかったからな」
と、事もなげにおっしゃった。
軽率に過ぎると思う向きもありそうだが、それ以上に私は歳三殿の器量の大きさに感服するばかりだった。
それは稟も同じだったようで、歳三殿を見る眼が、暫し敬慕に満ちているように見えた。
◇視点:風◇
峠で、山賊さんが十数名、風達の行く手を遮りました。
でも、愛紗ちゃんと星ちゃんに敵う筈もなく、首領さんらしき人が一撃で討ち取られると、皆さん及び腰になったのですよ。
「貴様らのような輩、生かしておいては為にならぬ!」
「この関雲長の、青龍偃月刀を受けるが良い!」
おやおや、いつになく気合が入っていますねー。
山賊さん達は自棄になって突撃してきましたが、あっという間に二人に討ち取られてしまいました。
その後で、山賊さん達の塒を見つけたので、立ち寄ってみたところ、麓の村から拉致されてきた娘さんを二人、見つけました。
勿論、皆さんを解放したのですが、
「まだ、山賊は残っています。逃げる途中で見つかれば、殺されてしまいます」
と、震えながら言われてしまいました。
「それで、何人程ですかねー? さっき、十数人は討ち取りましたけど」
「……七人です。きっと、また村を襲いに行ったのだと思います」
「ふむ。放ってはおけんな」
「ああ。だが、取り逃がすと厄介だ。風、何か策はないか?」
愛紗ちゃんに言われて、少し考えてみました。
「その七人が出て行ったのは、どのぐらい前ですかねー?」
「……四半刻ぐらい、でしょうか」
「ふむふむ。それならば、手っ取り早い方法にしましょうか」
とりあえず、娘さん達を外に出して、勿体ないので食糧とか銭貨も運び出しました。
元々は、庶人の方々の物ですから、できる限り返してあげないとですからね。
「ではでは、愛紗ちゃん。塒ごと、燃やしちゃって下さい」
「火を付けるのか?」
「はいー。四半刻なら、そう遠くには行っていませんからね。自分たちの塒が炎上すれば、慌てて戻ってくるかと」
「……えげつないな、風も」
「むー。星ちゃんには言われたくないのです」
ともあれ、火を起こして、盛大に塒全体を燃やしてあげました。
案の定、慌てて戻ってきた山賊さん達ですが、全員星ちゃんと愛紗ちゃんが仕留めてしまいました。
「念のため、村まで送って行った方が良かろう」
「ああ。風、すまんが山賊どもの馬に乗ってくれ。私と愛紗は、この娘を乗せる」
「やれやれ、仕方ありませんねー。その代わり、あまり飛ばさないで欲しいのですよ」
少し時を無駄にする事になってしまいましたが、救える命を見殺しになど出来ませんしね。
そんな事をするつもりもありませんけど、仮にそんな真似をしたら、お兄さんに叱られてしまいます。
お兄さんと共に歩む、それは常に心がけておかないとなのですよ。
◇視点:愛紗◇
思わぬ出来事があったものの、どうにかご主人様がおいでになる前に、黎陽県に辿り着いた。
県令殿の案内で、温泉が出たという邑に。
一角から、もうもうと湯気が立ちこめているのがわかる。
「それで、源泉は何処なのです?」
「はい、此方に」
その場所からは、湯が泉のように噴き出していた。
付近の窪地に溜まった湯は、確かに橙色に濁っている。
……と。
風が湯に手を伸ばし、掬った。
「ふ、風?」
「平気ですよー。そんな電波を感じたので」
相変わらず謎めいた返答をしながら、風は掬った湯の匂いを確かめている。
それどころか、今度は口に含んでしまった。
「少し、鉄の味がしますねー。でも、毒はなさそうですよ」
「……県令殿。どうやら、無害のようでござるな」
「そうですか」
安堵の表情を見せた後、
「では、湯を貯めましょう。このままでは、浸かれませんからな」
そう言って、手配りを始めた。
地面を掘り下げ、周囲を大きな石で囲い、底に砂利を敷き詰める工事が済んだ。
随分手際が良い、と思ったら、用水工事の職人が指揮を執ったらしい。
浴槽の上には簡素な屋根がかけられ、雨に濡れずに湯に入れる工夫までされていた。
無論、湯の周囲は人の背丈よりも高い塀が巡らされ、外から覗かれないようになっている。
「……なあ、星。些か、やり過ぎではないか?」
「うむ。だが、此度の主旨は主に疲れを癒やして戴く事だ。問題あるまい」
「それにしても見事に濁ってますねー」
と、風が私を見て何やらにやついている。
「な、何だ?」
「お兄さんと一緒に入っても、裸が見える心配はないのですよ。良かったですね、愛紗ちゃん」
「な、な……」
「おや、愛紗は裸体を晒す方が好みであったか?」
「そ、そういう問題ではない!……そ、そのようなはしたない事、ご主人様がお許しになるまい」
自分でも、顔が赤くなるのがわかる。
「ですかねー? お兄さんは寛容ですし、お願いすれば拒まないと思うのですよ」
「うむ。愛紗は気が進まぬようだが、私は主に願うとしよう」
「ま、待て! だ、誰が望まぬと……」
「はっはっは、愛紗。人間、素直が一番だぞ?」
「貴様が言うな!」
全く、二人とも人をからかってばかりだ。
……ご主人様と、共に湯……願わない訳がないではないか。
◇視点:歳三◇
件の邑に着くと、どうした事か、星らが待ち構えていた。
……そして。
「なかなか、いい湯加減ではありませんか?」
「ああ。手足の冷えが、すっと抜けていくようだぞ」
「それに、湯浴みしながらの一杯。堪えられませぬな」
「星。お前は何処でも酒があれば良いのだろう?」
「愛紗ちゃん、野暮は言いっこなしですよ?」
……何故か、全員と湯に浸かる事になってしまった。
聞けば、最初から皆、これが目的であったようだ。
「こうでもしないと、歳三殿は休んでいただけませぬからな」
「しかし、橙色の湯とは初めて見ました。歳三様、これはどのような湯なのですか?」
「うむ。恐らくは、含鉄泉であろう。鉄分が含まれている故、地上に出て空気に触れるとこのように色が変わる……。昔、物の本で目にした事だがな」
確かに、目にした事がない者にすれば、奇っ怪な色に見えるに違いない。
「流石はご主人様、いろいろとご存じなのですね」
「お兄さんの知識は、風達にないものがたくさんありますねー。ちなみに、効能もご存じだったりしますか?」
「……わかりやすいものは、これであろうな」
私は、湯に浸した手の甲を引き上げ、皆に見せた。
「ふむ。切り傷がうっすらとなっているようですな」
「そうだ。今少し深傷でも、この湯で療養すれば、治りは早いはずだ」
武田信玄公ではないが、戦で傷ついた兵にも、この湯を活かせそうだな。
「むー。お兄さん、また仕事の事をお考えですね?」
「全く、少しはお心を休ませて下され。今日は、その場なのですからな」
「ふふ、歳三様。皆の言う通りです。今は、疲れを癒やして下さい」
……思いの外、皆に心配をかけてしまっていたようだな。
だが、折角の心遣い、無にする事もあるまい。
今は、湯と、皆との時間を堪能すると致そう。
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